端山忠彦の実践SS学



 勝ち残り経営への第三章

 ヒューマンウェア戦略:繁栄のSS道






 2005年も三か月が過ぎて早くも四月を迎えました。昨年の秋から今日に至る半年を振り返りますと、SS(サービス・ステーション)業界はこれまでになかった市場形態を作り始めているように私には見えます。

引き続く原油価格高騰を受けた小売価格の値上げによってようやくもたらされた採算維持レベルのガソリンマージン幅も、セルフサービスSS間の価格競争の再燃によって一転し、急激に圧縮されてきております。その結果、セルフSSとフルSSとの価格差は更に拡大しています。この間の市場動向から明確になってきたマーケット情勢は、ほぼ次のようにまとめられます。

 セルフサービスが時代の趨勢である。
  ・お客さんのセルフSS支持の増大
  ・市場における価格主導権はセルフSSが掌握
  ・セルフSSにおける黒字経営の定着と厳しい経営環境克服への自信

 その一方で、フルサービスSSの業績が急激に悪化してきた。
  ・燃料油の販売不振と油外販売の低迷
  ・依然として続くお客さんのセルフSSへの流出
  ・価格競争力の著しい低下
  ・従業員育成の遅れ

 このような市場異変を見ると、黒船が現われて日本の近代化が進んでいった、幕末期から明治維新の社会状況を思い起こします。SS業界にとってセルフサービスは近代化への黒船と言えるかも知れません。

 新年号で私は、この混乱した市場環境を克服し勝ち残っていく方法の一つとして、「ヒューマンウェア戦略」の重要性を紹介しました。しかし、フルサービスSSで働く従業員の人たちの業務遂行能力の現状から判断すると、残念ながらこの戦略が展開できるところは少数と言わねばなりません。その原因は既にお気付きだと思いますが、問題点を明確にするために敢えて列挙しますと、次のようになります。

 ・お客さんの立場ではなく、SSの立場と発想からのセルイン活動
 ・お客さんが信頼するには今一歩足りない商品知識と作業技術力
 ・従業員の「学ぶ」意識の低下と「出来ない自分を恥ずかしいと思わない」精神性

 これに引き換え消費者側は、商品の購入に当たって、「こうすれば合理的な買い物が出来る」という「明確な購買戦略」を持ち始めています。インターネットの検索機能がそれを可能にしました。

 つまり、どのお店に行っても品質に差のない商品は低価格店で買い、商品の品質にこだわりたい場合は高価格でも信用・技術・情報力のあるお店で購入する、というスタイルが普及してきています。これが燃料油やカーケア分野にも広がりつつあるのはご承知の通りです。

 平均的なことを申し上げて誠に恐縮ですが、SS従業員の業務能力レベルが今のままで推移するなら、SSという業態がカーケア産業の中で現在の勢力を維持し、競合業態であるカーディーラー・オートショップ・修理工場などに伍していくのは困難になってくるだろう、と容易に予測されます。

 しかしなぜ、若い人たちは経営陣の期待に反して業務知識や技術力を習得することができないのでしょうか?

 私なりに考えてみますと、次のような疑問点が浮かび上がってきます。
 ・能力がないからなのか?
 ・教えないからか?
 ・働く意欲がないからなのか?
 ・夢がないからか?
 ・目標がないからなのか?
 ・根性がないからか?
 ・嫌々やっているからなのか?
 ・楽をして収入を得ることを考えているからか?
 ・プライドがないからなのか?

 更に一歩すすめるなら、「なぜ、このような若者が多くなってきたのだろうか?」と考えなければなりません。
 雇い主であるお店や会社だけの問題ではなく、社会を構成している「家庭・学校・職場」のそれぞれに問題が潜んでいます。しかし、若者心理の把握がいかに難しくても、彼らの能力を引き出して戦力化しなければ市場での競争に勝てないとするなら、彼らが持っている「人間力」を鍛える必要性は「企業=職場」が最も高いと言わざるを得ません。

 ここでSS従業員の何が問題なのかを、セミナーの討論の中から、「真の原因」を探ってみることにします。テーマは「なぜ、お客さんがオープンボンネットをしてくれないのか?」です。

意見1)なぜか、アドバイス能力においてお客さんは、その従業員を信用していないんだよね。
意見2)なぜか、アプローチの仕方からしてお客さんは、その従業員のメカ知識、作業技術レベルが十分であると感じないらしいんだ。
意見3)なぜか、上司の自分から見てもその従業員は知識・技術・接客などを一生懸命に勉強し工夫しているように見えないし、なぜか、その従業員にはお客さんのクルマをよくしてやろうという「親切心、優しさ」が足りないんだ。
意見4)なぜか、その従業員には「お客さんの役に立つ、世の中の役に立つ」という心構えが出来ていないんだよな。
意見5)なぜかを判定するのは難しいけど、親や先生や上司たちが「心の教育、しつけ、道徳」を教えてこなかったことが原因じゃないかな。

 このように探って参りますと、真の原因は「従業員に素質がない無い」のではなくて、彼らを取り巻く社会や職場が「社会人としての精神的なバックボーンを明確にしてこなかった」ところに収斂してきます。

「ヒトは教育によって人間になる」と古来言われてきたように、「従業員も経営陣の指導によって一人前になる」と申せましょう。しかし、今の若い従業員たちは平和で豊かな環境下で育ってきています。その彼らをこの厳しい市場競争を勝ち抜いていけるだけの技術力と精神力を持った従業員に養成していくことは困難さが増幅される極めて根気のいる仕事です。
 とはいえ、やって出来ない仕事ではありません。

 私はこの従業員育成の要諦を、日本の近代化を果たした明治の先覚者たちの「和魂洋才」教育法から我々は多くのことを学ぶことができると考え、次の三項目にまとめ、私の研究会での若い従業員育成の精神的なバックボーンとして紹介しています。

 1 自尊心を持たせる……「世の中の役に立つのだ」
 2 業務能力を高める……「そのためには勉強するのだ」
 3 名誉を大切にさせる……「恥を知る、言ったことはやり遂げるのだ」

 儒教の始祖・孔子はその訓えの中で、人間のあり方の重要な徳として、「仁義礼智信」からなる「五条の徳」を挙げています。「仁」はやさしさ、「義」は正義と忠義、「礼」は礼儀、「智」は知識や技術を意味し、これらの四つの徳を重ねれば「信=信用・信頼」が生まれると説いています。
 
この「五条の徳」をSS業務に当てはめると次のようになります。私は、これを「SS道、繁栄の五条」と呼び、会員SSでの励行を強く呼びかけているところです。

「智」…車のメカについての知識・技術を習得する
「仁」…安全・故障・寿命・快適・経済性について的確なアドバイスをする
「義」…高品質な品揃え、公平なサービスを心がける
「礼」…活気ある接客サービスを提供し、美化・清掃を徹底する
「信」…お客様からの信用・信頼を優先する

 また、これらのことを従業員の人たちに自分たちにとって「必須の業務能力」であると理解させるために、店頭活動の分かりやすい心構えとして、解り易い言葉に換えた「実践プログラム」による自己修練を奨励しています。つまり、次の五項目を、従業員の人たちが毎日その実行度を三段階評価で記録することによって、彼らの心身に浸透させてゆくことを課しています。
 ・親切な行動
 ・正しい対応
 ・礼儀正しい動き
 ・勉強と工夫
 ・勇気ある行動

 SS経営に携わっておられる読者諸氏には、私のメッセージが「経営とは、まさに人間学である」とご理解いただければ、私の本懐とするところです。
 若い人たちを「一人前にしてやろう」という愛情をもって指導・育成していただけるなら、「ヒューマンウェア戦略」が実を結び、必ずや厳しい競争にも勝ち残り、お客さんにとって「なくてはならない」存在感のあるお店へと発展してゆかれるものと確信する次第です。

 次回は、この「ヒューマンウェア戦略」の第二弾として、「従業員の能力を見せる・魅せる」について、ご一緒に考えて参る予定です。ご期待ください。

        【NICHIBO SS MAGAZINE『SSファミリー』2005四月号に掲載】