鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 



          第十四章 凍てつく朝

 

女侠客「ツバメ返しのお柳」こと藤巻柳子は、闇討ちされた先代沢村親分の仇を討つために大胆にも上州大胡に単独潜入した。が、土地のヤクザ矢島組の卑劣な罠に嵌って囚われの身となってしまった。

それからひと月余り、お柳の消息を知った沢村一家がお柳を救出するために上州へ乗り込んで来て、沢村と矢島の喧嘩出入りが今にもはじまる雲行きになった。ところが皮肉なことに、矢島に加勢する黒川一家の親分泰三の指示で、お柳は喧嘩出入りがはじまる前に処刑されることになってしまった。

お柳は、仕置きが決まったことを矢島辰造から唐突に告げられただけでなく、先乗りしてきている黒川の幹部たちを酒席で供応することを要請された。明日は処刑と決まった身には理不尽極まる話だったが、お柳はこれが見世物女郎としての最後の仕事だと割り切って承諾した。しかし、矢島組が営む女郎宿『紅屋』の見世物女郎として、裸の肌身に縄目を打たれた姿で荒んだ宴会座敷へ上がったお柳の無念さと辛さは計り知れなかった。

まだ日の高いうちから深夜に至るまで、お柳ひとりに加えられた黒川の幹部七人の玩弄と凌虐の数々は言葉に出来ないほど酷いものだった。が、その拷問にも等しい凄まじい時間を、彼女は涙も見せず、むしろ自分も楽しむ風情すら見せて最後まで正体を失わずに耐え抜いたのだった。紅屋の名だたる女郎が総がかりで供応したところで彼ら無頼のヤクザどもの欲情と傲慢さをひと通りも満足させることは出来なかったはずである。第一、真剣を振り回して乱暴狼藉を繰り返す連中を恐がって女郎たちは誰も寄り付きさえしなかったし、お柳のみがこのワル連中に向き合える唯一の女だった。

黒川泰三はお柳に恨みと強い憎しみを持っている。だから喧嘩に弱い矢島組の弱みを突いてお柳の処刑をゴリ押しし、しかもこう言って先乗りの幹部連中を送り出していた。

「たとえ仕置きの前夜であっても、こっちの加勢がなきゃ困る矢島はお柳の身体を存分にさせるはずだ。だから思い切り楽しめ。美人侠客として世に聞こえた女であったにせよ、今は落ちぶれ果てた卑しい裸女郎だ。同情なんぞして手加減することはねえ、どうせわしらの手で処刑される女だからな」

親分同様に冷酷非情な連中の玩弄は、真剣を煌かせての脅しを口切りに頭分の上杉善太郎による陵辱からはじまり、卑猥な下半身芸の披露強要・大まな板に大の字に縛りつけての縄肌嬲り・尺八回しと続き、二人がかり三人がかりでの女孔攻めなど常人なら正視しておれないほど無体で情け容赦のない陵辱がお柳に休む暇も与えずに延々と続けられた。

彼らの執拗さと精力は凄まじく、練達の女郎でも恐怖から発狂してしまいそうな暴虐にも最後まで男たちへの気配りを失わずに耐え抜いたお柳の心身の強靭さは驚異的だった。

お柳の律儀さはこんな場面でも貫かれた。もっとも、最初は矢島の顔を潰すまいと必死で演技をしていたつもりのお柳だったけれども、口惜しいことに次第に切羽詰まっていって本気になっていった。無理やり飲まされた強い酒の影響もあって、自ら淫らな言葉を口にして激しく腰を使うこともしばしばだったし、数え切れないほど気をやった。

矢島組の虜囚となって受けた性奴隷としての調教とその後の見世物女郎としての勤めがお柳の肉体を被虐によって快感を得るように変えていたことも痴態を繰り広げた要因のひとつだった。

しかし、裸の肌身を嬲り尽くされて女のからだの孔という孔を繰り返し貫かれた凄惨な性宴が終わった後は、さすがのお柳は声も出せないほど消耗していた。体内にぶち撒かれた精液も肌に付着した唾液も汗もそのままに、お柳は用済みの萎れた女郎として土蔵へ連れ戻され、そのままへたり込んでしまった。

それからまだ間もない彼女のからだからは生臭い匂いがぷんと立ち昇っている。酷使された股間には鈍痛が残っていた。その疲れ切った肉体とは裏腹に胸焼けのような不快感と言い知れぬ胸騒ぎに捉えられた彼女はとうとう一睡もできなかった。

 

 今生最後の仕事として黒川衆の酒席に出たお柳が荒くれ男三人に女陰と菊門を同時に貫かれた上に尺八まで強要される三孔責めに悶え苦しんでいる頃、運良く解放された沢村組の三田村平治が宿場外れの温泉場から暗い夜道を小走りに大胡宿へと急いでいた。夜の闇に紛れて紅屋近くに潜伏し、何としてでも、それも出来るだけ早くお柳を助け出すつもりだった。

 捨吉に勘助という紅屋の牛太郎二人に監視されながら平治が温泉場に到着したのはすでに夕暮れ時だった。二人の油断を誘うために、道中、息を荒げ顎を上げて何度も休憩を願ったりよろよろと足許が覚束ない様子を見せたりしたことで通常の倍近い時間を要したからである。幸いに牛太郎二人はそれが平治の演技だとは気づかず、地下室に監禁されていた十日余りがこたえて相当に体力を消耗していると思い込んでいた。

 道すがら、二人の会話から平治は沢村銀次郎と一家の衆がすぐ近くまで来ていることを知った。また、渋川の黒川一家が矢島の加勢に駆けつけることとすでに幹部数人が昼前に先乗りしてきていることも分かった。

(そうか、そういう事情が俺を解放させたのか。出入りが明日の午後か明後日なら、こうしちゃおれねえ。お柳さんをあのままの姿で若親分に引き合わせるわけにはいかねえ)

 十日ほど前に平治が見たお柳は、裸に縄目を打たれ女の恥部に禍々しい刺青を彫りこまれていたが、今は更にからだの数か所に金属の環を嵌め込まれている。そのことはまだ平治は知らなかった。それはともかく、平治は今夜のうちに大胡宿へ戻ることを決めた。

宿に着いて二人と一緒にひと風呂浴びた平治は、晩酌をはじめた彼らの様子を注意深く観察しながら、自身はちびちびと舐める程度に酒を抑えて脱出の機会を窺った。そのうち二人とも酔いが回ってきたらしく、呂律がおかしくなってきた。ここが頃合だと判断した平治は厠へ行きたいと願った。

「ああ、一人で行ってきな」と捨吉が答え勘助もうなずいた。油断し切っていた。

 平治は、二人の背後をよろけながら歩いて見せておいて一転し、床の間の花瓶を取って勘助の頭に叩きつけ、驚いて後ずさりする捨吉の首を筋肉質な腕を巻いて締め落とした。そして、彼らが携えてきた平治の仕込みを手にして夜の闇に紛れたのだった。

 

 まんじりともしないままに夜が明けた――。

お柳は矢島組が営む女郎宿『紅屋』の裏手にある土蔵の格子牢の板床に正座をして初冬の明け方の寒さに震えていた。それも一糸まとわぬ素っ裸で、男の精液と汗に塗れた生臭いからだを両手でこすりさすりながら、せわしなく身を揺すっている。

しかし、このひと月は眠る時も縛られて不自由だった手足に昨夜は縄を打たれなかったのが救いだった。お柳を土蔵に連れ戻った木崎耕平と赤井三郎が狭くて真っ暗闇の石牢ではなく格子牢の方に入れてくれたことも幸いだった。だからこそ、お柳は全身を伸びやかに動かせるし、自分の手指でからだのあちこちを擦ることも、大きく深呼吸することも出来る。たったそれだけのことで今のお柳は幸せを感じられた。

 もっともそれは不幸極まる身のお柳だからこその思いだろうけれども、昨日は七人の荒くれ男に苛酷で無残な肉の奉仕を長時間にわたって強いられて心身ともに疲労困憊した。にもかかわらず、からだが火照って昂奮が鎮まらず、眠れない。昼下がりから深夜まで息を継ぐ暇もないほど嬲り回され、無残に弄ばれたからだの内奥で被虐官能の妖しい火がいまだに燻ぶっている。

自ら連中を挑発してしまった後味の悪さもあった。それに、無理やり強い酒を呑まされたせいか、嫌な胸焼けのような感覚も収まらない。そのうちに明け方の寒さが襲ってきて、結局、眠りに落ちることなく朝になったのだった。

お柳の神経が昂ぶっているのには別の理由もあった。今まで夢にまで見た彼女自身の、かつての女侠客ツバメ返しのお柳の復権の日が今日なのだ。

昨日は裸に縄目を打たれた見世物女郎として無頼の男どもに陵辱の限りを尽くされたが、それは矢島辰造の逃げ腰で無責任な最後の仕打ちである。が、それもこのひと月の間に彼女が蒙った無数の恥晒しのうちのたった一つに過ぎないと思えるお柳だった。いや、これが最後の恥納めだと思う気持ちがあの座敷でのお柳の奔放で淫乱そのものの態度になったのだろう。それゆえに後味の悪さはひとしおだった。しかし、そんなこともこれで終わりだと自分に言い聞かせるお柳だった。

(そうよ、あれが最後だったのよ)

卑しい見世物女郎としてではなく女侠客としての復権を許され、それなりの名誉を与えられたことが今のお柳の心に不思議な安らぎと興奮をもたらしていた。処刑には白い装束も用意してやると矢島辰造も言った。久しぶりに裸女郎お柳という汚名もそそげるのだ。

 お柳は今、手足が自由になることを無上にありがたく感じていた。昨夜のひどい使役で股間はもとよりからだ全体が痛みを超えて痺れている感じだったが、両手でからだをさすれるし、こんなにからだが楽な夜がお柳には久し振りだった。しかし、それはこの一夜が彼女にとって格別なひと時であったことを示していた。

(そう、あたしは今日、仕置きされて死ぬ……)

彼女にとって今生で最後となる夜が明けたのだ。侠客として歩んできた修羅の道には常に死は身近にあったし、いつ死んでもいい覚悟は出来ている。だから恐怖はない、と自分に言い聞かせている。が、お柳もまだ二十六歳の生身の女である。死が、それも尋常でない処刑死の時が間近に来ている暗鬱たる気持ちがいつになく彼女の胸を焼き、やりきれない不安で神経を覚醒させている。それはどうしようもないことだった。

それにしても寒かった。

「ああ、寒い。たまらない」

本音の言葉が口をついて出た。いや、それは死という重苦しい暗雲を振り払うための独り言だったのかもしれない。

格子牢の冷たい板床には綿の固まったせんべい布団一枚しかない。がらんとした土蔵の中は通風と明り取りの高窓から風が吹き込み、内部の気温は外とさして変らない。しんしんする寒さにお柳は震えた。石牢に放り込まれていた時は、寒さはともかくすきま風は入らなかった。もっとも無惨に縛り上げられた身に沁みる冷たさは同じようなものだったが、寒さをこれほど意識することはなかった。

 矢島一家の卑劣な罠に落ちたお柳は、着ていたものをすべて奪われ、以来昼夜を分かたず湯文字一枚すらない生まれたままの姿で日々を過ごすことを強要されてきた。しかも、後ろ手に厳しく縛り上げられて上半身に亀甲縛りの縄をかけられるのが日常であり、その縄目が素肌に打たれることで苦痛も緊縛感もひとしお強くお柳を苦しめた。手首や二の腕は勿論のこと豊かな乳房の周りにも擦り傷や縄目の痕が消えることがなかった。

裸にして緊縛することは、男顔負けの度胸をしていて富田流小太刀の名手でもあるお柳の反抗と逃亡を恐れる矢島辰造が考えた策ではあったが、関東一円でその名も高い美人侠客への仕打ちとしてこれほどの無残なことはなかったろう。多くの女郎や賄い女中を抱えた紅屋で、一人お柳だけが両手の自由を奪われた裸身を晒して店内を引き回されるのは誰の目にも異様に映った。

お柳自身、最初のうちは余りの羞恥と屈辱に呻き、何度も衣類を身に着けさせて欲しいと訴えたけれども、それはとうとう叶えられないままだった。

お柳が耐えなければならなかったのはそれだけに止まらなかった。

何事も欲得づくの矢島辰造が容姿端麗な彼女を裸にして縛っておくだけで済ますはずもなく、屈従を強いる無残な色責めと過酷な調教がされた二週間が過ぎると、お柳は女郎宿『紅屋』で最低身分の見世物女郎として客を取らされた。調教師に仕込まれた卑猥な下芸を大勢の宴会客の前で披露させられることにもなった。無論、裸の肌身に縄目を打たれた状態で、である。

その惨い仕打ちは、三年前に矢島一家との諍いがあった際のお柳の派手な行動への妬み嫉みと恨みが積り重なってのことだった。連日連夜の恥辱と汚辱が常軌を逸したものだったにもかかわらず、心身ともに苦しみ抜いたお柳が今なお正気を失わずに美しい容貌と姿をとどめていること自体が奇跡のようなものだった。

すぐに狂うだろうという周囲の予想を覆してこの逆境に耐えてきたお柳は、一見の客に目を剥かれても、宴会客に嘲笑され嬲られようとも、さして辛くはなくなっている。慣れは人をどんなに酷い環境にも適応させるようだ。寒さにしても、もともと頑健なお柳はまだ若かったし、気の張りもあって風邪一つひかなかった。しかし、今朝はその寒さがひとしお身にこたえた。

 

 ちっ、ちちっ、と高窓から聞こえてきた冬を待つ雀のさえずりに、お柳はふと現実に引き戻された。眠れないまま、このひと月という短い期間に我が身身を襲った凄まじい運命の変転をあれこれ思い返してみると、狂おしいまでの口惜しさ悲しさに思わず歯軋りをしている自分に気がついた。

(よく狂わずにここまで耐えてこられたものだわ)

連日連夜のあくどい羞恥責めの数々と陵辱、それに対して何の反抗も出来ない自分。昔世話になった大親分だったが今は落ちぶれた川村甚三の一人娘お美津の身を護るために、普通の状況にあるお柳なら決して不可能ではない反逆と逃亡も封印され、課せられた義務に遅怠すらできずに追い使われてきた。彼女の心の拠り所は、矢島一家のあくどさと侠客の風上にもおけない卑劣極まりないやり口に対して正義は自分にあるという一点だった。

いつかは沢村の若親分銀次郎が身を案じてやってきてくれる、あたしを救いにきてくれる、という期待はあった。そしてその沢村一家が隣の宿場に集結し、今日は殴り込みをかけてくるらしい。ところが、その期待が現実になった今、お柳は今も彼女を恐れる黒川泰三の要請によって殺されることになった。喧嘩の前に気勢をあげる彼等の前でお柳は血祭りにあげられるのだ。

しかし、昨日の午後にそのことを矢島辰造から告げられた時のお柳は、美しい眉をわずかにひそめただけだった。そして、「覚悟はできております。存分にお仕置きしておくんなさい」ときっぱりした口調で自分の処刑を受け入れたのだった。

その後、辰造から黒川組幹部の酒席へ出るよう頼まれた時も、お柳は「分かりました。あたしのこのからだを黒川一家の慰みものにしておくんなさい」と何事でもないように承知した。

いつも通りに素っ裸の肌身を後ろ手の亀甲縛りにされ、大勢の男が間近からその緊縛裸身を貪る熱い視線の只中にあって、死刑を宣告された女は思わず身震いをして肌を怖気立たせるのが普通なはずだが、お柳はそのようなものは欠片も見せなかった。

そのお柳を目の当たりにした矢島の幹部たちは、「堂々としていたなあ」、「何と言ってもまだ若い女の身だ。何の前触れもなく『明日死んでもらう』と言われりゃあ、ぶっ魂消るのが道理だぜ。取り乱して悲鳴をあげるか小便をもらしたって不思議じゃあねぇのに、たいしたものだ」と、感心しきりに囁き合った。

女の身ながら若くして渡世の道に入ったお柳は、男の侠客よりも遥かに男らしい女侠客と言われてきた。自ら出自を明かすことはしなかったけれど、武家の血筋を引いているという噂は本当だった。その度胸の良さはヤクザ者たちの驚きであり、いつ死んでもいいという気概は本物だった。だからこそ命を賭けた喧嘩出いりにも積極的に立って出て、いつも無傷で生き残ってきたのだった。無鉄砲な男が多いこの世界でも真剣を持っての喧嘩は出来るだけ忌避され、いざとなれば腰が引けるものがほとんどだった。勇猛で鳴る沢村の子分たちもすすんで入ろうとはしなかった大胡宿へ単身乗り込んだお柳の度胸は敵味方とも驚きであり、敵方には恐怖ですらあった。

その無鉄砲さが今の彼女の不幸を招いてしまったのだとしても、結局、それが沢村一家を総動員させ、黒川一家をも引き出すことになった。お柳の犠牲は無駄ではなかった、と彼女は思いたかった。

いや、それだけではない。紅屋の見世物女郎が処刑されるという噂があっという間に広がっているらしい。ゆうべ耕平が土蔵を去る前にそう耳打ちしてくれた。

(ひょっとして沢村一家は仕置き前に殴り込んでくるかも知れない。あたしを助け出しにきた銀次郎さんが処刑の噂を知らないはずはないし、あたしは救われるかもしれない)

そんな思いもお柳の頭の片隅にはあった。

(でも、たとえ助け出されてもあたし、おめおめと生きては……。先代親分の仇二人に犯され、夫婦の契りすら交わしているあたし、女郎として日夜客を取っていたあたし、あそこに刺青を彫られからだのあちこちに金属の環を嵌めこまれたあたし。こんなあたしが銀次郎さんの前にどんな顔をして出るの? やはり死んでこの身を潔くした方が……)

迷いに迷った末にたどり着いたお柳の考えがこれだった。何度となく毟り取ろうとした乳首やヘソや陰部の金環が今もお柳が戯れる指の中で鈍い光を放っている。右の乳首にそれがないのは、昨夜上杉善太郎の剣に切り飛ばされたためだった。

(そうよ、あたし、このままのからだで死ぬべきだわ)

 

朝もよほど遅くなって、お里が一人で食事を盆に載せてやってきた。鍵を開けて薄く戸を広げ、地面に置いた朝食の盆を再び取り上げて這入ってくる。お柳が格子牢の中に正座していることに気づかなかったようで、真っ直ぐ奥の石牢へ向かおうとした。

「お里さん、ご苦労様」

思いがけない所からお柳の声が聞こえて、お里は肩をビクッとさせて両手で抱えた朝食の載った盆をあやうく落としそうになった。

「ずいぶんお世話になりましたね」と優しい声で礼を言うお柳を、お里はいつものように縛られた状態で奥の石牢の中にいるものと思って土蔵にきたようだった。が、すぐに格子牢に近寄り、お柳のすぐそばに座って、盆の上の食べ物を差し出した。

「遅くなってごめんなさいね、お柳さん。朝食をお持ちしました。粗末なものですけど食べてください。さあどうぞ」

昨夜の宴席での酷い扱いを示すようにお柳の髪は乱れからだも汚れている。が、自分にねぎらいの言葉をかけてくれたし、穏やかな表情で落ち着いた雰囲気のお柳を見てお里はホッとした。

お里は四年前まで沢村一家の身内だった村田仙次の妻で、夫の仙次が病死して沢村との縁が切れてからは大胡近郷の実家へ戻っていた。しかし、働かなくては食べていけない。だから、不本意ながらもここ紅屋で女中奉公をしていた。

彼女はお柳のことを知っていたが、当時は親分衆がちやほやする特別な存在だったお柳には近寄って話すことすら出来なかった。それが今は、囚われたお柳の食事の世話だけでなく下の面倒までみる役目をしている。お柳が自分のことを憶えていないようなので、お里は自分が村田仙次の妻であることを知ればお柳が惨めで恥ずかしい思いをするだろうと思ってそのことは隠していた。

しかし、矢島辰造はお里の素性をお柳に告げて二人の関係の逆転を皮肉たっぷりに言い募り、お柳の心の傷に塩をなすり込んだ。しかもお里にお柳の世話係を命じた。そのためにお里は、お柳の生き様を間近に見たりからだに触れたりして、お柳の心を傷つけてきたと思う。見世物女郎に堕とされたお柳を卑しい性の奴隷として邪険に扱うよう辰造から指示されて、お里も悩み苦しんできたのだ。

「折角だけどお里さん。あたし、これはいただきません。さげてくださいな」

目前には炊き立ての白飯と湯気の立つ汁に煮物もある。もちろんご馳走とはいえなかったけれど、お里がせめてと工夫した美味しそうな朝餉の膳をお柳は静かに拒んだ。

「もうすぐ死んでゆくあたしには過分なものよ、お里さん。いただくとこの世への未練が沸きます。さっぱりとして清らかに逝きたいの」

お里は、改めてお柳の精神の気高さと強さを感じた。食べたいはずだ。昨日も一日何も口にしていないはずだった。その上の昨日の長時間にわたる酷い扱いがあったのだ。

「でも、お柳さん。昨日から何も食べていないでしょう、あんなことがあったのにおなかは空いていないのですか? さあ、食べてください、これが最後の食事に……」

あっ、いけない、とお里は口を押さえた。言わずもがなのことをつい口にしてしまったことを後悔し、うろたえた。が、お柳は微笑を浮かべているだけだった。

「そうね。でも、昨夜のことはもう済んだことよ。今のあたしは、お里さん、かなり臭うでしょう? だからおなかの支度よりもからだを綺麗にしたいの、白装束を着る前に」

ああっ、とお里はまたも狼狽した。白装束は持ってこられないのだ。矢島辰造から指示されていたのに、事情があってそれが出来なくなっていた。その事情をどう話せばいいもののかが分からなくて、お里は言葉を失った。

お里の知るお柳は男嫌いで通っていた。男がからだに触れることを極端に嫌い、男に色目など使うことなど考えられなかった、そのお柳が常に全裸を縄で厳しく縛られたまま女の恥部を剥き出しにし、男たちに嬲られ犯されて気をやって濡れ尽くし、様々な性戯を覚えさせられて卑しい見世物女郎に仕上げられていく様子をお里はそばで見てきた。

それでもお里の目には、恩ある人の一人娘を守るために無残な境遇に甘んじているお柳が美しく見事な女に映っていた。それは、お柳が何人もの男に絡まれて犯され、上と下の口で同時に二人の男のものを咥え込み、激しく動き動かされて狂態を示している時も変らなかった。いや、むしろ醜悪さに目を覆いたくなるような場面で薄桃色に染まっていくしなやかな肉体はかえって見惚れるほど優美に見えるのだった。緊縛裸身を恥じらいに震わせながら開かれた秘部から小水を漏れ滴らせる時ですら、お里はその赤らんだ美しいお柳の顔を盗み見る快楽から逃れることは出来なかった。

浅草で見ていた頃の激しいほど強かった目の光は和らぎ、目の縁に出たかすかな隈が切れ長な美しい目をくっきりと見せ、妖しいほど艶やかな魅力になってお里の心をときめかせた。凄まじい屈辱と羞恥の鞭に打たれて血の涙を流し、苦しみ続けながらもお柳の容色は一向に衰える気配はない。緊縛裸身を男どもに徹底的に嬲られて引き出された被虐官能の悦びがそうさせるのか、からだの線はたおやかさを増して女っぽくなったし、豊かな乳房の張りはむしろ増している。そんな彼女の美しさがまた男どもを飽きさせず、更なる不幸の連鎖に追い込むことにもなっているのだろう。

それにしてもお柳の扱われ方は無残と言うほかはなかった。食事は朝夕二度に限られ、一人で湯水を使うことは許されず、からだの汗や汚れは男たちの手で玩弄されながら拭われた。すべての所作を人目に晒され、静かに眠ることすら許されない。常に後ろ手に縛られ、上半身は亀甲縛り、股間には縄褌という姿でどうしようもなく性的に興奮させられる辛い地獄を日常にしている。それを思えば、すでに容色を失って幽鬼のように変貌していてもおかしくない。だから、お柳の美しさは奇跡のようなものではないかとお里は思っていた。それも途方もない心身の強靭さによるものなのだろう。

そんなお柳をまた悲しませることはお里にはどうにも辛いことだったけれども、言わねばならなかった。それが彼女の役目だった。

「ねえ、お里さん。濡れ手拭いを何枚か持ってきてもらえない? 死に装束を身につける前に汚れを綺麗に拭っておきたいから」

「お柳さん、申し訳ありません。矢島の親分が用意した死に装束の白木綿は黒川の連中に奪われてしまったんです。裸のままでいいと言って……」

「ええっ、そんなこと……」

お柳は衝撃を受けてしばらく黙り込んだ。粗末な白木綿でもからだにまとえば屈辱はずいぶん少なくなる。湯文字一枚を腰に巻くだけでも、女として耐え難い屈辱を、死の苦悶が招くであろう忘我のいきみと生理の結果である排泄と失禁の悲惨を、しばらくは隠すことが出来るはずだった。

(あの連中、あたしを裸のまま処刑の場へ引きずり出して、死ぬまで酷い恥辱と屈辱にまみれさせるつもりだわ)

言い知れぬ怒りとともに激しい羞恥の予感が襲い、お柳の眉間に皺が寄り、愛らしい紅唇がゆがんだ。取り乱したというほどではなかったけれど、久しぶりに見るお柳の苦悩があらわになった瞬間だった。

しかし、お柳はすぐに冷静な自分を取り戻した。どんな仕置きの仕方で命を奪われるのか、お柳はまだ知らない。全裸のままでの仕置きであっても為され様によって屈辱は少なく出来る。自害という、誇りを失わない形も選べるはずだ。そう自身を慰めると、お柳の覚悟は定まった。

「そうなの、仕方がないわね。せめて死ぬときぐらい汚れた肌身を晒したままでいたくはなかったけれど……」

「も、申し訳ありません」

朝の忙しさで、とりわけ白帷子の手配とそのごたごたで、お里はお柳の最後の身清めの手拭いを用意するのも忘れていた。慌てて湯水と手拭を取りに戻ろうとするお里をお柳は引きとめた。自分を引き立てていく男たちがいつ来るか分からないし、一旦賄い場へ戻ればお里はもう戻ってこられないかもしれない。からだの汚れはもう誰にも明白であり、今更拭い清めたところで昨夜の卑猥な自分の行為そのものを拭い去ることはできない。それよりも、お里には少しでも長くそばにいて欲しかったのだ。

お里は、お柳のからだの惨めな現状に改めて気づかされていた。一体何人の男を相手にしたのだろう、数時間前にその惨いまでの性宴から解放されたお柳のからだからはなおも男の精が強く臭ったし、そこここに擦っても取れない汚れのあとや強く吸われたり撲たれたりした痣が生々しく残っていた。ことに乱れ尽くした長い黒髪の汚れがお里には気になった。こんな惨めな姿をお柳は人前に晒して平気なほど堕落してしまったのだろうか。そんなことは無いはずだ。偏狭な黒川の男は罪人が髪を結うことは厳しく禁じると言った。それでもお里は、牢格子越しに、背中を向けたお柳の長い髪を梳いて整えるのだった。

途中でお里が顔を覆って泣き出した。

「ああ、沢村衆がそこまでお柳さんを救いに来ているというのに何と無残なことを……。こんな美しい人をお仕置きするなんて、神も仏もいないのかしら……」

お柳は泣き崩れるお里をむしろ慰めた。

「いいのよ、そうしてあたしのために泣いてくれるだけで嬉しいわ。仲間に助け出されたとしても、これほど身も心も穢れてしまったお柳ですもの、恥ずかしくて生きてはいられないわ。あたしはここで死ぬ運命だったのよ。長く生きて恥を晒すよりも喧嘩の腕を恐れられて仕置きされるのなら、それも渡世人冥利というもの。姿はどうあれ、あたしは喜んで死んでいきます」

もちろん、お柳とて死ぬことへの恐怖がないはずもなかった。しかも黒川泰三が仕切るという自分の仕置きは全裸のまま公衆の面前での処刑になるらしい。大親分を気取るこの男を叩きのめしたことのあるお柳への憎しみから発していることも分かっている。ならば自害などという甘い処置は到底望めず、伝え聞く黒川泰三の嗜虐趣味からしてぞっとするような惨いものになるかもしれないという不安は消えなかった。彼らにそんなことをする理があるはずはない。けれども結局は自分の撒いた種であるのかもしれないと思い、どんな刑にも驚くまい、堂々と受けよう、そしてヤツらを見返してもやろうと、覚悟の炎を燃やすお柳であった。

ひたすらに義理と正義を護り続けてきたがために陥った悲運であった。死ぬより辛い肉の地獄におとされて最低最悪の獣じみた日々を耐えてきたお柳の苦しみは、誇り高いお柳が失ったものの大きさを考えても、お里などの耐えたこれまでの辛い日々の数倍ではきかないものに違いない。お柳が没落した川村甚造親分の娘お美津を守るために自分を犠牲にしたことは誰もが知っている。傍目には、とっくに任侠渡世から足を洗った川甚への義理を捨てて矢島の賭場で壷を振っていればこれほど悲惨なことにはならなかったはずだという見方もあり、お柳が大胡宿へ来ていなくてもお美津は矢島一家の毒牙にかかる運命だったに違いないというものすらいた。

お柳には熟練した小太刀の技に加えて、男が数人かかっても苦もなく倒してしまう琉球わたりの体術を学んだ身のこなしの冴えがあった。そんな彼女に矢島辰造は抜きがたい怖れを抱いていた。

だからこそ辰造は、卑劣にも、お柳の侠客としての義理堅さを逆手に取ったのだった。人質にとったお美津の命を楯にすれば、さしものお柳も従わざるを得ない。そうやってお柳を素っ裸にし、後ろ手に縛り上げて両手の自由を奪っておいて徹底的な羞恥責めにした。

わずかな抵抗すら出来なくされたお柳は、屈辱と恥辱にまみれて死ぬより辛い思いをしながらも、川村甚三への義理を貫き通すために可能な限りお美津を守り立ててここまで耐え抜いた。その意志の強さを、お里は途方もないことだと思うのだった。

(私などには三日といわず正気を保っていられない。間違いなく精神に異常をきたして狂っていたわ。いえ、狂う前に義理を捨てて矢島に寝返っているわ)

 お里は、お柳の気高い心を見上げるような気持ちで感じ取っていた。これほど見事な女侠客が惨く殺されることの理不尽さに胸が詰まり、涙が止まらないお里であった。

「あのツバメ返しのお柳が壷振りを務めて開帳すりゃあ、矢島の賭場は上州で一番の人気を得ただろうになあ」

誰かもそう思っていたし、矢島辰造もそうした計算づくでお柳を誘った。それは彼女が捕らえられた当初に繰り返し行われたが、お柳は不義理につながる誘いをきっぱりと断ってこの茨の道へ踏み込んでいた。その代償がこのひと月余りの恥辱と屈辱であり、その果ての全裸処刑であった。

(そうよ、これがあたしの運命だったのだわ)

今のお柳は、すべてを達観して、何の後悔もなく目前の死を見つめていた。


                                (続く)