徒然草33 政治は喜劇、国民は悲劇

                (2009年2月24日up)




 人は誰しも窮地に陥ると「こうなったのは自分だけのせいじゃない」と思いたいものだが……、ボクが記憶する限り、一国の最高責任者たる者がその思いを口に出して他人のせいだと明言した例は過去にない。

 ところが麻生太郎総理大臣殿は、「(郵政民営化に)賛成じゃなかったから(総務大臣だったが)私だけ担当から外されていた。(民営化推進を)担当していたのは竹中平蔵さん。間違えないでいただきたい」と言ってのけた。さすがに戦後の大宰相・吉田茂の孫は違うというか、実に稀有な思考回路を持った政治家である。

「怒るというよりね、笑っちゃうほど、ただただ(あき)れているんです」

 麻生さんの一連の国会答弁に対して、郵政民営化を強引に推し進めた小泉純一郎元総理大臣がこう皮肉った。変人が呆れたのだから誰もがみんな呆れたに違いない。

 この小泉発言を受けて麻生さんは、表向き「私への叱咤激励だと思っています」と記者団に答えたが、側近たちとの酒席では「(小泉の)尻拭いさせられてるってえのにぶざけるんじゃねーよ。郵政の四分社化についちゃ元々反対だったんだ。オレ、間違ったこと言ってねぇよな」と少し曲がった口を尖らせておかんむりだったそうだ。

 その裏話が耳に入ったのか、小泉さんは「この法案(定額給付金)は三分の二を使ってまで成立させなければならないとは思っていない」と追い討ちをかけた。参院で否決された後で再可決する衆院本会議があれば欠席するとまで言明した。
 小泉さん、本当は「言っていいことと悪いことがある!」と怒り心頭に達しているらしい。


 面白い展開だと思って見ていると、今度は麻生さんの盟友・中川昭一財務大臣がイタリアでのG7会議が終った直後にとんでもない失態をやらかした。マスコミが妙に遠慮して「朦朧としていた」と報じる中で中川さんは風邪薬を飲み過ぎたと釈明したが、明らかに酒を呑み過ぎて「酩酊していた」会見だった。
 話の途中で「ぷっ、ふう〜っ」とため息を吐くのは酔っ払いの典型的特徴。酩酊経験が豊かなボクが言うのだから間違いない。


 G7に限らず国際会議というのは、終わった直後の記者会見が大きな意味を持っている。何が合意されたのか、合意に基づいて日本は何をすることにしたのか、それらの情報を明確に発信するための重要な場なのである。
 ところが中川さんはそこで何の役割を果たさずに醜態を全世界に晒してしまった。まあ、去年秋の自民党総裁選時に「郵政民営化を担当しいてたのは私ですからね。そのことを忘れないでいただきたい」と外国人記者たちに胸を張って見せたことをもう忘れたらしい麻生さんも似たり寄ったりだが……。


 ここ数年、自民党政治がやたらに喜劇化している。
 小泉さんが自分の後継者に推した安倍晋三さんは世論の反撥とアメリカの圧力に怯えて突然総理の座から逃げ出し、代わった福田康夫さんも不人気に嫌気がさしたらしく一年で総理の椅子を放り投げ、その後を『選挙の顔』として選ばれた麻生さんは選挙をせずに総理の座にしがみついている。
 口では「百年に一度の経済危機だから政策が最優先、スピードが大事」と言いながら、その実は『定額給付金』という言わば選挙目当てのバラマキ予算案にこだわり、深刻な不況と雇用不安を解消するためのスピーディな対応は何もとられていない。


 だから、ボクも怒っている。
 しかし、麻生政権には無策に加えて常軌を逸したことばかり見せつけられるものだから、怒りを通り越して呆れ返っている。
 ボクたち庶民は、いずれ来る総選挙の時まではドタバタ劇を見て笑っている他に致し方がなさそうだ。


 それで思い出したのだが、三十年くらい前、テレビのコメディ番組に奇抜な発想とバラエティ豊かな『オレたちひょうきん族』というのがあった。当時は抜群の視聴率を記録した抱腹(ほうふく)絶倒(ぜっとう)番組だったので憶えている方も多いと思うが、まだ若かったボクはこの番組の中では『THEタケちゃんマン』コーナーが気に入っていた。

 ビートたけし扮する頼りない正義の味方『タケちゃんマン』に挑むドジな敵役の『ブラックデビル』に明石家さんまが扮して繰り広げるハチャメチャかつ軽妙な掛け合いが面白かった。
 明石家さんまはこの他にもサザンオールスターズの桑田圭祐が作詞作曲した歌をバックに登場する『アミダばばあ』や妖怪人間『知っとるケ』や『バスキンガーZ』などに扮して人気を高めて行ったのだが、中でも関西芸人特有のノリをキャラクタライズしたと思われる『パーデンネン』の決め台詞を、この頃ボクは繰り返し思い出している。


「アホちゃいまんねん、パーでんねん! ぷあ〜っ!」というのがそれである。

阿呆(あほう)を通り越したくるくるパー」という意味である。
 麻生さんと中川さんだけでなく政権与党の幹部たちは皆そうだ、と思ってしまうのはボクだけだろうか。


 今までボクは、この『ひなたやま徒然草』で何度も、現在の日本を憂慮する知識人の方々の言葉や自分自身の意見を紹介してきた。

 例えば、作家の澤地久枝さんが「政治の根本が狂う時は、あらゆるものが劣化して腐っていく。みんなノーマルな反応をしない。日本人はそこまで追い込まれたのか、この国は滅びるな、と思いました」とコメントされ、世界的免疫学者の多田富雄さんは「今の日本の政治は、人間の住む国の政治じゃない。この国自身が病んでいる」と嘆いておられた。

 法律や道徳書に書かれているものとは違って、明文化されていない精神文化は何にもましてかけがえのないものである。
 いたずらに争うことのない『和』という美風、自らを厳しく律する武士道精神、敗者への共感・劣者への同情・弱者への愛情である
惻隠(そくいん)の情、恥という感覚、独特な美意識、八百万の神を受容し新しく入ってきた文化を咀嚼(そしゃく)して自分流の文化にしてしまう柔軟さなど、日本人の大切な精神的資産が消えつつある。

 この国の指導者たちには、せめてこの日本民族が長年に亘って培ってきた美風だけでも守り通して欲しいものである。そして、「やさしい気持ち」や「しなやかな心」や「他人への思いやり」が横溢(おういつ)する社会を再び実現してもらいたい。
 しかし、それを『パーデンネン』と化してしまったらしい人たちに求めるのは無いものねだりかも知れないと考えると、ボクは
暗澹(あんたん)たる気持ちになってしまう。


 と、ここまで書いてボクは一旦筆を置いた。

 そして一夜が明けた今日、とても嬉しいニュースが飛び込んできた。

 滝田洋二郎監督・本木雅弘主演の日本映画『おくりびと』が今年の米国のアカデミー賞外国語映画部門でオスカーを獲得したのである。
 いまだ片目暮らしのボクは映画館へ足を運ぶのが
億劫(おっくう)なのでまだこの映画を観ていないが、『納棺師』の仕事を通して人間の『生と死』という永遠の課題に正面から向き合った奥深い作品であり、日本人本来の「穏やかで柔らかい」心と「故人の魂を敬う」純朴な気持ちが表現されているらしい。
 ボクは救われたような気持ちになった。下々の心はまだ健在である。


 戦後の日本は、自由主義陣営における民主主義国家の一つとして復興を遂げ、経済成長を続けてきた。が、政治も経済も文化も何もかもアメリカ一辺倒でやってきた傾向が強い。そしてアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国になり、「ジャパン アズ ナンバーワン」と持ち上げられた頃から日本人全体の精神レベルの劣化が始まったようにボクは思う。

 国内に資源の少ない日本は必然的に技術と貿易で国を富ませてきた。しかも、日本製品の主たる輸出先はアメリカである。
「アメリカがくしゃみをすると日本は風邪をひく」とは言い古された喩えだが、今回の経済危機は「アメリカが風邪をひいたら日本は肺炎になった」という状態だろう。
 事実、今年のGDP(国内総生産)は、金融経済破綻の震源地であるアメリカが前年比マイナス3.8%と推計されているのに対し、日本では12.7%ものマイナスになると発表された。


 この重大な局面においてもなお、麻生内閣と政権与党は、民意から遊離し、国民生活を無視した行動をとり続けている。

 先週、アメリカのオバマ新政権で国務長官に就任したヒラリー・クリントンさんが来日し、今夜は麻生さんがオバマ大統領と会うためにアメリカへ出発した。
 オバマ政権はいかにも日本を重視しているような演出をしているが、それには理由がある。かつてないほど多額な財政出動を決めたオバマ政権が日本に望んでいるのはアメリカ国債の引き受けである。
 政府は公表を避けているが、日本は毎年50兆円前後のアメリカ国債を買い続け、今やアメリカ国債保有高は民間も併せると570〜600兆円だと言われている。その上に更にということだろうが、麻生さんが二つ返事で引き受けただろうことは疑う余地もない。自分自身のフトコロが傷む訳じゃないから気楽なものだ。


 国内では、底知れない不況へ突入する兆しが見え始め、容赦のない派遣切りは放浪者と飢餓を生み出そうとしている。
 にもかかわらず、無策な政府に加え、民営化された郵政会社は
恣意(しい)的な利権譲渡の匂いがプンプンする『かんぽの宿』の一括払い下げをしようとし、霞が関の官僚は公務員制度改革に抵抗している。経団連会長までが数億円の脱税容疑で逮捕された業者との怪しい関係を取りざたされている始末だ。

 一体この国の指導者たちはどうしてしまったのか。実に嘆かわしい。

 先述したテレビ番組『オレたちひょうきん族』には番組の終わり頃に『懺悔コーナー』というのがあって、その日の演技にミスのあったタレントが自分の至らなさを懺悔して許しを乞うのだが、大抵は罰を受けて頭から大量の水を浴びせかけられた。

 罰を受けろとまでは言わないが、この国を間違った方向に導いてきた過去と現在の政治家・官僚・財界の指導者たちには是非とも懺悔してもらいたいものである。自分たちの非を素直に認めてはじめて国と国民を導く指導者と言えるのだとボクは思うが、皆さんはどうお考えだろうか。


                            [平成二十一年(2009)二月二十三日]