端山忠彦の実践SS学



    「新たなる可能性への挑戦


  【2006.8.18 up】


           第四章
 「試す」 と 「デファクトスタンダード」




 地球の鉱物資源の価格上昇が続いている中で、特に石油が、中東地域の地政学的リスクと、アジアを中心とした需要の増勢、北海油田などの枯渇予測を背景に高騰しています。

 これら一連の高騰によって、産油国はともかく、上流部門に携わる関連企業が信じがたい様な莫大な利益を上げているのを見ると、「特異な価格パラダイム」が働いているのを強く感じます。

 また、国内の下流部門では、元売が需給のタイト化、及び販売ネットワークの再配置構想を反映して、「強い姿勢」での値決め政策を展開しているのが目立ちますが、読者諸氏はどの様に感じておられるでしょうか。


 ここ数ヶ月間の小売市場での転嫁値上げに目を転じると、ある特徴を見ることができます。
 それは、総じて卸売りセクターが強気なのに較べ、小売りセクターでの動きが、軟調に推移していることです。その背景に、元売がこれまでの「短絡的な量的シェアー至上主義」から、「将来の販売効率を重視したシェアーの向上」に戦略を転換してきたことが、見てとれます。
 つまり、セルフSSにおける販売比率の拡大を最重要課題とし、一方において、生き残りが困難なネットワークの整理縮小に、本格的に取組み始めたことではないでしょうか。


 これを側面から支えているのが、卸価格の大幅上昇、即ち、業転価格と正規玉との格差の縮小です。
 これまでは需給が緩んだときに、余剰玉の殆どは業転市場に放出されていました。それが、需要が拡大するアジア諸国へ、採算ベースでの製品輸出が可能になってきています。

 その結果、国内の需給をバランスさせるコストは、これら需給調整の選択肢が増えたことによって下がり、元売の経営効率は大幅に向上してきています。

 こんなことから、今後業転マーケットでの品薄傾向が続くと予測するのが、一般的です。また、当然の成り行きとして、元売の市場支配力が、相対的に強くなってゆくものと、私は捉えています。


 業転価格の上昇によって、店頭での底値レベルは大幅に是正されるものの、SSでの販売マージンが増加するかというと、必ずしも楽観できないでしょう。
 なぜなら、市場が「セルフ化の潮流」にあること、「顧客の節約志向」による需要の押し下げがSS経営者の増販心理を大きく揺すぶり続けるからです。よって、店頭価格は、引き続き不安定に推移すると予測します。



 前置きが長くなりましたが、私は仕事柄、系列を問わず色々な経営者の方達とお会いし、意見交換させていただく機会があります。
 それぞれの経営者の人たちに対する私の関心は、皆さんが何処に意識を置き、お店の運営をされているかです。ある人はセルフ・サービスに、また、ある人はフル・サービスに意識を置いておられます。
 何故この点に関心があるかと申しますと、市場での競争に勝つためには、「相手が誰であるかを明確に認識している」ことが不可欠と思うからです。


 セルフ・サービスを意識していないフルSSの多くには、外から見ても店頭に覇気が感じられませんし、旧態依然としていて特徴あるサービスも見られません。
「セルフ・サービスに対抗してゆくのだ」というSSには、店頭に積極さが漲り、独自のサービスが工夫されています。
 最早、市場の主導権がセルフSSに移行してしまった以上、現状の運営形態の如何を問わず、店主の方達の経営意識が、「セルフ・サービスとの競争」にあるべきであるし、そうなって初めて、勢いのある運営が可能になると云うのが、私の主張です。



 ここで、読者諸氏にSS業界での越し方を振り返って戴きますと、長い間フル・サービスという「安定期」を成功裏に歩んでこられてことと推察します。
 そして、今、次なる均衡点である「セルフ・サービスという安定期」に向かって移行する途中の、「混乱した不安定な市場」に身を置き、頑張っておられることだと思います。
 特に、フルSSの運営に携わっておられる人たちは、これに近い感慨を抱いておられるのではないでしょうか。


 しかし、「果たして、これでよいのか」、というマーケットからの厳しい問いかけがあります。
 ここに、経営者にとっての重要な判断のポイントがあると、私は考えます。それは、「SS業界のセルフ化への移行が、後どれくらいで完了するか?」の捉え方にあります。
「10年以上先のことである」と仰えられる方が圧倒的に多いでしょう。


 なるほど、業界全体についていうなら、その通りでしょう。しかし、個々のSSについて云えば、必ずしも同じではないでしょう。
 店主が決断し、セルフ体制へ物理的に転換すれば、瞬時にして完了するわけです。


 これは、若いころの受験によく似ています。
 合格すれば「・・・生」となり、新しい希望に満ちた世界に羽ばたいて行けたのと、同じです。不合格なら「浪人」という、不安定な苦い時期を過ごさなければならなかったものです。


 ビジネスの世界にあっては、会社が不安定な、停滞した時期を、早くやり過ごし、安定した環境の中で経営努力を展開する方がいいことに異論はないでしょう。なぜなら、従業員・家族・お客さんなど、多くの人たちを巻き込んでいるからです。

 同様に、種々の制約からフル・サービス体制を継続しているお店であっても、前述した経営意識の持ち方如何で、セルフSSに対抗できる販売活動と、安定したビジネス展開が可能になるものと、確信するからです。

 一方、セルフSSをオープンしたにも係わらず、期待した販売数量に遠く及ばないSSが、最近とみに多くなっています。
 これらのセルフSSには、「セルフ化すれば売れるのだ」、「入学すれば卒業できるのだ」という勝手な思い込みが、多々見られます。


 実際問題として、現下でセルフSSをオープンした場合、かつての新設開店と同様の努力が求められます。これなくして、期待数量の立ち上げは困難でしょう。それ位、セルフSSが増加したということです。

 セルフSSを、先発導入したお店の人たちは、「セルフ給油」という方式を一人ひとりのお客さんに、「セルフSSは安くて安全で快適ですよ」と啓蒙・普及を図ってきました。
 そのような多大な努力の甲斐があって、多くのお客さんが、「ガソリンは、このセルフで入れる」という既成事実が積み上がっているものと、評価されます。
 後発セルフSSが、これに優るとも劣らない努力をしなければならないのは、当然といえるでしょう。



 アメリカのマーケッティング用語に、「デファクト・スタンダード」というのがあります。
 直訳すれば「事実上の基準」ですが、その意味するところは「事実をより早く、より多く積み上げた者が勝つ」です。
 この基準の事例として、ビデオ・テープの規格を巡っての松下陣営とソニー陣営の争奪戦が有名です。


 VHSもベータ・マックスも技術的な優劣がなかったにも係わらず、VHSが市場を制覇したことは、ご存知の通りです。
 松下陣営は、VHS方式を普及するのに「デファクト戦略」を推進しました。VHSの特許を世界のメーカーに無料で使用させるなど、VHSデッキがより多くの地域に普及する、「事実づくり」に全力を投入しました。
 その結果、レンタル・ビデオ店における初期シェアーが、VHS60%に対し、ベータ・マックス40%となりました。
 これを見た、どちらのデッキを買おうかと迷っていたお客さんが、一気にVHSに傾き、松下陣営に軍配が上がったわけです。


 小さな事例で恐縮ですが、私の「クリティカル・パス・セミナー」に参加くださる方々の中で、急速に実績を向上させてゆかれる人達がいます。
 その共通しているところは、セミナーで知ったこと・習ったことを「先ずは、試してみる」の姿勢で業務に取組んでいることです。
 加えて、試したことを、素晴らしい観察眼をもって、お客さんの反応や従業員の遂行力などに関して、「事実」を確認しているところです。
 更に、旺盛な探究心で学んだ内容に「修正」を加え、自分達のものに仕上げて行かれる知恵には、いつも感心しています。


 人は両親から本能的な能力を与えられ、学校などで読む・書く・計算するなどの基礎的能力を習得し、社会に出て色々な訓練・経験を通して、仕事人としての能力を完成してゆくといわれます。
 このことは、私自身の経験を通じても全く同じで、所詮「見る、聴く」だけの知識とか技術は、「覚える、習得する」領域に達していないことが、よく分かります。
「試す」というステップ、つまり失敗した痛み、苦い経験を経たものだけが、身体に浸透するのだと、益々感じるようになりました。


 今、多くのSS経営者の方が、「セルフ化は、お金がかかる」、「人材育成には、多くの時間がかかる」として、前述の「不安定な時期」を悶々としながら、出口を探しておられる状況によく出会います。

 これとて同じです。
 商圏内の競争相手との対抗軸を明確にして、「リピーターの増客」に不可欠な活動を、しかもSSが本気で良いと思った具体的なことを、経営陣が先頭にたって、シャカリキになって「試した」と云えるまで、事実を積み上げない限り、容易に出口は見えてきません。


 しかし、実際に「試して」みれば、必ずやマーケットで対抗できる「今を生き抜く経営意識」が体内に充満してきます。更に、「試さずにはおかない」気持ちに駆り立てられることだろうと、確信いたします。

 また、この「試す」というDNAがお店に定着するなら、これまでの経営で固執してきた旧いやり方から開放され、現下のセルフ・サービス市場に対応できる運営へと、自信を持って切り換えることができるでしょう。
 そして、当然のこととして、前号で紹介した「モメンタムと求心力」が、お店の中に心地よく働いてくることでしょう。


 市場環境が、フルからセルフ・サービスへ転換してきたことは、我々生物が経験してきた環境変化と、ある種似ているところがあります。

 最後に、その生物学が教えるところを紹介し、夏季号の「実践SS学」の結びとします。


「大きな環境変化が起こると、それまでの生態系は破壊され、新しい環境にいち早く対応できる種だけが生き延び、他の種は死滅する。適応できた種は、その新しい環境が安定期に入ったとき、爆発的に繁栄する」


 次号のこの紙面においては、この「試す」によって培われる「プロセス能力」について、ケース・スタディーを交え、持論を展開させていただく予定です。ご期待ください。




       実践SS研究会 端山 忠彦

     NICHIBO SS Family 2006夏号掲載】