鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 



       第十三章 凛と咲く侠花

 

 淡い鼠地に縦縞が藍色の濃淡三通りで走る小粋な袷に白い形抜き模様が入った濃紺の帯を締めて颯爽と歩く姿はどこから見ても見事に均整が取れている。若干胸が薄く見えるのは晒布を巻き締めているからであり、弾力のある豊かな乳房が隠れているに違いない。もう年増と言われる年齢のようだが、衿元に覗く雪のように白く艶のある肌からして、着物に隠れた肉体はまだまだ瑞々しさにあふれていることが推察される。ふっくらと巻き上げた長い黒髪が艶光りしてうなじを眩しいばかりに白く見せていた。

その容貌もまた人目を惹いた。きりっと通った鼻筋、柳の葉のように細く美しい眉、切れ長で美しい目と長い睫、ほどよく膨らんだ端正な頬。口元は下唇が若干厚く見えるがあくまで慎ましく、顎の線が優しい曲線を描いて細くしなやかな首筋との絶妙な調和を保っている。微かに浮かべた笑みが慈母観音のそれに思えるのは気のせいだろうか。いずれにせよ、類い稀な美貌だった。

それほどの美人でありながら富田流小太刀の名手でもある彼女は、関東一円にその名をはせた女侠客ツバメ返しのお柳こと藤巻柳子その人であった。

そのお柳が、卑劣な罠に落ちて矢島一家の縄目を受けたのがひと月余り前。裸に剥かれてもなお縄目を打たれ、激しい恥辱と陵辱は勿論のこと過酷な調教まで施されて見世物女郎という卑しい裸女郎に貶められ、後ろ手亀甲縛りに股縄までかけられた状態で客をとらされてきたのだった。

 そこにようやく救いの手が伸びてきたが、皮肉にも、沢村一家が動いたことでお柳は出入りの前に処刑されることになった。しかもその前夜に、矢島組に加勢する黒川組の幹部連中の酒席に出ることを矢島辰造から要請されていた。お柳に遺恨を持つ彼らに辱められ嬲り回されることは火を見るより明らかだったが、すべてを達観したお柳はきっぱりした言葉で引き受けた。

「分かりました。あたしのこのからだを黒川一家の慰みものにしておくんなさい」

居並ぶ矢島一家の幹部たちは一斉に驚いてそう答えたお柳の凛と輝く顔を見た。何という度外れた女なのだろうと目を丸くし、その度胸と潔さに改めて感じ入ったという無言のため息が漏れた。しかし、彼らに理解できただろうか、そんなお柳にはせめて自分を庇ってくれた耕平と三郎の立場を少しでも良くしてやりたいという気持ちもあったのだ。

「おお、お柳、よく承知してくれた。おい、耕平に三郎。おめえら二人がお柳を二階の座敷へ届けてやってくれ」

お柳がすっと立ち上がると、「ちょっと待て」と言った辰造は、その場にお柳をしばし留め、その姿を名残惜しそうにじっと眺めた。幾度となく隅々まで眺めた裸体だったが、改めて見つめるとまた格別の感慨があった。座ったまま見つめるお柳の股間に覗く金色の小さな環に、辰造は改めて蠱惑を感じてため息をついた。

そこに和枝の「お柳、さっさと行きな!」という叱声が飛び、お柳は辰造に軽く会釈をしてくるりと後を向いた。すると辰造があわてて和枝に聞いた。

「おい、和枝。このままでいいのか? いや黒川衆に失礼があってはならんということだが。せめて腰巻をつけさせて、髪を梳き直して化粧をさせて……」

「いいの、いいの、このままで。裸結構、化粧もいらん、すぐに寄越せ、と黒川衆は言っているのだから」

和枝はもともとお柳には冷たかったのだが、自分の旦那の辰造がお柳に情けをかけようとしたことが彼女を冷酷非情にしていた。

「こんなことしょっちゅうだったのだから、お柳だって慣れていますよ。たったひと月でどんな恥知らずなことだって出来るようになった女だもの」

「そうかも知れねぇが」と切り替えした辰造は、お柳を出来るだけ長く目の前に留めておきたい様子だった。「乳首やヘソの飾り環とか、下の環は取っといた方がいいだろう」

「これは健次さんにも取れないそうですよ、あの金具師でないと。今更間に合わないし、お柳の身体の刺青と飾り環は黒川衆も悦ぶはずですよ。仮に引き千切られたって大したことはないでしょうに、明日の仕置きを思えば。ねえ、お柳。お前なら我慢できるよねえ」

お柳の表情には何の変化もない。男たちは辰造同様に同情心に駆られていたが、口には出せずに成り行きを眺めていた。耕平と三郎はお柳のそばに立っておろおろしていた。

お柳はその二人をむしろ元気づけた。

「あたしはもう地獄の境目にいる身ですから、どなたもどうか構わないでください。耕平さんも三郎さんもご自分のお役目を遂げてくださいな。さあ」と二人を促した。

自らすすんで荒んだ男たちの肉欲が待ち受ける地獄へ向かうと言うお柳に、耕平たちはやむなく縄尻をとってお柳の後ろをのろのろと歩みはじめた。が、その時、辰造がまたお柳を呼び止めて言った。

「お柳、やっぱりおめえって女は、どこまで行っても任侠の女だったんだなあ。何とも惜しいぜ、黒川の手に渡っちまったのが……」

感極まったような辰造の一言にお柳は、ふっとかすかな笑みを浮かべると、辰造に会釈をしてから部屋を出ていった。

 


 素っ裸の上半身に亀甲縄をまとって後ろ手に縛られているお柳を先頭に三人が二階へ上って踊り場に立つと、若い酌婦がひとり、悲鳴をあげながら廊下を走って逃げてきた。その後から着流し姿の若い男が白刃を振りかざして追ってくる。女は立ち止まっているお柳のそばをすり抜け、必死の形相で階段を駆け下りていった。

女を追ってきた若い男は踊り場に立ち止まっているお柳に気づき、酒気に赤らんだ怒り顔を急に崩した。抜き身の脇差を構えたままニヤケ顔でじろじろお柳のからだを上から下まで眺めながらゆっくり歩み寄ってくる。

お柳は、抜き身の剣を見ても別段驚きもせず、緊縛裸身をしゃんと伸ばして近寄って来る男を見つめていたが、後ろの耕平と三郎は逃げ腰になっていた。

「なんだなんだ、丸裸に縄目を打たれちまって。廓のはやり病で狂った女かと思ったが、さてはおめえがお柳だな」

そう言った若い男は後ろの広間にいる仲間へ呼びかけた。

「お〜い、お柳が来たぞ〜。新助、梅次、兄ぃたちも来なよ。おもしれぇぞ」

開いた襖の影から赤ら顔が二つ億劫そうな感じで這い出てきたと思うと、皆がお柳を見て目を瞠った。真っ白な生身の肌にどす黒い縄がからみついている。それも瑞々しい乳房をきっちり取り囲んで絞り出し、細い腰を更にくびってその下の豊かに実った尻を強調している。更に桃色の乳首と溶けるような柔らか味を感じさせる腹部の真ん中に金色の環が嵌め込まれているのを目にして息を呑んだ。二人の中の大柄な醜男が叫んだ。

「す、すげえや! ほ、本当にその女がツバメ返しのお柳なのか」

「ああ、間違いねえようだ」

「それならええ。だが、後ろのチンピラは余計だ。政、その二人は追っ払え!」

政と呼ばれた先頭の男は清水の政吉といってヤクザ剣法ながらなかなかの使い手で、命知らずで恐れられている男だった。お柳を送ってきた耕平と三郎を追い返せといったのが政吉の同輩の太棹の梅次だ。梅次と一緒に出てきたのは健脚自慢の素走りの新助である。

その後から三人の男が座敷から廊下に出てきて、薄ら笑いしながら遠目に眺めている。

これ見よがしに抜き身を見せても顔色一つ変えないお柳に拍子抜けした政吉は、背後の新たな標的へ視線を移し、「おい、おめえらはもういい! とっとと下がりやがれ!」と剣を振り上げて耕平に突っかかった。

それを見たお柳は、着物の裾から剥き出しになった政吉の足の脛をひょいと片脚でひっかけて横へ飛ばした。お柳自身も(あれっ?)と思ったほど自然な身の動きだった。

「うへっ!」と奇声を上げた政吉の体が見事に宙に浮いてドデンと廊下に落ちて抜き身の脇差を投げ出した。転がる脇差の柄の部分をお柳が足先で蹴り、刃先の鋭い剣はそのまま廊下の奥へと滑っていった。

「ぐへっ! こ、このアマ、やりぁがったな!」

酔いが回っている政吉は威勢のいいのは口ばかりで、お柳の足元でばたついている。

「あっ、ああーっ!」と大げさに叫んだのは後ろから恐る恐る覗きにきた和枝だ。

「く、黒川のお兄さん! も、申し訳ありません、うちの女郎がとんだ粗相をしでかしてしまって……」

すがりつくように倒れている政吉に走り寄って深々と何度も土下座をする。ちらと横目で睨んで棒立ちのお柳を促した。

「お柳! お前もここに座ってお詫びしな。大事なお客さんじゃないか!」

お柳も仕方なくといった風で和枝の横に正座した。

「おい、おい、清水の政もお柳にかかっちゃあ、形無しかい」

新助が政吉をなだめる脇でほろ酔い加減の梅次が落ちていたお柳の縄尻をつかんだ。

「大層な評判の見世物女郎だと聞いていたが、まだクソ生意気な女ヤクザの凶暴さが収まっちゃいねぇようだな。道理で裸に腕封じの後ろ手縛りなはずだ。矢島もおめえのやんちゃぶりには手をつかねているのかい。ん? なんでえお柳、その顔は!」

それでも無表情のお柳の頭をあわてて押さえつけた和枝が言い訳をはじめた。

「いえ、決してそんなことはありません。このひと月、すっかり女郎の水になじませて色んな下芸も仕込みましたので、お客様の前では飽きさせずに面白く見せます。裸にして縛ってあるのは単なる趣向でして……」

「下芸だと? じゃぁ後でたっぷり見せてもらおう。しかし、裸縛りが趣向だとは面白ぇことを言うじゃねえか」と口をゆがめて笑うとがらりと態度を一変させた梅次は、荒々しさをむき出しにした。新助はニヤニヤしながら梅次がどうするかを間近に眺めている。

 醜男梅吉の力は相当なもので、顔を伏せていたお柳の髪を掴んで上半身をグイっと一度にひき起こし、お柳の顔が一瞬苦痛にゆがむのを心地よさそうに眺めて言った。

「この恥しらずが! 女郎の水に馴染んだ女が大事な客の足を払ったりするのか! おい、お柳。おめえはもうとっくに侠客じゃあねぇんだぜ。最低の奴女郎としてわしらのおもちゃになるためにここへ出てきたのが分かっちゃいねぇようなあ、その面じゃあ」

なおも平静を保って口を結んだままのお柳に和枝が詫びを促した。

「これ、お柳。黒川のお兄さん方に早くお詫びを、素直にお詫びするんだよ、早く」

和枝の慌てぶりがいささか気の毒になったお柳は、目線を下げて口を開いた。

「申し訳ありません。うちの男衆が怪我をするのではと思い、咄嗟に足が出まして……」

「言い訳は余計だ、詫びの印に政に何か特別なことをしてやれ、女郎らしいことを」

返事をしないお柳に代わって和枝がまたしゃしゃり出た。

「はい、そうさせます。そうさせていただきます。この紅屋の見世物女郎の身一つで出来ることなら何だって、どんなことだってやらせてお見せします」

「おい政、何でもすると言っているぜ。おめえの気のすむようにやらせてみろ」

清水の政吉もなかなか執念深いところがあった。耕平と三郎に和枝もその場に釘付けにしておいて、お柳の肩を押し下げて床にペタリと跪かせた。そして、はだけた着物の下から引き出した自分のイチモツを正座しているお柳に見せつけて言った。

「転んだ時にこいつを床板に思いっ切りぶつけちまって、折れたかと思ったぜ。まだズキズキしやがる。おめえが蹴ったせいだ。詫びの印に精一杯咥え込んで、舐めてすすって、とりあえず一発目を吸い出してみろ」

「へへっ、ここで尺八かい。そいつは面白れぇや」と新助の傍らまで来て笑ったのが三人の兄貴分にあたる縄手の辰五郎というひと際人相の悪い男である。

お柳にとって口で奉仕する行為そのものは日常的だったので嫌がるほどのこともないけれど、初見の客に、しかも多人数が見守る中で強いられるのは惨め過ぎる。しかも、黒川衆は二三人という話だったのが、後から出てきた者を加えて倍の六人を数えた。

しかしお柳は、眉ひとつ動かさずに冷静な表情で男たちを見上げ、眺め回した。

「おい、政。おめえより度胸が据わっているようだぜ、この女。こんなじゃじゃ馬、咥えた魔羅を噛み千切りかねねぇぞ、いいのか?」

「なあに、こいつがそんなことをしてみろ、嬲り殺しにしてこの紅屋に火をつけてやる。だからいいな、お柳。おとなしく言った通りにしな」

顔を背けた和枝たち三人が横目で盗み見る中、覚悟を決めたお柳は黒川衆の一番槍になった政吉のイチモツへ細い首を伸ばし、存外素直にグボっと深く呑み込んだ。黒川の男たちがそんなお柳に驚き歓声をあげた。

「顔色も変えずにあっさり咥えちまったぜ。これだけの人数が見ている中でいい度胸だ」

「大抵の女郎は嫌がるし、布団のなかでも恥に呻くものだが……。こいつにとっちゃ、こんなこたぁ朝飯前らしいや」

「色狂いの好き者なのさ。おおっ、見てみろ、うまそうにしゃぶりはじめたぜ」

連中はお柳がはじめた屈辱の行為を眺めてなじり、笑いあう。尺八と呼ばれるこの口技だけで男を最後までいかせることは練達の女郎でもなかなか難しい。大抵は手指も使ってこれを続けて男を頂点へ持っていくのだけれど、それでも大層疲れる技なのだ。
 しかし、お柳の両手は背中に縛り上げられているし、顔と首と上半身を前後に動かす反復動作と舌の働きだけで男を絶頂へもっていかねばならない。しかも正座のままで繰り返す辛い作業の持続に、ようやく男たちも冗談でなくお柳の技上手を認めはじめた。

「ふむ、なかなかやるじゃねぇか。おい、政、顔色が変ってきたぜ。まさかあっという間に漏らすんじゃあねぇだろうな。それじゃあ情けねぇぞ、我慢しろ、女に負けるな」

「縄に緊め上げられたオッパイが揉んで欲しそうだぜ。しかもおい、この金物は何でえ。ちりちり揺れて、乳首の孔から下がっているぜ。面白れえ趣向だなあ、こいつは」

梅次に新助、それに縄手の辰五郎も加わって幾つもの手と指がからだのあちこちと飾り環をいじり回す。が、それをものともせずにお柳は口使いに集中していた。その間にも腰が不安定に浮き上がり、崩れ気味に見え隠れする後ろのよく張った尻の相合の菊門が男たちの目を引くのは成り行きだった。

「おい、何もかもおっ広げて『来て、来て』って言っているようだぜ。たまらねえや」

後ろにいた太棹の梅次がベタリと腰を落として座り込み、お柳の背中へ重なり、当面する作業に懸命なお柳の白い小尻を支えた。剥き出しの菊の小穴をいじりまわし、指を入れて強引に持ち上げ、引き出した自身のものを菊門へ無造作に突っ込もうとする。

 挟撃されそうな気配に今日初めて狼狽したお柳だったが両手は封じられている。振り向くことも出来ず、声ひとつあげることも出来ない。眉根を寄せて悩ましげにブルっと身を揺すっただけで、二人目の闖入を容認した格好になった。

 哀れな女が何をされても身を揺する他にはどんな抵抗も出来ないのをいいことに、男たちは激しく腰を突き動かすのだった。

 

 真っ昼間から淫ら極まる光景が広い廊下の只中に出現していた。座敷の入り口に立っている黒川衆二人も笑いながら手を打ったが、和枝たち三人は目を剥いて見つめた。

お柳の両脇から腕を伸ばした新助と辰五郎が露わな二つの乳房を油ぎった無骨な手で握り潰さんばかりに鷲づかみにして揉みしだく。お柳もたまらず身をよじり、口の作業がおろそかになってきた。すると、痺れを切らした政吉がお柳の顔と頭を両の手でしっかり掴んでゆさゆさと激しく前後に揺さぶり、動かしはじめた。

無体極まりない四人のそれぞれ勝手気ままな動きに翻弄され、からだを押しひしがれ、細い首も折れよとばかりに揺さぶられるお柳の辛さは想像の外だった。けれども、ほとんど息継ぎも出来ない数分余りの間、顔をしかめて辛そうにしながらも必死に咥えた政吉の魔羅を離さなかったのは女郎の意地というものかも知れない。

お柳の意地が勝ったのか、あるいは政吉の無茶なやり方が自業自得になったのか、案外なもろさで政吉が昇り詰めてしまった。
 が、魔羅が喉奥に押し込まれたままで大量の精液を放出されたお柳は、声も出せず窒息しそうになって目を剥いて苦しんだ。そんな惨めな女の苦しみといきみが後ろの菊門の強い締め込み反応になって、後ろに密着した梅次もまた政吉のすぐ後に忘我の動きとともに男の精をお柳の中へ放っていた。

 初見のヤクザ四人にからまれたお柳は、耕平と三郎に和枝も見ている前で滅茶苦茶にされたのだが、それは軽はずみな無礼への報復ということを考えても非道にすぎるやり口で、彼女の無念さはひとしおだった。
 しかも、政吉と梅次の二人は未練たらしく長々とお柳を抱いたままである。萎えた肉の棒を抜こうともせず、「全部飲み尽くせ」という政吉の要求にも素直に応じたお柳は、懸命に喉を鳴らして生臭い精液を呑み下した。

前後の肉の棒が抜かれてすべてが終わったあと、お柳は口元の汚れを気にするでもなく存外に平然としていた。口惜し涙を浮かべることも、恨めし気に男を睨み上げることもなかった。が、肩で荒い息をしながら気息奄々といった様子で、先刻の激しい頭の揺さぶりで薄れた意識がまだ明瞭にならないまま立とうとして思わずその場にくたくたとへたりこもうとした。
 しかし、彼らはそれを許さなかった。

「おい、お柳。おめえ、こんなことで腰を抜かす玉じゃねぇだろう。まだわしらの座敷も覗いちゃあいねぇんだし、黒川七人衆のうちたった二人に挨拶が済んだだけだぜ」

怪力醜男の梅吉がお柳の肩をつかんで立ち上がらせた。

「それにしてもいい女じゃねえか。なぁ、政。こいつ、本当に泰三親分が怖がったあのツバメ返しのお柳なのか?」

 辰五郎が言葉を向けた政吉と梅次の間に立ち上がったお柳は、細身ではあるが彼らに見劣りしないほどの上背があった。

「兄ぃ、あのお柳のなれの果てさ。矢島一家に芯まで抜かれちまったんだろう」

「だが、本当にお柳なら、親分の仇を取らねえわけにもゆくめえ。黒川衆としてもここはひとつ、一晩中かけてでもたっぷりとこいつの油を絞ってもやらねばならねえ。おい、覚悟しておけよ、お柳! いや、女侠客のなれの果ての下司女郎め!」

 辰五郎が厳しい言葉を吐くと他の三人が次々にお柳の事を揶揄した。

「ひひっ、こいつはただの女郎じゃねえ、このひと月、ここ紅屋の最低の女郎として、夜も昼もこのザマでこき使われていたそうだぜ」

「日夜使いまわされて出涸らしになるまでしゃぶり尽くされたのさ、こいつは」

「なるほど。だからもう用済みてんで、明日の朝には仕置きされるのか」

「黒川五十に矢島三十の喧嘩姿の只中で、真っ裸のまま血祭りだ」

連中はお柳に死の恐怖を思い出させる無情さで言い募った。

「こいつを取り戻しに来た沢村衆も無残な骸を見てさぞ口惜しがることだろうなあ」

「お柳。何とか言ったらどうでえ。怖いとか、やめてとか。おい、判っているのか? おめえのことを言っているんだぜ」

「さあ、とっとと歩いて座敷に入りな」

梅次に促されてよろけつつ歩き始めたお柳の、今なお上気した顔がわずかに強張り赤みを失ったように見えた。が、立ち止まったお柳は口々に嘲る四人をギロリと睨み返した。

絶望と恐怖に震えているはずの女がわずかに眉根を寄せただけで美しい顔を凛とさせている。表情から心情を探ろうとする男どもにはそれがまた憎らしくもあった。

「何の反応も無しかい。たった今の天国行きが気持ち良過ぎて明日の仕置きのことまで気が回わらねぇんだろう。なっ、そうだろう、お柳」

「なあに、こいつは正真正銘の身をひさぐ女郎さ。だからお目見えからして真っ裸だったんだぜ、いつでもどこでだってやりまくって結構ですってなあ」

「それも今夜限りなら、わしらが嬲り尽くしてやろうじゃねぇか」

 お柳を取り囲む四人が大笑いをすると、それまで押し黙っていたお柳が口を開いた。

「ねえ、ちょぃとお兄さん方……」

「おい、何か言い出したぜ。聞いてやれ」

黒川衆が注目する中、お柳は充血した赤い目を開いて小首を傾け、一番口数の多い梅次を睨みつけた。

「折角のご指名だから嫌な気分を振り払ってわざわざ来てやったのに何だい、顔を合わせるなり血祭りだの仕置きだのと……。言われる者の身にもなってみなよ。あたしにはこれが最期のお座敷だから、少しはいい気分で仕舞いまで勤めたいんだ。だから、明日のことは口にしないでおくれよ。お前さんたちも意気を無くしたマグロ相手より、少しは元気のいい淫乱女の方が抱き甲斐もあっていいだろうに」

ねめつけられて真顔になっていた梅次が、聞き終わった途端にブッと噴き出した。

「わはは、よく言うぜ。男の糊臭せぇ口で偉そうに、わしらの言い草が不服だとよう。明日のことは言うなだと? 笑わせるな! 人並みの心根を持った上等な女が真っ裸で宴席へ出るわけも、男のものを咥えて嬉しがるわけもあるめぇよ。おめえが色狂いの恥しらずな女郎だってこたぁ今のその格好が証明していらぁな。明日のことなんざぁ関係ねえ。おめえはマンコとケツの穴に魔羅をぶち込んでやりさえすりゃあ、いつだって気分を出していきまくる下司な女じゃねぇか。おめえもそれは分かっているだろうが」

そう吐き捨てた梅次は、お柳の縄尻と乱れ切った黒髪をむんずとつかんだ。

「二度とケチをつけるな。どんなことでもわしらの言う通りにしろ。おめえがその気取った顔をひどくゆがめて泣き叫んでも、それでわしらがいい気分になって楽しめることなら何度だって同じことをさせてやる。それが女郎の勤めってもんだ。覚悟しときな」

 梅次はお柳に有無を言わせず廊下を引き擦るようにして座敷へ連れて行こうとした。

「抵抗してもムダだぜ。今夜はおめえも今生の愉悦を楽しめばいい。明日のことなんかすっかり忘れて、わしらと一緒に、いや、一緒でなくてもいい、おめえなりに体力の限り滅茶苦茶にいきまくって乱れてみろ。おめえは紅屋一番の色狂いで破廉恥な女郎だろうが。これから、おめえの評判の色芸の数々を披露してもらうぜ。ほれ、おめえ十八番の俎板狂いもだ。さっき運び込んできたわい、あの大きな飯台を、なっ」

 梅次はうるさいほどに饒舌だった。

何を言っても分かる連中ではないと見限って肝を据えたお柳は、乱れて顔にかかった黒髪の間からギラッと凄艶な双の目を上目づかいに流しやり、明瞭に、しかも自分でも信じられないほど色っぽく答えた。

「うふっ、仕方がないねえ。ええ、ええ、分かっていますとも、あたしゃ紅屋で一番の見世物女郎ですよ。しかも今夜は生涯最後のお座敷。このからだで出来ることなら何だって、どんなことだって、この身を振り絞ってやり通してお見せしますよ」

「いい覚悟だ。たっぷり可愛がってやろう。さあ、とっとと歩きな」

 

座敷の入り口に立って遠目に眺めて笑っていた二人は飯岡留吉と熊田六郎という黒川組でも古株の幹部で年嵩もいっていた。その二人が先に入った後を、政吉を先頭に四人が続き、囲まれたお柳も背中を押され二の腕を引かれながら広間へ足を踏み入れた。

途端に低く渋い声がした。

「おい、その女がそうなのか? 本当にあのツバメ返しのお柳なのか?」

七人目の黒川衆は正面にどっかと座って独りで酒を喰らっていた。黒川泰三の右腕と言われている上杉善太郎だった。先乗り組を率いてきた豪剣の使い手だが、蔭では悪太郎という渾名がつけられているほどのワルであり、短気で暴れん坊だった。

「おい、もっと近くへ来い。こっちへ寄ってこい、さっさとここに来るんだ」

上杉の声を聞いて男たちはお柳の背中を押して上杉の膳の前に連れていった。

鋭い目でお柳を見つめた上杉は、左手に銚子を持ったままもう一方の手で脇に置いていた大刀の柄に手をかけた。と思うや否や、唐突に音もなく刀を抜き放った。一瞬腰を浮かせて抜いた勢いで剣先は意外なほど大きく遠く弧を描き、際どく身を引いたお柳の胸のあたりをかすめてぴたりと宙に静止した。

「わあっ!」と驚いたのは周囲の男たちである。お柳が斬られたと思ったのだが、何かがカチリと音を立てて飛び、お柳の右の乳首の金環がひとつ外れて失せていた。

しかし、お柳はその場に立ったまま上杉を見てふっと微笑した。

「おたわむれを……」

「おい、おい、善さんよう。折角の上玉を出会いがしらにやっちまおうってのはもったいねぇですぜ。ちいと目当てが狂ったら大変なことになったところだ」

 飯岡留吉がそう言うと上杉善太郎がニヤッと笑った。

「心配無用だ。この女はあっさり斬られるような玉じゃねえ」

上杉は吐き捨てるようにそういうと、お柳をぎらりと睨んだまますぐに剣をしまった。

「ふん、ツバメ返しのお柳か。素っ裸を縛られて出てくる卑猥なスベタだから偽者かと思ったが、その度胸なら、間違いねえってことだな。お柳、俺はお前とサシで勝負をやりたかったんだが、そのなりじゃ、ここまでだ」

お柳はここで斬られていた方がよほど楽だったと後で思ったけれど、思わず刃をかわしたのは富田流小太刀の修練がしっかり身に着いているからであり、彼女なりの見栄でもあった。しかし、お柳にはすぐに自分がやらねばならないことが見えた。

上杉の前に膝を突いたお柳は艶美な誘い顔になって相手の仏頂面を覗き込んだ。

「ええ、ええ、是非ともそのサシの勝負をやらせてくださいな、善さんとやら。あたしも紅屋で一番の見世物女郎ですもの。どうせあたしが負けるでしょうけど、さあ、善さん、無粋な得物は置いといて、あんたの自慢の男槍であたしをブスッとやっておくんなさい」

上杉善太郎も根が嫌いな方ではないと見えて、先ほどまでの陰気な顔を一変させ、ニタリと下卑た笑いを浮かべた。

「ふん、誰に吹き込まれたのか知らんが、お前が紅屋の安女郎だというなら俺の言う通りのことをやってみろ。そうだな、まずその臭せぇケツの穴を見せてみろ、今ここで」

「ええ、善さんにいい思いをしてもらえるのなら、あたしも何だって精一杯のことをやらせていただきますよ」

くるりと後ろを向いて一旦座ったお柳は、上半身を前屈みにして畳に顔をつけるとともに尻を高く上げて、股間の何もかもを見せつける形のまま膝と両脚をジリッと開き、畳に押し付けた顔を横にして後へ向けると、あっけに取られている上杉に甘えるような笑みを投げかけた。

「ねえ、これでいいですか、善さん。さっきもう一人の男衆から後の門に一番槍を受けて多少濡れていますが、あたしのからだはまだまだこれから良くなっていくばかりですから、さあ遠慮せず、どの穴でもお使いになっておくんなさい」

わーあっ、と周りの男どもの哄笑が響いた。

「いい格好じゃねぇか、何とも恥知らずの女郎だぜ、こいつは。善さん、眺めてばかりじゃなく、遠慮せずにブスッと押し込んでやりなよ。まだ陽は高いし、皆でひと通りこの身体に埒を明けて無茶苦茶に拉いでやりやしょうや。そのあとの楽しみはまた、その時の女の活きの良さ具合を見てということで……」

上杉善太郎は、政吉の言葉の半ばで邪魔な膳を横へ押しやって立ち上がると、着流しの下から引き出した逞しいイチモツを待ち受けているお柳の薄桃色の割れ目へ押し込んだ。

その激しい勢いを想定していなかったお柳は「ひっ!」と一声漏らし、からだをブルッと震わせた。

まだ去りかねて怖々と座敷を覗き込んでいた耕平と三郎はお柳の卑猥極まる積極さに声もなく眉をしかめた。その脇で和枝が囁いた。

「ふん、見ちゃあいられないよ。お柳のヤツ、今夜が最後だってえので、めちゃめちゃに男狂いしているよ。情けないことさ。あれがお柳の本性だったのだねえ」

それを聞いて眉をひそめた耕平がぼそっと言った。

「よしなよ、姐さん。あれは心にもねえ演技なのが分からねぇのか。ああやってお柳は懸命に矢島一家に義理を尽くしているんだ。他の誰も出来ねえ捨て身の仕事だぜ」

その言葉を理解したのかどうか、和枝はお柳のからだの三つの穴が男三人を深く呑み込み、複雑に絡ませたままで尋常でないイキミを見せている様子を、魅入られたように見つめているばかりだった。

 


                                (続く)