鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 


    第7章 お柳を捜す男




 春をひさぐ女郎たちの特性の一つなのだろうが、他人の不幸は蜜の味とばかりに、あるいは哀れな境遇の自分よりもっと哀れな者がいることに一縷の救いを求めるように、その最も哀れな女のことを誰にでも嬉々として話すのが習性になっているものが少なくない。

大胡宿『紅屋』の年増女郎タケもそうだった。客の村田三平という行商人に、同じ紅屋の女郎でも一番身分の低い見世者女郎のお藤が蒙っている想像を絶する難儀を赤裸々に、しかも微に入り細に入り話した。けれども、相手はお藤のことにだけ興味を示し、自分との床入りを早々に切り上げようとしたのが癪に触っていた。

(あたいは年増だし、お柳ほど綺麗じゃないから……)

タケは侮辱されたと取っていた。そのムシャクシャした嫌な気分を、たまたま三平との素っ気ない床入りが終わった直後に出遭った矢島組幹部の岩田源太郎にぶちまけた。

「ねえ、源太兄さん。今日は変な客に当たっちまってね。折角の床入りにもあたいを抱こうともしないで、あの見世物女郎のことばっかり聞いてきてさ。余程の執心かねえ」

源太郎の脳裏にさっきすれ違った商人風の客の不愉快そうな青白い顔が浮かんだ。

「それでその男はまたここでお柳を抱き直そうというわけか。お柳は座敷もあるし体があいてねぇだろうに」

「それは知らない。あたいとしちゃ忌々しいけど一応客だからね。思いを遂げなさいよって勧めたけど、なんだか忙しげに『いや、いい』といって店を出ていきなすったわ」

そう聞いて、あの男の表情に自分と同じ臭いを感じていた源太郎にひらめいたものがあった。お柳を捕らえてすでに二十日が経っている。親分の矢島辰造はお柳の体に刺青を彫りこんだ翌日に無理やりお柳の手で書かせた沢村一家への絶縁状を、旅の途中で投函したように装って、大胡から離れた宿場町から東京浅草へ送っていた。受け取った沢村銀次郎が不審を覚えて誰かを探査に出向かせることがあっても不思議ではない。

源太郎はすぐに配下の者数名を引き連れて宿場のはずれで張り込んだ。ほどなく旅装を整えた行商人風のあの男が急ぎ足でやってきたのを見つけ、源太郎は配下のうちで一番人あたりのいい、ヤクザ者とは思えない風貌の広助に男を追って走らせた。

「ちょいとお待ちください。旦那が三平さんなら、言づてがございます。お藤さんから伝言を頼まれましてね、旦那にぜひ今夜お会いしたいと」

「ええっ、お藤さんというと、あの紅屋の……」

「はい、そのお藤さんからの言づてでございます」

行商人村田三平を名乗っている三田村平治は、沢村銀次郎がお柳探索のために送り込んだ腕利きの子分である。腕が立つだけでなく知略にも秀でていて、何事にも慎重なタイプのヤクザ者だった。
 その沈着冷静な平治が、お藤という源氏名をつけられているお柳からの伝言という、しかも今夜会いたいという言葉に戸惑わされ、束の間警戒を怠った。

「あのお藤さんが……」と首をかしげた次の瞬間に「ううっ!」と呻いた平治は両手で頭を押さえ、その場に膝を突いた。油断したわずかな間に矢島の手のものに背後から後頭部を棒のようなもので殴られていた。
 なにくそ、と立ち上がろうとした平治の鳩尾にこぶしが叩き込まれる。
 再び「ううっ!」と呻き声を上げた平治は半ば意識を失って前屈みに倒れ伏した。仕込みを抜く間もなかった。

 

 浅草の沢村銀次郎にお柳からの手紙が届いたのは、大胡宿に潜入した三田村平治が源太郎に不意打ちを食らった日から遡ること七日前のことだった。その内容は沢村一家との絶縁を申し入れたもので、おおむね次のようなことが書いてあった。

《よんどころない事情が出来て先代親分の仇討ちが出来なくなりました。任侠の世界から足を洗うつもりです。ひいてはこのお柳のことは元より居なかったものと思って忘れてください。探すこともしないでください。不義理のことは大層心苦しいのですが、あとはよしなにお願いいたします》

確かにお柳の筆跡だったが、ところどころ文字に乱れがあった。しかも、情の欠片も感じられない通り一遍な文言が並んだ手紙は義理に厚いお柳には似合わない。手紙が投函されたのはお柳が目指したはずの大胡宿ではなく、今お柳がどこからどこへ向かっているのかを判断出来る言葉も見当たらなかった。

お柳の身に何か変事が起こったことを感じた銀次郎は、とりあえず彼女が最初に向かった大胡宿へ探りを入れることにして、その任に就かせたのが三田村平治だった。

耕平と三郎が浅草から姿を消した後に沢村一家に加わった平治は、二人に顔を知られていないだけに密偵として大胡宿の敵の根城近くをうろつくには適任だったし、若親分とお柳が恋仲であることを知っているだけに今度の任務の重さを強く意識していた。

何事も慎重に運ぶ平治は、大胡宿に入る前に周辺を調べた段階で、矢島組が台頭する前の大胡宿の親分だった川村甚三がつい最近自宅で変死していたことを知った。甚三の娘のお美津が行方知れずになっていることからも、お柳の消息が途絶えた一件と無関係とは思えなかった。

そこで旅の行商人を装って大胡宿に足を踏み入れた平治は、矢島組が営む淫売宿の珍しい女郎の噂を耳にしてもしやと思い、探りを入れた結果その女郎がお柳である確信を得て浅草の沢村組へ引き返そうとしていた矢先に矢島衆に襲われたのだった。

 

 沢村一家の密偵らしい村田三平を首尾よく捕らえた岩田源太郎は、目立たないよう、病人を介護する風を装って三平を紅屋の土蔵へ運び込んだ。
 その三平の顔と体格を見て女将の和枝の心は久しぶりにある種のときめきを感じていた。商人にしては大柄で骨太だったし、よくよく見れば侠客っぽい人相をしていて、男ぶりの良さが和枝好みだったからである。和枝の心に自分の情人にしてみたいという悪女の欲望が湧き上がっていた。

行商人村田三平を名乗る三田村平治は、生気が戻る前に両手を縛られて梁の下に吊るされた。平治が押し込まれた土蔵はお柳のいつもの居場所だったが、勿論そのことを彼は知らない。

その平治への拷問に等しい暴力的な詰問がはじまったが、平治は自分を富山から来た薬の行商人だと言い張って屈しなかった。竹刀を振るう源太郎は勿論、駆けつけてきた矢島辰造も、これだけの状況の中で余裕を失わない男がただの商人ではないと思っている。

「なあ、三平さんよう。もういっぺん聞くぜ。おめえ、うちのタケとは最初から寝るつもりなんぞなくて、紅屋の様子を探り出そうとしていたんだろう。違うか?」

「違いますよ。裸のままでしかも縛られた格好で見世に出ているお女郎さんを見たのは初めてでしたし、おタケ姉さんと床に入っても、あの姿がこの目に焼きついていたものだからどうしても気分が乗らなくて、中途半端なことになっちまった次第でして……」

「そいつは逆じゃねぇのかい、普通の男ならむしろ興奮して女にむしゃぶりつくはずだぜ。まあ、それはいいとして、おめえがあんまりお藤のことばかり聞くからご執心だと思ったタケが親切心で勧めたのに、何でお藤を買わずに急いでこの宿場を出ようとしたんだ? ご執心でないとすりゃ、別の目的があるはずだ。正直に白状しな!」

「さっきも言ったじゃありませんか。あのお女郎さんにはひっきりなしに客がついているから、今度また大胡に寄った時のことにして、次の商いの土地へ向かおうとしていたって」

「とぼけるんじゃねえ! おめえ、タケとの床入り前にツバメ返しのお柳という名を口にしたそうじゃねぇか。沢村の密偵としてここで行方知れずになったお柳の消息を調べに来たんじゃねぇのか? そうだろう? 本当のことを言わなきゃ、いつまでもここでぶら下がったままだぜ。どうなんだい!」

「違いますって。私は薬の行商で関東一円を歩き回っていますから、そのツバメ返しのお柳とかいう女侠客のこともどこかで小耳に挟んだ憶えがあっただけのことですよ。それに、おタケ姉さんにお藤さんのことを色々と尋ねたのは、あのお女郎さんの名前が私の昔の女と同じだったものですから、つい……」

「じゃぁ訊くが、ただの行商人が仕込みなんぞ持っているのはどういうこった? どこかで拾ったなどととぼけた嘘は通用しねぇぜ」

「行商人は誰もが護身用に仕込みを持っているのをご存知ありませんか? それにしても、宿の相客から話を聞いて助べえ心を出したのが私の間違いだったんです。おかげで商いを一日ムダにした上にこんな目に遭うなんて……。もう勘弁してくださいよ」

「ふん、出任せの言い訳はよしな。あのお藤がツバメ返しのお柳だってこたぁ、沢村の者ならひと目見りゃぁ分かるはずだ。おめえはお柳の今を知って驚いて沢村へ知らせに戻るところじゃなかったのかい。図星だろ?」

「どうすりゃ信じてもらえるんですか、私が薬の行商人だってことを」

 竹刀を振るう源太郎の厳しい詰問にも音を上げない三平を苦々しい顔で見ていた辰造が口を開いた。

「三平さんとやら、とにかくここでいっぺん、あんたがご執心らしいお柳に会ってみちゃどうでえ?」

「いえ、結構です。何も私はそのお柳さんとやらに会いたいわけでもないので……」

「遠慮しなくていいんだぜ。そりゃあ、元は女侠客でも今は並みの女郎以下の見世物女郎に成り果てているけどな。お望みならすぐにお柳を連れて来てやるぜ」

 荒々しい言葉で詰問する源太郎と比べると、辰造の言い回しは穏やかである。万一見込み違いだった時のことがすでに頭の中にあるような口振りだった。

「いえ、本当に結構ですから……」

明らかな狼狽を示すこの三平という男を見て、辰造は面白いことになりそうだとホクソ笑んだ。そっと和枝を呼んでお柳を連れてくるように言い、二人が初対面でどんな表情をするか、特にお柳の表情を見ておけと指示した。

 

その日お柳は、昼間のうちに一組の相客も含めて五人の客を次々に取らされた。にもかかわらず、休む暇もなく日暮れ前から賑やかな座敷に引き出されて大股開きから最覚えた卵割りなどいくつもの下芸を披露させられ、更に同じ座敷で縄をまとったまま耕平と三郎との三つ巴の床芸を演じてへとへとになっていた。そのお柳が一息入れたい耕平と三郎に代わった平吉に縄尻を取られて座敷からよろけ出たところに女将の和枝が待っていた。

「お柳、親分がお呼びだよ」

そう告げた和枝は、お柳を自分の控えの間に連れ入れ、髪結い係の広助が源太郎と行動を共にしているために自らお柳の乱れた髪を梳かしていった。

「平吉、これをお柳の股に締め込んでやりな」

 薄化粧までほどこした和枝が平吉に白っぽい縄を手渡した。肥後ズイキを綯った縄だった。以前なかなか従順にならないお柳を懲らしめるために、夜の銀環とは別に、昼の間ずっと締め込まれていた淫靡な女責め縄である。
 最近はされていなかったその縄を見てお柳の脳裏に女陰の痒みに苛まれて本当に辛かった記憶が蘇った。その淫靡な縄を股間にギリっと締め込まれたお柳は立ちすくんだ。このまま歩かされると、ズイキ縄のコブが陰裂に食い込んで陰核を刺激するのみならず、しばらくすると痒みに苛まれる。

 たまらない掻痒感で心も苛む縄褌の締め込みが終わると、お柳の上半身を飾る亀甲縄がしっかりと緊め直され、後ろ手縛りの両手もより厳しい高手小手に縛り直された。が、お柳の気持ちが思いがけなくほっこりしたのは和枝が襦袢を羽織らせてくれた時だった。

脚の脛が剥き出しになる丈の短い襦袢で女郎達の下着のようなものだったけれど、少なくとも局部に彫られた禍々しい刺青は隠れる。とても着物といえず人前に着て出られない粗末なものだが、お柳は(せめて客の部屋へ向かう間だけでもこれを着させて欲しい)と思った。が、その願いが叶えられることは万に一つもない。

しかし、生け捕りにされて素っ裸に剥かれて以来初めて身に着けるものを与えられたことが嬉しかった。お柳は、胸前もきちんと閉じて腰紐を結んでもらった薄い襦袢の温かみに久々に感じる幸せな気分を胸に廊下を歩いていった。もっとも、そんな間にも縄褌のコブは彼女の最も敏感な陰核を直接にひしぎ、花肉の襞を刺激しながら掻痒感を生じさせ、また同時に肛門をこすって、歩くたびにお柳の熱い息を途切れさせるほど苦痛とも歓喜ともつかない強い感覚を呼び覚ました。

そんな状態で和枝に先導され平吉に縄尻を曳かれて向かったのは、毎夜深更に辿りつくお柳のねぐらの土蔵だった。
 こんな早い時刻にお柳のからだが空く事はありえない。店先では常に数人がお柳を待っているはずだったし、何か不始末の言いがかりで責められるのだろうかと、お柳は不安になった。
 いつでも、行く先がどこなのか、そこに誰が待っているのか、何をやらされるのか、前もってお柳に教えられることはなかった。常にお柳の不安を高め、心が動揺するよう仕向けられている。毎日毎晩がそうだったから、お柳に気の休まる時はなかった。

観音開きの重い大戸がギイーッと手前に引かれて見えてきた土蔵の中は、いつになく明るく、蝋燭の灯が何本も揺らめいていた。

 お柳の縄尻を曳いてきた若い平吉が「おい」と偉そうにあごで示し、戸惑っているお柳の背中を後から押した。襦袢を羽織らせてもらっているものの、その下は両手を後ろ手の高手小手に縛り上げられている。のみならず、いつもの厳しい亀甲縄に加えて、今日は縄褌まで締め込まれている。足を踏み出した途端に股間が刺激された。

「ううっ!」と呻いたお柳は、たたらを踏むようにして土蔵の中へ入った。

前に倒れそうになるのを何とかこらえたお柳が顔を上げた時、中央の梁に両手を吊られて立っている体格の大きい男と目が合った。

お柳はすぐに沢村組の三田村平治であることに気づいた。その瞬間、平治の鋭い目がきらめいてすぐに他人顔になったのが分かった。

(そうだ、あたしも他人の顔をしなければ……)と瞬時に判断してすっと目をそむけたお柳だったが、かたわらの和枝は勘付いたようだった。

「どうやら顔馴染みのようだねえ、お柳さん。誤魔化そうとしてもだめさ、さっきのあんたの目の色が旧知の男だと言っていたよ。さあ、この男の名前を言ってごらん。言ったらすぐに下がっていいんだよ。久しぶりに着たその襦袢をここで脱がせるのも勘弁してあげるから、早く言ってごらん」

お柳は顔を伏せたまま小さな声で答えた。

「知りません。本当にあたしの知らない人です。今初めて見た人です」

「ふふふ、お柳さん。あくまで『初めて見た男』だと白を切る気だね。三平さん。お前さんもさっきお柳さんと顔が合った時、ちょっと驚いた表情になったよねえ。この女、あんたの知っているツバメ返しのお柳さんに間違いないだろう?」

平治はお柳が以前に変らず、いや、むしろ妖しいほどの艶やかさを加えた美女になっていることに驚くとともに、生き延びていることにひと安堵した。が、二人が置かれている情況は変わらない。お柳が今羽織っている短い襦袢も仮のものだと分かっている。遠目ながら素っ裸が常態のお柳を見ている平治は慎重に言葉を選んで答えた。

「いえ、ツバメ返しのお柳さんについちゃ、以前に噂を耳にしただけでして……」

「会ったことも顔を見たこともねえと言うのかい? おい、お柳、おめえのことは知らないとよう。見放されちまったようだな。それじゃ容赦するこたぁねえ。和枝、そこにいる元女侠客の、うちの見世物女郎の襦袢を剥いじまえ」

辰造があごをしゃくるや否や、手早く腰紐をほどいた和枝がお柳の羽織っていた襦袢を邪険にさっと引き剥いだ。

たちまち晒された真っ白い両乳房は根元をくびる縄に絞り出されて前に突き出し、亀甲縛りの縄が上半身を無残に緊め上げている。
 その上、股間を真一文字に割る縦縄をかけられた全裸のお柳は、羞恥心も露わに薄く目を閉ざして顔を伏せ、平治の目の前に立ちすくんだ。

女の茂みに見えていたものが暗い色彩の蛇がのたうつ禍々しい刺青であることに気づいた平治は、お柳の傷ましくも惨い姿に心をえぐられてさっと目をそむけた。

「どうした、三平さん。よそを向いてどうしたい。お前さんがご執心の、見世物女郎の艶姿だぜ。上から下までとくと眺めてやれやい。こいつはじろじろ眺められると余計に嬉しがるんだ。もっとも、触ってやればもっと悦ぶし、抱いてぐっと一刺ししてやれば泣いて悦ぶ。なあ、そうだよな、お柳」

三平が一瞬顔に浮かべた悲痛な表情とお柳が居たたまれないように裸身をすくませるのを見て、その場の者は皆、二人が顔馴染みであることを確信した。中でも和枝の悦びようは尋常ではなかった。

「おほほ、お柳が身をつぼめて恥ずかしがっているよ。初めて裸にされた未通娘みたいじゃないか。でもお柳、お前にそんな真似は似合わないよ。朝から晩までその格好で飛び回って、大勢の前で大股おっ広げて何もかも見せても平気な破廉恥女郎にはね」

と、お柳をねめつけた和枝が平治の方に向き直った。

「本当にことですよ、三平さん。この女はね、いつも盛りがついた猫みたいな匂いを振りまいて、今日だってついさっきまで何人の男と交わってきたか知れやしない。よくご覧なさいな、まだその余韻を引きずっているねっとり潤んだ目やら熱い息を……」

「そういう女だぜ、このお柳は」と話を引き取った辰造が続けた。

「三平さんよう。その目でお柳の股座をよく見てやりな。縄褌を締めているだろう。ズイキ縄のコブが割れ目にぐっと深く食い込んで、腰を振るたび歩くたびに内側の襞やおサネを刺激して、四六時中この女の淫ら肉を蕩けさせているんだ。ズイキの股縄が気持ち良過ぎて、お柳はもう癖になって離せねぇとさ」

 辰造の言葉にお柳の顔が見る見る朱に染まっていく。その哀れな姿はとても正視できるものではなかった。両手を後ろで厳しい高手小手に縛り上げられ、無残に乳房を絞り出す六角亀甲の縄目を打たれ、女陰を嬲る股縄までかけられている無残な姿を晒すお柳の恥ずかしさ口惜しさは筆舌に尽くしがたい辛さであろう。

その心の痛みを察した平治はお柳の顔を見ることが出来ず、息苦しさを感じていた。

「三平さんよう。あんたもこのお柳目当てに紅屋に来たのなら丁度いいや。どうだい、ここでこの淫らこの上ない体をたっぷり味わってみちゃ?」

「いや、結構です。私は遠慮させてもらいます」

「そうかい、それじゃあ仕方ねえ、わしがあんたの代りにお柳を裁いてみせてやろう」

そう言った辰造がお柳を振り返った。

「お柳、まずは尺八だ。いつものおめえの、男どもをあっという間に極楽へゆかせる腕前をここで披露して見せな。ほかでもねえ、この俺様が相手なら文句はあるめぇ」

 どこまでもあくどい矢島辰造は、なかなか口を割らない三平こと平治の目の前でお柳を意のままにして見せて、沢村一家の密偵に違いないこの男の心を締め付けるのと同時にお柳を貶めて性奴隷の悲哀を味合わせようというのだ。

意を汲んだ和枝が、すぐさまお柳を跪かせて冷たい床に尻をべたりとつけさせた。小柄な辰造の高さに合わせるためだ。そして頭髪をつかんでお柳の顔を辰造が股座から引き出したものへグッと近づけていった。

しかし、まだ気持ちの準備が出来ていないお柳は狼狽して束の間の逡巡を見せた。そのわずかな間が辰造に癇癪を起こさせた。

「やい、お柳。おめえ今、退きやがったな! いつもならわしが引き出す時間も惜しそうに咥えこむおめえが、今日はなんでえ! わしのこれに不満があるのか、この沢村の密偵に見られるのが恥ずかしいとでもいうのか、どっちだ、ええっ!」

女が男のものを口に咥えて愛撫する尺八などという性の戯れ合いは、禁忌と恥じらいゆえに秘められた暗い場所で愛し合う男女が互いを一体と感じた束の間に辛うじて許される筋合いのものだろう。互いに愛し合うお柳と沢村銀次郎もまだそこまでの関係に至っていないのは確かだったし、平治自身も惚れた女にそういうことを要求する勇気はなかった。あの誇り高いお柳が、しかも大勢が見ている目の前で敵の辰造相手に卑猥な口技を強いられることがどれほど辛くむごいことであるか、彼には痛いほど分かった。

しかし当のお柳は、この程度の恥辱には慣れてしまったのか、一瞬の戸惑いは見せたもののすぐ冷静に戻っていた。

(平治さんの身を守るためにもあたしが戸惑っていちゃいけない)

お柳は、切羽詰った辛い気持ちをぐっと呑み下し、口を大きく開いて白く細いうなじをわずかに伸ばし、目前にある矢島辰造の凄まじい肉棹をぐびと呑み込んだ。

お柳の尺八の技量は短期間にもめざましい上達を遂げている。
 日夜を問わない厳しい訓練に加えて、お柳の縛られた裸身を弄ぶ客たちから「手が使えねぇおめえにゃ、それしかあるまい」と大抵の女郎はやらないこの淫らな性技を強いられてきたこともあった。

しかもお柳は、両手の不自由さを補完する強い身体力や息の長さなどに加えて、卓越した技能を獲得した。それは唇と舌を使った巧妙極まるもので、辰造が好んでお柳を使うようになったのも無理はない。いや、辰造の特別な肉棹は数いる女郎達もこれを恐れて極力忌避しており、実際はお柳にしか出来ないことだった。

すでに勃起している矢島辰造の肉棹は小柄な体躯に似合わず太く長い。しかも、沢山の真珠玉を埋め込んだ異様なものである。大抵の女がこれで責められたら余りの苦痛に失神してしまう。もっとも一旦これに慣れたら苦痛が快楽になるようだが、それも長くは続かず失神の憂き目に遭うともいう代物だった。お柳も当初はこの特殊な肉棹にひどく苦しめられたけれども、短い間に対等な勝負が出来る数少ない女になっていた。もちろん正常の性行為だけでなく尺八についても特別の技量と大胆さが必要なのだ。

しかし、他の女郎達が忌避することを平然とこなせるお柳も、今ここでその口技を披露するような気分ではなかった。肉棹の先端をわずかに口に含んで舐め回す。案の定そのおとなしいやりくちに業をにやした辰造が源太郎に何とかしろと指示した。

「おい、お柳。いつものように本気でやれよ。いつまでも辛気臭ぇことをしているとこの男をまた拷問にかけるぜ」

後ろへ回った源太郎がお柳の股間を緊め上げている縄褌に指を掛け、ぐいっと絞った。お柳の白い尻が持ちあがり、肉棹の先端を咥えた口から苦しげな鼻息が洩れる。

「ふっ、うぐっ、う……」

眉間に眉を寄せたお柳の尻は繰り返し上下させられながら、顔が辰造の方へ寄せられていく。必然、辰造の肉棹をより深く呑み込むことになる。抵抗を諦めたお柳は、からだの動きにまかせてぐびぐびっと肉棹を喉の奥へ呑み込んでいった。

「おお、ええぞ、お柳。その調子でもっと動け。いつもやっているじゃないか。よがりながら腰を振って吸え。しゃぶりまくれ。おい、源太、もっと縄褌を絞れ」

源太郎は、片手で股縄絞りを続けながらもう片方の手を前へ伸ばしてお柳の乳房を揉みしだき、乳首をぐりぐり弄ぶ。それらが次第にリズムを加えて激しさを増し、やるせないお柳は辰造の肉棹を咥えた口に体重を預けるようにして動き動かされ続けた。

無論お柳の口腔の深さにも限度がある。喉の奥に突き当たり強くめり込むような状態では呼吸もままならず、早く終えたいという気持ちに苦しさも手伝って、お柳の喘ぎ声とかすれた悲鳴のような喉啼きは次第に高くなった。

お柳の狂おしい動きは周囲を唖然とさせるほど激しく、しかも長く続いた。

「おお、いい。こ、これはいい。いいぞ、お柳。その調子だ。だが、ちょっと待て。ここで出すわけにはいかん」

堪えられないといった体で、辰造はお柳の暴走を一旦留めた。しかし、なお肉棹を口に咥えたままからだを源太郎と辰造に挟まれているお柳は、苦しげにひょうひょうと鼻で息を継ぐことしか出来ない。そんなお柳が素っ裸のからだ全体で示す辛さ切なさをすぐそばで見ている平治の心身の辛さも耐え難いものがあった。

しかし、下帯に隠れていた平治の分身がここに及んでどうしようもなく膨らんできたのを周囲の者が見逃すはずはなかった。和枝が頓狂な声をあげる。

「おやおや、三平さん、ずいぶん立派なものをお持ちだねえ」

お柳の頭を抱えている辰造も男の前を隠す下帯が持ち上がっているのを見てニヤリとした。平治自身は顔を伏せ、無念極まりないといった様子でうなだれていた。

「はははっ、この三平とやらも男だってこった。無理もねぇや、素っ裸を縄で縛られた女が喘ぎながら尺八をして淫らに身を悶えさせる姿を目の前で見せつけられちゃなあ。なあ皆、おめえらだってそうだろう」

さも愉快そうに周囲の子分たちを見回した辰造が改めて平治の顔を覗き込んだ。

「三平さんよう。このお柳は、一旦体に火がついたら本性を剥き出しにして、体が続く限りよがり回って男をむさぼる淫乱な女でなあ。まさに生まれついての女郎だ。客だけじゃねえ、うちの連中も皆、お柳の裸と淫らな眼差しを見るだけで、もうビンビンおっ立ってどうしようもねえそうだぜ。どうでえ、あんたも本音じゃあそこをしゃぶってもらいたかぁないかい? やせ我慢は無用だ、元々今日はこのお柳を買いに来たんだろうが……」

辰造に目配せされた源太郎に髪をつかまれたお柳は、後ろに引っ張られて辰造の男根から解放されたが、今度は吊り縛られている平治の前にひざまずかされた。

「さあ、やってみせな、お柳。おめえの腕の見せ所だ。さあやれ」

平治の下帯はすでに和枝の手で外され、さらけだした男根は最前からすればやや力を失っている。しかし、今のお柳にはそれがどんな状態であってもすぐに屹立させる自信があった。勿論、目の前の男は彼女にとってはただの客ではない。沢村一家に身を寄せていたお柳が颯爽と風を切って浅草界隈を歩き回っていた時に、まだ新参者だったのにも拘わらず若親分銀次郎の身辺警護を任されていた三田村平治である。

銀次郎の傍らにはべるお柳にいつも眩しげな眼差しを向けていた平治が、かつての女侠客が女郎に堕ちた姿をどんな気分で見ているだろうか……。

そう思うとお柳は、自分がこの上なく情けなく、身がすくむのだった。しかし、今はやらねばならない。お柳は辛さも迷いもすべてふっ切って目の前の平治を見上げた。

「お兄さん、見世物女郎のお柳がおしゃぶりさせていただきます」

 

                                (続く)