徒然草34 桜は咲いたが……
                 (2009.03.29up)





 我が家のバルコニー前の山桜が、今年もまた、白い可憐な花びらを枝いっぱいに散りばめている。
 この家に住みはじめた二十四年前、山桜はまだ背も低く、リビングから眺める外の景色の下の方に枝を控え目に張っていた。それがどんどん成長して幹も太くなり、今ではバルコニーに上から覆いかぶさるように枝を伸ばしている。そして毎年咲かせる花をボクの誕生日に合わせて満開にする。
 近年の気候変化を考えれば実に不思議な現象だが、ボクにとっては心の癒えるありがたいことだ。自然世界は奥深いと感嘆しきりである。


 そのボクは、三月もあと数日を残して満六十三歳になった。もう二年経つと前期高齢者の仲間入りだ。ふとそう思い、「俺もずいぶん年をとったものだなあ」と、自分の余命を考えてしまった。政府が付けた無粋(ぶすい)な年齢区分名称のせいである。無粋ならまだしも無神経きわまる。
 近頃の役人がやることは庶民の心を傷つけるようなことばかりだ。お
(かみ)意識で納税者を見下し、民主主義国家の公僕であるという意識が希薄である。政治家も似たようなものだ。この国ではまだ民主主義が定着していないことの証左だろう。


 今日は誕生日なので心穏やかに過ごそうと思っていたのだが、また腹が立ってきた。

 腹が立つことがもう一つ。期待していた政権交代が、腐敗した行政機構の大手術が、小沢民主党代表の秘書が逮捕・起訴されるという事件によって遠ざかりそうだからだ。

 事件の真相は知る由もないし、裁判が終わってみないことにはボクには何ともコメントのしようがない。が、「なぜこのタイミングに、なぜ政治資金規正法に基づく不実記載という軽微な事案で」検察は「逮捕・強制捜査・起訴という挙に出たのか」が、大学時代に近代政治と行政学を専攻したボクには理解できないのである。

 検察首脳は記者会見で「看過し得ない重大悪質な事案」だと述べたが、斡旋収賄罪を問うのならともかく、過去にあった同様の事案はすべて政治資金報告書の修正で事足りるとしてきた検察だけに、頭を傾げざるを得ない。

 新聞やテレビなどのマスコミ情報からこの事件に関する客観的な事実だけを抜き出してみると次のようになる。

■西松建設という中堅ゼネコンのOBが代表を務める二つの政治団体が2006年まで存在していた。
■西松建設は社員に指示して二つの政治団体に寄付をさせていた。その寄付金に相当する金額を給与や賞与の形で社員に戻していた。
■その二つ政治団体が小沢氏の政治資金団体に多額の献金をしていた。また、この政治団体二つは、小沢氏の場合に比べると個々の金額は少ないが、二階現経済産業大臣・森元首相・尾身元財務大臣はじめ十九名の自民党代議士にも献金をし、パーティ券の購入もしていた。それらを合算すると小沢氏側が受け取った献金額を上回る。
■西松建設が他社との共同事業体として工事の一部を請け負った胆沢ダムの工事発注者は国土交通省である。

 また、事件に関連する客観的事実はこうなる。

■どんなに遅くても今年の九月には衆議院の総選挙が行われる。
■裁判は、被告側が公訴事実を否認している場合には必ず長期化する。つまり、総選挙前の結審はありえない。
■検察は行政機構から独立した司法機関だと思っている人が多いが、検察は法務省に属する特別機関であり、立法府・行政府から独立した司法を担う裁判所とは違って行政機構の一部である。

 これらの客観的事実を頭に入れて考えてみると、おぼろげながら事件の真相が見えてくるような気がする。要は、この件で最も得をするのは誰なのかと考えればいい訳だ。

 ボクは、「それは官僚組織である」と思う。

 自民党は、この事件によって確かに得をする。国民の支持が民主党から離れることで総選挙に勝って政権の座を維持できるかも知れない。が、その自民党に政権担当能力が無くなっていることは誰の目にも明らかであろう。官僚たちにとって実に扱いやすい政権党に落ちぶれてしまっているのが今の自民党だとボクは思う。

 官僚が一番嫌がるのは大きな変化であり、最も恐れることは自分たちが築き上げてきた組織の崩壊である。
 まだ下のクラスの若い層は違うと思うが、上層部の高級官僚とその背後に隠然としているOBたちの本音は「政権交代なんてとんでもない」だろうし、民意が政権を交代させたとしても「豪腕小沢が首相になるのだけは勘弁してくれ」だろう。
大鉈(おおなた)を振るわれることが怖いのだ。

 そう考えながら麻生内閣がスタートしてからの半年間を振り返ってみると、「名を捨てて実を取る」官僚一流の手法が透けて見えてくるはずである。
 そんなものがあるはずないと言っていた霞が関埋蔵金を定額給付金二兆円の財源に差し出した。
 加えて、京都議定書以来すすめてきた重要政策であるCO2削減に逆行する「高速道路、どこまで乗っても1000円」プランを了承している。約五千億円の税金が値下げ料金分の穴埋めとして高速道路会社に支払われるのだから、何のことはない、受益者負担の原則を捨てて全国民負担にした訳である。しかも、ETC搭載車限定だから国交省所管の天下り団体が儲かる。
 ところが、そのことに疑義を挟む与党政治家はいない。


 また、内閣支持率が若干回復しただけで満悦顔の麻生さんを手玉にとって、彼らは天下りを制限・禁止していく改革法を骨抜きにした。内閣人事局のトップを官僚トップの内閣官房副長官が兼務することを麻生さんが了承したのである。
 あの、「検察捜査は自民党政治家には及ばない」と断言した元警察庁長官の漆間副長官からの進言だそうだが、どうもおかしい。
『官邸の闇に
(うごめ)く』とでも題した推理小説が一本書けそうな展開だとボクは思うが、とにかく官僚たちは自己保身と組織防衛にかけては辣腕(らつわん)狡猾(こうかつ)である。その能力を国と国民のために活かしてくれればいいのだが、現在の官僚上層部には期待できそうにない。

 それにしても、桜は咲いたものの……、この国に春はいつ訪れるのだろうか。


                            [平成二十一年(2009)三月二十九日]