第五章 聖女変身
妹尾毬子が孤独な悩みを深めていた五月中旬のある日、図々しくも自宅に、あの武田悟郎から電話が入った。
「毬子ちゃん、正弘さんのお友だちからよ」
電話に出た母から告げられた毬子は、電話の子機をとってすぐに自分の部屋に駆け込んだ。端正な白い頬が凍りついていた。
「毬子さん。今更謝ったっても済む話じゃないのは承知してるけど、とにかくゴメンよ、俺、キミにあんな酷いことをしてしまって……」
武田はバツの悪そうな様子でそう言った。
毬子はすぐには返事をしなかった。激しい怒りが喉を塞いでいた。
「やっぱり怒ってるよね、俺のことを……。でも、許してもらいたいんだ、あれには特別な事情があったんだから……」
ねっとりと言い訳がましい言葉をつないだ武田を、毬子は改めて憎いと思った。憤りに唇が震えて言葉を発することが出来ない。自分を拉致して操まで奪った武田をどんな理由があろうとも許せるはずがない。毬子はすぐにも電話を切りたかった。しかし、「特別な事情」という一言が引っかかった。
受話器を置けないでいる毬子の耳に、のっぺりした話し方に変わった武田の言葉がからみついてきた。
「もしも〜し。聞いてるよね、毬子さん……。あのさあ、俺、キミが結婚する前にそのことを話しておきたいと思ってね。それで、恥を忍んで電話したって訳だよ」
(なにが恥を忍んでなのよ、あなたの顔なんて二度と見たくないわ!)
頭の中で激しくそう叫ぶと同時に、毬子は、武田が言う「特別な事情」の内容を聞いておきたい誘惑に駆られた。
毬子は大きく息を吐いて呼吸を整え、感情を殺して答えた。
「どんなお話か存じませんが、あなたが話したいとおっしゃるのなら、一応伺っておきますわ」
「冷たいねぇ。ま、それも仕方ないか……。毬子さん、キミにとってはとても大事なことだから、電話じゃちょっとね。俺、キミと会って、面と向かって話したいんだよ」
「電話でお話しいただけないようなことでしたら結構ですっ」
鋭く冷たく返答をした毬子は電話を切ろうとした。が、次の瞬間に耳に届いた「いいのかな、それで?」という武田の不気味な言葉が受話器を置こうとした毬子の手を止めた。
「会いたくないというんならそれでもいいけど、その代わり、俺がキミの大切なものをいただいたことを藤田にバラしちまうよ。それでいいんだね?」
「そ、そんな……」
卑怯な真似をするあなたは最低の男よ、と怒鳴りたかった。
しかし、毬子は、懸命に怒りの言葉を呑み込んで、返す言葉に精一杯の皮肉を込めた。
「そ、そんな……ことをすると、武田さんの方だってお困りになるんじゃありません?」
「あははは……。毬子さんもなかなか言うねえ。でも、おあいにくさまだ。俺さぁ、ぼちぼち藤田との付き合いを止めようかと思ってるんだ。だから今の俺にゃ、困る事は何もないよ」
「えっ……」
思わず息を止めた毬子の心の中に武田に対する新たな怖れが芽生えていた。
「そんなに毛嫌いしないで俺の話を聞いてみることだよ、毬子さん。キミの今後の幸せのつながる話なんだからさ。分かるかい、俺の言ってる意味が……」
「……わ、分かりません」
「よく分かるように話して上げるから、一回だけ俺に付き合ってくれないか。一回だけでいいんだ。それで万事が上手く運ぶからさ」
「武田さん、あなた、わたしにどうしろとおっしゃるの?」
「言葉通りに、さ。俺に一回だけ付き合ってくれれば、あの時の裏話をすべて話すってことさ」
「付き合うって……」
「野暮な会話は止めにしようよ、毬子さん。お互い、大人なんだから」
「…………」
毬子はようやく武田の意図を悟った。武田は臆面もなく、もう一度毬子を抱きたいと言っている。
「毬子さん、嫌なら嫌と言ってくれていいんだよ。もう処女じゃないってことが藤田に知れるだけだから……」
「ひ、卑怯な人ね、あなたは……」
「ああ、そうだよ。卑怯者だよ、俺は……。でも、もしかするとキミを愛してるかもな」
「ば、馬鹿なことを……」
「そう。大馬鹿者でもある、俺は……。ま、キミが好きなように思っててくれればいいさ。ところでどうするんだい? 俺に会って話を聞くかい?」
「武田さん。あなたとお会いしてお話を伺うだけでいいんですね?」
毬子はわずかな希望にすがって念を押そうとした。武田がそれでいいと答えれば対処の仕方も変わる。が、案の定、武田は懸命な毬子を嘲笑った。
「おやおや、トボけたことを言うねえ、分かってるくせに……」
「…………」
毬子は追い詰められた。
武田の申し入れを断れば貞操を失ったことが伝わり、藤田家は婚約解消を言ってくるかも知れない。そうなれば、娘の嫁入りに喜々としている両親を悲しませるばかりか大恥をかかせることになる。それならば、事が明らかになる前にこちらから婚約解消を申し出ようと考えた。
(でも、両親に、藤田家に、何と言って弁明すればいいのかしら……)
どうあがいても武田の意に背けばすべてが白日の下に晒される……と思った
毬子は絶望的な思いに囚われた。唇を噛み締めた毬子の切れ長な目から涙があふれ出た。
その涙の粒が床にこぼれ落ちるのと同時に、毬子はかすれた声で尋ねた。
「あなたに……。わ、わたしの……身を任せろということですか?」
「そう。さすがに才媛と讃えられる毬子さんだけあるな。物分かりがいいや。俺さあ、もう一回だけでいいからキミを優しく可愛がってあげたいんだ、この間よりうんと優しくね」
この間と言われて、毬子のからだの奥で何かがソロッと蠢いた。その蠢きは瞬く間に下腹部全体に広がり、毬子の女の花芯は疼きはじめた。素肌にからみついてくる縄の感触が甦っていた。
「わ、わかりました。あなたのおっしゃる通りにします」
無意識にくねっと腰をよじった毬子は、思わずそう答えていた。はっと片手で口を押さえたがもう遅い。毬子は観念せざるをえなかった。
「よかった。これで交渉成立だ。じゃあ毬子さん。明日はどうかな、午後二時に関内駅の北口で待ち合わせるってのは……」
「参りますわ。でもその前に武田さん、わたしの条件を聞いてください」
「ほう、条件ねえ。毬子さんのその条件ってのを聞かせてもらいましょうか」
「武田さん。わたし、自分からすすんであなたに身を任せるようなことは……絶対にしたくないんです」
「というと?」
「決してわたしが望んだことではないということを、はっきりさせておきたいんです。わたし、あの時と同じように自由を奪われた状態であなたに抱かれるのなら諦めがつきます」
「なるほど、無理やり犯されたってことにしたい訳だ……。わかった、そうさせてもらおう。その方が俺も満足出来そうだしな、ふふっ」
受話器を通して聞こえた卑猥な笑い声に毬子は眉をひそめて念を押した。
「武田さん。今回限りという約束は必ず守ってくださるでしょうねっ」
「ああ、勿論だとも。約束を違えるような真似は絶対にしないよ、こう見えても俺だって男の端くれだからね」
自分が理不尽なことを強要している認識が欠けているのか、誇らしげな口調で答えた武田は、ニッと口の端を吊り上げて顔一面に卑猥な笑みを浮かべた。が、幸か不幸か、その醜悪な表情は毬子からは見えなかった。
*
翌日の昼下がり、大抵の女性が半袖に着替えている時節なのに、妹尾毬子は長袖のブラウスにロングスカートという身なりで家を出た。おそらく手足に残るであろう縄の痕を思っての服装である。
JR関内駅の北口で武田悟郎と落ち合った毬子は、恋人同士のようにしっかりと肩を抱かれて伊勢佐木モールをしばらく歩いた。
途中で手を引かれて右に折れ、連れ込まれたラブホテルの一室は派手な色彩にあふれ、ベッド脇の壁には大きな鏡が嵌めこまれていた。
武田に組み敷かれた自分のあられもない姿がそこに投射されることを想像して頬が赤らんだが、昨夜のうちにしっかりと覚悟を決めてきたせいか、毬子は落ち着いていた。
むしろ、卑劣な手を使って毬子を誘い出した武田の方がそわそわしている。その武田の様子を見て、毬子は滑稽に感じた。と同時に、これから武田に凌辱されるというのに動揺していない自分が不思議だった。道すがらの言葉や態度の端々に遠慮のようなものが垣間見え、あの日とは明らかに違う武田が毬子を落ち着かせていた。
「毬子さん。覚悟は出来てるだろうね」
キュッと顔の表情を引き締めた武田は、ふてぶてしさを装って毬子の顔を覗き込み、早く服を脱げと目顔で促した。
小さなうなずいた毬子は、ベッドの端に腰掛けて武田の顔を見上げた。
「武田さん、その前に、あなたのおっしゃっていた特別な事情を先に話してくださいませんか。それを聞いてからでないと、わたし、あなたの言いなりになれそうにありませんから」
「……な、何だって?」
武田は、予想外にきっぱりとした毬子の口調に気圧されていた。
あの日の武田は、毬子を遊び道具の一つとしか考えていなかった。しかし、今日の武田は、欲情の後ろに毬子を大事に扱いたいという思いが潜んでいる。それが武田の弱みになっていた。
「わかった。じゃあ先にそれを話してやるから、話し終わったら俺の命令に従うんだぞ」
一瞬呆然とした顔を再び引き締めて口調を変えた武田は毬子をねめつけた。
「ええ。話が終わったらあなたのおっしゃる通りにします」
毬子の素直な返事を聞いて頬をゆるめた武田は、ドレッサーの椅子を毬子の前に置いて腰を降ろした。
「よし、それじゃ先に話してやるか……」
実はな……と毬子を直視した武田は、毬子の端正で美しい顔に見惚れ、途切れ途切れに話をした。。
数分が経ち、藤田正弘が計画して武田が実行したあの計画のすべてを打ち明けても毬子は驚いたような様子は見せなかった。両眼に涙をいっぱい滲ませるとうつむき、いかにも悲しそうな風情を見せた。が、しばらくすると毬子は呟くように言った。
「もしかするとそうじゃないかしらと、わたし、ずっと思っていたの」
武田に顔を向けているものの毬子の瞳は武田の頭の後ろの遠いところを見ている。その双眸から哀しみの色は消えていた。
押し黙ったまましきりに何か考えている。武田の姿は毬子の眼中にない様子である。
(なんでこんな風になっちまうんだよ!)
武田はすっかり気勢を削がれ、沈黙の時が二人の間を流れた。
部屋の空気が刻々と重くなっていき、窒息するんじゃなかろうかと武田が心配になったきた時に毬子がすっと顔をあげた。まなじりを結しキリッと唇を結んだ表情に強い意志が浮かび出ている。
「ありがとう、武田さん。よく解りました」
武田の予想に反して、毬子は礼を言った。そして表情をゆるめ、笑みを浮かべて立ち上がると、ブラウスを脱ぎスカートを床に落としてブラジャーとパンティだけの姿になった。
「さ、あの日と同じようにしてください」
背中を向けて正座をした毬子が両腕を静かに後ろに廻した。
武田は呆気にとられた。
昨晩の寝床で武田が想像した毬子は、「涙声で許しを乞い、情け容赦なく縛り上げられて呻き、猿轡を咬まされて恨みの表情を浮かべる毬子」だった。それなのに予想もしなかった展開に驚いていた。
「どうなさったの、武田さん? さ、早くわたしの自由を奪ってください」
毬子の言葉に弾かれた武田は、あわてて用意して来た手提げ袋の中の麻縄に手を取った。が、自分の方が操られていると気づいてはたと動きを止めた。
「ブラジャーをとらなきゃダメじゃないかッ」
主導権を取り戻そうと、武田は居丈高にそう言った。
「はい」と素直に答えた毬子が腰の上に置いていた両手を背中に上げてブラジャーのホックを外す。片手で両乳房を覆いながら片方ずつストラップから腕を抜いていく。
その艶めかしい風情がようやく武田の下腹部を勢いづかせた。
「もう一枚、残ってる。それも脱いで生まれたまんまの素っ裸になるんだッ」
武田は追い討ちをかけた。
「えっ、そ、そんな……。武田さん。こ、これだけはお願い。許してっ、許してください」
毬子の声が哀願調に変わり、武田はさらに勢いを得た。
「なに言ってんだ。毬子、俺の言う通りにする約束だろッ! 言う通りにしなきゃどうなるか、分かってるはずだよな」
「わ、わかりました。す、すぐに……脱ぎます」と答えた毬子が中腰になる。パンティの腰ゴムに指をかけて薄い布を太ももに滑らせ、足首まで下ろす。
突き出た肉付きのいい尻が武田の目を惹いた。その悩ましい尻がすっと床に落ちた時、小さく丸まったパンティが毬子の足元にあった。
「よし。それじゃ、両手を背中の上で組め」
「……はい」
小さくか細く答えて両手を背中に交差させた毬子の両手首に麻縄がキリキリと巻きついていく。手首を縛り固めた縄尻が二の腕から前へ渡されて、胸乳のゆるやかな傾斜に溝を掘る。
その縄が後ろに廻って引かれると、毬子は「うっ!」と小さく呻いた。そして再び前に廻った縄が瑞々しく熟れた二つの乳房の下をくぐって背中に戻り、ググッと引き絞られた。
「うっ、あぁ……んんっ」
毬子は、秘所に息づく肉の花芯がヅキンと疼くのを感じた。端整な頬が見る見るうちに紅潮していく。毬子は、縄の緊めつけに陶酔しているような表情が浮かび出た顔を斜めに伏せた。
(正弘さん。あなた、わたしをこうしたかったのね、あなた自身の手で……)
素肌にヒシヒシとかかる縄に呻き声を洩らしながら、妹尾毬子は頭の中でそう呟いた。
*
六月上旬の空が雲一つなく晴れ上がった日――。
妹尾毬子は、晴れ晴れとした表情で藤田正弘との華燭の典を挙げた。そして、新婚旅行に出かけたギリシャのホテルで迎えた初夜、毬子は、丹沢の山奥にあった廃屋で武田に犯された時と同じように「い、痛いっ」と小さく叫んだ。
その可愛い悲鳴を耳にした藤田正弘は、満面に笑みを浮かべて毬子をしっかりと抱きしめ、いつまでも優しく愛撫を続けた。
その毬子と正弘の新婚生活も瞬く間に三か月が過ぎ去った。
毬子がようやく夫の帰りを待つ日々にも慣れてきた週末のことだった
いつもふざけ顔で饒舌に話す正弘がなにやら緊張した面持ちでいた。夕餉の膳に箸を運んでいる間もほとんど口を利かず、まるで毬子と目が合うのを避けているように、テレビを見つめていた。
その夜も毬子は、先に湯をつかってベッドで待っている正弘の横に湯上りの火照ったからだを滑り込ませた。
胸に顔をあずけた毬子を軽く抱きしめた正弘は、いつものようにシルクのパジャマをするっと剥ぎ取り、露わになった白く柔らかい乳房を優しく愛撫しはじめた。が、そこからがいつもとは違った。恥らい露わに喘ぎ声を抑えて悶えはじめた毬子の耳元でこう囁いたのだった。
「毬子。いつまでも隠してないで正直に言えよ、怒ったりしないから……」
「えっ、なにのことです? わたし、あなたに隠し事なんてしてませんわ」
「本当にそうか? 拉致された時のことだけどさあ。毬子、キミは犯されたんじゃないのか?」
「そ、そんなっ!」
毬子は息を呑んで目を見張った。いや、咄嗟にそうして見せた。まさか正弘が疑っているとは思っていなかっただけに、毬子は警戒心を強めた。
武田に処女を奪われたことを正弘に告白するつもりはない。毬子は哀しげな表情をつくってシラを切った。
「そんなことありません。前にあなたにお話しした通りです。近づいてくる足音が怖くて震えていた時に突然あの男の携帯電話が鳴ったんです。そしたらなぜか足音は遠ざかっていきました。ホッとしていたらまた足音が聞こえてきたから、わたし、絶望しました。でも、目隠しを取りのぞいた手があなたの手だったから、わたし、胸が詰まって……。あなたの胸にすがって泣きじゃくってしまったのよ。憶えてますでしょ?」
「ああ、憶えてる。だけど本当にそれだけだったのか?」
「本当ですっ。どうしてわたしが嘘をつかなきゃならないんです?」
「ふ〜ん。でもそいつがどんな男だったかぐらいは憶えてるだろう?」
(ええ、確かに憶えてるわ。あなたの親友だという武田悟郎よ!)
そう叫んでいっそすべてをぶちまけてしまいたい気持ちに駆られた毬子だったが、それをグッとこらえて切れ長な目に涙を滲ませた。
「あなたお願いっ、その話はもうやめてっ」
「どうして? やっぱり顔を見てたんだな」
「違います。突然後ろから襲われたものだから……。それに、すぐに気を失わされてしまったし、気づいた時には目隠しをされていたから……。ねっ、わたしを信じてっ」
正弘の瞳を覗きこんだ毬子は、すぐに涙に濡れたを顔を正弘の胸に甘えるように押しつけた。
しなだりかかる毬子の両肩を押し戻した正弘は、うな垂れている毬子の顎に片手を添えて顔を上に向けさせ、涙が滲み出ている瞳を見据えた。
「話がうまく出来すぎてる……と思わないか、毬子?」
「どうしてなの、あなたっ。わたしになにをどう思えと言うのっ」
怒りの感情を交えて返した毬子の言葉に、正弘は一瞬ひるんだ。が、ゴクンと唾を呑み込むと、元の疑ぐり深そうな表情に戻った。
(もしかすると正弘さんはすでに事実を知ってる……)
毬子はそう感じた。しかし、それにしては正弘は落ち着き過ぎている。眼差しにも態度にも嫉妬に駆られている様子はない。毬子にはまだ正弘の意図が理解できなかった。
「そうか。どうしてもシラを切り通すつもりだな?」
正弘は突然芝居がかった口調に変わった。毬子をねめつけながら自分の枕の下に手を差し入れた。その手が握り出したものは麻縄の束だった。毬子の下腹部がズキンと疼いた。
「ど、どうしてそんなものを……」
「これか? これでキミを縛るんだよ」
「な、なぜ? なぜわたしを縛ったりするの?」
「いいから背中を向けて両手を後ろへ廻せよ。そうでもしなきゃ、毬子……。キミは本当のことを白状しないだろうからな」
「そ、そんなっ! あなたに白状しなくちゃいけないことなんか、わたし、何もないわっ!」
「そうかな? あの時と同じ格好になれば素直に喋れるんじゃないのか?」
執拗に迫る正弘に、毬子は噴然として見せた。
「嫌い! そんなことするあなたは大嫌い!」
さも悲しげにそう叫んで、毬子はすすり泣きをはじめた。
その毬子の脳裏に素肌にヒシヒシと縄をかけられて呻く自分の姿がよぎり、女陰の奥の疼きが強くなった。緊縛された裸身を嬲られる自分の白い肉体がうねる様子が目の前に浮かび、漆黒の繊毛に覆われた女陰の奥で被虐の妖しい官能の炎が燃えはじめた。しかし、毬子はこらえた。
「お願い、正弘さん。わたしをそんな風に疑わないでっ。信じてくださいっ」
毬子はさめざめと涙を流しながら訴えた。
悲しみがあふれ出た表情で裸身を震わせる毬子を前に狼狽した正弘は、顔色を失った。一気にシュンとしおれてうな垂れた。
その正弘の顔を上目遣いにそっと見上げた毬子は頭の中で呟いた。
(ダメ。まだオアズケよ、あなた……。そう簡単には、あなたの思い通りになってあげないわよ、ふふふっ)
蛇淫の洗礼 完
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