鬼庭秀珍   柔肌情炎


            第一章 けやき屋敷




               

 そこは、間接照明の灯りが隅々まで行きわたり、明るい光がとても柔らかだった。
 真新しい畳が敷き詰められた三十畳余りの和室は、息を吸うとすっと鼻に入りこむ井草の匂いが何とも香しい。床の間の花器には透けて見える薄茶色の葉と白い可憐な花をつけた山桜の枝が挿されており、その後方の壁には著名な絵師の手によると思われる枯山水の掛け軸と能面がかかっている。それらのすべてが落ち着いた『和』の雰囲気を演出している。


 この和室は、常日頃であれば家の主が夜更けまで一人ゆったりと寛ぐ空間なのだが、この夜ばかりは異妖な緊張感が漂っていた。
 部屋の中央に淡い茶と白の格子縞が入った黄八丈の着物と薄紅桜の花びらを型抜きした濃紺の帯が折り重なって弧を描いている。しかも弧の中には、白衿のかかった水色綸子の艶めかしい長襦袢姿の女が一人、頬を桜色に染めて立ちすくんでいた。
 
年齢(とし)の頃は三十歳前後か――。
 長い黒髪をふっくらと後ろに結い上げた女の肢体は、着衣の上からも見事に均整が取れていることが分かる。衿元に覗く肌は象牙のように肌理(きめ)が細かく、透けるように白い。その姿から艶やかな女の色香が匂い立っている。しかし、(おも)(だか)瓜実(うりざね)顔の端正な頬には(かげ)りが射し、二重瞼の切れ長な眼にそこはかとない哀しみが宿っていた。

 美しくも(はかな)げな風情をたたえた女を、大島紬の着物に身を包んで床の間を背に胡坐(あぐら)を掻いている男が先ほどからジッと見つめている。どう見ても女とは親子ほど歳が離れているその男は、贅肉(ぜいにく)が突き出た腹を片方の手で撫でながら脂ぎった顔の真ん中で細い眼を血走らせていた。
 まもなく男が口を開いて女に何かを命じた。

 うな垂れていた女は、慎ましやかな口を真一文字に結ぶと白く震える繊細な指で伊達巻きをほどき落とし、腰紐も抜き落とした。そして、その手を胸前に戻して長襦袢と肌襦袢の衿を重ねてつかんだ時、女は瞬時の逡巡(しゅんじゅん)を見せた。が、口中に溜まった唾を飲み下すように白い喉首を震わせるとつかんだ衿を後ろにずらし、奥歯を噛み締めながら両手をすっと横に降ろした。
 水色と純白の布が重なり合ってしなやかな背中を滑り落ちていく。その艶っぽい布地がふわっと畳に達する前に、女は露わになった真っ白い二つの乳房を両手で覆い隠し、薄く眼を閉ざして畳に膝を突いた。
 薄藤色の湯文字一枚になった女は、震える肌身を前屈みに小さく縮め、今にも消え入りそうな風情を示した。男の食い入るような視線を避けて背を向け、さも恥ずかしげに顔をうつむけに隠している。優美に丸まった背中が滑るように艶やかな白い光を放ち、うな垂れた首の後ろでほつれ毛を数本貼りつかせたうなじが桜色に染まっていた。



 その昔、江戸城の北方を流れる千川のほとりで幕府医事方が営んでいた薬草園の一角に庶民を対象とした無料医療所があった。徳川宗家以外から初めての将軍となった八代吉宗が開かせた『小石川養生所』である。当時の江戸は農村などからの流入によって人口が急増し、困窮者が下層民として一群を形成するなどして治安が著しく乱れた時期でもあり、それら下層民対策の一つとして設けたものだった。
 三百年近い時を隔てた今日の小石川近辺は、大学や各種学校のキャンパスが密集していて、さながら学園都市の様相を呈している。しかし、目抜き通りから奥へ一歩足を踏み込むと景観が一変する。幸いにして太平洋戦争末期のB29爆撃機による空襲から免れたこのあたりには今も江戸の情緒を色濃く残している家並みが残っており、昔日の光と陰を想起させてくれる。陽光の下での陰影の細かさがその印象を深くさせるのだが、夜の帳が降りるとあたりをすっぽり包みこむ闇にも江戸の香りが漂っているようである。

 この地に旧くから住んでいる人たちは、江戸期の庶民がそうであったように、総じて花見好きである。が、この日は朝方から降り始めた強い雨で満開の桜が無残に散り、彼らをがっかりさせていた。
 その恨み雨も夕暮れ前にあがり、星のまたたきがいつになく
(まぶ)しい。小石川一帯は夜気が冷たく澄みわたって、軒を並べる家々が蒼みを帯びた輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。
 雨上がりの夜は驚くほど透明な光景を見せてくれる。見上げた漆黒のカンバスを上弦の月が静かに中天へと向かい、月明かりが降り注ぐアスファルト道路が青白くキラめいている。が、人影はない。まだ(よい)の口なのにあたりは深閑(しんかん)としていた。
 時折り群からはぐれたらしい(からす)の鳴き声が物悲しく響く中、突如として、団欒(だんらん)時にあった誰もが思わず両手で耳を塞いだほどの轟音を伴う風が巻き上がった。通りに沿って吹き抜けたつむじ風は路端に積もっていた花弁と濡れ落ち葉を引き剥がして宙に舞わせ、通りに面する屋敷の正門脇で威容を示しているけやきの大木が不意に横っ面を張られた女が髪を振り乱すように枝葉を揺らして騒ぎ立てた。

 樹齢三百年と伝えられる大けやきが母屋の鬼門に(そび)え立つ屋敷のことを土地の人たちは『けやき屋敷』と呼んでいる。
 千坪近い敷地全体を背の高い築地塀が取り囲んでいるこの屋敷は、江戸時代後期に村の庄屋が建てたもので、古六間取りの構えに広縁を巡らせた建坪二百坪余りの堅固な母屋と二つの大きな土蔵が建っており、往時の
名残(なごり)をとどめている。
 しかし、明治・大正・昭和と時代が移り行く中でこの屋敷の主も替わり、先の戦争後は
闇市(やみいち)でぼろ儲けをした八名(やな)()(すなお)の持ち物になった。それまでの無理がたたって病がちになった彼は屋敷の一角で質屋を営んでいたが、第一次石油危機の年に糟糠(そうこう)の妻を失い、彼自身も昭和天皇崩御の直後に病没して、屋敷は一人息子の(いわお)が引き継いでいた。


 まもなく大けやきの風鳴きは止んだ。しかし、再び静けさを取り戻した『けやき屋敷』の奥まった場所では、今まさに落花無残な淫風が吹き荒れようとしていた。





                


「いらっしゃいませっ」


 若い女の涼やかな声が明るく弾んで店の入り口に向かい、杖を片手に立つ和服姿の老人を迎えた。年輪を重ねた古木を想起させるような印象の老人は、何年か前に卒寿(八十歳)の祝いを済ませたと思しき年齢である。孫のような青年が付き添っていた。

「ようこそおいでくださいました。本日はわざわざのお運び、ありがとうございます」


 帳場をさっと飛び出した着物姿の若い女が老人に向かって来店の礼を述べながら深々と頭を下げた。その彼女に、矍鑠(かくしゃく)とした老人は孫娘を愛しむような笑みを投げかけた。

「二年ぶりになるのかな? ずいぶん無沙汰をしてしまったね」

「何をおっしゃいますやら。ご隠居様がいつも気にかけてくださっていることはよく存じ上げております。わたくしどもがこうして商いが出来ますのも、ご隠居様はじめ御一統様のご厚意があればこそでございます。お礼の言葉もございません」

(まゆ)()さん、立派な、いい若女将になったなあ。それにますます綺麗になった」

「あら、イヤですわ、おからかいになって……」
 繭美という名前らしい若女将はポッと桜色に染まった頬に手をあてて恥らった。

「いや、わしの目に狂いはない。この孫の嫁に欲しいぐらいじゃよ」
 老人は付き添いの青年を振り返り、おどけた表情で片目をつむって見せた。まだ二十歳そこそこと思われる青年は、若女将同様に頬を赤く染めてうつむいた。

「お手伝いさんからお二人のご来店をご連絡いただいた時は本当に嬉しうございました。調理長の木下も腕によりをかけて調理させていただくと、張り切っております。そうそう、ご隠居様がお好きな(きち)()のお煮付けもご用意させていただきました」

「ほう、吉次をな。これは愉しみじゃ」

「それではご隠居様。お部屋の方へご案内させていただきますので、ごゆっくりお(くつろ)ぎくださいませ」

 時は二年遡り、ところは神楽坂。小石川から南へ直線距離で一キロ余り下った場所に広がる坂の町である。江戸時代に太田(おおた)(しょく)山人(さんじん)が暮らし、明治期には尾崎(おざき)紅葉(こうよう)(いずみ)鏡花(きょうか)が住んだ粋人好みの土地で、大正時代には花街として隆盛を誇った。

 歴史の香りがするこの町も、以前は坂沿いに呉服屋・履物屋・瀬戸物屋・和菓子屋などの『和』を想起させる店が立ち並んでいたが、近年はコンビニやファストフード店などが進出して、昔ながらの老舗は急速に減少しつつある。周辺の住宅街でも次々にマンションが建設されて昔の風情が失われていっている。とはいえ、表通りから一歩入った静かな路地には古くからの料亭や名のある小料理屋などがまだ幾つも散見される。
 その神楽坂の、今ではここにしか残っていない花街特有の路地近くに、ひと際歴史を感じさせる(たたず)まいの小料理屋があった。大正初期に創業した『はなむら』がそれである。

 老舗小料理屋『はなむら』は、贔屓(ひいき)の客からその腕と人柄を見込まれて土地を提供された花村喜(はなむらき)(すけ)がこの地に暖簾を掲げて以来、四代に亘って「心のこもった料理を出来るだけ安く提供する」ことに専念し、客が気軽に足を運べる小料理屋として商いを続けてきた。
 店内は、入り口に近いところが四人掛けの椅子席六つとカウンター席になっており、その奥の手洗い所への通路を挟んで右に少人数用の座敷席が三つと左に十二、三人が宴会を出来る座敷が一つ設けてあった。比較的小じんまりした店構えだが、ネタの新鮮さと味つけの良さには定評があり、常連客も馴染み客も多く、経営は至って順調だった。

 ところが、一九九〇年代初頭にバブル経済が弾けてからは、さすがにやり繰りが苦しくなった。大口顧客の多くが郊外に事務所を移転し、旧くからの個人客も老境に入るとともに足が遠のき、売上げが減少の一途を辿るようになっていた。
 こんな時、「和の達人」と評されていた四代目主人の
花村(はなむら)良作(りょうさく)なら比較的安価な食材に様々な工夫を凝らしたはずであるが、その良作は不運にも七年前、築地市場からの帰りに他人が起こした交通事故に巻き込まれて他界していた。
 以来、良作の片腕だった
立板(たていた)の木下善一が調理場を預かっているが、腕は確かでも良作ほどの工夫はできないからどうしても食材費が嵩んだ。結果、料理の味と店の態勢を保つための借入金が次第に膨らんできていた。

 しかも良作の三回忌を終えた翌年の秋口に、今度は女将の花村(はなむら)雅代(まさよ)が脳梗塞で倒れた。その母に代わって、今は一人娘の(まゆ)()が若女将として店を切り盛りしている。しかし、お嬢さん育ちでは接客を無難にこなすのが精一杯である。にも関わらず資金繰りの心配までしなくてはならない。それも病院でリハビリ生活をしている母を(わずら)わせずに、であった。

 若女将になった二十四歳の春から今日までの三年間、繭美には恋をする(いとま)も心の余裕もなかった。父親譲りの気丈さで客や従業員の前では笑顔を振りまいているものの、一人になると美しい眉の間に皺を寄せる日々が続いていた。しかも、この月末には、期日が到来する手形の合計約九百万円を無事に落とせなければ、不渡りとなって銀行との取引に支障が生じる。食材の仕入れにも影響が出るのは明らかだった。





               


 花村繭美が当面の金策に頭を痛めていた丁度その頃だった、常連客の八名瀬巌から繭美に電話が入ったのは……。

「若女将。おたくの店のことで折り入って話しておきたいことがあるんだが、二人だけで会える時間を一時間ほどとってくれませんかな」

 慇懃(いんぎん)にそう切り出した八名瀬は、繭美が若女将になった直後から足繁く通ってくるようになった常連客の一人である。『はなむら』のある神楽坂とは目と鼻の先の飯田橋で商工ローン会社を経営しており、幹部社員を連れてちょくちょく夕食を楽しみにやってくる。会社の祝い事や同業仲間の会合に使ってくれるので、店に落としてくれる額も多く金払いもいい。が、一人で来店した折にはいつも、着物の内側を覗き見るようなねっとりした視線を向けてくるこの初老の客を繭美はあまり快く思っていなかった。

「他のお客様の手前もございますし、二人だけでお会いするというのはどうも……」
 繭美はやんわりと八名瀬の申し出を拒絶した。が、八名瀬は一向に引き下がる気配を見せないばかりか、遠まわしに(おど)すような言葉を口にした。

「いいのかな、若女将。このところ『はなむら』は金のやり繰りに困っているようだが」

「だ、誰がそんなことを……」

「噂ですよ、う・わ・さ」

 繭美は背筋が凍っていくのを覚えた。八名瀬の話が本当なら長年築き上げてきた店の信用は一気に失墜する。が、ここで弱みを見せてはならない。繭美は精一杯虚勢を張った。

「八名瀬さん。そんな根も葉もない噂を信じていらっしゃるんですか?」

「根も葉もない? 果たしてそうかな。火の無いところに煙は立たないと言うからね」

「…………」繭美は言葉を返せなかった。胸が高鳴り、喉が詰まっていた。

「噂を小耳に挟んだものだから心配になってね。私なりにあちこち調べてみたんだ。すると蛇の道は蛇というか、すぐに(あた)りがあった。ひと月ほど前におたくが振り出した手形を買い取った私の同業者がいたんだよ」

「ええっ! ど、どうしてそんなことが……」
 耳を疑うような思いがけない八名瀬の言葉が繭美の胸を締めつけた。

「仲買さんたちも不景気の(あお)りを食っているからねえ。手形の期日前に金が必要になったのじゃないかな。とにかく電話じゃこれ以上詳しく話す訳にもいかんから、一度二人で会うことにしませんかな。明後日の午後二時に飯田橋駅前の純喫茶Sでどうです?」

「…………」繭美は口をつぐんで逡巡した。

「どうしたんだ、若女将? 聞こえているなら返事をしてくれないか。二人だけで会うのが嫌だと言うのなら、それも仕方がない。私としては手を引けばそれで済むことだからね」
 八名瀬は、じんわりと真綿で首を締めるように繭美を追い込んできた。

 予想外のことが繭美の知らないところで進行している。ただ一人、その詳細を知っている八名瀬の申し出を断れる状況ではなかった。
 繭美にとってわずかに救いと思われたのは、八名瀬に指定された時刻は昼過ぎであり、場所は繭美もよく知っている喫茶店であることだけだった。

「わかりました。お伺いします」
 か細い声で答えて受話器を置いた繭美は、やりきれない思いに深いため息を吐いた。





               


 約束の日の午後二時前――。
 花村繭美が指定された純喫茶に顔を覗かせると、先に着いていた八名瀬巌は店の一番奥の割合人目が届きにくい席で待っていた。

「よく来てくれたね、若女将。しかし、若い女性と待ち合わせるというのは何だか面映(おもはゆ)いものだねえ、あははははは……」
 青二才だった頃の自分を思い出したよ、と満面に笑みを浮かべた八名瀬は饒舌(じょうぜつ)だった。面白おかしい話をして繭美の緊張を解こうとする。が、繭美の緊張はほぐれなかった。

「八名瀬さん。早速で申し訳ありませんが、先日お話のあった同業の方の件は……」

「ああ、あれなら心配いらないよ、私の手元に移しておいたから」

「えっ、八名瀬さんのお手元にって、どういうことでしょうか?」

「放っておくと危ないと思ったから、私が買い取っておいた。だから若女将、もう心配はいらないよ、私には『はなむら』の手形を換金するつもりはないからね」

「そうでしたか。ご配慮、大変ありがとうございました」

 深々と頭を下げてホッと胸を撫で下ろした繭美だったが、馴染みの常連客であるとはいえ、八名瀬も高利貸の一人である。これからどんな無理難題が吹きかけられるか判ったものではない。繭美は心の(うち)で身構えた。

「そうそう、あれから調べを広げてみたら、この月末に期日が来る手形が八枚あって、その総額が約九百万円だということが分かったんだが、若女将、間違いはないかな」

 繭美は八名瀬の情報収集力に内心舌を巻いた。枚数も金額もその通りである。この男に嘘は通用しないと繭美は思った。
「はい、八名瀬さんがお調べになった通りで間違いございません」

「そうか、それなら良かった。漏れがあると大変だからねえ。ところで若女将、決済する金の支度は済んでいるのかね」

「はあ、それが……。まだ全部は……」
 繭美は思い切って資金繰りの実情をありのままに話した。

「よく話してくれたねえ、若女将。この八名瀬巌も『はなむら』の若女将に信用されているということだな。嬉しいねえ、三年も通い詰めた甲斐があったよ」
 八名瀬が初めて『はなむら』の暖簾をくぐったのは三年前の春、東京大学を中退して板前をしていたことがあるという、一風変わった経歴を持つ秘書の吉村(よしむら)達也(たつや)に薦められたとのことだった。

「それから若女将。私なりの手助けをと思って、八枚の手形は全部買い取っておいたよ」

「えっ、八名瀬さん。今、何とおっしゃったんですか?」

「月末に期限が来る手形はすべて私の手元に移ったということだ。だから、もう金のやり繰りは心配しなくていい」

「でも、わたしどもには担保も何も差し出すことが……」

「何を言っているんだい。私はね、若女将を信用して貸すのだから担保は必要ない。一つだけ確認させてくれればそれで充分だ」

「はあ、その一つというのは何なのでしょうか?」

「若女将。あんたには、何としても『はなむら』の暖簾を守り抜く気概(きがい)があるのかな」

「はい。いつもその覚悟でいます」

「なるほど。少々大袈裟な言い方だが、例えば、我が身を投げ打ってでも暖簾を守り抜いて見せると言い切れるかね」

「勿論です。代々受け継いできた暖簾をわたしが降ろすようなことは出来ません」

「よしっ、それならこの八名瀬があんたの力にならせてもらおう。これからは大船に乗った気持ちで『はなむら』を繁盛させることだけを考えればいい。な〜に、返済のことは店が立ち直ってからのことだ」
 八名瀬は、いつも鋭い光を放っている細い目の瞳を和らげて優しい言葉を付け加えた。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 繭美は八名瀬に向かって深々と頭を垂れた。

 一週間後、期日未到来の手形もすべて買い集めたと、八名瀬から電話連絡があった。その結果、八名瀬の手元に移った手形の総額は一千六百万円にのぼった。


                                                         つづく