徒然草26 ああ、ムカッ腹が立つ

               【2007年6月21日】




    本当に梅雨なんだろうか?


 へそ曲がりのボクが政治や社会の動向にイチャモンをつけるこのエッセイを書かなくなってほぼ一年が経った。総理大臣が口八丁手八丁で狡賢(ずるがしこ)い変人の小泉純一郎さんから物腰は柔らかいが頭が固い凡人の安倍晋三さんに代わって、気抜けしてしまったからである。

 その間ボクは、(どう見ても短命だな)と思いつつ安倍政権の動きを遠目に眺めてきた。すると案の定、年が改まった頃からボクの見方を裏付けるような兆しが表れて来た。最初が厚生労働大臣の「女性は子供を産む機械」という女性蔑視(べっし)発言、次に農林水産大臣が無料の高熱水費を毎年数百万円も計上していたことを「ナントカ還元水」で誤魔化(ごまか)そうとした政治資金流用疑惑、続いて社会保険庁による「五千万件を超える、消えた年金記録」の露見(ろけん)である。
 渦中の農林水産大臣はなぜか後に自殺を遂げて『政治とカネ』問題の深刻さを強く印象づけ、野党の追及にうろたえる厚生労働省と社会保険庁はその無能ぶりを露呈した。


 失地(しっち)挽回(ばんかい)躍起(やっき)となった安倍首相は、ボクから見れば「内容が乏しくその場(しの)ぎ」の法案を次々と上程(じょうてい)し、数の力にものを言わせての『強行採決』を恥も外聞もなく続けている。
 その上に小泉首相時代の『
三位(さんみ)一体(いったい)の改革』とやらのツケがボクのところにも回ってきたものだから、さすがに腹が立ってたまらなくなった。みのもんたの『朝ズバッ!』風に「ほっとけない!」となった。



 あれは今月の初めだった、いつも柔和(にゅうわ)な笑顔を見せている女房殿が珍しく(けわ)しい表情になっていたのは……。

「一体どうしたんだよ、怖い顔してさぁ」とからかい半分に尋ねたボクの目の前に、女房殿は苦虫を噛み潰しながら、「ひどいのよ、これ……」と、役所から送られてきた書類を差し出した。
 しかし、長期にわたる片目生活で視力が落ちている右の裸眼では何が書いてあるのかさっぱり判らない。右側だけに度の入った特注メガネをかけて改めて見ると、その書類は今年の住民税額通知書だった。


「去年の3倍になってるのよ。これって、(ひど)すぎると思わないッ!?」

 今にも噛み付いてきそうな形相になっている女房殿にボクはタジタジとした。そして、ひどく立腹している女房殿につられて、ボクも腹を立てた。

 そもそも『三位一体の改革』というのは、「国が地方に配分している地方交付税などの補助金を大幅に削減する代わりに、地方に財源を移譲する」ことが柱となっている。個人の立場から見ると、「住民税は増えるが所得税が減るから増税にはならない」という説明だった。
 ところがどっこい。「そうは問屋が卸さない」のが今の政権与党と官僚たちである。小渕内閣の時に約束された、所得税の『恒久的な定率減税』が去年から半分になり、今年は全廃される。その結果、所得税も実質増税だ。
 我々庶民は永田町と霞が関に
棲息(せいそく)する魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)の『まやかしの術』にまんまと()められてしまったのである。

 住民税は、今まで課税標準額に応じて【5%、10%、13%】の三段階に設定されていたのが、【一律10%】に改められた。低所得者は増税され、高額所得者は減税されるという図式である。
 大した収入の無い我が家の場合、去年まで5%だった税率が
10%になったのだから、それだけで住民税は2倍になる。加えて若干収入が増えたことと所得控除が減少したことが課税標準額を押し上げ、なおかつ住民税部分の定率減税がゼロになった結果、住民税額が去年の約3倍になったという次第である。

 しかも、この大幅に上昇した住民税に基づいて国民健康保険の保険料が計算されるのだから、保険料通知が来る八月に、ボクと女房殿はまた
(いきどお)り、再び悲しみの淵に沈まなければならない。どこの家庭でも同じ憂き目に遭っている訳だが、まさに物言えぬ庶民の悲劇である。ああ、ムカッ腹が立つ!


 さて、このへんで話を今回の主題である年金問題に移そう。

 太平洋戦争最中の昭和十七年(1942)に男性労働者を加入対象者として創設された労働者年金は、「六十歳になると国から年金がもらえる」ことを喧伝(けんでん)した。が、当時の年金官僚が「こんなもの作っても、自分が貰えるものではないのだからどうでもいいやと思っていました」と後に述懐(じゅっかい)しているように、制度の主たる目的は合法的な戦費の調達だったし、日本人が六十歳を超えて生きるなんて考えてもいなかったのだ。事実、日本人の平均寿命が五十歳を超えたのは戦後のことである。つまり、元々が「やらずぶったくり」の制度なのだ。

 そして敗色濃厚となった昭和十九年(1944)に、加入対象者を事務職の男性と女性労働者にまで広げて厚生年金と改称されてからは、官僚が自分たちの利得に利用する色彩が濃くなっている。少し長いが次の文章を読んでみて欲しい。

「すぐに考えたのはこの膨大な資金の運用ですね。これをどうするかをいちばん考えましたね。この資金があれば一流の銀行だってかなわない。今でもそうでしょう。何十兆円もあるから一流の銀行だってかなわない。これを厚生年金保険基金とか財団というものを作って、その理事長というのは、日銀の総裁ぐらいの力がある。そうすると厚生省の連中がOBになった時の勤め口に困らない。何千人だって大丈夫だと。金融業界を牛耳るくらいの力があるからこれは必ず厚生大臣が握るようにしなくてはいけない。この資金を握ること、それからその次に、年金を支給するには二十年もかかるのだから、その間何もしないで待っているという馬鹿馬鹿しいことを言っていたら間に合わない。そのためにはすぐに団体を作って政府のやる福祉施設を肩代りする。社会局の庶務課の端っこの方でやらしておいたのでは話にならない。大営団みたいなものを作って政府の保険について全部委託を受ける。そして年金保険の掛金を直接持ってきて運営すれば、年金を払うのは先のことだから、今のうちどんどん使っても構わない。使ってしまったら先行き困るのではないかという声もあったけれども、そんなことは問題ではない。二十年先まで大事に持っていても貨幣価値が下がってしまう。だからどんどん運用して活用した方がいい。何しろ集る金が雪ダルマみたいにどんどん大きくなって、将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえばいいのだから、それまでの間にせっせと使ってしまえばいい」

 戦前の厚生省年金課長花澤武夫氏(故人)が、昭和六十一年(1986)に厚生省の外郭団体が主催した座談会で話した内容の一部である。
賦課(ふか)式』とは、現役世代が納めた保険料を高齢者への年金支給原資に充当する『
世代間(せだいかん)扶養(ふよう)型』のシステムのことだ。『完全積立方式』でスタートした公的年金制度だったが、戦後のインフレなどの影響もあって、昭和二十九年(1954)の改正時から『賦課方式』に傾斜して行った。

 そして昭和三十六年(1961)
、自営業や会社勤めではない人たちを対象とする国民年金を発足させ、「国民皆年金」を旗印に、二十歳以上の国民は国民年金・厚生年金・共済年金のいずれかに加入しなければならない強制加入の制度とした。狡猾な官僚たちは、加入者の裾野を広がるだけ広げて巨大な集金システムを構築することに成功し、今日まで連綿とそのシステムを守ってきた訳である。

 どんどん金が入ってくるから自分たちにいいように使ってしまうし、国民から預かっている大切な金だという意識が希薄だからなおざりな管理しかしない。その実態がここにきて火を噴いている。まさに腹が立つ所業だ。


 その公的年金制度も今や『風前(ふうぜん)(ともしび)』状態に陥っている。年金保険料のムダ遣いや年金記録の杜撰(ずさん)な管理による信用失墜(しっつい)もそうだが、少子高齢化の進行が『世代間扶養型の賦課方式』の限界を(あば)き出していることが大きな要因だ。
 現行の制度を維持するには、「保険料を引き上げて支給額を減らす」しか他に方法はない。あとは、自然に出生率が上昇するように神様に頼むしかない。


 だからこそボクは思う。
(少子化をなぜ嘆く? 今の制度が保てないなら制度を新しいものにすればいいではないか。そもそも、不純な動機から生まれて私利私欲に育てられてきた今の年金制度は根本的に作り直す必要がある)と。


 ちなみに、年金に関する現在の国庫負担割合は基礎年金部分の三分の一だが、今から二年後(2009)には二分の一に引き上げられることがすでに決まっている。その差六分の一を金額に換算すると約2兆5000億円で、ほぼ消費税1%に相当する。

 つまり、計算上、現行レベルの基礎年金給付に必要な総額はほぼ消費税率6%に相当する。このうちの2%相当分はすでに税金で負担しており、さらに1%相当を税負担することが決まっているのだから、残りもすべて税金で
(まかな)うとしても消費税率をあと3%上げれば事足りる勘定だ。

 だから、基礎年金部分はすべて税金で(まかな)えばいいのだ。そうすれば、年金保険料を支払うことなく、「日本国民なら誰でも六十五歳になれば一定額の年金(基礎年金)を受け取れる」ようになる。

 そのための財源に
充当するのなら、消費税率が上がることは国民の理解を得られる、とボクは思う。

 消費税の他にも財源はある。一般会計予算80兆円の4倍もある特別会計予算の中に眠っている。というより、国会審議を必要とせず省庁の裁量に任されている膨大な金が特殊法人をはじめとする官僚の天下り組織にムダに流れているのだ。それらを5%節約するだけで、基礎年金すべてを賄える原資が出てくる。

 こうした事実を踏まえれば、安倍首相が今の国会で無理やり成立させようとしているカタチだけで抜け穴だらけの『公務員制度改革』より、特別会計と特殊法人に徹底的にメスを入れる『行政機構改革』を断行することの方が余ほど大切なのだが、変人小泉にも出来なかったのだから、所詮凡人の安倍には無理な注文だろう。

(やはり、政権交代が必要だ)とボクは思う。
 そうでないと、昭和三十年
(1955)の保守合同以来ずっと続いている自由民主党と中央官庁の癒着関係は清算されないし、公務員の意識も変わらない。

 何はともあれ、若い人たちが将来に不安ではなく安心感を持てるようにするためにも、皆が日本人に生まれて良かったと思えるようにするためにも、国民の一人ひとりに六十五歳から基礎年金給付を保障するセーフティネットを早急に作り上げることが、今後の日本には必要不可欠だと、ボクは思う。


                                    [平成十九年(2007)六月]