鬼庭秀珍   柔肌情炎


               第八章 宴のあと




               


 大正初期の創業以来代々のオーナー板前が客の舌を唸らせてきた小料理屋『はなむら』も、四代目の
花村(はなむら)良作(りょうさく)が不運にも交通事故に巻き込まれて他界してからは、バブル経済が弾けたこともあって、経営状態が思わしくなかった。
 その『はなむら』を一人娘の(まゆ)()が若女将として切り盛りするようになったのは、今から五年前、彼女が二十四歳の時だった。女将として暖簾を守ってきた母の雅代が、積み重なる心労が引鉄(ひきがね)になったのか、(のう)梗塞(こうそく)を起こして半身不随に陥ってからだった。
 笑顔を絶やさず先頭に立ってまめまめしく働く繭美に従業員も協力を惜しまなかった。しかし、長引く不況で業績は改善せず、資金繰りに苦労する状態が続いた。

 そして二年前の春、倒産の危機に見舞われた時に手を差し伸べてきたのが高利貸の
八名(やな)()(いわお)だった。しかし、八名瀬は裸に剥いた女を縄で縛り上げて(もてあそ)ぶことを好む緊縛(きんばく)嗜虐(しぎゃく)者だった。繭美の美貌と見事に均整の取れたしなやかな肢体に狙いをつけた八名瀬は、二年もの間、張り巡らせた罠をじわじわと狭めながら期が熟するのを待っていたのである。
 繭美が八名瀬の卑劣な企みを悟った時には、すでに逃げ道は閉ざされていた。満開の桜が散る中を小石川の『けやき屋敷』へ向かった繭美は、口惜し涙を流しながら着衣を脱ぎ落とし、素肌をきつく縛める縄目の恥辱に耐えなければならなかった。


 それから半年が経ち、空が抜けるように晴れ上がった秋の日の夕刻に、繭美は砂を噛む思いで再び『けやき屋敷』を訪れた。ところが今回は八名瀬だけではなく、恵俊和尚という緊縛嗜虐にとり()かれた破戒坊主までが待ち受けていた。そして、以前にもまして厳しい縄がけと執拗な(はだ)(なぶ)りに(しん)(ぎん)させられ、女の最も敏感な女肉の花芽と二つの乳首を麻糸で縛りつなぐという残酷な責めにのた打ち回らされたのだった。

 非情な麻縄以外は糸くず一つ身にまとわぬ繭美を情け容赦なく色責めにかけた鬼の饗宴が終り、淫らな宴の場となった北蔵には静けさが戻っていた。が、妖しい熱気の残滓(ざんし)が土蔵内部の中空を漂っている。
 仏に仕える者とは思えない
酷薄(こくはく)さを示した恵俊和尚はすでに大久保剛が運転する車に満悦顔で乗り込んで『けやき屋敷』を後にしていた。

 離れの自室に戻った吉村達也は、ベッドに仰向けになってジッと天井を見つめていた。
 大恩ある八名瀬の命令だったとはいえ、密かに恋心を抱いてきた花村繭美への淫らな責めに手を貸したことが悔やまれてならなかった。良心の呵責(かしゃく)(さいな)まれ、痛みに疼く胸を両手で()(むし)った。が、その手には初めて触れた繭美の肌の感触が残っている。しっとり甘かった唇とからみ返してきた柔らかな舌の動きが脳髄を痺れさせたことが今もまだ生々しい。彼の頭の中では、理性と欲情が激しい火花を散らして戦っていた。

 一方、八名瀬の姿はまだ土蔵の中にあった。
 還暦間近ながら体力には自信を持っている八名瀬も贅肉(ぜいにく)膨れの脂ぎった顔が幾分かやつれていた。その八名瀬が見つめている畳舞台の布団の上には、(なぶ)り抜かれて疲労(ひろう)困憊(こんぱい)した裸身を横たえている。半ば放心状態だった。

 恵俊和尚愛用の細引き縄による厳しい縛めからは解放されていたものの、長時間にわたって縛られていた繭美の全身は痺れていた。肌理細やかな雪白の肌には縄に刻まれた痕がくっきりと浮かび上がり、その縄痕が今も繭美の裸身を縛り上げている。しかも、からだの芯では被虐官能の妖しい炎がいまだにチロチロと燃えており、弱くなったものの秘裂の奥の疼きも治まってはいなかった。

(わたし……、とうとうここまで堕ちてしまった……)

 後ろ手に緊縛されたまま男を受け容れて気をやり、逆さ吊り状態で男のものをしゃぶり続けた。その自分と情欲に狂った獣のどこが違うというのだろうか、と繭美は自問した。
 無理やり強いられてのことなのだ、他にどうしようもなかったのだ、とその問いに答えてもどこかしっくりしない。むしろ、半年前に八名瀬が見透かしたように言ったことの方が的を射ているようにさえ思えた。


「あんたの心の奥底には、縄で縛られると燃えてくる被虐の性がひそんでる。縄に自由を奪われて、切なく哀しい思いをすればするほどからだの芯が熱くなってくるんだ」

 何度も否定し振り払おうとしてきたその言葉が現実として迫ってくる。そう思ったのと同時に、繭美の女陰の奥がピクンと脈を打った。
 花肉の芯の疼きが強まり秘裂の内部に女の密が滲み出てくるのを感じた繭美は、恥ずかしい箇所を隠すように折り曲げていた裸身を更に小さく丸めた。

 その繭美のそばに膝を突いた八名瀬は一本の麻縄を手にしていた。

「湯にでも浸かってからだを清めるとしようか」

 そう言って繭美を抱き起こした八名瀬は、痺れの残る繭美の両手を後ろに手繰って背中の中ほどに左右の手首を重ね合わせ、使い慣れた麻縄をキリッとかけた。
 華奢な両手首をかっちり縛ると、縄痕が痛々しい二の腕にかけるのをやめて縄を腋の下から前に廻し、胴を巻き緊めながら乳房の上下にヒシヒシと喰い込ませていった。

 またも後ろ手に縛られ胸縄をかけられていく間、繭美はただうな垂れているだけで呻き声ひとつ立てなかった。次第に高まっていく花芯の疼きに意識をとられていた。

 八名瀬は、背中に戻した縄を両手首の縄に通すとグイッと上に持ち上げ、背中に束ねた繭美の両手が高手小手の形になるようにして縄止めした。そして、長く余った縄尻をくるくると片手に巻いて短くし、しっかり握った。

「さ、立つんだ」と縄尻を引き上げられ、繭美は「ああっ!」と前にのめった。
 乳房の上下を緊め上げている縄がギリッと柔肌を噛む。

「ううっ!」と顔をゆがめた繭美は、下唇を噛み締め腰をよろめかせながらその場に立ち上がると、八名瀬を振り返ってさも恨めしげな眼差しで見つめた。
 その表情は、無体な扱いをする八名瀬を
(とが)めている風ではなく、むしろ素肌にきつく喰いこむ縄に甘く感応しているような、妖しく美しい表情をしていた。

 余りに妖艶な表情に魅入られた八名瀬は、胸の奥に何やらざわめくものを感じて思わず目を逸らした。が、すぐに視線を戻し、「さ、風呂場へ行こう」と繭美の背中を押した。

 疲れ切った足を弱々しく踏み出した繭美だったが、汗と脂にまみれた緊縛裸身を揺らしながら歩をすすめるにつれて両肢に元の感覚が戻ってきた。と同時に膝に重さを感じた。
 しなやかな両手がX字を描いている背中を八名瀬に小突かれながら階段を昇り、架橋に足を踏み入れて北蔵を後にするとなぜかホッとした。
 南蔵の屋根裏から階段を降って廊下に立つと、しばらく前まで淫らで過酷な責めを受けていたことが夢の中での出来事だったように思えた。
 しかし、今も繭美を後ろ手に縛り上げている縄があれは現実だったのだと告げ、膝がさらに重くなるのを感じた。

 廊下を歩む途中で、繭美は足をもつれさせて床に倒れかかった。が、縄尻をグッと持ち上げた八名瀬にからだを支えられ、かろうじて横転は免れた。改めて重い膝に力を込めた繭美は、足許を見つめながら一歩一歩、廊下の板床を踏みしめていった。

 夜がすっかり更けた今、座敷造りになっている南蔵の廊下は所々に小さな足元灯が点っているだけである。すでに立てかけられている分厚い板の雨戸が古色蒼然とした板壁に見え、闇の天空から降りてきているように感じた。その薄暗い廊下を、繭美は母屋へと追い立てられていった。





               


 南蔵と母屋をつなぐ渡り廊下にさしかかると、小屋根の(ひさし)に蒼白く輝く月が見え隠れしているのに繭美は目を惹かれた。足運びが覚束ないせいで縄に縛められた上半身が左右に揺れているからなのだが、満ちかけているその月がなにやら物悲しい顔をして自分の哀れな姿をチラチラと覗き見ているような気がした。
 と、その時、頭の中を漂っていた(もや)がすうーっと消えていき、繭美は現実に立ち戻った。途端に強い羞恥心に駆られた繭美はその場に腰を落とし、片膝を立てて女の秘所を隠すと、後ろ手に縛られている裸身を前屈みに縮めた。

「おいおい、突然座り込んで、一体どうしたっていうんだ?」
 と、訝しげに顔を覗き込む八名瀬を繭美は見上げた。

「八名瀬さん。せめて、腰につけるものを何かいただけませんでしょうか」
 すがるような眼差しで頼んだ繭美の頬は赤らんでいた。
 八名瀬はニヤリとした。


「何を言い出すのかと思ったらそんなことか。若女将、しかし、あんたの頼みを聞き届けてやりたくても、ここには何もないしなあ」
 思案顔をして見せた八名瀬が脂ぎった顔の真ん中で細い目をキラッと光らせた。

「そうだ、これがあったな」

 片手に巻いていた長い縄を繭美の目の前にパラリと垂らした八名瀬は、卑猥な笑みを浮かべて繭美の股間を覗き込むように首を伸ばした。

「い、今のことは、忘れてください。わたし、こ、このままでいいですから」

 慌てた繭美は立てていた片膝を内に倒して真っ白い太ももで股間を覆った。そのむちむちと白い太ももにねっとりした視線を向けた八名瀬が動揺している繭美を言葉で(なぶ)る。

「そうかねえ。何かで恥ずかしいところを隠したいんだろう?」

「ほ、本当ですっ。本当にこのままでいいんですっ」

「若女将、遠慮は無用だ。まあ、私に任せなさい」
 おためごかしを言った八名瀬は、ずんぐりむっくりな体躯に似合わず敏捷(びんしょう)に動いた。

 嫌がる繭美のくびれた腰に縄をさっと巻きつけると一旦腰の後ろで結び止め、まだ長さに余裕のある縄の中ほどに大きな縄のコブをこしらえた。そして、両手首を縛った縄を持ち上げて繭美を中腰にさせ、その股間に後ろからコブつき縄を通して前に引き上げた。

「あっ、イヤっ。やめてっ!」

 激しく狼狽する繭美の女陰に縄のコブを埋め込んだ八名瀬は、縄尻を引き絞るようにして持ち上げると、縦型に形良く窪んだヘソのあたりで繭美の細腰をくびっている縄にからめて固く結び止めた。

「うっ、ううっ」と縄のコブの喰い込みに顔をゆがめた繭美はその場に屈みこんだ。股間を縦に割って女陰に喰いこむ淫靡な縄のおぞましさに、繭美の心は悲鳴を上げた。

「お、お願いです。こ、この縄を……外してください。お願いします……」

 懇願する繭美の女陰の奥で花肉の芯の脈動が急速に強まってきていた。無意識に腰を揺する繭美を見つめて、八名瀬は下卑(げび)た笑みを浮かべている。

「ぴったりだ。丁度いい長さに余ってたもんだな」

 そう呟いた八名瀬は、繭美の顔を覗き込んで白々しい言葉を吐いた。「しかし、若女将。あんたの頼みを聞いて腰につけてやったものを、外してくれ、ほどいてくれと、我が儘を言ってはいかんよ」

「うっ。わ、わたしが……ううっ、お願いしたのは……ううっ、こ、こんな……」

(なわ)(ふんどし)なんかじゃないと言いたいんだろうが、ここには他に何もないんだから仕方ないじゃないか。我慢しなさい」

「イ、イヤっ。こ、こんなこと……。ううっ。も、もう……イジメるのはやめてっ。うっ、ゆ、許して……」

 繭美は顔を左右に振り、後ろ手に縛られてい裸身をよじって、その身の辛さを訴えた。しかし、八名瀬は素知らぬ顔をしている。

「ああ……」
 天を仰いだ繭美は、股間に喰いこむ縄を少しでもゆるめようと、白く柔らかな腹をへこませたり太ももを少しずらしたりした。その度に切ない呻き声が洩れた。

 八名瀬は、額に脂汗を滲ませ始めた繭美の身悶えを愉しんでいる。目尻が上がった細いキツネ目に嗜虐の悦びを色濃く浮かべて舌なめずりをした。が、まもなく繭美のそばにすっと寄ると耳元で囁くように言った。

「若女将。いつまでここでそうしてるつもりなんだ? 私を困らせたいのか?」

「…………」繭美は返事をしない。いや、出来なかった。

 その繭美の臀部に片手を伸ばした八名瀬は、豊かな白い双丘の狭間を縦に走っている縄をつかんでいきなりグイッと持ち上げた。

「ひいーっ!」という悲鳴と同時に繭美は立ち上がっていた。
 秘裂の中にもぐり込んでいる縄のコブが花肉の芽をこすり上げ、その強い刺激に繭美の足腰が反射的に動いたからである。
 その反応にニヤリとした八名瀬が繰り返し縦縄を持ち上げながら更に言葉で嬲る。

「若女将。我がままを言っているとこういう目に遭うんだよ。どうだ? 辛いか? それとも気持ちがいいか?」

「ひっ。ううっ。や、やめてっ。ああっ。や、やめてください。うっ。お、お願いです。も、もう……我がままは、言いませんから……か、堪忍してください」

 端整な頬を紅潮させた繭美は切ない涙が滲む茶褐色の美しい双眸で八名瀬を見上げた。その顎に片手をかけた八名瀬が視線を交えてねめつける。

「今の言葉を忘れないことだ、若女将」
 分かったなと目顔で念を押した八名瀬は、繭美の首が小刻みにカクカクと縦に揺れるのを見てようやく手の動きを止め、繭美の肩を軽く叩いた。

「風呂場に着いたらすぐ外してやるから、それまでの我慢だ。それじゃ、行こうか」

 下唇を噛んで立ち上がった繭美は涙に濡れた顔を伏せて足を踏み出した。が、縦縄が女陰の花肉を嬲る。その刺激を避けるために繭美は歩幅を極端に縮めてよちよちと歩いた。

「もっと速く歩いたらどうだね、若女将。……んん? もしかして、口じゃ外してくれと言いながら本当は股縄の刺激を愉しんでいるんじゃないのか?」

 ふふふっと愉快そうに笑った八名瀬が後ろ手縛りの繭美の背中を小突く。
 そのたびに歩幅が伸び、繭美は「ううっ!」と呻き、「ああ……」と切ないため息を洩らし、足許を見つめる哀しい眼から涙をこぼしながら母屋へと追い立てられていった。





                


 母屋には風呂場が、南蔵への渡り廊下口から北方向へ伸びる廊下の先にある家人用と台所近くにある使用人用の、二つがある。
 家人用の風呂場は八名瀬専用であり、脱衣所と浴室がそれぞれ六畳ほどの広さがある。個人で使う風呂場としては
贅沢(ぜいたく)なものである。八名瀬はその専用風呂場に繭美を連れ入れた。

 脱衣所の床に繭美を座らせた八名瀬は、浴室に入って給湯栓を開けるとすぐに戻って来て、繭美の股間を縦にえぐっている縄をほどいた。そして、おぞましい股縄を外されてホッとしている繭美を隅に置いてあるマッサージチェアに座らせ、伸びやかな両肢を肘掛けに載せて開脚姿勢を取らせた。

「湯が張れるまで十分ぐらいかかるから、若女将、それまでに一回お願いするよ」

 さっと着流しを脱いだ八名瀬は、たるんだ腹の肉から引き剥がすようにしてブリーフも脱ぎ捨て、勢いを取り戻している己の分身を繭美の秘裂にあてがった。

「あっ、イヤっ」と小さく叫んで、繭美は身を硬くした。しかし、それ以上の抵抗が出来るはずもなく、繭美の女陰は八名瀬の熱い男根をすんなりと受け容れた。

 覆いかぶさる八名瀬の男根が、亀頭の笠で花肉の襞を刺激しながら女陰を出入りする。が、野獣のような大久保に犯された時とは刺激の強さが違った。度重なる責めで感覚が鈍くなっている繭美の女陰は物足りなさを覚えていた。

 しかし、硬さを増した肉棒が先を尖らせて女陰の奥壁を突いた瞬間から繭美の被虐官能は一気に昂ぶっていった。

「ああっ、あああっ、はっ、はあっ、あ……」

 半開きになった紅唇が喘ぎ声を洩らし、収縮を始めた花肉の襞が八名瀬の男根を捕らえにかかる。深く入り込んだ肉棒の根元をがぶりと咥えた花肉の花びらが、口をすぼめるようにきゅーっと締まり、八名瀬を狼狽させた。

「おっ、おおっ、うっ、うおーっ!」

 感極まって雄叫びのような声を上げた八名瀬は、覆いかぶさった上半身を反らせて繭美の中に男の精を放出した。が、繭美はまだ上り詰めてはいない。引き抜かれた男根をさも名残惜しそうに(よう)()な眼差しで見つめ、繊毛に覆われた女の秘裂から粘り気の強い白濁液をしたたらせた。

「いやぁ、よかった。よかったよ、若女将」

 上気した顔いっぱいに笑みを浮かべた八名瀬は、下半身を剥き出しにしたまま浴室へ向かおうとした。その八名瀬を繭美が呼び止めた。

「待ってっ、八名瀬さん。わたしに……、わたしに綺麗にさせてっ」

「んん? な、何だって?」

 細い目を大きく開いた八名瀬はまじまじと繭美の顔を見た。見つめられた繭美の方も、自分の口から出たあられもない言葉に当惑し、羞恥に顔を真っ赤に染めている。
 縄に縛り上げられた裸の肌身を嬲られ、荒々しく女陰を貫かれた上に逆さ吊り状態で男根をしゃぶらされるという、恥辱と屈辱に満ちあふれた異常な性の
饗宴(きょうえん)がそれなりの愉悦(ゆえつ)を女体にもたらしたとしても不思議ではない。その愉悦を覚えてしまった女の肉体が理性を押しのけて言葉を発したとも思える繭美の反応だった。

「若女将、本当か? 本当にやってくれるのか?」

 とても信じられないという面持ちの八名瀬に、繭美は桜色に染まった細首をコクンと前に折って応えた。
 無意識に口走っていたのだが、今更間違いでしたとは言えない。というより、繭美の胸の奥で疼いているものが今ここで八名瀬の男根を再び口に咥えることを望んでいた。


「ありがたい。嬉しいよ、若女将」

 相好を崩した八名瀬は、繭美を抱きかかえるようにしてマッサージチェアから下ろし、珍しく戸惑いの表情を見せながら両膝を突いて待ち構えている繭美の前に腰を突き出した。萎びかけていた男根が膨らみを取り戻しつつあった。

 紅唇を大きく開いて八名瀬の男根を口に咥えた繭美は、亀頭をすすり、唇を収縮させて肉茎をしゃぶり、男の精と女の蜜に濡れそぼっている肉茎の周囲を根元まで舌で丁寧に舐めて清めていった。





               


 繭美の
健気(けなげ)な振る舞いに心を動かされた様子の八名瀬は、これまでの冷徹非情な高利貸の顔を仕舞い込み、まるで別人のような気配りを見せた。

 先ずは、両手の縄こそほどかなかったものの、形のいい白い二つの乳房を緊め上げていた縄を外して胸を楽にさせた。
 次には、一緒に湯に浸かって凝り固まった繭美の肩や腕を丹念に揉みほぐし、湯から上がると、ボディシャンプーをたっぷり吸わせたスポンジで、血の気が戻ってきた繭美のほんのり桜色に染まった全身を丁寧に洗っていった。


 風呂椅子に腰を降ろした繭美は、まだ後ろに縛られている両手を腰の上に置き、薄く目を閉ざしたまま背筋を伸ばして八名瀬のするままに任せていた。が、縄の痕が痛々しい二つの乳房とその周辺をほぐすように揉みこすられると、「あっ、あ……」と甘い声を洩らした。
 漆黒の繊毛に覆われた女の恥丘を撫でるようにこすられた時には、「うっ、んんっ」と、しなやかな上半身をくねらせたが、それ以外は口を半開きにしてうっとりした表情を見せ、心をどこか遠くの空に漂わせているようだった。


「若女将。もう一度ゆっくりと湯に浸かりなさい。私は先に上がって待ってるから」

 繭美の全身を洗い清めた八名瀬は、にっこり微笑むとまだ縛めが残っている両手首の縄もほどいて脱衣所に移っていった。

 すべての縛めから解放された繭美は、温かい湯に首まですっぽり浸かってようやく人心地を取り戻した。縄の痕が刻まれた左右の手首を揉みほぐし、乳房の上下の縄痕をなぞるように撫でていると、この半日の間に受けた恥辱と屈辱の数々が思い出された。

(あんな酷い仕打ちをされて、わたし、よく気が狂わなかったものだわ)

 繭美は無体な責めに耐え抜いてきた感慨に浸った。そして、自分が何か別の生き物に変わってしまったような気がしてブルッと一つ身震いをした。

 男たちの目の前に生まれたままの恥ずかしい姿を晒したのみならず、その素っ裸の肌身を縄で縛られて弄ばれたことは口惜しく辛かった。
 しかし、両手を後ろに廻して重ね合わせた手首を縛られると、込み上げてくる切なさとは別の感情が下腹部に芽生え、それがざわざわと
(うごめ)く。
 乳房の上に縄をかけられると、まるで心臓をつかまれたように胸がキュッと締まって鼓動が早まる。
 乳房の下に縄が喰いこむと、早まった胸の鼓動に合わせるように女陰の奥がズキンズキンと疼き始める。
 その疼きが強まってくると、痺れるように甘い感覚が下半身の力を奪い、女陰の内部が潤ってくる。そして、思考力が薄れ、からだが勝手に性の悦楽を求めていく。


 わずかな期間に自分の感覚がこれほどまで変わるとは、繭美自身にとっても、驚き以外の何ものでもなかった。縄の縛めによって五体の自由を奪われ、口惜しさに泣き濡れながら淫らな責めを受け続けた辛く切ない体験によって、からだの芯が被虐官能の快美感を覚えてしまったことを認めざるを得なかった。

 感情が昂ぶるにつれて繭美の肉体は、いつのまにか理性ではコントロール出来ないものに変わっていった。自分が性の快感を求める淫らな女になっていくのを止められなかったばかりか、捨て鉢になって妖しい被虐官能の波に(おぼ)れていったことが繭美は恨めしかった。



 長めの入浴で火照ったからだを浴び水で引き締めて脱衣所に出ると、八名瀬が軽い唸り音を発しているマッサージチェアに深々と腰掛けていた。

 小さく会釈した繭美は、手に取ったバスタオルを素早く胸に巻いて洗面台の鏡に向かうと、備え付けのドライヤーで洗い髪を乾かしながら長い黒髪を丹念に()いていった。

 八名瀬は、気持ち良さそうにマッサージチェアに背中をあずけたまま繭美の様子を横目に眺めていた。が、繭美が髪を後ろに結い上げ始めるとマッサージチェアを止めて立ち上がり、棚の上に置いてあったものを手にして繭美のそばに寄った。

「若女将。これを寝巻き代わりに着るといい」

 八名瀬が繭美に手渡したのは白地に薄紫の桔梗の花模様が爽やかな浴衣だった。

(まあ、いつの間に……)
 驚きの色を双眸に浮かべた繭美は、八名瀬の意外な優しさを垣間見たような気がした。

「あんたにと思って新しくこしらえておいたものだから、遠慮なく使ってくれ」

 なぜか照れた顔をしている八名瀬を見て、繭美の気持ちがすっと和んだ。

「ありがとうございます。遠慮なく使わせていただきますわ」
 にっこり微笑んで頭を下げた繭美は、浴衣の袖に手を通しながら思った。
(ああ、これでやっと、普段のわたしに戻れるわ)

 ところが、まだそうはいかなかった。
 繭美が薄紅色の柔らかな浴衣帯を締め終わるのを待って、八名瀬は着流しの懐から麻縄の束を取り出したのである。

「よく似合うよ、若女将。それじゃ、もう一度両手を後ろに廻してもらおうか」

 一瞬悲しい眼になった繭美だったが、小さくうなずいて両手を静かに後ろに廻していき、両肘を深く折って背中の中ほどで華奢な手首を交差させた。

 浴衣の袖をたくし上げた八名瀬が、繭美が自ら重ね合わせた両手首に麻縄をくるくる巻きつけていく。
 キリッと結びとめた縄尻を前に廻すと、浴衣の上から胸乳の上部にかけて背中に戻し、もう一度前に廻して胸乳の下に喰いこませてから背中で縄止めをした。
 その間、繭美は薄く目を閉ざして一言も声を洩らさなかった。


「少し窮屈だろうが、今夜はそのまま私と一緒に寝てもらうよ。いいだろう、若女将?」

 なぜか遠慮気味に断りを入れた八名瀬に、繭美は曖昧な笑みを浮かべてうなずいた。

「それじゃ、私の部屋に帰ろうか」

 八名瀬は、後ろ手に縛り上げた浴衣姿の繭美の肩を抱き、雨戸が立てられた薄暗い母屋の廊下を南蔵の蔵座敷へと向かった。

 その夜の繭美は、湯上りの火照ったからだを爽やかな桔梗模様の浴衣に包み、後ろ手に縛られたまま八名瀬に抱かれて深い眠りの底に落ちた。


                                              つづく