徒然草28 なめたらいかんぜよ!

               【2008年4月7日up】





 皆さんは『夏目雅子』という女優を(おぼ)えておられるだろうか? 都筑ギャラリーの独り善がり展示室に『永遠の美女』として取り上げている女優さんだが、1985年9月、急性骨髄性白血病に冒されていた彼女は27歳の若さで鬼籍(きせき)に入った。

 夏目雅子さんの主演作品の中でもボクは、TVでは『西遊記』、映画では『鬼龍院花子の生涯』が好きだった。
 三蔵法師を演じた『西遊記』では、彼女は実際に
剃髪(ていはつ)した。その役者根性たるや称賛に値するし、彼女のツルツル頭は形がよく「神々しい」と評判だった。
 また、『鬼龍院花子の生涯』での彼女は極道の親分の養女役で、義父に犯されるシーンでは代役を立てずに自らの美しい裸身を披露した。ラストシーンで彼女が
柳眉(りゅうび)を逆立てて叫んだ言葉が「なめたらいかんぜよ!」なのである。いやぁ、その眼差しの(つや)っぽかったこと。(りん)とした姿からは女の色香が匂い立っていた。演技だと分かっていても、まだ若かったボクの胸は熱くなり分身を疼かせたものである。


「都筑。それがどうした?」なんて無粋な問いはご勘弁願いたい。
 ボクは、この「なめたらいかんぜよ!」という言葉が今の我々庶民の気持ちを的確に表していると思うのである。




 旧自由党(吉田茂派)と旧民主党(鳩山一郎派)の保守合同で、1955年に誕生した自由民主党という政党は実に稀有(けう)な存在である。なぜなら、一つの政党が50年以上の長きにわたって政権の座に就いているという事例は世界中どこを探してもない。1993年に一度野党連合に政権を奪われたが、わずか11か月後に復権しているから、ずっと政権政党であり続けたと言ってもよかろう。その主要因は、すでに解体した日本社会党など野党のだらしなさもあったが、官僚機構との癒着(ゆちゃく)と利益誘導政策で集票し、政権維持のために巧妙に立ち回ってきたことにある。

 しかし今は、長く政権の座にいるが故の党の組織疲労が顕著(けんちょ)に表れている。近年の自民党には政策立案能力が欠けている。政権延命と利権確保に腐心し、政策立案はすべて官僚頼み。大臣たちの国会答弁も官僚が準備した答弁書を読み上げるだけという(てい)たらくで、すべて官僚頼みにしてきたツケが回ってきている。というより、自民党が霞ヶ関の官僚たちに操られてきたと言い換えてもよい。その一つの帰結として、官僚たちは傲慢(ごうまん)になり、腐敗がすすんだ。いくつか例を挙げて考えてみよう。

 先ず、目下の話題である『道路特定財源』と『ガソリン暫定(ざんてい)税率』はどうか?

 国の予算である一般会計とは別の特別会計として位置づけられている道路特定財源は、日本列島改造論の田中角栄さんが総理大臣になる前に議員立法で成立させたものであり、道路建設以外への流用は出来ないことになっている。

 ところが、去年夏の選挙で民主党を中心とする野党が参議院の過半数を占めたことで、実際には『道路特定財源』が様々な用途に流用されていた事実が明らかになった。
 自民党の道路族議員は今も一般財源化に強く反対しているが、国土交通省の内部ではすでに一般財源化されていたのである。自分たちの裁量で勝手に使えるものだから道路以外の様々なことに支出しており、中でも官僚の天下り団体への補助金は約3000億円もあった。
 その
露呈(ろてい)に弱った冬柴大臣は、管轄する特殊法人のうち50を廃止すると言明したが、裏を返せば必要のない団体が50もあったということに他ならない。

 ガソリン暫定税率の方は、第一次オイルショック直後に、高騰する資材費を補う目的で2年間の時限法として導入された。にも拘らず暫定期間がずるずると34年間も続いたのは、目立たないように数ある予算関連法案にまぎれ込ませて与党多数の衆参両院を通過させてきたからである。
 そしてまた、更に10年間の延長を
目論(もくろ)んでいた訳である。

 ことほど左様に、政府というか、官僚機構は一度手にした財源は手放さない。手放さないばかりか、ムダを承知で使い切るのが官僚の美徳だとさえ思っている。国の借金が増えるはずである。



 年金はどうか?

 こちらは厚生労働省の所管だが、改めて説明するまでもなくメチャクチャになっている。誰のものか判らない年金記録が5000万件以上あり、その名寄せ作業もこの3月末で実質10%程度しか進んでいない。社会保険庁の杜撰(ずさん)なデータ管理には目を覆いたくなる。期待された桝添大臣も、元気なのは口だけで、逃げ腰になっているのが明々白々だ。上から下まで無責任が貫かれている。

 医療はどうか?

 これも厚生労働省の所管だが、国民の生命と健康を守るよりも薬品会社と医療機関の利益を守る政策が目白押しだ。
 75歳以上のお年寄りを対象としてこの4月から施行された『後期高齢者医療制度』は、年間10兆円強を要する老人医療費を抑制するためにご老人から金を巻き上げようというさもしい根性の厚生労働官僚の発想である。しかも保険料を年金から天引きするというのだから闇金の取立て屋に負けず劣らない
狡猾(こうかつ)さだ。
 ご老人方はお国の発展に寄与してこられたのだから、本来なら「ご苦労さまでした。長生きしてください」と頭の一つも下げて、医療費は完全無料にしてもいいくらいだ。
 しかし、今の官僚にはそういう発想もなければそれを実現する知恵もない。精々『長寿医療制度』という耳障りのいい通称をつくって誤魔化すのが関の山である。


 エイズもC型肝炎もそうだったが、厚生労働省の厚生官僚には国民の生命に関心があるとはとても思えない。『障害者自立支援法』だって、国と地方自治体の支出を減らして障害者の方々の金銭負担を増やしている。

 同じく厚生労働省の労働官僚は、規制緩和の波に乗り遅れないように、日雇い派遣まで可能とする法案を作って成立させた。
 その結果、非正規社員の割合が三分の一を上回り、年収200万円以下のワーキングプアと呼ばれる低所得層が全労働者の約25%にもなっている。若い独身者は将来の夢を奪われ、妻子を持っている者は借金苦を強いられている現状だ。
 日本国憲法25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」という規定は嘘っぱちなのか?

 今の日本に、政府と与党が提供するセーフティネットはない。



 つまるところ、自民党は長期政権に胡坐をかいて庶民の視点で物事を考える能力を衰えさせていき、その自民党に面従(めんじゅう)腹背(ふくはい)して自分たちの思いのままに国政を牛耳ってきた官僚たちの機能不全が今日の事態を招いたことは間違いない。
「綺麗な水が入った甕も三日も経てばボウフラが湧く」ように、長すぎる政権は官僚たちに公僕であることを忘れさせ、省益優先・自己保身という
狭小な論理に基づく行動をとらせる。


 その結果、経済財政担当の太田大臣がつい最近宣言したように、日本はもはや経済一流国ではなく、先進諸外国からは「Japan」ではなく、「Japain(pain=痛み)」と揶揄(やゆ)される国に成り下がった。

 官僚をコントロール出来ず政策遂行の当事者能力がない人たちが第一線から退かなければ自民党の再生は難しい。また、中央官庁に優秀な人材が何人集まっても、朱に染まれば赤くなる。
 今の腐敗した官僚機構が本来の形を取り戻すためにも政権交代は必要だ。


 ボクは、この国の未来を豊かなものにし、出来るだけ早い時期に国民の生活を安定させるためには、次の衆議院選挙で政権が交代するのが一番の早道だと思う。
 現に、先の参議院選挙で示された国民の意志は今まで巧妙に
隠蔽(いんぺい)されてきたものを白日の下に晒しつつある。誰もが改めて一票の重みを認識したことだろう。

 そして今、国民は、庶民は、みんな怒っている、「なめたらいかんぜよ!」と。

                             [平成20年4月]