モダン・ジャズの知られざる逸話(30)

ジョン・コルトレーン[1


今日はテナー・サックスの部(30)ジョン・コルトレーン

60年代のジャズ・シーンを牽引した「ジャズの聖者」ジョン・コルトレーン
マイルス・デイヴィスとともに、60年代に果たした役割は多大なものがあります。
さてジョン・コルトレーンと言えば、もう一人忘れてはならないテナーの巨人がいますね。
そう、ソニー・ロリンズです。

同じ楽器のこの二人、たった一回だけ共演しているんです。
史上有名な「テナー・マドネス」です。
プレスティッジにおけるソニー・ロリンズの録音の際、
テナーを抱えてふらりと遊びに来たコルトレーンが1曲だけ参加したというもの。
ジャズの場合、基本的には同一楽器は共演しません。
ビッグ・バンドでの共演か、あるいは始めから二人をバトルさせようという企画以外は、
滅多に同一楽器は共演しないものです。
よって、この時のロリンズとコルトレーンの共演は、
本当に偶然の生んだ産物だったのでしょうね。

時は1956年5月24日
ちょうど一ヶ月後に、モダン・ジャズ最高の名盤の1枚である
「サキソフォン・コロッサス」を生み出すロリンズは、
おそらく人生で最も充実していた時期です。
かたやジョン・コルトレーンは、マイルス・デイヴィスのコンボでしごかれていた時期。
のちのコルトレーンの代名詞となる「シーツ・オブ・サウンド」は、まだ完成されていません。

この共演を称して、よく言われるのは、
「全盛期のロリンズ+未完の大器コルトレーン」
「ロリンズのソロに比べて、コルトレーンのソロは完成されていない」等ですが、
よく聴いてみて下さい。決してそんなことは無いですよ。
だって、二人の持ち味は全然違うんですから、
比較するほうがおかしいんですね。

ソニー・ロリンズとジョン・コルトレーンは本当に好対照なプレイヤーです。
ロリンズの「陽」に対して、コルトレーンの「陰」
明るく骨太で男性的なロリンズに対して、思索的なコルトレーン
二人が共演するだけでもすごいことなんです。
その瞬間でどちらが優れているとかどうのこうの、
難しいこと考えながらジャズを聴くのは止めましょうよ。ジャズが不味くなります。

よくロリンズとコルトレーンの二人は、「永遠のライバル」と呼ばれます。
でも、本人たちがお互いをライバル視していたかどうかは疑問ですね。
もちろんお互いに影響は与え合っていたのは間違いありませんが、
「あいつを絶対に蹴落としてやる」という意識は無かったのではないでしょうか?
ロリンズの談話で、
「僕が気兼ねなく借金できるのは、コルトレーンだけだったよ」という通り、
二人の仲は良かったはずですよ。

ソニー・ロリンズの紹介文でたまに、
「ジョン・コルトレーンが台頭するまではサックスの最高峰だったロリンズ」とか
したり顔で書いている方もいらっしゃいますが、
う〜ん。。。
コルトレーンの音楽のほうが難しいから、コルトレーンを上位に据えているだけのような気がして、
何となく反発したくなりますね。
だって、何度も言うように、
二人はたまたま同じ楽器だったというだけで、持ち味はまるで違うんですから、
どちらが上かを論ずること自体、ナンセンスですよ。
だって、同じ格闘家というだけで、
ボクシング世界チャンプと横綱のどちらが強いかを論じる奴はいませんよね。
それと同じです。

私の大学の友人は、コルトレーン信者だったこともあって、
ソニー・ロリンズを絶対に聴きませんでした。認めませんでした。
そして毎日毎日、狂ったようにコルトレーンばかり聴いていました。
その結果、そいつは数年でジャズを「中退」し、クラシックへ「転校」していきました。
偏った聴き方は身を滅ぼすという、典型的なパターンですね。
彼は二度とジャズの世界に戻って来ることは無いでしょう。

「カリプソ」を演奏させたらソニー・ロリンズの勝ち。
「モード」を演奏させたらジョン・コルトレーンの勝ち。
「ハードバップ」を演奏させたら引き分け。
これでいいじゃないですか。

ということでジャケットですが、
ジョン・コルトレーンの最高傑作との誉れが高い
「至上の愛」です。
曲名もすごく、「承認」−「決意」−「追求」−「賛美」と続きます。

コルトレーンは「聖者」と呼ばれておりますが、
ほんのちょっとだけ浮気しちゃったりとか、そういう人間くさいところもありました。
だからこそ、彼の音楽は多くの人を惹きつけるのでしょうね。
「清濁併せ持つ人間」コルトレーンの吹いた音ですから。