モダン・ジャズの知られざる逸話(25)

オーネット・コールマン[1


今日はアルト・サックスの部(25)オーネット・コールマン

どんなジャンルにも、伝統を破壊する男はいます。
伝統を破壊するには勇気が必要です。
そして、伝統の破壊には、保守派からの批判が付き物です。
それでも伝統はある程度破壊される必要があります。
なぜなら、破壊の向こうには、必ずや新しい世界があるからです。
そして、新しい世界に進むことにより、そのジャンルは成長するのです。

オーネット・コールマンはモダン・ジャズを聴く人たちにとって、
ある意味、登竜門とも言えるジャズメンです。
なにせ、やってることがよくわからない・・・
やりたいこともわからない・・・
聴いていてもちっとも気持ち良くない・・・
場合によっては不快になる・・・

オーネット・コールマンの演じたジャズは、フリー・ジャズと呼ばれます。
フリー・・・つまり何をやっても良い。
好きな音を出せ。
好きな事をやれ。
あらゆる束縛から解き放たれて、何でもいいからやれ。

オーネット・コールマンの出現によって、ジャズ・シーンは大混乱しました。
自分の音楽に疑念を抱いたソニー・ロリンズは、隠遁生活を始めてしまい、
数年の間、ジャズ・シーンから忽然と姿を消しました。
ジョン・コルトレーンは、マイルスの元で学んだモードの理論をフリーに置き換え、
聴衆を置き去りにして、前人未踏の彼方へ邁進してしまいました。
そして、実力の伴わないジャズメンが、どいつもこいつもフリーを真似しだしたから堪らない。
ジャズ・シーンは不協和音の嵐に見舞われたのです。

しかし、半世紀経った現在、
フリーを考えてみると、ちょっと違う見方もできます。
当時のジャズ・シーンはファンキー・ブームでした。
ファンキーは、ご存知アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ、
あるいはホレス・シルヴァーらが打ち立てたジャズの演奏手法の一つであり、
黒人らしさを前面に押し出した泥臭いソロが特長です。
でもファンキーに傾斜しすぎると、ジャズは少し俗っぽく、ポップスのようになってしまうんです。

ファンキー一色だった当時のジャズ・シーンに、
オーネット・コールマンは「フリー」という名の一撃を加えました。
これはコールマンなりの警鐘だったのかもしれません。
ファンキーは確かに素晴らしい。
しかしそればっかりだと、ジャズは堕落してしまう。。。

フリー・ジャズははっきり言って難しいです。
理解するのにパワーが必要。
ジャズとは本来、楽しい音楽。気持ち良い音楽です。
難しい理論は必要ありません。
難しいから高度と言うわけではありません。むしろ逆です。
ではなぜ、オーネット・コールマンの鉄槌が評価されるのでしょうか?

それは実は簡単です。
ジャズは難しくなくてもいい。
でもジャズは、他のジャンルの先頭に立っていなければならない。
そう、ジャズは時代の最先端を走る音楽でなければならないのです。
そして・・・ジャズは世間に媚びてはならないのです。

いつの時代でも、ジャズは「硬派」でなければならない。
「軟派」(ファンキー)に傾きかけたジャズに、
オーネット・コールマンの「フリー」は、活を入れたのです。
この活があったからこそ、不自然に「軟派」に傾きかけたジャズは本来の意味を取り戻しました。
そして60年代、モダン・ジャズは多方面に進化し、深化し、
70年代以降、様々なジャンルに広がっていったのです。

この活がなければひょっとして、
今、日本で流行っているラップ等の音楽は、
この世に生まれていなかったのかもしれないのですよ。
お判りですよね、オーネット・コールマンの功績が。

ということでジャケットは、
オーネット・コールマンの衝撃作「ジャズ、来るべきもの」
ファンキー・ジャズ全盛時代に突如として現れた異物です。