端山忠彦の実践SS学

        シーズン5   漂流しはじめたSS業界


            終 章 「生きのびる」【2010年9月13日up




 最近10年ほどを振り返ると、産業界の“主役”が替わりつつあるのに気づきます。
 最も顕著なのが自動車業界でしょう。米国のビッグ・スリーが衰退し、日本のトヨタ、ホンダが省燃費車の普及とエコ・カー技術を背景に、世界のリーダーへと躍進しているのに勇気づけられます。
 家電、液晶、半導体などの分野では、韓国のサムスン電子が圧倒的な存在感を示しつつあるのを見ると、アジア時代の到来を感じざるをえません。


 一方国内の販売業界に目を転じると、デパートが首位の座を明け渡して久しいですが、それを奪いとったスーパー業界も、ユニクロなどの専門店業態にその座を脅かされ、勢いを失い始めている感は否めません。

 何がこの主役交替を促しているのか。
 それを探ってゆくと“イノベーション(革新性)”というキーワードにたどりつきます。それが市場で認知され支持されることによって、“新しいリーダー”が誕生し、業界を牽引してゆくのでしょう。


 石油業界はどうか。
 この4月に新日本石油と新日鉱ホールディングが経営統合し、“
JXホールディング”が誕生しました。ガソリン販売シェア35%という、この巨大元売の出現は業界にとって良い影響を与えてくれるでしょう。
 なぜなら、過剰な精製設備の破棄による需給調整、
SS網のリストラ、即ちSSの廃止・閉鎖の促進が起こるからです。その結果、業界に巣くう“ムダ”を取り除いていってくれると期待されるからです。

 とはいうものの、このグループが、業界の“リーダー”になりえるかと云えば、“否”と申し上げなければなりません。
 なぜなら、石油は“リーダーなき業界”と言われてきたように、販売シェアが高いからといって、必ずしも“革新性”があるとはいえず、特に小売市場での競争に強い影響力を発揮しえるとは思えないからです。


 元売の2009年度決算状況をみると、全社が実質的に赤字であったことは、記憶に新しいところです。どの会社も、その理由に市況の低迷を挙げています。
 つまり、製品の供給過剰が表面化し、スポット価格がコストを下回るほど急落、これに連動する仕切り制度が販売店への価格を押し下げ、無残な業績結果を招いたということです。

 1−2月頃だったでしょうか、税抜きベースでガソリンのスポット価格が、灯油のそれを大きく下回るレベルにまで下落しているのを見て、“これは大変だ”と思ったのを覚えています。
 これには、さすがの通商産業省も「石油業界は大丈夫か」と危惧し、有識者に改善策などについて意見を求めたとのことです。その中に「市場連動の仕切り制度が導入されてから、市況の低迷に歯止めがかからなくなった。見直す必要がある」という意見があったと伝えられています。

 果たしてそうでしょうか。
 仕切り制度に問題があるのではなく、元売が余剰玉をスポット市場に放出したために業転価格が下がり、卸市況・小売市況ともに悪化したと捉えるのが正しい認識でしょう。即ち、元売の無定見な精製計画が招いた必然の結果であるということができます。

 そんなことから、元売各社が市場価格連動の仕切り制度を見直しているとのことですが、市場のプライス・リーダーであるPB、フリートなどの大手業者が業転玉を巧みに扱っている以上、元売コスト・市場価格・規模格差をどのように組み合わせてみても、算出される仕切りレベルは現状と変わらないでしょう。ただ、“底値”ルールを明確にしておくことは、元売の務めとして当然であると、私は思っています。

 元売各社は、最重要課題が需給バランスにあることを再認識し、例年より早く生産調整に乗り出し、3月初旬からのスポット価格の急上昇、仕切り価格の大幅な値戻し値上げに成功したわけです。
 ところが、それも5月中旬頃までで、ご承知のとおり、予期せざる寒波の襲来による灯油の増産で、ガソリンの需給バランスは崩れてしまいます。再度スポット市況の暴落がはじまり、小売り市況へ波及、6月にはリッター当たり“10円”もの値下がりとなったのは、ご承知のとおりです。とは言え、これは一過性のことで、早晩タイトな需給状況へと反転してくるものと、私は予測しています。

 しかしながら構造的な問題点として、一般的に産油国などの“川上(かわかみ)”ビジネスが中国・インドなどの需要増によってインフレ気味に推移するのに反して、“川下(かわしも)”に位置する精製・販売業は“デフレ”傾向の下にあると云われています。
 つまり、「仕入れ上がれど(転嫁値上げが精一杯で)マージン増えず」という状況が続くと、販売業界としては覚悟しておかなくてはならないでしょう。


ではここから、このような業界環境にどのように対応してゆくことが求められるのかについて議論を進めてゆくことにいたします。

 いま商圏内で二つのことが起こっています。
 一つは、商圏内における競争価格の巾が広くなってきていることです。それぞれの
SSが開き直った経営姿勢のはじめたことを意味しています。販売店さんの元売離れの現れでもあります。“量=数”から“質=採算”へと動きだした証しとも、捉えることができます。
 もう一つは、中規模販売店さんにおいて、
SS網の整理が進んできていることです。ガソリン・マージンの圧縮と販売数量の減少が、採算SSのハードルを押し上げてきていることが伺えます。

 そんな中で、“あっ”と思うようなケースに出遭うことがあります。積極的な価格を掲げ、より活発な販促活動をしていたSSの方が、先に閉鎖に追い込まれているケースです。
 近隣のフル
SSがその顧客の流入を受け、収支を改善させ“生きのびる”力を増大させてきています。これが偶然でないことは、これらのSSをつぶさに観察してゆくと「なるほど!」と思える、大変興味深い現象です。

 私の実践SS研究会の会員SSが、このような形で見事に生存力を強めてきております。参考になればと思い、ここで事例紹介させていただくことにします。

 このSSの商圏は、3年ほど前で大型セルフSS2ヶ所、小型セルフSS1ヶ所、フルSS7ヶ所の合計10SSで構成されていました。どの商圏でも同じでしょうが、セルフSSが1ヶ所オープンするごとに、フルSSではガソリン販売量で約20−30kl/月のお客さんを失ってきました。これが致命的なボディー・ブローなったのでしょう、この2年ほどの間に4ヶ所のフルSSが相次いで撤退・閉鎖していきました。都市周辺でよく見られる一般的な商圏内の現象だと思います。

 この会員SS中途半端な価格政策は採らずに大型セルフSSとの価格差をつけ、実質“8−10円/L”高いレベルで運営を続けているのが一つの特徴です。そのため、一時はガソリン販売量が100kl/月に近いレベルにまで落ち込んでしまったことがあります。
 ところが、“捨てる神があれば拾う神あり”の喩えではないですが、一つの
SSがクローズしていくごとに、約30kl/月のお客さんを獲得し、収益力を回復し、業績を大幅に改善してきているのです。

 なぜこのフルSSが経営内容を反転させてきたのか。私は、“少数派”戦略をとってきたからだと思っています。お店が展開している具体的な政策の一部を紹介すると、次の通りに要約できます。

(1)セルフSSとは価格競争をしない。ただし、お客様が容認してくれる限度を10円/Lとし、それ以内で価格設定する。
(2)店主がSSに常駐し、お客様とのコミュニケーションを絶やさないように努力する。お客様に対しては商売以外のことでも可能な限り便宜を図るようにする。
(3)従業員の訓練・教育に力を入れる。その一環として、毎月「人間力アップ」、「お客様の購買心理」、「販売の奥義」などについての勉強会をおこなう

 何の変哲もない内容かもしれません。しかし、これらを実行するとなると、店主はもとより従業員にも強い信念と、大変な努力が求められます。
 このフル
SSはこれらを貫徹することによってお客様が高く評価する“希少なSS”になってきたのです。ある意味では“革新的なSS”が誕生したと云ってもいいのではないでしょうか。

 スーパー・セルフSSは未だ市場に少ないがゆえに魅力があります。他店より安く仕入れることができる販売業者は数が少ないため競争力をもちます。優秀な従業員を多く配置できるお店は油外収益が高く、その結果損益分岐点が低くなるため、経営の永続性が高い数少ないお店といえるでしょう。
 どのような形態をとるにしても、お店の永続性を保つには、市場において“数少ない価値ある存在”になることが極めて重要な要因であることは、自明の理です。それが“個性=魅力”ではないかと、私は考えています。


 冒頭に申し上げたとおり、ビジネスの世界では「革新性」のある事業を展開する企業が成功をおさめます。しかし、その後においてライバルの追随を受け、革新性を失ったときに“多数派”に転落し、衰退してゆきます。SS業界も、これと全く同じ軌跡を辿りながら、栄枯盛衰を繰り返してきています。
 例えば、ガソリン・スタンドからサービス・ステーション、ハイ・マージンからロー・マージン、フルからセルフ・サービスへ、そしてスーパー・セルフ
SSへと、飽きることない合理性、革新性と希少性を競ってきたと云っても過言ではありません。

 セルフだから生き残れる、フル・サービスだから淘汰されるという単純なセオリーだけでは説明のつかない領域へと、SS業界も変貌してきました。新しいものはより新しく、旧いものはその旧さにより一層の磨きをかけることによって“希少派”となり、“生きのびる”チャンスが、必ずや巡ってくると確信している次第です。

 最後に、セブン&アイの鈴木会長が次のように述べておられます。それを紹介し、2010年夏季号「漂流をはじめたSS業界−終章」の結びといたします。読者諸兄の活躍を誌上より願っております。

 <小売業は相対産業であって絶対産業ではない。よって、優位性が実現できれば、激しい競争の中でも、利益を伸ばすことができる>




                                実践SS研究会  端山 忠彦

                 =『SS Family』誌 2010年秋季号に掲載=