鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 



             第十五章 縄肌晒し

 

 沢村組二代目親分銀次郎の懐刀と言われている三田村平治は、宿場外れの温泉場で監視役として同行した紅屋の牛太郎二人を気絶させるとすぐに夜道を急ぎ引き返し、夜陰に紛れて大胡宿に舞い戻っていた。

正気を取り戻した二人が平治逃亡を紅屋に注進することも考えたが、それはないと確信していた。わざわざ平治を逃がした罪を問われに戻るようなものだし、ヤクザ同士の喧嘩出入りが迫っている大胡宿に戻るはずもない。そう冷静な判断を下した平治が潜伏場所として選んだのは、何と自身が監禁されていた紅屋の離れ家の床下だった。「灯台元暗し」というが、矢島衆の警戒が最もゆるい場所がそこだった。

その前に紅屋の様子を窺ったが、玄関周りの灯りは消えているものの二階で何やら男のがなり声や笑い声が聞こえた。

(そうか、黒川の幹部連中が酒盛りをしているんだな)

そうは思ったものの、その酒席に裸の肌身を亀甲縛りにされたお柳が引き出されて連中に弄ばれていることは知る由もなかった。平治は、念のために土蔵の様子を遠目に窺ってみたが人影はなく灯りも洩れておらず、お柳が今どこでどうしているのかが気になって胸騒ぎがした。しかし、当面はどうしようもないと判断した平治はこっそりと離れの床下に這い入ったのだった。明け方の冷え込みはかなりこたえたが、裸でいることを強いられているお柳のことを考えれば何ほどのこともない。明日に備えて体力を蓄えておくために仮眠を取った。

そして夜が明け、陽が昇りはじめると寒さも緩んできたが、手足は凍ったように冷たい。平治は、両手をこすり合わせて温め、狭い空間で音を立てないように脚を折り曲げしてようやく普段の感覚を取り戻した。しかし、まだ動き出せる時刻ではない。じっと息を潜めて床下で時を待った。

そのうち遠くから大勢が離れに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。男が履く雪駄ではなくカランコロンという駒下駄の音からして、紅屋の女郎たちである。彼女たちが避難してきているに違いない、と平治は思った。

とすれば、沢村組と矢島組の喧嘩出入りは平治が予想した通りに今日なのだ。はじまる時刻は分からないが、その前にお柳を救い出す手立てはないものかと考えた。しかし、土蔵から連れ出すには鍵を開けなければならない。色々考えたが、妙案は浮かばない。こうなったら出入りの前に黒川衆に紛れ込んで機を窺うほか方法はないと考え、平治はその仕度にかかった。

 

「いいのよ、お里さんがあたしのために泣いてくれるだけで嬉しいわ」

そう言って微笑んだお柳を見て不覚にも泣いてしまったお里は、ふと外に人の気配を感じて我に返った。ほどなく襷がけの喧嘩装束に身をかためた耕平と三郎が半開きの戸口に現れた。無言のまま中を覗き、ややあってぼそっと言った。

「お柳、迎えにきたぜ」

その耕平が差し出す右手にわしづかみにされていたのは、女ものの白い無地の肌襦袢だった。お里はあっと驚き、お柳はしばし言葉もなく美しい双眸を潤ませた。よほど嬉しかったのだろう。しばらく皆は言葉もなくお柳の表情を見守った。

つい先日まではお柳を嬲り抜く立場だった耕平と三郎も、余りにあくどい黒川一家の横暴さに反感を覚え、今はお柳に同情していた。二人ともこのひと月、毎夜のようにお柳を抱いて慰みものにしてきており、彼女には未練があった。いや、ここに至って粛々と受け入れて死をも恐れないお柳の姿に感銘すら受けていた。

この朝、土蔵のお柳を刑場へ曳き出す役目を言い渡されたことがかえって辛く、二人は滅入っていた。お里が泣いているのを見て気分は落ち込むばかりだったし、二人は嘆き悲しむお里を優しく労わるお柳の姿をしばらく眺めていた。しかし、そんな場面でもしっかりと自分の立場を忘れなかったのはやはりお柳だった。

格子牢から出てきたお柳は、泣きすがるお里を振りほどき、粗末な単衣ではあったけれど、久し振りに無体な金属の環や刺青で穢れた身を衣で覆い隠すことが出来るという喜びを顔に浮かべてゆっくりと立ち上がった。

お柳は、いそいそと麻の肌襦袢を身にまとった。その肌襦袢は大柄のお柳には短すぎて白いふくらはぎを半ば以上隠せなかったが、お柳は涙が出るほど満足だった。その様子を見守りながら、耕平が言いにくそうに口を出した。

「悪いなお柳、腰紐は用意出来なかったんだ。いつもの麻縄を替わりにしてくれ」

罪人の様式である。黒川と何らかの合意が出来ているのだろう。麻縄だって荒縄だって着物が着られるのなら構いやしない、とお柳は思った。

「そうするわ。縄の腰紐だって上等よ」

耕平が手渡した麻縄をきりっと腰に巻き締め、正対する二人と目線をかわした。

「いよいよお別れだな」

ボソッと言った三郎のベソをかかんばかりの表情を見て、お柳は優しい笑みを投げた。

「三郎さん、それじゃあ、どちらが仕置きにされる身なのか、分からないじゃない?」

この二人はかつて憎い仇敵であった。しかし、今となってはそれもどうでもいいことだ。しかも、強いられたことではあったがからだを一つにあわせ、何度となく性行為を繰り返すうちに心身で快楽を交換するに至った男たちである。彼ら二人とは今にしてそんな気やすい感情の触れ合いをお柳は感じていた。ひと月前には考えられなかったことだし、生きて顔を合わせるのはこれが最後なのだ。

その木崎耕平と赤井三郎の方がむしろお柳よりも感傷的になっていた。そして何も言葉が出ないのだった。

お柳は、三郎が手にしている別の麻縄の束に目をとめた。そして、ゆっくりと身を返して背中を見せ、片手で長い髪を肩越しに梳き遣り、両手を後ろに廻して小首をまげて妖艶な目配せをした。

「お前さんたちに縛られるのもこれが最後。さあ、きっちりと縛っておくれ」

二人がお互いに目を合わせてなお躊躇するのを自分から更に催促して、お柳は両手を背中の中ほどに重ね合わせた。

華奢な両手首に縄がキリリとかかり、いつもの亀甲縛りが施されていく。が、縄の緊めるつけはいつもより遥かにゆるかった。お柳は二人の気持ちをありがたく思いながら縛られていった。

縄がけが終わると、前に耕平が立ち、お柳の後ろから縄尻を持った三郎が従った。お里はしゃくりあげながら、刑場に曳かれていくお柳を見送るのだった。

土蔵の出る前にふと立ち止まった耕平が思い出したように言った。

「そうだ、用足しはまだだろう。大勢の前じゃ出来まいし、今ここでやっておけや」

しかし、お柳は格子牢の隅にあった壷で先刻済ましていた。手足が自由だったのでいつになく楽なことだった。強制排尿はお柳がこのひと月、素っ裸のままで散々なされたことであり、もう慣れている。しかし、最後は恥少なく死にたい。

「結構です。それではおふた方、どうぞあたしをお曳き立てください」

そう言ってキッと前を見据えたお柳に、二人はもう何も言えなかった。耕平は気を利かせたつもりもあったが、本心は蔵の中で最後の睦みごとをしたかったのである。お柳の硬い反応を見て、耕平はそんな自分が情けなくなって余計なことを言ったのを後悔した。

「じゃあ行くぞ。おめえの最後の花道だ」

耕平がそう言った時に後ろでしゃくり上げるような泣き声が高まった。そのお里は泣きじゃくりながら小走りに母屋の方へと姿を消していった。

お柳が曳かれていったのはいつもの母屋の裏口ではなく、母屋の脇の粗石と冷たい土が踏み固められた路地の方向だった。素足の足裏の冷たさに束の間立ちすくんだお柳は、その肩を三郎についと軽く押されて少し前にのめった。しかし、すぐに体勢を立て直して、縄尻を自分から曳きながらしっかりした歩みをはじめた。

麻の薄い肌襦袢は上背のあるお柳の身には丈が短く、白く伸びやかな下肢の脛から下をそっくり覗かせていた。町の女であれば当然その格好は異様なものであり、少なからず恥らう姿だったけれども、素っ裸で曳かれていくことも覚悟していたお柳には何でもないことだった。霜が降りるまでにはまだ日にちがあったが、秋もすでに終わりが近い。しかも、吹きさらしの路地を抜けて通りへ向かうのである。風の冷たさは薄い肌襦袢一枚で素足のお柳にはさぞ辛いことだろうと思えた。が、乱れた長い黒髪を腰の近くまで垂らしたお柳の歩みは鈍らない。

狭い路地の行く手が開けるあたりの紅屋前の街道筋には、すでに大勢の男衆が寄り集まって路地奥を覗き込んでいる。そこは街中であり、近所の町衆や早立ちの旅の者も遠巻きにして眺めているが、お柳がこれから曳かれて行く道筋には黒川一家の手の者たちが立ち並んでいた。矢島衆が遠慮している間に彼らが図々しく要所を占領してしまったのだ。勿論、お柳にとっては初めて見る顔ばかり並んでいた。

そのヤクザ連中が一斉に目を剥いてどよめいた。前に乗り出してくる者もいて先頭を行く耕平の歩みが遅くなった。

(さっさと押し通ればいいのに)とお柳がその背中を頼りなく思った耕平は、黒川衆が群れへ入って行くのが辛そうに歩みを止めてしまった。

やむなくお柳も立ち止まったけれども、耕平が何を気にしているのか分からなかった。が、その時、黒川衆の立ち並ぶ一角が崩れて異様な動きが出た。耕平が危惧していたのはまさにそれだったのだ。

 

集団の中からずかずかと大柄な姿を現した男が耕平の前まで来て止まった。縄手の辰と呼ばれている幹部の名和辰五郎で、昨夜お柳を思うさま抱いた一人だ。昨夜の着流しとは打って変わってこれも火消し装束のような物々しい姿をしている。

縄手の辰は貫禄の差で耕平を威圧した。

「おい、おめいら、うちの親分の意向に逆らう気か? この女には何も着せるなといっておいたはずだぜ」

どっと周囲が笑い、硬直したお柳の顔を覗き込むものもいる。が、耕平は言い訳を用意していたようだった。

「へい、それは分かっております。でも、そちらの親分さんのご意向は、死に装束を、白帷子を着せるなってぇこってしょう。粗末な麻の肌襦袢を着せるなとは……」

「黙れ、屁理屈をぬかすな! 白帷子だろうと麻の襦袢だろうと、一切着せることはならんと言っているんだ。この女がいつもそうだったように真っ裸でしょっぴいて来いと親分は仰せだ。それがなんでえ? 汚れた裸に薄っぺらな襦袢なんぞ引っ掛けて出てきたじゃねぇか。さてはおめえの仕業だな」

「仕置きの定法に従って、白帷子がダメならせめてこれをと……」

「うるせえ! てめえはのけ!」

横合いからもう一人の凶悪な面相をした大男が耕平の胸をどんと突き飛ばして辰の前から排除し、辰がジリっと前に出てお柳の正面に仁王立ちになった。

「おい、お柳。おめえ、案外度胸がねえなあ。これだけ大勢の威勢のいい男衆の前でいつもの裸を晒すのが嫌なのか、ええっ?」

お柳の顔は緊張して白くなっていたが、辰を睨み返して静かに言った。

「渡世の道で行われる仕置きは厳粛なものじゃありませんか。ちゃんと仕来りを踏んでいただきとうございます」

「何だと、仕来りだと? 笑わせるな!」

真っ当な事を言われたのがよほど癪に障ったのか、辰の顔色がどす黒くなった。

「黒川には黒川のやり方があるわい。仕置きされるおめえに指図なんぞされてたまるか。それにわしらはおかしなこたぁ何も言っとらんぞ。おめえが紅屋でいつもそうだったように、真っ裸で皆の前へ出ろと言っているだけだ。どうなんでえ、自分で脱ぐか、それともわしらにひっぺがされてえのかい?」

ニタリと頬をゆがめた縄手の辰は、(どうだ、文句があるか)と言わんばかりに分厚い胸を反り返らせて、カラカラと笑った。周りの黒川衆も大声で囃し立て、俄然あたりは賑やかになった。まったく情の欠片もないワルどもだった。

只事ではない騒ぎに、街道筋には宿場の住人や旅人たちが喧嘩装束の黒川衆と矢島衆を遠巻きにして集まりはじめた。

百人近いヤクザ者の中に髪を乱した美しい若い女がひとり、それも粗末で丈の短い肌襦袢の上から縄で両手を後ろに縛られて裸足で立っている。それだけでも衆目を集めるに足りる異様な光景だった。

罪人を晒すにしても、相手は女である。その着衣をここで自ら脱がせてまったくの裸にさせるなど、どこにも前例のない、考えられない仰天の変事だった。ワル集団の黒川衆は死ぬこと以上の恥辱を女に強要して苦しめている。固唾を呑んでそれを見つめる者たちは皆そう思っているらしく、黒川衆以外からの野次はほとんど飛ばなかった。

しかし、縄手の辰は本気だった。昨夜の気分が続いているのだろう。意地でもお柳を素っ裸にさせて周囲を驚かせたいのだ。

やや気持ちに落ち着きを取り戻したお柳の心に新たな意地が湧き上がった。恥ずかしさはもうなかった。これだけ大勢の男の前で女が着物を脱ぐという極限の羞恥が伴うことが正気のまま出来るのはあたしくらいのものだろう、よしやってやろう、と思った。

「脱げと言うけどさ。どうやって脱げばいいのさ、両手を縛られているこのあたしが」

開き直ったお柳は決然と言った。それを耳にした辰は凄みのある笑みを浮かべた。

「そうか、覚悟を決めたんだな、いい度胸だ。おい、三郎といったか、こいつの縄をほどいてやれ。いや、縄をほどいたら暴れるかも知れんから首縄をつけておこう」

お柳を恐れるのは黒川衆の癖だった。辰は自ら、引っ張ればすぐ絞まる輪縄をお柳の細首に巻きつけ、その縄尻を持った。三郎がせかせかとお柳の亀甲縛りの縄をほどきはじめたが、手は震えるし焦りもあって動きのわりには手際よく解けない。

ようやく自由になった両手をお柳は前において摺りあわせ、撫で回しながら愛しむように見つめた。そのお柳に辰は苛立ちをぶつけた。

「おい、じらしてねえで、さっさと脱がんかい。おめえの生臭せぇ裸なんぞ勿体つけるような結構なものじゃねぇだろうが」

「そうさ。昨夜お前さん方に存分にいじり回されたこのからだにはあんた方黒川衆の汗と種汁がたっぷり沁み込んだままさ。臭いのは当たり前だろう」

そう切り替えしたお柳は、きっぱりと覚悟をきめ、何の未練も見せずに腰紐代わりの縄をほどき落とし、肌襦袢をあっさりと脱いだ。

周囲がわっとどよめいた。その騒然とする中にお柳の見事に均整の取れた優美な裸身がすっくと立っている。

「おいおい、この寒空の下で本当に素っ裸になっちまったぞ。大した破廉恥女だ。だから最低の見世物女郎なのか、あの女は」

 誹謗の言葉が耳に届いてさすがのお柳も脱いだ襦袢で前を隠した。が、その襦袢はすぐそばにいた黒川の男に邪険に奪い取られ、生まれたままの姿を晒すことになった。

しかし、お柳は慌てもせず、抵抗の気配も見せなかった。やり場を失った左右の手はごく自然に乳房と股間を押さえたが、背筋をピンと伸ばして目の前の辰を睨み返した。その凛として神々しいまでの美しい姿は周囲の男どもを黙らせるに十分だった。

 類い稀な美貌をした若い女の素っ裸の立ち姿を昼日中に宿場の路上に見たのは誰にとっても初めてのはずだった。お柳自身は、勿論、裸になるのは慣れているとはいえ辛くないはずもない。ギリッと歯がみしながら耐えている。そんな女を目前にして縄手の辰はなおもお柳の気持ちを逆撫でするように罵った。

「ふん、造作もねえ。これだけの男の前で着物を脱いで素っ裸になっても平気かい、おめえは。とんでもねえあばずれの恥知らず女だ」

(なに言っているさ、無理やり脱がせといて!)と逆上したい気持ちをじっとこらえて、お柳は平然とした姿勢を保っている。

そのお柳の裸身を辰はじろじろと上から下まで眺め回した。昨夜思うさま犯しているからだろうが、侮蔑するような冷ややかな態度をあからさまに示しながら、見呆けるばかりの周囲を改めてねめ回して言った。

「ふん、あのツバメ返しのお柳も今じゃ紅屋でも最低の見世物女郎だ。どうだ、おめえの口で周りの皆さんにお願いしてみちゃあ、『見納めに、頭のてっぺんから足の先までとくと見ておくんなさい。毎日毎晩いとまなく遊び尽したマンコも尻の穴も全部とっくりと見ておくれ』ってなあ」

嘲りの言葉嬲りを楽しみながら縄手の辰は、身を硬くしているお柳についっと寄り、胸乳と股間を覆っていた華奢な両腕をつかむと後ろにねじり上げた。先に巻いた首縄はそのままに、邪魔になるとばかりに長い髪をいとわしげに捌きつつ、背中に高く交差させた両手首に縄を巻きつけてギリギリと括りはじめた。乳房も股間もすっかり露わにされて好奇の視線に晒されたお柳は、口惜しそうに唇を噛んだけれど、観念したのか逆らいもせずに辰の為すままになっていた。

(何とむごいことを……)

矢島衆は一様に目をそむけた。百人近い武装ヤクザが取り囲む真ん中に女が一人、素っ裸で立ち尽くしているのだ。首に縄を繋がれているだけでも畜生扱いの屈辱極まりない仕打ちなのにその上厳重に縛り上げる必要があるのだろうか、そこまで徹底するのはお柳の強さと危険性に対する黒川衆の警戒感の表れなのだろうか、などと思っている。

無論お柳には予想がついていたことではあったけれども、やはりその口惜しさはひとしおだった。キッと前を見据えたお柳は血がにじむほど歯を食い縛っていた。

 

縄手の辰はその名の通りに縛りの名手だった。しかも情け容赦のない縛り方で、何度も縄をしごき引き絞るうちにお柳の白い柔肌が縄との摩擦でびりびりとむしれて血が滲む。お柳は、周囲でざわめきながら興味津々に見つめる男たちの手前もあって、歯を食い縛ってその痛みに反応しそうになる身を抑え、無言で耐えている。

緊張した顔に浮き沈みする辛さの感情を愉快げにチラチラ覗き見ながら、縄手の辰は非情な手を休めない。縄が途切れると三郎の手にあった縄をひったくり、なおも無残な縛りを続けた。

終始むごいまでの緊め上げ方で、特に首の縄が喰い込んで生きた心地もなく苦しい息の中、その首縄の輪を通した麻縄が喉元をしごいて動いた。余りの熱さ痛さにブルッと身を反応させたお柳に、辰は視線も動かさず言った。

「ふん、痩せ我慢かい。もうちっと我慢していろ。もうじき仕置きが待っている身だろう。死ぬ時の痛さ苦しさはこんなもんじゃあねぇだろうよ、なあ」

そう嘯いた辰は、更に力を込め、手馴れた技で縛りを仕上げていくのだった。

目前に迫っている仕置きに触れられるたびにお柳の心は傷つき、ズタズタに切り裂かれる思いになる。昨夜もそうだったけれども、そのことを百も承知でこの男たちは肉体を虐めるだけでなく心も揺さぶって表情の変化を愉しむのだ。お柳にもそれが分かっているだけに感情を顔に出さない努力を続けている。

周囲で眺める黒川衆の愉快そうな顔と対照的に、孤立した耕平と三郎はお柳の辛く惨めな心情が痛いほど分かってその場から抜け出したいほどだった。しかし、目前にした刑死を種に惨くいたぶられるお柳は、寒さ辛さを耐える蒼白の表情ながら取り乱す様子もない。その気丈さは感嘆に値した。矢島衆は勿論のこと、周囲のヤクザどもも内心、今更のようにお柳の精神の強靭さを思い知るのだった。

縄手の辰の裸のお柳への縄がけは、後ろに捻り上げた両腕をことさらに背中高く縛り上げて、首から胸乳へと移っていった。

「仕置き者がまとう縄はこれが一番だぜ」

またも嘯いた辰は、お柳の剥き出しの上半身に麻縄をぎりぎりと巻きつけて喰い込ませていく。縄を細い首に廻し、二の腕を何重にも締め上げると、金色の飾り環が光る薄桃色の乳首が屹立する真っ白い乳房を絞り出すようにその上下で胸周りと二の腕をまとめて緊め上げて、辰流の亀甲縛りは完成した。

縛られることには慣れているお柳だったけれど、これほど縛られる者の苦痛をあざとく意識した縛り方は、特に緊め付けの強さは、今まで経験したことがなかった。かろうじて息は出来るが苦しい。痛みも強い。けれども、予想していた股間への縄廻しをされなかったことはお柳には救いだったが奇妙でもあった。おそらく辰は、お柳の真っ白い腹部から下の股の狭間までが、助平男が特に関心を持って眺める女の景観が、そっくりそのまま邪魔するものなく見られるようにしたのだ。縦長の形のいいヘソと女陰の花びらについた金環を目立たせる意図もあったようだ。

緊縛裸身に淫らな視線を注がれてきた慣れもあって、お柳は辰の縛り方にさほどの辛さは感じなかった。股間に縄を喰い込ませたまま歩かされる辛さはこれまで幾度となく経験したことであり、そうされなかっただけでもよかったと思いながらこうも思った。

(このまま見物衆の間を引き回されるのなら、辛くはあっても、縄で股の前と後ろの穴が隠れる方が剥き出しよりマシかも知れない……

そんな思いが湧いたお柳は、捕らわれた初めの頃を思い起こしていた。

女の秘裂に縄のコブが深く潜り込んで陰核を嬲る股間縛りに呻吟したことを思えばずいぶん自分も変わったものだと思う。股縄には幾度となく苦しめられてきた。たっぷりと辛子を混ぜたズイキのネバ汁を塗りこめた縄をその部分に喰い込ませたまま辛く切ない夜を過ごしたことも数え切れなかった。

そんな悶々とする夜が当たり前になって、ようやくお柳は人前で本気に自慰をし、気をやって見せることにも頓着しない女になったのだ。彼女が狂うこともなく今まで生きられたのもそんな心の自在さと強さゆえだっただろう。

それにしても、全裸を人前に晒して生きる日々の常態だった上半身の亀甲縛りは、お柳にはやはり辛く恥ずかしいものがあった。女として乳房が丸いことは当然であっても、侠客として男ばかりの間で生きるのに胸の膨らみはむしろ邪魔だったから、いつも晒し布で締め付けて目立たないようにしていたお柳である。それを思えば、剥き出しの豊かな二つの白い乳房をどす黒い亀甲縛りの縄に絞り出されることは屈辱の極みだった。しかもその頂の乳首に金色の環を嵌め込まれている。

紅屋の中にいる時も辛いのに、今日は明るい屋外で、しかもこれだけ大勢のヤクザ者や宿場の男たちが見つめる中での縛り責めである。お柳は疼くばかりの羞恥心に襲われた。しかし、それももうすぐ終わる。緊張は隠せないものの、お柳は苦しげな息音ひとつ漏らさなかった。

「よし、一丁出来上がりだ。どうでえ、お柳。どんな気分だ? さあ、お目見えの続きだぞ。矢島のお二人さんよう、この真っ裸の、縛られ女郎を連れて行きな」

満足げな笑みを浮かべた縄手の辰は、自分の作品に酔っているような表情で、しばらくお柳の緊縛裸身を眺め回した。

ふとお柳は、ずっと思い続けていた不安と懸念の中身を訊いて見る気になった。

「ねえ、黒川の辰さん。あたしはどんな仕置きを受けることになっているの?」

雁字搦めに縛り上げられたからには自決などということはまずないだろうと、諦めの気持ちになっているお柳だったが気になることだ。

辰はぎらりと目を剥いてお柳の顔を見た。そのあざとく笑う表情が憎らしい。

「ふん、これだけ厳重に縛られてもまだ尋常な声が出せるとは縛り足りねぇのか? しかも何を言うかと思えば、そんなことが聞きてぇのかい」

お柳の白い顔に何の表情の変化もないことを見て縄手の辰は気を削がれたようだった。

「ふん、まだ痩せ我慢していやがるのかい。まあいい、うちの親分の前に出てからのお楽しみとしておけ」と言うと、ふと思い出したようにニタリと笑った。「まさかおめえ、沢村一家が今にも助けに来てくれるなんて子供じみた望みをかけているんじゃねぇだろうな?」と、注意深くお柳の表情の変化を見つける眼差しのまま辰は続けた。

「そんなことは夢にもありゃしねぇさ。沢村はまだ隣の宿場だ。奴らがここへ来るのはどんなに早くても二三時間あとだろうよ。きれいさっぱり諦めることだ。その前におめえはここで死ぬのさ、もうすぐな。さあ、親分がお待ちかねだ。とっとと行け!」

きゅっと唇を真一文字に結んだお柳は、一縷の望みも断たれた悲嘆の心を隠すためにも凛とした表情を装って、処刑場への一歩を踏み出した。

太陽はまだ中天にあった。刑死を覚悟したお柳の、無残にも後ろ手高手小手の亀甲縛りに緊縛された白い裸身が時ならずして立ち昇った陽炎に包まれて揺れた。


                                (続く)