鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 


    第9章 奈落に咲く花




 日光裏街道の上州路一帯に「ツバメ返しのお柳という美貌の女侠客が日光参詣の旅の途上で病に倒れて死んだ」という風聞が広がっていた。
 親分の矢島辰造から命じられた代貸しの大崎寛治が賭場に集まる客たちにそれとなく洩らした「小耳に挟んだ話だが、誰一人看取る者のいねぇ哀れな末路だったらしいぜ」という話が口から口に伝わって、噂になっていた。しかし、当のお柳が大胡宿の紅屋に『見世物女郎のお藤』として出されていることは矢島組でも限られた幹部以外は誰も知らなかった。

女侠客ツバメ返しのお柳こと藤巻柳子は、闇討ちされた先代沢村親分の仇討ちを果たそうと大胆にも女一人で、彼女に恨みを持つ矢島辰造の縄張りであり危険この上ない上州大胡宿へ向かった。その途中に立ち寄った大胡近郷の温泉地で偶然にも仇敵の木崎耕平を見つけ、討ち果たそうとしたが寸でのところを矢島衆に邪魔されて惜しくも取り逃がした。

その翌日、義理堅いお柳は旧恩ある川村甚三を訪ね、かつての大親分の変わり果てた姿に涙しながら山間の陋屋を後にした。そのお柳を待ち受けていたのは岩田源太郎を頭とする矢島衆十数人だった。卑怯にも彼らは川村甚三の娘お美津を人質に取っていた。いかなお柳でも恩人の一人娘を楯に取られていては抵抗の術がない。口惜しくもお柳は彼らの手で生け捕りにされてしまったのだった。

お美津とともに大胡宿へ連行されたお柳は、矢島辰造が営む女郎宿『紅屋』の裏手にある土蔵に押し込まれた。そこでまたもお美津を楯にすべての着衣を脱ぎ捨てることを強要され、一糸まとわぬ裸の肌身を後ろ手に縛り上げられた。しかも、その恥辱極まる姿で矢島衆全員が揃った酒宴の席に引き出されて手ひどい凌辱を受けた。その後も日夜を問わぬ陰惨な色責めでいたぶり抜かれた末に紅屋の女郎にされたお柳は、不義密通など情事の禁を犯した女が堕ちる奴女郎にも為されなかった酷い扱いをされていた。

紅屋の見世女郎たちはそれぞれに着飾って張見世の格子窓から通り客に媚を売って男の気を引く。が、最低身分の「見世物女郎」という特異な存在であるお柳の場合は、常に布切れ一枚ない素っ裸で、しかもその裸身を亀甲縛りにされた悲惨な姿で、見世女郎たちが居並ぶ張見世横の土間に据えられて客の目に晒されていた。のみならず、店に出される前に色事師の沢渡健次夫婦によって無理やりからだに覚え込まされた卑猥な下半身芸の数々を宴会客の前で見せて座を沸かせる役目まで強いられ、まさに見世物にされていた。

武家の血筋を引くお柳はきりりとした容貌の丈高な美女であり、正統の剣法を学んだこともあって滅法喧嘩に強く、賭場でも映える見事な女侠客だった。その彼女が今は紅屋の「見世物女郎お藤」として通り客で賑わう店先に緊縛された裸身を晒し、客を取らされている。そればかりか、局部に禍々しい刺青を彫られた上に女の恥部に金色の環を嵌め込まれた姿は痛ましい限りであった。

侠客の誇りを粉微塵に打ち砕かれたお柳にとっては、そこまで貶められる前に舌を噛んででも死んだ方がまだ良かったかも知れない。が、義理に厚いお柳は恩ある人の娘を質にとられているために舌を噛み切って死ぬことすら出来なかった。その上に、お柳が討ち果たすべき木崎耕平と赤井三郎の二人と肉体関係を結ばされ、矢島辰造にも肉人形さながらに陵辱を繰り返されている。お柳は凄まじいばかりの恥辱と屈辱の日々を生きていた。

そんな過酷な毎日を平然とした態度を装ってやり過ごしているお柳だが、一日の終わりに石牢へ放り込まれて眠りに着く前には必ずと言っていいほど思う、(ああ、出来ることなら、今すぐここで舌を噛み切って死んでしまいたい……)と。

しかし、お柳が舌を噛み切れば、義理ある川村甚三の一人娘お美津が今の自分と同じ境遇に堕とされてしまう。お柳の消息を探るために大胡宿に入って矢島組に囚われた沢村組の三田村平治も殺されてしまうに違いない。矢島辰造の冷酷さと一家の連中の残忍さを承知しているだけに、自分ひとりが楽になることによって二人の人間を道連れにしてしまうようなことはお柳には出来なかった。死ぬことすら許されない身の上なのであった。

(恥を忍んで生き延びよう。そうすることがあたしの宿命なのかも知れない……)

 お柳は毎朝、耕平と三郎に清められた素肌に亀甲縛りの縄をかけられながら、自分にそう言い聞かせていた。

 

お柳がとらされる客は懐に余裕のない無宿者や日焼け顔の貧乏百姓がほとんどである。中には乞食と見紛うような汚い風体の男もいる。そんな連中を見世女郎の半分の花代で相手するお柳だが、後ろ手に縛られた不自由な身で勤めるのだから尋常なことではない。

紅屋では見世物女郎お藤ことお柳を買う客には「決して縄はほどいてはならない」定めがあり、客はその約定の下に店に上がる。しかし、形のいい乳房を中心に上半身を亀甲縄に飾られているのみならず、下半身には女陰を塞ぐコブつきの股縄がきっちりとかかっている。「小汚ぇヤツらの子種を仕込ませちゃならねえ」という辰造の鶴の一声で決められたことだったが、当然ながら客は怒張した男のものを女の蜜壷に挿入することが出来ない。

客のその欲求不満を解消するために、お柳は後ろに縛られている両手の指や口を使って彼らに精の放出の快楽を味わわせていた。しなやかでしっとりした指の優しさと絶妙な舌技は安い花代を補って余りあるほどだったから、見世物女郎お藤ことお柳を買いに来る客は日に日に増えていき、時には真っ昼間から客が列を成すほどになっていた。

「おら、こんな別嬪さんの肌に触れるなんて、夢のようだよ」

 近くの村の水呑み百姓だという太助は興奮気味にそう言って亀甲縄に絞り出されたお柳の乳房におずおずと手を伸ばした。

「太助さんと言ったかい、遠慮しなくたっていいよ。さあ、しっかり抱いておくれ」

 そう応じたお柳は後ろ向きに太助の膝に乗ると背中を太助の胸に凭れかけさせた。そして、すでに熱く硬化している小振りな肉茎を縄で縛られている両手で優しく包んでゆっくりとこすり、指先で陰嚢を刺激した。両腕を前に廻してお柳の縄に絞り出されている左右の乳房をつかんだ太助は心地いい手触りに目を細めたが、乳首の金環が気になるのか、なおも遠慮がちに揉み上げている。その状態がしばらく続き、お柳は物足りなさを覚えた。

「ねえ、太助さん。いつまでも遠慮してないで、もっとしっかり揉み上げてあたしにも感じさせておくれよ」

 甘い声音でお柳がそう言った時、太助のごつごつした手指が思いがけなく強い力でギュッと乳房を握り締めた。と同時に、お柳の手のひらに生温かい液体が流れ出た。

「い、いけねえ。おら、気持ち良過ぎてもう……。すまねえ、お藤さん」

「何も謝ることはないさ、太助さん。あんたを気持ち良くするのがあたしの仕事だからそれでいいのさ。じゃあたしがちゃんと後始末してあげるから仰向けに寝ておくれな」

「後始末してくれるって?」

「ああ、あたしのこの口でね」

 ニコッと笑ったお柳は、仰向けに寝そべった太助の股間に首を伸ばすと、萎んだ肉茎の亀頭から滲み出ている精液をペロペロと舌で舐めとった。そしてすっかり綺麗になった肉茎をパクリと口に咥えこんで唇をすぼめ、尺八をはじめた。

「あっ、おおっ、ううっ。お、お藤さん、おら、お、おらは……」

 たちまち勢いを取り戻した太助の肉茎はあっという間に再び弾け、むっとする生臭さを発してお柳の口の中に粘っこい男の精を放出した。が、お柳は嫌な顔ひとつしないで、男汁をゴクンと飲み下した。

「ありがてぇ。半年かけて貯めたなけなしの銭を持って来ただけの甲斐があっただよ。おらにとっちゃ、お藤さんは天女、いや、おらの生きた観音菩薩様だよ」

 事が終わって身づくろいをした太助はお柳の前にちょこんと正座すると、両手を合わせて仏様を拝むようにしてお柳を拝み、額が畳につくほど深くお辞儀を繰り返した。その顔はつやつやと輝いていた。この日二人目の客だった水呑み百姓の太助が部屋を出て行く後姿に歓びがあふれているのを見て、お柳自身も気持ちが和むのを感じた。

 客が去るとすぐに耕平がお柳のからだの汚れを濡れ手拭いで拭き取り、三郎がうがいをさせる。そして二人して亀甲縛りの縄を締め直し、乳首の金環に赤い紐を通して次の客の待つ部屋へお柳を曳いて行く。それが耕平と三郎の仕事になっていた。

 その後お柳は立て続けに三人の客をこなし、太陽が山の端に沈んで辺りが薄暗くなって来た頃についた六人目の客は無宿の流れ者だった。

「おお、来たか、やっと来てくれたか」

 苛立ち露わな渋面を一変させて笑顔になった弥七というお柳と同年代の無宿者は、縄に縛められているお柳の全身を上から下までしげしげと眺めると、呟くように言った。

「それにしてもいい女だ。上がる前から別嬪なのは分かっちゃいたが、こうして改めて間近に見ると身震いが出るほどだ。お藤さん、おいら、半日待った甲斐があったぜ」

「お兄さん、裸女郎のあたしにおべっか使っても、これ以上何も出せませんよ」

「ほう、しゃれたことを言うじゃねぇか。愛嬌もなかなかのものだ。しかしまあ、こんないい女を裸にして縄で縛ったまま客の前に出すたぁ、紅屋もひでぇことをするものだ。お藤さん、あんた、辛いだろう」

「どうかねえ、もう慣れっこだからさ。こうやって縛られてなきゃ自分じゃないみたいに思う時だってあるから不思議だねえ」

「おめえ、変わっているなあ」

「そうさ。なにせこの店で最低の見世物女郎だもの」

「そう自分を卑下するこたぁねぇやな。張見世に並んでいる女郎たちよりよっぽどあんたの方が綺麗だぜ。これで縄付きでなきゃ、それにおそそに入れさせてくれりゃあ、言うことなしだがなあ。しかし、この花代じゃあ文句も言えねぇか。とにかくこっちに来な」

 着物を脱ぎ捨てて下帯一つになった大柄な弥七は、お柳を布団の上に仰向けにするとすぐに覆いかぶさってきた。背中に縛り上げられている両手が痛い。が、お柳はその痛みをこらえて亀甲縄をまとったからだを弥七に任せた。

「肌もすべすべして一級品だぜ。お藤さん、あんた、前は何をしていたんだい?」

「忘れちまったねえ、昔のことは。それよりちゃんと可愛がっておくれよ、弥七さん」

「ああ、勿論だとも」

 乳房を揉み上げていた弥七は指先で乳首の金環をチョンと弾くとその乳首を口に含んで舌先でコロコロと転がした。そして体をずらし、唾液が生温かい舌で六角形の縄に囲まれた鳩尾から金環がついているヘソの周辺まで舐め回し、女の恥丘へと這わせていった。

「なんでえ、こいつは刺青だったのかい」

 ようやくお柳の局部に彫り込まれた禍々しい刺青に気づいたらしい弥七は顔をしかめた。恥丘から股間へ縦に走る縄と女肉の花びらにつけられた金色の環に刺青の一部が隠れて、よく見ないと黒蛇がのたうつ姿が女の茂みのように見える。縦縄を持ち上げると黄色い不気味な目と赤く長い舌が現れた。

「こんなことまでされているのかい」

弥七は憤りを感じたような言葉を口にした。悲惨な境遇に愚痴をこぼすこともなくさっぱりした受け答えをするお柳に好意を抱いたようだった。

「ああ、その彫り物かい? 見世物女郎の印なのさ」

「そうだとしても、もっとマシな絵柄があるだろうに……。これじゃあ、色気より寒気を感じちまうぜ」

「弥七さん。刺青なんか見ていないで、あたしの股のつけ根にあんたの立派なものを差し入れてみておくれ」

「股の間に、か? そうか、分かった」

 下帯を外した弥七が腰を浮かし、すでに逞しく屹立している肉棒をお柳の股の狭間に差し入れた。その熱い肉棒を柔らかな内腿にしっかり挟み込んだお柳は、腰を波打たせ膝を上げ下げして刺激を加えていった。

「おっ、こりゃ何だ。おおっ、ま、まるで、おそそへ突っ込んでいるみてぇだ」

 お柳の寝技の巧みさにうろたえた弥七だったが、さも気持ち良さそうな表情を見せ、その顔を次第に緊張させていってまもなく男の極みに達した。

「いやはや、恐れ入ったぜ。おいら、素股ずりは案外気持ちがいいものだと聞いたことがあったが案外どころじゃねえ、おそそに入れてやるよりうんと良かったぜ。お藤さん、あんた、てぇしたものだなあ」

 感心しきりの弥七の萎えた肉棒を、お柳は誰にでもしているように柔らかな感触の唇と器用に動く舌で清めていった。すると弥七はまたも感情の高ぶりを露わにした。

「お、お藤さん、頼む。く、咥えてくれ」

そう願う弥七の肉棒を喉元深く呑み込んだお柳が絶妙な口技を発揮すると、「おっ、おおっ、うおーっ!」と雄叫びのような声を出して残り汁を放出した。

「お藤さん。あんたはすげえや。すこぶる付きの別嬪な上にこれだけのことがやれる女はどこを探してもいやしねぇぜ。おいらに銭がありゃ、すぐにもあんたを見受けしてぇぐらいだ。ところが、先立つものにはからっきし縁がねえときてやがる。お藤さん、申し訳ねえ、この不甲斐ねえおいらを勘弁してくれ」

 無宿人の弥七は、未練の残る眼差しでお柳を振り返りながら部屋を出て行った。

 お柳は、決して客に媚びは売らない。が、定められた挨拶を済ませると必ず客の名前を尋ね、共に居る間はずっとその名を呼んだ。客にしてみれば当然親近感が湧く。また、どんな客でも分け隔てなく接し、時には客の身を案じる言葉を口にし、時には労わり慰めるような仕草をする。健次たちに仕込まれた口技や寝技の巧妙さもあったが、その実はお柳の全身から滲み出てくる心の優しさと懐の深さが客たちを魅了していた。

 更に付け加えれば、お柳は客に応じて器用に言葉遣いを変えることが出来た。ヤクザな無宿者には鉄火口調で受け答えをし、伝法言葉を発したりする。そんな時のお柳の意識は今の卑しい身分を忘れて女侠客ツバメ返しのお柳に戻っている。後でそのことに気づいてドギマギするが、お柳にとっては心が生き返るひと時と言えた。

矢島辰造の目論見に反して、お柳を見世物女郎に貶めて素性の知れない無宿者を客に取らせていることがかえってお柳に本来の侠気と意志の強さを保たせていることに辰造はまだ気づいていない。

 

食い詰めた貧乏百姓の娘が金で買われて地獄宿に囚われ、酷い折檻の日々を経て観念して生き人形さながらに使い回され、やがて身体を悪くして果てる――。

そんな話が珍しくなかった時代にあって紅屋の女郎の扱いがことに酷いというわけでもなかった。
 しかし、ことお柳に対する扱いだけは前代未聞とも言える過酷なものだった。

 冷酷非情な扱いは他の女郎たちでさえ眉をひそめるものだったし、ましてその前身が颯爽とした女侠客であってみれば屈辱も極みと言えた。
 女郎たちは、身分の激変の気落ちから気が変になっても不思議ではない、正気であんな生き地獄の日々を生きていられるはずがない、遠からず精神を病み衰弱して狂い死ぬのではないか、いやあの矢島親分のことだから最初から責めて狂わせ嬲り殺そうという魂胆なのだ、などと囁き合っていた。
 が、案に相違して、お柳は強い気持ちと美しい肉体を保ち続けていた。

 お柳がとらされる客の中には時に商家の主人や村の庄屋のような分限者もあった。
 わざわざ珍奇な見世物女郎のお藤を買いに来る彼らは、大抵、縄で縛った女の体を愛撫することに悦びを感じる性癖の持ち主だった。だから座敷上臈二人分を上回る銭を積んででも、一旦縄をほどかれた裸のお柳を自らの手で縛りたがった。
 このような客を取った場合は、耕平と三郎の二人が最後まで立ち会う約定になっている。と言っても、お柳の縄をほどいた後は二人とも襖一枚隔てた隣部屋に控える。からだの自由を取り戻したお柳の逃亡を防ぐために辰造が決めたことだが、結果として嗜虐趣味者の暴発的な危害からお柳を守ることにもなっていた。

 この日も陽が高い間に六人の客をこなしたお柳に、陽が山の端に沈む頃になってあてがわれたのが縄による嗜虐趣味を持つ商家の隠居だった。お柳は乳首の金環に通された紐を曳かれて表階段を上り、客の待つ二階のゆったりした続き間へ連れていかれた。

「お藤さんや。お前さん、自分じゃあ分からないだろうがね。女の裸というのは縄で縛ると縛る前より遥かに美しくなる。ことにお前さんのようにメリハリがあって見事に均整の取れたからだをしている女にこそ、縄はよく似合うものなのだよ」

 隠居の身とはいえまだ五十歳を過ぎたばかりの久兵衛は、脂ぎった顔に卑猥な笑みを浮かべて、耕平と三郎がお柳の縄をほどいていくのを眺めながらそう言った。

 お柳の優美な裸身を縛める縄は、股間縄もそうだが、一日が終わって牢に入る直前までほどかれることはない。だからなのだろうが、いつもと違う感覚に陥った。妙に男の視線が気になって恥ずかしさがこみ上げてきたお柳は、久兵衛の指図通りに夜具の上に正座をすると自由になった片手で乳房を覆い隠し、もう片方の手を股間に宛ててうつむいた。

「おやっ、お藤さん。裸女郎のお前さんが、恥ずかしがるのかい? そうかい、ますますいい女に見えてきましたよ。女はそうでなくちゃいけない」

 端正な頬を薄桃色に染めているお柳を見つめて、久兵衛はさも満足げな笑みを浮かべた。が、耕平と三郎が襖を隔てた控え間に下がると口調に厳しさが加わった。

「よし、はじめよう。お藤、その両手を後ろに廻しなさい」

頷いたお柳が白くしなやかな両手を静かに後ろへ廻してゆき、背中の中ほどに左右の手首を重ね合わせる。その華奢な両手首をキリキリ縛った久兵衛は、縄を前に廻してなだらかな胸の上部にかけながらお柳の耳元で囁いた。

「いいか、鏡の中の自分の姿をしっかり見ているんだぞ」

決して目を逸らすんじゃない、と命じられたお柳の目の前には大振りな姿身が立てかけられていた。その鏡をお柳はじっと見つめた。

縛られることに馴れているとはいっても、縄に縛られていく裸の自分を見せつけられるのは辛い。羞恥心と屈辱感が高まり、胸が痛くなってくる。
 特に、乳首とヘソにつけられた金色の環が縛られていくからだの揺れによってキラキラ輝くのが心の傷をえぐり、目を背けたくなる。が、これも仕事と割り切って、お柳は鏡に映る自分を見つめ続けた。

(金色の環と刺青さえなければ、あたしまだ、昔のあたしと変わらないのに……)

 そう思ったお柳の白い乳房の上下に黒ずんだ麻縄が二重三重とかかり、左右の二の腕と脇腹の間に閂縄が施されるとお柳の緊縛感は高まった。

久兵衛は手馴れたもので縄さばきに無駄がない。胸縄だけの至って簡素な縄がけだったが緊めるべきところはきっちりと緊め、お柳の両手の自由は完全に封じられた。

次に久兵衛は、持参してきたらしい豆絞りの手拭いを二枚懐から取り出した。その一枚を紐状にねじって結び目をこしらえ、お柳の口に噛ませてうなじで結びとめた。そして、折りたたんだもう一枚でお柳の鼻から下をすっぽりと覆った。

「うん、これでいい。やはり猿轡は豆絞りに限るな。ますますいい風情になった。それじゃ、お藤。布団の上に仰向けになりなさい」

 言われた通りにお柳が後ろ手に縛られた身をよじって布団に仰臥すると、着物を脱ぎ捨てた久兵衛が早速覆い被さってきてお柳のしなやかな首筋を舌で舐めはじめた。猿轡をされている鼻にも息が臭い。

 久兵衛のぬるぬるした舌が肩から胸へと這い降りていく。透けるように白い乳房を揉みながら金色の環のついた桃色の乳首を舐めまわし、口に含んで弄ぶ。そして鳩尾から金環のついたヘソへと舌を這わせていき、女の恥丘に移った途端に、久兵衛は顔を上げてそこに黒々と彫られた刺青を凝視した。

「ふ〜む、黒蛇がのたくる彫り物とは……。うん、しかし、悪くはない。この禍々しさが私の胸を熱くさせてくれる」

呟くようにそう言った久兵衛は、「ここの飾り環が少々邪魔だな」と呟きながら顔をお柳の股間に埋めると飾り環をつまんで女陰の花びらを左右に開き、舌を伸ばして女の秘裂にすっと差し入れた。

「うっ、うぐっ」と猿轡をされた口から濁った呻き声を洩らし、眉根を寄せたお柳は顔を左右に振った。女陰を舌で嬲られるおぞましい感覚にお柳の内腿の筋肉が痙攣するように震えている。女肉を直接刺激されたことにからだが敏感に反応していた。

それでも久兵衛の舌が女肉の襞を舐め回しているうちは「うっ、うっ」と小さな呻き声を出しながらも我慢していたが、その淫らな舌に捉えられた最も敏感な女肉の芽が嬲られはじめるとさすがのお柳もたまらなくなった。

お柳は、猿轡の下で「ううっ、ぐうー!」と大きく呻くと同時にからだをひねり、体を起こした久兵衛の肩を無意識に足で蹴飛ばしていた。

あわわ、と後ろに倒れた久兵衛はたちまち激高した。

「なんて女郎だ! 客の私を足蹴にして!」

 その怒りの声を聞いて耕平がさっと飛び込んできた。

「やい、お柳、いやお藤! おめえ、ご隠居さんになんてことをしやがる!」

 お柳を叱責して見せた耕平はその場に身を沈め、久兵衛に向かって土下座をした。

「この通りです、ご隠居さん。勘弁してやってください。ご隠居さんの舌遣いが気持ち良過ぎてつい足が動いちまったようで……」

「いや、勘弁できない。この女に罰を与えるまではダメだ!」

「罰って言いますと……」

「この女を吊って私に責めさせてくれ。そうさせてくれるのなら勘弁しよう」

 久兵衛は嗜虐趣味者の本領を剥き出しにして耕平と三郎に同意を迫り、懸命になだめようとした二人も結局久兵衛の怒りを治めるために要求を呑まざるを得なかった。

「これもおめえの足癖のせいだぜ。我慢しな」

苦い顔でそう言った耕平がお柳をうつ伏せにして足首と膝に縄をかけていき、腰にも縄を打っていった。その間に三郎が続き間を仕切る襖を取り払って鴨居に縄をかけ、お柳は二人がかりで鴨居に吊り上げられていった。

「うっ、ううっ、うぐっ」と、お柳の口から苦悶の声が洩れる。その口は猿轡の上から縄で縛られ、その縄も鴨居にかけられピンと張られていた。

久兵衛が耕平たちに指図した吊りは、江戸時代の拷問技「駿河問い」に似た、逆海老の形で吊り上げる過酷なものだった。豊かな白い胸の上下をはじめからだのあちこちに縄が喰い込む苦痛は生半可なものではなかった。その辛く苦しい逆海老吊りにされたお柳の緊縛裸体を、久兵衛が長々と気の済むまで弄んだことは言うまでもない。

 

矢島辰造は、侠客としての仁義も何もない男ながら利に敏かった。その辰造が、実利と男の欲望の両方を満たそうとして、すこぶる付きの美人で気風のいいお柳を矢島組配下の女賭博師として思う存分に使うことを考えた。そこで、川村甚三の娘お美津を解放する条件としてそのことをお柳に提示したのだったが、お柳は囚われた身でありながらその提案を冷笑とともに一蹴した。子分たちの前で赤恥をかかされた辰造は、三年前に眉間を割られた恨みもあって、お柳を情け容赦なく扱うことにしたのだった。

最低身分の見世物女郎に堕とされたお柳は、常に丸裸を麻縄で縛り上げられた状態で客の相手をするという、不義密通などの罪を犯して堕とされる奴女郎でさえ強いられたことのない悲惨な日々を送らされていた。

お柳の一日は、牢の格子扉をくぐり出て両手を後ろに廻すことからはじまる。

すべるように白い背筋の中ほどに重ね合わせた華奢な両手首をキリキリ縛られ、形よく張った乳房を絞り出しキュッとくびれた腰を更にくびる亀甲縛りの縄をかけられる。 その姿で係の女中に朝餉を食べさせてもらうと、朝のうちは卑猥な下半身芸のおさらいをさせられる。
 おさらいが終わるとコブ付きの股縄をかけられて張見世横の土間に移って緊縛された裸身を客の目に晒し、最下層の客ばかりあてがわれて日が暮れるまで休む間もない肉の地獄に身を揉む。
 夜は夜で大勢の宴会客の前で卑猥な芸を披露させられ、真夜中になってやっと土蔵に連れ戻されて格子牢の中でせんべい布団にくるまって眠る。金環を嵌められる以前はそのせんべい布団すら与えられない畜生並みの扱いだった。

それほど過酷な日々に耐えて生きているお柳は、土蔵と紅屋を行き来するだけの狭い閉ざされた世界にいる。世の中がどう動いていようとお柳の耳に届くことはない。そうした環境下で自分の意志を強く保ち続けることは難しいのが自然の理である。が、お柳は今の環境に負けていなかった。確かに、店に出された当初は余りの辛さに舌を噛んででも死にたいと思ったことも再三だった。けれども、どんな羞恥責めにも屈辱極まる扱いにも耐え抜いてきた今は違う。

(ここで狂い死ぬことになってもあたしはただじゃ死なない、必ず……)

 矢島辰造と刺し違えてやる、とお柳は心に決めていた。それまでは何としても生き抜いてやる、と思っていたのである。

そう居直ってみると、素肌に縄をまとった姿で追い回されることが何でもないことのようになったし、卑猥な芸も平然と披露できるようになった。しかし、常に股縄をかけられているために、一日中男たちに抱き回されて火照ったからだの芯の疼きは誰も癒してくれない。
 毎夜、縄をほどかれて牢に放り込まれて一人になると、すぐに手指が股間に伸びる。(辰造でも耕平でも三郎でも、誰でもいいからこのからだを抱いて欲しい……)と思うことすらある。お柳はそんな自分が恥ずかしく、嫌でたまらなかった。

そのお柳の「見世物女郎お藤」としての評判は日に日に高まる一方である。

「紅屋のお藤という女郎は、それはもうびっくりするほどの美人だそうな」

「聞いた話じゃ真っ裸を縄で雁字搦めに縛り上げられた格好で店に出ているというから、一目見るだけでも値打ちがありそうだ」

「なんでも花代は普通の女郎の半値でいいらしいぜ」

「そうそう、飛びっきりの美人でしかも安いときているから、客がひっきりなしだそうだ」

「運良く買えたヤツの話だと、透けるように白い肌のあちこちに金色の環が嵌められていて、あそこの周りには蛇の刺青が彫ってあったそうな。ぞくぞくするなあ」

そういう噂話が大胡宿と近郷一帯に広まっており、お藤をひと目見てみたい、出来れば抱いてみたいと、紅屋を覗きに来る客は最近ことに多かった。

そのお藤ことお柳のおかげで紅屋の商売は今までにない繁盛をしている。なにしろお柳一人で座敷上臈二人分を上回る稼ぎが毎日あるし、お柳を目当てに来て買い損ねた客の半数近くが他の女郎を買ってくれる。女将の和枝は勿論のこと、持ち主の矢島辰造も笑いが止まらないほどだった。

(毎日これだけ大勢の客を取らされりゃ、近いうちに音を上げるだろう。そうなればきっとお柳は、泣いてすがって、子分としての盃を受けさせてくれと言って来るに違いない)

そう思いつつお柳の様子を注意深く窺っている辰造だったが、兆しすら一向に見えてこない。辰造はこれまで考え得る限りの恥辱と屈辱をお柳に与えてきた。羞恥責めは勿論のこと、無理やり卑猥な下半身芸を覚え込ませ、陰毛を剃り取った女の恥丘に禍々しい刺青を彫り込み、両の乳首と臍と陰唇に孔を開けて金色の環を嵌めこんだ。それらは拷問のようなもので、お柳の辛さは想像を絶するものがあったはずである。それなのに何の痛痒も感じていないように平然と見世物女郎の勤めを果たしているお柳がいる。

思惑がことごとく外れた辰造は、お柳の鋼のような精神力と、どんな卑しい下芸もこなしてみせるに至ったお柳のとんでもない身体能力に、更には貶められても一向に衰えることなくむしろ輝きを増してきているお柳の美貌と妖艶さに内心恐れ入っていた。

辰造は、(わしに膝を屈しないのなら、とことん汚してしゃぶり尽くしてやる)というヤクザの意地と(何とか懐柔してわしの女にしたい)という欲望の狭間で葛藤していた。

 一方、顔や態度には出さないものの、お柳自身も苦悩と葛藤の中にいた。

見世物女郎お藤としてのお柳の生き様は、周囲の者たちから「稀代の恥知らず」「生まれついての好色淫乱な女」などと白い目を向けられている。また、余りの人気ぶりに嫉妬を感じている見世女郎たちに公然といびられ、裏事情にうとい賄いの女中たちから蔑みの目で見つめられるのはお柳にとって辛いことだった。けれども、お柳がそうした虐めや蔑みを真に受けることもなく気を遣うこともしなくなったのは、一皮も二皮も剥けて世間ずれしたとの解釈もあるが、心の芯が鍛えられて強くなったということなのかも知れない。

しかし、お柳もか弱い女の一人である。
 すでに自分のからだが愛する沢村銀次郎の元へ戻れる状態ではなくなっていることを恨めしく思いながらも、眠りに落ちていくまどろみの中で銀次郎が一家の衆を引き連れて救い出しに来てくれる情景を夢想するのだった。



                                (続く)