鬼庭秀珍   呪縛の俘囚




      第五章 鬼の羞恥責め








 縄師鬼善こと鬼束善三が軽く突き出した手指は正木蘭子を失神寸前に追い込んだ。そのことが恐怖感を一気に膨らませ、蘭子の端整な顔は氷のように白く凍てついていた。鬼善の視線を避けるようにしてうつむいた蘭子は縄に縛められた上半身を小刻みに震わせた。

「解ったかい、俺を怒らしちゃいけねーってことが」

 凄みのある低い声が耳朶(じだ)を打ち、鋭い視線が尖った針となって柔肌に突き刺さった。

 鬼善は返答を求めている。それが何を意味しているかは分かっている。が、蘭子にはまだ迷いがあった。焦燥感に駆られた蘭子を包む時間の流れだけが急に速度を上げた。時の急流に翻弄(ほんろう)されながら目まぐるしく思考を重ねた蘭子だったが、結局、鬼善への屈伏と服従を決心せざるを得なかった。

「わ、わかりました」
 すっと顔を上げた蘭子の切れ長な目には涙が滲んでいた。その濡れた双眸には観念の色を宿していた。
 その時を待っていたかのように、鬼善は蘭子を後ろ手に縛っている縄をほどいた。

「まだ何も食ってねーだろ? 腹ごしらえをしな」

 意外な気配りに、困惑(こんわく)混じりの複雑な表情を浮かべた蘭子だったが、「途中で目を回されちゃ、俺が困るからな」と促されて、トーストと野菜サラダの簡単な昼食を口にした。
 鬼善は、椅子の一つを壁際に引いて腰掛け、無言で蘭子の後ろ姿を眺めていた。が、食べ終えたのを見届けるとすっと椅子から立ち上がった。

「さ、行こうか」
(ど、どこへ?)と訝しげな顔を向けた蘭子に、鬼善は「何処か他所へ出かける訳じゃねぇよ」と苦笑した。
(ど、どうして、わたしの気持ちが手に取るように分かるの?)

 狐につままれたような面持ちの蘭子の片手をつかんだ鬼善は、その手を引いて風呂場の方向へ向かった。

 風呂場の手前にはドアが二つ並んでいる。片方はトイレだが、いつも施錠されていたもう片方が何のための部屋かは知らない。中井は「長いこと使ってないんだ、ここは。言ってみれば開かずの間だな、物置きみたいなものだけどさ」と口を濁して説明を避けていた。鬼善は蘭子をその開かずの間に引き入れた。

 内部に足を踏み入れた蘭子は、驚きに目を大きく見張った。
 普通の物置きだと思っていたそこは思いのほか広く、八畳の間ほどのスペースがあった。しかも、天井には太い木の梁が走っており、その梁を支えるように白木の角柱が二本立っていた。フローリングの床の奥半分には厚手のカーペットが敷き詰められ、シングルベッド一台と大きな背もたれの両脇部分が透けている木製の肘掛け椅子が一脚置かれていた。


「今から丸三日の間はここがあんた専用の部屋だ」

「えっ! こ、こんなところでわたし……」

「そうさ。ここで寝起きするんだ。その間に俺が腕によりをかけてあんたの肌身にじっくりと縄の味を染み込ませるって算段さ」

「そ、そんな……」
 絶句した蘭子は、血の気が退いていくのを覚えてその場に崩れ落ちた。

 両手を床に突いてからだを支えた蘭子は、この窮地(きゅうち)から逃れる手段はないかと考えた。が、読心術に長けた鬼善に悟られることを恐れてすぐにその思考は打ち消した。すると、鬼善が言った「肌身に縄の味を染み込ませる」という言葉が取って代わった。それも打ち消そうとしたが出来ない。むしろ(一体どうやってわたしの肌身に……)と思考が引き摺られていく。蘭子は視線を床に這わせながら思考を宙に漂わせた。が、それも束の間のこと。すぐに現実に引き戻された。

「そいつを着けてちゃ、艶消しだな」と、鬼善は蘭子にブラジャーをとるよう命じた。

 ハッとからだを起こした蘭子は両手で胸乳を抱きしめ、恐る恐る鬼善の顔を見た。

「ブラジャーをとるだけでいいんだよ」という鬼善の言葉にホッとした蘭子は正座に直り、まだ痺れが残る両腕を背中に廻した。ホックを外して純白のブラジャーを脱ぎ落とすと、こぼれ出た瑞々しい二つの乳房を両手で覆い隠した。

「両手は後ろだろ?」
 穏やかな口調でそう言うと、鬼善は手にした麻縄を(さば)きながら蘭子の背後に移った。

 白くたおやかな両手をおずおずと背中に廻した蘭子は、鬼善に「さ、自分で手首を重ねてみな」と命じられ、腰の上で左右の手首を交差させた。が、鬼善は「もっと上だろう」とやり直しを命じた。

「は、はい」と答えた蘭子は、腰上の両手を一旦横に降ろし、今度は(ひじ)がくびれた腰に密着するほど腕を深く折り曲げて、両手首を背中の中ほどで重ね合わせた。

「それでいい。思った通りに柔らかい身体をしてるじゃねーか。そうでなきゃ、縛り甲斐がねぇってもんだぜ」

 満足げな鬼善の声を耳にしながら、蘭子は幾分か赤みを取り戻してきた顔に当惑の表情を浮かべた。まだ縄がかかっていないのにすでに高手小手に縛り上げられているような感覚に陥っていたからである。
 が、その被縛感覚はすぐに現実に転化した。


 鬼善は、蘭子が自ら背中の中ほどで交差させた両手首に麻縄をキリキリ巻きつかせて結び止めると、縛った両手首をさらに高く、肩甲骨辺りまで持ち上げた。

「うっ!」と呻いた蘭子の二の腕を縄が噛んで前に廻った。縄は、胸の傾斜に溝を掘って背中に戻ると繰り返し前後を往復し、胸乳の上を三重に巻き緊めて背中で縄止めされた。

 新たにつながれた縄は、熟れた白桃のような両乳房の下をふた巻きして背中に戻り、脇腹と二の腕の隙間で乳房を下から緊め上げている縄に絡んで引き絞られた。

 乳房の上下に二重三重に縄をかける縛り方は、今朝中井が蘭子を縛ったやり方とほぼ同じだった。違うのは、覆うもののない胸乳を直に縛られたことと高手小手にされたことである。それに、下の縄に抜け止めの(かんぬき)(なわ)がほどこされたことだったが、中井の縛り方に比べて緊縛感が何倍も強かった。

 鬼善は、後ろ手高手小手に縛った蘭子を肘掛け椅子に座らせた。そして、白く震える細首に縄を巻きつけ、縄尻を縦長の背もたれに縄尻をつなぎ留めた。さらに、左右の足首を別々に椅子の脚に縛りつけると、蘭子の正面に大振りな姿身を立てて部屋を出ていった。

 蘭子は二時間近くも肘掛け椅子に拘束されたまま放置された。

 目の前の姿見につい目が行ってしまう。その度に蘭子は頬を赤らめた。
 姿見が映し出す自分のあられもない姿は淫靡で刺激的だった。が、顔を背けようにも首の縄がそれを許してくれない。目を閉じていればいいのだが、つい目を開けて鏡の中を覗きこんでしまう。すると、後ろ手に縛られて椅子に拘束されている女が蘭子を見つめ返した。
 そのうちに、目を閉ざしていても鏡の中の女が脳裏に浮かぶようになった。


 姿見という小道具で羞恥心を煽られた蘭子は、緊縛された全身を朱に染めてすすり泣き、身動きのとれないからだをよじってギシギシと縄を鳴かせた。




 肘掛け椅子への拘束から解放された蘭子は、鬼善が支度してくれた夕餉(ゆうげ)に箸を運んだ。ダイニングテーブルに並べられた品々はありきたりな惣菜ばかりだったが、その味は驚くほど美味しかった。鬼善が料理の達人でもあることを蘭子は知り、なぜか尊敬の念を抱いてしまっていた。

 夕食が済むと、蘭子は一人での入浴を許され、その後しばらくの休憩も与えられた。勿論、ショーツ以外を身に着けることは出来ない。しかし、縄師鬼善が決して蘭子を粗略には扱わないことが判り、わずかながら今の蘭子にとって心の救いになった。熱めの湯でほぐれたからだを脱衣所で休めた蘭子は、胸にバスタオルを巻いて調教室に戻った。

「そろそろ今日の仕上げといくか」
 乳房と下腹部を覆い隠しているバスタオルを剥ぎ取った鬼善は、早速蘭子に、両手を後ろへ廻すよう命じた。

「はい」と素直にうなずいた蘭子は、指示される前に高手小手の位置に左右の手首を重ね合わせたが、鬼善はその両手首を腰の辺りまで引き下げてキリキリ縛り、余った縄を腰に巻きつけて蘭子のくびれた腰をえぐるように緊め上げた。

「うっ!」と下唇を噛んだ蘭子は、眉間に皺を寄せて目を閉じた。

 腰に打った縄の前の部分に別の縄をつないだ鬼善は、その縄をすっと下に引き下げて、絖地(ぬめじ)のような白い太ももの間にくぐらせた。

「な、なにをなさるの!」

 目を見開いて激しく狼狽した蘭子の股間をくぐり抜けた縄は、尻の狭間を駆け上がって引き絞られ、敏感な蟻の門渡りを圧迫した。

「ああっ、イヤっ! や、やめてっ、こ、こんなこと……」

 蘭子は一気に紅潮した顔を左右に振った。その恥丘を縦一文字に割った縄はすでに、ショーツの薄い布を道連れに、女の秘裂に深く喰いこんでいた。

「鬼束さん。お、お願いです。な、縄を……、下の縄を……」

「外して欲しいんだろうが、そうはいかねえ。これも修行の一つだと思って辛抱しな」

 ギュッギュギュッと縄を引き絞った鬼善は、蘭子の股間にかけた縦縄を両手首の縄にしっかりと結びとめた。

 初めて体験するおぞましい縄の刺激に、蘭子の膝頭は笑い腰が砕けかけた。こらえ切れずにその場に両膝を突いた蘭子は崩れるように突っ伏した。

 ショーツの上からとはいえ、女陰の花唇に咥えさせられた縄の存在感は大きく、蘭子は激しく悶えた。しかも、後ろに縛られた手を動かすと縦縄が微妙に位置を換え、充血して膨らみを増してきた花肉の芽を刺激する。それは白磁のような輝きを放つ両肢を動かしても同じだった。

「うっ、ううっ。はっ、はあっ。ああ……」と喘ぎ声を高めて身を悶えさせる蘭子は、そのまま一人で調教室に放置され、淫靡な縦縄に(さいな)まれながら長く狂おしい夜を過ごすことを強いられた。




「どうだ、よく眠れたかい?」

 翌朝。調教室に入ってきた鬼善は、「股座(またぐら)を縛られてちゃ、眠れる訳はないか」と呟きながら、蘭子の股間を点検した。
 縦縄とともに一部が女陰に埋没しているショーツは蜜液でぐしょぐしょに濡れていて、恥丘を覆う繊毛の茂みが透けて見えた。


「おやまあ、ずいぶん派手に濡らしたもんだな」
 苦笑した鬼善は手際よくするすると股間の縦縄を外した。腰と手首の縄もほどくと、
「汚れを落とさなきゃ折角の
別嬪(べっぴん)さんが台無しだぜ」と笑って蘭子を風呂場に連れて行った。

 熱いシャワーが蘭子の全身の細胞を目覚めさせる。モヤがかかっていた意識がシャンとした蘭子は、ボディシャンプーをたっぷり吸い込ませたスポンジで、ひと晩のうちに(おびただ)しく滲み出た脂汗を洗い流し、股間の汚れを丹念に落としていった。
 その蘭子を脱衣所から眺めながら、鬼善は何やらしきりに思案をしていた。


 汚れを洗い清めた蘭子はさっぱりした気分で脱衣所に移った。そして、からだの表面に残った水気をバスタオルで拭っていると、鬼善が焦れたように言った。

「早いとこ済ませて、生まれたまんまの姿を見せてみな」

「は、はい」と慌てて答えた蘭子は、ささっともうひと拭いしてバスタオルをランドリーボックスに入れた。左右の手で乳房と股間のそれぞれを覆って一糸まとわぬ裸身をおずおずと鬼善の前にさらけ出した。

「手を横において、よーく見せるんだ」

「こ、これでいいでしょうか……」と両手をからだの側面に移した蘭子を、鬼善はしげしげと見つめた。爪先から頭の天辺(てっぺん)までゆっくりと視線を這わせると、後ろも見せるよう指示をし、くるっと向きを替えた蘭子の後姿に再びゆっくりと視線を移動させていった。

「あんたは本当にいい身体をしてるなあ。肌の色は真っ白だし肌理も細かい。メリハリがある身体の線も申し分ない。これじゃ、啓二坊ちゃんが惚れ込むのも無理はないな。坊ちゃんは幸せ者だぜ」

 鬼善は問わず語りに蘭子の肉体の素晴らしさを()(たた)えた。面映(おもはゆ)い思いに包まれた蘭子は、嬉しいような恥ずかしいような、どちらともつかない中途半端な笑みを浮かべた。

「それじゃ、昨日の続きを始めるぜ。今朝からはパンティなしだ」

 事も無げに言った鬼善が、「どうせぐしゃぐしゃにしちまうんだから、いらねえだろ?」と、背後から首を伸ばして蘭子の顔を覗き込んだ。

 ポッと赤面した蘭子は小さく首を縦に振った。股間を縦に縛った縄に呻吟した長い夜の経験が蘭子から反撥心を完全に奪っていた。




 調教室に連れ戻された蘭子は、鬼善の方を向いて正座をさせられた。

「これでどうして欲しいか、言ってみな」

 鬼善は、羞恥心露わに乳房と股間を手で覆い隠している蘭子の鼻先に麻縄の束を突きつけた。蘭子がさっと目を背けて顔を斜めに伏せると、意地の悪い問い掛けをした。

「ふーん、そうかい。言えねーのかい? それとも言いたくないってか?」

「言えません」と答えれば「気取ってるんじゃねえ!」と叱られるだろうし、あからさまな反抗を意味する「言いたくありません」という言葉は絶対に口に出せない。

「どうした? 返事がねーな」と詰め寄られて、蘭子は「わ、わたし……」と口を開いた。が、鬼善が待っている言葉は喉につかえて出てこない。
 無理もなかった。決して自ら望んでいる訳ではないのに、すすんで「縄で縛って欲しい」とは言えない。そのひと言を口に出せばいよいよ自分は後戻りが出来なくなる。

「いつまで待たせる気だ? そうか、素直に言えるようにしてもらいたいんだな」

 鬼善にねめつけられた蘭子は(あわ)てた。咄嗟に「言います! 言いますから、乱暴はしないでください。お願いします」と答えていた。

「分かりゃいいんだ。さ、これでどうして欲しいのか、言ってみな」

「わ、わたしを……、そ、その縄で……、し、縛って……ください」

「ほれっ、ちゃんと言えたじゃねーか。その気になりゃ何てことはねーだろ? よしっ、両手を後ろに廻しな」

 コクンとうなずいた蘭子は、女の恥ずかしいところを隠していた両手を静かに後ろへ廻し、左右の手首を背中で重ね合わせた。

 蘭子が自ら重ね合わせた両手首を縛った鬼善は、慣れた縄捌きで高手小手の厳しい縄がけを済ませると、「さ、立つんだ」とその縄尻を引き上げた。

 鬼善は、よろよろと立ち上がった蘭子を柱の前に連れて行くと縄尻を梁に渡し、柱を背負った蘭子が爪先立つように立ち縛った。そして、別の縄で蘭子の左足の膝上を巻き縛ると、その縄尻も梁に渡して引き下げ、膝頭が縄に絞り出されている胸乳の高さに達したところで縄止めをした。
 片肢を高く吊り上げられた蘭子は、女の恥部を余すところなくさらけ出していた。

「どうだ、股座(またぐら)をかっぴろげた気分は?」

「は、恥ずかしい……です」

「そうだろうな。でもな、あんたのその恥ずかしいってぇ気持ちが大事なんだ。そいつがなくなっちまうと、そこいらの(はした)ねー女と同じように、いつでも誰にでも平気で素肌を晒すようになっちまう。そうなっちゃいけねーよ」

 穏やかな口調で説教じみた言葉を吐いた鬼善は、「見た目をもっと色っぽくしとくか」と独り言を呟いて、蘭子の口に豆絞りの手拭いで猿轡を咬ませた。そして、立てかけた姿見の傾斜角度を調節して、蘭子がその目で女が息づく場所を見られるようにしてから部屋を出て行った。

 片膝を高く吊り縛られて股間をさらけ出している姿見の中の女は浅ましくも妖艶な姿をしていた。蘭子はチラチラとそれを見ては顔を赤らめ、縄に縛められた裸身を羞恥の色に染めていった。が、蘭子への羞恥責めはそれで終わった訳ではなかった。




 片肢で爪先立ったまま一時間あまり放置された蘭子は、昼食を挟んでかなり長い休憩時間を与えられた。辛い立ち縛りに疲れ切った蘭子に対する鬼善の配慮だった。

 調教室に連れ戻された蘭子は、鬼善から椅子に腰掛けてゆっくりするよう指示された。
 そのままひと眠りしてもかまわないと言われ、疲れが溜まっている蘭子は鬼善の優しい気遣いに感謝した。出来ればベッドを使わせて欲しいと思ったが、そんな身勝手は許されるはずもない。椅子に腰掛けて膝を抱いた蘭子は、うつらうつらしているうちに睡魔に襲われ、まもなく深い眠りの底に落ちた。


 それからどのくらいの時間が経っただろうか。蘭子は、いつの間にか前に引き出され揃えられていた両手の手首に縄がかかったのに気づいてハッと目覚めた。

「ぐっすり眠れたようだな」蘭子の目の前にぼんやりした鬼善の顔があった。

 まだ焦点が定まらない蘭子の両手を前縛りにした鬼善は、余った縄を蘭子の頭の上まで引き上げると、「肘を曲げて首の後ろを抱くんだ」と命じた。
 言われた通りにした蘭子の左右の二の腕に縄を巻き緊めると、手首の縄に結び止めた縄尻を椅子の背もたれにつないだ。さらに乳房の上下にかけた別の縄も背もたれにつなぎ、蘭子の上半身を椅子に固定した。


 鬼善は次に、蘭子の右肢を持ち上げて椅子の肘掛けに載せた。

「イヤっ! イヤです。こ、こんなこと……やめてください」

「何だって? あんた、俺に従う約束を忘れたのか?」鬼善はギロリと目を剥いた。

「す、すみません。わたし、つい取り乱してしまって……」
 蘭子は消え入るような細い声で許しを乞うた。

「ま、そういうこともあらーな」と軽く受け流した鬼善は、蘭子の右肢を椅子の肘掛けに縛りつけると、左肢も同じようにして肘掛けに固定した。

 両手で後頭部を抱くようにして恥ずかしい腋の下を晒し、すらりと伸びた両肢を大きく左右に開いて女の恥部をさらけ出している。蘭子の長い睫毛(まつげ)の間から涙が止めどなくこぼれ出て、桜の花びら色に染まった両頬に何本も糸を引いた。

 鬼善はまたもや姿見を立てかけて部屋を出て行った。が、蘭子の肌理細かな雪肌が朱に染まり切った小一時間の後に戻ってきて、肘掛け椅子への拘束から蘭子を解放した。


「三十分ほど身体を休めな」
 意外な気遣いを見せた鬼善は、シャワーを浴びてくるよう指示をした。

 熱めのシャワーが肌に張りを取り戻させ、意識もシャンとさせてくれた。
 バスタオルで胸から下を隠した蘭子は、与えられた三十分ぎりぎりまで、備え付けの扇風機のゆるやかな風に長い髪を靡かせながら一人ゆっくりと脱衣所で休憩をとった。そして、指示されたように髪を後ろに結い上げて廊下へ出た。

 すると調教室の入り口で縄を手にした鬼善が待っていた。

「ひと息吐いたところを可哀相だが、こっちもそうは言っちゃおれねーんだ。さ、中へ入って両手を後ろへ廻しな」

 バスタオルを剥ぎ取られ背中を押されて調教室に入った蘭子は、床に正座をすると薄く目を閉ざし、一糸まとわぬ裸身のしなやかな両手を背後へ廻していった。

 鬼善は自ら両手首を背中の中ほどに重ねた蘭子を高手小手に縛り上げた。そして、蘭子の正面に移ると、こう言った。
「自分で(あし)胡坐(あぐら)に組んでみな」

「ええっ! そ、そんなこと……」

「ん? やっぱりお嬢さん育ちのあんたにゃ出来ねぇか……。手伝ってやるほかねーな」

 鬼善は、いやいやをして首を振る蘭子の両(あし)を前に引き出すと、つかんだ足首を内側に押し込むようにして膝を折り曲げてあっと言う間に蘭子の両肢に胡坐(あぐら)を組ませた。間髪入れずに交差させた両足首に縄をくるくる巻き緊め、両足首を縛った縄を真上に引き上げると、首の後ろを廻して下に向けた。

 鬼善は、片手で蘭子の背中を前に押し倒しながら縄を引き下げていった。

「あっ、ああっ。うっ、ああっ、ううっ」

 蘭子の眉がきつくゆがみ、眉間に縦皺が浮き立ち、真っ白い乳房が大きく揺れた。
 その乳房が太ももに触れそうなところまで蘭子の上体を前倒しにした鬼善は、縄を足首の縄にくぐらせ、余った縄を首の左右から斜めに走り降りている二本の縄の中央にくるくる巻いて引き絞った。


「あんたの大事なところを、今度は鏡じゃなくて(じか)に見られるぜ」
 胡坐(あぐら)縛りにした蘭子の羞恥心を煽る言葉を残して、鬼善は部屋から姿を消した。

 うな垂れた蘭子のすぐ目の前で漆黒の茂みが呼吸をしていた。その中心部が濡れそぼって肉の花唇が顔を覗かせている。蘭子はさっと首を反らして顔を上げた。
 が、同時に胡坐に組まされた両肢が持ち上がって後ろに倒れそうになり、高手小手に縛められた手の十指で宙をかきむしった。かろうじて背後への転倒を免れて上下を縄にくびられた胸をホッと撫で下ろし、首を垂れるとまた恥ずかしいところが目に飛び込んできた。

 胡坐縛りという厳しい縄がけは蘭子に女の羞恥の源を見つめることを強いた。




 素肌を縛める縄のきつさと顔から火が噴き出しそうな恥ずかしさに嗚咽を洩らし続けているうちに、リビングに射し込んでいた西日も薄れ、遠くに見える山裾を闇が覆い始めた。
 その夜も蘭子の見事に均整のとれた裸身は縄の縛めを免れることはなかった。

 腰の少し上で蘭子の両手首を縛った縄は、二の腕の下をくぐって直接脇腹にあたるようにして前に廻り、乳房の上下を巻き緊めた。そして左の肩越しに前へ渡され、胸の谷間で二本の縄に絡んで乳房を絞り出し、右肩から後ろへ戻って縄止めされた。

 鬼善は、縛ったまま長時間放置する場合は二の腕に縄をかけない。縄の緊めつけが血流を止めて取り返しのつかないダメージを与える恐れがあるからである。
 しかし、鬼の縄師と呼ばれている男が単に後ろ手に縛っただけで許すはずがない。鬼善は前夜に続いて蘭子の股間に縦縄をかけた。


 前夜と違ってショーツすらつけていない蘭子の下腹部は無防備である。しかも、この夜の縦縄には二つの突起がついていた。巧妙に縄をからめて結び目を積み重ねたものだったが、大きな方の突起が男根に似せてあるのに気づいた蘭子の女陰の奥がヅキンと疼いた。

「さ、おとなしく股を開きな」鬼善は平然と命じた。

 固く目を閉ざして唇を噛み締めた蘭子は、ぴっちり閉じていたむちむちと白い太ももを少しずつ開いていった。

「あうっ! うっ、くくーっ」
 男根の形をした縄の突起を女の秘裂に挿し入れられた蘭子は、叫び声が口から(ほとばし)り出ようとするのを懸命にこらえた。

「そ、そんなところにも……。ああ……」
 菊花の蕾に似た入り口を持つ微肉の筒にもう一つの縄の突起を押し込まれた蘭子は、その異妖な刺激に眉をゆがめつつ、紅潮していた頬をさらに赤くした。

「どうだい、今夜の股縄の味は」

「つ、辛い……です」
 前の亀裂と後ろの穴の両方に異物を咥えさせられた蘭子の額にはもう脂汗が滲み出ていた。女陰の疼きが増し、女肉の花芯から蜜液が湧き出し始めていた。

「辛いだけかい?」

「は、恥ずかしいです……」

 耳たぶまで真っ赤に染めた蘭子を床に寝かせた鬼善は、蘭子の両肢の足首を一つに束ね、その縄尻を腰縄に仮止めしてあった縦縄につないだ。肢を動かせば股間が刺激される仕掛けである。
 蘭子は、昨夜にも増して淫靡で邪悪な縦縄に苛まれることになった。

                                    続く