鬼庭秀珍   幻想花、志津という女の物語






      第九章  地下シェルター









(何もそこまでやることはないじゃないか!)
 ボクは腹が立ってならなかった、蛭田の志津さんへの仕打ちに……。

 蛭田には女性に対する優しさの欠片も見られない。

(この卑劣な男は骨の(ずい)まで嗜虐(しぎゃく)趣味(こ)り固まった変態男だ、本物のサディストだ!)
 殿村昭吾には忠実な飼い犬のように服従する一方で、志津さんに対しては自分の変態趣味を満足させるためのオモチャでしかないような扱いをする。まるで志津さんに何らかの恨みか憎しみを持っているようにさえボクには感じられた。強い者には尻尾を巻き、相手が弱いと見たらとことん虐める卑怯で卑劣な男だ。心が醜くゆがんでいるとしか言いようがない。こんな男にだけは死んでもなりたくない。

 そう思いながら志津さんの心の動きにもボクは疑念を持った。この話のどこかに飛躍があるような気がした。それはこういうことだ。

 志津さんは、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが出来なくなっている。こんなに酷い目に遭わされていながら、警察に駆け込むことも弁護士か誰かに助けを求めることもしていない。いくら蛭田の暴力と殿村老人の闇の権力に怯えているからといってもこれだけ酷い扱いをされれば、それこそ「窮鼠(きゅうそ)、猫を噛む」という言葉があるように、捨て鉢になって反撃に転じても不思議はない。それなのに志津さんはそうしていないことがボクには不思議だった。

 ひとつ考えられることは、そんな気持ちになれないようにされてしまったということだけど、そんなに易々と心まで支配されてしまうようなことが現実にあるとはボクには思えない。思えないのだけど、仮にそうだったのだとすれば、先生が説明してくれたように、志津さん自身の心の奥底に眠っていた被虐の情念が、度重なる恥辱と執拗ないたぶりによって呼び覚まされたということになる。辛く切なく哀しいことが快楽につながるようになってしまったということになる。裸にされて縄で縛られることに酔い痴れてしまう自分を志津さんが見つけたということになる。

 でも、本当に志津さんは自我が崩壊する危機に直面したのだろうか? 誰でも女の人ってそうなってしまうものなのだろうか? そうだとしたら、ボクの香織だって……。

(な、なにを馬鹿なことを考えてるんだ、お前は!)
 ボクは想像を逞しくし過ぎてしまった自分を叱り飛ばして、また原稿に目を落とした。




――多治見を発って三時間後。西多摩の別荘に連れ戻された志津を、島野とあの薄気味悪い老女が迎えた。

 窮屈(きゅうくつ)なトランクから引き出された志津は、粘着テープの猿轡に口をふさがれたまま麻縄で雁字搦(がんじがら)めに縛り上げられた裸身をひんやりする夜風に(あお)られながら、山荘の玄関に足を踏み入れた。

 もつれる足のつけ根では、股間を縦に縛った縄が冷たい風にそよぐ絹糸のように柔らかな茂みの途中から女の秘所に深く潜り込んでいる。それを目敏(めざと)く見つけた田野倉カネが、前歯の欠けた口の端をニッと吊り上げた。

「おやまあそんなところまで縛られてしまって、おほほほほほほ……。御前様から逃げ出そうなんて、無駄なことをしたものだねあんたも……」

 嫌味を言いながら股間を見つめるカネの視線に、志津は全身の毛穴から火が噴くのを感じた。カネの後ろに呆然とたたずむ島野は、さも哀しそうに志津から眼をそむけた。

「おカネさん。御前は?」

「居間で首を長くしておいでですよ」
 カネは蛭田にそう答えると、いひひっと、意味ありげな笑いを残して調理場へ消えた。

「よし、行くぞ。覚悟するんだな。俺はお前さんがどうなっても知らないよ」 冷たく言って蛭田は志津の背中をトンと突いた。

 うっ! 花肉の秘裂が咥えている縄のコブがググッと内部にもぐり込み、擂粉木(すりこぎ)を差し込まれたような鈍痛が充血した花肉の(ひだ)を伝って花芯に突き刺さった。咄嗟に膝を折り曲げて三和土(たたき)にしゃがみこむと後ろの微肉の筒に埋め込まれた縄のコブがギリッと喰いこんだ。

 ああっ! 腰を浮かせた志津の額に脂汗が滲み出た。

「おい、立つんだよ。立ってさっさと上がるんだ」

 蛭田に急かされて立ち上がったものの腰が砕けてしまう。両脚を心持ち折って膝頭をつけた志津は、白くむちむちした太ももをすり合わせ、「うっ、ぐううっ」と粘着テープに覆われた口から呻き声を洩らした。しなやかな細首が揺れ、喉がひくひくと痙攣した。

「しようがないなあ」
 あきれ顔でそう言ってホクソ笑んだ蛭田は、高手小手に縛り上げた志津の背中の縄に手を差し込んで後ろから抱きかかえるようにして、「ううっ、うぐっ」と呻く志津を容赦なく追い立てた。

 ロビーフロアに上がる前に砂と泥のついた白足袋を島野が脱がせた。

 志津はその間、羞恥に震えながら固く目を閉ざして顔を伏せていた。この山荘にいる中で唯一自分に好意を抱いてくれているらしい男に、捕われて厳しく縄を打たれた無残な姿を見られることが辛い。目を合わせるのは勿論のこと、顔を向けることすら出来なかった。

 階段を昇る足が鉛のように重かった。その重い足を一歩踏み出す度に縄のコブが股間の前後を苛む。双眸に涙が滲み、なめらかな肩先にまで脂汗が滲み出ていた。
 その肩と後ろ手に縛られた背中を小突かれながらようやく二階の踊り場まで上がった志津は、一旦そこに踏みとどまって息を整えた。

 ふと横を向くと、島野と目が合った。すっと視線を逸らせた島野の両眼が哀しげで辛そうな光を放っていたことに気づき、今更ながら頬を赤らめた志津は、粘着テープに覆われた口の中で奥歯を噛み締めた。

 さっと身を翻して奥へ向う島野の後ろ姿に、志津は意を決したように足を踏み出し、背中高く縛り上げられた両手の指を固く握り締めて歩を早めた。

 急に早まった歩調に縄尻を手にして後ろからゆく蛭田が意外そうな顔をしたが、志津は懸命だった。どんな罰を与えられるにせよ、こんな浅ましい姿を晒しているよりはましだと半ば捨て鉢になっていた。腰が砕けそうになるのを必死にこらえて島野の背中につき従った志津は、いよいよ老人が待つ部屋に足を踏み入れた。

         *

 志津は、一糸まとわぬ裸身を厳しく縄で縛られ口を粘着テープにふさがれている。その無残な姿の背中を押されて殿村昭吾の居間に入った。

 殿村老人は一瞬目を(みは)った。しかし、すぐにいつもの冷静な顔つきに戻った。

「おお、やっと戻ってきたな志津……」

 老人はそう言ったきり、なぜ逃げ出したのかとも、何処で何をしていたのかとも訊かない。怒っている様子も見られない。それが志津には意外だった。

「蛭田。ご苦労だった」

「いえ、御前のためでしたらたとえ火の中、水の中……」

大仰(おおぎょう)なことは言わんでもよい。それにしてもよう見つけてくれた。礼を言っておく」
 老人は軽く頭を下げた。

「お待ちください御前……。御前にそんな風にされては恐縮してしまいます」
 蛭田はあわててその場を取り(つくろ)った。が、顔がほころんでいる。

 半年前……。志津が姿を消したと島野から報告を受けた殿村昭吾は、珍しく取り乱した。が、すぐに気を取り直して、蛭田を呼ぶよう指示を出した。蛭田なら何らかの当てがあるだろうと思ってのことだった。しかし、呼び出された蛭田にも志津の潜伏先の当てはなかった。当てはないのに、蛭田はすぐさま探索を引き受けた。ここで殿村昭吾に恩を売っておけば見返りは大きいと考えたからである。

 蛭田はまず、国分寺周辺の不動産屋をしらみ潰しに当たった。家の処分を相談していると想定してのことである。しかし、足を伸ばして東は吉祥寺、西は立川、南に下って府中まで調べたがこれといった情報は耳に入らない。

 次に蛭田は、不動産業者を装い売却物件を探しているとの触れ込みで、志津の自宅の近所を聞き回った。その結果、志津に陶芸の趣味があることを知った。早速蛭田は益子(ましこ)へ飛び、笠間(かさま)へと足を伸ばし、関東一円の陶芸の里を訪ね歩いたが、蛭田の探索は失意のうちに終った。しかしそれで諦める蛭田ではなかった。志津を連れ戻すことが出来ればその見返りは大きいことが、執拗な性格の蛭田をいつも以上に粘り強くしていた。

 蛭田をその目を西に向けた。常滑(とこなめ)瀬戸(せと)と空振りに終わったが、多治見に辿り着いてようやく志津に似た女の情報をつかんだ。探しはじめて半年が経過していた。蛭田の執拗な性格が幸いし、志津にとっては(わざわい)に他ならないが、蛭田はまんまと志津の潜伏先を見つけ出すことに成功したという次第である。

「ところでな、蛭田……」

「はっ、なんでしょう? 何なりとお命じください」

「ついでと言ってはなにだが……。お前、志津を少し教育してくれんか?」

「えっ?」
 蛭田は一瞬ひるんだ。と同時に志津と島野の二人も老人の顔を見つめた。

「一週間ほど志津をお前に預ける。もう二度と逃げ出そうなどと考えぬよう、よくよく教えてやってくれんか……」
 裏山に地下シェルターがある、そこを使えと殿村老人は命じた。

「承知いたしました。しかし御前、いささか準備が……」

「心配せずとも良い。すべて支度は整っておる。早速今夜からはじめてくれ」

(ああ、またこの非情な男に……)
 志津の背中を怖気が走った。

 老人の元から逃げ出した志津を待っていた罰は一週間の監禁と調教だった。志津に二度と逃亡を考えさせなくする調教がどんなものかは分からないが、蛭田が任されたということは今以上に厳しく縄をかけられて責め苛まれるに違いない。志津の心の中には暗雲が立ちこめていた。

「志津、よいな。素直で可愛い女になって戻ってくるのじゃぞ」
 そう言って老人は蛭田に目配せすると、島野に向って「案内してやれ」と命じた。

「御前、それでは……」
(連れて行ってもよろしいのですね)と改めて目顔で了承を求めた蛭田は、老人が首肯したのを確認すると例によってニヤッと口の片端をゆがめ、用心深く志津の後ろ手の縄尻を引いた。

「志津さん。さ、立ってくれませんか」

 ここに到着するまでは「志津。お前」と呼び捨てにしていた蛭田が、殿村昭吾の前では〈さん付け〉で呼んだ。その豹変(ひょうへん)りが気味悪い。いかにも嬉しそうな笑みを洩らしている。
 その蛭田が今思い描いているに違いない理不尽な淫ら責めに、志津は
までがりつくような戦慄
(せんりつ)を覚えた。

「そうじゃ、言い忘れるとこじゃった。蛭田……。多少の痛い目は仕方がないが、決して交わってはならんぞ。分かっておるじゃろうな」

「はっ、分かっております」

 軽く会釈をして慇懃(いんぎん)に答えた蛭田は、志津を縛った縄尻をとって老人に背中を向けると、聞き取れないほど小さくチッと舌打ちをした。楽しみを一つ奪われてしまった口惜しさを顔に滲ませている。

 蛭田に犯されることはなくなったが、そのことでかえって、自分への責めが苛烈(かれつ)なものになりそうな気がして志津の心は(ふる)えた。

 依然として粘着テープに口を塞がれ後ろ手に縛られている志津は、先に立って歩む島野の後ろを蛭田にせかされ、股間の前後に咥えさせられた縄のコブに呻吟(しんぎん)しながら長い廊下を追い立てられていった。二つの黒い影に挟まれた白い影がよろよろと頼りない足取りで歩いていく。アンティークランプの薄ぼんやりした灯りが囚われた女の哀れを照らし出した。

 すでに戸外は夜の帳は降りている。
 庭の所々に立っている常夜灯灯りが弱々しくもの悲しい。その黄色い薄明かりの中を、両腕を背後に高く組んだ細身の白い影をずんぐりとした黒い影が肩を怒らせて追い立てていく。
 風に
(あお)られて枝を離れた一枚の木の葉がはらはらと宙を舞って白い影の胸の、縄に絞り出された乳房を撫でた。


 裏山の裾にポツンと一つ、見るからに頑丈そうな扉があった。先に着いた島野がその扉に鍵を差し込んだ。

 仮想敵国による核攻撃に備えて建設したものだというこのシェルターに入れば外で何が起ころうと安全だろう。しかし、ひとたび閉じ込められれば逃げ出す望みは一縷(いちる)もない。そのこと以上に、一週間もの長い間この中で蛭田に(さいな)まれることを思うと胸が締めつけられた。志津は島野をチラと見やった。すっと目を逸らせた島野は、今まで志津に見せたことのない沈痛な面持ちで扉を開けた。 

「さ、入ったはいった」
 相変わらず無神経な蛭田に促されて、志津はおずおずと足を踏み入れた。

 後ろでギイーッと重い扉が閉まる音がした。外界から隔絶されたこの閉鎖空間に蛭田と二人だけにされた志津の胸に言い知れぬ恐怖感が拡がっていった。


               *

 地下シェルターの内部は想像以上に広かった。
 奥に個室が二つあり、手前は二十畳ほどのリビングスペースになっている。その中ほどに白木の磔柱が立てられていた。大文字アルファベットのXに見える斜交
(はすか)いがついている。その手前の天井に太い梁が一本走り、丈夫そうな滑車が三つぶら下がっていた。

「まずはお仕置きだな」

 蛭田は志津に、仰向けになって脚を伸ばすように命じた。

 命令通りに脚を揃えた志津の足首に縄がかかる。両足首をがっちり縛り終えると、蛭田は縄尻を天井から下ろした滑車のフックにつないだ。滑車の鎖が手繰られる。志津の両脚が徐々に持ち上がっていった。

(ああーっ!)
 腰が浮き、背中が床から離れる。

(イヤっ、こんなことやめてっ!)
 粘着テープにふさがれた口の中で叫んでいる間に、股間に縦縄を施された志津の裸身は天井から逆さに吊り下げられた。パラッとほどけた長い黒髪が垂れ下がって顔を覆い隠した。


「顔が見えないんじゃ興醒(きょうざ)めだが、ま、いいか……」

 時代劇に出てくる悪代官さながらに舌なめずりした蛭田は、垂れ下がった黒髪に鼻につけて、くんくんと匂いを嗅いだ。

「いい匂いだ。たまらん……」

 ため息混じりにそう呟いた蛭田は、天井からぶら下がっている志津の肩を強く押した。

(ああーっ!)

 逆さ吊りにされた志津の緊縛裸体は、古い大時計の振り子のように揺れ、垂れた長い黒髪で床を掃きながらくるくると回転をはじめた。

(あーっ、やめてっ! お願いっ、降ろしてっ!)

 言葉にならない叫びで反り返った喉首を引き攣
(つ)らせる志津を眺めながら、蛭田はブツブツと独り言を呟いた。

「俺はあの頃、独立する機会をずっと窺っていたんだ。あんたの旦那を片腕にしてコンピュータ関連の会社を立ち上げようと思ってな。それなのにあの男は……、中澤慎一は俺を出し抜いて先に会社を飛び出しちまった。そのせいで俺は身動き出来なくなってしまったんだよ。それからだ、俺が急な坂を転がるように堕(お)ちて行ったのは……」

(ああっ! と、とめてーっ! とめてください!)
 猿轡の中で叫びながら、逆さ吊りの志津はくるくる回転している。頭に血が集まってきて、白く冴えていた顔が真っ赤になっていた。

(あせ)りがあったんだよ、俺にも……。無理を承知で引き受けた仕事は失敗するし、時節柄厳しくなった監査に些細(ささい)なことで引っかかってしまってな。あんたの旦那の成功を耳にした頃には窓際に追いやられていた。それもこれもみんな、あんたの旦那の抜け駆けがきっかけなんだ……」

 蛭田は、自分が凋落(ちょうらく)してしまった原因を中澤慎一に転嫁(てんか)し、己を正当化することで冷遇を我慢したらしい。しかし、それも長くは続かなかった。やる気を失い斜に構えて昔の夢だけを追った男はリストラの嵐に呑み込まれてしまった。

(ああっ、降ろしてっ! 蛭田さんお願いですっ! 降ろしてくださいっ!)

 天井から逆さにぶら下がって振り子のように揺れている志津は、気を失いかけていた。が、蛭田はそれでも話し続けた。

「恨んだよ、俺はあんたの旦那を……。女房は子供を連れて実家へ帰っちまうし、挙句の果てに離婚だ……」
 (ねた)みは恨みに変わってゆき、立ち直りにかけるより、いつか中澤慎一に仕返ししてやろうと蛭田は考えた。

 ところがその憎い中澤慎一が急逝し、振り上げた拳を降ろすところがなくなった。そこで慎一の妻を自分の意のままにして憂さを晴らそうと考えたらしい。それが一年前のあの日の乱暴狼藉(ろうぜき)だったのだ。

しかしその少し前に蛭田は、政治家の私設秘書をしている大学時代の友人からある大物が自分の意のままに出来る美しい女を捜しているとの裏情報を小耳に挟み、伝手(つて)を頼んでなんとか殿村昭吾に辿り着いた。

 蛭田は、殿村昭吾に中澤志津を差し出すことで意趣返しと金儲けを同時にすることを目論(もくろ)んだのだった。現在の蛭田は、闇の大物の走狗として働くことで糊口(ここう)をぬぐっている。そして今この地下シェルターで、志津の調教に異常なまでに燃えていた。

話すにつれて蛭田は憎しみの感情を昂ぶらせ、針のように鋭い三白眼を血走らせていっていた。この男が責めの手をゆるめることは考えられない。逆さ吊りにされて風に揺れるさなぎのように回転を続けている志津は、朦朧(もうろう)としてくる意識の中で絶望感に襲われた。

 蛭田は気を失う直前に志津を床に降ろした。足の縄を外し、後ろ手の高手小手に厳しく縛めていた志津をようやく縄から解き放した。

         *

 股間を縦一文字に割った縄のコブを吐き出し、手足の自由が戻っても、志津の痺れきったからだは身動きすらできない。

 その志津を引きずるようにして磔柱(はりつけばしら)の前に連れて行った蛭田は、柱に背中をもたれかからせた志津の左右の手首を別々の縄で縛った。その縄尻を上の梁の金具にかけて、両手を斜めに広げた形に志津を柱につないだ。腰をかがめた蛭田が足首にも縄をかける。志津のすらりと伸びた両脚は左右に引き拡げられ、見事に均整の取れたしなやかな肢体は磔柱の斜交(はすか)いに沿ってX字を描いた。

 はっ、はっ、ふうーっ。ふっ、ふっ、ふううーっ。はあぁぁーっ。

 志津は、ようやく粘着テープを剥がされた口を大きく開いて深く息を吸った。喉がひりひりと渇いていた。

「ひ、蛭田さん……。み、水を……。水を一杯、飲ませてください……」

「なに? 水が欲しいのか? そうか、多治見を出てから一滴も口にしていなかったな。よし、武士の情けをかけてやろう」
 蛭田はいつか使ったのと同じ台詞を吐いて、部屋の隅の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに注いで志津の口許に持ってきた。志津は思わず首を伸ばした。

「おい。感謝の言葉はどうした? 礼を言うのが先だろうが……」

「ごめんなさい……。お水のお礼を申し上げます。蛭田さん、情けをかけていただきありがとうございます」

「そうだ、それでいいんだ。ちゃんと言えたじゃないか。さ、飲め」

 口に傾けられたグラスの水をゴクゴクと、志津は喉を鳴らして飲んだ。たちまち飲み干した志津は、生き返ったような気がした。

「どうだ、おいしかったか?」

「はい、お陰さまで……。喉の渇(かわ)きが癒えました」

「そうか。じゃ俺も少し癒してもらおうか。お前を抱く訳にゃいかないけど、肌をまさぐるぐらいなら御前もりはしないだろう。ちょいと愉しませてもらうよ」

 蛭田は(いや)らしい眼つきでそう言って志津の胸の乳房に手をかけた。

 あっ、ああっ、あ……。上下にくっきりと浮かび上がっている(じょうこん)が痛々しい二つの乳房を、蛭田の両手が下から包む。溶けてしまいそうに柔らかい感触の白い乳房を揉み上げながら、蛭田は舌をしなやかな首筋に這わせ、紅い唇を求めた。

「あ、いやっ……」
 思わず志津は顔を背けた。

「なんだ、素直に従うんじゃなかったのか?」
 三白眼でギロッと睨みつけた蛭田は、志津の赤い二つの乳首をつまんでグリグリねじった。

「い、痛ーいっ!」

 志津の頬をこぼれ出た涙が伝う。その涙を蛭田はペロッと舐め上げた。

「痛い目に遭いたくなけりゃ、逆らわないことだ」
 そう言って蛭田は志津の紅唇を吸った。

 ヤニ臭い舌が侵入してくる。ザラザラした舌が志津の舌にからみ、口腔の隅から隅まで舐め回す。その感触がおぞましかった。

 ひとしきり志津の舌を吸いしっとり濡れた唇の甘い感触を愉しんだ蛭田は、再び責めの的に白い胸を選んだ。官能を刺激されて膨らみを増した乳首を口に含んで弄び、充血して盛り上がってきた乳輪を舌先でチロチロと舐めた。姿勢を低めて舌を鳩尾に這わせ、縦に形良く切れたヘソに舌先を差し入れた。蛭田は志津の美肌の表面に滲み出た馨しい女の精を舐め尽していった。

 あ……、ああ……、ん……、んんっ……。

 四肢を縛り広げられている志津は、眉間に皺を寄せ下唇を噛んで蛭田の舌によるおぞましい(なぶ)りに懸命に耐えた。シェルターの外の地上では、夜が深々と更けていった。

「さすがの俺もくたびれたよ、一日中働きづめだったものな……。さてと、それじゃ今日の仕上げといくか」


 立ち上がった蛭田は、志津の恨めしげな切れ長の眼を覗き込みながら背広のポケットからあちこちに黄ばみがある白い縄を取り出した。乾いた植物繊維をよじってつくったその縄にも、中ほどにふたつの結び玉がこしらえてあった。

(ああ、また淫らな縄を……)
 志津の白い胸が波立った。

「これでもういっぺん股を縛らせてもらうよ。あんたが殿村の御前が望むような女になるにはしっかりと縄の味を憶えることが肝心だから……」
 ここでなッ、と言って蛭田は志津の恥丘をぞろりと撫でた。

 ひいっ! 志津は思わず小さく悲鳴を上げた。

「ずいき縄はイヤか? まだ素直に従えないということか? それなら、駿河(するがどい)にでもかけてやろうか? その苦痛を一回味わえば志津……、お前もきっと素直になれるぜ」

 蛭田はそれがどういうものかを志津に話して聞かせた。

 駿河問とは、江戸時代初期の駿河町奉行・彦坂九兵衛がはじめたと伝えられている拷問方法である。後ろに廻させた罪人の手足を一緒にくくって高い所に吊り下げ、背中に石をのせておいて、縄によりをかけて振って車が回るように動かす過酷な責めである。弓反りになった背骨が背中にのった石と自分のからだの重みでギシギシしなる。よりをかけられた縄は(た)めた力を一気に解き放ち、吊り下げられたからだを勢いよく回転させる。遠心力が加わって後ろへ反り返った背骨をさらにたわめて痛めつける。その苦痛たるや言語を絶するらしい。この拷問を受けて白状しなかったのは拷問の途中で息を引きとった者だけだったとの言い伝えもある。
 やりようによっては脊髄を損傷することもあると、蛭田は怖いことを言った。志津の胸を恐怖が渦巻いた。

「どうするね?」

 ねめつけられた大の字縛りの蒼ざめた頬をひと筋、涙が伝わった。

 切なく震える口を開いて深くひとつ息を吸うと、志津は迷いを振り切るかように顔を左右に振った。長い睫毛の上に浮いていた涙が小さな粒になって辺り一面に飛び散った。

「わ、わかりました。そ、その縄を……かけてください……」

「おやっ、何か抜けていないか? お願いしますはどうした? それに、どこを縛って欲しいんだ?」

「お願いします。志津のま、股を……。縛ってください、お願いします……」

 志津は固く瞼を閉じた。唇を噛んで斜めに伏せた顔の長い睫毛が小刻みに震えている。

「それでいいんだよ」
 うなずいた蛭田は、志津のくびれた腰に細引きをふた巻きして更にくびり、固く結んだ細引きに黄ばんだずいき縄をつないだ。それをさっと股間に引き下ろした。

 ひっ! 志津は腰をブルッと震わせ、ずいきのコブ縄が女陰に嵌め込まれるおぞましさに改めて下唇を噛んだ。

 うっ、んんっ、あーっ。後ろの微肉の筒にもずいきのコブ縄を押し込まれて声を立てたが、今までと違って縄のコブがするっと筒の奥にもぐり込んだことに志津は驚きを感じた。自分の肉体が淫らな縄に馴染んできているように思って狼狽(ろうばい)した。

 そんな志津の心の裡にはお構いなしに女が息づく股の前後にコブを深く埋め込むと、蛭田は尻の割れ目に沿って引き上げたずいき縄をぎゅーっと引き絞って腰の細引きにつなぎ止め、淫靡な縄がけを終えた。

 あ……、んん……と、呻きとも喘ぎともつかない断続的な吐息を耳に、正面に腰を降ろした蛭田はしばらく志津が苦悶する表情を眺めていた。が、おもむろに腰を上げると、志津を磔柱から解き放った。

 しかし、わずかな休息も与えない。すぐに志津の両手首を背中にねじ上げ、後ろ手に縛った。そして、ようやく喘ぎが収まってきた白く細い首にまるで犬に首輪をするように縄をくるくる巻きつけて結び、その縄尻を引いた。

「お前も運動不足だろう。少し歩くか……」

 首の縄を曳かれ、志津は下半身をもじもじさせながらシェルターの中をぐるぐる歩いた。足を一歩出すごとに股の前後に嵌めこまれたずいき縄のコブが威力を発揮する。下腹部の柔らかく敏感な女の肉が悲鳴を上げる。白い双丘の狭間にある微肉の筒にまでおぞましい異物を咥え込まされている哀れさを知覚させられた。

「立ち止まるんじゃない。しっかり歩くんだッ」

 叱咤(しった)されて足を踏み出すと、ずいき縄のコブがググッと強く花肉の秘裂に喰いこむ。

 ううっ! 思わず呻いた腰が砕け、志津はその場にうずくまった。柔肌に喰いこむ縄の刺激が女陰の潤いを促進し、咥え込んだコブからずいきの成分を思いがけない速さで溶かし出していた。

 あ、ああーっ、あ……。花肉の内部に掻痒(そうよう)感が拡がっていく。

 たまらず腰を上げた志津は、太ももを擦り合わせて痒みを鎮めようとした。が、それしきのことで治まる痒(かゆ)さではない。とうとう床に倒れこんで身悶えをはじめた。

「か、痒みを……。この痒みを……。お願いです。な、なんとか……してください……」

 身を横たえてあられもなく悶える志津の傍に腰をかがめた蛭田が、ずいき縄に指を差し込んで前後に引いた。

「ううっ、や、やめて……。いえ、つづけてっ。つづけてください……」


 ずいき縄をしばらく前後に引かれているうちに股間の痒みは少し薄らいだ。しかし、早くも痺れはじめた下腹部は感覚を失っている。

 う…。うっ、あ…。ああっ、はあーっ。白い肉の奥で甘い疼きが脈打ち、花芯から夥しい女の蜜が噴き出してきていた。

「仕方がないな。さ、立て。立ってあそこに入るんだ、今夜の調教はこれまでにしておいてやるから」

 蛭田が指差した奥の部屋には、畳一帖大の、四角い鉄製の檻があった。

「えっ。あ、あそこに……」

「そうだ。夜眠る時と俺がいない間はあの檻の中で過ごしてもらうよ」

(ああ、わたし、犬のように……)
 首縄をグイッと引かれて上体を起こした志津の、ゆるみの見えた股のずいき縄を蛭田が緊め直した。

 ううっ! 志津の眉間に皺が寄った。ずいきの縄コブが女陰に前より深く埋没した。

「ひ、蛭田さん……。お願いです、縄を……。下の縄を……は、外して……ください」

贅沢(ぜいたく)を言うんじゃないッ。さ、入るんだッ」

「ああ、イヤっ! お、お願いです。こ、この縄を、下の縄だけは……、外してください」

 必死に懇願する志津を容赦なく檻の中に突き入れると、蛭田は志津の首に巻いた縄だけを外した。自由にならない背中の両手の先を握り締めて股間の淫ら縄に呻吟する志津をそのまま放置して、山荘内にあてがわれた自分の部屋へと戻って行った。

 非常灯の蒼い光がぼんやり儚げに白い裸身を照らし出した。
 檻の中の志津は、後ろ手に縛られ股間を縦に割られているからだを横に丸めた。深く折り曲げた下肢が妖しく輝いて見える。痒みは薄れてきたものの、ぴったり閉ざした太ももの奥で甘い疼きが湧き立ち、異妖な痺れが下腹部を覆ってきた。その疼きと痺れが高まった心拍音に乗って全身に拡がっていった。

(ああ、ダメっ。わたし、もうダメ……)

 縄に緊めあげられた胸を波立たせながら太ももをこすり合わせ、蒼白く浮かび上がった豊かな双丘を揺すった。頬も首筋も滑らかな胸の傾斜までも朱に染め、視線を虚空に漂わせている。半開きの口から小さな呻きと甘い喘ぎ声を交互に洩らす志津の、辛く切なく狂おしく夜はなかなか明けなかった。――


                                                   つづく