鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 


    第3章 言葉の罠



常時二十人を超える女郎を抱える『紅屋』は、間口十間奥行二十間の堂々とした三階建てで、女郎宿としては近郷一の規模を誇っていた。その二階奥にある大広間でむさいなりをした人相の悪い男ども二十数人が一時間余り前から酒宴を張っている。座はすでにかなり乱れて賑やかさもたけなわ、猥雑な小唄もあちこちから上がっていた。

しかし、普通の酒宴なら中に入って華やかさを添える芸者衆や気の利いた酌婦たちの姿がどこにも見えない。いつの頃からか札付きのワルと暴れ者が揃う矢島一家の宴会には、呼ばれた芸者や酌婦も何かと理由をつけて寄り付かなくなっていた。ここ紅屋の女郎たちにしても、女将の和枝が商売ものに傷をつけられることを嫌って矢島の宴席には出さないようにしていた。紅屋が矢島辰造の持ち物であることを考えれば大層皮肉な話である。

 それはともかく、偵察に出ていたらしい三下が普段は料理を運ぶ女中たちの専用になっている裏階段を息せき切って駆け上がり、乱れた宴会座敷に走り込んだ。

「や、やって来やしたぜ! 親分さんの後ろを源太兄さんたちに曳かれて」

「そうか、いよいよ来たか、あのツバメ返しのお柳が……」

代貸しの大崎寛治が感慨深げに洩らした途端に座敷中の赤ら顔がどよめいた。

「で、今、どのあたりだ?」

「へい、ついさっき姐さんの部屋から連れ出されて表階段の方へ曳かれて行きやしたから、丁度階段を上っている頃だと思いますが」

「親分たちに曳き連れられていたのがあのお柳なのは確かだな」

「へい、それもこの目を疑ったほどすげえ格好でして」

「なにい? すげえ格好てえこたぁ、おめえ、まさか……」

「その、まさか、なんでさあ。真っ裸のまま縛られて曳かれていやした」

「何だとう、真っ裸で縛られているだと? おめえ、その目は確かだろうな」

そう言うなり廊下に跳び出た兄貴株の一人が階段の方角を見て目を剥いた。踊り場に立って後ろを振り返っている小柄な辰造親分の向こうに両手を挙げた女の頭部がすっと覗いたと思うと、女の白い影が徐々に競り上がってきた。

階段を登りきって全身を露わにした女は、確かに布切れ一枚身につけておらず、両手を頭の後ろで縛られ真っ白い乳房にも縄がかけられていた。まさにのけぞり返るほどの光景が、矢島組の誰もが一度は震え上がった女侠客の変わり果てた姿が、そこにあった。

「ほ、本当だ。本当ですぜ、代貸し。あのお柳が正真正銘の丸裸で曳かれていやす」

座敷に戻った兄貴株は口から泡を飛ばして代貸しの大崎や宴席の皆に報告をした。その間にも辰造を先頭にお柳を曳き連れた一行が広間の入り口に近づいてくる。

うな垂れて重い足をすすめるお柳は、いつもの彼女らしくなく怯えがあるのか、小刻みに身を震わせているように見えた。

無理もなかった。男のあしらいに長けた年増の酌婦でもこれだけ大勢の剣呑なヤクザが酔い狂っている場所へ一人で出るのは不安なものだし、経験のない若い女などは死ぬほど怖いものだ。
 ましてお柳は彼らの恨みを買っている。いかに修羅場に慣れているお柳であっても、得物はおろか両手の自由まで取り上げられた状態でこの獣どもの中へ連れ込まれるとなれば生きた心地がしないのは当然だったろう。しかも一糸まとわぬ肌身をさらけ出している。その美しくも扇情的な女体が彼らの下卑た欲情に油を注ぐのは間違いない。

勿論お柳は並の人生を送ってきた女ではないし最悪の際の覚悟はいつも出来ている。しかし、先刻の土蔵の中では辰造の執拗で卑猥ないびりが余りに口惜しくて、つい涙を見せてしまった。その赤くなった目が長い睫の奥で今も潤んでいるのだ。

土蔵から出る前にお柳は縛り直された。前に揃えて出した両手首を縛られ、その手の肘を頭の横で深く折って、両手で首の後ろを抱く形に固定されていた。前から見ると端正な顔の左右に白い二の腕が立ち並び、その二の腕にそれぞれ二筋の縄が走っている。滅多に見せることのない腋の下を剥き出しにされた上に、熟した白桃のように瑞々しい二つの乳房も縄に緊め上げられていた。「いかにも降参しましたと言っているような縛り方は出来ねえかい」という辰造に応えて源太郎が施した諸手上げ首抱き縛りの縄がけだった。

紅屋の裏口に連れ入れられたお柳は、すぐそばの裏階段ではなく二階の大広間へ向かうには最も遠回りになる表階段へと一階の長い廊下をゆっくり歩かされ、客や女郎や女中たちの好奇の目に晒された。
 それだけではない。縄に絞り出された乳房や剥き出しの腋の下や尻などを男たちに嬲られながら、口惜し涙をこらえて重い足を引きずってきた。

そんなお柳の気持ちを察した和枝は気分を和らげようと考え、二階へ向かう前に帳場脇にある自分の居間に連れ入れて、お柳の乱れた髪を梳き直し簡単な化粧も施した。

「なんとまあ、こんなに綺麗なあんたが匕首振り回して何度も修羅場をくぐり抜けてきた女侠客とはねえ。今更ながら、あたしゃ、信じられない気持ちだよ。しかも、これだけの別嬪さんがうちの矢島に仕置きされて死ぬなんて、勿体なくて仕方がないねえ」

お柳の凄艶ともいうべき美しさに改めて感心した和枝がその類まれな美貌を褒めたたえたが、そんなことでお柳の沈み切った気持ちが上向くはずもなかった。これから足を踏み入れなければならない二階の座敷ではもっと酷い羞恥と屈辱の地獄が待っているのだ。そう思うお柳の足は鉛になったように動かなくなるのだった。

 

 大広間の中は酒臭い男どもの臭気でむんむんして、その臭気が廊下にも流れ出ていた。軽やかな足取りで先に立つ辰造の後ろを源太郎に縄尻を取られて大広間の入り口まで曳かれてきたお柳は、そこで足を止めて立ちすくんだ。この一日の長く辛い道のりを刻んだ裸足の足裏がこの先に進むことを拒んでいた。

「お柳さん、怖いのかい? 鉄火肌のあんたらしくないねえ。さっさと入りなよ」

かたわらに寄り添う和枝に意地悪くせかされ、振り向いた辰造に目配せされた源太郎にどんと背中を突かれたお柳は、前のめりに座敷へ足を踏み入れた。

途端に宴席は狂乱の場になった。

「おい、あのお柳が、真っ裸でおっぱいも下の毛もみんな見せびらかして現れたぜ」

「仕込み簪も匕首もねえし、スッポンポンの上に両手も使えねえなら、もう怖かねえや」

「この女、一晩中ここで盛り回って皆にたっぷり抜かせてくれるのかい」

「そりゃそうだろう。俺らにあれだけひどい怪我をさせた跳ね返り女だ。嬲り回して、この股の槍で滅多突きにしたあとは仕置きだ」

「いつまで正気でいられるか、こいつは見物だぜ」

お柳を嘲笑うダミ声と罵声が飛び交う。その只中を青白い顔を伏せたお柳が唇を噛み締め、縄をまとった惨めな裸身を晒しながら上座の方へと歩を進めた。しかし、場の騒々しさのわりには実際に手を出すものはいない。やはり気味が悪いのだろう。

矮躯の胸を張って先導した辰造が上座の中央に座り、その横に裸のお柳が皆の方を向いて正座をすると、満面に笑みをたたえた辰造が皆に向かって得々と話しはじめた。

「もう話は聞いていると思うがこの源太郎が手柄を立てて、三年前にこのわしを虚仮にしたツバメ返しのお柳を生け捕りにしてここ大越まで曳き連れて来てくれた。わしにとっちゃ憎んで余りあるお柳だが、話をしてみりゃなかなか物分りのいい女でなあ。すっかり前非を悔いてわしら皆に心の底から謝りたいそうだ。それでこの通り生まれたままの姿になってここに出てきたという次第だ。さ、お柳、皆に向かってしっかり謝りな」

「…………」
 お柳は辰造の言葉が聞こえなかったように目の前の畳に視線を落としたまま呆然としていた。心がどこかを彷徨っている。そのお柳の耳元で辰造が囁いた。

「おい、お美津がどうなってもいいのか」

ハッと我に返ったお柳はさも口惜しそうな眼差しで辰造の顔を見上げたが、今更致し方がないという諦めの表情になって口を開いた。

「わたくし、かつてはツバメ返しのお柳……といわれた女でございますが、矢島ご一家の辰造親分様には……先年より私の心得違いからひどいご迷惑を多々おかけしました。また昨日は子分様方にもお怪我をさせたことを……大層悔やんでおり、心よりお詫び申し上げます……」

「詫びればそれで済むと思ったら大間違いだぞ!」

「まったくだ。すぐにも切り刻んでやりてぇくらい憎らしいアマだぜ」

たちまち激しい罵声が部屋に満ちた。

「こらーっ、てめえら、静かにしねえかい!」と怒鳴った代貸しの大崎寛治が指を口の前に立てて皆をねめ回し、一瞬にして静寂が訪れた中でお柳は詫び口上を続けた。

「ひいてはこの通り……真っ裸になって、この身を……ご一家にささげて罪滅ぼしさせていただく所存でございます……。皆様お一人おひとりが気の済むまで、わたしに……どんな狼藉を振るわれましても……すべて真心よりお受けしますので、どうか、なんなりと……」

そこで口上を途切れさせてしまったお柳の切れ長な美しい目から涙がひと滴こぼれ落ちて正座の膝を濡らした。首の後ろに縛り固められた両手の先で握り締めたこぶしが小刻みに震えていた。
 しかし、お柳を屈辱の奈落に突き落とすつもりの辰造に容赦はない。

「おい、一番大事なところだぜ。はしょらずにしっかり言いな。『わたくし、すっかり心を入れ替えて、真っ裸の身一つ孔三つであらゆる淫らなご奉仕を皆様のおっしゃる通りにやらせていただきますので、どうか宜しくおねがい申します』ってな。さあ、言ってみな」

どんなに危機に直面しても常に冷静かつ豪胆だったお柳も、悪夢のような極限の屈辱を味合わされてすっかり惑乱していた。強制されたこととはいえ、凄まじい内容の詫び口上を最後の一言まで述べて自身をますますのっぴきならない状況に追い込んでしまった。そのことが悔やまれる。口惜しさが胸を抉り、涙があふれ出た。

「その気になりゃちゃんと言えるものだろう。なあ、お柳」

 辰造がお柳の柔らかな曲線が美しい顎に手を添えて涙に濡れた顔を上向かせてあざ笑い、そのお柳の臓腑を抉り出すように酒に酔った男どもがからかった。

「おい、あの男顔負けのお柳がとうとう泣き出したぜ。こりゃ驚きだ」

「ひひっ。これから先が怖くて震えているのさ」

「確か『あらゆる淫らなご奉仕を皆様のおっしゃる通りに』と言ったよな。そんなら、そうさせてもらおう。今から皆で気が済むまでたっぷり弄んでいたぶってやろうぜ」

「俺は肩の筋を切られて右手が動かせねえ。この恨みは何としても晴らしてやるぜ」

「おいら、指を二本も飛ばされた。お柳の指も切り飛ばして仕返しだ」

「あっしの腰を蹴りやがった足を縛って逆さに吊り下げてなます斬りだな」

お柳は両手で耳を塞ぎたかった。が、その両の手は自由にならない。唇を噛み締めて顔を伏せているほかなかった。そのお柳の顔を辰造が脇から覗き込む。

「お柳。ここにゃ、おめえの味方は誰一人いやしねえ。この調子じゃここでこれからどんな目に遭わされるか、おめえに想像がつくか? 果たして正気のままここを出られるかどうか。これからおめえは、いくつ体があっても足りねえくらい責め抜かれるんだぜ。どうでい、どんな気分だ?」

辰造はお柳が涙を流すのを見て溜飲をさげ、恨み気分はすでにかなり納まってきているのだが、粘着質な性格だけにそれだけで許す辰造ではない。お柳がまた新たな涙を流して懇願するのをうれしそうに眺めている。

「辰造親分、あたしも侠客のはしくれ。いっそ一息に殺してくれませんか。いいえ、皆の気のすむようになます切りにでも何にでも、好きなようにして殺してくださいな」

「お柳。ここまで堕ちたおめえに情けをかけて侠客のはしくれと認めてやったとしても、だ。すぐに死なせるつもりはねえよ、生憎だが」

辰造には血を流させる仕置きをするつもりがない。お柳のような気丈な女を心底苦しめるには向かない仕置きだし、極上の女体に傷さえつけなければいくらでも商売に利用できる。一度羞恥と屈辱のどん底に突き落とし、素直になったその時には真っ先に自分が抱いて存分に泣かせてやりたい。辰造にとってお柳はそれほどに魅力的な女だった。

「どうでい、先刻も言ったがおめえ次第だ。このわしと契りを交わして、矢島組のために働いてくれればこんなむごいことは二度としねえ。ここで身も心もズタズタにされるか、それとも矢島の賭場で賽を振るか、どっちがいいかは言うまでもねえはずだぜ。わしにはおめえが拒む理由が分からんのだがなあ」

お柳は束の間迷ったが、すぐに決断した。沢村銀次郎は半月経ってもお柳から何の連絡もなければ密偵を送って情況を探り、事の次第によっては一家総出で大胡宿へ乗り込むと約束してくれた。その希望がある限りここでこのまま無残に貶められるよりも時間稼ぎが出来る方を選ぶのが賢明だと。しかし、どうしても意地は捨て切れなかった。

「辰造親分。あたしが矢島組のために働くには条件が二つあります。お美津さんをすぐに解放して家へ帰すこと、それと耕平と三郎をここから追放すること。それなら……」

お柳が口にした条件を聞いて辰造はがらりと態度を変えた。

「なにい? お柳、条件を持ち出すなんざぁおこがましいや。今のおめえはわしのために働くか、断ってむごい目に遭うか、そのどっちかを選ぶ他はねえんだ。まあ、いいとしよう、百歩譲っておめえの条件を呑むとしようか。その時はお柳、おめえには賭場へも素っ裸で出てもらうぜ。これだけ大勢の男の前でおっぱいも下の毛も何もかも披露しちまったおめえだ。裸で壷を振るくらいは何でもなかろう。いずれ全身に着物代わりの彫り物を入れるくらいのことはしてやるが、それでいいんだな?」

「そ、そんな恥さらしなことが、仮にも侠客として生きてきたあたしに出来るわけがありゃしない。そこまでして矢島組に使われるのなら、女郎になった方がまだマシさ」

お柳のその言葉を聞いて辰造はふっと顔をほころばせ、意味ありげな含み笑いをした。

「ふっふっふ、そうかい。裸で壷を振るより女郎になる方がいいのかい」

そうだったのだ――。

矢島辰造はお柳のこの言葉を待っていたのだ――。

笑みを消して真顔になった辰造は、おもむろにお柳に引導を渡した。

「よし、それなら決まりだ。おめえの望み通りにしてやろう。おめえは本日ただ今からこの紅屋の女郎だ。文句はねえな」

「…………」
 お柳は辰造の巧みな誘導に引っかかってしまったことにようやく気づいた。が、女郎になった方がマシだと言い切った手前、無言で頷くより致し方なかった。

「おい皆、こいつの昔はともかく、これからは紅屋の女郎として店に出すから、指を詰めるとか殴る蹴るでからだに痣を残すとか、傷ものにしちまっちゃ値打ちが落ちる。それよりもこの宴の場でもっと面白い女の扱い方があるんじゃねぇのか」

「親分、ここは任してくれませんか。あっしのこの槍でヒイヒイ泣かせて見せやしょう」

「おお、源太か。手柄を立てたおめえが逸る気持ちも分からんでもねえが、一番槍は親分のわしに譲るのが子分の礼儀というものだろう」

そう源太郎にダメ出しをした辰造は、「しかしな、わしがお柳の後ならおめえらの好きにしていい」とニタついてお柳の顔を覗き込んだ。

「お柳、今夜は眠れんぞ。覚悟はいいな」

激しい羞恥と屈辱と不安感に苛まれているお柳の耳には辰造の言葉が聞こえていなかった。頭が混乱しきっていて、周囲の音も声も耳に入らなくなっているらしい。

「ほう、あの気の強い女がすっかりおとなしくなって、案外可愛いじゃないか」

お柳の呆然とした顔を小気味よさそうに覗き込んだ辰造が一座の皆に向かって言う。

「おい、おめえたち。このお柳はまだ、しっとり抱けるような、女の匂いを立ち昇らせるような状態にはなっちゃいねえ。だがな、何も生娘だというわけではないぞ。あちこちの賭場を男とつるんで渡り歩いてきた女だ。元々が人一倍男好きだから、ここはじっくり時間をかけていじくりまわし、責めまくってよがり泣く声を搾り出し、自分でじっとりと濡れさせるのが肝心だ。恒例の念仏講はあそこが充分に濡れそぼってからてぇことだな」

 念仏講というのは矢島一家のヤクザ者全員が代わる代わる女を犯していく、所謂輪姦のことである。辰造はお柳を完膚なきまでに貶めるつもりだった。

 

 辰造が機嫌よく喋っている時に、和枝が両手で小道具箱を抱えた浴衣姿の耕平と三郎を左右に従えて大広間に入ってきた。

「おお、和枝たちか。いい所に来た。おめえらも何かお柳を悦ばせて啼かせて濡れさせる工夫をしろや」

「はいはい、そのためにわざわざ参ったのでございますよ」

和枝は、左右に片膝立ちに控える耕平と三郎が差し出した箱からなにやら異様な器具を取り出した。それを見て一座がどっと沸いた。

女郎たちが持っていたらしい張形を目の前に突き出され、怖々と目にしたお柳はハッとその目的に気づいてそのおぞましさに顔をゆがめた。

怖れと羞恥がない交ぜになったお柳の表情の変化が面白いのだろう。男たちがいちいち声をあげて笑いさざめく。そんな雰囲気を愉快そうに引き取りつつ、和枝は箱の中から器具の一つひとつを手にとっていわくありげに正面のお柳へ説明を始めるのだった。

「おほほ。この張形はね、うちの女郎たちが大事にしているものをそれぞれひと棹ずつ借りてきたものさ。無粋なお前にとっちゃ初めて見るものばかりだろうけれど、この中の気にいったもので自分のからだの芯を柔らかくほぐしすんだよ。いいかい」

勿論お柳にもそれが何をするものなのかは分かっている。が、何を言われているのか理解出来ない、といった風を装って顔を背けた。そのお柳に辰造がそばから半畳を入れる。

「和枝。いかなお柳でも両手を頭の後ろで括られていちゃそいつは使えねぇだろうぜ。そうだなあ、お柳。おめえの手の縄をほどいてやったら、そいつを持ってわしら皆の前でせっせと自分を慰めて見せてくれるか? ひひっ、色狂いのおめえならやりかねめえ。いやいや、待てよ。手を自由にしてやるのは考えものだ。まだ危ねえ」

辰造はまだお柳の従順さを本物とは思っていない。なにしろ一日曳き回されて疲れきっていながら、先刻は土蔵の中で再三にわたって暴れ回ったお柳である。体を自由にさせたらどうなることか分からない。

「和枝、ここは百戦練磨の耕平と三郎に任せてみろ」

「ええっ、親分、俺たちでいいんですかい?」

 耕平はお柳が仇討ち相手である自分たちに激怒することを心配した。が、辰造は目顔で構わずやれと伝えて、お柳に指示を出した。

「さあ、お柳。股をしっかり開いて気分を乗せて、耕平にからだを任せるんだ」

身を硬くして身構えるお柳の反応が気になる耕平だったが、この日初めて普段の色事師の顔になって浴衣を脱ぎ落とし、三郎に目配せしてからお柳に話しかけた。

「お柳さん、ちょいとごめんなさいよ。お前さんのからだを揉みほぐさせてもらうぜ」

お柳の表情がさっと変わった。
 憎い仇の二人に自分の肌身をいじられる嫌悪感と屈辱感がたちまち頂点に達し、お柳が激しく動揺しているのが辰造にはありありと見て取れた。

(これは見ものだぞ)と辰造はホクソ笑んだ。

「ああ、いやっ! やめとくれ!」

膝を立てて逃げ出そうとするお柳の、顔の両側にある二の腕を背後から三郎が押さえる。お柳はもうそれだけで身動きがとれない。後ろの三郎に凭れるように立っているお柳の固くすぼませた脚と腿を両手でこじ開けた耕平が、開いた股間へ握りかざした立派な一棹の張形を突きつけて押し込もうとする。

「や、やめて! ああ、いやっ!」

と叫んだお柳は辰造にすがった。

「た、辰造親分。こ、こんな無体なことはすぐにやめさせてください。この二人にはいやらしい器具ではなく匕首か刀を持たせて、あたしをばっさり斬らせてください。沢村親分の仇討ちを果たせないあたしの辛さを斟酌してくださり、どうかお柳を侠客として返り討ちにしてください、お願いです」

「お柳、おめえ、まだ侠客のつもりでいるのか。最前、この紅屋の女郎になると誓ったばかりだろう。終わった話を蒸し返すのはやめな。今のおめえは誰に何をされようと文句の言える立場じゃねえことを忘れるな。おい、三郎、お柳をもっとしっかり押さえつけろ!」

慌てた三郎が二の腕から手を放してお柳の上半身を自分の懐に抱き寄せようとした。

「あっ、よさないか、三郎! あたしのからだに触るんじゃない! 汚らわしい!」

ブルッと大きな身震いをして三郎の手を払ったお柳は、片足で目の前の耕平を仰向けに倒すとくるりと向きを変え、片膝を挙げて膝頭を三郎の腹に突き入れた。

「うぐっ!」と呻いた三郎が体を海老のように前屈した。その三郎をお柳は、膝の上に乗せたと思うや柔軟な全身をばねのように動かして回転し、決して小さくない男一人を宙に舞わせて耕平の身体の上へ投げ落とした。

「ぐえーっ!」と叫んだ三郎と耕平はだらしなく畳の上に折り重なって延びてしまった。

周囲の者は余りに素早いお柳の動きに目を丸くして見ていることしか出来なかった。

「こ、このアマ、やりやがったな。おい、皆、お柳を取り押さえるんだ!」

たちまち男たちがお柳を取り囲んだ。が、当のお柳は石になったように固まって広間の入り口を凝視している。そこには松吉に曳かれて入って来たお美津の姿があった。

たちまちお柳は男たちに取り押さえられ、裸身をその場に跪かされた。

「性懲りなく楯突くとは、お柳、どうすりゃおめえは素直になれるんだ?」

「…………」

お柳は辰造の問いには答えず、松吉が抱きかかえているお美津を見つめていた。お美津はしこたま酒を呑まされたようで意識が朦朧としている様子である。縄はほどかれているものの、着物は脱がされ長襦袢姿にされていた。

「わしも我慢の限界だ。お美津をおめえの身代わりにしてやる。もう容赦はしねぇ!」

辰造の強い言葉にハッと我に返ったお柳が脇に立つ男どもの手からすっと消えた。一瞬にしてその場に正座になり、両手を上に縛られた裸身を深々と前に倒していた。

「申し訳ございません、辰造親分。あたしが、このお柳が、心得違いをしておりました。もう決して楯突くようなことは致しません。ですから、お願いします、お美津さんには何もしないでください」

「ほう、ようやくてめえの立場が呑みこめたかい。しかし、おめえの言葉は今ひとつ信用できねえ。おい、松吉。お美津は括って隅に転がしておけ、念のためにここに置いておこう。お柳、よくよく頭に叩き込んでおけよ。この先ちょっとでもわしに逆らったらすぐにお美津を裸に剥いて、皆がおめえにしたいことをお美津にしてやるから。分かったか」

「わかりました。二度と親分に逆らうことは致しません」

やむを得ずに誓いを立てたお柳の双眸には、もはやどうしようもないという諦めと観念の色が宿っていた。

 すっかり元気を失ったお柳を眺めてホクソ笑んだ辰造が、下座に控えている三下たちに向かって新たな指示を出した。

「おい、おめえら、納戸まで行ってあれをここへ運んできな」

「へいっ」と飛び出して行った三下達がまもなく運び込んできたのは大きな座卓だった。

五人がかりで抱えてきた見事な黒壇で出来た座卓は、広い座敷の中央に裏返しに据えられ、四隅の太い脚が天井を向いて直立した。

用意が整ったのを確認して頷いた辰造がお柳を振り返った。

「お柳、おめえって女はどうも静かにしちゃおれねえ様子だ。それに手足を自由にしておくといつまた大暴れするか、安心できたものじゃねえ」

お柳には辰造の企みがすぐに分かった。裏返した座卓の脚にお柳の手足を括りつけて、身動きが取れないようにしておいてからお柳が嫌がる羞恥責めをするつもりなのだ。

「さあ、お柳。この台の上に載りな」

「辰造親分、堪忍してください、こんなこと。お願いです、堪忍してください」

「いや、堪忍ならねえ。潔く台の上で仰向けになるんだ」

そう突っぱねられたお柳は逡巡した。しかし、辰造の指示に従わないと座敷に留め置きされているお美津が身代わりにされる。それを考えると、言わば人間まな板の、その台に載らないわけにはいかなかった。

屈強な男たちの手で台の上に引き据えられたお柳の膝と足が左右に広げられていく。

「何するのさ。やめてっ。酷いじゃないか、むご過ぎるじゃないか、こんなこと……」

余りの恥ずかしさにお柳は足をばたつかせて抵抗した。が、懸命の抵抗も大の男たちの力に敵うはずもなく、とうとう白い陶器のような光沢を放つ伸びやかな両肢のよく締まった足首は、それぞれ左右の台脚の外側へしっかりと括りつけられてしまった。

「い、痛い……

お柳は左右に思い切り割り裂かれた二肢のつけ根の痛みに顔をゆがめた。そのお柳の両手の縄がほどかれて背中を台の上に押し付けられ、左右の手はそれぞれ斜め上に引き広げられて台の脚に縄で固定された。

裏返しの座卓の上に手足を大の字に広げて磔にされてしまったお柳は、乳房や女の恥丘は言うに及ばず、女の茂みの下にひそむ秘裂も後ろの菊座も何もかもすっかりさらけ出している。この状態では何をされても抗いようがない。
 そのむごい姿を脳裏で俯瞰したお柳は、このまますぐに死んでしまいたいほど切なく辛い気持ちになっていた。

固く目を閉ざしたお柳は、羞恥に赤く染まった顔を横に向けて惨めさ極まる現実に何とか耐えようとした。わめき散らしたい、泣き叫びたい、出来ることなら沢村銀次郎の名を呼んで助けを求めたい。その悲痛な叫びを意思の力で抑えて必死に冷静を装ったお柳は、顔の向きを元に戻して、虚ろな視線を天井に漂わせた。

「おい、お柳、なかなか綺麗だぜ、そうやって素っ裸で磔になって何もかも丸出しにした気分はどうでえ? ほう、返事がねぇか。余りの嬉しさに胸が詰まって何も言えねぇようだが、喜ぶのはまだ早いぜ。これからがおめえの本当のお楽しみ時間だ」

ふふふっと何やら意味ありげな笑みを浮かべた辰造だったが、お柳の肉体の見事さに今更ながら見惚れた。
 大の字に広げられたその裸身は先刻土蔵で見た裸体とはまた印象の違った美しさと魅力を発散していた。ほどよく熟した乳房は言うに及ばず、腹部の柔肉の白さ、えぐれて見えるほど細く締まった腰と豊かに熟した尻、女の恥丘でそよぐ絹糸のような繊毛、その下の肉付きのいい真っ白な太ももからすらりと伸びきった二肢の美しさ。それらすべてを辰造は眩しくさえ感じていた。

しかし、お柳自身はその美しい肢体を意識することもなく、大勢の男達の淫らな視線にひたすら耐えている。そうしたお柳の心の強さが辰造には憎くもあった。

「お柳、こうして大の字磔にされたのも元はと言えばおめえが強情だからだぜ。おとなしくわしらに嬲られていればこんな恥ずかしい格好にならなくて済んだものを、強情に過ぎるおめえの自業自得と思いな。しかし、さすがのおめえもこの格好じゃ、もう素直にわしらのオモチャになるほかねぇな。そうだろう、なあ、お柳」

もうこの男どもに裸の肌身を嬲られる他はない。お柳は、周囲の哄笑と罵声の中で気が狂いそうな羞恥と屈辱に必死に耐えて、むしろ開き直ってやろうという気になっている。それは彼らに弱みを見せまいという彼女の精一杯の反発だったけれど、もちろん普通の人間なら正気を保つことも困難な情況でのお柳ならではの気概だった。

「ええ、今のあたしはまな板の鯉の気分ですよ、辰造親分。存分にオモチャにすりゃいいじゃありませんか。人でなしの似非ヤクザどもにこんな目にあったって何とも思いやしませんよ。かぶりつこうか切り刻もうか、どうとでも好きにしてくださいな」

「なにい、この期に及んでまだそんなことを抜かしやがるか。おい、お柳、ここにいる三十人余りは皆、おめえを早く存分にしたくてうずうずしているんだ。だがな、恒例の念仏講を順繰りに始める前にたっぷり料理して吼え面をかかせてやるから覚悟しな!」

 人でなしの似非ヤクザ侮蔑された矢島辰造は醜怪なその顔を赤く膨れ上がらせた。




                                (続く)