モダン・ジャズの知られざる逸話(19)

アート・テイタム[1


今日はピアニストの部(19)アート・テイタム

「ジャズ・ピアノの神様」として崇め奉られているアート・テイタム。
この人に関しても数々の伝説があります。

もともとアート・テイタムはクラシック音楽志向だったそうです。
ところが黒人だという、ただそれだけの理由により、
当時のクラシック界は、この偉大な天才に門戸を開いてはくれませんでした。
そのためやむなく、アート・テイタムはジャズの道に入ります。

単なるホーンの伴奏楽器に過ぎなかったピアノというものを、
トランペット等の花形楽器と同レベルにまで引き上げたのは、
「ジャズ・ピアノの父」アール・ハインズです。
ハインズはサッチモことルイ・アームストロングの「ホット・セヴン」等に参加し、
サッチモの演奏スタイルから多くのものをピアノに置き換えました。
また、サッチモにも大きな影響を与えました。
ハインズのピアノは「トランペット・スタイル」と呼ばれ、
モダン・ピアノはここで確立したのです。

アート・テイタムはその理念をさらに具体化し、
スウィング・ピアノと呼ばれる、華やかなスタイルを完成させました。
当時としては画期的なソロ・ピアノで、
まさしく10本の指、88個の鍵盤をフルに使ったソロを見せたのです。
このスタイルはのちのオスカー・ピーターソンやフィニアス・ニューボーンに受け継がれ、
ジャズ・ピアノの一スタイルとして今でも連綿と生きています。

テイタムの逸話でびっくり仰天モノなのが、瞬時の転調です。
ライヴの前、リハーサルでクラブのピアノに触れたハインズは、
とりあえず88の鍵盤を叩いてみて、ミクロの調律誤差を聴き分け、
その狂った鍵盤を一度も叩かなくても良いように、演奏曲目を転調したというのです。
こ、こ、こ、こんなことが可能なんでしょうか!

だって、ハ長調(c−major)の曲を弾こうとしたら、C(ド)の音が1/8音ほどずれていた。
じゃあ、ハ長調を半音落として、ロ長調(b−major)に変更だ。
やった!これでC(ド)の音は弾かずに済んだ。めでたしめでたし・・・
って、こんなこと、人間ができますか?アマデウス・モーツァルトじゃあるまいし!
容易なハ長調が、#や♭満載の難曲になっちゃうんです。誰がそんなもん、練習も無しに即興で弾けますか?
それをテイタムはやったそうなんです。
まさに天才です。

また40年代に主流だったバップ・ピアノの最高峰、バド・パウエルを称して、
「ああ、あの右手でしかソロが取れない男ね・・・」と蔑んだとか。。。
両手の指がフル活動のテイタムからしてみたら、
バド・パウエルのスタイルはそう映ったのでしょうか???
それを聴いたパウエル、さすがに頭に来たらしく、
あるライヴにおいて、テイタムに見せつけるかのように、
すべて左手でソロを取ったとか・・・こちらも天才です!

そんなアート・テイタムとバド・パウエル、犬猿の仲と思いきや、
あるインタビューで「あなたの師匠は?」と聴かれたバド・パウエルは、
思いっきり「アート・テイタム」の名を挙げてました。
「はあ?あんたの師匠はモンクだろ?」と突っ込みを入れる間もなく、
「あなたの好きな作曲家は?」の問いに「セロニアス・モンク」と回答。
やはりこの人は何も考えていない・・・
物事を考えないことに関しては、ボブ・ディランなみでしょう。

もしアート・テイタムがクラシック界に身を投じていたら・・・
あるアルバムにテイタムの弾いたドボルザークの「ユーモレスク」が収録されています。
もちろん、ジャズ風にアレンジされておりますが、一声、素晴らしい演奏!
まったく根拠の無い、勝手な私見ではありますが、
私はテイタムがクラシックを弾いていたとしたら、
コンサート嫌いの「ひび割れた骨董品」より、数段高レベルのピアニストになっていたと感じました。
あくまでもまったくの私見です。根拠も無しです。悪しからず。

さて、ジャケットはアート・テイタムの膨大なソロ・アルバムから
ジャズらしからぬ・・・クラシックのような荘厳なジャケットです。
テイタムは片目の視力がほとんど無かったとか・・・
それでいてあの演奏・・・天才です。