鬼庭秀珍   蛇淫の洗礼




          第三章 稚拙なたくらみ






 妹尾毬子は、事もあろうか、ひと月後に夫となる男の親友に純潔を奪われてしまった。
 しかも、身にまとっているものはパンティとブラジャーだけという裸同然の肌身を縄に厳しく縛められ、草深い山中の廃屋に放置されている。白磁のような光沢をもつ伸びやかな両脚を束ねて縛られ、その縄尻は両手首の縄に通されて引き絞られていた。
 優美な肢体を後ろに反り返らせる逆海老縛りにした縄尻が朽ちかけた柱につなぎ止められている。毬子は、アイマスクに覆われた切れ長な両眼から涙をあふれさせ、突き出た胸と腰を震わせて呻吟した。


(正弘さん、毬子を助けてっ!)

 毬子はその思いを口にすることが出来なかった。
 婚約者の藤田正弘に助けを求めたい心のそばで大きく膨れ上がった
慙愧(ざんき)の念が毬子の喉をふさいでいる。易々と騙され、凌辱されたことが心に重くのしかかっていた。
 純潔を失ったことが毬子の胸を絞めつけ、不安と恐怖感よりも、羞恥心が心を掻き乱していた。無残で恥ずかしい今の姿を誰にも見られたくない。一刻も早くこの縛めから抜け出したかった。


 毬子は肩を揺さぶり、弓反りになった背中をうねらせ、縛られている腕と脚に力を込めてからだをよじった。
 しかし、巧妙にかけられた縄はゆるむどころか、一層きつく肌に喰いこむ。縄抜けは不可能だった。毬子は、縄に絞り出された胸で荒い呼吸を繰り返し、アイマスクに光を奪われた両眼の長い睫毛を濡らした。その目の前の薄闇が毬子の脳裏に、武田に犯された時の情景を生々しく
(よみがえ)らせた。

「イヤっ!」と背けた顔を引き戻されて口を吸われた……。
「やめてっ!」と逃れる首筋から鳩尾(みぞおち)までヌルヌルと舌を這わされた……。
「ああ、ダメっ!」と波打ち喘ぐ乳房を揉みしごかれ、膨らんだ乳首に歯を立てられた……。
「そこは許してっ!」と哀願した女の恥ずかしい場所に指を差し込まれ、女陰を形作る花肉の層をかき回され、熱くいきり立った肉の棒で蹂躙された……。

 それらの忌まわしい記憶がむせび泣く毬子の心の傷を深くした。

(でも、わたし……)


 あの時、縄に自由を奪われた身で精一杯の抵抗を示しているうちにからだの芯が疼きはじめた……。
 柔らかく膨らんだ繊毛の茂みの下で濡れそぼった女の花びらや花肉の襞をいじられると腰がブルブル震えた……。
 知らないうちに膨らみを増して屹立していた花肉の芽をつままれて引き攣った声を上げた……。
 抜き取るような強さで肉芽をつまみ出されて淫らな言葉を迸らせた……。
 熱い肉棒が女陰を貫くたびに首を大きく仰け反らせ、むずかるように腰をひねって上気した顔を左右に揺さぶった……。
 異様な恍惚感に浸って浅ましい言葉を口走り、嗚咽を繰り返した……。

 毬子は、素肌を(なぶ)られ女の秘所をかき混ぜられるたびによじった二の腕や手首に強く喰いこむ縄を意識して性感を昂ぶらせた自分を訝しく思った。

 力ずくで武田に犯されたことが口惜しく哀しい。
 縄で縛り上げられた裸同然の身を晒していることが恥ずかしい。
 それなのに今、柔肌にきつく喰いこむ縄が再び毬子の肉体を痺れさせている。
 その痺れが次第に甘い疼きに変わってくる。
 自分の肉体が縄に甘く反応している。
 肌身を緊めつける縄が異妖に切ない感覚を増幅し、自分の肉体が
(とろ)けていくのを毬子は知覚した。

 うっ、ううっ、あっ、ああーっ。

 逆海老縛りにされたからだをよじると縄が肌を咬む。その縄に甘えるような声が毬子の紅い唇から漏れて出た。

 再び縛り上げられて目隠しをされ、下腹部を突き出した卑猥な姿で放置されてから小一時間が経った。
 時折吹き込んでくる生温かい風が縄に飾られた毬子の肌をそろっと撫でた。その微風を受け止めるたびに毬子はからだの火照りを感じた。
 薄いパンティの下の女陰の奥で妖しく揺らめく被虐の炎が毬子の白い肌を次第に赤く焼き焦がしていく。その思いがけない官能の高まりが毬子の心を乱した。


 その一方で、武田の嘘を信じた自分が悔やまれた。
 しかし、武田がなぜこんな酷い仕打ちをしたのか、その理由が、どう考えても分からない。このことを藤田正弘が知れば当然二人の友人関係は壊れる。それを承知の上で武田悟郎が行動したのだとすると……。


(もしかしてわたし……)
 このままどこかへ連れ去られてしまうのではないかと思った毬子は愕然(がくぜん)とした。縄に緊め上げられた全身を、ゾクゾクゾクッと、悪寒が駆け巡った。えもいわれぬ恐怖感が急速に膨らんでいった。

 おぞましい想念に囚われた毬子は、心をうち慄わせ、我が身の行く末に怖れおののいた。


              *

 妹尾毬子があふれ出る涙で顔中を濡らし恐怖に胸を緊めつけられていた頃、山麓のドライブインの奥まった席で、武田悟郎は身なりのいい同年輩の男と向き合っていた。
 相手の男は、アクアスキュータムのスーツでパリッとキメているものの、ロレックスの金時計をしているところは今どきの青年にしては傍目にも余りセンスがいいとは言えない。そのチグハグな印象の男こそ、誰あろう、毬子の婚約者の藤田正弘だった。


「ご苦労だったな、ゴロウちゃん」

「マーちゃん、本当にあれでよかったのか? ブラジャーとパンティだけにして縄で縛り上げたりして……」

「ああ、いいんだ。思い切り恥ずかしい姿にしとくのが狙いだから」

「でもさ、俺……。何かこう、気が(とが)めるんだよな」
 顔をしかめた武田はシャツの上から自分の胸をつかんで見せた。

「無茶なことさせて申し訳ない。気にしないでくれ、頼んだのは俺なんだから」

「そう言ってくれりゃ、俺も少しは救われるよ。それにしても、もうじき女房になる毬子さんをあんな姿にしといてくれなんて……、俺、最初はてっきり冗談だと思ったよ」
 武田の正直な思いだった。藤田正弘の妹尾毬子に対する愛情を疑った。


「いや、親友のお前だからこそ頼めたんだよ。知っての通り、毬子は気立てもいいしルックスもいい。俺にとっちゃ申し分のない女だ。けどな、俺にとっちゃ困ることが一つだけあるんだ、ゴロウちゃんに話したように……。なにせ潔癖すぎるんだ、毬子は。キスから先は式が終わるまでダメって拒む始末でさあ。まかり間違ってもあのことは話せないし、おくびにも出せない訳だよ」

「お前さんは変な趣味持ってるからなぁ、女を裸にして縄で縛りたがる……」

「ああ、そいつが一番の難題なんだ。お嬢さん育ちの毬子に俺の趣味を分かってくれなんて言えないし、言えば間違いなく婚約破棄だ。結婚してからだって、縄を持ち出したりしたら即離婚だろう。そこいらを何とかしとかなきゃ、結婚後の夜の生活が思いやられると思ってさ」

「マーちゃん。お前さん、よっぽど毬子さんに惚れてるんだなあ」
 武田はそれとなく探りをいれていた、武田自身の心についさっき自分が犯した美しい女の影が忍び込んでいることに気づかずに。


「ああ、惚れてるよ。毬子を手放すことだけは絶対にしたくないんだ」

「手放さず、自分の趣味も続けたいって訳だな」
 武田は(彼女なら、俺だってそう思うだろうな)と頭の中で呟いた。


「そうだよ。だから思い切ってゴロウちゃんに頼んだんじゃないか」

 藤田のてらいのない笑みが武田に、毬子への憐憫の情を催させた。胸に小さなトゲが刺さったように感じた武田は、(俺らしくもない……)と小さく首をひねって言った。


「でもさ、これで本当に毬子さんはマーちゃんの望み通りになってくれるかな?」

「そうなるだろうな。いや、そうなってくれなきゃ困る」

「毬子さん。俺に酷い目に遭わされたって喋るかなぁ?」

「いや、絶対に喋らないだろう、毬子は操の堅い古風な女だから……。それに、こんな俺でも毬子は深く愛してくれてるんだ、緊縛マニアだってことは知らないけどさ。だから、つくり話の言い訳をしてシラを切るのは間違いないよ」

 武田は内心胸を撫で下ろした。毬子は武田に犯されたことを口が裂けても喋らないだろうと確信して、話をつないだ。

「それをお前が『白状しろっ!』とかなんとか、縛って責めるって算段か……。裸同然で縛られてるとこをお前に見られちまうんだから、毬子さん、これからはお前が縄を持ち出してもイヤとは言えないって訳だ。ま、そうなることを俺も祈ってるよ。でもさ、今度のことで、俺、お前の新婚家庭には間違いなく出入り禁止だな」

「いや、たとえ心の中で嫌がっていても、毬子はそれを態度に出すようなことは絶対にしない女だ。しらばっくれて遊びにくればいい」

「そうもいかねーだろうな、記憶が鮮明なうちは……」と、武田が蜘蛛の触手のような長い手で額を拭った瞬間、藤田正弘の眉が曇った。

「ゴロウちゃん、お前、もしかして変な気を起こしたりしなかったろうな?」

「ま、まさか……。お前さんの大切な毬子さんに、この俺がそんなことする訳がないじゃないか」
 武田は狼狽を隠して続けた。
「しかし、マーちゃん。それにしても上手く考えたもんだな、白馬の騎士が颯爽と登場って筋書きをさ……。毬子さん、きっと感激するぜ。結局、俺ひとりが憎まれ役って訳だな」


「そう言うなよ、ガキの頃からの付き合いじゃないか」

「それでマーちゃん……。これからすぐに助けに行くんだろう?」

「そうだなぁ。もう一時間ほどしたら行くよ」

「早く行った方がいいぜ。誰か知らない奴が先に毬子さんを見つけでもしたらどうするよ」「分かったよ、親友。ご忠告に従って早めに行くことにするよ。ところで来週あたり、野毛のいつもの店で一杯やるか? その時に、この後の毬子の様子を話したいから」

「ああ、楽しみにしてるよ。マーちゃん、上手くやるんだぜ。毬子さんは相当強いショックを受けてるから……。じゃぁなッ」

 武田悟郎は、藤田正弘がテーブルの上に差し出した厚みのある封筒を二つに折りたたむと、ジーンズの後ろのポケットにねじ込んで席を立った。


                              つづく