鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 


    第11章 嵐の予兆




 度胸もあり、喧嘩の腕も立つ。しかも、稀に見る美貌の持ち主であり、その肢体は伸びやかで見事に均整が取れている。その女侠客「ツバメ返しのお柳」こと藤巻柳子が恩ある人の一人娘を質に取る矢島一家に捕縛され、上州大胡の女郎宿『紅屋』の裏手にある土蔵に囚われてから早ひと月余りが経った――。

その間お柳は、着物はおろか湯文字一枚身に着けることを許されず、日夜を問わず裸で過ごすことを強いられてきた。のみならず、その裸の肌身は常に縄で厳しく縛められていた。
 しかも、女の茂みを剃り取られた恥丘に禍々しい黒蛇の刺青を彫り込まれ、「見世物女郎のお藤」として紅屋に出されるようになってからは剥き出しの女陰に埋没する股縄を締め込まれた惨めな緊縛裸身を客の目に晒し、後ろ手に縛られた不自由な身で客の相手をしなければならなかった。
 お柳は、どこの女郎屋にも見られない珍奇な見世物にされ、なおかつ客を取らされ、恥辱と屈辱の奈落に突き落とされていたのであった。

類い稀な美女でありながら、女郎の中でも最低身分のお藤の花代は普通の女郎の半値だった。その代わりに優美な裸身を縛める縄は「決してほどかない」という客と店との約定があった。
 ところが昨日の夕暮れ時に岩田源太郎が連れて来たと思しき六助という初老の客は、縄をすっかりほどいてからお柳を抱いた。女郎に堕とされて初めてのことだったのでかえって戸惑いを感じたお柳だったが、ひと通り事が終わった時にその六助がポツンと洩らしたひと言はお柳の心を揺さぶった。

「沢村一家が動いたそうだなあ」

「えっ?」(そうなの、銀次郎さんがあたしを助けに)と一瞬胸を熱くしたものの、もしかするとこれも辰造の罠かも知れないと思い、気を引き締めたお柳は今の自分には関係のないことだと答えた。
 しかし、昨日の朝の食事の合間にお里が「もうじき沢村一家がここへ乗り込んでくるらしいですよ」と噂話を伝えてくれた。その前の晩の最後の客だった無宿者の茂三は「ヤクザ同士の出入りがありそうな雲行きだ」と言っていた。昨日はなぜかいつもより客が少なく、まだ宵の口なのに早仕舞いを申し渡された。土蔵へ戻る途中の長い一階大廊下に人影がほとんどなかった。

(やはり何かが起ころうとしている……)

 五感で感じるすべてがお柳にそう告げていたが、お柳の世話係であり監視役でもある木崎耕平と赤井三郎に尋ねてもにべもない返事をするだけで何も教えてくれなかった。

その二人の様子もおかしかった。土蔵に戻るとすぐに二人は、まるで何かに憑かれたように激しく求めてきて、精根尽きるまでお柳のからだを貪った。その上、最近は牢に入る前に必ず縄をほどいてくれていたのに、この夜は後ろ手に縛り直し股縄までかけて、しかも格子牢ではなく石牢の方にお柳を放り込んだ。

(沢村一家が、銀次郎さんが、あたしを助けにここへ向かっている……)

願い半分にそう思って愛しい沢村銀次郎の顔を思い浮かべるお柳だったが、漆黒の闇に包まれた石牢の中で、股間に喰い込むコブ付き縄の妖しい刺激が高める女陰の奥の疼きに悩まされながら眠れない夜を過ごさなければならなかった。

お柳はまだ確信するに至っていなかったが、事実、沢村一家の先遣隊が既に大胡宿から二里と離れていない粕川宿に前線基地を設けていた。その前線基地から旅の行商人を介して紅屋の斜向かいにある矢島組の根城に一通の書状が届けられたのが、お柳が紅屋の様子がいつもと違うと感じた昨日の昼過ぎのことだった。

「大層世話になっている身内の女を即刻返せ。また、先代親分を闇討ちした二人も縄で縛って女につけて寄越せ。加えて辰造自筆の詫び状を差し出せ。この三つの条件を満たせば退いてもよいが、さもなければ戦いを覚悟せよ」という、全面降伏を促すものだった。

「何だと! お柳を返し、耕平と三郎を差し出し、このわしに詫びを入れろ、だと? そんな恥さらしなことが出来るわけがねぇじゃねぇか!」

矢島辰造は子分たちの前で憤って見せたが内心は恐怖に震えていた。手勢の数も沢村一家の半分にも満たず喧嘩にはあまり自信のない矢島組である。とりあえず「そちらの要求は分かったが条件を整えるに時間がかかる。二三日の猶予をもらいたい」と返事をして時間稼ぎの手に出た。
 その一方で若手幹部の片桐晋太郎を早足でも五時間余りかかる渋川へ走らせ、数日前に辰造の義兄であり晋太郎の父親の片桐六助を介して助太刀を頼んである黒川組に手勢の緊急派遣を要請した。

 

漆黒の闇はそこに置かれた人から過ぎ行く『時』の感覚を奪う。ましてや、後ろ手に縛られ性感を刺激する淫靡な縦縄に股間を割られているお柳の時間は止まっていた。
 わずかな身じろぎで女陰に深くもぐり込んだ縄のコブが女肉の芽を嬲り、肛門に埋没した縄のコブが異妖な刺激を生じさせ、女の源泉を官能の炎で焦がしていく。女の花芯が疼き、その疼きが痺れに変わって全身に広がっていく。
 狂おしい身悶えを繰り返しながら、どれほど切ない喘ぎ声を洩らしたことだろうか、何度絶頂に達しただろうか……。
真っ白い柔肌に喰い込むどす黒い麻縄に翻弄され続けるお柳をようやく睡魔が眠りの底に引き込んだ時、石牢を闇に閉ざす分厚い板戸が引き上げられて光が飛び込んできた。

薄明かりであっても闇の中にいた者にとっては眩しい。重い瞼をうっすら開けたお柳の目の前には腰を落とした耕平がいた。

「どうでえ、よく眠れたかい?」

寝入り端を起こされたお柳の頭はまだ停止している。耕平は、そのお柳の股間に締め込んだ縦縄を外し、抱き起こして後ろ手縛りの縄をほどくと、その縄で前に手繰った両手の手首を縛めていった。その間もお柳は惚けた表情でされるままになっていた。

縄尻を持って先に牢から出た耕平が、「お柳、出てこい」と手にした縄をクイッと引いた。が、意識がまだシャンとしていないお柳は縛られた両手を前に差し出すだけで腰を上げようとしない。イラついた耕平はもう一度中に入り、平手でパシッとお柳の頬を張った。

「な、何をするの?」

「目を覚ましてやったのさ。もっと強く叩いてやろうか?」

さっさと外に出ろと叱咤され、ようやくお柳は石牢から這い出てその場に裸身を伸ばした。耕平は、その背中を押して土蔵の中央に立つ柱の前に連れて行き、背中を預ける形で座らせると、手首を縛った両手を上に挙げさせて縄尻をぐるぐると柱に巻きつけて縄止めした。この頃はこの形で食事を食べさせてもらい、そのまま耕平と三郎に濡れ手拭いでからだについた汗と汚れを隅々まで綺麗に拭われ、それから亀甲縛りの縄をかけられて下半身芸のおさらいをするのが常だった。

しかし、今日は少し違った。三郎の姿がなかった。その三郎はいつものようにお柳がお里に朝餉を食べさせてもらっている時に夜具を一組運び込んできた。そしてお里が去り、からだの清めがはじまるとすぐに奇声を上げた。

「あ〜あ、オソソのあたりはベトベトだぜ。兄ぃ、見てみなよ」

 途端にお柳は端整な頬を赤らめた。

「三郎、こっちもそうだぜ」と応じた耕平が「お柳、こんなにぐっしょり濡れているのはどうしてだ?」と先ほど股間から外した縄をお柳の目の前に掲げ、三郎は「すげえじゃねぇか、お柳。おめえ、ゆうべあれから何回も気をやったな」とたたみかけた。

「俺たち二人とあれだけ激しくやってもまだやり足りなかったようだな? そうだろう? いひひっ、ツバメ返しのお柳姐さんもとうとう色狂いの女になっちまったってわけだ」

「…………」お柳は返事をしない、いや、出来なかった。頬を真っ赤に染めて顔を伏せたお柳のしなやかな首が紅潮していた。

「ほう、とことん恥知らずな芸もこなすおめえにまだ羞恥心が残っているとはなあ」

「客の前でもそうやって恥ずかしがって見せているのか? 演技派の淫乱女だな」

二人は皮肉を並べてからかいながらお柳のからだを隅々まで清めていった。勿論、役得の肌嬲りは忘れない。乳房を揉み、金環の嵌った乳首を吸い、ヘソに嵌った金環を引っ張り、茂みを失った恥丘を撫で回す。お柳は彼らのいつもの悪戯に唇を噛み締めて耐えた。

清めが終わると縄が柱から外され、両手首の縄もほどかれた。お柳はうつむいて両手首に刻まれた縄痕をじっと見つめた。この縄の痕が無くなる日は来るのだろうか、と思うと胸が痛む。それなのに、またすぐに縛られると思うと胸の痛みが退いてときめきにも似た鼓動がはじまる。お柳の肉体は縄で縛られることを求めていた。

「お柳、両手を後ろに廻しな」

耕平に促されて、お柳は白くしなやかな両手を静かに後ろに廻していき、華奢な両手首を背中の中ほどに重ね合わせた。

 ザラリとした感触の麻縄が両手首をキリキリ巻き緊める。するとお柳の女陰の奥で何かが蠢いた。手首を縛り終えた縄が二の腕から前に渡され、胸乳の上の滑らかな傾斜に溝を掘るようにググッと後ろに引き絞られた。

「うっ!」と小さく呻いたお柳の肉の花芯がズキンと疼いた。

縄はもう一度前に回り、胸乳の下に潜り込んで形のいい真っ白な両乳房を持ち上げ、背中に戻る。左右の脇腹と二の腕の間に閂をかけて縄止めされた時、お柳の女陰の内部はすでに潤っていた。が、いつもの亀甲縛りではなく単純な後ろ手縛りである。お柳は何やら物足りなさを感じていた。 

「ところでお柳、今日は店に出なくてもいいそうだぜ」

「えっ、どうして? どうしてお店に出なくてもいいのです?」

 尋ねながらお柳は紅屋と矢島一家の周りで何か重大なことが起きているのを感じた。

「そんなことはどうでもいいじゃないか。折角空いた身体だ、布団も持ってきたことだし、ここで俺たち二人とゆっくり楽しもうぜ。なっ、お柳」

「イヤっ。何が起きているのかを教えてくれなきゃ、イヤです」

「何だと!」

「てめえ、亭主の俺たちに逆らうのか!」

 耕平と三郎はお柳をねめつけた。彼ら二人は、仮のこととはいえお柳と夫婦契りをした間柄である。となれば、夫の要望を拒む妻を怒鳴りつけるのも一理あった。

「違います。ゆうべだって土蔵に戻ったら教えてくれると言っていたのに何も教えてくれなかったじゃありませんか。だから、お願いしているのです」

「うるせえ、ゴタゴタ理屈を並べてないでこっちへ来い!」

 お柳の二の腕をつかんだ耕平が、後ろ手縛りのお柳を引きずるようにして柱の前に背中を向けて立たせると、縄尻を太い柱にくるくると巻きつけてがっしりと縄止めした。その乱暴な扱いにお柳はいささか腹を立てた。

「ひどいじゃないの、いつも優しくしてくれるのに今朝はどうしてこんなに邪険にするの? あたしはあなたたちの女房でしょ? 自分たちの女房を立ち縛りにしてどうするつもり? まさか、あたしの裸を肴に酒盛りでもはじめるつもりじゃないでしょうねえ」

「ふん、減らず口を叩きやがって。酒盛りしてぇのはやまやまだがそうじゃねぇんだよ」

「ええっ?」と怪訝な眼差しで見つめるお柳の、削ぎ取ったようにくびれた腰に縄を打った三郎がその縄尻もまた太い柱につないで固定した。

「い、一体……何をしようというの」

「まあ、仕上げをご覧じろ、だ。おい、三郎」

「あいよ」と答えた三郎が走って壁にかかった麻縄の束を二つ持って戻り、片方を耕平に渡すと、二人はお柳の足元に片膝を突いてそれぞれがお柳の左右の足首を縛りはじめた。

「な、何をするつもりなの!」と狼狽するお柳の両足がさっと後ろに引き上げられ、胸と腰にかかる縄が柔らかい女肉にググっと喰い込んできた。

「ううっ、く、苦しい!」と叫んだお柳の左右の肢はそれぞれ二つに畳まれ、ムチムチとした官能味に溢れる真っ白い太腿にぐるぐると縄が巻かれ、その縄尻が柱に固定された。お柳は瞬く間に柱吊りの開脚縛りにされていた。

「イヤっ、こんなこと嫌です! やめてっ、早く降ろして!」

「うるせぇなあ。耕平兄ぃ、猿轡を咬ませようか?」

「ああ、そうしてくれ」

 懐から取り出した手拭いを三郎に渡した耕平は、片手の指先でお柳の鼻をつまみ、もう片方の手の指を頬に突き立てて強引に口を開かせた。そこに三郎が先ほどお柳の下の処理をした濡れ手拭いを詰め込み、その上を耕平から受け取った乾いた手拭いで覆い、後ろに引き絞ってうなじの上で固く結びとめた。

 自分自身の蜜液がついた濡れ手拭いはヌルッとしていて気色が悪いだけでなく、ぷんと鼻をつく生臭さがたまらない。「うっ、ううっ、うぐっ」と濁った声を洩らしたものの、猿轡に言葉を奪われたお柳はもはや何も訴えることが出来ず、ただ眉間に皺を寄せて呻き続ける他に術はなかった。

 ヌルヌルした猿轡の気色悪さ以上に開脚柱吊りはお柳をもっと苦しめた。お柳は女としては大柄である。その体重を支えている縄が胸と腰の柔肉にきつく喰い込んでくるのだ。しかし、二人の仕打ちはそれだけに留まらなかった。

「うっ、うぐっ、ぐううっ」

こんなことはやめてくれと、お柳は激しく首を左右に振って訴えた。が、タコ糸を手にした二人は、三郎の方がお柳の二つの赤い乳首とヘソに嵌っている金色の飾り環に糸を通してピンと張り、耕平は女陰の花びらに嵌め込まれた二つの飾り環にそれぞれタコ糸を結ぶと真横に引いて太ももと足首を束ねた縄にからめてお柳の秘裂を左右に大きく開いた。

「よしっ、出来たぞ、色狂いの女郎にお似合いの格好が」

「あはは、あそこが『さぁ早くやってください』って言ってやがる」

 お柳は固く目を閉ざして痛みと屈辱に耐えている。その瞼の裏に見るも無残な自分の姿が浮かび、長い睫の間から口惜し涙がひとしずくこぼれ落ちた。

「やい、お柳。沢村一家が来るという噂を聞いて里心を起こしたようだが、男の精に塗れて汚れ切ったおめえが、恥ずかしいところに蛇の刺青を彫られた身体で、あちこちに金環をぶら下げて銀次郎の胸に飛び込んでいけるのか? 出来やしめえ。違うか?」

「今のおめえは紅屋の女郎で俺たち二人の女房だ。そのことをもういっぺんこの身体にしっかり教えてやるから、とことん狂って見せな。分かったな、お柳!」

 三郎は乳首とヘソの飾り環に通して張ったタコ糸にいきなり指をかけて思い切り引いた。充血して硬くなっている二つの乳首に鋭い痛みが走り、「うぐっ!」と呻いたお柳の大きな瞳から涙がこぼれ出た。

「分かったかと聞いているんだ、どうなんでえ!」

 三郎が容赦なく糸を引っ張る。その痛みに耐えかねてお柳はかぶりを振った。

「分かればいい」と言った三郎は耕平を振り返った。「兄ぃから先にやりなよ。俺はお柳のおっぱいを揉みながらこいつを元気づけておくからさ」

自分の股間を指差した三郎は、イヒヒッと厭らしい笑い声を立てて柱の後ろに回り、両腕を前に伸ばしてお柳の二つの乳房をその手につかんだ。前をはだけた耕平は、柱に吊られているお柳に身体を重ね合わせると、逞しく反り返った肉棒を夜通し濡れそぼった女陰の口にあてがいズブリと一気に刺し入れた。

「あぐっ! ぐうっ、うぐぐっ……」

 濁った悲鳴を上げたお柳は、首を斜めにして柱の横に顔を大きく仰け反らせた。切れ長な美しい双眸から大粒の涙がこぼれ落ち、猿轡にくびられた頬を濡らしていく。が、激しく腰を動かす耕平の熱い肉棒が女の苑を掻き乱し花芯を突き上げるにつれて、猿轡を咬まされた口から洩れる呻き声はまもなく喘ぎ声に変わっていった。
 お柳は自らの意思とは別に被虐官能の炎に焦げていく我が肉体を恨めしく思いながら嗚咽するのだった。

 

矢島辰造は、渋川の黒川組へ使いに出した片桐晋太郎に「いい返事なら一晩泊まってから昼までに、そうでなければ夜を徹して帰って来い」と指示していた。その晋太郎は夜が明けても帰ってきていない。ということは、黒川組はすぐさま駆けつけることを承知したのだ。
 にもかかわらず、小心な辰造は内心の不安を紛らわせるために朝から組の根城の奥にある広間で妾の和枝の酌で酒を飲んでいた。そこに一人二人と集まってきた幹部たちも加わって時ならぬ酒宴がはじまったが、親分の辰造が苛立っているために広間にはまるで通夜の席のように重苦しい空気が充満していた。

辛気臭い酒盛りがはじまって二時間あまり、渋川を早立ちした晋太郎が駆け戻ってくると座は一気に沸いた。

「そうかい、明日には先乗りの黒川衆が来てくれるのかい」

「へい、黒川の親分と本隊は明後日の昼前には到着するとのことでした」

「うちの手勢に黒川の猛者を入れて八十人を超えるわけだな。黒川の連中は喧嘩上手の暴れ者ばかりだし、これだけの人数が揃えばもう沢村一家なんぞ恐くはねえ」

 辰造はホッと胸を撫で下ろしていた。賭場の管理と縄張りの取り仕切りを任されている代貸しの大崎寛治も、普段は大崎の指図で動いている幹部の岩田源太郎も、他の子分たちも皆一様に顔をほころばせた。

ところがひとつ困ったことが出来た。お柳の扱いである。黒川泰三が「喧嘩が始まる前にお柳を始末しよう、わしが仕置きの指揮をとる」と言って来たからである。

喧嘩上手で冷酷非情と恐れられている黒川泰三も、お柳だけは苦手にしていた。高崎への進出を画策していた黒川組はその盛り場を縄張りとする小仏組の勢力が弱まったのを期に殴り込みをかけたが、たまたま小仏組にわらじを脱いでいたお柳に蹴散らされたばかりか、泰三自身も首を取られる寸前までお柳に追い詰められたことがあったからである。それを恨みに思っていると同時にツバメ返しというお柳の剣さばきを心底怖がっていた。

「お柳はただの女じゃない。もしも出入りの混乱の中で沢村側に救い出されたお柳が刃物を持って立ち向かって来でもしたら面倒なことになる。その前に殺しておこう」

 事前に憂いを取り除いておきたい黒川泰三は「女は沢村へは戻りたくないと言っていると返事しておけ」とも指示してきていた。「黙って引き上げて欲しい、もし仕掛けてくるのなら自分は死ぬ」とお柳が言っていることにすれば沢村一家も迂闊には攻めて来られないだろうという読みである。それでも攻めてくるならお柳を処刑する、お柳もそれを望んでいるという筋書きだった。

しかし、そんなことで引き揚げる沢村一家ではなかろうし、全面衝突は避けられそうにない。お柳はどこかに隠しておくつもりの辰造だったが、黒川にお柳の存在を知られた今となってはそれも出来ない。となればお柳の仕置きは決まったのも同然である。
 しかも、自ら仕置きをするという黒川泰三は「磔柱に素っ裸のお柳をかけて竹槍で串刺しにする」と具体的なやり方まで言ってきていた。自身もワルの辰造もこれには唖然とした。

そもそも矢島辰造はお柳を殺したいとは思っていない。三年前に眉間を傷つけられた恨みはもう十分に晴れていた。このひと月余りの間、裸の肌身を常時麻縄で縛り上げて羞恥責めと無残な陵辱を繰り返して虐め抜き、卑猥な下半身芸を仕込み、今は緊縛裸身を晒して客をとる見世物女郎のお藤として稼がしている。しかも、最近は紅屋の稼ぎ頭である。
 何事も欲得ずくの辰造としては、出来る限り長くお柳を自分の手元に置いておきたいと思っていた。すこぶる付きの美人で身体も申し分なく美しいし、禍々しい黒蛇の刺青を彫り込んでも珍奇な飾り環を嵌め込んでも穢れを感じさせない香気がある。それどころか、過酷な仕打ちでやつれるどころかむしろ美しさが増し妖艶さまで加わってきている。そのお柳に辰造は、単に欲情する以上の情が移っていた。

(どう考えてみても、殺すには惜しい女だ……)

それが辰造の正直な想いだった。何とかして自分の意のままになる女に仕立て上げ、まずは矢島組の賭場で壷を振らせ、ゆくゆくは和枝に代わる紅屋の女将にしたいとさえ考えていたのである。それだけに黒川泰三の言う通りにする決断が出来ないでいた。

「親分、お柳はどうなさるおつもり?」

辰造の心中を察した和枝が尋ねると、子分たちの前ではいつも虚勢を張る辰造が珍しく心細げに代貸しの大崎に「おめえはどうしたらいいと思う?」と意見を訊いた。

「どう思うかって、親分。お柳は仕置きしないと言えば黒川はヘソを曲げるんじゃありませんか? この喧嘩から手を引かれちゃ困るのはうちですぜ」

「それが頭痛のタネだ。まああと一日、何かいい方法がないかじっくり考えてみよう。とりあえずは黒川が言ってきた内容の手紙をお柳に書かせるとするか」

「それは考えものですよ、親分」と和枝が口を挟んだ。「手紙を書かせるということは沢村が近くまで来ているのが事実だとお柳に教えるようなものでしょ。折角従順になっているお柳が今心変わりをすると面倒なことになるのじゃありません?」

「あっしもそう思います。引導を渡して死ぬ覚悟をさせてからならともかく、その前じゃあのお柳のことです、何を考えるか分かったものじゃありませんぜ」

「それもそうだ。それじゃ大崎、手紙はわしが書くとして、誰に届けさせる?」

 問われた大崎寛治は額に手をやって目を閉じたがその目を開くと岩田源太郎を見た。

「源太、お前の下にいる広助はどうだ?」

「さすがは代貸し、お目が高い。あいつなら堅気のお店者だと言っても通りますから、頼まれて届けに来たことにすれば殺されることはねぇでしょう」 

「よしっ、そうしよう」と即断した辰造は、大崎寛治と相談しながら手紙を書きはじめた。

ああでもない、こうでもない、こうした方がいいだろう、と頭を捻りながら書き上げた時には太陽が中天から西の空へと移っていた。その概略はこうだ。

《そちらの身内だという女は「すでに縁の切れたところへ戻るつもりはない、黙って引き上げて欲しい、もし仕掛けてくるなら自ら死を選ぶ」と言っている。そちらの仇だという男二人は片方が姿をくらましたので捜している。女の説得と逃げた男の探索に努力しているので、もう少し待ってもらいたい》

「ふっふっふっ、これなら沢村もすぐに攻めて来ることはないだろう。とにかく、黒川の本隊が到着するあさっての昼までは何としても沢村の連中を足止めしておかなきゃなあ」

 辰造は満足げな笑みを浮かべて書いた手紙を岩田源太郎に渡し、「広助には、日が暮れるまで待ってから届けさせろ」と命じると、和枝の方に向き直った。

「ところで和枝、あの男も、薬屋の三平も何とかしておかなきゃならねぇぞ」

「あのまま離れの地下に置いていちゃいけませんかねえ、お美津も二階の小部屋に閉じ込めてあることですし」

「監禁してあるのに沢村が出張ってきたということは、あの男は密偵じゃなかったってことだ。となると、このまま置いておくのはまずい。出入りが終われば官憲の査察がある。その時に『畏れながら』と訴え出られでもしたらこっちの手が後ろに廻りかねねぇやな」

「確かに親分のおっしゃる通りで」

「銭で口止めして富山へ帰すか、それとも始末してしまうか。どっちにしても出入りの前に片をつけなきゃならねぇが、おめえら、どうしたらいいと思う?」

「殺してしまうのは惜しいのじゃありません?」

「なんでだ、和枝?」

「親分もあの三平に身内にならないかと言っていたじゃありませんか、耕平さんたちの上を行く、いい女郎の指南役になりそうだからって……」

「ああ、確かにそう言った。それで、おめえはどうすりゃいいと思う?」

「こうしたらどうですかねえ。三平の意思を確かめて、身内になるというのなら見張りを付けて近くの温泉場で事のすべてが終わるまで養生させることにすれば……」

「身内になるのが嫌だと言えば殺っちまうってことだな」

「ええ、出入りで殺した沢村の子分たちと並べておけば分かりゃしませんよ」

「分かった。それじゃ源太、この件はおめえが明日のうちに片付けておいてくれ。それから和枝、お美津は女郎たちを避難させておく場所に一緒に入れておきな」

 細々と指示を出しながら辰造は、仕置きの引導を渡す前にもう一度お柳を抱いておこうと思った。色事の調教をしている頃はこれも修行のうちだと言って二日に一度は自慢の真珠魔羅をしゃぶらせ女陰を貫いていた。今はそれほど頻繁ではないが、それでも五日と空けずに紅屋の一階の専用部屋に連れて来させて麻縄をまとったお柳の優美な裸体を玩弄している。その時々のお柳の何とも艶っぽい表情とよがり声が辰造の脳裏をよぎった。

「それじゃ大崎、あとはおめえに任せたから、喧嘩仕度をすすめてくれ」

そう言って和枝とともに組の根城を出た辰造は紅屋へ入った。が、耕平と三郎の姿がない。女中たちによると、朝から土蔵に篭もったままだとのことだった。

「あの野郎たち、またお柳にからみついていやがるな」

辰造は剣呑な表情でそう呟くと、一人で土蔵へと足を向けた。

 

「お柳、どうだ、感じるか」

「ああ、か、感じるわ。も、もっと突いて、もっと」

「これでどうだ、奥まで届いただろう」

「ええ、いいわ、三郎さん。あ、あたし、もう、あたまが痺れてきて……」

「よしっ、思い切りいくぜ」

「ああっ、あっ、ううっ、ああ…、もっと、もっと、あたしをメチャメチャにして!」

 お柳は後ろ手に緊縛された裸身を揺らして身悶えしていた。夜具に胡坐をかいた三郎に跨り、女陰を貫かれて甘い喘ぎ声を洩らしている。縄に絞り出された乳房を揉みしだかれ乳白色の光沢を放つ首筋や肩を舐められながら、陶然とした表情でもっと虐めて欲しいと願っていた。

朝のうちお柳は、柱に開脚吊りされた状態で二人の逞しい肉棒で女陰を突き上げられて猿轡に塞がれた口から悲しい悲鳴をあげ、床の敷いた夜具に転がされ猿轡を外されてからは男根の張形や指で女陰と菊門を同時に責められて気をやった。放心気味に横たわっているお柳の美しくも妖艶な緊縛裸身を眺めながら男二人が一休みしたのが昼時だった。

「お柳、これからがいよいよ本番だ。その前に、はっきりと誓え、二度とおかしな了見は起こしません、昔のことはすべて忘れて二人の可愛い女房になりますって」

 仰向けになったお柳の女陰に肉棒を突き立てた耕平にそう迫られ、お柳は答えた。

「もう二度と悪い了見は起こしません。昔のことはきれいさっぱり忘れてあたしは、お柳は耕平さんと三郎さんの可愛い女房になります」

それを聞いた耕平の腰の動きが熱っぽくなった。まもなく体を入れ替えてお柳が上になると三郎が後ろから乗りかかって菊門に肉棒を突っ込み、二人で責め立てた。そして耕平が先に肉棒を爆ぜさせ、今は三郎が得意の後ろ向き観音責めにかかっていた。

「ねえ、三郎さん。天国へ……はあっ、あ……あたし、天国へ昇ってもいい?」

「ああ、いいとも。今すぐいかせてやるぜ」

「イヤっ、お柳一人じゃ嫌よ。三郎さんも一緒に……ねっ」

「ようよう、お二人さん。お安くねぇぞ!」

 お柳と三郎の特異なからみと言葉のやりとりをニタニタしながら眺めていた耕平が掛け声を飛ばした。その時、土蔵の扉がドンドンと叩かれ、辰造のダミ声が響いてきた。

「おい、耕平! 三郎! そこにいるのならさっさ鍵を開けろ! 早くしろい!」

「へ、へい! すぐに開けます!」

 思いがけない辰造の声に飛び上がった耕平はあわてて着物をひっかけて入り口に向かい、思わずお柳を夜具の上に放り出した三郎も床に脱ぎ落としていた着物を急いで羽織った。

「おめえら、このせわしい時に一体どういうつもりだ!」

 土蔵に入ってくるなり怒鳴りはじめた辰造に二人は縮み上がって言い訳をした。

「親分。こ、こいつが、沢村が来るという話を耳にして里心を起こしたもので……」

「何だと! 誰がそんなくだらない話をお柳の耳に入れたんだ!」

「そ、それが……どうやら六助の伯父貴のようでして……」

「なに? 片桐のアニキが……」と一瞬息を止めた辰造は、内心憤りを感じた。お柳の仕置きを迫られているのも、元はと言えば片桐六助が黒川に助太刀を承知させるための好餌として洩らしたことに起因している。お柳は隠して置きたかった辰造の気持ちを知らない訳でもなかろうにと、今更ながら口止めしなかったことを後悔していた。

「そうなのか、お柳」と鋭い眼光を向けた辰造にお柳は荒い息をしながらこう答えた。

「ええ、そんな話もありましたけど、今のあたしには関係のないことです」

 すると耕平が口を尖らせて言い募った。

「惚けるんじゃねぇ、お柳! あの後おめえは何が起きているのか教えろと俺たちにしつこく迫ったじゃねぇか。それでも里心を起こさなかったと言い張るのか!」

「おい、そういきり立つな。お柳は知らねぇんだよ、あの六助のアニキは根も葉もないことをしゃべって相手の気を惹こうとする悪い癖があることを……」

言い訳がましい言葉で六助の話を否定した辰造だったが、同時に耕平と三郎に抱き回されて精液塗れになっている姿を見てお柳を抱くことは諦めた。

「それにしても、おめえらが言うようにお柳が間違った了見を起こしたのなら、罰を与えなきゃなるめぇ。おい、耕平。これからすぐに健次のところへ行って、あのオサネを縛る道具を持ってきな。二度と悪い了見を起こさねぇためにも、てめえはとことん淫らな女郎だってことを身体に教えてやらなきゃならねえ」

 それを聞いてお柳は激しい狼狽を示した。

「辰造親分、お願いです。それだけは堪忍してください。後生ですから、どうか、あれをつけるのだけはやめてください、お願いします」

「ダメだ、お柳。これから明日の朝まであの銀環をオサネに嵌めてもらって余計なことは何もかも忘れてしまうんだ。三郎、耕平が戻ってきたら、二人でお柳の股座をきっちり縛って石牢の中に放り込んでおけ。それが済んだら雁首揃えてわしのところに来い」

 辰造はそれだけ言うとさっと土蔵を出た。お柳を抱き損なった口惜しさを悟られたくなかったからだが、沢村一家との出入りの日は迫っている。その前にお柳を仕置きしなければならない自分が情けなくもあった。黒川が要求しているお柳の処刑は(仕方がねえ)と腹を括ったものの、当のお柳に引導を渡すきっかけが作れないでいた。

 

 それから小一時間が経った頃、お柳は漆黒の闇の中で独りすすり泣いていた。後ろ手高手小手に縛られて横たわる股間には細く丈夫な紐が縦一文字に喰い込んでいる。

紐に取り付けられた銀環は陰核を緊め上げ、四六時中性の官能を刺激する。わずかな身じろぎで強い刺激が走り、女陰の奥がズキンと疼く。脈打ちはじめる疼きはやがて甘い痺れに変わり、はては浅ましくも気をやってしまう。縄に両手の自由を奪われた身にどうしようもない痒みと辛さを味わわせるズイキ縄褌以上に、この女肉の芽の根元を緊めつける銀環のついた責め紐はお柳の思考力を奪って色情に酔わせ、辰造への屈従心を引き出してきたものだった。
 若い女郎がこれを折檻に用いられると一日で音を上げ、三日で色狂いになるという代物だが、お柳は侠客らしい芯の強さで色に狂うまでには至らなかった。とはいえ、辰造たちの目的だった始終色情の収まらない体にされていた。

(ぎ、銀次郎さん。お願い、早く来て! あたしを、お柳をここから救い出して!)

 辰造たちのやりとりからもうじき沢村一家が乗り込んでくることを確信したお柳は、涙に濡れた瞼の裏に愛しい沢村銀次郎の姿を浮かべて悲痛な思念を飛ばした。が、次第に銀次郎の姿が薄れていく。意識が下半身に引き付けられるのだ。

「ああっ、あっ、イヤっ。はっ、はあっ、ああっ、あ……」

 昼夜なく裸を常態とされたお柳は女の肉芯を嬲られる苦しみに喘ぎ悶えていた。いかに優れた体力をしていても女の女であるが所以の急所を責められては辛く切なく、性感が昂ぶっていくのを抑えられるはずもなかった。女肉の芽を緊め上げる忌わしい銀環はお柳の頭の中に空洞を穿ち、熱く甘く淫らな風がその空洞を吹き抜けていく。

「お願い、誰か……、誰かこの環を外して! あっ、ああっ、あ……」

 必死に願い、身を悶えさせるお柳はますます追い詰められていく。後ろ手に厳しく縛められたお柳の裸身は性感が昂ぶるにつれて朱に染まっていった。

丁度その頃、三田村平治は離れの地下牢の中で物思いに沈んでいた。ここに放り込まれ、毎日のように和枝に男の精を絞られて早十日余りになる。あの時の、背後から棍棒で殴られて昏倒した時の一瞬の油断が悔やまれてならなかった。あくまで富山の薬行商人三平だと言い張り、辰造の妾の和枝の淫らで執拗な男嬲りに耐えながら脱出の機会を窺ってきた。が、思いのほか用心深い和枝が敷いた監視体制にほころびは見られず、難儀をしていた。あの日送った手紙が読んで動かない若親分ではない、今頃は近くまで出張ってきているはずだ、と思うもののその兆しが見えないことに焦りも感じていた。

(何としてもここから抜け出さなきゃならねえ。抜け出してお柳さんを助け出さなきゃならねえ)

 あの日目にしたお柳の局部に彫り込まれた禍々しい黒蛇がのたくる刺青が平治の脳裏に焼きついている。しかもそのお柳は、素っ裸の肌身に無残なまでの縄目を打たれ、女の秘裂に喰い込む淫靡な股縄まで施されていた。その姿を若親分銀次郎に見せる訳にはいかない。

(命を懸け天地神明に誓って必ずお柳さんを助け出す。そしてしばらく身を隠し、下の毛が生え揃ったお柳さんを浅草に戻ろう)

三田村平治はそう決意した。


                                (続く)