鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 


    第6章 噂の女郎




 日光裏街道上州路の大胡宿にある女郎宿『紅屋』は近郷一との評判だった。抱える女郎の数も多いが、建物中央を四十坪ほどの庭が吹き抜けているものの間口十間奥行二十間の建物が三層になっているのだから田舎の女郎宿としては規模が大きい。しかも、上階からも庭の緑や池を泳ぐ鯉を眺めて楽しめるよう各階の廊下は中庭に面して巡らされてあった。

 沢渡健次によるお柳への調教がはじまった翌日の午後――。

時ならぬざわめきが紅屋に湧き上がっていた。その源は中庭と中庭を取り囲むように巡らされた一階の廊下にあった。紅屋の中でも客や女郎や女中たちの行き来が最も多い場所である。一階には廊下から張り出して庭池を跨いでいる広さ十二畳ほどの花見床があるが、そこで昼日中から親分の辰造と組の幹部数名が酒盛りをしている。しかも彼らは庭とは反対の方向を向いてさも楽しげに酒を酌み交わしていた。

「秋も深まりつつあるこの時期にまさかここでおめえたちと一緒に宴会とはなあ」

「親分、この位の肌寒さならどうってこたぁねぇでしょう。春に満開の桜を眺めながら飲む酒も乙なものですがね、わっしは今日の酒の方が何倍も旨いと思いますぜ。なにしろ酒の肴が真っ裸の女てぇのがこたえられねえ」

「そうだな、満開の女と旨い酒で体が温まって丁度いいかもなあ、あははは」

 下卑た会話を交わす彼らの視線の先には、太い柱に吊り縛られている素っ裸の女がいた。他の誰でもない、お柳である。

朝のうちおしゃぶりと鶏芸の稽古をさせられたお柳は、稽古に熱が入らない罰として花見床の入り口に立つ柱に縛りつけられていた。柱には長さ二尺ほどの横杭が取り付けられており、手首を縛られた両手を高く挙げて柱に吊り縛られているお柳の下半身はその横杭を跨いでいた。勿論、熟れた白桃のように瑞々しい乳房もどす黒い麻縄に絞り出されている。しかも、お柳が跨がされている三寸角の横杭にはホゾ穴が細工され、そのホゾ穴に男根の形をした張形が差し込まれ、張形の先端がお柳の女陰に没入していた。

横杭を跨ぐ両足で爪先立っているお柳は懸命に張形から逃れようとしていた。が、爪先に思い切り力を入れても、頭上に引き伸ばされている腕で懸垂をしても、張形の先端は女陰から抜け出てくれない。しかも、周囲の連中が邪魔をする。

健次と桃子、それに酒盛りをしている辰造たちが立ち上がって来ては不安定なお柳の全身をいじり回し、すらりと白い細首から縄に緊め上げられた乳房へ、露わにさらけ出した腋の下から腹へ、果ては翳りを失った女の恥丘と後ろの菊門にまで手指を這わせ、更には腰と尻を揺さぶる。だから女の花肉の襞が張形にこすれっぱなしになる。

「ううっ、あ、イヤっ。お、お願い、やめて。うっ、ううっ、ああ……

お柳は肌嬲りを続ける彼らに侠客の意地を捨てて哀願した。が、股間の刺激のみならず体のあちこちの性感帯を巧みに攻められることでお柳の全身は熱くなってきていた。

「どうだ、お柳? 体の芯が燃えてきているだろう? 隠すなよ、おめえの淫乱な体がもう我慢できねえと言っているぜ。我慢せずに自分で腰を動かしな。そうだ、前後に腰を振ればいいんだ。もっと、もっとだ。どうだ、どんどん気持ちが昂ぶっていくだろうが。遠慮するこたぁねえ、昇りつめたっていいんだぜ」

健次に煽られ続けるお柳は羞恥と性感の昂ぶりに赤らんだ顔を上向きにしてジッと遠くを見詰める厳しい表情になった。
 その表情の変化を見た健次がそばの桃子に指示した。

「桃子、おめえ、あの辛子軟膏を湯に溶いて来い。いつもより濃くしてな」

「あいよ」と桃子は台所へすっ飛んでいった。

 物陰から様子を窺っている女郎や女中たちは好奇心剥き出しで真っ裸のお柳を凝視していた。以前に足抜けしようとした女郎がここで責められたことがあったが、その女郎は着物をつけていた。お柳のように裸で責めを受けるのは初めてのことである。
 だから、こんな仕置きをされるのは余程の過ちを犯したのだろうと思ったり、ひどい恥辱を味合わされている心中を察してみたり、遣り手婆から最低の見世物女郎になるためのしつけだと聞いて納得したりしている。初めて彼女が女侠客であることを聞いて辰造親分のこの仕打ちは余りに惨いと思う者もいれば、反目する侠客同士なら責め殺されて当然だという者もいた。
 が、誰もが改めてお柳の容貌の際立つ美しさに感嘆していた。

 しかし大半の女郎たちには、四六時中裸の肌身を縛られて引き回されても矢島衆全員による拷問のような色責めに遭ってもなお屈しないお柳の強情さが理解できなかった。彼女たち女郎は裸にされることをひどく嫌がるし、酷い責めをされると知っただけでたちどころに観念する。だから、お柳という元女侠客は被虐を悦ぶ恥知らずな淫乱女だという囁きがたちまち彼女たちの間に広がっていった。それも辰造と和枝の目論見のひとつだった。

 
「ああっ、うっ、ううっ、イヤっ、はっ、はあっ、うう……」

お柳への羞恥責めはなおも続いている。先刻たっぷりと肛門に塗りこめられた辛子軟膏がいよいよ彼女を苦しめはじめていた。痒くてたまらないから無意識に腰が動く。その度に張形が女陰の内部を刺激する。が、お柳は連中の思い通りにここで気をやることは避けたかった。お美津を守るためにやむを得ず健次の調教に応じているものの、まだ屈服したわけではない。お柳は、肛門の痒みに苛まれながら爪先を強く立て、縛られた両手首の上の縄をつかみ両腕で懸垂するようにして必死に腰を持ち上げていた。

廊下を行き来する者に客も混じるようになってきて、客は皆ギョッとして立ち止まって凝視するが、大抵は関わらないようにと目を逸らせて通り過ぎていく。

お柳の上半身の肌は女芯の疼きが全身に広げた熱で薄桃色に染まってきていた。その素肌を辰造たち男どもにいじられ続け、誰かれとなく唇を吸われ、それでも爪先に力を入れ両腕で懸垂を繰り返して腰を浮かせてきたお柳の体力はかなり消耗していた。

必死に頑張り通そうとするお柳を見てニヤリとした健次が、柱の真横にすっと屈むと、爪先立つお柳の右足の足首を縄で縛った。

「な、何をするの!」と色をなしたお柳の右足がさっと後ろへ引き上げられ、その拍子に支えの片方を失った腰がぐんと沈んでお柳の女陰は長い張形を半分ほど呑み込んだ。

「あ、イヤっ、ああーっ! うっ、ううっ」

 激しい狼狽と苦痛の声を上げたお柳の右足はたちまち折りたたまれて縛り固められ、左足も同様に後ろへ持ち上げられ縄で縛られていった。

「ああっ、ああっ、ううっ、ああっ、あ……」

 長い張形はお柳の女陰の中に姿を消し、その両脇の下がる真っ白い太ももの柔らかい肉に足首を縛った縄の縄尻が喰い込んでいる。脚の膝から下を失った状態にされたお柳にはもはや両腕に力を入れて腰を持ち上げるほかはないが、すっぽりと根元まで呑み込んだ張形から逃れるのは男を凌ぐ膂力があるお柳であっても難しかった。

 酒に酔った男どもの淫らな手がお柳をじわじわと追い詰めていく。

「さあ、お柳。せっせと腰を振って一気にいっちまいな。それっ、それっ、それっ。もう我慢も限界だろう? 思い切っていくんだよ、もうなにも考えずにいっちまいな」

必死の懸垂をしているお柳の細腰をつかみ、緊張に堅くなった尻を抱え、あくどい男どもが無理やりお柳の腰を前後に動かして張形の刺激を強める。

それでも腰を持ち上げようとするお柳の抵抗は徐々に弱まってきた。無力感に襲われたお柳の頭の中に白いモヤが広がっていく。心ならずも女陰から湧き上がる快感に抗えなくなってしまい、まるで催眠術にかかったように自ら腰を動かしはじめ、その動きが次第に激しさを加えていった。

「くっ、くくっ、くっ、ああーっ」

お柳は喉を鳴らして全身をのけぞらせ、周囲があっけにとられている間に一気の絶頂を見せておびただしい女の蜜液をしたたらせた。

「おいおい、一人でいっちまったぜ。あのうっとりした顔を見な」

「それにしても、淫ら汁を吐き散らかすたぁ、何てザマだ」

「とうとうお柳も自分で色狂いする女になっちまったか」

「ついでだ。このまま二度三度立て続けにいってみろ」

「…………」

ツバメ返しのお柳に立ち戻って思い切り連中を罵倒してやりたい。が、今のお柳にはそれだけの気力が湧いてこなかった。ただひゅうひゅうと喉を鳴らし、荒い息を継ぐだけだった。興奮の色濃い充血した目の潤みとほどよく熟した白い胸がさも切なげに波打っていることが、今のお柳の情況を雄弁に物語っていた。

「よし、これはひとまず終わりにしよう。源太と晋太、二人でお柳を降ろしてやりな」

「へいっ」と答えて健次に目配せした大柄な二人が、
 左右からお柳の尻と折りたたまれた脚を抱えてゆっくりと持ち上げ、股間に突き刺さった張形からお柳を解放していった。

(ああ、やっとこの辛い責めも終わった……)

お柳はホッとため息を吐いた。が、次の瞬間、その顔が驚愕に歪んだ。

「あっ、痛っ! ううっ、い、痛い……」

肛門に激痛が走っていた。意表を突く彼らの計略だった。源太郎と晋太郎が脱力したお柳のからだを持ち上げている間に健次が張形に辛子軟膏を塗りこめ、張形を菊門にあてがって肛門の中に嵌めこんでいったのだ。激痛に身を揉んで苦しむお柳自身にも、すぐには何が起こったのか分からなかった。

「ひひひっ。これだけ立派な張形を後ろの穴に吸いこむとは、こっちの道具もよほど柔軟とみえる。さあ、これからだぜ。おめえが涙を流して感謝したくなる新しい快楽を覚えさせてやる。さあ、緊めろ、緊め込め。どうだ、いい気持ちだろう。もっと深くするか?」

男達は再びお柳を柱に押し付けて長い張形を体内深く没入させた。

「うぐっ、むふっ。イヤっ。や、やめて。お、お願い。ああ、気が変になりそう……」

下半身がしびれるような、快感ともいえる異様な感覚がお柳を襲ってきた。

前傾した辛い姿勢のまま男達に手首や腕や肩をつかまれ、上半身を揺すられ、強いられるままに肛門の緊め込みを続けるお柳は、奇妙にも、快楽を得られるのならもう何処であれ誰の前であれ何でもやれる自信が出来たような高揚した気分がもたげてきた。

「よしよし、ゆっくり抜いていけ。一挙に抜くと糞がひり出るぞ。これが終わったらもういっぺん前の穴に押し込むか。ふふふ、お柳のやつ、目を白黒させてやがる」

相好を崩して喜ぶ辰造に健次が耳打ちした。

「このお柳を素直にさせるには徹底的に責め抜かなきゃなりません。ここ二三日は休ませずにいかせまくって、その後でいよいよ本格的な下芸を仕込んでやるつもりでさあ」

辰造は桃子の卵割りやバナナ切りに潮吹きの芸を直に見て楽しんだことがある。全裸のお柳が宴席でそういった芸を見せて顔を赤らめる場面を想像してホクソ笑んだ。

(元美人侠客の下芸にびっくりして客は大喜びだぜ。お柳のやつ、いい気味だ)

「健次、調教が一段落したら刺青を彫り込むつもりだから手際よく頼むぜ。そうだ、その前に耕平たち二人とお柳の夫婦の契りをさせよう。おめえもひと役かってくれるな」

「勿論でさあ」と答えた健次が、地面に降ろされたお柳の両脚を折りたたんだ縄を手際よくほどいていった。が、お柳はすぐには立ち上がれなかった。体力を消耗し尽くしていたし、腰も脚が痺れ切っていた。

その夜お柳は、またも陰核に銀環を嵌められ、後ろ手に縛られたまま土蔵の中の石牢に放り込まれて長く狂おしい夜を強いられたのだった。

 来る日も来る日もお柳の調教は続いた。ゆで卵を使っての卵産みの次は生卵での殻割りを仕込まれ、そしてバナナ切りから酒徳利吊り、更には膣口に筆を挟んでの文字書きへと進んでいった。食事は朝晩の二回与えられているが、稽古がはかどらない時は抜かれた。しかし、毎朝風呂場で身を清めることだけは必ず行われた。ただ、耕平と三郎が付き添うことになり、縛られたまま入る厠での後始末も彼らがした。お柳に二人と夫婦契りをさせるために辰造が決めたことだが、仇敵二人に素肌を触られ嬲られるお柳の心の苦しみは並大抵ではなかった。毎晩石牢の中で後ろ手に縛られたまま眠ることとその前に女の急所に淫靡な銀環を嵌められることは変わらない。それも耕平と三郎の手で行われるようになり、お柳は次第に二人に身を任せるようになっていった。

 

ツバメ返しのお柳が矢島一家に囚われて二十日――。

大胡宿とその近辺に噂が立っている。六日ほど前から『紅屋』に珍しい奴女郎が出ているという噂だった。その昔江戸の大森など場末の岡場所でたまに見られた奴女郎は、姦通や駆け落ちや心中の生き残りなど情欲の禁を犯した罰として年季のない最低身分の女郎におとされた平凡な市井の女房たちだった。江戸が東京と改称されてすでに長い歳月が過ぎ去った今、その東京から遠く離れた大胡宿の紅屋に売られてきたお藤という名の女郎は花代も普通の女郎より余ほど安く、しかもすこぶる付きの美人だという話が広まっていた。

昨夜紅屋のはす向かいに宿を取った村田三平という行商人が、相客からその話を聞いて興味をそそられたらしく今日は朝のうちに商売を切り上げて紅屋を覗きに来ていた。

覗き格子の向こうから何人もの女郎が媚を売っているが、その中に噂のお藤らしい女郎はいない。視線を巡らせると張見世の奥の薄暗がりにポツンと一人、お藤らしい女郎がいた。しかし、始終うつむいているのでしかと顔を見ることは出来ない。買うと決めれば店の中へ入って目近に見ることも出来るのだが、三平は躊躇していた。想像していたよりも遥かにむごたらしい姿を見たからだった。

見世に出る女郎は皆、髪を結い整え精一杯着飾って艶を競っているものである。彼女ら見世女郎は積極的に覗き格子に寄りついて表の客に媚を売っている。しかし、奴女郎だというお藤だけは他の女郎たちのいる板敷きから外れた土間に正座をしていた。いかにも咎人らしく後ろに降ろした髪を縄紐でひと束ねしているだけで、しかも腰巻一枚着けていない丸裸だった。罪をことさらに強調されているらしく、後ろ手に縛られた上に裸の肌身に亀甲縛りの縄目を打たれ、縄尻をそばの柱につながれていた。

なるほど、聞いた時は信じられなかったが聞いた話通りだった。確かに奴女郎はその生涯を性の奴隷として過ごさなければならない哀れな身分である。昨夜紅屋のお藤のことを三平に教えた相客は、「奴女郎てぇのは、死ぬまで抜けられない境遇を悲観しているから、大方は生気もなく女の艶も味気もないのが通り相場だが、お藤という女はよく客のいうことをよく聞いて、言いつけられればどんな恥知らずなことでもするらしい」と言った。

実際にその奴女郎のお藤を遠目に眺めてみると、確かに他の女郎とは明らかに区別されている。というより、意図的な差別による最低の扱いが為されていた。

(こんな扱いじゃ、客の目に晒されているだけでも辛いどころか屈辱の極みだろうなあ。奴女郎が哀れな日々を送ることは仕方がないにしても、あれでは可哀相というより悲惨だ。秋も深まりつつあるこの季節を裸のまま務めるのはさぞ辛いことだろう。お藤というあの女郎、果たしてこの冬を生きて越せるだろうか?)

「むごい仕打ちをするものだ」と呟いた三平は、すぐにお藤を買う気になれなかったのか、しばらく紅屋の表の道を右に左にぶらぶらしながら逡巡していた。しかし、そのお藤には早々から客がついたようで、三平が逡巡しているうちに番台の女に呼ばれて立ち上がり、彼女の監視も兼ねていると思われる牛太郎に曳かれて店の奥へ消えた。

三平のような見物客が時々どよめくのは、素肌に縄目を打たれた女の綺麗な顔や柔らかそうな乳房はもとより、時折背中で高手小手に縛られた両手が喘ぎと直接冷たい土間につけた尻の悲哀あふれる後姿に加えて、立ち上がった時に目立つほっそりした腰つきと肉付きのいい太ももがいかにも女らしいのが目を惹くからである。男と変らない上背がある奴女郎の立ち居振る舞いには意外に生気があった。

「噂通りのいい女だぜ、顔もからだも」

「いい女に違いないが、真っ裸でも平気の平左じゃ、風情が足りなくないか」

「そうかもしれないが、何よりも脱がせる手間がないのがいいや」

「そこいらは人それぞれの好みだろう。しかし、縛った縄をほどいちゃいけないそうだから、肌と肌を合わせてしっぽりとはいけそうにないな。こりゃ、騎乗位専門だな」

「わしは花代は嵩んでもやっぱり普通の女郎の方がいいな。ああいう変り種はちょっと嫌だ、風情がないから。それに小汚ねぇ無宿者たちによく抱かれているそうだしなあ」

三平はそんな周囲のムダ口を聞くともなくその場を離れた。

しばらく宿場のあちこちをぶらついた三平がまた紅屋を覗いてみると、お藤の姿は見世にはなく、聞けば今日二度目の客がついて更に待ち客が数人ついているらしい。三平は致し方なく、代わりにタケという少し年季の入った見世女郎を買った。

もともとお藤が目当てだった三平は、タケとの長くない床入りの間もしきりに彼女のことを聞き出そうとした。

「ああ、見世の土間に真っ裸を括られて出ている女郎ならお藤のこったね」

「お藤って名前なのかい、あのお女郎さんは」

「そう。あたいら見世女郎よりうんと下の卑しい女郎さ。花代も最低ならやることも最低でねえ。汚い乞食のような無宿者もあげてやらせるし、日に何人とも限りがない。それに、おしっこして見せるなんぞ、まともな女郎にはやれるこっちゃぁないねえ」

「へえー、そんなことまでねえ」

 三平の間を心得た問い返しに乗せられたタケは得意げに店の内情を話し続けた。

おタケによると、常時二十名を超える抱え女郎は花形の座敷上臈と一般の見世女郎に分けられていて、それぞれ店内での待遇も違えば花代も違うという。現在五人いる座敷上臈には八畳の客間の他に自分専用の寝間がある二間続きの部屋が与えられており、見世には出ずに源氏名が書かれた板看板が店の壁にかけられている。馴染み客がしっかりついている彼女たちは言わば店の看板女郎である。

残りの見世女郎の部屋は客間と寝間を兼ねる六畳間一つで、彼女たちは見世の格子窓から媚を売って客を取り、その狭い部屋で勤めをしていた。それだけに、大抵の見世女郎は出来れば自分も座敷上臈になりたいと願っているらしかった。

「それにさあ、旦那。あたいは店から最初に商売用の着物を貰ってその代金も含めて借金で縛られるけど、あの女にはそんな苦労はないのさ、四六時中裸で縛られているからね。だけどね、旦那。縄で縛ってあるのは、暴れて客の迷惑にならないためもあるけど、あの女が逃げ出さないためだって聞いたよ」

「ふ〜ん、あのお女郎さんは暴れたり逃げ出そうとしたりしたのかい?」

「それがそうじゃないのさ、旦那」

 急に声をひそめたおタケは、これを話したらしっかり抱いておくれよとでも言うように上目遣いに精一杯の媚を売った。三平が苦みばしった顔のいい男だったからである。

「これはね、内緒の話だから、あたいから聞いたなんて言っちゃダメだよ」

「おタケねえさん、心配には及ばないよ、口が固くなきゃ行商人は務まらないから」

「そうだね、なら話すね。あのお藤は、旦那、なんでも元は女侠客だったらしいよ」

「ええっ、そうなのかい。女侠客が女郎になったなんて話は初めて聞いたなあ」

「あたいもさ、それを聞いた時はびっくりしたもの。でも、本当に気の強い女でね、入ってきた当座は、男衆に刃向かうわ、荒れ狂うわの大騒ぎだったもの。あの女が元女侠客だったというのは間違いないねえ」

「それにしても驚いたなあ、あのお藤さんが元女侠客とはね」

「旦那、これは内緒の話だけどさ、お藤というのは藤なんたらとかいう苗字からとって女将さんがつけた源氏名で、本当の名前は確かお柳だと聞いたよ」

「えっ、お柳だって? もしかしてツバメ返しの異名をとったあのお柳姐さんかい?」

「おやっ、旦那はツバメ返しのお柳を知っているのかい?」

「いや、名前を聞いたことがあるだけさ、行商であちこち歩いていると色々な話が耳に入るから……。あれは確か佐野に宿をとった日だったと思うが、宿が混んでいて相部屋にされて、その時の相方が話していたことを今思い出したってわけさ」

「そうだろうねえ、堅気の商売人がヤクザ者と知り合いになってもロクなことはないものねえ。それでね、旦那。あたいが聞いたところじゃ、あの女は前に矢島組の親分さんの面目を潰したことがあってね。それを曲げて許した親分さんをまたも虚仮にしたとかで、その罰としてここの女郎としてこき使われることになったらしいよ」

「親分さんの温情を虚仮にした罰でねえ……」

「そうさ、それもここの女郎でも最低の、見世物女郎にね」

タケはここ紅屋の女郎の多くがそうであるように、ずっと土蔵に閉じ込められているお柳とは話を交わすことがない。そんな仲間とはいえない新入りにいい感情は持っていない。それもあって、三平に問われるまま、お柳について自分の知っていることの洗いざらいを誇張も交えて話した。

「遠目には見えなかったろうけど、旦那。あの女は恥ずかしいところに刺青を彫られているんだよ。そんな体にされちゃ、逃げられやしないねえ、どこへも。でもさ、それを苦にもせずに、言われた通りにこなすのが凄いじゃないか。まあ、慣れれば何だって平気になるんだろうけど、安いから客もひっきりなしだし、あれじゃすぐに体をダメにするよ」

「そうなのかい。ところでおタケさん、見世物女郎が最低てぇのはどうしてだい?」

「旦那、それはこうさ。宴会の席じゃ、口にするのも嫌な卑しい芸を大勢の客の前でご披露するんだ。恥知らずにも程があるよね。どんな芸かだって? そうさね、女のあそこを使う芸さ。でも、それだけじゃないよ。男衆二人に上から下からいじらせ放題やらせ放題でいきまくる。しかもその男衆二人がお柳とは元々浅からぬ縁だそうなのに、二人と夫婦の契りまでして女郎の仕事の合間にまぐわい放題だっていうから呆れちまうじゃないか。根っから好きなのさ、あれが。色狂いっていう、一種の病気だろうねえ」

タケにとっては他人の不幸は自分の幸福とでもいうように、お柳がここで蒙っている様々な想像を絶する難儀をそのまま赤裸々に話すこと自体が彼女には面白く楽しい、いわば不幸な自分にも更に下がいるという自身の慰めを得る行為だった。

 
 敷地も建物も広い紅屋にはいつも数え切れないほどの人影と声が渦巻いている。女は女郎のほかに遣り手婆や賄いの女中が中心だが、男たちの多くは牛太郎はじめこの遊郭に働いている下男に小者と外から出入りする客たちである。その大勢の中にあってただ一人、素っ裸の身を晒しているお柳は異様に目立っていた。

罪科によって堕とされた奴女郎も粗末ながら素肌を隠す衣を身に着けていたが、お柳の場合はいつも一糸まとわぬ素っ裸であり、常にその素肌に縄目を打たれている。紅屋における最低身分の見世物女郎であることを示す処置として辰造が決めたことだが、肉体的にも苦痛があるばかりでなく、日夜を問わず恥辱極まる姿を強いられていては生きている心地がしない。

「お願いです、せめて腰につけるものだけでも……」

与えて欲しいと、お柳は繰り返し頼んだけれどもその願いは虚しく拒絶された。

そればかりではなかった。色事指南の沢渡健次夫婦による調教が一段落した翌日に内心怖れていたことが現実になった。「お柳、必ず無事に帰ってきてくれよ」という愛しい沢村銀次郎の声を背にして浅草を発ってから十四日目のことだった。女の一番恥ずかしい場所に禍々しい刺青を彫られてしまったのだ。四六時中裸の肌身を後ろ手に縛り上げられているお柳は、逃げ出すことはもとより、抗うことすら出来なかった。

辰造が呼んだ彫師二人は、お柳の人並み外れた美貌と見事に均整の取れた美しい肢体に見惚れ、生まれたばかりの赤ん坊のようにすっかり翳りを失っている恥丘に唖然とし、無防備にさらけ出している女の秘裂に目をやって生唾を呑み込んだ。指定された墨入れ場所も彼らにとっては烈しくも刺激的だった。が、二人は両足を大きく開いた人の字縛りにされたお柳に黙々と墨を入れていった。

彫師の二人も多感な男盛りだったし、あるべき茂みのない真っ白い恥丘で呼吸しているかのような女の秘苑の潤いについ気を取られてしまう。そんな昂ぶった気分で二人の彫師が仕上げたのは、ボカシを多用した暗い図柄で大きくはないが、三角の不気味に光る目をした黒蛇が暗い炎の中でのたくりながら長く赤い舌を女陰に差し入れている、淫らで禍々しい飾り絵だった。

本来なら数日かけて行うことを一晩で済ませたのだから彫師も大変だったが、お柳の苦痛は言語を絶した。その常識では考えられない過酷な一夜仕上げに歯を食い縛って耐えたお柳の剛い心を、辰造は何とかして打ち砕こうとした。

「兄さんたち、急ぎ仕事をさせて悪かったなあ。約束の金にご苦労賃を積んでやろう」

辰造はそう言って目の前の妖しくも美しい肉体に激しい欲情を催している彫師二人にお柳を抱くことを許した。その夜お柳は、親からもらった大切な肌を汚された上に彫師二人に刺青針の刺さった跡が疼くからだを弄ばれ女の秘苑を蹂躙されたのだった。

矢島辰造のお柳に対する冷酷な仕打ちはまだあった。

刺青を彫られた翌日から三日間、お柳は毎日正午前から宵の口まで紅屋の店先の土間に晒された。丸裸の身を縄で縛り上げられた姿であることは言うまでもない。両手を後ろ手の高手小手に縛られ、熟した白桃のように瑞々しい乳房を亀甲縄に絞り出され、翳りを失った女の恥丘を縦縄に割られている女が正座をしている異妖で刺激的な光景は当然ながら通り客の目を惹いた。辰造の目論見通りの反響だったが、お柳の恥ずかしさと屈辱感がどれほどのものであったかは計り知れない。

そのお柳は三日晒しの次の日から客をとらされた。が、前夜に鼻腔の間に穴を開けられていた。客がつく度に金色の環を鼻腔の穴に嵌められ、環に結ばれた紅紐を仇敵の耕平と三郎のどちらかが引いて張見世の土間から客の待つ部屋へ連れて行く。部屋に着くと鼻の金環は外されるもののまさに牛馬に等しい屈辱感極まる扱いであり、お柳の心の傷が更に深まったのは言うまでもない。

「なあに、辛い恥ずかしいも最初のうちだけのことよ。慣れてくりゃあ何てこたぁなくなる。客が眼を白黒させるおめえのあそこの刺青にしても、そのうちおめえ自身が誇りを持って喜べるようになるに違ぇねえぜ」

辰造はお柳の心情を察することなくさも訳知り顔でそう言ったが、果たしてそうなるものかどうか……。はっきりしていることは、お柳のからだはもはやお柳自身のものではなく、辰造の気ままに作り変えられた性奴隷の体になってしまったことだった。

しかし、客をとるようになってからのお柳にひとつだけ救いがあった。それは辰造が定めた見世物女郎お藤ことお柳に関する「片時なりとも決して縄をほどいてはならない」という決め事がそれだった。つまり、こういうことである。亀甲縛りの縄が股間の秘裂にも喰い込んでいるために、客は自分のものをお柳の女陰に突っ込むことができない。辰造が意図したことなのか、偶々そうなったのかも知れないが、奇しくもお柳はこの定めによってお柳は客との性の交わりを免れたのだ。が、当然、不満を口にする客も出た。

「なんでえ、なんでえ。女郎を買ったのにやらせねぇのはおかしいじゃねぇか!」

 店に上がる前に定めの説明を受けた客たちは一様に口を尖らしたが、だからといってやめて帰る者はほとんどいなかった。花代が見世女郎の半分以下であることに加えてお柳の類い稀な美形に惹かれて店に上がり、出て来た時には一転して顔をほころばせていた。なぜなら、お柳が縛られた両手首の先の指と手のひらで男のものを優しく扱い、感情の昂ぶりとともに怒張した男のものを女の蜜壷に受け容れない代わりに口を使って精の放出の快楽を味わわせていたからである。その柔らかな感触の唇と絶妙な舌技は並みの女郎の持ちものと交わるよりも数倍心地よいものだったから、文句を言う客は皆無に等しかった

お柳は、初見の客の驚く顔や酷い蔑みの言葉に反応するわけでもなく、からだのあちこちをいじられ嬲られても当然のことのように受容した。縄に絞り出された乳房を執拗に揉み上げられたり、火照った恥丘の刺青を舐められたり、股間に喰いこむ縄をいじって女陰を刺激されたりする。そんな手口は大体決まったものだったのでそれに対応する所作にお柳が慣れるのは早かった。が、肌に染み付いた男の欲情の痕跡や吸い跡の充血や汗の臭いに慣れるのにはやや日にちを要した。

紅屋の「見世物女郎お藤」の人気は日に日に高まっていった。そのため昼過ぎから夜遅くまでひっきりなしに客の相手を勤めるお柳は、余りの多忙さに自分が裸でいることを忘れている時間が多くなってきた。それもひとつの救いだったけれども、他の女郎たちは、極力平静を保って自然な振る舞いをしているつもりのお柳に蔑みの視線を注いだり、嘲りの笑いを見せつけたり、悪意に満ちた言葉で揶揄したりする。そのことによって今の自分の異様で惨めな姿に気づかされることほど辛いことはなかった。

そんな日常に慣れても、お柳のからだは人一倍敏感なのだろうか、廊下をあちこち引き回されている間にすれ違う相手の起こす微風が剥き出しの肌身を撫でるだけで性感の昂ぶりを感じた。さらには多くの心無い男女が悪意をもってわざと触れさせる手指や着物の袂などが彼女の性感をひどく刺激して無意識に甘い喘ぎ声が洩れる。休む暇もなく相手をする何人もの客との絡みで、お柳はいつも気を失う一歩手前になるほどの激しい色事を強いられている。そのために常に熱いままのからだでいることが、お柳の性感をとめどなく敏感にしているのかも知れない。

 そんな女に成り果てたことを心の中で嘆き悲しみつつ、お柳は、毎夜眠りに就く前に遠く浅草に向かって思念を飛ばすのだった。

(銀次郎さん、あたし、このお柳は、もう二度とあなたに顔向けできない女にされてしまったけれど、ひとつだけお願い。あたしをここから助け出して!)

 

                                (続く)