徒然草31 なめたらいかんぜよ!(2) 【2008年9月15日up】 いまだに昼間は30度を超える暑さにゲンナリさせられる日もあるが、朝夕は随分しのぎ易くなったし、寝苦しい夜も減ってきた。秋の訪れを肌身に感じる今日この頃である。が、夏の暑い盛りからこの方、ボクの腹の虫はずっと居所が悪い。というのも、桜が満開だった頃から徐々に膨らんできていた視力回復への期待が一気に萎んだからである。 二年前の夏に「モーレン潰瘍」という自己免疫性の厄介な眼病が原因で裂けた左眼の角膜を緊急縫合したが、去年の三月にまた裂けかかったものだから移植手術をして新しい角膜に張り替えた。それから約一年半。移植した角膜が定着・安定して、主治医はボクに、そろそろ視力回復手術が出来そうだと示唆していた。 ところが、君子は豹変した――。 八月中旬。日本の角膜再生分野における第一人者であるボクの主治医は「現時点での手術は視力回復の期待より視神経のダメージを広げる可能性が高いのですすめられません」と説明し、手術可能時期について尋ねると、「一年先か、もっと先になるのかは判断しかねます」と冷たくボクを突き放したのである。 突然金槌で頭をぶん殴られたような衝撃を受けたボクは、(今までのあの言葉は一体何だったんだ! 患者の気持ちを弄ぶんじゃねー!)と怒鳴りそうになったが、その憤りを懸命に抑え込んで冷静を装った。今のボクは彼に頼る他に術がないからである。 先行きにぼんやりとでも光が見えていれば辛抱や我慢のしようもあるが、それがないとなれば誰しも不安が募り焦燥感に苛まれる。病気もそうだが、日々の生活だってそうだ。 そんなこんなでムシャクシャしながら九月の声を聞いた途端に、福田康夫首相が就任後一年足らずで政権の座をポンと放り投げた。しかも、一年前の安倍晋三さんと一緒で、辞任を決意した理由の一つとして「民主党の小沢代表が党首会談に応じてくれなかった」ことを挙げたから、ボクは呆れて開いた口がふさがらなかった。一国のリーダーたる総理大臣の辞任理由としてはあまりに稚拙であり、お粗末極まる。 昨年夏の参議院選挙で野党に敗れて「ねじれ国会」となった状況下では、意を尽くして説得を重ね、時には野党の意見も取り入れて、国益と国民のための政策を実現していくのが政府与党の取るべき道である。にもかかわらず、二年前の小泉郵政選挙で得た衆議院での絶対多数に胡坐をかいて強行採決を繰り返し、野党が衆議院に提出した法案は一切審議しないで店晒しにしてきた。そのくせ閉塞国会の責任を野党に押し付けるのだから、恥ずかしいを通り越して情けない。 最近は、「ねじれ国会」のお陰で、ボクたち庶民の目にも今まで巧妙に隠蔽されてきた各省庁の無駄遣いや役人の悪行がずいぶんはっきり見えるようになってきたし、政府の政策や現行諸制度の欠陥も明らかになってきた。こうした過ちを直し、国民が希望を持てる将来展望を示すのが責任ある政党と政治家の義務である。 現在この国は、年金・医療・雇用などセーフティネットの構築をはじめ、対策が急がれる政治課題が目白押しだ。ところが、国会は長い夏休み。秋の臨時国会開会も九月末に日延べして、政権を担当する自民党はポスト福田を決める総裁選挙を華々しく展開している。国の内外に緊急課題が山積しているというのに能天気なものだ。 自民党のお祭り騒ぎに目を取られて見過ごしがちだが、まだ任期が残っている福田首相と現在の閣僚たちはまったく仕事をしていない。すべて官僚任せだ。「政治空白を作らないため」と辞任時期を語った本人と取り巻きたちが政治空白を作っている。無責任振りもここまで来ると、腹が立つより笑ってしまう。政権担当能力がありませんと自ら白状しているようなものだから。 それでも自民党は政権の座にしがみつこうとしている。 九月十二日の午後、日本記者クラブ主催で、総裁選立候補者五人による公開討論会が行われた。ボクは二時間の中継放送をジッと観ていたのだが、心に響くものは何も感じなかった。五人の誰にも「日本を背負ってみせる!」という覇気がなく、政策や政権構想を巡っての激しい舌戦もなかった。それぞれの役割分担が決まっている感じで、総裁選というより総選挙のためのPR活動という雰囲気がありありとしていた。 自民党は九月二十二日の総裁選投票日までにこのような公開討論会を全国十七か所で開催するようだが、回数を重ねるごとに民意は自民党から遠ざかって行くようにボクは思う。お祭り騒ぎをすれば総選挙に勝てると思っているのなら甘い。 自民党よ、国民をなめたらいかんぜよ! 一向に盛り上がらない総裁選挙を何とかしようと考えたらしく、あの小泉さんが動き始めた。唯一の女性候補である小池百合子さんを支持するという。そして、「初の女性総理を実現させれば、民主党の小沢一郎といい勝負ができる」という、応援メッセージを小池陣営に送った。 その小池さんは「霞が関をぶっ壊す」のだそうだ。悪いのはすべて官僚たちで、その悪の巣を自分が掃除してみせるという発想のようだが、そもそも官僚たちを今のように付け上がらせたのは誰なのか。長年政権の座に居座り続けてきた自民党の政治家たちである。その反省を忘れてはならない。 小泉さんだってそうだ。先の参議院議員選挙で政権与党が過半数割れに追い込まれたのは、消えた年金問題なども要因の一つだが、市場原理主義の行き過ぎと格差の拡大という小泉改革の負の遺産が民意に変化を与えたからである。しかし、小泉さんは「そんなの関係ねえ!」とばかりにしゃしゃり出てきた。本人が公言しているように「政策は苦手だが政局は大好き」な彼にとって、政権争いは楽しいゲームの一つに過ぎない。国の将来を考えて動いている訳ではない。彼が本当に国の将来を憂えているのなら自分自身が再登場してこの難局を乗り切るべきだが、そうはしない。その意味でもこの人は無責任だ。 小泉さん、国民をなめたらいかんぜよ! ボクは思う。 この国が目指すべき国家のカタチは、まず憲法25条「生存権、国の社会的使命」の精神を具現化することである。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」という、何よりも大切なことを自公連立政権は長年無視してきた。その結果が現在の閉塞社会なのである。原点に戻る必要がある。 次に、エネルギーと食料の奪い合いがますます激しくなっていく世界情勢を踏まえて、「今後の日本は何によって食っていくのか」を明確にして、産業構造の変換を含む具体的なビジョンに沿った努力を今日から始めることである。食料自給率の向上は国家の安全保障だという意識が必要だし、世界の最先端を行く太陽エネルギー利用技術を更に進化させていくことも重要だ。日本は農業も含めた技術大国なのだから。 また、政治と行政に対する国民の信頼を取り戻すためには、320兆円を超える特別会計を廃止して約80兆円の一般会計予算と一本化し、約400兆円の国家予算を国民の目が届くところで堂々と運用すればいい。そして、徹底してムダを省いていけばいい。民間会社なら今のような財政逼迫時には少なくても10%以上の節約をする。国もそれを見習えばいい。結果として天下りがなくなり、行政改革が達成されるはずだ。 これらのことが、果たして出直し自民党に出来るか、政権奪取が念願の民主党ならどうか。今度の総選挙では、有権者はそこを考えて投票すべきだとボクは言いたい。 折りしもMLB(米メジャーリーグ)マリナーズのイチロー選手が、まだ18試合を残す段階で190本目の安打を放ち、八年連続200本安打に王手をかけた。彼の卓越した打撃技術からして、余程のアクシデントがない限り、MLBにとって戦後初の大記録を達成するのは間違いない。それも、イチロー選手自身が理想の打撃方法を目指して研鑽を積んできたからこそである。 彼の活躍ぶりを見聞きするたびにボクは、今の政治家先生たちはどんな努力をしているのだろうかと考えてしまう。政治家先生たちには、イチロー選手の爪の垢を煎じて飲むことをおすすめしたい。 [平成二十年(2008)九月] |
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