鬼庭秀珍 仕立てられた闇 |
第三章 柔肌絞り 「隙を見てまた逃げ出そうと思っているのなら、千鶴、それは大きな考え違いだぞ。私が許さない限り、お前がこの屋敷から抜け出せる可能性はない。その現実を肝に銘じておくことだ。分かったな、千鶴……。分かったら今ここで、何でも私の言う通りにすると誓うんだッ。それが嫌なら、誓えるようになるまでとことん責め苛んでやる!」 土蔵の中央に引き据えられた千鶴は、田沼の激しい怒気に怯えた。恐怖心が反発したい気持ちを抑えこんでいく。後ろ手の両手首と縛りつながれた喉首が苦しい。厳しい早縄に喘ぎながら千鶴は弱々しく首を縦に振った。 「よしッ。それじゃあ、逃げ出そうとしたことの罰を受けてもらおう。着ているものをすべて脱ぐんだッ。おい、吉川。千鶴の縄をほどいてやれ」 うなずいた吉川が正座している千鶴の後ろに廻り、手際よく縛めをほどきはじめた。 首の縄が外されてホッと一息吐いた千鶴は、後ろ手の縄をほどかれて両手が自由になると縄痕が刻まれた手首を揉みほぐした。が、その手は小刻みに振るえていた。 (なぜ? どうしてこんな恥ずかしい目に遭わなくちゃいけないの?) いくら考えても解けるはずのない疑問が頭の中を飛び交った。が、それも束の間のこと。田沼の鋭い言葉が千鶴の思考を停止させた。 「さ、千鶴。そこに立って、生まれたままの素っ裸になるんだッ」 ハッと息を呑んだ千鶴の顔が急速に紅潮していった。が、すでに抵抗心は失せている。きゅっと唇を結んだ千鶴は、あふれ出る涙を透きとおるように白く繊細な指で拭ってその場に立ち上がった。震える手で真紅の伊達巻をくるくるとほどいていく。濡れそぼった瞳が観念の色を宿していた。 伊達巻きを畳に落とし腰紐を抜き落とすと、支えを失った長襦袢の裾前が開き、薄桃色の艶めかしい湯文字が覗いた。 緋色に白い藤花模様が可憐に散る長襦袢を肩先から滑らせる。白木綿の肌襦袢も脱ぎ落とすと、瑞々しく熟れた二つの白い乳房がこぼれるように現れた。千鶴は、素早く両腕を交差させて胸を覆い、畳に膝を落とそうとした。 「まだだッ! 腰のものもとれ!」 田沼の厳しい声が千鶴の腰を上げさせ、切れ長の眼からまた涙を滲み出させた。 「こ、これだけは……。お願いです。ゆ、許してください……」 「なにを甘えたことを言っている。言う通りにすると誓ったばかりだろう」 非情な田沼に容赦はない。羞恥に震えている肌を突き通すような鋭い視線を向けている。田沼の恐ろしさを思い知らされた千鶴の心は、いよいよ屈服へと傾いて行った。 細く透きとおるような指を震わせて湯文字の白い腰紐をほどき、千鶴は下唇を噛んだ。 また涙が頬をこぼれ落ちる。その涙の粒が噛み締めた唇を濡らすのと同時に、ハラリと、薄桃色の腰布を落とした。反射的に左手で右肩を抱いて胸乳を覆うと同時に右手を股間にあて、その場に沈んで立膝に身を縮めた。 ふっくらと結い上げていた黒髪の一部が崩れ、乱れ髪が肩にかかっている。唯一からだに残った足袋の白さがまばゆく見えた。 「お前がそうやって素直に従ってさえいれば手荒な真似はしないから安心しなさい。それじゃ、千鶴。その足袋も脱いで、もう一度そこに立ちなさい」 立膝をといて腰を落とした千鶴は、流した肢先の白足袋をさも惜しげに脱いでいった。そして、再び両手で胸乳と股間を隠しておずおずと立ち上がり、顔を斜めに伏せた。羞恥に紅く染まった端整な頬に涙の糸が引いていた。 その千鶴の前に、田沼に目配せされた吉川が立った。 「千鶴さん、両手を揃えて前に出してください」 (ああ、また……) 縛られる、それも今度は一糸まとわぬ裸身に縄をかけられようとしている。千鶴は、数時間前までにこやかに微笑みながら中野ブロードウェイを歩いていた自分が遥か遠い昔のことのように思えた。 出来ることなら今すぐここから逃げ出したい。が、もはやそれも叶わない。 全身の毛穴から血が吹き出るほどの恥ずかしさを感じながら千鶴は両手を前に差し出した。その白い両手首にどす黒い縄がくるくると巻きつき、間に抜け止めの閂縄がほどこされた。 「よしっ、あとは吉川、お前に任せる。私は先に汗を流しているから、千鶴にきっちりと仕置き縄をかけたら、風呂場へ連れてきてくれ。千鶴の汗は私が汗を流してやる」 「承知しました」と一礼して土蔵から出て行く田沼を見送った吉川は、両手首の縄止めをした位置から二十五センチ余りのところにゴルフボール大のコブをこしらえると、千鶴に両手を上に伸ばすよう指示をした。 「千鶴さん。肘を折って首の後ろを抱くようにしてください」 言われるままに肘を折った千鶴の背後に廻った吉川は、左腕と頭の隙間から縄を前に廻し、先ほどこしらえた縄のコブを千鶴の口に咥えさせようとした。 「イヤっ!」と千鶴は顔をそむけた。が、その鼻を吉川の指がぎゅっと強くつまんだ。 ううっ! 息苦しくなって開いた口にコブを潜り込ませた縄は後ろへ戻され、白く柔らかな頬をくびってうなじで結ばれて縄の猿轡になった。 縄はさらに背筋を下ってくびれた腰にくるくると巻きついてくる。千鶴は、ピッタリ閉じ揃えていた両脚を少し開いて上体の均衡を保った。 涙が滲み出る眼を固く閉じて縄の緊めつけに耐える千鶴は、細腰を緊め上げる縄のきつさと縄轡の苦痛に哀しい呻き声を洩らした。 慣れた手つきで素早く縄を腰の上で結び止めた吉川は余った縄にまた何か細工をほどこしてはじめた。が、それは千鶴には見えない。 縄轡に広げられた顎が痺れてくる。コブにふさがれた口の中に唾液が溜まっていく。それを飲み下すことすら千鶴には出来ない。 溜まった唾液が唇の端からこぼれ出そうになった時、千鶴はハッと眼を見開いた。白く悩ましく実った双丘をブルッと震わせた縄が、尻の割目に喰いこみながら股間をくぐり抜けていた。 いつの間にか吉川は千鶴の前に廻っていた。その吉川が、股間に通した縄を持ち上げ、千鶴の女陰に何か埋め込もうとしている。大きな縄のコブだった。 「ううっ、ぐううっ、うぐぐぐぐっ!(イヤっ、やめてっ、そんなことしないでっ!)」 必死に叫んだ千鶴だったが、勿論、言葉にはならない。 (ああ、なぜこんな酷いことを……) 千鶴は顔を真っ赤に染めて口に咥えさせられた縄を噛み締めた。が、股間を縦一文字に割った縄は大きなコブを女の秘裂に潜り込ませ、恥丘から腹部へと駆け上る。可愛く縦に切れたヘソのあたりで腰縄に繋ぎ止められ、田沼が口にした「仕置き縄」は完成をみた。 千鶴は、素っ裸に剥かれたのみならず、ルージュ艶やかな上の口と柔らかな繊毛に覆われている下の口の両方を淫靡な縄のコブに塞がれて、立ちすくまねばならなかった。 「それじゃあ千鶴さん、風呂場へ行きましょう」 前に垂れた縄尻を握った吉川が千鶴に歩くよう促した。が、すぐに従えるはずがない。膝を少し持ち上げただけで股間の縄が締まり、縄のコブが女の秘裂に深く喰いこむ。あふれ出た涙が朱に染まった頬を濡らし、縄に割り広げられた口から涎がしたたり落ちた。 「さ、急ぎましょう、社長が首を長くして待っておられるはずですから」 平然とそう言った吉川は、手にした縄尻をグイッと強く引いた。 ひいっ! 片足を踏み出した千鶴の下腹部に痛みが走った。が、それは鋭いものではなく、鈍痛だった。おぞましい股縄に刺激を受けて蜜液が滲み出ていた女陰の奥の、千鶴の女の花芯は疼きはじめていた。 * 田沼家の風呂場は母屋の端にあった。土蔵を出て渡り廊下の先の短い階段を上がるとすぐ右手である。二十メートル余りの距離だが、千鶴にとっては気が遠くなるような道程だった。一歩踏み出すごとに縄のコブが女の花肉を嬲り、言葉を奪った縄の猿轡が屈辱感を高めていく。富士額に脂汗を滲ませ、露わに晒した腋の下からは玉の汗を噴き出している。足を止めては崩れ落ち、腰縄を引き上げられては悲鳴を上げた。千鶴は顔中を涙でぐしょぐしょに濡らし、口の端から涎を垂れ流しながら風呂場に辿り着いた。 「おお、来たか」と腰掛けていた長椅子から立ち上がった田沼は、仕置き縄に喘いでいる素っ裸の千鶴をしげしげと見つめ、いかにも愉しそうに繰り返し首肯した。 「なるほど、素晴らしいからだをしている……。あいつが言っていた通りだ」 (あいつ……って、もしかして叔父のこと?)と思った千鶴の脳裏にニタリと笑う叔父慎次郎の厭らしい顔が浮かんだ。 (そうだとしたら……)叔父の慎次郎は以前からそんな淫らな目で千鶴を見ていたことになる。背中を悪寒が駆け上ると同時におぞましい想念が巻き上がり、千鶴の心は慄えた。 「しかし、汗と涎で汚れていては折角の素晴らしいからだも艶消しだ。おやおや、股の間にも汗をかいているじゃないか」 ふふっと薄く笑った田沼は千鶴の太もものつけ根あたりを指差した。縦縄に割られたそこは女陰から滲み出た女の蜜液で濡れていた。それに気づいた千鶴は、桜色に染めていた頬を瞬時に赤くして田沼から顔を背けた。 「よしよし、私が綺麗にしてあげよう。さあ、一緒に風呂に入って清めようじゃないか」 ニンマリ笑った田沼は、仕置き縄をかけたままの千鶴を浴室に連れ込んだ。肘を折った両手で後ろ首を抱いた姿勢で洗い場に正座をした千鶴にシャワーを浴びせると、ボディシャンプーをたっぷり吸わせたスポンジでさらけだしている腋の下からこすりはじめた。 う、うう……。 痛いようなこそばゆいような微妙な感覚に千鶴は戸惑った。が、田沼の手が胸乳に移ると腰を揺すって身をよじった。 豊かな乳房を包みこむように揉まれた千鶴は喘ぎ声を縄轡から洩らした。その縄を咥えている顔を丁寧に洗われて息苦しさを覚え、縦縄が喰いこんだ股間を嬲るように洗われた時には声にならない悲鳴を上げていた。その間、女陰の奥が次第に熱くなってくるのを感じ、千鶴はうろたえた。 シャワーで泡を流し落とした田沼は、千鶴を縛ったまま湯船に引き入れた。広い湯船の中に胡坐をかいてその膝の上に千鶴を乗せると、両手を前に廻して乳房を揉みしだいた。 うっ、んんっ、う……。 喘ぎながら身をよじる千鶴の尻を田沼の勃起したものが突き上げてくる。千鶴はハッとからだを硬くした。が、その全身を田沼の淫らな手が撫で回し、硬さを揉みほぐしていく。その巧みな手技に、千鶴はからだの奥が燃えてくるのを感じた。 (ああ、ダメっ。感じちゃダメっ。ああ……) 心とは裏腹にからだが反応していく。千鶴は、自分が女であることを恨めしく思った。 抵抗できないされた肌身を愛撫されて感じる自分が恥ずかしかった。身じろぎするたびに喰いこんでくる縄の異妖な感触が千鶴の脳を撹拌して思考を阻み、妖しい官能を高めていく。唯一の救いは、女陰を責め苛む股縄のコブが男の侵入を防いでくれていることだった。 執拗な愛撫を満足げに終えた田沼は、脱衣所に連れ出した千鶴の肌に浮いている水滴をバスタオルで拭いながら、今までとは違う優しい口調で囁いた。 「苦しそうだな、千鶴……。縄はほどいてやるが、分かっているよな」 田沼は逃げ出すことなど考えるなと言外に含ませて出入り口を振り返った。 「吉川っ、そこにいるか?」 「はい、ここに控えております」 「よしっ。それじゃお前、ここに来て千鶴の縄をほどいてやってくれんか」 「はい、ただいま」と脱衣所に入ってきた吉川は、「社長。ほどいてもよろしいので……」と小首をかしげた。が、田沼は、「ああ、もう大丈夫だ。変な料簡を起こせばどうなるかが身に沁みているはずだ」と自信たっぷりに答えて千鶴を振り返った。 「吉川に縄をほどいてもらったら、もう一度湯に浸かりなさい。手足を伸ばして、ゆっくりからだを温めなさい」 鬼の形相を見せていた男とは思えない優しい表情に、思わずコクンとうなずいた千鶴は おぞましい仕置き縄から解放されていった。 一人で湯を使うことを許された千鶴は、浴槽からあふれている温かい湯に首まで浸かり、ようやく自由が戻った両手を揉みほぐした。 目を落とすと腹部から腰にかけて赤い縄痕が浮かび上がっている。ミミズ腫れのような赤い筋がヘソから下へ走って陰毛の奥に消えていた。 千鶴の花芯がズキンと疼いた。風呂から出ればまた、縄で縛られ肌身を嬲られることは目に見えている。 (ああ、わたし……これからどうなるの?) この忌まわしい事態から逃れる術はない。今は唯々諾々と田沼に従わざるを得ない自分のこの身が切なく哀しい。千鶴は、叔父の慎次郎を生まれて初めて憎いと思った。 温かい湯でほぐれたはずの両肢を重く沈んでいる心が鉛に変えている。その気だるい足を引きずるように進め、豆絞りの手拭いで股間を隠した千鶴は浴室を出た。 「おお、肌に艶が戻ってきた。いい女はやはりこうでなくてはな」 細い眼をさらに細めた田沼は、「私はね、千鶴……。今までお前ほど見事な肉体を持った女に巡り会ったことがない。いや、心底お前に惚れ惚れしているよ」と満面に笑みを浮かべた。 田沼は褒めているつもりでも千鶴には皮肉を言われているとしかとれない。無言でバスタオルに手を伸ばした千鶴は、からだを拭った後でそのバスタオルを胸に巻いて鏡に向かい、濡れた髪を乾かした。 その様子を遠目に眺めていた田沼は、千鶴が乾いた長い黒髪を後ろにくるくるっと巻いて髪留めするのを見届けるとすすっとそばに寄り、一気にバスタオルを剥ぎ取った。 あっ、と驚きの声を上げた千鶴はその場に縮こまって田沼の顔を見上げた。 「た、田沼さん、せめて前を隠すものを……」 「ダメだね。この屋敷の中にいる間、お前はずっと裸で過ごすんだ」 「そ、そんな無体な……」 「無体も何も、それがここの規則だ。従ってもらうよ」 スパッと言い切られて、千鶴はうなずく他なかった。心ならずも服従を誓った今は、例えそれが理不尽なことでも従わざるを得ない。さもなければ手荒い仕打ちが待っている。 前に差し出させた千鶴の両手首を縄で縛った田沼は、「さ、土蔵に戻ろう」と縄を引いて千鶴を引き寄せると吉川を振り返った。 「フキに夕餉の膳をすぐに運ばせてくれ」と指示した田沼は、「今夜は久し振りに美味い酒が呑めそうだな」と笑みを浮かべて独りごちた。 その田沼が、縛られた両手を下ろして股間を隠して震えている千鶴の肩を抱き寄せる。すべすべとした丸い肩から背中を撫でた。 くびれた腰に下りた田沼の手に急きたてられるようにして、素っ裸の千鶴は戻りたくない土蔵へと引き連れられて行った。 つづく |