鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 


    第10章 銀次郎の足音




 上州大胡の女郎宿『紅屋』で見世物女郎のお藤を買う客のほとんどは人別帳に名のない無宿者や貧乏百姓や不浄な仕事に従事する者たちだった。矢島組の手に落ちたお柳がそのお藤として店に出るようになって早二十日。このところ連日ひっきりなしにやって来る客の相手でさすがに疲労困憊し、毎夜、土蔵の格子牢に放り込まれるとすぐ横になって朝までぐっすり寝入ってしまう。しかし、沢村組の若親分銀次郎がお柳探索のために送り込んでくれた三田村平治の顔を見てからは以前より気持ちに張りが出ていた。

 振り返ってみれば女の秘裂周辺に禍々しい刺青を彫りこまれた翌日、お柳は矢島辰造に強いられ、心ならずも沢村組に絶縁を告げる手紙を書いた。
 それから十日が過ぎた頃に、下帯一枚にされて梁に吊られている男の面改めをさせられた。富山から来た薬行商の村田三平と名乗っているその男が三田村平治だった。咄嗟に情況を察したお柳は見ず知らずの男だと白を切り、平治もまた薬の行商人だと言い張って頑として素性を明かさなかったが、猜疑心の強い辰造は平治を解放せず妾の和枝の手に渡して別の場所に閉じ込めた。
 しかもその二日後に辰造は、あろうことか、お柳の乳首とヘソと陰唇に孔を穿って金色の飾り環を嵌め込むという残酷な仕打ちをした。お柳に沢村銀次郎への思慕を断ち切らせるためであり、辰造から逃れることの出来ない肉奴隷に堕ちたことを悟らせるものでもあった。

更に二日が経ち、肌身に孔を穿たれた痛みの残る我が身はさておいて平治の身を案じ続けるお柳の耳に噂話が入ってきた。

「利根川に浮いていた土左衛門は三平という富山の薬売りだそうだ」

(そ、そんな馬鹿なことが……)

お柳の胸は張り裂けそうになった。平治ならきっと窮地をくぐり抜けると思っていただけに受けた衝撃は大きかった。
 しかし、もしもその話が事実だとすれば辰造がお柳を更に追い詰めるためにはっきりと告げるはずである。そう考えてお柳は一縷の望みをつないだが、当然、確信は持てない。事の真偽を耕平や三郎に確かめたかった。
 とはいえ、行商人三平の正体を炙り出すためにわざとお柳の耳に届くようにした創り話であることも考えられる。狡猾な辰造の罠だとすれば、お柳の軽率な行動によって平治が命を落とすことになりかねない。今のお柳には平治が無事であることを祈ることしか出来なかった。

時は無情に過ぎ去っていく。日を追って不安を募らせるお柳はこんなことを思った。
(平治さんには申し訳ないけど、あたしにとってはかえって良かったのかも……)

三田村平治の死が事実ならば、股間に禍々しい刺青を彫られた上に女の恥部に金の飾り環を嵌め込まれた惨めな姿も、その哀れな裸の肌身を縄で縛り上げられたまま見世物女郎として客を取らされていることも、沢村銀次郎に伝わりようがない。

と考えたお柳だったが、義理と人情を貫くはずの侠客魂が一瞬とはいえ薄らいでいた自分を恥じ、平治への申し訳なさと逃げ場を求めたい女心に揺らぐ己の情けなさを苦い唾に溶かして呑み下すのだった。

その頃、同じ空の下でも遠く離れた浅草ではいよいよ沢村一家が動きはじめていた。 三田村平治はまだ帰着していないが、沢村銀次郎は平治が大胡宿から送った手紙によってお柳の現状のおおよそを知っていた。
 手紙に記された《漢方柳》とはお柳のことであり、《紅花の蔵に収められて》というのは矢島辰造が営む紅屋の蔵の中にお柳が囚われていることを示したものであり、末尾の文章はお柳が耐え難い責め苦に遭っていることを伝えている、と銀次郎は理解した。また、健脚な平治の帰着が手紙より遅いのは矢島組の手にかかって殺された可能性が高いと判断していた。

「矢島辰造の野郎、絶対に許しちゃおかねえ!」

銀次郎は一家の者たちに大胡宿へ乗り込む仕度を命じた。もう一日待って平治が帰着しない場合には先発隊を出して大胡宿近くの宿場に前線基地を設け、更に一日経っても何の音沙汰もなければ本隊を上州へ急行させる決断をした。お柳の救出のみならず三田村平治の弔い合戦にもなりそうな雲行きから一家の士気は高まっていた。

生き馬の目を抜く東京で凌ぎを削ってきた精鋭揃いの沢村一家である。その総勢八十有余名が一挙に大胡宿に殴り込めば、田舎ヤクザの矢島組が一気にひねり潰されるのは火を見るより明らかだった。

 

「もうじきこの大胡宿も物騒なことになるかも知れねえなあ」

 昨夜最後に相手した無宿者の茂三は、事を終えると呟くようにそう言った。

「どうしてです?」と尋ねるお柳に茂三は、「ヤクザ同士の出入りがありそうな雲行きなのさ。矢島の連中は皆ピリピリしているよ」と答え、「おいら、明朝早くここを発つが、お藤さんも騒ぎに巻き込まれねぇよう気をつけなよ」と言い残して去った。

 そして今朝、食事の世話してくれている賄い女中のお里がそっとお柳に耳打ちした。

「もうじき沢村一家がここへ乗り込んでくるらしいですよ」

お柳に侮蔑の目を向け心無い雑言を浴びせる者が多い紅屋の女衆の中で、食事の世話や身の周りの面倒をみてくれているお里はお柳に同情する数少ないひとりだった。しかし、そのお里にもお柳の複雑な心情は理解できていなかった。

「そうなの? 本当に沢村組が来るの?」
 問い返したお柳の無感情な言葉が、きっと喜ぶだろうと思っていたお里には意外だった。

「又聞きだけど、あたしはそう聞いたわ。お柳さんを救い出しに来るのよ、きっと。嬉しいでしょう、お柳さん。こんなひどい生活も終わりになるわ」

「そう、そうよね、嬉しいわ。ありがとうね、お里さん、教えてくれて」

他人事のように受け答えするお柳にお里は、あまりに突然のことで実感が湧かないのだろうと思いつつその場から立ち去っていった。

(お里さんの話が本当なら平治さんが無事に浅草に戻ったことになるけど、それじゃあ利根川に浮いていたというのは誰なの?)

もしかすると今度もまた矢島辰造がお柳の堅い心を突き崩すために流したものなのかも知れない……。偽の情報で喜ばせておいて悲嘆のどん底へ突き落とし、すべてを諦めて辰造の意のままになる女にしようとする新たな企みかも知れない……と、お柳は思った。沢村一家来襲の話をすぐに信じることは出来なかった。

(いつかきっと……)と、お柳は沢村銀次郎に救出されることを夢見てきた。噂が本当ならその夢は叶うが、仮にそうだとしても今のお柳は素直に喜べなかった。女郎の中でも最も身分の低い見世物女郎に堕とされ、朝から晩まで縄で縛り上げられた裸の肌身を晒し、縄をまとった裸身を毎日何人もの男たちに貪られてきたのである。そこまで汚れ切ってしまった自分を果たして銀次郎が受け入れてくれるだろうか、という不安が先立っていた。

(今のあたしは銀次郎さんに会わせる顔がない。こんなからだにされ、卑猥な芸を見せる恥知らずな女になってしまい、大勢の男の劣情に塗れた今のあたしを、以前のように近づけてくれとは口が裂けても言えない……。もっと早く来てくれていたら、あたしも……)
 こんな無残な姿にされてはいなかっただろうに、とお柳は唇を噛み締めた。
 沢村一家がすぐ近くまで来ているという話は、むしろ嘘であってくれた方がいいとさえ思った。嘘であれば平治もまだ生きていることになる、と考えたからである。

あれこれと思い悩むお柳だったが、その日も朝からお柳の生活は以前と何ひとつ変わらず見世物女郎としての惨めな一日がはじまった。

土蔵の格子牢から這い出てしなやかな両手を後ろに廻し、耕平と三郎によって優美な裸身に亀甲縛りの縄をきっちりとかけられ、そのまま下芸のおさらいをさせられる。
 おさらいが終わると股間にコブ付きの縄褌を締め込まれ、昼近くに店に出る。

 まもなく二人組の流れ者があてがわれ、お柳はいつものように二人の欲求を素股と口技で満たしてやった。
 その直後に昼の宴会席に呼び出され、十数人の客と芸者たちに笑われながら下芸を見せた。この日お柳が見せたのは、耕平と三郎が巧妙に操る男根の形をした張形で気をやり、客の手指で女の恥部をいじらせて悶える見せ芸だった。
 最初から最後まで、お柳は素っ裸の肌身を縄で厳しく縛り上げられた状態のまま勤める。まずは乳房と臍と股間に下がる金色の飾り環を客に触らせて喜ばせ、腰を突き出して局部の刺青をこれ見よがしに曝して座を沸かせる。見せ芸の合間には酔った客に抱きつかれて緊縛裸身を嬲られ、要求された尺八も拒まず素直に受け入れたのだった。

 
 翌日もお柳の辛い勤めは続いた。

一片の布切れすらない肌身を亀甲縛りにされ、股縄までかけられた惨めな姿で部屋から部屋へと引き回されていく。しかも乳首に嵌められた金環につないだ紅紐を曳かれていく。
 颯爽とした女侠客としてその名を知られていたお柳にしてみれば、余りの屈辱と口惜しさで初めの頃は何度も舌を噛んで死にたいと思った。しかし、恩ある人の一人娘を人質に取られていてはそれも出来ない。お柳は、死ぬことすら許されない我が身が辛かった。けれども、今では左程の口惜しさ辛さは感じなくなっている。

 この日もお柳は、夕刻まで客が待ち受ける部屋を巡り歩いて性の地獄に身を揉んだ。しかし、露わな股間が熱く火照ってたまらないことも含めて、いつもと何ら変わったことはなかった。

(どうしてなの、どうして何も起こらないの?)

 やはり、沢村一家に救出されることをお柳は心の片隅で願っていた。恥辱と屈辱に身を揉む悲しい時間が以前ほど苦痛ではなくなっているのも、お里がもたらした情報が微かな希望の光としてお柳の心に宿り、それが新たな心の支えになっていたからだろう。

 しかし、そのお里は、お柳の世話をしている時の口数がめっきり減り、廊下ですれ違っても目をそむけるようになった。人前で親しげな素振りを見せればお里も困るのだろうが、お柳から逃げるような彼女の態度が気になって仕方がなかった。

見世物女郎お藤としてのお柳の扱いは他の女郎たちとは異なる。あてがわれる客は不浄な仕事をしている最下層の者や旅の得体の知れない男たちがほとんどだし、普通の店なら断る二人組や三人組の客もわざと取らされる。
 しかも、お柳が客の相手をする部屋はゆったりした二階の座敷などではなく、店で働く男衆や女中たちが絶えず外の廊下を行き来して落ち着かない一階の小部屋で、襖もなく小さな衝立がかろうじて外からの視界を遮っているだけの場所である。それも短時間の強姦めいた玩弄がひっきりなしに続くので、生きた心地がしないし疲れもひどい。
 今日も昼宴会で下芸を披露した後がそうだった。お柳を待ち受けていた中年の馬喰は馴染みの客で何をされるかが予想できるからまだ上客の部類だったけれども、縄に緊め上げられた裸身を触りまくられ、舐められ、他の女郎が嫌がるような無理な性戯と無体な要求もいつも通りだった。

(こんな生き様もしばらくの辛抱だわ。もしかすると明日にでも銀次郎さんがあたしを助け出しに来てくれるかも知れない……)

客から客へ渡り歩く合間に、お柳は無意識のうちに心の中でそう呟いていた。そして、いつになく長く感じた一日も暮れた。

 

「特別な客が待っていなさる。お柳はこっちへもらうぜ」

客が待つ部屋へお柳を曳き連れて行くのは耕平と三郎の役目だが、陽が落ちて闇があたりを埋め尽くそうとしている時刻にやってきた源太郎がそう告げた。

以前は川村甚三親分の子分だった岩田源太郎は、川甚組の縄張りを狙っていた矢島辰造と密か通じて乗っ取りに協力し、その功によって今は矢島組の幹部に納まっている。しかも、渡世から足を洗って山村に移り住んだ川村甚三親分の一人娘お美津を楯に取る卑劣な手段でお柳を生け捕りにした張本人でもあり、お柳への色責めを率先して行った男である。お柳にしてみれば辰造以上に許せない男だった。

源太郎は、耕平たちに亀甲縛りの縄と縄褌をほどかせると、自らお柳を後ろ手高手小手の胸縄縛りに縛り直して二階へと追い立てていった。
 階段を上り切ってしばらく歩くと、縄尻を引いてお柳を立ち止まらせた源太郎が薄ら笑いを浮かべてお柳の横顔を覗き込んだ。

「お柳、おめえもいよいよおしめえだ。俺にしてみりゃ、どうにも惜しいことだが」

源太郎の言葉にドキリとしたお柳だったが、平静を装って問い返した。

「おしまい? なんのことでしょうか」

「ふん」と鼻先で笑った源太郎は、卑猥な眼差しでお柳の顔色を窺いながら嘯いた。

「そうかい、まだ知らねぇのかい。まあ、そのうち分かるさ、ふふふっ」

 源太郎が話をはぐらかした時、すぐ横の部屋の襖が開いて隠居風の老人が顔を覗かせた。

「源太さん、どうなんでえ、今夜は」

「ああ、六助の伯父貴。まだ静かなものでさあ。今日明日のことじゃねえようだから安心なすって、今夜はこのお柳をとことん味わっておくんなさい」

 お柳はハッとした。源太郎は「お藤」ではなく「お柳」と言った。ということは、源太郎が「伯父貴」と呼んで敬意を払う六助老人は見世物女郎のお藤が実はツバメ返しのお柳であることを知っていることになる。

「なあに、今夜は早く終わるよ。一刻もせずに女は返すさ」

 すでに還暦を迎えていると思しき六助は、立ち上がってみると大柄でがっしりした体躯をしており、顔の皺と禿げ上がった額を見なければ壮年と見紛うほどだった。目つきの鋭さからして、ヤクザ渡世と何らかのかかわりがある男だとお柳は察した。

源太郎は卑屈な態度で六助に会釈をすると、「さあ、可愛がってもらいな」と後ろ手縛りの背中を押してお柳を部屋の中に突き入れた。

お柳は人質のお美津を思って一切の抵抗をやめ、この連中の言いなりになっている。しかし、馴れは知らず知らずに羞恥心を鈍くするらしく、最近はどんな卑猥な性戯も平気になってしまっている。それどころか、男に激しく攻められると抑えようもなくよがってしまうのだった。それでもお柳は、股間に締め込まれた縄褌のお陰で見知らぬ男たちに女の秘裂を刺し貫かれることはなかった。が、今はその縄褌はほどかれている。お柳はこの六助という老人に股間を貫かれる覚悟をした。

「そう硬くなるなよ、未通女じゃあるまいし、ふふっ」

 卑猥な表情を見せて含み笑った六助は、なぜかお柳の縄をほどきはじめた。逃亡の懸念などまったく頭にない様子からして、部屋の外に源太郎たちが待機しているのだろう。

「しかしお柳。辰造から聞いちゃあいたが、お前、いい肌をしているなあ。顔といい、肌といい、絶品だ。あいつが手放したくないわけだ」

 独り言を呟きながら縄をほどいていく六助は、親分の矢島辰造のことを「辰造」と呼び捨てにした。そのことからも、いよいよ矢島一家との深いつながりがあることが察せられた。

縄をほどき終えた六助は、早速お柳を夜具の上に押し倒し、覆い被さってきた。理由あって短時間で事を終えようとしている風で、口を吸ったり乳房を揉み上げたりの前戯も何もなく、すぐに自分のものをお柳の女の壷へ刺し入れてきた。普通なら気分が乗らない時の女の秘裂に潤いはない。が、もうすでに何人もの客の相手をしてきたお柳のそれは六助の熱く膨らんだ肉茎をすっと受け容れていた。

六助の抱擁と腰の動きは年齢を感じさせないほど激しかったし、お柳もついその激しさに応じて身を揉み尽くした。無意識のうちに自由になった両手で六助の首を抱き、背中に両手を廻して六助の腰を引き付け、日頃から溜まっている欲求不満を一気に解消していた。初老の男相手に淫乱極まりない痴態を示した自分をお柳は不思議に思った。と同時に、こうも変わってしまった今の自分が悲しかった。

短時間にひと通りの事を済ませた六助は、さすがに草臥れた様子で夜具に仰向けになって息を整えた。
 女陰を刺し貫かれて恍惚感を味わったお柳は、その脇に脱力した裸身を投げ出してうつ伏せた。が、すぐにからだを起こすと、いつも客にしているように六助の精液とお柳の蜜液に濡れそぼった肉棒を口で清め、自分の股間の処理をした。


「お柳。それにしてもお前って女は下の口も絶品だが上の口の方もてえしたものだ」

立ち上がった六助はお柳を見下ろしながら「今夜は堪能させてもらったよ」と言い添えて笑みを浮かべた。その言葉に恥じらいの笑みで応えたお柳は、すっと立ち上がって脱ぎ捨ててあった大島紬の着物を手にすると、後ろへ回って六助の肩にそっとかけた。

「なるほど。心根も優しいときちゃあ、男が放っておかねぇわけだ」

呟くようにそう言って袖に手を通した六助だったが、お柳が差し出した帯を手に取りながらこう言葉を続けた。

「しかし、お前も哀れな女よ。ツバメ返しの異名までとった女侠客が、選りに選ってこんな田舎の宿場でヤクザどものおもちゃになって果てるとは……」

ハッとしたお柳だったが平静を装い、六助の帯結びを手伝いながらポツリと答えた。

「あたしは死にませんわ。いずれ……」
(沢村の若親分が助け出しに)と口に出しそうになったお柳はあわてて口をつむいだ。

そのわずかな狼狽を目にした六助の口が嘲笑うようにゆがんだ。源太郎の言い草といい、この六助の表情といい、自分の身に何かが起ころうとしていることをお柳は直感した。

「沢村一家が動いたそうだなあ」

(ええっ!)と、お柳は頭の中で驚きの声を上げた。

「浅草の沢村組はお前の古巣だろう? お前の好い男の沢村銀次郎も来るってなあ」

(銀次郎さんがここへ? そうなら平治さんは浅草へ戻ったってこと?)

 そう思った胸に熱いものが込み上げてきたが、お柳は無感動を装った。喜びの感情を表に出せばこの身が危なくなると直感したからである。

「そうですか。でも、今のあたしには関係のない話ですわ」

「そうかい、関係ねえかい。お前もすっかり女郎になっちまったようだな。もっともその体じゃ、銀次郎の胸に飛び込むわけにもいかねえだろうしなあ」

皮肉とも同情とも取れる言葉を吐いた六助は、それ以上沢村一家のことには触れず、柔和な眼差しを向けてお柳に頼んだ。

「ところでお柳。裸の女を縛る気持ちがどんなものか、この手で確かめてみてぇんだ。わしにお前を縛らせてくれないか?」

無言でコクンとうなずいたお柳は、すっと六助に背中を向けると、両手を静かに後ろに廻して華奢な手首を背中の中ほどに重ね合わせた。
 両手首にキリリとかかった冷たい縄が火照ったからだに喰い込んで来る。それが何やら新鮮に感じられ、お柳は頬を染めた。

(あたしのからだが縄に縛られることを求めている……)

 この部屋に連れて来られた時と同じ後ろ手の胸縄縛りに縛り上げられながら、お柳は、またも自分の肉体が変わり果てていることを感じずにはいられなかった。

六助に縄尻をとられて部屋を出ると思った通りに源太郎と手下たちが待機していた。

「六助の伯父貴、どうでした、お柳の味は?」

「ああ、すっかり堪能させてもらったよ。辰造に礼を言っておいてくれないか」

「へい、承知しやした。でも伯父貴、親分は伯父貴にえらく感謝していましたぜ、遠いところまでわざわざ足を運んで話をまとめてくださったと」

「なあに、妹の婿殿からのたっての頼みだ。それに、わしにとっちゃあ旧知の仲が相手だ。なんてこたぁねえよ」

 笑みを浮かべた六助は、左手に縄尻を握り右腕をお柳の肩に廻し、愛しい女を抱くようにしてお柳を玄関まで伴った。そして、緊縛裸身を前に折って見送るお柳に「世話になったな」と声をかけ、まだ夜も浅いのに早々に帰っていった。

六助から縄尻を受け取った源太郎は、客がつかずにお茶を挽いている女郎がまだ二三人残っている張見世横の土間に座らせると、そばの柱に縄尻をつないだ。

「お柳、おめえの亭主二人がすぐに迎えに来るから、そこでじっとして待っていな」
 そう言った源太郎は、何やらせわしそうな風情でそそくさと奥へ下がって行った。

 ポツンとひとり土間に正座をしているお柳はぼんやりと外を眺めた。両手を後ろに縛り上げられ乳房を絞り出された緊縛裸身を客に覗き見られることはもう平気になっているし、夜は行灯の暗さもあって昼間ほどには惨めさを感じないのが幸いだった。しかし、この夜、六助の言葉に望みをつないだお柳は心が軽くなっているのを感じた。格子窓の隙間から見える暗い夜空に愛しい銀次郎の笑顔が浮かび上がる。お柳は大きな瞳を潤ませながら熱い眼差しを闇のカンバスへ向けた。

(会いたい、銀次郎さんに会いたい。銀次郎さん、お柳はあなたを待っているのよ)
 心の中で呼びかけるお柳の耳には銀次郎の足音が聞こえていた。

 

 まもなく赤井三郎が駆け足でやってきた。が、客をとる前に必ずかける股縄をかけようともせず、三郎は柱につながれた縄尻をほどいた。

「立ちな、お柳。今日は早仕舞いだ」

(まだ宵の口なのにどうしたのだろう?)
 と、戸惑いを覚えたお柳は背後の耕平に尋ねた。

「いつもと違いますね、何かあったのですか?」

お柳は、泊り客を取らされない代わりに深夜まで客をあてられ、毎日他の女郎の数倍の客を受け入れている。そんな使い回しをされた女はいずれ体を消耗し尽くし、神経を患ったり早死にしたりするのが相場というものだろう。その心身ともに過酷な日々を、お柳は懸命にこなしている。それが今夜は、珍しく早く休めるらしい。

「ねえ三郎さん、何があったのか教えてくれませんか? それに耕平さんはどこ?」

「うるせぇなあ。余計なことをくっちゃべってねぇで、とっとと歩きな!」

 ピシャッ! 
 いきなり三郎が手にした縄尻の先端を振り回してお柳の張りのいい白い尻をぶった。

「うっ!」と呻いて顔をしかめたお柳だったが、何も言わず口を真一文字に結び、三郎が妙に殺気立っているのを訝しく思いつつ足をすすめた。

 しかし、おかしなことに、いつもなら客や女中たちの往還も多い一間廊下に今夜は人影がない。お柳は何かが起こっていることを確信した。そこへ後ろから誰かが小走りに近づいて来る足音がした。木崎耕平だった。

「すまねえ、三郎。親分に呼ばれてなあ」

「親分が何だって?」

「いや、それは後で話す」

耕平はそう答えると、先を歩むお柳の後ろ手縛りの縄尻をつかむ三郎と肩を並べ、言葉を交わす風もなく再びお柳を追い立てながら長い廊下を進んだ。

お柳はいつもと違う二人を感じ取った。いつもなら客から客へと渡り歩いて火照ったお柳の緊縛裸身にまとわりつき、甘い香りが匂い立つ肌身のあちこちを触り、悪ふざけをしながらお柳を曳いていく。そして、お柳を土蔵の牢へ送り込むまでに途中の布団部屋などで一戦済ませるのが普通だった。
 女郎は商売の種である。紅屋では使用人は勿論のこと矢島衆にも女郎と交合することを厳しく禁じている。が、お柳とこの二人の場合だけは、辰造が夫婦契りをさせたこともあり、お構いなしだった。

お柳は、毎日、十人を超える客に緊縛裸身を弄ばれた上に宴席での珍芸披露もこなしている。綿のように疲れ切った身を更に二人の男に弄ばれるのは辛さも格別だった。
 それでも、こうして廊下を曳かれていく間にもお柳の胸は妖しく高鳴った。股間に緊め込まれた縄褌は女の秘所が蹂躙されることを防ぐと同時にお柳を苦悩させてもいた。客と肌を交えれば性感は昂ぶり、花芯が疼き官能の炎が燃え上がる。それを自分では何ともできないのが辛く切なく、一日の勤めが終わるとすぐに下半身の疼きを癒してくれる男が欲しくなる。
 お柳は、そんな淫らな女になってしまった自分を恨めしく思いながらも、暇があれば彼女を抱こうとする耕平と三郎を半ば喜んで受け入れていた。

しかし、その二人が今夜はまとわりつくこともせず、静かに背後を歩いている。

(今夜はしないの? どうしたの? 何があったの?)

六助が話した「沢村一家が動いたそうだなあ」「お前の好い男の沢村銀次郎も来るってなあ」という言葉がお柳の脳裏を駆け巡った。その話が本当かどうかを知りたい。込み上げてきた思いに突き動かされたお柳は、はたと歩みを止めた。

後ろを振り向いたお柳はあえてすがるような眼差しを二人に向けて甘い声を出した。

「ねえ、耕平さんも三郎さんも今夜は一体どうしたの? 何だか他人行儀になって」

「おい、三郎。お柳がねだっているぜ」と茶化して見せた耕平だったが、すぐに真顔に戻って「お柳。折角のお誘いだが、今夜はダメだ。さっさとねぐらへ戻りな」と突き放した。

「どうしてなの? 変じゃありませんか、今夜は……。何かあったみたいですね」

「…………」

 二人は何も答えず、じっと見つめるお柳から視線を逸らした。

「やはり何かあったのね。あたしにも教えてくださいな、何があったのかを」

「しつこいぞ、お柳。つべこべ言ってねえで、さっさと土蔵へ戻るんだ。とにかく、それからだ」

耕平の口調は二の句が継げないほどきつかったが、お柳は土蔵に戻れば話が聞けると解釈した。くるりと背を向けて再び足を踏み出し、いつも通りに裏口をくぐって裸足のまま外に出た。冷たい夜風が裸の肌身に沁みた。足裏から冷気が這い登ってくるのを感じながら歩をすすめる先に大きな土蔵の影が青白く浮かび上がっている。そこにお柳のねぐらの格子牢がある。

まもなく三人は土蔵の大戸の前に立ち、耕平が重い扉を開け、縄尻を持った三郎がお柳を土蔵の中に押し込んだ。
 入ってすぐの板敷きは客に不始末をした女郎や足抜けを試みた女郎などを折檻する場として使われていたところで、両側の壁には様々な責め具が掛けられている。
 お柳もこのひと月、この場所執拗な羞恥責めを受け、卑猥な下半身芸を仕込まれてきた。お柳が度々立ち縛られた太い柱に支えられた梁から垂れ下がっている何本もの太い綱と滑車の鎖が不気味さを漂わせ、この広い空間に怖寒い陰気さを加えている。
 その向こうに格子牢があり、更に奥には素肌に飾り環を嵌め込まれる以前のお柳が閉じ込められていた石造りの牢がある。

板の間に座らせたお柳の縛りを一旦ほどいた二人は、鼻息荒く、すぐにお柳をその場に押し倒して迫ってきた。
 ここで睦みあうのは珍しかった。いつもの畳の部屋は肌身に優しいのだが、細い隙間がある板床は慣れているお柳にもやはり快いものではない。それに無言のまま迫ってくる二人には恐ろしいような真剣味があった。が、お柳は抵抗した。

「イヤっ! 約束したじゃありませんか。先に教えてください、何があったのかを」

二人の動きが一瞬鈍ったが、すぐに攻撃は再開された。一日中後ろ手に縛られていた腕はまだ痺れている。しかも大の男二人に襲いかかられては抵抗もはかない。
「教えてくれないのならもう寝ます。だから放して! 放してください!」

懸命に抗うお柳を組み敷いていく二人に容赦はなかった。ことに今夜は強引で激しかった。お柳は少し怖くなったが、思い切ってあの話を口にした。

「沢村が……近くまで来ているのでしょう。聞きました、お客さんから」

途端に二人の動きが激しくなり、耕平の低く鋭い声がお柳の耳朶を打った。

「それがどうした。こんな身体で、沢村一家へ戻れるとでも思っているのか!」

ズルリと節くれだった手指が女の秘裂に割り入り、花肉の襞を強く刺激した。

「ひぃーっ!」と悲鳴を上げたお柳にはむごい言葉だった。
「イヤっ、やめてっ!」と身をよじるお柳の問いへの返事にもなっていない。
 が、局部に禍々しい刺青を彫られ女の恥部に金環を嵌め込まれていることを改めて意識させられたお柳は言葉に詰まった。

小さな行灯一つの心細い薄明かりの中、男二人に挟まれ前後から抱き回されたお柳は結局いつも通りに彼らが為すままになってしまう。
 言葉を失ったお柳に二人の欲情が嵩にかかって襲いかかった。人目の届かない密室であり、しかも薄明かりの中ではなお大胆になって激しいせめぎ合いが続いた。
 お柳を中に挟んで男二人が腹と背中に密着し、上になり下になり、前後に代わりつつ深く口を吸い合う。からだの隅から隅まで舌を這わせ、女陰に舌を差し入れて掻き混ぜ、陰核を吸い上げる二人の手練手管に、お柳は情けないと思いつつもやがて本気になって喘ぎ、すすり泣き、ついにはあられもない言葉を発して喚き狂うのだった。

お柳を攻める二人も異常だった。今まで彼らがお柳に駆使してきた数々の淫らな性技を総動員し、餓鬼のようにひたすら貪り、出来るだけ長くお柳を弄ぼうとした。若さもあってひたすら強い二人だったが、いつもは遠慮している男の精の中出しも女陰と肛門とにそれぞれが存分にやってしまったし、彼らも相当に消耗したようだった。

当然ながらお柳も、終わった時には目も開けられず、うつ伏せになった背中を荒い息で波打たせ、声も出ないほどに疲れきっていた。
 そのお柳に耕平が馬乗りになった。しどけなく投げ出しているお柳の両腕を手繰ると、強引に背中へ捻じ曲げていく。


「な、何をするの! もう眠る時間なのにどうして縛るの!」

「うるせえ! ゴタゴタ言うんじゃねえ!」

耕平がお柳の華奢な両手の手首を背中の中ほどで交差させ、そこに三郎が縄を巻きつけてキリリと引き絞っていく。

「お願い、縛らないで! もう堪忍して!」 

「そうはいかねえんだよ」と突き放した耕平が腰を上げてお柳のからだを起こし床に座らせた。

 両手首をかっちり縛った三郎が、縄を二の腕から前に廻して胸乳の上部のなだらかな白い傾斜に溝を掘るようにかけて後ろに引き絞り、再び縄を前に廻して豊かな両乳房を下から緊め上げて後ろに戻し、余った縄で左右の腋の下に抜け止めの閂縄を施した。
 縄止めした場所に別の縄をつないで肩越しに前に渡す。その縄をしなやかな首の左から胸の谷間に下ろし、胸乳の上下を縛る縄にからませて首の右に引き上げ、グググッと背中に引き降ろして手首の縄に結びとめた。
 お柳の熟した白桃のような両乳房は前に突き出し、白磁のような光沢を放つ両肩はどす黒い縄にえぐられた。


「ひどい、ひどいわ。一日一生懸命勤めたのにこんな仕打ちをするなんて……」

お柳はすすり泣いた。が、素っ裸のお柳への縄がけはそれで終わりではなかった。

「耕平兄ぃ、ここから先は兄ぃの出番だ」

ニヤリとした三郎は、抱えるようにしてお柳を立ち上がらせ、緊縛したばかりの上半身を背後から両腕でがっちり押さえると、片足をお柳の二肢の間に差し入れて股を開かせた。

「ま、待って、それはやめて。お願い、後生だから、せめて夜だけは楽にさせて!」

片膝突きになってお柳のくびれた腰に縄を巻き緊めていく耕平に、お柳は必死になって懇願した。が、無言のまま腰縄を打った耕平は、余った縄を前で揃えてくるくるからめ、大小二つの縄コブをこしらえてようやくお柳の顔を見上げた。

「初めて股を縛られるわけじゃあるめぇし、我慢しな」

冷たく言い放った耕平がコブ付きの縄を股間に通し、大きな方の縄コブを女陰に埋め込み、小さな方を菊座にあてがった。

「ああ、イヤっ! そ、そこは弱いの。お願い、耕平さん、そこはやめて!」

「弱いだと? 嘘つくねえ。さっきここで三郎のものを爆ぜさせたばかりじゃねぇか」

「そ、そんな……」と頬を赤らめたお柳の股間は、前後の穴に縄のコブを呑み込んでいった。

「よし、これでいい。お柳、てめえで歩いてさっさと牢に入りな」

高手小手の後ろ手縛りに股縄までほどこされたお柳は、最近にない二人の冷たさを恨めしく思いながら足を踏み出した。
 が、「ううっ!」と呻いてその場にうずくまった。
 股縄のコブが陰核をこすり上げて女の花芯をズキンと疼かせ、菊座から入り込んだコブの妖しい刺激に微肉の筒が悲鳴を上げていた。この夜の股間縛りはいつもより厳しかったのである。


「何やっているんだ、立ち上がってさっさと歩けよ」

耕平に小突かれたお柳は、唇を噛み締めて立ち上がり、格子牢へ向かって足をすすめた。

「おい、ちょっと待て、お柳。今夜からおめえのねぐらはあっちだ」
 耕平は石牢を指差した。

「ええっ、どうして? なぜ今夜からはあそこなの?」

「どうしてもこうしてもねえ。親分が今夜からおめえを石牢へ放り込んで置けってさ」

「そ、そんな無体な……」

「無体もへったくれもねえ、素直に石牢へ入りな」

女郎たちが「暗闇牢」と呼んで恐れる石牢には、お柳も捕らえられてから金色の飾り環を乳首とヘソと陰唇に嵌め込まれるまでの二十日あまりの間、そこに閉じ込められていた。その時の生きた心地のしない辛く不安な思いを二度としたくないのは当たり前であろう。が、今のお柳には抗う術もない。

何を言ってもムダだと諦めたお柳は、端整な頬を凍りつかせて腰を屈め、穴倉のような石牢の中に足を踏み入れた。お柳の悲しげな表情を見て耕平と三郎が格子牢で使っていたせんべい布団を運びこんでくれたことが救いと言えば救いだった。

石牢の出入り口には堅固な木枠が嵌めこまれており、その木枠の内側に差し込まれた分厚い板戸が上下して石牢を開閉する。お柳がせんべい布団に腰を降ろすとその分厚い板戸がカラカラと滑車が回る音とともに降りて、石牢の中は漆黒の闇に包まれた。

闇に抱かれたお柳の脳裏に矢島一家に生け捕りにされてからの凄惨な日々が甦った。悪夢であって欲しいと思う。が、今ここ畳二枚ほどの狭い穴倉に、しかも素っ裸で、それも後ろ手に縛られ股縄までかけられて放り込まれている現実は動かしようがない。
 気持ちがそこはかとなく沈み、自然に涙があふれ出た。心身の疲れが極限に達しているはずなのにお柳はどうにも眠りに落ちることが出来なかった。いまだにからだが火照っている。それにわずかな身動きで女陰と肛門を嬲る縄のコブの刺激が眠りの邪魔をしていた。

闇の中では時間が経つのが遅く感じられる。
 冷たい石の上に敷かれたせんべい布団に裸身を横たえたお柳は、明日はどんなことがあるのだろう、耕平たちは私の問いになぜ答えてくれないのだろう、それともこの夜のこの仕打ちが答えだとでも言うのだろうか、とお柳は思い悩んだ。そして、はたと思い当たった。

(あたしをこの石牢に移して閉じ込めたのは、沢村一家が近くまで来ている証拠だわ)

お柳はそう確信した。が、耕平が言ったあの言葉が気にかかった。

「沢村には返さねえ。その身体じゃ、今更おめえも帰れねぇだろうが……」

耕平はそう言ったのだ。

(確かにそうかも知れない……)と思って葛藤するお柳の脳裏に愛しい銀次郎の姿が浮かび、またも耳に銀次郎の足音が聞こえる気がした。お柳は心の中で叫んだ。

(ああ、銀次郎さん。あたしはここよ。お願い、早くお柳を助けに来て!)

さめざめと涙を流すお柳を包み込む漆黒の闇の中を、『時』はゆるゆると流れていった。



                                (続く)