都筑大介 徒然草35 迷惑メール考 (2009.11.18up) 1902年に米国シアトルで創刊され現在も毎週1回発刊されている日系人向け週刊紙『北米報知新聞』に、月に1度のペースで『一言居士のつぶやき』と題したエッセイを連載し始めて5か月が経つ。新聞コラムだから当然文字数の制限があり、毎回1600字以内のコンパクトな文章に仕上げている。今まで何の制約も無く書いてきたボクにはいい経験になっているが、結構苦労していて、時々(たまには長さを気にしないで書いてみたい!)と思ったりする。 それでボクは、この『ひなたやま徒然草』にダラダラと長い駄文をひとつ書くことにしたのだが、(さあ、書くぞ!)と勇んだものの適当な題材が浮かばない。(う〜ん、こりゃ弱ったな)と頭を抱えてしまった。その時ふと思い当たったのが、いかがわしく煩わしいメールのことだった。 ボクの左眼がモーレン潰瘍によって裂ける少し前だから、四年前の春先のことだ。メールの受信トレイにスパムメール(いわゆる迷惑メール)が飛び込むようになった。 つくしが川土手の草むらに頭を覗かせた頃は一日10通程度だったのが次第に増えて、桜が咲いて散る間に50通を上回るようになり、青葉の季節が訪れると毎日100通を超えるようになった。アンチスパム機能のあるセキュリティソフトを入れているのに、である。ホームページ上に載せていたボクのメールアドレスがその筋に捕捉されたためだと思われた。 初めは一つひとつ受信拒否作業をしていたボクだが、余りの多さに嫌になり、サーバーにサーバー段階でのキックアウトを依頼した。 しかし、正体不明な送信者が「手を替え、品を代え」してやってくるためにサーバー側の対策が追いつかないとのことだった。仕方なくボクは、メールアドレスを変更し、不本意ながらホームページ上に載せることも止めた。 なのに1年後、モーレン潰瘍再発で角膜移植手術を余儀なくされたボクが、三週間余り入院して帰宅するとまた迷惑メールが飛び込んできていた。以前同様に日を追って数が多くなり、最近は一日200通を越える日もある。 (こんちくしょうめが!)と立腹し開き直ったボクは、迷惑メールの一つひとつの内容をチェックしてみた。勿論、返信はしないし、相手サイトのURLはクリックしない。ワンクリック詐欺のケースも考えられるからである。 改めてチェックしてみると全体の90%が海外から、残り10%が国内の出会い系サイトからだった。海外からのメールはほとんどが高級スイス時計・最新のパソコンソフト・健康サプリメントなどの売り込みで、最も多いのがバイアグラの格安販売である。中には有名大学の学位を買わないかというものまであった。彼らがどうやってボクの新アドレスを捕捉したのかは分からない。 が、国内メールには心当たりがあった。半年ほど前にボクは、通販のアダルトDVDショップから日活ロマンポルノ映画の中古DVDを1枚買ったことがある。証拠はないが、どうやらその店からボクの個人情報が洩れているようだ。 そんな訳で、このところ毎日10通以上、出会い系サイト経由で女性からのお誘いメールが届いている。年齢は20代から50代と幅広く、内容はパターン化されているものの、文章自体は結構工夫されていて面白い。男が書いているに違いないと思えるものもかなりあって、ご苦労なことだなあと思いながら一週間ほど毎日、ボクはそれらを読んだ。 「都筑ぃ、お前、そんな暇があったら小説を書けよ!」 例の悪友たちが脳裏に現れてボクを責め立てる。が、『ぐうたら備ん忘録』の方に書いたように、この夏に二度目のモーレン潰瘍再発があり、またも鈍痛と鬱陶しさに悩まされて執筆スランプに陥っている。だから、しばらくは駄文でお茶を濁すことを勘弁して欲しい。 「ふん、言い訳だけは相変わらずうまいな。仕方がない、大目に見てやるよ」 「そうか、それはありがたい」 という次第で、大して意味はないが、「迷惑メール考」を始めたい。が、素材が整理整頓されていないと支離滅裂になる。そこでボクは、150通余りのメールを分類し、若い子のキャピキャピ・キャハキャハしたメールは味気ないので省き、割合しっとりした風情のある熟女メールの幾つかを紹介しながら考えていくことにした。 まずは『未亡人』からのお誘いメールである。 【事例1】「暖かい出会いがしたいです。五年前に夫に先立たれてからは一人で子育てと仕事で必死でした。その子育ても一段落。そろそろ自分の時間を大切に自分に正直に楽しく過ごして行きたいと思うようになりました。少しの時間でも素敵な男性と楽しい時間が持てればいいかなと思っております。自分の良さというのは子供を他人様に迷惑をかけないしっかりした人になれるよう見守ってきたところだと思います。お互いを尊重し合い、信頼し合うことで心通わせ、心も身体も癒し合えるようなお付き合い、お願いします」 【事例2】「秋になり、朝晩は本当に冷えますね。私の心も身体も冷え切っています。数年前、主人を亡くし、子供も大きくなって独立していますから、今は1人で暮らしています。熟女ですがいつまでも可愛い大人の女性でいたいと願っています。嘘のない誠実な気持ちで接していきたいと思っています。こんな私をエスコートして下さいませんか?」 (そうだろうなあ、独り身は寂しいよなあ)と思わせるアプローチはなかなかのものである。 【事例3】「52歳の未亡人です。やはり1人は寂しく、心身共に温まるお付き合いがしたいです。逢えない時でもお互いの事を思いやり、逢っている時は二人の時間を大切に過ごし、次に逢える日を想って毎日を頑張る、そんな関係になれたらいいです。亡くなった夫以外は愛せないと思っていましたが体は正直です。夜になると1人で慰めている自分が居ます。本当に孤独を感じています。こんな私に愛の手を差し伸べてくださいませんか?」 (これは書いたのは男だな)とボクは直感した。 この年齢の女性の場合、漢字で「〜事」とか「居ます」と書くのではなく平仮名で「こと」「います」と書くはずだから。それに少々理屈っぽいから間違いない。それにしても、未亡人はみんな中年と熟年である。うら若い未亡人ならもっといいのに……。そう思ってしまうボクのスケベェ心はまだ健在である。 さて次は、離婚して今は独身だという『バツイチ』さんからのものを見てみよう。 【事例4】「2年前に離婚しました。子供は成人し家を出ています。このまま歳だけとって生きていくのは嫌です。女としての時間が欲しいし、濃厚なスキンシップも。そんな思いで私から積極的に動くことにしました。たいした趣味も特技もありませんが、常に相手を思いやる気持ちだけは忘れずに心がけています。性に関しては人より欲求が強いかも知れませんが、その辺りも理解していただけたら幸いです。どうぞ、宜しくお願いします」 【事例5】「いくつになっても女で居たいなって思っている49歳のバツイチです。14年前に離婚したんです。それからは仕事・子育てと頑張ってきましたが、子供も大きくなり、今は寂しい1人暮らしになってしまいました。一緒に映画や食事や旅行など行けたら嬉しいです。手をつないで温泉街を散歩して居酒屋のカウンターでお酒でも飲みたいなあと思います。勿論、お互いに必要とし合えば体の関係もありです。私、性格は気さくで明るいです。お洒落にも気をつかっている方です。こんな私でよければ良いお返事をくださいね」 「女としての時間が欲しい」「いくつになっても女で居たい」なんて、出来の悪い官能小説の台詞と同じだ。「濃厚なスキンシップも」とか「体の関係もあり」とかの表現スタイルは通販商品の宣伝文句と共通するから、これも男が書いているに違いない。 【事例6】「50才の年増でもよろしいですか? バツイチで娘が1人おります。その娘が昨年結婚して女手一つの子育て生活もようやく終わり、ほっとしております。でも1人身の寂しさにかられます。娘から恋は年齢に関係なく女を綺麗にするものなのよと言われ、思い切って出会いを求めることにしました。もし良ければお茶だけでもなんて思っています。20代の頃のような淡い冬を過ごせるようになりたいです。宜しくお願いします」 しかし、妙なことに結婚と離婚を何度も繰り返している『バツ2』・『バツ3』の女性はいない。メールの作成者が「それでは魅力に欠ける」と判断しているからだろうが、このケースは未亡人の場合と違ってかなり積極的な内容である。しかし、もっと積極的なのは人妻が『不倫願望』を訴えるタイプだった。 【事例7】「所詮私はただの人妻であって自由などないのでしょうか? 夫以外の男性と男と女の関係を持ってみたい、1人の女として接してもらいたい、ただそれだけなんです。私は本気で貴方のこと愛せる自信があります。本気で貴方に会いたいからこうして連絡しています。無理なら諦めますが、やっぱり一度くらいはお会いしたいんです。一人の女として貴方とお会いしたいです。前向きなお返事、待ってますね」 【事例8】「今の生活を壊す勇気もない。そんな私が、夫とはずっとセックスレス状態だからといって、今の生活を捨てないまま新しい出会いを求める事ってやっぱり卑怯でしょうか? 家庭のある身で、やはり勝手ですよね。それは解っているんです。でもこの気持ち、抑えられないんです。まだ女として、普段は味わえないときめきや刺激が欲しいんです。無理なお願いだとは重々承知ですが、人妻の私とデートしていただけませんでしょうか?」 (ホントかね?)と首をかしげたくなる内容だ。昼下がりのメロドラマで使い古された言い回しもボクは気に入らない。 【事例9】「42歳の既婚者です。どうしてもセックスにお誘いしたかったので全部脱いだ写真を添付しました。しっかりと見ていただけますか? 主人は単身赴任中、大学生の子供たちは母親など見向きもしてくれません。誰にも必要とされない寂しい心と体を慰めていただけないでしょうか? 主婦でも母でもない、女としての時間を取り戻したいのです」 【事例10】「家庭では家事も頑張り良い主婦をしています。でも、単純な毎日ばかり過ごしていたらいつの間にか不倫や浮気してみたいと思うようになりました。いけないことかも知れません。でも一度きりの人生ですものね。一時だけ現実を忘れることは決して悪いことではないと思います。私に夢を見させていただけますか? 恥ずかしいけど、裸の写真もつけました。良いお返事を期待しています」 この二つの例のように不倫願望ものには裸の写真を添付してサイトURLをクリックさせようとしているものが多い。 露骨に男の劣情を刺激しようとするのは稚拙なやり方だと思うが、さらに露骨なのが「お金を差し上げます」という『逆援助交際』タイプである。 【事例11】「私は娘の彼氏に欲情してしまったどうしようもない母です。こんなどうしようもない女を、1回20万で抱いてもらえませんか? 早く欲求を満たさないと娘の彼氏を逆レイプしちゃいそうです。旦那と別れて11年、そろそろ私も母の顔から女の顔に戻ってもいい頃合いかなと思っています。精一杯お礼するので私とHなことしてください」 たしかにどうしようもない話だ。これじゃ、愛とか恋といったロマンチックなイマジネーションは絶対に湧かない。 【事例12】「私は去年、某大企業の御曹司と結婚しました。金銭面で一生困らないお金をもらっていますが、アッチの方でとても不満があるのです。女性は少なからずMの性癖があるといいますが、私もかなりのMです。でも主人は私以上のMでした。なので夜は私が女王様になってプレイするので、私の欲求不満は一向に解消されません。だって全く責めてくれないんですもの。我慢ならなくなって離婚届を突きつけて理由を話すと、主人は私が愛人を作るよう勧めてくれました。そこで貴方にお願いがあります。500万円を用意しています。私の愛人になってくれませんか? 条件は女性を責めることが好きな人、ただそれだけです。ちなみに私はFカップ。気軽に連絡してください」 (男が金で女を買うと買春犯として警察に捕まるのに、女が金で男を買う場合は罪に問われないのかなあ)とボクは疑問を持った、犯罪性は同じはずだから。 それに、(上流夫人を装って金を見せびらかす、こんな誘いに乗る男がいるのかな)とも思う。こんなものよりはまだ、『未婚女性』からのものの方が可愛いさもあって多少なりとも心も動く。 【事例13】「キャリアウーマンを気取り、男性なんていなくてもと強気で今まで生きてきたのですが、やはり私も一人の女。若い頃は一人でやって行けるなんて格好つけていたのですが、39歳になり男性が恋しくてたまらなくなりました。割り切りで構わないので、身体関係込みでお付き合いしてくれる方を探しています。もしよろしければお会いして頂けますか? 優しく抱いて甘えさせてくれるなら、既婚の方でも構いません」 【事例14】「四年前に交通事故で足が不自由です。杖を使っていますが日常生活に問題はありません。偏見差別する人達から心に傷を受け恋愛を諦めてきました。でもそんな人ばかりではないって信じたい、奇跡を信じたいのです。心が休まる相手が欲しいなぁと切実に思います。障害など気にしないで接してくれる方と出会うことを夢見て期待しています」 また、官能小説家の悪友鬼庭秀珍が読めば、余りの陳腐さに呆れ返って腹を立て、メールを送って説教をしそうな内容のものもあった。 【事例15】「虐められたいという強い願望があります。もし良ければ、私を奴隷のように扱ってくれませんか? 汚い言葉で罵られると燃えるんです。恥ずかしい事を強要されたりすると喜んでしまう変態女です。感度は勿論抜群、淫乱っていう言葉が似合う女だと思います。普段はOLをしているので、お互いの日常生活が壊れない程度のお付き合いがいいです。アブノーマルなことも大丈夫だと思うので、私にしてみてくれますか?」 この他にも「私をあなたの専用奴隷にしてください」とか「縛ったり、鞭で叩いたりして虐めてください」なんていうのもある。まるで低俗な創作合戦だ。 ことほど左様に実にバラエティに富んでいるが、困りものは『ボクを名指しで誘ってくる』もので、冒頭でボクが「個人情報が洩れているようだ」と述べたのはこのゆえである。 【事例16】「出会いを求める女性が集るサークル会長のSです。現在、サークル内女性の間で都筑大介さんの評判が口コミで高まっており、人気ランキングで1位になっています。もしよければ都筑大介さん公式ファンクラブを立ち上げ、サイン会や握手会、カラオケ大会等開催しませんか? 運営費は都筑さんファンのセレブ女性が全額出費します。私、Sが都筑さんのマネージャーとして責任をもってマネージメントさせていただきますのでご安心ください。一度打ち合わせしたいのですがお時間いただけないでしょうか?」 【事例17】「40歳、バツイチ、子供なし。私の乳首をペロンと舐めてコロコロしていただけませんか? 都筑大介さんが一番好みのタイプだったし信頼できそうだからお誘いしました。ご無沙汰だからすぐにセックス希望です。愛車ですぐに送迎します」 【事例18】「Aさんの遺産は33億の他に株式や貴金属等の売却処分でさらに増えるとみられております。遺言書には都筑大介さんに9割、元家政婦のBさんに1割を贈ると記されているのに、長女のCさんが遺留分だけでなく全額の相続を主張され困っております。薫さんが残した手紙になぜ貴方に遺産を贈るのか理由が書かれていますのでまずは手紙を読んでいただけないでしょうか? 相続書類と手紙を持ってお近くまで伺います。東海林薫さんの遺産を相続する・相続放棄する、どちらになさいますか? ご返事ください」 【事例19】「ある大手ブランド会社からの極秘依頼で、新作を3ヶ月身につけて普段の生活をするだけで3000万円差し上げます。当社に任された5名のうちすでに4名が引き受けており、残りの1名に都筑大介さん、貴方が選ばれました。OKなら早速「時計」と前金1500万円をお渡しします。残金1500万円は3ヶ月後にお支払する形になります。至急ご返答ください」 まさに「手を替え、品を変え」のお誘いであるが、論理が矛盾していて明らかに嘘の話だと判るものが多い。ボクが出会い系サイトの会員でプロフィールを公開しているのならまだしも、そうではないのに「人気ランキング1位」だの「一番好みのタイプ」だのと言われても信じようがない。 論理矛盾といえば、次の例などその典型だろう。 【事例20】「私の父が建てた別荘は私有地の森の中にあり、近くには湖もあり、これからの季節は紅葉がとても美しく見る事が出来ます。白を基調とした洋風の建物ですが、老朽化が進んできたので近々新築しようと考えています。それに伴い、別荘内にある絵画やアンティーク家具を海外のオークションに出品して総額8000万円で売却する事が出来ました。このお金全てを差し上げる見返りに長期愛人契約を結んでいただくことが希望ですが、まずは800万円からのお試しという事で、別荘でお互いの相性を確かめてみませんか? 色よい返事をお待ちしております」 年齢不詳だが金持ちらしい女の愛人になれば絵画やアンティーク家具を売って手にしたお金のすべてをくれるという。 (別荘の建て替えはどうするんだろうか?)と余計な心配までさせられる。そこが相手の狙いかも知れないが……。 それにしても「800万円からのお試し」とは、どういう神経をしていれば書けるのか理解に苦しむ。 事例紹介はこれまでにして、 ボクが考えるに、これらの出会い系サイトというのは要するに「買春・売春の斡旋」をしている訳だが、警察の追及を避けるために、「会員同士の交際は双方の自由意志による」形を隠れ蓑にしている。卑怯な連中だ。 今の日本では、多くの人がわずか先の将来展望さえ持てない社会環境にいる。 特に若い世代の人たちの抱える不安感は深刻とさえ言える。 結婚したくてもすぐには生活設計が成り立たないからどうしても晩婚化が進む。ひと昔前なら適齢期を過ぎた25〜29歳の未婚率は70%を超えており、30〜34歳の場合でも50%に達している。 こうした若者たちの恵まれない状況につけ込んで金儲けをしているのが出会い系サイトの運営者だ、とボクは思う。 折りも折り、34歳の女性による「結婚詐欺と殺人」が連日ワイドショーで取り上げられている。6人の殺人に共通して使われたのは睡眠導入剤と一酸化炭素ガスを発生する練炭だが、6人中5人は出会い系サイトを通じて女と知り合ったとのことだ。インターネットが悪用された忌まわしい事件である。 これら多数のいかがわしい出会い系サイトネット上を席巻していることにむかっ腹が立つ。ボクは今、「何してんだ、さっさと取り締まれよ!」と警察に八つ当たりしたくなる心境である。 (2009年11月) 【ちなみにこの駄文の文字数は、引用事例部分を含み、9280字でした】 |
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