鬼庭秀珍 幻想花、志津という女の物語 |
第七章 縛られ人形 (どういうことなんだろう?) 志津さんが戸惑いを感じているように、ボクにも、殿村老人が志津さんをどうしようとしているのかが分からなかった。 ボクの知識では、裸にした女性を縄で縛り上げて自分の意のままにするのは、相手に肉体的・精神的に苦痛を与えて悦ぶサディストのやり方に他ならない。しかし高齢の殿村昭吾の場合、苦痛を与えることよりも丸裸に剥いて緊縛した女性の艶(なま)めかしい姿態を鑑賞することが第一の目的のように感じられる。 (殿村老人はすでに男性機能を失っているんだろうか? それとも、すでに自分の手に入れた志津さんを生身の人間として見ていないからなのか? そんなことはないだろう) ボクは思った、いかに闇の実力者でも大金を払ってまで手に入れようとしたからにはそれなりの理由と計算があったに違いないと。でも、その理由が何なのか、まったく見当がつかない。ボクはイライラしながら次へとすすんだ。 ――次の土曜日。志津は目が醒(さ)めるように鮮やかな紫の総絞りに身を包んでいた。そのあでやかな着物の上から縄が胸にかけられている。 志津は、後ろ手に縛られた上半身を甘えるようにくねらせて老人に受け答えをし、前回同様に縛り直されて水色綸子の悩ましい長襦袢姿を老人の胸にあずけ、艶めかしい緋色の湯文字一枚で後ろ手に縛られた乳房を老人の指に弄ばれて午後を過ごした。 夕食が終わると、この日もまた二人で湯に浸かり、老人の背中を流した。 洗い髪を乾かし、丹念に梳いた長い黒髪を丸く巻いて後ろに束ね、鏡に向って化粧を直していると麻縄を手にした島野が鏡の中に入ってくる。 化粧直しを終えて振り向いた志津は、胸のバスタオルを取り払って床に正座をし、うっすらと目を閉じて両手をすーっと静かに後ろへ廻していく。華奢な両手首を背中の中ほどに重ね合わせて顔を斜めに伏せる。 その志津の背後に島野が片膝をついた。 「志津さん、僕の方を向いて手を前に出してくれませんか」 小さくうなずいてからだの向きを入れ替えた志津は、白くたおやかな腕を揃えて前に突き出した。島野はその両手首に縄をくるくる巻き緊めると、肘(ひじ)を折って両手を首の後ろに置くように言った。 「はい」と素直に両手を上げて肘を折り、志津は縛られた両手の先で首の後ろを抱いた。 くくっ! 縄をグイッと下に引かれて二の腕の内側の筋肉が攣(つ)った。背筋に沿って引き下げられた縄はきゅっとくびれた腰をふた巻きして一旦結ばれ、頭の後ろの手首に戻された。そこから左右の二の腕を巻き緊めて絞られて縄止めされた。 ふっくらと盛り上がった志津の白い胸は前に突き出し、プルプル揺れる乳房の先で赤い乳首が膨らみを増す。ピンと張った脇腹が小刻みに震えた。 「うん、そうじゃ。それでよい。では部屋に戻るぞ」 「さ、志津さん。参りましょう」 島野に縄尻を引かれて立ち上がった志津だったが、不自然な形に縛られた両腕に圧迫されて、顔がうつむき加減になってしまう。そのせいか志津の横顔に哀しい翳(かげ)りが射して見えた。しかもこの姿勢は、後ろ手に縛られている時よりもバランスがとりにくい。志津は足をよろめかせながら殿村老人の背につき従い、白くムチムチした太ももをこすり合わせるようにして追い立てられて階段を昇った。 老人の寝室にはすでに夜具が延べてあった。 「ここにうつ伏せになってくれませんか、志津さん」 島野に言われた通りに夜具の上にうつ伏せになった志津は、敷布団に片頬をつけ、伸びやかで白磁のような艶のある両脚を投げ出した。 その志津の右の足首に縄をかけた島野は、踵(かかと)が柔らかな尻の外側に密着するように美しい脚を折り曲げ、縄尻を太もものつけ根に廻した。 ひっ! 志津は小さな悲鳴を漏らした。 黒ずんだ縄が白く柔らかい肉を緊めつけ、縄を操る島野の指先が柔媚な太ももに触れるたびに、志津は女の最も微妙な部分を触られたように感じた。残る左の足首が太もものつけ根に縛りつけられている間、志津は顔を赤らめ口を真一文字に結んで、首の後ろに縛られた手首の先を蝶のように羽ばたかせた。 脛から先が尻の外縁に斜めに固定された志津の両脚は、自ら閉じ合わせない限り自然に開いていく。太もものつけ根の漆黒の茂みがチラチラ姿を覗かせ、むんむんと女を匂わせている白い双丘はその麓を黒ずんだ縄にえぐられ、異様に丸く高く盛り上がっている。その両側に反り返った足の裏が、さながら丘に生え立つ大きな樹木のように見えた。 あらがう術(すべ)をすべて失った志津の心は意外にも落ち着いていた。なまじからだのどこかに自由になる部分が残っているよりは、完全に自由を奪われた方が諦めもつく。肉を緊めつける縄のきつさに呻吟するだけでいい。そう思っていた。 その志津を島野が抱きかかえて床の間の前まで運び、膝頭を畳に突く形で床柱に背中を預けさせた。 「志津さん、ちょっとの間でいいですから柱に寄りかかってくれませんか」 「……はい」 かすれた声で答えて、志津は首の後ろで縛られた両手の指で床柱をつかんだ。 胸乳に新しい縄をかけ渡した島野は志津を床柱につなぎ止めた。その姿を横から眺めるとタツノオトシゴに酷似していた。 上下を縄に緊め上げられた乳房が揺れる。次第に息が荒くなってくる。白い柔らかい腹が呼吸に合わせてうねった。 う、うう……。あ、あっあ……。 柔らかな繊毛が茂る女の恥丘も波打ちはじめた。 不自然に縛られたからだの痛みが少しずつ痺れに変わっていく。志津は、花肉の内部が潤ってくるのを感じて下唇を噛んだ。 「志津、どうした? 苦しいのか? それとも恥ずかしいのか?」 殿村老人は目を細めてからだを乗り出し、志津の顔を覗き込んだ。その目がさも嬉しそうに輝いている。 志津はいかにも恥ずかしそうに老人の視線から顔を逸らせ、透けるように白い肌を急速に紅潮させていった。 床柱につなぎ止められていても上半身の重みでからだが前に倒れかかる。それを抱き止めるように縄が乳房の上下にきつく喰いこんだ。両腕は勿論のこと、折り縛られて膝つき立ちになっている両脚も痺れてきている。その痺れと一緒に花芯の疼きが全身に拡がりはじめた。志津は切ない女の官能を高ぶらせていった。 うっ、ううっ、んっ、んんっ、はっ、はあっ、ああーっ。 痛みを訴えていた呻(うめ)き声がいつしか甘い音色を含んだ喘(あえ)ぎ声にとって代わられ、嗚咽(おえつ)へと変わっていく。 女の羞恥を露わに晒して縄に悶える志津を肴に、殿村は島野に相伴(しょうばん)させて盃を重ねた。嗚咽を漏らし続ける志津を満足げに眺め、笑みを浮かべては盃を口に運んだ。 「御前、そろそろ……」 島野が何か言おうとするのをさっと手で制した殿村老人は、わかっておると軽くうなずいて立ち上がった。志津の前までくると着物の裾をからげて下半身をはだけ、嗚咽を洩らす口に萎びた肉の棒を押しつけた。 「ああっ、イヤっ」 小さく叫んだ志津は、咄嗟に顔を背けて肉棒を避けた。 「イヤ? 志津、ワシのものがそんなにイヤか?」 ねめつける老人の言葉に仄(ほの)かな怒りのようなものが混じっている。それを敏感に感じとった志津は、すぐさま顔を左右に振った。 「いいえ、唐突だったものですから……」 そう答えた顔を甘えるように傾け、紅い唇を開いて肉棒の先を口に咥えた。 口中に含んだ老人の肉棒を飲み込むように吸い、唇で肉径をこする。そうしているうちに萎(しな)びた肉の棒が熱を帯びて硬くなってきた。 志津は肉棒から口を離し、今度は舌先で亀頭をチロチロと舐め、玉の袋を口に含んで吸い上げた。そして、いよいよ屹立してきた肉棒をしっかりと口中に咥え込むと、柔媚な頬を激しく収縮させて一心に吸い上げた。 麻縄に絞り出された志津の乳房が殿村の痩せた脚に繰り返し触れ、その柔らかい感触がまた老人を興奮させていった。殿村老人は志津の口中で果てた。 白濁したヨーグルトのような粘り気のある液体が口の中に溜まっている。それがたらっと口の端からこぼれた。それを赤い舌を出しすくいとり唇を舐めまわした志津は、口の中に溜まった精液をゴクッと嚥(の)み下した。 この夜の志津は、裸身を着物の扱帯(しごき)で後ろ手に縛られたまま殿村昭吾に抱かれて眠った。 老人は優しい。しかし縛ることだけは決してやめない。 一糸まとわぬ素肌を縄できつく縛り上げられた志津が浮かべる苦しげな表情は、やがてうっとりと陶酔(とうすい)する被虐の恍惚(こうこつ)へと変わっていく。殿村昭吾はそれを愉しんでいる。柔肌に喰いこむ縄に呻き、痺れを運ぶ縄に酔い痴(し)れて洩らす嗚咽を好んだ。 毎週毎週、志津は様々な形に縛られた。山荘に滞在している間は縄から逃れられない。しかし、その二日間を除けば志津は自由の身である。どこか遠い地方の片田舎へこっそり逃げ落ちて、身を隠してひっそり暮らすのも決して不可能なことではない。そうしようとすれば出来ないことはないのだが、なかなか決心がつかなかった。 が、しかし……。 遅れてやってきた春の陽気が少しずつ野山を暖め、ソメイヨシノの蕾(つぼみ)が膨らんできたある日、忽然(こつぜん)と、中澤志津は東京から姿を消した。―― つづく |