モダン・ジャズの知られざる逸話(6)

ドナルド・バード[1


今日はトランペッターの部(6)ドナルド・バード

我が国におけるジャズ文化を支えたものは何でしょうか?
それは、各レコード会社でもなく、
スウィング・ジャーナル他の専門誌でもなく、
大学のジャズ研でもありません。
ましてや何の価値もない商業主義的な野外ジャズ・フェスティヴァルでもありません。
一声、ジャズ喫茶です。

現在、めっきりと数が減ってしまったジャズ喫茶
私が入門した昭和57年は、数は減りながらもまだまだ、
昔ながらのジャズ喫茶というものが存在しておりました。
私はそこで大きくなった訳で、現在のジャズ・マニアの方も、
ジャズ喫茶には語り尽くせない思い出があることでしょう。

60年代におけるジャズ喫茶の熱は、
それはそれはすごいものだったと噂に聞いております。
カッコつけるために、聴きたくもないアヴァンギャルド系をリクエストし、
さも判ったかのような顔をして、頷きながら聴くフリをしたり、
何も知らないアマチュアが「クール・ストラッティン」でもリクエストした日には、
こんな馬鹿には付き合ってられん!とばかり、わざと席を蹴って退席したり。
でも、心の中では、その名盤を聴きたいと思っていた。
古き良き時代です。

ドナルド・バードというトランペッターのアルバムに
「フュエゴ」という名盤があります。
ちょっとファンキー色が濃く、
どちらかというとメイン・ストリームから若干外れたアルバムです。
多少、ゴスペルの匂いもするアルバムです。
でも60年代の日本で大ヒットしたアルバムです。
当時、これをジャズ喫茶でリクエストするには勇気が要ったそうです。
先輩諸氏の冷たい視線が否応無しに突き刺さってくるからです。

ある日、某ジャズ喫茶で、「フュエゴ」がかかったそうです。
世間知らず・怖いもの知らずの輩のリクエストなのか、
あるいはマスターの強権発動なのかはわかりませんが、
その日、そのジャズ喫茶では「フュエゴ」がかかったそうです。
どの曲かはわかりませんが、テーマ演奏が終わり、
ドナルド・バード、ジャッキー・マクリーン、デューク・ピアソンのソロが始まります。

その時、一人の男がいきなり立ち上がったかと思うと、
ドナルド・バードのソロをすべて歌ったそうです。
「パッパッパラッパ〜、パパッパラッパ〜」
要するに暗譜していたわけですね。
すると今度はやにわに別の男が立ち上がり、
ジャッキー・マクリーンのソロをすべて歌ったそうです。
もちろんデューク・ピアソンのソロも、また別の男が。

したり顔でコ難しいジャズを語る先輩諸氏も、
実は「フュエゴ」が大好きで、暗譜するくらい自宅で聴いていたということですね。
また、ジャズ自体が熱い時代でした。
今度のコルトレーンの新作はいったい何を言わんとしているのか?
仲間で集まって、酒盛りしながら徹夜で議論した時代です。

今の日本には、そんな熱いジャズのウェーヴはありません。
ジャズをファッションとして聴く人もいる。
当時のマニアからしてみたら、
「なにい〜?彼女の前でカッコいいとこ見せたいから、ジャズを聴くだと〜!
そんな奴はだな〜、×○▲■!!!!」
となるのでしょうが、それはそれでいいじゃないですか。

ジャズには偉いもダサいもないんです。
難しいも簡単もない。
高級も低俗もない。
あるのは、「自分にとって、名演か?駄演か?」だけです。
「自分にとって、美味しいか?不味いか?」だけです。

その曲を名演だと感じた人にとって、その曲は最高級のジャズとなる。
偉い専門家や先輩に言われてどうこうするものでもなければ、
自分にとってつまらないジャズを、無理して聴く必要もありません。
自分が気持ち良ければ、遠慮せず、何回でもガンガン聴けばいいんです。

ということでジャケットですが、
ドナルド・バードの「フュエゴ」
くすんだ色合いはまさにブルーノート
発表当時、本当にジャズ喫茶に頻繁に飾られたであろう、栄光のジャケットです。