鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 


    第2章 柔肌の喘ぎ



 お柳は化粧というものをほとんどしたことがない。が、端正な顔立ちと透けるように白い肌に恵まれていることもあって、化粧をしなくても男たちをハッとさせるほど魅力的な容貌をしていた。

だからこそ日頃から女としての自分を殺し、媚を売ることは一切せず、自分が女と見られることを拒んできた。その上で並みのヤクザにはない度胸と機転で数々の修羅場をくぐり抜け、名のある親分衆とも対等に渉り合える貫禄を身につけていた。

それだけに、今ここで矢島辰造の意に従うことはお柳自身がこれまで男社会で築いてきた高みから一気に奈落の底へ転げ落ちる破滅的な行為といえた。男どもの前に生々しい裸体を晒すことは、多くの侠客が一目置くお柳も生身は女郎と変わらない女そのものだという証明をすることに他ならない。

お柳は、そんなことをするくらいなら死んだ方がいい、いっそここで自害して果てたいと思った。が、お美津を質に取られていてはそれも出来ない。

「さあ、お望み通りに着物を脱いでやったよ。お美津さんを早くお離し」

「お柳、その胸のものは何だ? わしはすっかり脱げと言ったはずだ。晒しで胸を隠したままで裸でございますたぁ、よく言うぜ。さっさとそいつをほどいておっぱいを見せな」

お柳の胸には白く晒した木綿布が巻いてあった。多くのヤクザ者が喧嘩の際の腹部の防備をかねて巻くものだが、お柳の場合は腹部だけでなく乳房も覆っている。それもきりっときつく巻いて胸を平たく見せていた。女であることを相手に意識させないためである。

「そうだそうだ、親分が言いなさった通りだ。おっぱいを隠して何が裸だい」

「早いとこ出しなよ、ポロっと」

「俺たちに見せても減りやしねぇだろう」

 子分達が囃し立てるのを耳に、唇を噛み締めたお柳は胸の晒しをほどいていった。晒しをほどき落としたお柳は、剥き出しになった豊かな乳房を両手で覆い隠して立ちすくんだ。残るは腰の紅地に白い折鶴を散らした膝丈の湯文字一枚だけである。

よだれを流さんばかりに見つめる男どもの淫らな視線が柔肌に痛いほど突き刺さる。が、まだ負けたわけではないという気概を強い言葉で示した。

「辰造さん、こうしてあたしが裸になったんだ。早くお美津さんを家へ帰しておくれ」

まだ駆け出しだった頃にお柳は、壷振りを務めた小さな一家の賭場での些細な手違いが元で招待客の親分から裸になれと迫られたことがある。弱い立場にいたお柳がいよいよ観念して帯をほどいた時にその親分は侠客らしい男気を見せ、「冗談だ。あんたを試してみただけだ」とほどいた帯をお柳に返してその場を収めてくれた。

その経験もあってお柳は、(仮にも矢島辰造は一家を構える親分。ここまでで振り上げたこぶしを降ろすだろう)と思っていた。が、それはお柳の甘い期待に過ぎなかった。

「ほほう、こいつは驚きだ。お柳、おめえが片手じゃ隠し切れねぇほど立派なおっぱいをしているたぁな。だがな、おっぱいを出しただけじゃ、まだ裸になったと認める訳にはいかねえ。それ、その腰にまだ一枚残っているじゃねぇか。何もかもすっかりと言ったはずだ。腰のものもさっさと取っ払いな」

 いかに気丈なお柳であっても女の秘所をさらけ出すことは顔が火を噴くほど恥ずかしい。お柳の声音に哀願の響きが加わった。

「ねえ、辰造さん。こう見えてもあたしも女のはしくれだよ。あんたも任侠の世界の男ならここまでで勘弁しておくれな」

「ふん、大勢の男相手に匕首振り回して暴れておきながら何が『あたしも女のはしくれ』だ。女が聞いたら呆れるぜ。早くその腰巻を取りな。なんでい、お柳。おめえも意気地がねえなあ。そうかい、判ったぜ。おい、晋太、お柳の代わりにお美津を裸にしてしまえ!」

「ま、待って! 待っておくれよ、辰造さん。確かにあんたとあたしはずっといがみ合ってきたけれど、それも任侠渡世でのこと。素人の娘さんを質に取って一方的に赤恥をかかせようとするやり口はあこぎに過ぎませんかい? 矢島一家の看板が泣きますよ」

反論するお柳の声には悲愴の色が混じっていた。が、言うまでもなく、お柳を苦しめ困惑させて窮地に追い込むのが辰造の目論見なのである。

「うるせえ、ゴタゴタと辛気臭せぇ御託を並べるんじゃねえ。じれってぇぞ、お柳。おい、晋太。いいからお美津の着物を今すぐ剥いじまえ!」

「へいっ、分かりやした」

匕首を床に置いた晋太郎が、お美津の着物の襟を両手でつかんでグイッと引き開いた。途端に上がった「イヤー!」というお美津の悲鳴にお柳はあわてた。

「やめてっ! やめとくれ。お美津さんには手を出さないでおくれ。あたしがこの湯文字を取ればいいんだろう。それでお前さん方の気が済むのならお安いことさ」

そう覚悟せざるを得なかった。が、お柳の心はまだ葛藤を続けていた。たとえ女郎であっても大勢の男の前で裸になることはないし、ひどい折檻に遭っても丸裸にされることはない。しかもお柳には武家の血を引いているという誇りがあり、裸になることには特に強い抵抗と羞恥の意識があった。しかし、もはやその矜持は捨て去らねばならない。

「おい、お柳。親分のご命令だ。ぐずぐずしてねえで、早くその汚ねえ腰の布を取っ払いな。何なら俺が引き剥いでやろうか」と源太郎が急かした。

「余計なお世話だよ、源太さん。他人の手は借りないよ」

「なら、早く自分で取りなよ。肌身を晒すなんぞおめえにとっちゃ朝飯前だろう」

「朝飯前だなんてことがあるものかね。あんたたちには分からないのかい、女が大勢の男の前に何もかも晒すのは死ぬより辛いってことが……」

 お柳と源太郎のやりとりを聞いていた辰造が、ふっふっふっと笑って茶々を入れる。

「お柳、男の間を這いずり回ってきた莫蓮女が今更純情ぶってどうする? おめえ、沢村の親子両方と出来ていたというじゃねぇか。女郎より始末に負えねぇや、なあみんな」

「やめとくれ、亡くなった沢村親分を貶めるような嘘を言うのは……。分かったよ、取るさ。この湯文字を取ればいいんだろう」

この六人が相手なら素手で立ち回っても足腰立てないほどの痛撃を与える自信がお柳にはある。しかし、そうすればお美津の命が危ない。

お柳は、口惜しさを噛み殺して紐をほどき、腰の赤い湯文字をするりと外した。が、余りの恥かしさに頬を真っ赤に染めたお柳は、腰から外した湯文字を手から放せず、その赤い布でからだの前面を隠し、両の手で乳房と股間を押さえてその場に立ちすくんだ。が、そのまま萎れるお柳ではない。気力を奮い立たせたお柳は辰造を睨みつけた。

「さあ、すっかり脱いでやったよ。約束通りにお美津さんを家に帰しておくれ」

辰造は答えない。お柳の顔から目を逸らすと背後に控えていた平吉と常次にあごで何かを指示を出した。途端に二人がさっと動いた。

平吉がお柳の肩を後ろから押さえにかかる。その動きに気を取られたお柳の手からさっと、常次が赤い布を奪い取った。

「何するのさ!」

平吉の手を振り払ったお柳の片手が常次に向かってビュッと伸びた。奪われた腰布までは届かなかったものの、常次の空の手首を掴んでギリッと後ろ手にひねりあげた。

「うっ、い、痛ててててて!」

激しい痛みに叫び声を上げた常次だったが、なおも奪った赤い布は離さず、すぐ近くにいた源太郎に投げて渡した。その常次に足を掛けて床に這わせたお柳は、常次の片腕を背中にひねり上げると自らの体重をかけてその場に引き倒した。

「ぐえっ!」と常次が大きく呻いた。倒れたまま身を折り曲げて苦しむ常次は片腕が折れたか、脱臼したようだった。

「なんでえ、情けねえ野郎だな」

と、もがき苦しんでいる常吉を見下ろした辰造が矛先をお柳に向けた。

「おいおい、お柳。そんな恥ずかしい格好で暴れちゃ何もかも丸見えだぜ。ちっとは恥を知りな。それにおめえ、川村の娘がどうなってもいいのか」

お柳は自身が裸であることを忘れていた。ハッと恥じらいを感じたお柳はさっと片手で股間を隠し、もう片方の腕で乳房を抱いてその場に崩れ落ちた。

立て膝に股間を隠し両手で乳房を覆い隠したお柳の耳に、「ああ、イヤっ、やめて!」と叫ぶお美津の悲痛な声が飛び込んでくる。晋太郎に乳房を鷲づかみにされていた。

お柳はおろおろと辰造を見上げた。

「お願いだ、辰造さん。お美津さんを放してあげておくれ、あたしはもう何もしないから」

「この恥知らずのじゃじゃ馬が。真っ裸に剥かれてもまだ暴れやがる。これじゃ、まだお美津を川村のところへ帰すわけにはいかねえな。おい、お柳。両手を後ろへ廻せ。括っておかにゃ油断ならねえ」

「勘弁して、辰造さん。もう二度と暴れやしないから、こんな姿のまま縄をかけるのだけは勘弁しておくれ」

初めて声を震わせたお柳はなおやかで真っ白い両腕で乳房をひしと抱きしめた。

「いまさら勘弁してくれは通らねえ。観念して括られるんだ、お柳。おめえの両手を自由にしておけば何を始めるか分からねえからな。さあ、おとなしく両手を後ろへ廻しな」

「…………」

 追い詰められたお柳はなおも逡巡しながら視線を土蔵の奥へ向けた。そこには、晋太郎の淫らな手から一旦解放されたものの、後ろ手に縛られた体を縮めてすすり泣いているお美津がいる。お柳はついに観念した。

「わかったよ。さあ、あんたたちの好きなようにしておくれ」

捨て鉢になったお柳は、薄く目を閉ざすと白く柔らかな二つの乳房をひしと抱いていた両手を浮かし、その手を静かに後ろへ廻していった。

「やっと観念しやがったか。おい、松吉。おめえの出番だ。早くお柳を括っちまえ」

「へいっ、承知しやした」

嬉しそうに声を弾ませた松吉が、麻縄の束を幾つも手にしてお柳の背後に回った。その時、お美津のか細く震える声がした。

「親分さん、お願いします。お柳さんにひどいことはしないでください」

 その言葉を聞いて驚いた表情になった辰造は、お美津の方を向くとニヤッと笑い、「そうかい、お美津。おめえがお柳の身代わりになるってかい?」と言ってお柳を振り返った。

「いけないよ、そんなことは。あたしの心配はしなくていいから、お美津さんは家に帰ってお父さんを安心させてあげるんだよ。分かったね」

 優しくお美津を諭したお柳は、「さあ、縛っておくれ」と松吉に言うと、改めて両手を後ろへ廻して左右の手首を腰の上で交差させた。

「お柳、おいらの縄に遠慮はねえから覚悟しな」と嘯いた松吉が、その両手首をつかんでグイッと背中高く持ち上げ、あっと前にのめったお柳の上半身を呼び戻して高手小手に重ね直した華奢な両手首にキリキリと縄をかけていく。

 両手首をかっちり縛り終えた松吉は、縄を二の腕から前に廻した。胸乳の上部のなだらかな白い傾斜に溝を掘るように二重にかけた縄を後ろに引き絞って縄止めし、つないだ新しい縄で柔らかな両乳房を下から緊め上げると、余った縄で左右の腋の下に抜け止めの閂縄を施していった。

 生まれたままの姿を晒しているだけでも血反吐が出るほど口惜しく恥ずかしいのに、その一糸まとわぬ肌身を縄で縛り上げられる屈辱は言語を絶した。唇を噛み締め固く目を閉ざして縛られていくお柳の長い睫の間から涙が一粒こぼれ出て頬に一筋の糸を引いた。

「おや、泣いているのかい、お柳姐さん。ひひっ、縛られるのがそんなに嬉しいかい」

 皮肉を言って三本目の縄を手にした松吉は、肩越しに前に渡した縄を首のつけ根の左から胸の谷間に下ろした。その縄を胸乳の上下を縛る縄にからませると、首の右のつけ根に引き上げ、グググッと引き絞って縄を左右の首のつけ根に喰い込ませながら背中に戻して縄止めした。

「親分、出来ましたぜ」

ニタッと笑って辰造を振り向いた松吉がかけた縄目は、お柳の裸の肌身に直接というだけでなく、初めて人目に晒した白く柔らかな乳房を根元で絞りあげて搾り出すという念の入ったものだったから、その厳しさは格別だった。

しかし、素肌に厳しい縄目を打たれている間、お柳は呻き声一つあげなかった。手のひらに包めば溶けてしまいそうな感があったお柳の熟した二つの乳房はそれぞれが上下左右に喰いこむ縄に搾り出され、張りを増して前に突き出している。その二つの頂にある赤い乳首がツンと空を向いていた。

「どうでい、お柳、素っ裸で縛られた気分は? 涙が出るほど気持ちがいいか?」

 辰造が屈辱に耐えているお柳の心をかき混ぜる。その辰造にお柳はあえてすがった。

「これで気が済んだなら、辰造さん。お美津さんを家に帰してあげておくれよ」

「まだだ。うちの若い衆全員が首を長くて待っている席でわしが教えた通りにきちんと詫び口上を述べるまではダメだ。おい、松吉。お柳を柱に括りつけろ」

「へえっ。さあ、お柳。立て。さっさと立ちな」

松吉は、お柳の背後に垂れている縄尻をつかんでグイッと引き上げ、よろけながら立ち上がったお柳を最前まで彼女が括りつけられていた柱の前に連れて行った。そして背中を柱に押し付けると、新たな縄を胸乳の上部にかけてきっちりと柱につないだ。

 同じ立ち縛りでも最前は着物に身を包んでいたが、今は布切れ一枚身につけていない。お柳の羞恥心はとめどなく高まり、両目を固く閉ざしてこの恥辱に耐えるほかなかった。

「松吉。足も括っちまいな。そうしねえと安心出来ねえからな」

「何もそこまで……」

と、抵抗しかけて言葉を呑み込んだお柳の左足首に縄が巻きついていく。

左が終わるとすぐに右足首が縛られ、左右の足首をかっちり縛り固めた二本の縄が思い切り後ろに引き絞られた。

「ああっ、こ、こんな無体な……」

狼狽の声を上げたお柳の両足は柱の背後に爪先立つ形に固定され、白く柔らかな腹部と黒々とした繊毛が茂る女の恥丘が前に突き出すようにあられもなく晒された。しかも、前傾する自身の上体の重みで胸乳にかけられた縄が更に喰い込む。爪先立つ足の指先に力を込めれば少しは痛みが軽くなるものの、この不自然な姿勢では長く耐えられそうもない。

しかしお柳は、唇を噛み締めて顔を伏せ、もう何も言わなかった。生まれて初めての耐え難い屈辱に思いが混乱し、どう対応していいか分からないのだった。

「ほほう、こりゃいい眺めだ。お柳、こうしてみるとおめえ、なかなかいいからだしてるじゃないか。なあみんな」

「まったくで。そんじょそこらの女郎じゃ、足元にも及びませんぜ」

なるほど女盛りのお柳の肉体は美しかった。すらりとした細い首、鍛えられてなお柔らか味を感じさせる丸い肩、縄に搾り出されて豊かに突き出た双の乳房、キリッと引き締まった腰、その細腰から広がる臀部の女らしい丸み、それらを支える真っ白い太ももの純潔としなやかに長い脚、それらのすべてが見事としか言いようがなかった。

「いい眺めだ。男にとっちゃたまらねえ体をしてやがる。それにしてもお柳。肌といい、肉付きといい、おめえの体がこんなに綺麗だとは思わなかったぜ。それにあそこはずいぶんと具合がよさそうだ」

類まれな女の裸身が縄をまとって妖しく光り輝いている。しかも、その恥丘に茂る漆黒の繊毛は絹糸のように細く柔らかく、わずかな風にも靡きそうな風情を見せている。思わず生唾を呑み込んだ男たちは、しばらくの間、呆然としてお柳を見つめていた。

 晒しものにされたお柳は、縄に搾り出された二つの乳房のみならず、隠したくとも隠せない女の羞恥の源が彼らの目の餌食になり始めているのがたまらなく辛かった。しかし、今のお柳には、口惜しさ恥ずかしさを噛み殺して固く目を閉ざし、ただうな垂れて彼らの淫らな視線に耐えるほかにどうしようもなかった。

「おい、松吉。これじゃ、顔がよく見えねえ。うつむけないようにしろ」

「へえ、でも、親分。どうやって……」

と首を傾げる松吉に辰造は「顔が下を向かねえよう首に縄をかけるんだ」と指図した。

「ええっ、首を吊るすんですかい?」

「馬鹿野郎、首を吊り上げたら死んじまうだろうが。そうじゃなくて、首とあごの下に縄を巻いて柱にきっちりつなげばいいんだ」

「なるほど、わかりやした。じゃ、早速」

新たな麻縄を手にした松吉がお柳のかたわらに寄って手際よく縄を手繰っていく。ものの二分も経たないうちに、しなやかな首とあごの下に巻かれた縄が柱につながれ、お柳は顔を隠すことさえ許されない姿にされていた。

 

「よし、ご苦労だった、松吉。それじゃおめえはお美津を母屋のわしの部屋へ連れて行って休ませてやれ。一つぐらいはお柳の願いも聞いてやらなきゃなあ」

「ええっ。親分、おいら、まだここに……

「ここに居てえんだろうが、もう十分だろう。おめえ、縄をかけながら散々お柳の肌に触っておいて贅沢を言うな。お美津が逃げ出さねえようしっかり見張っていな。いいな」

 そう断じられて萎れた松吉は、心の内の不満をぶつけるかのようにお美津を邪険に小突きながら縄尻を曳いて土蔵を出て行った。

 お美津が座敷で休ませてもらえることで、辛い柱縛りに耐えながらもお柳は心の隅でホッとひと安堵した。丁度その時、誰かが外から土蔵を覗き、まもなく土蔵に入ってきた。辰造の妾で紅屋の女将の角田和枝だった。お柳とは初対面である。

「おや、この女が親分の眉間を割ったというあのお柳かい。着物も何もみんな剥ぎ取られて真っ裸にされているじゃないか。ふふっ、名うての女侠客も裸にされちゃ、そこらの女郎と少しも変わりゃしないねえ。おほほほほ、いい気味でしょう、親分」

和枝には男よりも冷酷残忍なところがあって、こんな陰惨な場にいても違和感を覚えさせない。それもそのはずで、女郎上がりの妾ながら旦那の辰造の威勢を嵩に懸けて配下の女郎や女中たちをあごで使い、彼女たちに粗相があると辰造に頼んで矢島組の荒くれ男どもにこの土蔵で折檻させていた。今までに責め殺した女郎も二人や三人にとどまらない。その残酷な折檻にも好んで立ち会ってきた女だった。

「あたしゃ、親分が怖がるほどだからさぞかし厳つい女だろうと思っていたけど、とんでもない美人じゃないか。それに女のあたしが惚れるような見事なからだをしているし、あそこもよく絞まってまだ使い込んでない様子だから、みっちり仕込んで女郎にしたら一級品になりそうだねえ。親分、この女、どうする積りです?」

和枝の言葉を聞いて、それまで無言でうつむいていたお柳が顔をあげて口を開いた。

「女郎にだって? 冗談をお言いでないよ。あたしは仕置きされて死ぬ身さ。辰造さん、卑怯な罠に嵌めた上に赤恥をかかせて生殺しにするような汚い真似はもうお止めよ」

「ふん、おっぱいから下の毛まで何もかもさらけ出しておいて、まだ強がるのか。お柳、おめえはもうまともに物が言える立場じゃねえことを忘れるなよ。いずれ殺してやるが、そう簡単にゃぁ殺しゃしねえ」

「そうだよ、お前さん。これだけの上玉を殺しちゃ勿体ないよ」

和枝はお柳の表情の変化をさも興味深そうに眺めながら辰造に話を合わせる。

「そうだなあ。和枝が言うように女郎にして稼がせる手もありそうだな。まあ、とにかく今晩は裸のお柳のお披露目としよう。そうだ和枝、おめえ、お柳が脱ぎ散らかした汚ねえ着物をひとまとめにして、母屋の二階へ放り投げてきな。そろそろ子分どもが集まる頃合いだ。もうじきお柳姐さんが裸でお出ましになると伝えときな」

「素っ裸のお柳の前座が汗臭い着物と襦袢に腰巻、ということだね。お前さん、酒の肴にはいい趣向ですよ。代貸しはじめ組の皆がさぞ喜ぶだろうねえ。おほほほほ」

和枝が大げさに笑うのを耳にして、顔面を蒼白に変えたお柳がいかにも口惜しそうな眼差しで辰造を睨んだ。が、柱に縛りつけられていてはどうしようもない。

「それにしてもずいぶん汚れているねえ、着物も襦袢も」

わざとお柳を辱める言葉を吐いた和枝は、ニヤッと底意地の悪い笑みでお柳を見つめた後で、が床に散らばっている衣類を手際よく集めて土蔵を出て行った。

その和枝と入れ替わりに男が二人、おどおどしながら土蔵に入ってきた。一人は木崎耕平、そしてもう一人は赤井三郎、ここ大胡宿へ潜入しようとしたお柳の標的二人だった。

お柳は愕然とした、と同時に血の気が退くのを覚えた。よりによって仇の二人が裸の肌身に縄目を打たれて柱につながれているお柳の前に現れるとは何という皮肉な巡り合わせなのか。無残な姿を晒しているお柳の心は千々に乱れた。しかし、今のお柳に出来ることは二人を睨みつける程度のことでしかない。耕平と三郎に鋭い一瞥をくれたあとは、唇を真一文字に結んで顔を伏せ、固く目を閉ざした。

耕平はそんなお柳にどう対応していいものか、むしろ事態の意外さをもてあましている。が、弟分の三郎の方は手放しではしゃいだ。

「耕平兄ぃ、ほら、見てみなよ。あのお柳が素っ裸で柱に縛りつけられているぜ」

「ああ、そのようだな……」

耕平は戸惑っていた。沢村一家にいた頃の耕平はお柳に密かな恋心を抱いていた。ところがある日、兄貴分の一人からお柳と沢村の長男銀次郎が恋仲だと聞かされて自暴自棄になり、弟分の三郎とともに手当たり次第に女を手篭めにしていった。が、その中になになに小町と評判の商家の娘がいたものだから、二人して小指を詰めされて組から追放された。そのことを逆恨みした二人が浅草寺の檀家幹部会に出た竜一郎親分が自分の家の庭同然の浅草奥山を一人で帰宅する途中に闇討ちして遁走したことが、そもそも事の発端だった。

耕平はお柳が生け捕りにされたことを素直に喜べなかった。矢島衆に切り殺されたと聞かされる方がマシだと思っていた。お柳から逃げ回りながらもお柳への恋心がくすぶり続けていたからである。だから、お柳が捕縛されて紅屋の土蔵に監禁されていると聞いてもお柳と顔を合わせる割り切りが出来なくて、すぐには覗きに来られなかったのだ。

 そんな耕平の複雑な胸中など斟酌なしに、上機嫌の辰造が耕平たちに水を向けた。

「おお、耕平と三郎、いいところに来た。よく見てやりな、おめえたち二人をつけ狙っていたお柳のこの無様な姿を。埃まみれの汚ねえ着物の代わりに麻縄を着せてやったが、よく似合っているだろう。わはは、あの口惜しそうな顔を見てみろ」

耕平はここで進んでいる事態がまだ信じられない面持ちで言葉も出ない。

「なあ耕平。おめえ、この女に殺されなくてよかったなあ」と辰造に言われてハッとした耕平は、自分の居るべき場に立ち戻った。

「親分、ありがとうございやした。源太兄さんたちもご苦労様でした。恩に着ます」

「俺もそうです。本当にありがとうございやした。お陰で助かりやした」と周り皆に頭をぺこぺこ下げた三郎がさも嬉しげに耕平に話しかける。

「もう安心だぜ、耕平兄ぃ。こうなっちゃ、ツバメ返しのお柳もおしめえだ。仇討ちどころか手も足も出しようがねえ、こっちは返り討ちにでも何にでもしてやれるがよう」

同意を求める三郎に軽く頷いたものの、耕平の表情は冴えなかった。

 本来なら自分を追ってきたお柳が囚われたことは痛快なのだろうが、これほどまでに惨めな姿を晒していることに正直驚いていた。耕平の脳裏にあるお柳の颯爽とした姿と裸の肌身を縄で縛り上げられている今のお柳にはあまりにも落差があった。むしろ親分の辰造のやり口が酷すぎるのではといった気持ちもあった。が、それは口に出せない。

「親分。思いがけなく昨日、この女に殺されかかったことが嘘みてえな……」

そうなのだ。お柳も昨日のことが幻想だったように思えた。大胡宿から少し離れた温泉地でたまたま耕平を見つけ、耕平に自分の匕首を投げてやって自分は仕込み簪を手にして潔く勝負しろと促した。が、臆病な耕平が身動き一つ出来ずに震えているところに耕平の連れのヤクザ十人余りが割って入り、耕平はまんまと逃げ出した。その時にお柳は矢島組の幹部二人と数名の三下に手傷を負わせていた。

お柳に恨みを持つ親分の矢島辰造が子分たちの無様を知ったからには、積年の恨みを晴らすためにもお柳を生け捕りにしようとすることはお柳にも予測できていた。地の利がない上に卑劣な罠を仕掛けられては結局こうなる成り行きだったのかもしれない。しかも、捕らわれて裸にされた上に縛られている今はいくら口惜しくても手も足も出ない。しかし、仇敵二人をこのままに有頂天にしてはおけない。

「耕平に三郎、よくお聞き。あたしは武運つたなくここで果てることになったけど、早晩、沢村一家がお前たちを成敗しにやってくるよ。首を洗って待っていることだね」

沢村一家襲来を予告された耕平たちは蒼くなったが、そばから辰造が地口をいれた。

「わっははは、『武運つたなく』だとよ。下の毛まで見せている女がよく言うぜ。それに、沢村の二代目なら俺も知っているが、親父に輪をかけた弱虫だ。子分にもロクなのはいねえし、早い話が親の仇を討つとかいって女を寄越すくれえの情けねえ一家だよ」

「辰造さん、考え違いは身を滅ぼすよ。こんな田舎ヤクザなんぞ本気を出した沢村一家にかかったらひと揉みで潰されちまうさ。それにあたしは何も頼まれてここに来たわけじゃない、義理を果たすために自ら願って先にやって来たのさ。あたしの消息が消えて十日もすればこっちへ人がくるだろうし、そうなれば矢島組もおしまいだねえ」

「置きやがれ、お柳。この大胡一帯を仕切っている矢島組だぜ。おめえにそこまで心配してもらうほど落ちぶれちゃいねえやい」

憮然とお柳を睨み返した辰造が、ハッと何かひらめいたような顔になって、耕平と三郎にお柳が最も嫌がるに違いないことを言った。

「耕平に三郎、いずれこの女はお前らにくれてやるから、その時は二人で思う存分に抱きまわしてやりな」

「そ、そんな……」とお柳の顔がゆがんだ。

それを見てニタリとした辰造が言葉嬲りを続ける。

「おい、お柳。まずは矢島一家への詫びだ。わしが教えた口上を矢島組総勢三十人の前で一字一句間違わずに言って心から詫びるんだ。素っ裸のまま宴席へ出て、とっくりとそのいい女ぶりを披露したあとでな」

「冗談をお言いでないよ、辰造さん。女郎でもこんなひどい辱めは受けやしないだろう。ましてあたしは女でも侠客だよ」

「黙れ、お柳! おめえが侠客だったのは今朝までのことだ。そんな浅ましい姿を晒していつまで威勢を張るつもりだ。昔のことはすっぱり忘れてわしの言うことに従え。さもなきゃ、裸に剥かれたお美津が宴席にいる皆に目茶目茶にされるぜ」

「ああ、それだけは……」

気勢を削がれて口をつぐんだお柳の口惜しそうな顔を満悦顔で眺めた辰造は、一旦手に入れたお柳の弱点と急所を突いてここぞとばかり徹底的に責め立てた。

「お柳、おめえはもう女侠客でも何でもねえ、ただの女だ。それにこれからは布切れ一枚身に着けさせねえ。朝から晩まで裸を晒して男どもの目を楽しませろ。この紅屋の店先で見世物にしてやるから、覚悟しな」

(この悪党が! そうさせやしないよ!)

頭の中で反発したお柳だったが、打つ手があるわけではない。

一方、お柳への残酷な仕打ちを耳にして恐怖を覚えたお美津は嗚咽をはじめた。お柳の運命は自分自身の未来でもあると感じ取ったようだった。

そんな二人にはお構いなしに土蔵の中に子分たちの卑猥な言葉が満ち溢れていった。

「美人の誉れ高い元女侠客の素っ裸が紅屋の店先で見られるとなりゃ、大評判になるぜ」

「それも股の間まで見られるたぁ結構なことだ」

「おいら、もうむずむずしてきやがった」

浮かれる男どもと対照的にお柳は強烈な屈辱に苛まれていた。縄に緊め上げられた裸身を硬くし、うつむくことすらさせてくれない首縄を恨みながら瞳を閉じた。

(覚えておいで、いずれあんたたち外道どもに目にもの見せてやるからね)

心に固く誓ったお柳だったが、今はただ切なげに眉間に皺を寄せて黙りこくった。

反発の気力を失くしたかに見えるお柳に、辰造はようやく満足した。

「ようやく諦めたようだな。いいか、お柳。おめえは今夜の宴席でわしが教えた詫び口上を一言一句間違えずにしっかりと言うんだ。そうさな、その前にここで一回練習させておいた方がよさそうだな。おい、源太。お柳を柱からほどいてわしの前に土下座させろ」

 矢島辰造が張り上げた非情な声が土蔵の天井を跳ね返ってお柳の心を直撃した。


                                (続く)