第八章 誰か、助けて……
両腕を後ろ手の高手小手に厳しく縛り上げられ、股間に淫靡な縦縄をほどこされ、伸びやかな下肢を縄で左右に引き拡げられて爪先立っている……。
尾上蔦子の汗ばんだ裸身は、蛍光灯の青白い光に照らし出されて、キラキラ輝いていた。鼻から下をぐるぐる巻きにして、すっぽりと顔を覆った晒布の藍色が妙に鮮やかだった。
その緊縛裸身に浮き出た哀しみの色を薄めるように、全身から濃厚な被虐官能の匂いが立ち昇っている。柔肌を突き刺して羞恥心を煽る淫らな視線こそ今はないものの、少しでも気をゆるめると足のかかとが降りる。かかとが降りると縄のコブがググッと女陰にもぐり込んで蔦子の羞恥の源を嬲った。
うっ、ああ……。
花肉の襞を刺激された蔦子は、あわてて爪先を立て、藍色の晒布に下半分をすっぽりと覆われた顔を左右に振って羞恥と屈辱に悶えた。
爪先が痺れてくる。しかし、かかとを降ろせば縦縄がまた股間を嬲り苛む。その度に小さな悲鳴を洩らし、蔦子は猿轡に覆われた頬を赤らめた。
巧妙にかけられた縄は片時たりとも蔦子にその存在を忘れさせない。見事に均整のとれた裸身を人の字に縛り固めた縄と股間を縦にえぐって腰を吊り上げている縄は、蔦子がわずかに身じろぐだけでその存在を主張した。
閉ざされた地下室の板床に立てられた二本の角柱と梁の中に、羽を折られた白い蝶がどす黒い蜘蛛の糸にからめとられて苦痛に眉をゆがめている。そんな一幅の絵画が現出していた。
(冨美子姉さん、あたし、ううっ。どんな目に遭わされようときっと耐え抜いて、あ……。姉さんに恩返しを、うう……。で、でも……)
股の縄だけは外して欲しかった。
手足の自由を奪われた丸裸の肌身を嬲られることは辛い。が、それ以上に蔦子が辛いのは心を抑えつけられていることだった。
心の中を空にしてでも鬼頭のいたぶりに耐え抜かなければならない、何としてでも耐え抜いてあの狡猾で淫乱な溝鼠に一矢報いてやりたい。
そう思う心とは裏腹に妖しい官能の火をつけられた肉体は蔦子の思いを裏切っていく。コブつきの縄で縦に深くえぐられた女陰の奥で女の蜜が沸き出していた。
しとどに濡れた花肉の襞が自らしっかりと、嵌めこまれた縄のコブを咥えている。後ろの微肉の筒に埋め込まれた縄のコブは敏感な筋肉の収縮にあわせて次第に奥へと潜り込む。美しい裸身をからめとった縄の妖しい魔力は蔦子の肉の芯を疼かせはじめていた。
(こ、これしきのことに、ううっ……。ま、負けるんじゃないよ、蔦子!)
自分を叱咤しても爪先立つ足がもつれるたびに威力を発揮する縄のコブが蔦子の気持ちを萎えさせていく。猿轡を咬まされた唇をわなわなと震わせ、蔦子は悶え泣いた。
*
地下室にひとり放置されてから二時間近くが経過した――。
全身から力が抜け落ち、蔦子の肉体はボロ雑巾のようになっていた。
その姿は、二本の柱の間に人の字形に立ち縛られているというより、大きな木枠に張られた縄にダランとぶら下がっているという方が表現として的確かも知れない。
顔は見えない。ガックリ首を前に折った頭から垂れ下がった長い黒髪が胸乳と股間の茂みを隠している。首の後ろで結ばれた晒布の藍色が白いうなじをより白く見せている。
萎えた脚の膝は曲がり、腰が砕けている。
その砕けた腰をかろうじてささえているのが股間をえぐって梁の真ん中の鉄環につながれた縄だった。
鏑木のかけた縄は、からだの力だけではなく羞恥心や気力までも蔦子から奪いとっていた。
「ん……?」
ニヤニヤ鼻の下を伸ばして地下室に戻ってきた鬼頭仙八は、息も絶え絶えの蔦子を目にして顔色を変え、すぐに縄をほどくよう鏑木に命じた。
女陰と肛門を嬲り続けた縦縄が取り外されると、蔦子は大きなため息をひとつ吐いた。左右の膝と足首の縄がほどかれると萎えた脚の片方の膝を持ち上げて股間の茂みを隠した。
が、梁の鉄環につながれていた縄が外された途端に蔦子は白い紙がくしゃっと握りつぶされたようにその場に崩れ落ちた。
その蔦子を抱き起こした鏑木が、後ろ手縛りの胸の縄を外し両手首の縄をときほどいて、口の猿轡も取り去った。
やっと手足の自由を取り戻せた蔦子だったが、自分の力では起き上がれない。口も利けなかった。ずるずると引きずるようにして運ばれた座敷牢の畳の上に、蔦子は再び崩れ落ちた。うつ伏せになって両腕を折り曲げ、両の脚をしどけなく投げ出した。
蔦子は、片頬を畳に圧しつけ、口を半開きにして、泣き腫らした重い瞼を薄く開いている。痺れきったからだに力はなく、無論抵抗する気力などあろうはずもない。凛と輝いていた瞳も、肉の疼きにさいなまれ続けた今は、淫らに濁った色さえ浮かべていた。
「やれやれ、これじゃ愉しみはしばらくお預けだなぁ。おい鏑木。蔦吉を風呂へ連れて行ってやってくれ。温泉に浸かれば少しは元気になるだろうから」
無言でうなずいた鏑木は、横たわっている蔦子を抱き起こすと、弱々しくダランと垂れた両腕を後ろへ手繰って手首を腰の上でひとつに束ねて縛った。
蔦子は虚ろな視線を畳に這わせている。
その背後から腕の下に自分の腕を差し入れて蔦子を立ち上がらせた鏑木は、抱きかかえるようにして風呂場へ連れて行った。
*
浴室に蔦子を連れ入れた鏑木は、後ろに縛った両手の縄をほどき、自分も一緒に浴槽に浸かった。縄痕が刻まれた蔦子の手首を丹念に揉み、痺れている腕を撫でさすり、痛みの残っている肩のつけ根を揉みほぐした。
鏑木は、洗い場に引き出した蔦子のからだをボディソープがたっぷり沁み込んだ手拭いで優しく丁寧にこすり、乱れもつれた長い黒髪も洗い梳かし、汗と涙で汚れていた蔦子のからだを隅々まで清めた。
促がされて一人再び浴槽に身を沈めると、熱い湯が蔦子のからだの節々の痛みを薄れさせ、鏑木に洗い清められた蔦子の肌に艶が戻ってきた。
片時のやすらぎを得た蔦子の、鏑木をチラチラ見やる眼差しが心なしか熱かった。優しく頼もしい男に恋心を抱いた女のそれと見紛うほどだった。
(あの連中と違って鏑木さんだけはあたしを優しく丁寧に扱ってくれる……)
藁をもつかみたい女心は無意識に鏑木へと傾斜していた。
蔦子は、ギリギリと厳しい縄を一糸まとわぬ蔦子の肌身にかけていく鏑木を憎いとは思わなかった。
憎しみの対象はあくまで、それをさせている鬼頭である。棚橋冨美子の入院治療費を盾に取って蔦子の心を抑圧し、無理やり屈服を強いて蔦子の自尊心をズタズタにする鬼頭仙八である。
その卑劣さに比べれば、黙々と自分を縛り上げる鏑木の方がよほど人間味にあふれていると感じていた。
湯上りの上気したからだを乾いたタオルで隅々まで拭われ、洗い髪にドライヤーをあててもらっている間、蔦子はじっと目を閉じていた。
瞼の裏に素肌にからみついてくる黒ずんだ麻縄とそれを素早く巧みに操る鏑木の長くしなやかな指が浮かび、思わず蔦子は顔を赤らめた。
素っ裸の肌身を縛られることへの抵抗心が薄れている。すでに蔦子の意識下では、肉体が縄の魅惑に溺れかかっていた。被虐に悦ぶ淫靡な熾火が宿ってしまったのかも知れない。
「ありがとうございました、鏑木さん」
乾いた長い黒髪を後ろに丸くふんわりと結った蔦子は礼の言葉を述べたが、鏑木は軽くうなずいただけで言葉を発しない。あくまで寡黙に、鬼頭仙八から依頼されたことを粛々と遂行した。
その鏑木は、蔦子を地下室へ連れ戻る段になっても両手を縛らなかった。恥らう蔦子がそっとバスタオルに手を伸ばしても黙って見つめているだけで、そのバスタオルを胸に巻くことも黙認した。
すでに午後四時。陽は傾きはじめ、渡り廊下に西日が射し込んでいる。
風呂場のある離れと母屋は庭池を跨ぐ渡り廊下でつながっている。天蓋がかけられており、濃い緑の葉を茂らせた木々に囲まれた広い庭に湧き水を引き込んだ池を跨いでいた。その渡り廊下の中ほどにさしかかった時、蔦子はゆったりと泳ぐ数匹の錦鯉にふっと目を惹かれた。
瞳の焦点を替えると池の水面に遠くの山々が映り込んでいる。ごく普通の清涼感あふれた情景がそこにあった。
それに比べて今の自分の境遇のなんと忌まわしいことか……。
卑劣な罠に嵌められて囚われてしまった我が身を思うと、強い西日までが肌を打ち据えるような気がした。
「鏑木さん……」
渡り廊下を過ぎたところで足を止めた蔦子は、後ろを歩む鏑木四郎を振り返って何か言おうとした。が、すぐに小さく顔を横に振って喉元まで上がってきていた言葉を胸に仕舞った。
蔦子の表情はいかにも切なげだった。
その仕草を見て初めて憐れみの色を双眸に浮かべた鏑木に付き添われ、蔦子は、鉛のように重い足を引きずるようにして運んで、鬼が待ち受けている地下室へと戻っていった。
*
「なんだ、そのタオルは! 余計なことをするんじゃないよ、鏑木ぃ!」
地下室に足を踏み入れた途端に激しい鬼頭の叱声が飛んできた。
蔦子はあわてた。
「ま、待ってください鬼頭さん。鏑木さんが悪いんじゃありません。あたしが……、あたしが無理を言ってこうさせてもらったんです。ですから鏑木さんを叱るのはよしてください。罰ならあたしがお受けします」
咄嗟にそう言った蔦子は、自らさっと胸のバスタオルを取り払った。
「ほほう、鏑木を庇うとはなかなか見上げたものじゃないか。さすがに私を唸らせた辰巳芸者だっただけのことはある。ところで蔦吉。お前今、罰を受けるって言ったよな?」
「はい。なんなりとお受けします」
「よし分かった。その言葉を忘れるんじゃないぞ。おい、鏑木ぃ。蔦吉をもう一度後ろ手に縛るんだ、うんときつくなッ」
鬼頭の剣呑な顔を横目に、蔦子はすっと床に腰を落とした。
膝を揃えて正座すると、やっと血の巡りが良くなったばかりのなよやかな両腕を静かに後ろに廻す。左右の細く締まった白い手首を背中の中ほどで重ね合わせるとうっすらと目を閉じて顔を伏せた。
背後に立って手にした縄をほぐした鏑木は腰をかがめたわずかな合間に、蔦子にだけ聞こえる細い声で囁いた。
「姐さん、かえってご迷惑をかけました」
鏑木のその言葉に胸を暖められた蔦子は、崩れかけていた背中の華奢な両手首を改めて組み直し、先ほどより高く背中へ持ち上げて鏑木の縄を待った。
背中高く斜めに交差させた蔦子の白く細い手首をキリキリ縛った縄は、肩越しに左右の首のつけ根を渡って胸の前に垂れ、喉元で結ばれた。
鏑木はその縄を揃えると結び目を三つこしらえ、たるみを残して引き下げた縄をヘソの下で二手に別けて恥骨の上部の柔らかい肉に埋まるほど強く喰いこませた。
うっ、ああ……。
小さく喘いだ蔦子の眉間に縦皺が浮かんだ。
例によって表情を変えない鏑木は、蔦子のくびれた腰に打った縄をググッと引き絞った。
ううっ!
蔦子は下唇を噛み締めて切れ長な眼を堅く閉じた。
鏑木は、新しい縄を背中の縄にからめてつなぎ、それを左右の二の腕と脇腹の間から前に廻した。胸の上の結び目の間にくぐらせて背中へ戻した縄がふたつの白い乳房の上部に溝を掘る。
はあっ……。
小さな喘ぐような声音を蔦子は洩らした。乳房が縄に反応している。
鏑木の縄は、背中で交差すると脇腹から胸のすぐ下の結び目を左右に開いて乳房を下から絞り上げて背中へ戻り、顎を突き出した蔦子の脇腹からもう一度前に廻ってヘソの上の縄を広げ、背中で空をつかんでいる両手の下で結び止められた。
つい洩れて出そうになる女の肉の喘ぎを必死に抑えて、蔦子は鏑木の厳しい縄がけに耐えた。
最初はゆるめだった縄の緊めつけも菱縄飾りが出来上がっていくにつれてきつくなり、深く息を吸うと胸と脇腹に痛みを感じた。
その痛みゆえの涙なのか、屈辱に震える涙なのか、それとも縄の味を知ってしまった切ない悦びの涙なのか、いずれの涙か判別はつかないが、蔦子の瞳に涙が滲み出ていた。
「ほう、見事な菱縄じゃないか。これで蔦吉の女っぷりも一段と上がったな」
鬼頭は鏑木の縄さばきに改めて感心して見せた。
蔦子の方は、囚われた身の哀しさを片時でも忘れたいと思っている。その恥辱を、柔肌を緊め上げてくる縄に、素肌にヒシヒシと打たれる縄目に溶け込ませたいと思っていた。
尾上蔦子は、紅い唇を真一文字に結んで奥歯を噛み締め、厳しい縄がけに耐えていた。
「蔦吉。これでも呑んで少しリラックスしたらどうだい?」
鬼頭が蔦子の目の前に差し出した湯呑み茶碗には白く濁った液体がたっぷりと注がれていた。
「にごり酒ですか?」
「ああ、そうだ。この方が酔いのまわりが早いからな」
「わかりました。いただきます」
酔えば縄目の辛さも少しは和らぐだろう、心の痛みも少しは軽くなる。そう思った蔦子は、ゴクゴクと、一合近く入っている茶碗のにごり酒を一気に飲み干した。
「さすがに深川で鳴らした吉兆の蔦吉姐さんだけのことはある。呑みっぷりも見事なもんだ。縄化粧された素っ裸はもっと見事だけどな、あはははは……」
相好を崩した鬼頭は腹をかかえるようにして笑いころげた。
その鬼頭を上目遣いに見つめる蔦子の肌に、まもなく赤みが差してきた。
一気に飲み干した酒が効いてきたのか、からだの芯が温まり皮膚に柔らかな感覚が戻ってきた。
それに伴って、期待とは裏腹に、縄の緊めつけがひどくきついように感じられた。麻縄に絞り出された豊かな乳房が荒い呼吸に白く波打ち、その頂上でツンと空を向いて膨らんできた赤い乳首がプルプル震えた。
「ほんのりと桜色に染まってきたじゃないか。雪白の肌だからこそだねぇ」
そう独りごちた鬼頭が鏑木を手招きして、耳元で何か囁いた。
「姐さん、こっちへ……」
言葉少なに蔦子を後ろ手に縛った縄尻を引き上げた鏑木は、肩をそっと押して蔦子を二本の柱の中央に立たせた。
背中の縄に別の縄をつないで梁の中央の鉄環に通し、背中に戻す。縄尻を手首の縄にくぐらせてグイッと引き絞り、鏑木は蔦子を爪先立ちにさせた。
ううっ!
爪先がもつれて足が浮き、胸の縄がギュッと緊まった。蔦子は眉間に皺を寄せて唇を噛み締めた。
すっとかがんだ鏑木は、蔦子の左膝の上下を縄で縛ると、梁の鉄環に通した。左脚を少しずつ後ろに持ち上げながら徐々に縄を引き下げ、その縄尻で足首を高く吊り縛った。菱縄をまとった蔦子の裸身は、後ろ手に縛められた上半身を前に倒して右脚で爪先立ち、左脚で後ろに大きな弧を描いていた。
はっ、はぁっ、ああ……。
縄に引き張られた白くむちむちした太ももが小刻みに痙攣する。露わに晒している股間の繊毛がふるふる震えた。
「あ、脚を……。足の縄をほどいてっ。お願いっ。お願いします」
かたわらでニヤニヤ眺めている鬼頭に蔦子は懇願した。激しい羞恥が蔦子を襲っていた。
が、勿論、耳を貸す鬼頭ではない。
「いい眺めだよ、蔦吉……。氷の張った湖に立つ凍て鶴みたいだ」
そうホクソ笑んだ鬼頭は、急に何かを思い出したような顔つきになって鏑木を振り返った。
「ご苦労だったな。今日のところのお前の仕事はここまでだ。部屋に戻って酒でもやりながらゆっくり休んでくれ」
鬼頭からそう指示された鏑木は、軽く会釈をしてくるりと背中を向け、さっと出入り口へ足をすすめた。
縄師・鏑木四郎は常に冷静で眉一つ動かさない。依頼された仕事を黙々と遂行するプロフェショナルだった。感情をどこかに置き忘れてきたようにいつも無表情なのだが、時折意思の強さを眼の光に見せた。が、その意思が何に根ざしたものなのか分からないだけに不気味さがある。それだけに鬼頭仙八も一目置いている様子だった。
*
「さてと……」
鏑木が扉の陰に消えたのを見届けた鬼頭は、その厭らしい溝鼠顔をニンマリさせて、不自然な形に吊り縛られて喘いでいる蔦子のそばに寄った。
「鬼頭さん。お、お願いします。あ、脚を……。脚を下ろさせてください」
「だめだね。しばらくそうしていてもらうよ。お前が私のこれをしゃぶってくれるというのなら縄をほどいてやってもいいがね?」
ニヤッと口の端をゆがめた鬼頭は自分の股間を指差した。
「そ、そんなこと……」
「嫌だろうねぇ。鉄火芸者の蔦吉姐さんともあろうお方が男のイチモツをその可愛い口でしゃぶるなんぞ、出来ない相談だろうね。それとも恥を忍んでしゃぶってくれるのかな?」
「…………」
蔦子は返答が出来なかった。
自分が毛嫌いしてきた男の、しかもこれだけ酷い仕打ちをする男のイチモツを口に含むなど、想っただけでも鳥肌が立つ。
こんな浅ましい恰好にしておきながらさらに辱めようとしている鬼頭に、蔦子は強い憤りを感じた。
しかし、今はその憤りを口にすることすら出来ない。口にすればもっと酷い仕打ちをされるに決まっている。嬲られ責め苛まれるだけなら何とか耐えてみせるが、大恩ある棚橋冨美子のためのお金の件を反故にされるのは火を見るより明らかである。
蔦子は、縄に縛られ吊られている痛みではなく、鬼頭が緊めつけてくる心の痛みに涙を流した。
「ふ〜ん。泣いているのかい、蔦吉。お前……、泣き顔もずいぶんと綺麗だねぇ。ますます惚れ直したよ、私は」
蔦子は、片脚を後ろに吊り伸ばされて前倒しになったきつい姿勢で涙を流している。その蔦子のふっくらと後ろに巻き上げた黒髪を、鬼頭は右手で鷲づかみにした。
鬼頭は、握った髪を引き上げて蔦子の顔を起こすと、左手で着流しの下から嗜虐の興奮に怒張した肉の棒を引き出し、いきなりそれを蔦子の紅唇に押しつけようとした。
「イヤっ!」
蔦子は、咄嗟に首を横にひねって鬼頭のイチモツから顔を逸らした。余りの恥辱に歯をカチカチ噛み鳴らした。
蔦子のあまりに凄まじい眼光にたじろいだのか、鬼頭は後ずさりした。
「くわばらくわばら……。無理やり入れていたら大事なものを噛み切られてしまうところだったよ。素直になったといっても、まだ自分からおしゃぶりするまでの覚悟は出来ていないみたいだ。よし武村。あれを持ってきてくれ」
「あれって旦那……」
「ほれ、黒革のこれくらいの帯みたいなのがあったろう?」
鬼頭は両手でその形と大きさを示した。
「ああ、あれね、洋間に置いてある……」
「分かったらすぐに持ってくるんだッ」
「へいっ!」
武村は飛び上がるようにして地上に駆け上がっていった。
その武村が持ち返ってきたのは、黒い革製の口枷だった。幅広な帯の中央部分に丸い孔が空いている。孔の内側に筒がついており、硬質のゴムで出来ている。筒の直径が三センチ余り、長さは四センチほどあった。
「おお、それだそれだ。そいつを蔦吉の口につけてやってくれ」
「へいっ!」と返事をした武村と室田が蔦子のそばに寄った。「蔦吉姐さん。さ、口をあ〜んと開けるんだ」
「き、鬼頭さん。口をふさぐのはもう堪忍してください。あたしはこうして生き恥を晒してるんだから、もうそれで充分じゃありませんか」
「そうもいかなくてねぇ、ふふふ……。お前の方は充分でも、私の方はまだ欲求不満が残っていてね」
「旦那のご命令だ。さ、早く口を開けなッ」
武村は、急に居丈高になって口枷を咥えさせようとした。が、蔦子は首をねじって顔を右へ左へと逸らして口枷を嵌められることを拒んだ。
頑強に抵抗を示す蔦子に、鬼頭は焦れた。つかつかっと歩み寄って蔦子の頭髪をつかみ上げ、鋭く冷たい声で蔦子に引導を渡した。
「素直に従うんだ蔦吉。さもないと……。この先は言わなくても分かっているだろう?」
そう迫られてしまえば従う他にない。蔦子は睫毛の長い切れ長な目に口惜し涙を滲ませて静かに紅い唇を開いていった。
あうっ!
蔦子の口に嵌めこまれた口枷のゴム筒は思いのほか大きかった。顎が痛くなるほど大きく口を開かされた蔦子は、口惜し涙を瞳に滲ませながらゴム筒の根元を上下の前歯で噛み、筒の中央に紅い舌を覗かせた。
「よしっ、これなら安心だ」
そう嘯いた鬼頭は、着物の裾をからげて下半身を露わにし、両手で蔦子の頭をつかむと自分の股間に引き下げ、再び熱く屹立してきた肉棒をズブッと口枷の孔に差し入れた。
うぐっ!
濁った呻き声を洩らした瞬間に蔦子の紅い舌は犯された。
「さぁ、しっかり舐めておくれ」
もはや蔦子にはどうしようもなかった。屈辱の涙をポロポロこぼしながら鬼頭の肉棒を悲しい舌先でチロチロと舐めた。
まもなく鬼頭は蔦子の口の中で果てた。
「ああ、これで私もさっぱりしたよ。舐めてくれたご褒美に吊り縄はほどいてやるとしよう。武村、蔦吉の脚の縄を外してやってくれ」
左脚を後ろに高く吊り伸ばしていた縄がほどかれ、上半身を梁につないでいた縄も外された。
まだ素肌に菱縄をまとっている蔦子は、その場に両膝を突くと横に倒れた。床に着けた顔の下半分を覆っている黒い口枷の孔から濁った白い液体がたらりとこぼれ出て、床を濡らした。
羞恥と屈辱に塗れた蔦子は、口枷に広げられた顎をガクガクさせて涎をこぼしながら、すすり泣いた。
昨夜は承知の上で女陰を犯されたのだが、今日は、からだの自由を奪われた上に枷を使われて無理やり口を犯された。凛として気丈に生きてきた蔦子にとってその屈辱は耐えがたかった。
(いっそこのまま死んでしまいたい……)
出来ることならそうしたい。しかし、今の蔦子は舌を噛んで死ぬことすら出来ない。自由を完全に奪われた我が身の辛さ哀れさが蔦子の胸を締めつけた。
そんな蔦子の悲痛な思いを斟酌してくれるような鬼頭仙八ではなかった。
「おい、武村ッ。室田ッ。お前たちにも少しは褒美をやらなくちゃな。二人でしばらく蔦吉をかわいがってやれ」
鬼頭は腰巾着の武村と室田に、この先さらに蔦子を嬲ることを命じた。
「ホントですかい、旦那?」
「ああ、おっぱいを揉むなと股を舐めるなと、好きにしていいぞ。ただし、あそこに自分のものを突っ込むのだけはご法度だ」
(ま、待って! この連中にそんなことさせないでっ!)
蔦子の悲痛な叫びは声にならない。
「旦那。俺のこいつを舐めさせていいんですか?」
「いいとも」
「そいつはありがてぇや」
パンと膝を打った武村が蔦子を仰向けにして覆いかぶさり、小躍りした室田は力なく投げ出している下肢を割り開いた。
荒い呼吸に波打っている蔦子の白く柔らかい乳房を武村の淫らな舌が這い、漆黒の茂みの丘を室田の淫らな手がまさぐった。
今の蔦子には、抵抗する気力もなければ恥らう余裕すらない。蔦子は二人のなすがままに任せていた。
横たわってじっとしている蔦子の顔の上に跨った武村が口枷の丸い孔に屹立した太い肉茎をズブッと突っ込んだ。と同時に、室田が女陰に指をズイッと差し入れた。
うぐっ!
上と下の口を同時に攻められて、蔦子は激しく狼狽した。
肩を揺すって腰をくねらせたが、その肩を武村にガシッと押さえつけられ、太ももを室田に割り広げられては、縛られた上半身をわずかにくねらせることしか出来ない。蔦子は、観念せざるを得なかった。
武村が蔦子の口の中に精液を放出し終えると、二人はさっと場所を入れ替わった。今度は室田が蔦子の口枷の孔に男根を挿入し、武村は蔦子の股間に顔を埋めた。淫らな舌先が肉の花びらを舐め、女陰の奥深く侵入してきた。
(ああっ、イヤっ! よ、よしてっ!)
もとより言葉になるはずもないが、喉から口腔へとせり上がったその叫びは室田の男根に封殺された。
後ろ手に厳しく縛り上げられた裸身を二人の卑劣な男に嬲りつくされた蔦子はやがて気を失った。
どれくらい時間が経過したのか、蔦子の意識は朦朧として虚空を彷徨っていた。
頬をピシャピシャ叩かれて正気を取り戻した時には、黒革の口枷は取り外されていた。が、口は痺れ喉が貼り付いて、声を出すことも出来ない。
その蔦子を見下ろした鬼頭仙八は、さも満足そうに、「お前たちも満足出来たようだし、今日はこれくらいにしておいてやろう」と笑った。
蔦子はホッとした。この地下室から解放されるわけではないが、とりあえず淫らな責めは免れる。
「へい。それじゃあっちへ放り込みやすか?」
「ああ、そうしてくれ。いや、ちょっと待て。その前に蔦吉の股座にあの縄をかけてやってくれ。今夜は肥後ずいきの味をたっぷり愉しんでもらおうじゃないか」
(ああ、またあそこに縄を……)
ホッとしたのも束の間だった。切なさが胸を締めつける。が、やめてくれと頼んだところでムダなことは分かっている。
「さ、立てッ」
大柄な武村が蔦子を抱きかかえて立たせた。
その前にずいき縄を手にした室田が腰を屈め、蔦子のくびれた腰に細引き縄をきゅっと巻き緊めた。
細引き縄に乾いた植物の細い繊維を撚った白い縄がつながれる。大小二つのコブがすでにつくられているが、すっかり諦めて眼を固く閉ざしている蔦子にそれは見えない。
「姐さん。あんたが随喜の涙を流して一晩中愉しめる縄をかけてやるからよ。さあ、股を開くんだッ」
室田は指先で蔦子の肉づきのいい真っ白な太ももをつついた。
ひっ!
ハッと眼を見開いた蔦子だったが、哀しみが滲む長い睫毛を重ねて切れ長な眼を閉じ合わせると、素直に脚を開いていった。
ああっ!
ずいき縄の大きなコブが肉の花びらを割った。それを花肉の襞がしっかり咥えるように深く埋め込んで後ろに引かれた縄の小さなコブが微肉の筒に押し込まれた。
「い、イヤっ!」
顔を激しく左右に振った蔦子の瞳から涙があふれ出た。
引き締まった双丘の間に喰い込んだずいき縄が腰の細引きにつなぎ止められると、蔦子は後ろ手縛りの上半身を前屈みにしてすすり泣いた。
その肩に両側から手をかけた武村と室田が蔦子を抱えるようにして座敷牢へと運び入れた。
後ろ手高手小手の菱縄をかけられ、股間にずいきの縦縄までほどこされた蔦子は、畳の上に横たわってしゃくり上げている。それを牢格子の外から眺める鬼頭がからかうように言った。
「蔦吉ぃ。明日もじっくり可愛がってあげるから朝までゆっくり眠って体力を回復しておくんだよ。……とは言ったものの、ずいき縄を股に締めてちゃ眠れないか。ま、遠慮しないで何回でも好きなだけ気をやりゃいい。ははは……」
蔦子に皮肉な言葉を浴びせかけた鬼頭たちは高笑いをして地下室から出て行った。
灯りが消され、蔦子は昨夜と同じように漆黒の闇に抱かれた。あまりの責め苦に思考力が鈍っている。なにも考えられず、蔦子は早く眠りに落ちることだけを考えた。しかし、その女陰に、まもなく掻痒感が走りはじめた。花肉の熱に温められたずいき縄のコブが涌き出る女の蜜液に触れてその成分を溶かし出していた。
「だ、誰か! こ、この痒みを…。お願いっ、とめてっ!」
狂おしく乱れ叫ぶ蔦子の声を聞いているのは漆黒の闇だけである。股間の痒みを鎮めてくれる者は誰もいない。その股間の奥で肉の花芯が疼きはじめた。
「ああ、誰か……。誰か助けてっ。何でも言う通りにするわっ。だから……。だからあたしを助けて……」
うわ言のように繰り返す蔦子の哀しい叫びを漆黒の闇が吸い消していった。
つづく
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