モダン・ジャズの知られざる逸話(22)

ハービー・ハンコック[1


今日はピアニストの部(22)ハービー・ハンコック
フュージョン、クロス・オーヴァー界の超大物、ハービー・ハンコックですが、
ジャズ・ファンはそんなことは関係ありません。
ハービー・ハンコックは60年代における
マイルス・デイヴィス最強コンボの一員だった!これだけです。

高校時代、みんながロックン・ロールにハマる中、
ハービーはただ一人、ジャズを聴いていたそうです。
友人連中:「ハービー、お前、いったい何の音楽を聴いてるんだい?」
ハービー:「ジャズよ!!!」
という感じで、あらゆる音楽の中で最もかっこいいジャズにのめりこんでそうです。

プロになり、ライヴ活動をほそぼそと開始したハービーのもとに、
あるドラマー志望の子供が訪ねて来たそうです。
トニーという名の子供は、ハービーにいろいろと音楽のことを質問し、
うざったく思ったハービーはいつも無視したり、居留守を使ったりしていたそうです。
ある日その子は、とうとうハービーのステージに飛び入り参加したんです。

「うるせえガキだなあ、少しだけだぞ」という感じで
ようやくプロのステージに上がったその子のドラミングは・・・
お判りですよね、ハービーより5歳年下のその子。
ハービーとともに60年代マイルスを支えた天才ドラマー、トニー・ウィリアムス。
トニーの驚愕のドラムに、ハービーは1コーラス、まったくピアノを弾けなかったとか・・・
その日からハービーは、毎日のようにトニー少年を訪ねたそうです。

トニーのドラムは圧倒的なスピード感とともに、非常に複雑なリズムを醸し出していました。
つまり、テンポが割り切れないんです。
例えば、左で6回叩くうちに、右では4回叩いたり、同時に足では2回叩いたり・・・
ハービーはその複雑なクロス・リズムをピアノに応用しようと、日々悪戦苦闘したんですね。

そんなふうに、日夜努力を重ねるハービーのもとにある日、一本の電話が。
「マイルスだ。ちょっと来れないか?」
自分の身の上に降って湧いたような出来事に呆然としながらも、
ハービーはマイルスのコンボに参加しました。
そしてそこにはトニーの姿も。トニー、弱冠18歳。

テナー・サックスのウェイン・ショーター、ベースのロン・カーターを加えた5人は、
「マイルス・イン・ベルリン」で正式デビュー。
その後、ジョン・コルトレーンの最強カルテットと人気を二分し、
60年代のジャズ・シーンを席巻することになります。

ということでジャケットは、
ハービー・ハンコックのブルーノート盤
「スピーク・ライク・ア・チャイルド」
軽いキスを交わす二人のシルエットが美しいジャケットです。
確か、ハービー本人と奥さんだったと記憶しています。