鬼庭秀珍   呪縛の俘囚




      第六章 新たな呪縛









 後ろ手縛りの裸身を床に横たえている正木蘭子は、股間を縄で縦一文字に割られ、その縄にこしらえられた大小二つの突起を女陰と肛門に深く埋め込まれていた。
 その忌まわしい縄の突起が絶えず存在を主張して蘭子の心を(なぶ)る。両足首を縛った縄と股間に喰いこむ縦縄がつながっているために、折り曲げた肢の膝を少し伸ばすだけで女陰と肛門が刺激された。

 女の秘裂に潜り込んだ突起は花肉の襞を擦り上げて花芯を疼かせ、花唇近くで膨らみを増して鞘を脱ぎ始めた花肉の芽をいじめた。後ろの微肉の筒に埋没している突起は異妖に切ない感覚を掻き立てて胸縄に絞り出されている白い乳房を揺らした。
 必然、蘭子の意識は下腹部にそそがれ、股間が突起に刺激されないよう緊張を強いられる。が、その緊張の中にあっても花芯はズキズキ疼き続け、性の感情は昂ぶっていく。女陰の内部は蜜液で満たされ、花唇の外へと溢れ出て繊毛の茂みを濡らしていく。

「ああ……。だ、誰か……この縄を……、股の縄を……」
 ほどいてください、外してください、と哀願しても蘭子の願いを聞き届けてくれる者は誰もいない。悲痛な叫びは弱々しいつぶやきへと変わり、切ない喘ぎ声は哀しみを滲ませた嗚咽へと変わっていった。

 蘭子のからだの奥深いところで暗い紫色の炎がチロチロと燃えていた。その炎が次第にに勢いを増して鮮やかな青い炎に変わり、花芯を焼き焦がしていく。被虐官能の妖しい炎に哀しい女の肉を(あぶ)られた蘭子は、いつしか恍惚の表情を見せて昇りつめた。

 が、からだが弛緩(しかん)して肢の膝が伸びると股間に強い刺激が走り、朦朧としてきていた意識を呼び覚まされた。「ああっ、イヤっ!」と叫んだ蘭子は再び感情を昂ぶらせていった。

 ついに性も根も尽き果てた蘭子がボロ雑巾のようになって意識を遠のかせたのは、縄師鬼善こと鬼束善三による調教が始まって三日目の夜明けだった。




 朝七時過ぎに調教室を覗いた鬼善は、しどけなく眠りこけている蘭子の股間が蜜液でぐっしょり濡れているのを見て「ほう、ずいぶん気をやったようだな」と苦笑したが、肩で荒い息をしているのに気づいて「今たたき起こすのは少々酷か。もうしばらく眠らせといてやろう」と呟くと、そっと部屋から抜け出て行った。

 それから一時間あまりが経過してから、鬼善は改めて調教室に入ってきた。

「おい、いつまで寝てるんだ。さあ、起きた起きた!」

 量感溢れる尻をゆさゆさ揺すった鬼善は、「んん? むうっ」と薄く目を開けた蘭子の両肢を束ねていた縄をほどき、股間を緊め上げている縦縄を外した。

「今朝は身体を清める前にやっておくことがあるんだ。さ、立ちな」

 鬼善は、両手首を後ろに縛った縄の縄尻をグイッと引き上げた。足をよろめかせながら立ち上がった蘭子をベッドのそばまで連れて行くと、抱きかかえてベッドに載せた。

 まだ頭に濃い(かすみ)がかかっている蘭子は、仰向けにされて恥ずかしい股間を晒しても何の言葉も発せず、虚ろな視線を宙に漂わせていた。
 その蘭子の伸びやかな両肢を左右に大きく引き開いた鬼善は、足首を縄で縛ってベッドに固定し、蘭子の緊縛裸身に『人の字』を描かせた。そして股間に分け入り、恥丘を覆っている湿った繊毛を片手でつまみ上げ、もう片方の手に持ったハサミで刈り取り始めた。


 チョキッ、チョキッという金属が擦れ合う音を耳にして、蘭子の意識が覚醒した。

「お、鬼束さん。そこでなにを……」
「決まってるじゃねーか。あんたの下の毛を刈ってるのさ」
「な、なんてことを……」蘭子は愕然(がくぜん)とした。
「短く刈り揃えたら綺麗に剃り上げてやるよ」

「イヤっ! イヤです! やめてください! 鬼束さん、お願いします」
 蘭子は涙をポロポロこぼしながら訴えた。が、鬼善は素知らぬ顔でハサミをすすめた。

 まもなく恥毛を短く刈り終えた鬼善は、そこにシェービングフォームを吹き付け、ふっくら盛り上がった悩ましい女の恥丘を白い泡がくまなく覆うように塗り広げていった。

「ああっ、やめてっ! やめてください、後生ですから」

「ふ〜ん、後生ときたか。近頃はとんと耳にしねぇ良い言葉だ。さすが、武家の家系に生まれ育った()い女は(つか)う言葉も古風だぜ」
 ふふっと満足げな笑みを浮かべた鬼善は、剃刀(かみそり)を手にしていた。

「鬼束さん。これ以上わたしに恥ずかしい思いはさせないでください。お願いします。もう許してください」
 蘭子は再び懇願した。が、鬼善は馬耳東風の(てい)で片手を蘭子の恥丘に降ろした。

「ああっ!」鬼善の指先が白い泡に隠れた肉の花唇に触れ、蘭子の肉付きのいい太ももがブルルッと震えた。
「そ、そこは触らないで……ください」
 涙声で訴えた蘭子だったが、鬼善の指の動きは止まらない。
緩急をつけた巧みな指運びが次第に蘭子の官能を疼かせていった。


「はっ、はっ、はあっ、ああ……」
 まもなく蘭子の口から切なく熱い吐息が洩れて出た。その時、短く刈り揃えられた繊毛の茂みに剃刀の刃があたった。

「ああっ、イヤっ! お願いっ、剃らないでっ!」

 激しい狼狽(ろうばい)を示した蘭子の恥毛が、少しずつ、容赦なく剃りとられていく。鬼善は、泡にまみれた漆黒の繊毛が失せた剃り跡を指の腹で確かめながら黙々と剃刀をすすめた。蘭子は朱に染まった顔を左右に振り、わずかに動かせるムッチリと実った尻を白く揺さぶった。

「おい。動くと手元が狂うじゃねーか。大事なとこに傷がついても知らねーぞ」

 ハッと臀部を静止した蘭子は、縛り広げられた両肢の先を反り返らせた。あまりの恥辱に涙がこぼれ落ちて頬を伝った。まもなく蘭子は女の翳りをすっかり失った。

「ひ、(ひど)……。酷すぎるわ。どうしてわたしにこんなことまで……

「可愛いじゃねーか。まるで赤ん坊に戻ったみてぇだぜ」

 すっかり女の翳りを失った恥丘の中央に婀娜(あだ)っぽいピンクの縦筋が走っている。その切れ込みから小さな肉の柱がわずかに頭を覗かせていた。
 おやっと小首をかしげた鬼善の指先がそれを摘んだ。

「ああっ、だめっ! それはだめっ! そこは許してっ!」

 鬼善の指先がすっと秘裂の内部に潜り込む。すでに熱を帯びている粘膜をまさぐった。

「ああっ、あうっ!」
 紅潮した首が大きく仰け反った。耳たぶまで真っ赤に染めた蘭子は右に左に顔を傾け、恥ずかしさと口惜しさに悶え泣いた。




 屈辱の剃毛が終って両肢の縄をほどかれた蘭子は、後ろ手縛りのまま風呂場へ連れて行かれた。ボディシャンプーを吸い込ませたスポンジで全身を隈なく擦られ、浮き出た汚れと脂汗をシャワーで洗い流されてようやく縄の縛めから解放された。

 脱衣所でからだを拭い濡れた髪を乾かした蘭子は、鬼善の指示で長い髪を後ろに結い上げ、素っ裸のからだを小さく縮めて調教室に連れ戻されていった。

「それじゃ、昼までゆっくり休んでいな」
 部屋に入るなり予想外な言葉をかけた鬼善は、蘭子にバスタオルを一枚投げ与えて部屋から立ち去っていった。

 鬼善がドアの向こうへ消えるとすぐに、蘭子はバスタオルを胸に巻いて乳房と下腹部を覆い隠した。女の翳りを失った恥丘を目にしたくなかった。が、意識は自然にそこに引き寄せられた。剃り跡にスキンクリームを塗り込んだ鬼善のごつごつした指の感触が残っていたからである。

 縄師が生業(なりわい)だという鬼束善三は、蘭子を様々な形に縛り上げて羞恥心を(あお)り、辛く切なく恥ずかしい思いをさせた。
 その縄がけはどれもが緊縛感の強いものだったが、不思議に肌の痛みは軽かった。それが縄を操るプロの熟達した技なのだろうが、ある種の安心感を蘭子に抱かせたことも事実である。
 いや、それだけではなかった。鬼善が蘭子の柔肌にかけた縄は感情を昂ぶらせ、陶酔までさせた。蘭子は、鬼善が言った「肌身に縄の味を染み込ませる」という言葉の意味が何となく分かったような気がしていた。


(でもわたし、どうしてあの人の言いなりになってしまったのかしら?)

 その答えの一つは鬼善と二人きりになった直後にあった。鬼善に指先で軽く鳩尾(みぞおち)を突かれただけで蘭子は失神しかけた。心に強い恐怖感を植えつけられた蘭子には、唯々諾々と鬼善に従う他に道はなかった。

 しかし、今思い起こしてみると、鬼善は決して暴力を振るおうとはしなかったし、鋭い視線と凄みのある低い声で「俺に逆らえば痛い目に遭うぞ」と示唆しただけである。その無言の脅しに屈して蘭子は観念していた。
 反面、鬼善は蘭子を丁寧に扱った。思いがけない気遣いと心配りに鬼善の優しさを感じて、いつの間にか蘭子の心に鬼善への信頼感のようなものが芽生えていたのも事実だった。


 蘭子は、自分を震え上がらせた鬼善とホッとさせた鬼善の、どちらが本当の鬼善なのか判断がつかなかった。と同時に、何となく鬼善に好意を抱いてしまっている自分自身が解らなくなっていた。

 では、中井啓二はどうか……。

 鬼善は中井が「蘭子を手放したくない一念で臆病風に吹かれている」と言ったが、果たしてそうだろうか。
 蘭子が「肌身で縄の味を覚える」よう鬼善に依頼したのは他の誰でもない。中井本人だろう。そうだとすれば、中井が直接手を下したも同然である、鬼善は中井に代わって蘭子を縄責めしたに過ぎないのだから。


(これも中井さんの指示ね、きっと……)
 剃毛された女の恥丘をそっと指の腹で触った蘭子はそう思い、中井に対する憤りを覚えた。
 が、同時に、鬼善が中井について語った「幼い頃の体験がトラウマになっている」という言葉を思い出していた。

 しかし、中井はトラウマに起因する性癖を自ら蘭子に理解させようとせずに他人任せにした。 やはり「臆病風に吹かれている」のだろうか。

 そう考えた蘭子には中井の心中もまた理解できなかった。





 結論の出ない思考を堂々巡りさせているうちに壁時計が長針と短針を重ね合わせた。それとほぼ同時に姿を見せた鬼善は、両手に抱えたトレイに近くのコンビニで買ってきたらしいサンドウィッチと野菜サラダにミネラルウォーターのペットボトルを載せていた。

「うっかりして朝飯抜きにさせちまったな。ま、こいつをしっかり食って腹ごしらえしといてくれ」と言うと、鬼善は蘭子の前にトレイを置いて部屋から出て行った。
 鬼善の気遣いが嬉しく、蘭子は久々に顔をほころばせた。しかし、まもなくその美しく愛らしい笑顔はまた歪んで曇ることになる。

 小一時間の後に改めて部屋に入ってきた鬼善は、二本の柱の中央を指差して、そこに立つよう蘭子に指示をした。

 左右の手でそれぞれ胸乳と股間を隠して腰を上げた蘭子は、まだふらつく足をすすめて指示された位置に立ちすくんだ。
「両手を前に出しな」といつもの低い声で促がされて、蘭子は素直に胸乳と股間の茂みを覆っていた両手を揃えて前に差し出した。

 鬼善は、その両手首にキリキリ縄を巻いて前縛りにすると、余った縄を梁に渡した。垂れ下がった縄をつかんで徐々に引き下げ、「うっ! ああっ」とたたらを踏んだ蘭子の両腕の肘が伸び切るまで引き下げて縄止めした。
 蘭子は、女の恥部を隠せない恥ずかしさに頬を赤らめ、白く滑るような光沢を放つ伸びやかな下肢をからめるようにして肉づきのいい太ももを閉じ合わせた。

 続いて鬼善は、後ろに結い上げた長い髪の後れ毛が艶っぽいうなじに新しい縄をかけ、蘭子の上半身を菱の縄で飾っていった。根元の上下左右を縄にくびられて毬のように突っ張った真っ白い乳房がプルプル揺れて男心をそそったが、鬼善は意に介さずに黙々と縄がけを続けた。
 新しい縄で蘭子の右足首を縛ると、鬼善はその縄尻を柱の下部につなごうとした。

「ゆっくり縄を引っぱるから、少しずつ肢を開くんだ」

 今の蘭子には鬼善を信頼して任せるほかに道はない。蘭子は小さくうなずいて自ら右肢を開いていった。

 右足首を縛った縄を柱の下部につなぎ止めて蘭子の光沢のある伸びやかな右肢を斜めに引き開いた鬼善は、続いて左肢に取りかかった。
 左の足首を縛った縄がもう一方の柱につながれて左肢も斜めに引き開かれた。二本の柱の間に『人の字』の形に吊り縛られた蘭子の左右に大きく広げた足の
(かかと)が少し浮いていた。

 菱縄に絞り出されて艶々と輝く豊かな乳房、その頂上で恥ずかしげに赤く膨らんだ乳首、息をするたびに波打つ白く柔らかな腹部、絹糸のような繊毛の茂みを失った恥丘……。
 女の恥ずかしい部分を腋の下まですべてさらけ出した蘭子は、恥ずかしさに全身を朱に染めていった。
 しかし、縄がけはそれで終わった訳ではなかった。鬼善は、黄ばんだ白い縄を手にして蘭子の前に立った。


「そ、それでまた……

「ああ、股を縛らせてもらうぜ。こいつはずいき縄といってな、乾いた肥後(ひご)芋茎(ずいき)の細い繊維を()ってこしらえたものだ。こいつを股座(またぐら)に締めると何とも言えねーいい気分になるそうだぜ、天国に昇ったような気分に……

 鬼善が蘭子の鼻先にかざしたその縄にはすでに大小二つのコブがつくられていた。それを目にした蘭子は、さっと目を逸らして固く閉ざした。

 菱縄に飾られた蘭子のヘソの下に新たな縄をふた巻きした鬼善は、その縄にずいき縄をつないでさっと股間に引き下ろした。

「ひいっ!」
 蘭子は人の字に縛り吊られた全身をブルッと震わせ、ずいきのコブ縄が女陰に嵌め込まれるおぞましさに改めて下唇を噛み締めた。

「うっ、んんっ、あーっ」
 後ろの微肉の筒にもずいきのコブ縄を押し込まれて声を立てたが、今までと違って縄のコブがするっと筒の奥にもぐり込んだことに蘭子は驚きを感じた。自分の肉体が淫らな縄に馴染(なじ)んできているように思って心が慄えた。

 鬼善は、蘭子の心の(うち)にはお構いなしである。女が息づく股の前後にコブを深く埋め込み、尻の割れ目に沿って引き上げたずいき縄をぎゅーっと引き絞って腰の縄につなぎ止めた。

「ん……、あ……、んん……、ああ……」
 しばらくすると、呻きとも喘ぎともつかない断続的な吐息が蘭子の口から洩れ始めた。女陰に咥え込んだコブからずいきの成分が思いがけない速さで溶け出ていた。

「あ、ああーっ、あ……」
 花肉の内部に掻痒(そうよう)感が拡がっていく。たまらず蘭子は太ももを擦り合わせて(かゆ)みを鎮めようとしたが、両肢を縛り広げられていてはそれも出来ない。蘭子は鬼善にすがった。

「か、痒みを……。この痒みを……。鬼束さん、お願いです。な、なんとか……。なんとかしてください……」

 菱縄をまとった上半身を狂おしくよじる蘭子のかたわらに、「仕方ねーか」と腰をかがめた鬼善が股間を縦に割るずいき縄に指を差し込んで上下に引き動かした。

「ううっ! や、やめて! いえ、つづけてっ。つづけて……ください」

 ずいき縄を引き動かされているうちに蘭子の股間の痒みは少し薄らいだ。しかし、早くも下腹部は(しび)れ始めていた。

「う…。うっ、あ……。ああっ、はあーっ」

 ずいき縄を咥えている肉の花唇の奥深くでは甘い疼きが脈打ち、女肉の花芯から(おびただ)しい女の蜜が噴き出し、花唇の外へ溢れ出てき始めた。
 蘭子は、縄にくびられて前に突き出した乳房をマシュマロのようにプルプル揺らして荒い息をし、白く妖しい光沢のある太ももの内側の筋肉をブルブル痙攣させた。


「お、鬼束さん。お、お願いが……。お願いがあります」
「ん? 何だ、そのお願いってぇのは」
「わ、わたしの胸を……」
「おっぱいのことか?」
「は、はい。わたしの、お……。おっぱいを……揉んでください。お願いします」

 思いがけない言葉に驚いたような表情を見せた鬼善は、その顔を満足げな笑顔に変えて蘭子の背後に回り、後ろから抱くように手を伸ばして両乳房を手のひらに包んだ。

「こうか?」と鬼善の大きな手が根元を緊め上げられて張りを増した白い乳房を揉んだ。
「も、もっと……。もっと強く、揉んで……ください」
「よしよし、これでいいか?」

 指に力を込めた鬼善は、複雑な表情で蘭子の乳房を揉みしだいた。そして片手を降ろすと、女陰の花唇が咥えているずいき縄の一端をつまんで縄のコブの出し入れを続けた。




 蘭子は我を忘れ、切なさが胸をかき乱す被虐官能の(うず)(おぼ)れた。鬼善の手助けもあって、まもなく蘭子は感を極めた。
「ああっ、いいーっ!」と喜悦の声を上げた蘭子は、ガクッと首を前に折り、力が抜けた全身を梁に吊り縛られている両手首の縄にぶら下げた。
 それを見た鬼善は敏速に行動した。足首を柱につないだ縄をさっとほどき、梁にかけた縄を外して蘭子を床に降ろした。


 両手を前縛りにした縄もほどかれた蘭子は、クシャッと押しつぶされた紙のように前屈みにからだを縮め、「はぁー、はぁー、はぁー」と小さく丸めた肩を波打たせた。

 しかし、ここで躊躇(ちゅうちょ)する鬼善ではなかった。縮こまっている蘭子の両手を後ろに手繰って左右の手首を背中で重ね合わせ、再び縄をキリキリとかけた。華奢な両手を高手小手に縛り上げると、別の縄で膝と足首を縛り束ね、その縄尻を手首の縄につないで引き絞った。

「ううっ!」とようやく声を出した蘭子は、()まわしいずいき縄を股間に喰いこませたままで逆海老縛りにされていた。

「お、お願いです。し、下の縄を……。ま、股の縄を……外してださい」

 息も絶え絶えの体で訴えた蘭子を「そうはいかねぇなあ」と冷たく突き放した鬼善は、蘭子の口に豆絞りの手拭いで猿轡をした。
「うっ、ううっ」と呻いてすすり泣きを始めた蘭子に、鬼善は「嫌よ嫌よも好きのうちって言うぜ。まだしばらくはずいきの縄を(たの)しみな」と(うそぶ)いて部屋から姿を消した。

 蘭子は悲しかった。我が身が哀れだった。菱縄に絞り出された乳房が震えている。後ろ手高手小手に縛られた両手が喘いでいる。女の翳りを失い露わになった花唇がずいき縄のコブを咥えて涙を流している。
 蘭子は肌身を絡めとっている縄が恨めしかった。が、からだがその縄に甘えているような気がした。鬼善が巧妙にかけた縄は、蘭子に、からだだけでなく心までも縛られていることを改めて知覚させた。


 流れ出る涙をすすってしばらくすると、蘭子の女陰に再び掻痒感(そうようかん)が走りはじめた。

「だ、誰か! こ、この(かゆ)みを何とかしてっ!」
 必死に叫んだ蘭子だったが、その叫びは猿轡に阻まれて口の中にくぐもった。

「ああ、誰か、誰か助けてっ。な、何でも言う通りにするわっ。だから……、だからお願いっ。あたしを助けて……」
 猿轡に塞がれた口の中でうわ言のように繰り返す蘭子の哀しい叫びを余所に、非情な縄はまたも蘭子を被虐官能の渦に巻き込んでいった。




 初夏の太陽が山の端に沈み始めた頃、ようやく蘭子はおぞましいずいき縄を外され縄の縛めから解放された。その股間は溢れ出た女の蜜液でぐっしょり濡れていた。

 鬼善の指示で、蘭子はこの日二度目のシャワーを浴びた。が、股間の汚れを洗い落とそうと腰を降ろした時に思わず首を左右に振った。女の翳りを失った恥丘で花肉の唇が震えているのを直接目にしたからである。この上なく恥ずかしかった。

 口惜し涙で端整な白い頬を濡らしながら全身を清めた蘭子はバスタオルで胸から下を隠し、いつものように長い髪を後ろに結い上げて鬼善の背に従った。

 鬼善と差し向かってダイニングテーブルについた蘭子の、すべすべと丸い両肩がルームライトの明りに照り映え、バスタオルから覗く胸の谷間が艶めかしかった。
 この日の
夕餉(ゆうげ)は、鬼善がその料理の腕を振るって支度したものだった。幾分か緊張のほぐれた蘭子の舌を金目鯛の煮つけが唸らせ、旬野菜の天ぷらが切れ長で美しい目を細めさせた。蘭子は鬼善の心尽くしに感謝して皿や器の後片付けをした。

 リビングルームで休憩することを許された蘭子は、久し振りに窓の外を眺めた。そこにはいつかの夜と同じ光の海が広がっていた。

(あの日だわ、わたしがこんな思いをするきっかけになったのは……)

 初めて中井に縛られた夜を思い出した蘭子は、「一週間ほど、ここで一緒に過ごさないか?」と中井が唐突に言った時の胸の高まりを遠い過去のことのように感じた。あれからまだ十日が経っただけなのに今ここにいる自分が以前とは違う気がしてならなかった。

 赤や黄色の光が行き交う首都高速羽田線の向うにライトアップされたレインボーブリッジがくっきりと浮かび上がっている。その美しい光景に目を奪われているうちに小一時間が経過していた。

「物思いに沈んでいる美女の後ろ姿もなかなかいいもんだ」

 鬼善の低い声に、蘭子はハッと後ろを振り返った。その胸に巻いたバスタオルが無情にも剥ぎ取られ、パッと顔を赤らめた蘭子は左右の手で胸乳と股間を覆ってその場にしゃがみ込んだ。

「つくづく羞恥心の強い女だな、あんたって女は……。ま、そこが魅力でもあるけどな」と呟くように言った鬼善はきゅっと頬を引き締めた。

「休憩はお終いだ。さ、立ちな。立って両手を後ろに廻すんだ」

 きつい言葉の針に素肌を刺された蘭子は、おずおずとその場に立ち上がると、縄を手にした鬼善に背中を向けてしなやかな両手を静かに後ろへ廻していった。そして、自ら背中の中ほどに両手首を重ね合わせ、薄く目を閉じて鬼善の縄を待った。

 華奢な両手首をキリリと縛った鬼善は余った縄をくびれた腰に巻き緊めた。が、胸縄はかけずに、そのまま蘭子を調教室へと引いていった。そして、カーペットが敷きつめてある場所に蘭子を横座りにさせると、その真ん前に腰を降ろして蘭子の目を見据えた。

「あんた自身もそろそろ気がついてるんじゃねーのか?」
「…………」問い掛けの意味が分からず、蘭子は戸惑った。

「分からねーようだな、俺の言ってることが……。それじゃ、説明してやろう」
「はい、お願いします」と答えた蘭子は幾分か身を乗り出していた。

「あんたのからだは俺がかけた縄に感じてるんじゃねーのかってことさ」
「ま、まさか、そんなことが……」
「あるんだよ。縛られて恥ずかしい思いをして(よろこ)びを感じてるよ、あんたのからだは」
「そ、そんなこと、わたし……」
「違うと言いたいんだろ? だがな。口じゃ違うと幾ら言ってもからだは正直なもんさ」
「…………」蘭子は言葉に詰まった。

「人間てぇ生き物はな。誰でも心の奥底に被虐願望を隠し持ってるもんなんだ。当人も気づいていねーそいつを、俺みてぇに道を踏み外した者が引き出すってぇ訳さ」
「…………」蘭子は下唇を噛み締めてうつむいた。

「尻を叩かれて感じる女もいりゃ、首を絞められて気をやる女もいるが、あんたの場合は身も心も縛られることにからだが反応する。古風なところがあって教養の高い女によく見られる例だ。ま、この三日のことを思い出しながら、よーく考えてみな」

 鬼善はそう言い残して部屋を後にし、顔を上げた蘭子は視線を宙に漂わせた。すべすべと白い肩が小刻みに慄え、縄をまとわされていない二つの乳房が白く豊かに揺れた。

(縛られて悦びを感じる? 違うわ! わたし、そんな淫らな女じゃないわ!)
 混乱する頭の中で叫んだが、今一つ確信が持てないでいる自分を蘭子は(いぶか)しく思った。

(変だわ。わたし、どうかしたのかしら?)
 小首を傾けた蘭子は鬼善が言ったことを忘れたかった。が、それも難しい。忘れるためには眠る他にないと思った。

 蘭子は幼い頃の父と母の優しい眼差しや故郷の美しい風景を思い浮かべた。心が少しずつほぐれていく。幸いに女の急所を(さいな)んで眠りを(はば)む縦縄はかけられていない。蘭子は白磁のような輝きをもつ二肢を伸ばし、久し振りに安らかな眠りに落ちていった。

                                    続く