第十四章 海が見たいの……
尾上蔦子はまたも地下室へ降りる階段の下にある狭い小部屋に閉じ込められていた。
女陰の最も敏感な部分を銀の環に引っ張り出され、その環がついている三味線糸が後ろの微肉の筒口を縦に噛んでいる。
一糸まとわぬ肌身を後ろ手に厳しく縄で縛められて抵抗する術をすべて奪われて、その上さらに急所を責め苛まれていた。
その辛さは胸を掻き毟るような切なさに変わり、切なさが花芯を甘く疼かせた。甘い疼きが妖しい陶酔へと蔦子を導き、全身に広がった痺れが蔦子の意識を朦朧とさせていた。
「ゆ、許して……。ああ、お願い、誰かこの糸を外して。もう堪忍して……」
蔦子は同じ言葉をうわ言のように繰り返している。が、その声音は柔肌を緊め上げる縄と秘肉を嬲る三味線糸にあたかも甘えているような被虐官能の昂ぶりを滲ませていた。
「蔦吉ぃ。もう気づいているだろう? お前のからだは嬲られたり辱められたりすると悦びを感じることを……」と言った鬼頭仙八の顔がなぜか脳裏をチラチラした。
「こうやって縄で縛られることをお前のからだが望んでるってことだよ」と決めつけた鬼頭の言葉が心に染み透ってきているような気が、蔦子はした。
漆黒の闇の中に閉じ込められて三時間余り。地上では目映い太陽がすでに西に傾きはじめている。しかし、蔦子に時間の感覚はない。妖しい被虐官能の炎にあぶられて緊縛された裸身をくねらせ、狂おしく悶えて昇りつめることだけを繰り返していた。
蔦子のからだと心の反応は昨日までとは明らかに違った。闇の中で泣き濡れた瞼の裏に浮かぶ自分の姿がこよなくいとおしかった。
「許してっ。お願いっ、この糸を外して……」と口にしている言葉とは裏腹に、蔦子の肉体は「もっと、もっと虐めてっ!」と叫んでいた。
なよやかな腕を背中へねじ曲げられ、華奢な両手首を背中高く縛り上げられ、豊かに実った白く柔らかな乳房に縄の枷をほどこされていく。その自分を、傍から眺めて目を細めているもう一人の自分がいる。
雁字搦めに縛り上げられた肌身を嬲られ、猿轡に言葉を奪われて女陰を掻き混ぜられている自分を見下ろして、胸を高鳴らしているもう一人の自分がいた。
そのもう一人の自分も生身の蔦子も、三十路を半ば過ぎてなお女盛りの色香を匂い立たせている。
元辰巳芸者『吉兆の蔦吉』こと尾上蔦子は今や、あれほど嫌い抜いてきた鬼頭仙八が望んだように妖艶な女に変貌を遂げていた。
その夜、蔦子は鬼頭仙八の女として囲われることを誓った。
もう先が短いという大恩ある棚橋冨美子の入院治療費のことや、掛け替えのない妹の井川由美子に累を及ぼさないためのした決断に違いはない。
しかし、果たしてそれがすべてであったのかと問われると、多分今の蔦子はすぐには返事が出来ない。
卑劣な男たちの姦計に嵌って捕えられ、女の肉を苛まれることによって呼び覚まされた被虐官能の妖しい陶酔感が蔦子を戸惑わせるに違いなかった。
そしてもう一つ。決して許したくはない鬼頭仙八の仕打ちは、芸者蔦吉に無視されたことへの意趣返しというより、どうしても蔦子を自分のものにしたいという熱い思いに根ざしていたことを知った。
それらのことが蔦子の決断理由を複雑で曖昧なものにさせていた。
翌朝は雲一つない秋晴れだった。
まるで天が抜けたような空を太陽が少しずつ高みに昇っていき、次第に強さと眩しさを増していく光が木々の枝葉や下草をキラキラ輝かせた。
箱根仙石原の別荘の居間では、鬼頭仙八が開け放った障子の先の板敷きに置いたロッキングチェアに腰掛けていた。
刻々と移り変わる美しい庭の光景を眺めている。その傍らに膝を折って肢を斜めに流している尾上蔦子がいた。
蔦子は、水地に白の太い斜め格子が入った艶っぽい長襦袢を着て、白地に薄い青緑の縞柄が入った伊達巻をしていた。
長襦袢のわずかに乱れた裾から陶器のような輝きを持つ白く丸い脛がいかにも艶っぽく顔を覗かせ、両手を後ろに縛り上げている縄に上下をくびられた豊かな乳房が長襦袢の胸前を突き上げている。
ふんわりと後ろに巻き上げた長い黒髪の一部がほつれて頬にかかって、縄に縛められた女の妖しい色香を強調していた。
「ねぇ鬼頭さん……」
「ん? 今日からは仙八と呼んでくれないか、蔦子」
鬼頭は、昨日までの「蔦吉」ではなく、「蔦子」と呼んだ。
「分かりました。それじゃ仙八さん。あたし、海が見たいの……。ねぇ、どこか海が見えるところへ連れてってくださらない? 水平線を眺めてみたいの……。ねっ、お願い、仙八さん。あたしの望みを聞き届けてくださいな。この通りお願いします」
蔦子は後ろ手に縛られた長襦袢姿を前に深く折り曲げた。
「でもなぁ……」
「今更逃げ出したりはしませんわ、心配しなくっても」
「しかし、お前を縛ったまま外に連れて出る訳にもいかないしなぁ……」
「あら、そうなのね。あたしを縛っておかなきゃまだ安心できないのね。わかったわ。それじゃ、着物の下を縛ってくださらない? それであなたが安心できるのなら、そうしてください」
「そうか。そういうことなら海を見に連れて行ってもいいな」
蔦子の言葉に納得した鬼頭は、早速縄師の鏑木を居間に呼びつけた。
「手間をとらせるなぁ、鏑木。すまんが蔦子のからだに菱縄をかけてやってくれないか? 手は縛らなくてもいいんだ、上から着物を着せるから……」
苦みばしった顔をいつも伏目がちにして感情を表に出さない鏑木が、珍しく驚いたように眼を見開いた。
鬼頭が「蔦子」と呼んだことが鏑木には意外だったらしい。
そしてこれもまた鏑木には珍しく、肉が削げ落ちた頬をふっと柔らかく膨らませた。
鏑木に後ろ手縛りの縄をほどかれ、蔦子はすっとその場に立ち上がった。
長襦袢の伊達巻に白く細い指を添えてするするとほどいていく。薄い青緑の縞柄が爽やかな伊達巻を外し落すと、水地を走る太い斜め格子が熟した女の艶を引き立てている長襦袢の襟を後ろにずらし、長襦袢を肩先からすーっと滑らせて両手を抜いていった。
透きとおるように肌理の細かな真っ白い肌を露わに晒し、形よく実った乳房を両手で抱き隠した蔦子は、ポッと頬を赤らめて顔を斜めに伏せた。
その蔦子の張りのある腰の膨らみに欲情をそそられた鬼頭は、女の翳りをすっかり失っている蔦子の股間にチラリと視線を飛ばし、鏑木になにやら意味ありげな目配せをした。
「蔦子。その手を横に下ろさなきゃ鏑木の仕事ができないよ」
「はい」
うなずいた蔦子は胸を抱いていた手をすっと左右の太ももに添えて切れ長な目を薄く閉じた。
前に立った鏑木は、二重に揃えた縄の端に輪をつくった。
その輪を蔦子の頭を通して首のつけ根に下ろし、桜色に染まったうなじにかけて前に垂らした。その縄を鎖骨の中央で結んで胸前で縄を揃え直し、くるくるとからめて幾つもの結び目をこしらえていった。
鏑木は終いのほうに大小二つ、縄ののコブを作ると、その縄を蔦子の股間にくぐらせた。
あっ……。
蔦子は思わず腰をひねった。が、すぐに腰を元の位置に戻した。
蔦子の白くむちむちした太ももの間を縄がすり抜けていく。
股間を通り抜けた縄は、たるみを残して背筋を真っ直ぐ上へ走ってうなじにかかる縄に止められた。
そこに足された縄が二手に別れて左右の脇腹から前に廻り、胸乳の上の二つの結び目の間をくぐって後ろへグイッと引かれた縄が胸の谷間の真上に菱形をつくった。
乳房の上部を緊めつけて背中で交差した縄が前に廻ってまた結び目の間をくぐる。今度は胸を下から緊め上げて背中へ戻り、瑞々しく白い乳房をどす黒い縄の枷で絞り出した。
ああ……。
菱の数が増えるにつれて股間にたるんでいた縄が持ち上がり縄のコブが蔦子の敏感な部分にあたった。
背中から戻ってきた縄が可愛く縦に窪んだヘソの上の縄をくぐり、ググッと腰骨に沿って左右に強く引き絞られた。
ひいっ。
蔦子は小さな悲鳴をあげた。が、その声音は甘かった。
それを耳にしてまた頬をゆるめた鏑木は、目顔で蔦子に合図をすると、縄のコブが女陰に沈み込むようにググッと指で押し込んだ。
ううっ、くっ……。
歯を喰いしばって辛抱する蔦子の股間をえぐった縄はさらにグッと背後に引かれ、二つ目のコブが微肉の筒に埋め込まれた。
ああっ、はぁっ、あはぁ……。
半開きになった口から喘ぎ声を洩らした蔦子の頬が赤味を増していった。
鏑木があやつる縄は蔦子の乳白色の美肌は瞬く間に縄の菱で飾り、股間を縦に割って腰の後ろで結びとめられた。
きつく引き緊められた股間の縦縄は、女の翳りを失った恥丘の下部に沈んで姿を消し、後ろに白くきゅっと盛り上がった双丘の谷間の途中から姿を現わしている。大小二つの縄のコブは女の蜜が湧き出す秘肉の裂目と微妙な感覚を生み出す筒口に完全に埋没していた。
入念に菱縄をほどこされた蔦子の優美な肢体に眼を細め、縦縄が喰いこんだ剥き出しの恥丘を改めて見つめて、鬼頭は生唾をゴクンと呑みこんだ。
縄化粧の終った蔦子は、和装用の薄いパンティも薄紅色の艶めかしい湯文字もつけず、そのまま長襦袢を着て縄のコブを咥えた下腹部と胸の菱縄を隠した。
その上から銀鼠に光琳の菊を染めた京友禅を羽織り朱と金の菊唐草の帯をきりっと締めた。外見はどこから見ても粋で艶やかな着物姿である。
「これで猿轡をしてやってくれ」
鬼頭が豆絞りの日本手拭いを鏑木に手渡すのを見て、蔦子は一瞬眉をひそめた。その表情にあわてた鬼頭は、照れ笑いをしながら説明した。
「万一のことを考えてのことなんだ。突然気が変わって叫ばれたら、私が困ってしまうから……。なっ、蔦子。いいだろう?」
どこまでも用心深い鬼頭に蔦子は苦笑した。
「わかったわ。どうぞ猿轡をしてくださいな」
蔦子は、ついこみ上げてくる笑い押し殺して、素直に紅唇を開いた。
ところが、鏑木が蔦子の口に手拭いの猿轡を咬ませ終えた時に、鬼頭が白い布か紙のようなものを手にして蔦子のそばに近寄った。鼻から下を顎まですっぽりと包む、花粉症用の大きめなマスクだった。
「旦那……」
鏑木が訝しげな眼差しを向けると、鬼頭はまた照れ笑いをした。
「猿轡をしている蔦子の顔を、車の外から誰かに見られちゃマズイからね」
そう言って鬼頭は手拭いの猿轡の上から蔦子にマスクをさせた。そして、後ろにふんわりと巻き上げていた黒髪をほどいて肩に垂らした。
たしかにこれなら誰も蔦子が口に猿轡を咬まされているとは気づかない。
しかし、今の季節は秋である。花粉症の時節ではない。とことん用心深い鬼頭も、そこまでは頭が回らなかったようだった。
さらに鬼頭は、車の助手席に座った蔦子の袋帯の後ろ側に縄を通し、座席の背もたれの下の部分につなぎ止めた。
両手の自由こそ奪わなかったが、ここまできっちりと蔦子の万一の反抗と逃亡を防ぐ手立てを講じる鬼頭が、蔦子にはかえって可愛く思えた。
鬼頭仙八が、ようやく自分のものになった蔦子を何としても手元に置いておきたいと懸命になっている姿を微笑ましく感じていた。
蔦子は、鬼頭が運転するセルシオの助手席に座り、突き上げる股間の刺激に甘く喘ぎながら相模灘を望める場所へと連れられて行った。
湯河原と熱海を結ぶ熱海ビーチラインの途中に停めた車の窓から白銀に輝く波頭の向うに広がる水平線を眺めながら、蔦子は呟くように言った。
「仙八さん。あたし、やっと本物の覚悟が出来たみたいだわ。ここに連れてきてくれてありがとうございました」
その言葉は、尾上蔦子が水平線の彼方にすべての過去を投げ棄てに来たことを意味していた。
蔦子は、左手に長く突き出した真鶴半島と右手に可愛く浮かんでいる初島を交互に見つめてにっこりと微笑み、遠く霞む大島の影に眼を細めた。
車の縦揺れに刺激されて甘い喘ぎ声を洩らし続けた蔦子が別荘に帰り着くと、あたりはもうかなり薄暗くなっていた。
猿轡を外され菱縄をほどかれた蔦子は、すぐに風呂場へ向かった。
一緒に温泉に浸かった鬼頭に滲み出た汗を洗い清めてもらい、からだを揉みほぐされて、蔦子はようやく心に和らぎを取り戻した。
その日の夕刻――。
湯上りの火照ったからだを浴衣に包んだ蔦子は、鬼頭と二人だけで夕餉の膳を囲んだ。
鬼頭が行きつけにしている御殿場の料亭から取り寄せた、目にも鮮やかな会席料理の味はこの上なく、久し振りの口にした地酒がさらに蔦子の気持ちを和らげていった。
心地好く酔いがまわった蔦子の端整な頬が桜色に染まった頃、居間の外から抑揚は少ないがキリッとよく通る声がした。
「鬼頭の旦那、お暇に参りました」
鏑木四郎の声だった。
「おお、鏑木か……。入ってこいよ」
「いえ、こちらでお暇させてください」
慇懃に答えて襖を開けた鏑木は、居間に入ってすぐの板敷きに片膝を突いて丁寧に出立の言葉を述べ、鬼頭から約束された報酬を受け取った。
「旦那。それじゃ俺はこれで……」
軽く会釈をして立ち上がった鏑木は、踵を返す前にチラッと蔦子を見た。
その鏑木の顔の表情がいつになく穏やかで柔らかかった。
蔦子は、素っ裸にされた自分を縄で縛り上げて肌身を苛んできた鏑木の内面に優しさを感じ取っていた。
雇われ縄師の役目を終えた鏑木四郎が去り、鬼頭の手足となって蔦子をいためつけた武村亮次と室田耕平も鏑木のタクシーに途中まで同乗させてもらって浅草へ引き返した。
広々とした別荘に二人きりになると、鬼頭仙八はなにやら落ち着かない様子を見せた。妙にそわそわとして、なぜか蔦子と目を合わせようとしない。その鬼頭の溝鼠顔が蔦子には妙に可愛く見え、つい「ふふっ」と小さく笑った。
鬼頭は溝鼠顔の真ん中の細い眼をおどおどさせながら、片手で頭の後ろを撫でながら半ば照れた表情になって、おずおずと口を開いた。
「蔦子、ひとつ頼みがあるんだが……」
「はい?」
「こ、今夜は……、私に縛らせてくれないか?」
(あら、そんなことに悩んでいたの?)
蔦子は意外に感じた。
この数日間、蔦子の素肌にギリギリと厳しい縄をかけさせて責め苛んだ男の豹変振りに驚いてもいた。
「いいわ仙八さん。どうぞあたしを、あなたの手できつく縛ってください」
すっとその場に立ち上がった蔦子は、浴衣の細帯をほどきながら、「ふふっ」とまた小さく笑った。
(おかしな仙八さん。今更遠慮なんかしなくたっていいのに……)
柔らかく微笑んで鬼頭の目を見た蔦子は、ほどいた浴衣の細帯を畳に落すと白地に百合の花を藍で染め抜いた浴衣をハラリと脱ぎ落とした。
見事に均整の取れた伸びやかな美しい肢体に鬼頭の興奮はたちまち高まった。
浴衣を脱ぎ終えてその場に腰を落とした蔦子が正座になり、細くなよやかな白い両腕を静かに後ろへ廻していく。
滑るように輝くしなやかな背中の中ほどまで自ら持ち上げた華奢な両手首を重ね合わせると、蔦子は挑戦的な笑みを鬼頭に投げかけた。
「さ、仙八さん。蔦子をきっちりと縛り上げてくださいな」
次の日。蔦子と鬼頭のほかには誰もいない別荘では、日がな一日、熱く狂おしい男女の営みが繰り広げられた。
鬼頭仙八の男根は小柄な体格に似合わず太く長く逞しい。素肌を縄で縛り上げられて交わる異妖さもあったが、その精力の強さに蔦子は棚橋良一の時とは遥かに激しい官能の昂ぶりを味わった。
黄昏時が迫り、闇が地を這う刻限になった。
さすがに疲れ果てた蔦子は、後ろ手縛りの裸身を夜具の上に横たえていた。
上気した顔の片頬を敷布団に押しつけて口を半開きにし、朝から何度も昇りつめた興奮がまだ冷めやらないように虚ろな視線を畳に這わせていた。
その蔦子の横には精も根も使い果たした鬼頭が仰向きに転がっていた。二人の荒い息遣いだけが命の息吹を伝える、静かな時が過ぎていった。
しばらくしてむくっと起き上がった鬼頭が蔦子の下の始末をしながら囁いた。
「蔦子。お前のここを縛ってみたいんだが、いいか?」
縄に緊め上げられた胸を静かに波打たせている蔦子は、幾分かやつれた顔を縦に振ってうなずいた。
「いいんだな? 本当にそうさせてもらってもいいんだな?」
「ええ。遠慮はいらないわ、仙八さん。蔦子の大切なところにしっかり縄をかけてください」
横座りの片肢を立てた蔦子は、もう片方の肢も立てて一旦中腰になり、後ろ手に縛られた上半身を左右に揺らしながら夜具の上に両膝を突いた。
そして、むちむちと白い太ももを開いていった。
胸をときめかせながら蔦子のそばに寄ってきた鬼頭が手にしている縄にはすでに大きなコブがこしらえられてあった。
その縄のコブを目にした蔦子の下腹部がズキンと疼いた。
蔦子は、桜色に染まっている頬をさらに赤くして眼を逸らし、薄く閉じ合わせた。
蔦子のきゅっと引き締まった細腰に縄を打った鬼頭が形よく縦に切れたヘソの下で結んだ縄尻を真下に引き下げる。股間をくぐらせて後ろに手繰り、双丘の割れ目に入れた縄をグイッと持ち上げた。
「ああっ。待ってっ。ちょっと待つて、仙八さん。的が外れてるわ」
「おっ、言われてみりゃそうだ。じゃぁ締め直しだ」
鬼頭は股間の縄を一旦ゆるめた。
片手で尻の後ろの縄尻を持ち上げて調節しながらもう片方の手で翳りを失って剥き出しになっている肉の花びらに縄のコブをあてがい、指先でググッと秘裂の中に深く押し込んだ。
ああっ、あ……。
甘い喘ぎ声を洩らす蔦子の股間をえぐった縄を腰の縄に結び止めた鬼頭は、少し後ずさりをして自分がほどこした縦縄の出来栄えを眺めた。
「イヤだわ仙八さん。そんなに見つめられちゃ恥ずかしいじゃありませんか」
甘つたるい声を出してゆらっと腰を揺すった蔦子に、鬼頭は相好を崩した。
「辛くないか?」
あれほど容赦なく肥後ずいきの縄で蔦子の股間を緊め上げさせ、挙句の果てに三味線糸で蔦子の花肉の芽を吊り出させた男が、人が変わったように心配顔を見せた。
「大丈夫よ。それよりお願いっ。おっぱいを揉んでっ」
蔦子は、布団に突いた膝をつつっと前にすすめ、縄に絞り出された乳房を鬼頭の方へ突き出した。
「よしよし」
抱きとめた鬼頭は、蔦子の縄に縛められた裸身を優しく布団の上に仰向けにして、白く柔らかい乳房を揉み上げた。
「こうか蔦子?」
「もっと、もっと強く……。乳首もいじめてっ」
「よし、これでどうだ。これでいいか?」
鬼頭は、片方の乳房を揉みしだきながらもう片方の乳房の頂点に赤く張りつめて屹立している乳首を口に含んだ。
舌先をチロチロと使って乳首をころがすように貪り、硬さを増してきた乳首に軽く歯を立てた。
「ああ……いいわ。とてもいいわ、仙八さん……。ねぇ、今度は蔦子の口を吸ってっ」
後ろ手に縛り上げられ股間を縦縄にえぐられている蔦子は、自ら鬼頭をリードして、燃え盛る緊縛裸身を愛撫させていった。
思い切り乱れ狂って鬼頭を振り回す。そのことが、言わば蔦子の鬼頭への復讐である。
この身を妖しい炎で焼き焦がして男の精が枯れるほど翻弄してやろうと密かに思っている。蔦子は、さながら淫蕩な遊び女のようになっていた。
鬼頭の愛撫にひとしきり悶えた蔦子は、新たな注文を出した。
「ねぇ仙八さん。蔦子の首に縄を巻いてくれない?」
「なに? お前、首を縛って欲しいのか?」
「ええ、そうして欲しいの」
出来るだけ苦しい目に遭いたいと、蔦子は言った。
息が絶えそうな苦しさの中でまだ少し残っている過去の自分を綺麗さっぱりと捨て切りたいと、蔦子は鬼頭に訴えた。
「お願いっ、仙八さん。縄であたしの首を絞めてっ」
「しかしなぁ……」
口ごもって戸惑う鬼頭に、蔦子は、別荘から逃げ出そうとして離れの床下に隠れていたところを鏑木に発見され、地下室に連れ戻されて改めて後ろ手に縛り上げられた一昨日のことを熱く甘く語った。
「あなたが戻って来た時、あたし、鏑木さんに犬の首輪のような縄をかけられて柱につながれてたでしょ。あの時初めて思ったの、今のあたしには仙八さんの女になるしか他に道はないのかも知れないって……」
ふんふんと相槌を打つだけで、鬼頭は何をどう受け答えしていいものか迷っていた。
「それでね、仙八さん。淫らな女だと軽蔑しないでよく聞いて欲しいの……。その時あたし、首を動かすたびにきゅっと締めつけてくる縄に自分を奪われていくような気がして、その縄の感触が何とも言えない爽やかな心地にあたしをさせてくれたの……。変な女だと思わないでねっ、あなたがこんなあたしにしたんだから……」
「…………」
鬼頭は返す言葉が見つからなかった。
「だから……、だから仙八さん。あたしをあの時と同じ気持ちにさせて欲しいの。息が絶えるような苦しみがあたしに快感を与えてくれて、過去のすべてを捨てさせてくれると思うの……。そしたらきっとあたし、身も心もすべてあなたのものになれると思うわ」
それなりに筋道の通った説明だったが、それが真実だとは、鬼頭は信じがたかった。しかし、身も心もあなたの女になりたいという言葉が鬼頭の迷いを追い払った。
とはいえ、縄で首を絞めることにはやはり戸惑いがある。鬼頭は縄を使わずに両手を蔦子の首にかけて手指に力を込めた。
しかし、眉間に皺を寄せてゆがめた口からかすれた呻き声を洩らす蔦子の苦悶の表情を見て、鬼頭は手を放した。
「ダメっ、やめちゃダメっ! もっと、もっときつく絞めてっ!」
そう叫んでせっつく蔦子に、鬼頭はある種の恐怖感を持った。
力加減を間違うと自分の手で蔦子を殺してしまいかねない。それが恐ろしかった。
その鬼頭の心のうちを見透かしたように、蔦子は芸者だった頃の伝法口調で嘲笑った。
「なにさ、仙八さん。あんた、それでも男かい? あたしをここまで貶めといて、思い切り首を絞める度胸もないとはお笑いだねぇ」
挑発的なその罵りに鬼頭は乗せられた。
「この阿女、何をほざいてるんだ! 人を小バカにしやがって……。いいか、吠え面かくんじゃないぞ!」
言うが早いか、鬼頭は蔦子の首に両手をかけ、その指に思い切り力を込めた。
「い、いいーっ!」
喉元に親指を立てられた蔦子の端正な顔が見る見る赤く膨れていくのを見て、鬼頭はさっと首から手を放した。
しかし蔦子は、ごほっ、ごほっ、ごほほっと咳き込みながら、尚も鬼頭をなじった。
「なにさ! やっぱり臆病者じゃないか、あんたは」
今度は鬼頭が顔を赤く膨らませた。
「ちくしょう! こんちくしょう!」
鬼頭は、萎縮しかかっている自分を鼓舞しながら蔦子の首を締めた。が、どうしても失神させるには至らない。
手を放しては罵られ、罵られては首に手をかけた。
それを繰り返しているうちに蔦子の方が焦れた。
「仙八さん。あんたの手じゃ幾ら締められてもちっともいい気分になれやしないわよ。怖がってないで、さっさとあたしの首を縄で絞めておくれな」
鬼頭を追い詰められた。
これではどちらが責めているのか分からない。まさに主客転倒である。
素っ裸の蔦子を縛り上げて弄んでいるはずの鬼頭が、蔦子の意のままに操られている。
それが鬼頭のちっぽけなプライドを傷つけた。
その傷ついた鬼頭の胸に、蔦子はさらに鋭い針を差し込んだ。
「ふん、だらしない男だねっ! 手下に酷いことをやらせても、自分じゃ何も出来ないんだ。あんたなんか、仙八さん。その自慢のモノは切り落とした方がいいんじゃないのかい」
そうまで言われて、男が引き下がるわけにはいかない。まなじりを結した鬼頭は、さっと麻縄を手にした。
後ろ手縛りの裸身を斜に構えている蔦子の細首に縄を巻いた鬼頭は、改めて戸惑いを振り払い、気合を入れて縄を引き絞った。
「どうだっ、これでどうだっ!」
「うっ、ああっ! い、いいーっ!」
喜悦の叫びで寝室の襖を揺らした蔦子はまもなく首をガクッと折って動かなくなった。
鬼頭仙八は、細い目を大きく見開いて夜具の脇に立ち、全身を小刻みに震わせていた。
目の前で起こったことを、ものの弾みとはいえ、自分がしでかしたことをしばらくは理解できなかった。
呆然と立ち尽くす浅黒い溝鼠顔から血の気が退き、蒼白になっていた。
鬼頭の心は哀しみに押し潰されそうになっていた。
やっと自分のものになった女を、いとおしい尾上蔦子を自分のこの手で絞め殺してしまったという現実が、鬼頭の目前に横たわっている。
そのことがにわかには信じられない。鬼頭仙八は悪夢の中でもがいている自分を想起していた。
その思いだけが頭の中を駆け巡っている。
思考が錯乱している鬼頭には、本当に死んでしまったのかどうかを確かめる勇気もなければ、救急車を呼ぶ知恵も湧かなかった。
救急車を呼べば警察に通報される。そうすれば、自分は殺人の加害者として逮捕される。どんな言い訳をしても、素っ裸の女が全身を縄で縛り上げられて息を引き取っている情景を見られれば、虐待した末に絞め殺したと受け取られるに相違ない。
元々小心な鬼頭の思考は、この事実を隠す方向へ傾いた。
我に返った鬼頭は、あわてて武村亮次の携帯に電話をした。
しかし、何度かけても応答がない。電源が切られているようだった。
室田の方は携帯電話のようなシャレたものは持っていない。
鬼頭は焦れた。
武村と室田がいつもたむろしている浅草の居酒屋とマージャン屋の場所は知っている。この時間、二人がそのどちらかにいることは間違いない。しかし、その店の名前も電話番号も鬼頭は知らなかった。
こうなれば自分が浅草まで行って二人を連れてくるほかはない。あの二人以外にこのことを隠すための手伝いをさせられる者はいない。
心を決めた鬼頭は駐車場へ走った。
震えの止まらない手でエンジンをかけて、武村と室田がいるはずの浅草奥山を目指して車のアクセルを強く踏み込んだ。
鬼頭の車が大慌てに飛び出してまもなく、主のいない別荘に一台のタクシーが滑り込んできた。
タクシーから降り立った男の影が夜の闇に溶け込んでいるように見えた。
すらりとして痩せぎすなからだを濃い藍色の着流しに包んでいる。抑揚はないがよく通る声で主の名前を呼びながら、玄関をくぐったその男の頬は肉が削げ落ちていた。
つづく
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