鬼庭秀珍  残り香闇に溶けた女





     第六章 どうしようってのさ!





 ギィーッと重い木扉がきしんだ。天井の蛍光灯が、パッ、パパパッと、もどかしく点灯するのとほぼ同時にさっと斜めに陽の光が射し込んだ。ここは、捕縛された尾上蔦子が閉じ込められた、箱根仙石原にある鬼頭仙八の別荘の地下室である。

 夜通し試みた縄抜けに疲れ果ててすっぽりと闇に懐かれていた尾上蔦子は、まばゆい光に眠りの底から呼び醒まされた。床板を踏み鳴らす足音が聞こえる。

 音の方角へ顔を向けた蔦子のおぼろな瞳が和服姿の小柄な男をとらえた。背後に三つの影がつき従っていた。
 ハッと眼を
見張った蔦子は確かめようと首を立てた。が、途端に首がきゅっと緊まった。二の腕と背中の両手首をギリッと縄が噛む。


 ううっ!

 思わず呻いた蔦子は、後ろ手に縛られ首にも縄をかけられていることを改めて認識させられた。しかも襟を引き開かれた浴衣の胸前に両の乳房をさらけだしている。
 その白い胸を歩み寄ってきた鬼頭仙八たちの淫らな視線が刺した。

 蔦子は、縄に束ねられた脚を折り曲げて膝頭を胸に寄せ背中を丸めて剥きだしになった乳房を隠そうとした。が、背中の両手首から首に廻された縄がそれを許さない。思い余って鬼頭のかたわらでニヤついている武村に罵声を浴びせようとしたが、それも豆絞りの手拭いの猿轡に阻まれた。


 ぐううっ!

 濁った声を洩らした蔦子の頬が瞬く間に紅潮していく。明るい光の下に乳房を
していることが恥ずかしかった。と同時に口惜し涙がひと筋、ねじった手拭いにくびられているな頬を伝った。


「どうだね。ゆっくり休めたかね」

 牢格子の隙間から顔を覗かせて羞恥に赤く頬を染めた蔦子の真っ白い乳房を見つめながら鬼頭はふふっと含み笑った。

「長年の思いを遂げさせてもらったお陰だろうな。ゆうべは私もぐっすりと眠れたよ。もうかれこれ、朝の十時だ」

 牢格子の錠を外した武村が「旦那、どうぞ」と開いた格子扉の前からからだをよけると、鬼頭は「うん」とうなずいて中に足を踏み入れた。つかつかっと歩み寄って横向きに丸まっている蔦子のそばに片膝を突くと、いきなり手を伸ばして、どす黒い縄が上部に喰いこんでいる白い乳房をギュッと鷲掴みにした。

 うっ!

 蔦子の眉間に皺が縦にきつく浮かび出た。


 ふふっとまた含み笑いをした鬼頭は、つかんだ右の乳房を片手でゆっくりと揉み上げ、もう片方の指先でつまんだ左の乳首をくりくりと意地悪くんだ。

 うっ、うぐっ、んんっ、ぐうっ……。

 やめてくれと訴えようとしても猿轡がそれを言わせてくれない。
 淫らな手指から逃れようのない蔦子は、口惜しさのあまりに口に
えさせられた手拭いを噛み締め、怒りと憎しみをこめた視線を鬼頭に飛ばした。


「その気の強さがなぁ、蔦吉ぃ。なんとも言えないお前の魅力だよ」

 鬼頭は蔦子を「蔦吉ぃ」と呼び捨て、〈お前呼ばわり〉した。
(やはりそうだった。猫なで声で「蔦吉さん」と、しおらしく呼んでいたのはあたしを油断させるためだったんだ……)

 ひとしきり乳房嬲りを愉しんだ鬼頭は、満悦顔で後ろを振り返って座敷牢の外に控える鏑木に向って顎をしゃくった。

 
うなずいた鏑木が音もなくすっと入ってきた。無口で無表情なこの男は何をするのも静かである。その鏑木四郎が、蔦子の二肢を縛り固めている縄をほどきにかかった。

 かたわらに立ってその様子を眺めている鬼頭は、(さてこの獲物をどう料理してやろうか)と、舌なめずりをして気味の悪い三白眼をギラつかせた。


 まもなく両脚の縄をほどき終えた鏑木に入れ替わった鬼頭は、蔦子の両肩に手をかけて横向きになっていた姿勢を仰向けにした。

 鬼頭を蹴り飛ばしてやりたい。しかし、長時間縛られていた蔦子の脚にその力はない。口惜しくても、為すがままになるよりどうしようもなかった。

 蔦子の足許に廻った鬼頭は、舌なめずりをしながら蔦子の浴衣の裾を左右にめくり上げた。
 
穿きに覆われた太もものつけ根にうっすらと滲むように黒いが浮かび上がっている。それを眼にしてふふっと薄く笑った鬼頭は、すっと手を伸ばし、薄い布に覆われた柔らかい繊毛の丘をゾロリと撫でた。


「ああっ、なにすんのさっ!」

 と叫んだつもりの声も、「うぐぐっ」と猿轡にくぐもって言葉にならない。蔦子は、口に咥えさせられいてる手拭いを強く噛んで腰を揺すった。


 しかし、鬼頭の淫らな手は動きを止めない。下穿きの上から指で繊毛の茂みを掻き分けるようにして女の肉の花びらを探り当て、指先でそれをつまんで引っ張った。

 ひぃーっ!

 蔦子は千切れるような悲鳴を猿轡から洩らし、首を大きく仰け反らせた。


「一度こうしてみたかったんだよ私は……。しかしあれだねぇ。ゆうべ抱かせてもらった時も素晴らしかったが、こうやって両手の自由を奪っておいて好き勝手に触るっていうのはまた違った興奮を感じるものだねぇ。たまらないよ、本当に……」

 いひひっと下卑た笑い声を立てた鬼頭は背後を振り返って同意を求めた。

 武村と室田の二人が首を大きく縦に振って追従笑いをしたが、鏑木は我関せずの体で表情を変えない。

 ふふふっとまた含み笑って向き直ると、再び乳房に手を伸ばす。その鬼頭を蔦子は凄まじい眼差しで睨みつけた。

「おおっ! おそれ入るねぇお前の気の強さには……。しかし、いつまでそんな眼差しを私に向けていられるものか、そいつが見ものだ」

 蔦子の眼光に一瞬ひるんだところを腰巾着どもに見られたせいか、鬼頭は幾分か照れを含んだ口調で虚勢を張った。

「鏑木ぃ。蔦吉の猿轡を外してやってくれ。何か言いたそうにしているから聞いてやろうじゃないか」

 うなずいた鏑木は、蔦子の両肩に手をかけて、後ろ手に縛った上半身を起こし、うなじの上で固く結ばれている手拭いの結び目を長い指の先でいとも簡単にほどいた。

 くびられていた蔦子の頬に膨らみが戻った。
 手拭いの結び玉を吐き出した蔦子の口は、息をつくのも惜しむように、鬼頭に向かって激しい言葉をほとばし
らせた。


「鬼頭さん。あんた、あたしをしたんだねっ! 初端っからあたしをこうするつもりだったんだねっ!」

「ふふふふふ。もしもそうだったらどうするね? 私の顔に唾でも吐きかけるかね? そうやって縛られている今のお前に何ができる?」

「…………」

 返す言葉はない。蔦子は唇を噛んで顔を背けた。
 その顔の正面に廻り込むようにして身を乗り出し、鬼頭はおどけた口調で続けた。


「お察しの通りだよ、蔦吉。門仲に通いつめたこの私をけんもほろろに袖にしてくれたのは、吉兆の蔦吉姐さんだけだったよ。ずいぶん恥もかかされたし、煮え湯を呑まされたもんだ、お前には……。まさか忘れちゃいないだろうね、蔦吉ぃ。そのお返しをさせてたっぷりもらおうってわけだよ。悪かったねぇ」

「わ、悪かっただなんて……。こんな連中を使ってあたしに酷いことさせといて鬼頭さん。やっぱりあんたは自分一人じゃ何も出来ない腰抜けかい!」

 腰抜けと言われて、鬼頭は一瞬気色ばんだ。が、すぐに元のおどけた顔に戻った。

「そうだよ蔦吉。私は肝っ玉の小さい腰抜け男だよ。だからこそ商売も上手く行っているんだ、お前の旦那だった棚橋とは違ってね」

「なにが上手く行ってるだい。商売上手が聞いて呆れるよ。裏に回って弱いもんを食い物にしてるだけじゃないのさ。女のあたしにまでこんな酷いことをするあんたには、人の心ってもんがないのかい。それとも元々人間の皮を被ったケダモノだったってわけですか!」

「ほう、こりゃいい。そのケダモノにとっ捕まっている女が、随分と立派な口が利けるもんだねぇ。私がケダモノなら、今のお前はさしずめ、縛られたメス豚ってところかい?」

「な、なんてことを……。そうしたのはあんたじゃないか、卑怯者!」

「ケダモノの次は卑怯者ときたか。ますますいい。ところで蔦吉。お前、棚橋のカミさんのためにここへ来たんだってねぇ」

「えっ! ど、どうしてそれを……」

「たったひと晩であっても、棚橋ごときのためにお前が私の前に身を投げ出すとは思えないからね」

「た、棚橋の旦那から聞き出したんだね!」

「さぁ、どうだかね」

「他に誰が知ってるっていうのさ!」

「そうならどうだって言うんだい? 私が誰から何を聞こうがそんなことはどうでもいいじゃないか蔦吉ぃ。何はともあれ棚橋良一に、あいつのカミさんの入院費を渡してやればいいんだろう? もう二三日お前がおとなしく私に付き合ってくれたらの話だがね」

(この男はあたしの心まで雁字搦めにしようとしてる。ああ冨美子姉さん、あたし、どうすりゃいいの?)

 下唇を噛んだ蔦子は顔を伏せようとしたが首の縄がそれを許さない。背中の両手が口惜しそうに悶えた。

 その蔦子の胸中を見透かしたように薄ら笑いを浮かべ、鬼頭は嬲り言葉を続けた。


「考えてもご覧よ。たった一回抱かせてもらっただけで百数十万円もの大金を誰が出す? せめてあと二日や三日は私の自由にさせてもらわなきゃ割りに合わないじゃないか。それが道理というもんだろう?」

 鬼頭は、蔦子の額を人差し指の先でチョコンと突ついた。その脳裏に病院のベッドに横たわる冨美子の弱々しい姿が浮かび上がり、口惜しさが込み上げてくる。蔦子は、背中の両手をに握ってまなじりを決し、キッと鬼頭の目を見据えた。

「あたしが……、あたしがあんたの自由になりゃ、約束のお金は渡してくれるんだね?」

「ほう。やっと自分の立場を分かったようだね、お前次第で棚橋のカミさんの入院費がパアになるってことが……」

 追い詰められた蔦子は血が滲むほど強く下唇を噛み締めた。真綿で首を緊めるように心の芯を縛ってくる鬼頭の狡猾(こうかつ)さに全身を震わせた。

「おや、震えているのかい? これから色々と趣向をこらしてしもうというのに、今からそんなことじゃ先が思いやられるねぇ。でも心配することはないよ蔦吉。お前のその綺麗なからだに傷をつけようってわけじゃないんだから。ま、二三日の辛抱だ。私の気が晴れさえすればそれでいいんだから」

 鬼頭はいとも簡単そうに造作のないことのように言ったが、今の状況が示しているように、蔦子が肌身を嬲られ心を弄ばれることは聞くまでもないことだった。

(どんなにられようとも耐えてやる。耐え抜いて、後で必ず見返してやる)
 そう決意をした蔦子は再び鬼頭の目を見据えて念を入れた。


「鬼頭さん。必ず約束は守ってくれるでしょうね」

「勿論守るとも。私だっていっぱしの男だ。約束を違えるようなことは絶対にしないよ。その代わり蔦吉。お前も私の言うことに素直に従うと約束することだね」

「わかったわ。約束さえ守ってくれるのなら、あたしもあなたの言う通りにするわ」

 蔦子は息苦しい首を縦に振ってそう答えた。

「よし決まった。蔦吉が覚悟を決めてくれたからには、まずは腹ごしらえをさせてやろうじゃないか。腹を減らして目を回されたんじゃ嬲り甲斐がなくなるからねぇ」

 おいっ、と鬼頭が振り返ると室田が小走りに地下室を出て行った。

「縄をほどいてやるけど逃げ出そうなんて馬鹿な料簡を起こすんじゃないよ、蔦吉。暴れたってお前が痛い目に遭うだけだからね」

 そう言った鬼頭は鏑木に向って顎をしゃくった。

 蔦子のかたわらにすり寄った鏑木が縄をほどいていく。後ろ手首の縄をほどき、二の腕を巻き緊めていた縄をはずし、最後に首にかかっていた縄を取り去った。
蔦子はふーっと大きく息を吐いた。



 ようやく縄の縛めから解放された蔦子は、痺れ切った手で浴衣の襟を合わせて胸前を閉じると、痛む二の腕を浴衣の上から揉みほぐし、縄痕が生々しい左右の手首を交互に撫でさすった。

 まもなく戻ってきた室田が、近くのコンビニで買いおいてあったらしいオニギリ二つとミネラルウォーターのペットボトルをのせた盆を蔦子の前に置いた。

 蔦子は、冷えたオニギリを頬張りペットボトルの水で胃袋に流し込んだ。胃袋が落ち着くと黄泉の国から生還したような心地がした。しかし、まだこの奈落から抜け出せたわけではない。
 一息つく間もなく、鬼頭の底意地の悪い声が蔦子の
耳朶を叩いた。


「さてと蔦吉……。それじゃさっきの約束通りに私の指示に従ってもらうよ。まずは浴衣を脱いで裸になってもらおうじゃないか」

「えっ、ここで今?」

「そうだよ。ここにいる皆にもお前の素晴らしい裸を見せてやろうよ」

「そ、そんな……」

「嫌かい、この連中に裸を見せるのは? 嫌ならこれで止めにしてもいいんだよ。その代わり棚橋のカミさんの入院費の件はなかったことになるが、それでいいんだね」

 冷たくそう言うと鬼頭はすっと腰を上げて出口へ向かおうとした。

「ま、待って! 鬼頭さんわかったわ、わかりました。裸になります」

 ニヤッと笑って足を止めた鬼頭の前に、蔦子はおずおずと立ち上がった。

 震える手で浴衣の帯をするするとほどいて床に落すと、浴衣の前がはだけて揺れた豊かな乳房が熟した女の色香を立ち昇らせた。蔦子は、両手でさっとつかんだ襟を背中にずらし、浴衣の布地で胸を抱き隠した。戸惑いと恥じらいが交錯して渦巻いている。

 しかし、鬼頭が目顔で先をうながす。


 蔦子は、口を真一文字に結ぶと一気に浴衣を脱ぎ落とした。反射的に両腕を胸の上に交差させて乳房を覆い隠し、その場にかがみこんだ。

「おっと待った。まだそこに一枚残ってるじゃないか」
 鬼頭が薄い木綿の下穿きを鬼頭が指差した。

「こ、これだけは……」

 許して欲しいと蔦子は目で訴えた。が、許されるはずもない。


「何を言ってるんだい。私はお前に素っ裸になれと言ったはずだよ」

 蔦子は切れ長の眼を伏せた。長い睫毛が震えている。その睫毛の間からポロリと涙をこぼすと前屈みになり、乳房を覆っていた片手を下ろして下穿きを脱ぎ捨て、その手を股間にあてて女の茂みを隠しながらその場に身を縮めた。

「よしっ。それじゃ蔦吉をもう一回後ろ手に縛ってくれないか、鏑木」

「そ、そんな! こうやって生まれたままの姿を晒しているあたしを、なにも今さら縛らなくたって……」

「いや、縛らせてもらうよ。女にしちゃ腕っ節の強いお前だ。両手の自由を奪っておかなきゃ私が安心出来ないからね。さ、その手を後ろに廻して素直に縛ってもらうんだ。ここまで来て元の木阿弥にしちゃあ、蔦吉。お前が困るんじゃないのかい? それにお前はついさっき私の言う通りにすると約束したばかりじゃないか」

 辱めを受ける覚悟はした。しかし、裸になっただけでも全身の毛穴から血が噴出すほど恥ずかしいのに、素肌に縄をかけられるとなると屈辱感に心が押しされる。蔦子の顔から血の気が失せ、ほどよく膨らんだ端整な頬が冷たく固まった。

「そう哀しそうな顔をしなさんな、お前もそのからだでたっぷりと愉しめるから……。なにせ縄の扱いは保証つきだからね」
 シタリ顔で白く冴えた蔦子の顔を覗き込んだ鬼頭は鏑木を指差した。

「改めて紹介しておこう。この男は鏑木四郎といってね。お前のためにわざわざ呼び寄せたプロの縄師なんだ。だから安心して任せればいい。きっとお前が気持ちよくなるような素敵な縄をかけてくれるよ。それにね蔦吉。この男がかけた縄を抜けようなんて考えてもムダなことだよ、絶対に抜けられやしないんだから」

 確かにそうだった。闇の中にひとり取り残された昨晩、どうやっても鏑木にかけられた縄はゆるまなかった。蔦子は(おび)えを感じた。

「どうするんだい? 縛られるのかどうか、早くはっきりさせてもらいたいもんだね」
 鬼頭仙八は言葉でいたぶる。そのねちねちした口調がに触った蔦子は捨て鉢になった。

「わかったわよ。縛られればいいんでしょ!」

「なんだい蔦吉、その投げやりな態度は……。どうか縛ってください、お願いします、だろ?」

「わ、わかりました……。あ、あたしをどうか……、し、縛ってください。お願いします」

 言い直した蔦子にニンマリした鬼頭が鏑木を振り返って目配せをした。

「それじゃ両手を後ろに廻すんだ。おい鏑木。蔦吉を愉しませてやってくれ」

(ち、ちきしょう……。なにが愉しませてやってくれさ、この悪党!)
 心の中で激しく鬼頭に罵声を浴びせかけた蔦子だったが、素肌に縄目を刻まれる恥辱を耐え忍ぶほかに致し方がない。蔦子は、胸の前で交差させていた腕をほどいて正座に直り、瞼を薄く閉じ合わせると静かに背筋へ廻していった。

 瞼を薄く閉じ合わせて両腕を静かに背筋へ廻した蔦子の後ろに、ほぐした麻縄の端を口に咥えた鏑木が片膝を突いた。

 鏑木は、自ら後ろに廻した蔦子の両手をつかむと、くいっとひねり直してひじを深く折らせ、左右の手首を高手小手の位置で重ね合わせた。

 ああ……。

 眉間に皺を寄せた蔦子の華奢でのびやかな両腕が滑るように艶やかな背中に綺麗なX字を描いた。


 鏑木は、斜めに交差させた両手首にキリキリと縄をかけて結ぶと、縄尻を二の腕から前に廻して胸の上部のなだらかな傾斜を二重三重に縛った。次の縄を胸乳の下にふた巻きして背中に戻し、余った縄を右の脇腹と二の腕の間にくぐらせる。胸乳の下にかけた縄にからめて縄尻を強く後ろに引いた。

 うっ!

 引き絞られた縄が乳房の下に深く喰いこみ、蔦子は小さく呻いた。その呻き声がまだ自分の耳に残っている間に左脇も同じように抜け止めの
がほどこされ、蔦子の緊縛感は高まった。


 ひしひしと素肌にかけられる縄に呻きながら、蔦子は素朴な疑問に囚われていた。
(どうして? どうしてなの? あたし、こんな酷い目に遭わされなきゃならないことを鬼頭にした憶えはないのに……)

 芸者時代の蔦子は確かに鬼頭を毛嫌いしていた。
 しかし、それは蔦子が生理的に受け付けないタイプの鬼頭自身のせいでもある。芸者にも客を選ぶ権利はある。にも関わらず鬼頭は、
コケにされた、袖にされた、と蔦子を恨んでいる。

 一緒になると約束していてそれを蔦子が
反故にしたというのなら鬼頭の恨みも分かる。が、そんな約束はおろか、言葉に匂わせたことすらない。ないどころか鬼頭の宴席には初めのうち二三度出たきりで、その後はお呼びがかかっても断り続けてきた。それを根に持たれては、逆恨みか、八つ当たりされている以外の何ものでもない。


 ううっ!

 背中でつながれた三本目の縄が肩越しに前に廻り、蔦子の首の右のつけ根をえぐった。その縄が胸の谷間を降りて乳房の下にかかる縄をくぐる。そこでからんで谷間を駆け上った縄は胸の隆起を上から緊めつけている縄に結ばれ、今度は首の左のつけ根をえぐって背中に戻って両手首の縄とつながれた。


 麻縄のを嵌められた蔦子の乳房は、まるで熟して張りつめた白桃のように、異様に前に突き出していた。

「姐さん。それじゃ柱の真ん中に立ってくれませんか」

 鏑木はあくまで丁重だった。抑揚の少ない、事務的にさえ聞こえる口調で話した。低く通りのいい声でそう言った鏑木は、長く余った縄をグイッと引き上げた。

 縄尻を引かれて腰を上げた蔦子は、足をよろめかせながら二本の柱の中央まですすんで立ちすくんだ。

 縄尻が柱の上のの鉄環に通され、後ろ手の高手小手に縛られた悩ましい肢体は柱の中央に立ち晒された。

 蔦子は、女が女たる部分を隠すことが出来ない恥ずかしさに頬を赤らめ、白く滑るような光沢を放つ伸びやかな下肢をからめるようにして肉づきのいい太ももを閉じ合わせた。が、その足首にも縄がかけられた。

 新しい縄で蔦子の右足首を縛った鏑木が縄尻を柱に打ち込まれた鉄環に通す。その時、蔦子はこの縄の意図を悟った。

「やめてっ、そんなことやめてっ! お願いだからやめとくれっ!」

 そう叫んだ蔦子の声も聞こえなかったように鏑木が静かに言った。

「ゆっくりと縄を引っぱりますから、姐さんも少しずつ右足を開いてくれませんか」

「イヤだっ! こんなのイヤだよっ!」

 蔦子は後ろ手に縛り上げられた上半身を揺さぶり、梁につながれた縄をきしませた。が、鏑木は驚くほど強い力で無表情に縄を引いた。

 あっ、ああ……。

 蔦子の足が少しずつ外側にずれていく。必死の抵抗も空しく足首の縄がピンと張られ、蔦子の右脚は斜めに大きく開いた。


 鏑木は続いて左脚に取りかかった。が、その手が左の足首をつかもうとした瞬間、蔦子は飛び上がるようにして鏑木の顔を蹴り上げた。

 おおっ、と不意をつかれて床に尻餅をついた鏑木は蹴られた顔に手を宛てた。その手のひらについた鼻血を眼にしても顔色一つ変えない。無表情のまま蔦子の顔を見上げた。

「蔦吉ぃ、なんてことするんだッ! この期に及んでまだ楯突くつもりなのかッ! お前がそのつもりなら、入院費の件は今すぐなかったことにしたっていいんだぞッ!」

 顔を真っ赤に膨らませた鬼頭はここぞとばかりに声を張り上げた。

「ま、待ってっ。待ってください鬼頭さん! ついカッとしちまって……。もうしません。二度とこんな真似はしませんから、どうか許してください。鏑木さんも堪忍してっ」

「本当だな? 二度と逆らわないと誓うんだな?」

「は、はい。もう二度と逆らったりしません。だから許してください……」

「蔦吉ぃ。今の自分の言葉を忘れるんじゃないぞ。しかし、罰はうけてもらわなきゃいけないな」

「はい、どんな罰でも受けます。ですから冨美子姉さんの入院費だけは……」

 蔦子は必死だった。事ここに至って冨美子の入院費をフイにされたのでは元も子もない。口惜しさを噛み殺して鬼頭に服従を誓うのだった。

「ようやく素直になれたようだな蔦吉……。それじゃ続けるんだ鏑木」

「姐さん、お手柔らかに願いますよ」

 鏑木は何もなかったように平然としていた。

「ごめんなさい、鏑木さん」

 震える声で謝った蔦子は、自ら左足を開いていった。

 左の足首にくるくると縄が巻きつき、柱の鉄環をくぐって引き絞られ、蔦子の二肢は縄にからめとられて左右に大きく引き裂かれた。

 艶々と白く豊かな乳房も、その頂点に赤く膨らんで屹立した乳首も、絹糸が密生しているように柔らかく陰部を覆う漆黒の茂みも、女として人前には晒したくない恥ずかしい部分をすべて男たちの目の前にさらけ出すことになった蔦子はがっくりと首を折った。

 むちむちと悩ましく
の乗った真っ白い太ももが痙攣でもしているように震え、女の茂みもふるふると震えている。

 両腕を後ろに縛り上げられている蔦子にそれらを隠す術はない。荒い息をするたびに揺らぐ絹糸のような繊毛の下から肉の花びらがチラリと覗かせた。


 どす黒い麻縄に絞り出されてますます瑞々しさを増した真っ白な乳房をマシュマロのようにプルプル揺らし、余りの恥ずかしさに滲み出た脂汗が乱れた髪のほつれ毛を頬や肩先に貼り付かせている。どんな責めにも肌りにも耐えて鬼頭を見返してやるんだという蔦子の決意は崩れそうになっていた。

「どうだ蔦吉。人の字縛りは辛いか? それとも恥ずかしいかい?」

 それにしてもいい眺めじゃないかと鬼頭はさも愉快そうに腹を抱えて笑った。

 その鬼頭の視線から顔を逸らした蔦子は口を真一文字に結んでいる。長い睫毛の間から大粒の涙が一つ、ポロリとこぼれ落ちた。


「おっそうだ。まずは昨日室田を突き倒した罰を与えなきゃな。おい武村ッ、室田ッ」お前たちの出番だぞ、と呼ばれた二人が嬉しそうな顔をして蔦子に近づいた。それぞれの手には、頭の部分にタコ糸がついている鉛の分銅を持っていた。

 蔦子の前で左右に別れた二人は、羞恥に赤味を帯びてきた乳房の頂点でツンと空を向いている二つの赤い乳首を指先でぎゅっと強くつまんで引っ張った。

 ううっ!

 小さな悲鳴を洩らした蔦子をニタニタ見やりながら、二人は指先で乳首をくりくりと弄んだ。


 あ…、ああ……。

 蔦子の乳首が見る見る膨らみを増していく。

 赤く膨らんで大きく屹立したその根元に二人はタコ糸をくるくる巻きつけていった。乳首の根元をタコ糸でしっかり巻き縛った二人は互いの顔を見合ってニタッと笑い、
「ひい、ふう」と数え、
「みぃ」と声を合わせるとポイッと分銅を手から落とした。

 途端に激しい痛みが乳首に走った。


 あうっ!

 揺れる分銅の重みで乳首が今にも千切れ落ちそうに蔦子は感じた。


「お、お願いっ! お願いですから、こ、この重しを……。は、外してくださいっ」

「おいおい、蔦吉ぃ。どんな罰でも受けると約束したばかりじゃないか。その舌の根も乾かないうちにまた約束を破ろうというのか? お前がそのつもりなら私の方も例の話はなかったことにするけど、それでいいんだな?」
 鬼頭はどこまでも意地悪く、蔦子の心を責め苛む。

「罰はこのまま受けます……。ううっ! で、ですからあの約束だけは……」

 守ってください、お願いしますと、蔦子は涙目になって鬼頭にすがった。
 その全身から揺れる分銅が熱い汗を搾り出していく。それでも蔦子は歯を喰いしばって乳首の痛みに耐えた。今はそうするしかなかった。


 辛く苦しい場合に限って時間の流れはゆるむ。たったの一分が五分にも十分にも感じられる。蔦子にはその一分が一時間にも感じられた。

「しかしあれだなぁ。可愛い乳首が千切れてしまっちゃ艶消しだ。おい、外してやれ」

 蔦子の全身から玉の汗を噴き出させた乳首への分銅責めは、鬼頭のそのひと言で打ち切られた。が、タコ糸をほどきにかかった武村と室田は、わざともたもた指を運んで、充血して大きく膨らんだ蔦子の乳首を嬲った。

 うっ、ううっ、ああっ、ああーっ。

 結びつける時の倍の時間をかけてようやくタコ糸を外された蔦子はガックリと首を折り、荒い呼吸をしながらすすり泣いた。


「蔦吉。お前の頼みを聞き届けてやったことに感謝したらどうだ?」

「あ、ありがとう……ございました」

 蔦子は声をかすれさせて途切れ途切れに礼を言った。

「ほう、たったそれだけかい? まさかこれでお前が受けなきゃならない罰は終わったと安心しているんじゃないだろうね。さっきお前に蹴飛ばされた鏑木の男が立たないとは思わないか? ま、痛い罰はこれまでということにして、今度は気持ちがよくなる罰にしてやろう。いいだろう、なっ!」

 イヤだと答えても鬼頭は自分が考え通りに事を運ぶに決まっている。

(どうとでも、好きにすりゃいいさ)

 口惜しまぎれに頭の中でそう毒づいて、蔦子はコクンとうなずいた。

「蔦吉が気持ち好くして欲しいそうだ。鏑木、早速あれをやってくれ」


 (やはり打ち合わせが出来ている)

 別の縄を手にした鏑木がすっと蔦子の前に立った。


「姐さん、股縄をかけさせてもらいますよ」

 小さくうなずいた蔦子は鬼頭への反発心を隠すように切れ長の眼を閉ざした。その耳は抑揚の少ない鏑木の言葉を「また縄を……」と聞いていた。

 鏑木の縄さばきは素早い。くびれた胴をさらにくびった。

 あっ、ううっ!

 内臓をぎゅっと搾り出すような縄の緊めつけに蔦子は呻いた。


 鏑木は、腰の後ろで結び止めた縄尻を左右から前に廻し、恥骨の上の白く柔らかい肉に喰いこむように斜めに引き下げ、ヘソの下で絞って結んだ。その縄尻を揃えてくるくるっとからませ、コブのように結び目を大小ひとつずつこしらえた。

 薄く目を閉じて肩で息をしている蔦子は、縄がきつく喰いこむ腹部に意識を奪われている。その柔らかな肉がくびられた白い腹から下へコブの付いた縄が走った。と思うや否や大きい方の縄のコブを茂みの下の肉の花びらの中心にグイッと嵌めこまれた。

「ああっ、イヤっ! こ、こんなの……」

 間髪入れずに股間をくぐった縄の、小さい方のコブが後ろの微肉の筒口をふさいだ。

「そ、そんなところにも……。ううっ!」

 異様な感覚に蔦子は顔を左右に振ってうろたえた。

 女の最も敏感な二つの穴に大小二つのコブを咥えさせた麻縄は、白い尻のはざまから素早く後ろへ引き上げられ、腰縄にからめられると縄尻が梁の中央の太く大きな鉄環に通された。

 鉄環から垂れた縄が引き下げられるにつれて蔦子の腰が浮いていく。


 あっ、あっ、あっ、ああーっ。

 縦縄はますます強く股間に喰いこんで腰を持ち上げ、左右に大きく引き開かれた蔦子の足が爪先立ちになったところで縄止めされた。


 おぞましい縄の喰いこみをゆるめようにも爪先立っていてはそれも出来ない。それどころか、爪先の力を抜くとかかとが下がって二つのコブが花肉の秘裂と微肉の筒口をいたぶった。
 蔦子は顔を真っ赤にして両足の爪先に力をこめた。


 女の羞恥の源を覆い隠す漆黒の茂みを縦一文字にえぐった股縄は、気丈な蔦子を狂おしく乱れさせた。
 女陰に深くもぐり込んだ縄のコブが花肉の
を刺激する。菊の花蕾にも似た微肉の筒口をふさいだ縄のコブは今まで一度も味わったことのない異様な感覚を生み出して蔦子の意識を撹乱した。
 身をよじって悶えれば悶えるほど蔦子の羞恥心と屈辱感は高まっていった。


「こいつはいいや。さすがにプロだ。ほとほと感心させられるよ、鏑木には。何だか私もむらむらしてきたぞ。ちょっと愉しませてもらうとするか」

 一糸まとわぬ素っ裸を後ろ手の高手小手に縛り上げられ、白い陶器のような輝きを放つ伸びやかな二肢を斜め左右に大きく開いた姿で淫靡な縦縄に悶える蔦子の妖艶さに鬼頭は舌なめずりした。

 蔦子の背後にぴたっと寄り添った鬼頭は、後ろから抱きしめるようにして両手を前に廻した。縄に絞り出されていてもなお柔らかな感触の乳房をつかんで揉みしごき、乱れほつれた黒髪が貼りついている白いうなじに口吻をそそいだ。

「やめてっ。や、やめてください。お、お願いします……」

 蔦子が仰け反らせた顔のあごを引いて声を震わせた。が、鬼頭は馬耳東風の面持ちで、いや、誰の声も耳に届かないような表情で乳房を揉みしだきながら、蔦子の蕩けるように柔らかい女肉の感触を堪能した。そして、今度は蔦子の前に廻った。

 女の色香がむっと甘く匂い立つ首筋にねばっこい口吻をそそぎ、浮き立った鎖骨を舐め、縄の緊めつけに喘ぐ乳房を揉み上げて、蔦子の意思に反して膨らんだ赤い乳首を唇と指で弄んだ。

 うっ、ううっ、あっ、ああっ!

 艶やかに波打つ
鳩尾から形よく縦に窪んだヘソに舌が這う。後ろへ逃れようとする丸く引き締まった尻が撫で回され、股間をえぐる縦縄がグイッと持ち上げられた。


 ひいっ!

 小さな悲鳴を上げた蔦子は奥歯を噛み締めて必死に耐えようとした。が、それにも限界がある。


 んっ、んんっ。ううっ、うっ。はっ、はっ、はぁっ、はぁぁーっ。

 眉間に縦皺をきつく浮き立たせた蔦子は、いかにも切なそうに哀願の言葉を口にした。

「お、お願いです鬼頭さん……。そ、そこの縄だけは……」

「どこの縄だ、蔦吉?」
 首をかしげて見せながら、鬼頭は蔦子の股の縄を揺すりたてる。

「うっ、ああ……。し、下の縄を……」

「下じゃわからないなぁ。足の縄か?」

「ま、股の……。ご、後生です……。ううっ。ま、股の縄を……。はっ、外してください」

「そうはいかないねぇ、蔦吉。鏑木を足蹴りにした罪をこうやって償っているのを忘れちゃいないかい? どんな罰でもお受けしますと誓ったのは誰だったっけ?」

「そ、それは……」

「やっと思い出したか? それなら四の五の言っていないで、股の縄を愉しむ気持ちになるんだな」

(こ、こんなこと。誰が愉しめるっていうのよ!)

 そう言い返してやりたい衝動を抑えて、蔦子は、股間を責め立てられる辛さに耐え切れないように左右に振った。その額と両肩にじっとりと、脂汗が滲み出てきていた。

 苦悶の表情を見せる蔦子の顔を覗き込んで、鬼頭は「くっ、くふふっ」と厭らしい含み笑いをした。その双眸が淫らな紫色の光をたたえている。

 ああっ、あーっ!

 縦縄を持ち上げられて蔦子は小さく喘いだが、鬼頭の指はその縄のコブを咥えこんだ秘裂の肉の花びらをつまんだ。


「ひっ! や、やめてっ! やめてください」

 蔦子は激しく狼狽した。あふれ出る涙で頬を濡らしながら、鬼頭という男の冷酷さを改めて実感していた。

「よしッ! 裸いじりはこのへんにしておいてやろう。おいみんな。ひと休みをかねて上で一杯やらないか? 私たち三人にジロジロ見られている中じゃ、さすがの蔦吉姐さんも股の縄を愉しめないだろうからね。あははははは……」

 弾けるような声で高笑いをした鬼頭は、右手の人差し指を自分の口に横に挟んで見せて、室田に目配せした。

「鼻を鳴らす甘い声なら歓迎だが、わめき声が上まで聞こえてきちゃ落ち着いて酒も呑めないからね。うふふふふ」

 先ほどまで咥えていた豆絞りの手拭いが再び蔦子の紅唇を割る。
 長い黒髪がかき上げられ、女の香りがする白いうなじで手拭いの端が固く結び止められた。


 喜々として猿轡を咬ませる室田はさらに、武村から手渡された藍色のでその上をぐるぐる巻きにして、蔦子の鼻から下はすっぽりと覆った。

(な、なにもこんなに厳重な猿轡までしなくたって……)

 うぐっ、ぐううっ、と猿轡に覆われた口で不満を訴える蔦子を嘲笑いながら、鬼頭たちは地下室を出て行った。



                                             つづく