モダン・ジャズの知られざる逸話(7)

ハンク・モブレイ[1


今日はテナー・サックスの部(7)ハンク・モブレイ

愛すべきイモ・テナー。
B級テナーの代表選手、ハンク・モブレイです。
B級って言ったって、そんじょそこらの若造には及びもしない、
ものすごく味のあるテナーですよ。
ロリンズやコルトレーンと比較すると、B級だっていうことです。

で、この人なんですが、
人の良さがそのまま演奏に出てしまっていて、
どうも強烈な個性がありません。
音質もモコモコしていて、表現しづらいんですね。
だから「イモ」とか言われてしまうんです。

そして、さらに人の良さが災いしてか、
他人の引き立て役になることが非常に多い!
気の毒なくらい多いお方です。

ブルーノートに「ブローイング・セッション」というアルバムがあります。
トランペットに「神童」リー・モーガン。
サックスが何と3本で、我らがハンク・モブレイとジョニー・グリフィン、そして
もう1本は悪いことにジョン・コルトレーン。
ピアノはウィントン・ケリー。
ドラムはアート・ブレイキー。
まるで幕の内弁当のような豪華な組み合わせです。

さて、3本のテナー・サックスがかわるがわるソロを取り、
その即興演奏を競うというものですが、
もう戦う前からハンク・モブレイの不利は否めません。
ジョニー・グリフィンはシカゴから来た、「ブロウ派」。
要するに「ブローイング・セッション系」を得意とする選手です。
ラッシャー木村が金網デスマッチをやるようなもんです。古いですが・・・
ジョン・コルトレーンは説明不要。
誰が相手だろうが関係ない。我が道を往きます。
そして・・・ハンク・モブレイは「イモ」です。

勝敗は案の定、
ハンク・モブレイは秒殺。まるで「秒の殺し屋」ならぬ、「秒のやられ屋」
ジョニー・グリフィンとジョン・コルトレーンは痛み分けってとこです。
モブレイのソロは、まったく印象に残ることなく、終わってしまいました。

その数年後、
時ならぬ幸運の女神がモブレイに微笑みます。
何と!ジョン・コルトレーンの後釜として、
「帝王」マイルス・デイヴィスのコンボに招かれたのでした。
マイルス・コンボにさえ入れれば、
よほどの大失敗をやらかさない限りは、その後の成功は約束されています。
モブレイは「ブラック・ホーク」や「カーネギー・ホール」でのライヴを無難にこなし、
ようやくスタジオ・セッションにこぎつけます。

そのスタジオ・セッションはディズニー映画「白雪姫」のテーマ
「いつか王子様が」を題材にしたもので、そんなに難しい演奏は必要なさそうです。
だって、ディズニーですからね。
モードなんかやる必要はないでしょ。第一、モブレイ、モードできないし・・・
「よーし、やったるぞ!」という感じで、モチベーションは上がりまくったことでしょう。
ところが・・・

ハンク・モブレイのモチベーションを著しく低下させる出来事が起こったのです。
遊びに来ちゃったんですね、前任のテナー・サックス奏者がスタジオに。
それを見た親分は、こう言いました。
マイルス「ヘイ!トレーン!久しぶりだな、おい。どうだ?1曲、演っていかないか?」
トレーン「OK、ボス。1曲くらいなら、ノーギャラでいいっすよ」
モブレイ「・・・・・・・・」

その「いつか王子様が」
ウィントン・ケリーのイントロに始まり、
マイルス・デイヴィスのミュート・トランペットが美しい旋律を響かせます。
そしてモブレイ登場
モコモコした音ながらも、懸命にソロを取るモブレイ
モブレイにしては極めて上出来の、メロディックなソロ。本人的には成功です。
ウィントン・ケリーのソロが引き継ぎ、いよいよ前任者コルトレーンの登場
「!!」
これ、本当に出だしからもう、コルトレーンは充実しまくっていて、
とてもとてもハンク・モブレイが相手になるような選手じゃあありません。
たぶん、コルトレーンの第一音を聴いて、
モブレイは金槌でぶん殴られたような衝撃を受けたでしょう。
「シーツ・オブ・サウンド」全開でうなりをあげるコルトレーン。
数年前と同じく、モブレイは「秒殺」されました。

でも、そんなハンク・モブレイ
日本では判官びいきがあってか、意外や人気があります。
また、自分のリーダー作となると、結構ないい味出します。
作曲の才能もかなりのものです。
マイルスの前では緊張しちゃうんですかね。

また、自分の役割を十分に理解しているというか、
過度の自己主張はしないところが日本人の美学に合っていますね。
せっかくゲストで来たコルトレーンに対して敵対心むき出しにして、
コルトレーンのソロをぶち壊すような演奏をしたところで、
誰も得をしない。そう考えたんでしょうね。
あえて、飄々としながらコルトレーンに食われたのでしょう。

数年前の「ブローイング・セッション」だって、
コルトレーンとグリフィンの参加が決まった時点で、
誰しも二人のバトルに注目します。
それを邪魔してどうなる。そう考えたのでしょう。
自己主張は、自分のアルバムですれば良い。こうも考えたのかも。

そう考えると、ハンク・モブレイこそ、「プロ中のプロ」と言えます。
こういう男こそ、正統に評価されるべきなんですが、
ビジネスの社会と同じく、こういう人は冷や飯を食わされるのが常なんですね。
でも、いかにも我々日本人の美的感覚を地で行った、素晴らしいジャズメンだと思います。

ということでジャケットは、
ちょっと光が反射してしまい、見辛いですが、
ブルーノートの「ハンク・モブレイ/ソウル・ステーション」
近頃、カフェラテの容器にも使用されました。

ここでのモブレイはワン・ホーン。
誰に気を遣うことなく、自由にソロを取ります。
心地よさでは天下一品です。