鬼庭秀珍 仕立てられた闇 |
第四章 縄文織り 宵闇があたりをすっかり埋め尽くした時刻――。 藤崎千鶴は、夕餉の膳を前に、一糸まとわぬあられもない姿で田沼栄作と差し向かっていた。土蔵の隅には田沼の秘書の吉川武が控えている。 想像はおろか、夢にすら思わなかった――。 その奈落で羞恥心を煽られ、身も心も緊めつけられ、屈辱に打ちひしがれている今は空腹など少しも感じない。 とはいえ、出された夕餉に手をつけない訳にもいかない。千鶴は箱膳に並んだ品々に少しずつ箸をつけた。が、田沼がわざわざ吉祥寺の高級料亭から取り寄せたという手の込んだ料理も、千鶴の舌はその旨味を感じなかった。 強いられているとはいえ、今の自分がみじめでたまらない。千鶴は豪華な懐石料理の大半を残して箸を置いた。 「私が特別に取り寄せた料理も口に合わないらしいな……」と呟いた田沼が、ゆめていた頬をきゅっと引き締めた。 「千鶴、他人様の好意は素直に受けとるのが礼儀というものじゃないのか? 折角の料理も、私の好意もこんなに残されては台無しだ。そうだろう? 私の面子を潰した罰を受けてもらわなくてはいかんな」 田沼は言いがかりとしか思えない理屈を並べてニヤリと笑った。 「さ、千鶴。もう一度吉川に縛ってもらいなさい、両手を後ろに廻してな」 穏やかな言い回しであっても田沼の言葉は鋭い。哀しみに埋め尽くされている胸をグリッとえぐって千鶴の手足を動かした。 胸乳と股間を覆っていた両手をふっと浮かせ、千鶴はその両手を静かに後ろへ廻していった。 静脈が透きとおって見えるように白い両手首を、背中の中ほどに重ね合わせる。切れ長な眼の長い睫毛の間から涙を一滴こぼすと、薄く目を閉ざした。 「よし、それでいい」 田沼は、腕力でねじ伏せるのではなく威圧的な態度と鋭い棘のある言葉で千鶴の心を屈服させようとしている。 恐怖心を植えつけて反発心を削ぎとり、羞恥心を煽って女の身の弱さを悟らせ、面従腹背ではない本当の服従心を引き出すのが狙いである。それが成功すれば、どんな女でも自らすすんで田沼の意に沿って動くことを熟知していた。 田沼の合図で千鶴の背後にすすっと廻った吉川は、千鶴が自ら重ね合わせた両手首をつかむとググッと高く持ち上げた。 ううっ! 両肩のつけ根に針で刺されたような痛みが走った。 千鶴の上体は前にのめり、眉間に皺を寄せて痛みにゆがんだ顔を斜めに持ち上げ、手加減して欲しいと目顔で訴えた。 が、そんなことにはお構いなしに、吉川は千鶴の両手首にキリキリと縄をかけた。そして左の二の腕を二重に巻き緊め、右も同じように巻き縛って縄をググッと絞った。 「ううっ!」と呻いた千鶴の細くなおやかな両腕は、滑らかな背中にX字を描いた。 「千鶴さん。膝を突いて背筋を伸ばしてくれませんか」 イヤだとは言えない。千鶴は小さくうなずいて唇を噛み締めた。 畳に膝を突いて腰を持ち上げ、その膝頭を揃え直して両ももをぴったり閉じると心持ち顔を仰向けて背筋を伸ばした。千鶴の細首とうなじは桜色に染まっていた。 前に廻った吉川は、端の部分を輪のように広げて千鶴の頭をくぐらせた縄をうなじにかけた。 首の左右のつけ根を挟んで前に引くと鎖骨の中央で結び、胸乳の前で揃えた縄に三つの結び目をこしらえる。たるみを残して引き降ろした縄を、縦長に形よく窪んだヘソの下で二手に別け、くびれた腰に思い切り喰いこませ、恥骨の上の白く柔らかい肉を強く噛ませて後ろへグイッと引いた。 うっ! 一瞬千鶴の息が詰まった。 ふぅーっと息を吐き出すと艶々と光る白い肩が揺れ、どす黒い縄にくびられた白く柔らかい腹が苦しそうに喘ぐ。 その間に腰の上で一旦結ばれた縄が左右の脇腹から前に廻り、下の二つの結び目の間をくぐって背中に戻る。 再び前に廻ると胸乳の下にたるんでいる縄を左右に開き、たわわな乳房の下に潜り込むように喰いこんだ。千鶴の赤く尖った乳首がたちまち膨らみをましていった。 吉川が操る縄は、再び脇腹を緊めつけて背中に戻ると交差し、左右の腋の下を緊めつけて胸の上の縄をくぐる。ほどよく盛り上がった胸の上部の白い傾斜に黒い溝を掘った。 「うっ、ううっ、う……、うう……」 たわんでいた縄が引き絞られていくたびに千鶴の眉間に皺が寄る。そのたびになぜか女陰の奥が熱くなっていく。紅唇から苦痛の呻き声を洩らす千鶴の表情を見つめながら田沼が嘯いた。 「今は苦しいだろうがね、千鶴……。すぐに慣れてくる。そのうちにお前は、もっときつく縛って欲しいと言うようになる」 (なにをバカな……。口が裂けたって縛って欲しいなんて言うものですか) 千鶴の心はまだ完全に屈服した訳ではなかった。いかに田沼といえども自分をいつまでもここに閉じ込めておけるはずはない、今夜はダメでも明日か明後日には必ず解放されるはずだ、と千鶴は思っていた。 (それまでの辛抱よ) そう自分に言い聞かせてヒシヒシと柔肌を絞り上げてくる縄に耐えていた。 巧妙に操られてからだの前後を往復した縄は、菱形の枷となって千鶴の弾力あふれる乳房を絞り出し、膨らんだ赤い乳首に真上を向かせた。 妖しく浮き立った鎖骨の下に一つ、深い胸の谷間の下に一つ、そして形良く窪んだヘソを囲む縦菱がもう一つ描かれて、すべすべした白磁のような光沢を放つ千鶴の上半身への菱縄化粧はひとまず完成した。 縄の枷に絞り出された二つの真っ白い乳房が荒い息づかいに合わせて妖しく揺れ、縄に深くえぐられた白く柔らかな腹部が波打っている。黒ずんだ縄と雪白肌とのコントラストが目にも鮮やかだった。 千鶴は、前にもまして恥じらいを顕著にした。菱縄をきしませて立て膝に股間を隠し、前屈みに身を縮めた。 瑞々しい張りと膨らみが悩ましい臀部と折りたたんだ下肢がまるで白磁で造られた台座のように光り輝いている。その台座の中心部はすでに濡れそぼっていた。 千鶴は、後ろ手に縛られた両手の先をさながら蝶のように羽ばたかせた。 「縄が似合うはずだと思っていたが、まさかこれほどとはな……。千鶴、縄に飾られたお前のからだは何とも名状しがたいほど綺麗だ」 田沼は目を細めた。 (あなたが勝手にそう思ってるだけでしょ! 縄が似合う女なんているもんですか!) 言い返してやりたくても今は黙って耐えるより他はない。が、縄の枷に絞り出された乳房と下腹部の女の茂みを交互に見つめる田沼の淫らな視線が突き刺さる。 女の秘所をさらけ出していることが恥ずかしかった。両ももをぴったり閉ざしているものの、その白いつけ根で絹糸のように柔らかい感触の繊毛が見え隠れしている。のみならず下腹部が熱を帯びてきている。千鶴は羞恥に震えた。 「恥ずかしいか、千鶴? それでいいんだ、いや、そうでなくてはいかんのだよ、女というものは……。近頃は肌を晒して平然としている女がずいぶん増えたが、そんな女は興醒めだ。私の相手は、やはり、お前のように羞恥心が強い女でなければいけないねえ」 ふふふっと田沼が含み笑いをした丁度その時、タイミングを見計らっていたいたように、小振りなアンティークの化粧箱をかかえた篠塚フキが土蔵に入ってきた。 「み、見ないでっ!」 千鶴はその場に身を屈めた。老女とはいえ同性の人間に丸裸を縄で縛り上げられている浅ましい姿を見られることは辛い。羞恥心が一気に高まっていた。 「あらまあ、これはこれは……」 意味ありげな笑みを浮かべたフキは、消え入るように身を縮めている千鶴の前に化粧箱を置くと、しわがれた声で田沼に同意を求めた。 「よろしゅうございましたわね、坊ちゃま……。こちらのお嬢さんは、お亡くなりになった若奥様にそっくりじゃございませんか」 ええっ! 思いがけない言葉を耳にして、千鶴の胸はなぜかドキンと高鳴った。 「フキもそう思うだろう。私もかねがねそう思っていたんだ」 ということは、妻を喪った田沼が以前から千鶴に目をつけていたことを意味している。 「この千鶴は私が一番幸せだったあの頃を思い出せてくれるよ。さあフキ、千鶴に念入りな化粧をしてやってくれ」 「ようございますとも。このバアも腕によりをかけましょう」 千鶴の前に膝をすすめたフキは、一瞬遠い昔を懐かしむような眼差しで天井を見たが、すぐに醜怪な顔に笑みをたたえて千鶴を覗き込んだ。 「それにしてもまあ、本当にお綺麗だこと……。素顔がこんなに美しいひとは、十五年前にお亡くなりになった若奥様以来でございますよ、坊ちゃま」と、また田沼を振り返ったフキは、「お嬢さん。さ、からだを起こしてください。これからバアがして差し上げるお化粧は今風とは少し違うでしょうが、バアも精一杯努めますからね」 フキは、正座に直ってうな垂れている千鶴の背後に回った。 まず乱れた髪を丹念に梳いて長い黒髪をふんわりと丸く頭の後ろに結い上げた。そして前に戻ると化粧箱の一番上の抽斗を開けて、「さ、お嬢さん。顎を少しあげてくださいな」とにっこりした。 指示通りに心持ち顎を持ち上げた千鶴の顔に、フキは手際よく化粧をほどこしていった。頬紅を薄くのせ、濃い目のアイラインを引く。最後に真っ赤なルージュを唇に載せると、「どうでしょう、お気に召しますかしらねえ」と手鏡を千鶴の前にかざした。 千鶴はゴクンと唾を呑みこんだ。 濃い化粧の妖艶な女がくっきりと縁取られた双眸に戸惑いの色を浮かべて見返している。 手鏡の中の女が「あなたもこんな風に変わればいいのよ」と言っているような気がして鳥肌が立った。 余りの変わりように我が目を疑っている千鶴のそばに、フキがすっと膝をすすめた。 「それにしても、なんと素敵なおっぱいをしていること……」 そう言うなり、フキは菱縄に絞り出されている白い千鶴の乳房をいきなりむぎゅっとつかんだ。 「あっ、イヤ! や、やめてっ! やめてください」 咄嗟にからだを後ろにずらした千鶴の乳首を、フキの指がつまんでぐりっとねじる。 「痛いっ!」 悲鳴を上げた千鶴は両眼から涙の粒をポロポロとこぼした。 が、意地悪いフキの手は素早く下に伸びて千鶴の恥丘を覆っている漆黒の柔らかい繊毛をつまんだ。 「何と柔らかいこと。まるで絹糸のようじゃありませんか」 「イヤっ、触らないでっ!」 身をよじった千鶴の秘裂の花びらに触ったフキの指がすっと内部に潜り込んでいく。 「ああ、やめてっ!」 腰を浮かせた時には、フキの指は女陰深く入り込んで花肉の襞をまさぐっていた。その指がゆっくりと内部を確かめていく。 「ああっ、あっ、んんっ、あっ、ん……」 どこをどう刺激されたのか、異妖な快美感が尾?骨から背骨を駆け上り脳髄に達し、膝突き立ちになって身を揉む千鶴の口から甘い声音が洩れた。 その時フキはすっと指を抜いた。二本の指は粘り気のある透明な液でぐっしょりと濡れていた。 「坊ちゃま。このお嬢さんは、お道具も素晴らしいものをお持ちですよ、おほほほ」 田沼を振り向いて笑ったフキが何やら目配せをして、化粧箱の下の抽斗を開けた。その中味を見た田沼はニンマリ笑ってうなずいた。 「うん。さすがにフキだ。用意がいい」 老女の絶妙な手技に一瞬我を忘れさせられた千鶴は、後ろ手縛りの菱縄をまとった上半身を前に折って荒い息をして、マシュマロのような乳房をプルプルと揺らした。 「おお、もうこんな時間か……」 腕時計を見た田沼は、前屈みになっている千鶴の顎に手をかけて顔を起こさせ、こう言った。 「千鶴。今日はこんなところで勘弁してやる。しばらくここにいてもらうのだから、楽しみは後にとっておくよ」 ええっ! 千鶴は声を失った。厳しく縄に縛められている全身が総毛立っていた。 しばらくというからには一日や二日では解放されないことを意味している。「もっときつく縛って欲しいと言うようになる」と嘯いた田沼の真意を、この時ようやく千鶴は悟った。 (わたし、この男に屈服するまでここに閉じ込められるんだわ……) 縄に縛られた素肌を嬲り続けられる……、と思っただけで気が遠くなっていく。しかも、この窮地を脱出できる一縷の望みもない。 千鶴は、理性の制御を失って号泣した。 やがて泣き声が小さくなり喉をしゃくりあげはじめると、千鶴の耳元で「心配することはない。そのうちお前もきっと私に感謝するようになるよ」と意味不明なことを言って吉川を振り返った。 「吉川。あの縄をかけてやって今夜の仕上げとしようか」 「承知しました」と答えた吉川は、細引き縄を手にすると、鼻をすすり上げている千鶴の前に中腰になった。 「千鶴さん、もう一度膝を突いて腰を上げてください」 たとえ嫌でも抵抗できる状態ではない。千鶴は、唇を真一文字に結んで固く眼を閉ざし、膝頭を揃えて布団の上に突いた。 その腰と柔らかな腹部を細引き縄がくるくる巻き緊めていく。 きゅっと引き締まった腰をさらにくびって細くした縄は形よく窪んだヘソのあたりで結ばれ、そこに化粧箱から取り出した白っぽい縄がつながれた。すでに大小二つのコブがこしらえられている。が、眼を閉ざしている千鶴にそれは見えない。 「膝を横にずらして股を少し開いてくれませんか」 千鶴はまぶたを閉じ合わせたまま布団に突いた片方の膝をずらした。 ぴったり閉ざしていた乳白色のむちむちとした両もも隙間が生まれ、股間が透けた。その太ももに吉川の手が触れるのを感じた次の瞬間、千鶴の柔らかな繊毛の茂みを白い縄が縦に走った。 「ああっ、イヤっ! そこを縛るのはやめてっ!」 大きく目を見開いた千鶴は、腰をひねって逃れようとした。が、すでに遅かった。股間をくぐり抜けた縄は後ろに手繰られ、大きな縄のコブが女陰に埋め込まれていく。 「ううっ。そ、そんなこと……。や、やめ……」 千鶴の哀訴は言葉にならない。 「お、おねが……。イヤっ、ああーっ」と、呻きとも喘ぎともつかない苦しげな声を喉から絞り出している間に大きな縄のコブはふっくらした繊毛の下の女の急所に嵌まった。 ううっ! 思わず千鶴は腰をよじった。熟した桃のような白い肉が揺れる。その尻のはざまの微妙な穴にもうひとつのコブが埋め込まれていく。 「そ、そんなところにも……。ああっ、イヤっ!」 思いがけない場所への異物の侵入に千鶴は激しく狼狽した。 しかし、非情な縦縄は白い双丘の割れ目を伝って引き上げられていき、グイッと引き絞られると手早く腰の上で縄止めされた。 漆黒の茂みに覆われた恥丘は縦一文字に割られ、ムチムチと悩ましい尻の白い割れ目を白い縄が駆け上っていた。 「イヤっ、イヤです。お願いです。こ、この縄は……外してください……」 「いや、そうはいかん。明日の朝までそうしていてもらおう」 冷たく突っぱねた田沼はシタリ顔で説明した。 「お前の股座を縛ったその縄は肥後ずいきといってな、乾燥させた芋茎の繊維を縄にしたもので、どんな女でも随喜の涙を流すという逸品だ。今夜そのずいき縄の味を覚えるんだ。そうすればきっとお前も素直に従えるようになる。エアコンをつけておくから裸でも寒くはなかろう。寒いどころか汗まみれになるぞ、あははははっ」 切ない嗚咽を洩らしている千鶴に高笑いを浴びせかけて、田沼たちは土蔵を後にした。 つづく |