鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 |
第十六章 大の字磔 日光裏街道大胡宿の街道沿い、女郎宿『紅屋』があるあたりに昼日中だというのに黒山の人だかりが出来ていた。かつてこの地では一度もなかった女の処刑があると聞いて集まってきた物見高い者たちの群れである。しかもその密度は次第に増していった。 ヤクザ者の大集団の中ほどに人が一人二人並んで通れる人垣の隙間があり、その両側に居並ぶ男どものぎらぎらした無数の視線が路地から姿を現した見世物女郎のお藤に、いや、全裸を亀甲縛りに縛められたツバメ返しのお柳に集中していた。 顔を上げてちらと前を見たお柳の表情は緊張していたが、目を落とすとそのまま一人、ためらいも見せずに歩みはじめてヤクザ集団の隙間へと向かった。首から伸びた縄と亀甲縛りの縄尻をつかんだ縄手の辰に押されるようにして中へと進む。露払いをすべき耕平と三郎は怖じるように立ちすくんだまま二人に置き去りにされた。 縄尻を持つ辰はお柳に一歩遅れて斜め後ろの位置を歩いている。前をいくお柳の後ろ姿に、よく締った細い腰から張りのいい尻が左右にかしぐ動きに、その目は釘付けになっていた。二人から遅れて耕平と三郎が肩をすくめてとぼとぼとついていった。 「おい、来たぜ! 本当に真っ裸で来たぜ!」 「皆が見ている前でさっき、自分で着物を脱ぎ捨てたようだぜ」 「へえ、そうかい。すげえあばずれ女もいたものだ。しかし、ほれ、見てみろよ、あの裸の縛りを。縄手の辰兄ぃも相変わらずいい仕事をしているぜ、なあ」 「だがこの女、てえした度胸だぜ。真っ裸を縛られたあられもねえ格好でも、恥じらう気配なんぞまったくねえ、下の毛まで晒しているのによう」 「いいや、よく見ろ。下の毛なんかねえよ」と誰かが言うと、どっと笑いが弾けた。 「それにほら、見てみろ、あの乳首の金の環を。すげえじゃねぇか、ゆらゆら揺れてら。ヘソにも着いているぞ。何とまあ卑猥な飾りだ」 「見ろよ、あの股座の刺青が何とも言わせねえじゃねえか。彫師もいい思いをしたに違いねえぜ」 「それにしても飛びつきたくなるほどいい女だ。殺すのが勿体ねえなあ」 そうなのだ、お柳はここで仕置きされて死ぬことになっているのだ。 刑死を逃れられないことは承知していても、実際にどんな方法で命を奪われるのかはまだお柳自身には知らされてはいなかった。それは当人にとって最も残酷なことだったのかも知れない。 お柳は元々武家の血筋を引いた娘だし、格式としても自害が相当の身分と言える。任侠渡世の身に落ちぶれたとはいっても、やはり誇りを失わない自決が最も恥の少ない綺麗な死に方だと思っていた。しかし、お柳の剣の腕を恐れている黒川泰三は、たとえ仕置きのためであろうとも、どんな刃物もお柳に渡すはずがなかった。 こうして改めて厳重に縛り上げられたからには自害が許されないであろうことは分かっているものの、何と言ってもお柳は女である。斬首などという血みどろの処刑は避けて欲しいと思ったり、ひと思いに死ねるのならそれもいいかも知れないと思ったり、様々な殺伐たる想像がザワザワと通り過ぎていく胸を張ってお柳は歩みをすすめた。 そんなお柳の心中を察してか、縄尻をとる縄手の辰五郎も無言であたりを睨み回しながら歩いている。が、口さのない連中が囃し立てた。 「あきれたスベタだ。自分でさっさと刑場へ進んでいきやがる」 「女なら少しは恥じらいを見せるものだぜ、素っ裸で何もかも剥き出しなんだから」 「恥知らずはともかく、この女、自分がどんな死にザマを見せることになるかまだ知らねぇんだろうが、それも……」と、黒川衆の誰ともつかない男が言いかけた言葉の断片がお柳の歩みを止めた。 「それも何なの?」 立ち止まったお柳が、首をひねって言葉が聞こえてきたあたりを見た。けれども、誰も言葉を継ぐ者はいない。仕方なくお柳は、代わりにすぐ後ろを振り返り、そこに縄手の辰の下卑た薄ら笑いを見た。お柳は自分の尋常でない死にザマが予感できたようだった。 惨い処刑を直前にした人間がどんな気持ちになるものか、どんな振る舞いを見せるものか、同じ渡世の男としても興味がある。縄手の辰こと名和辰五郎はお柳に身を寄せて言った。その言葉は思いやりの欠片もない、無残なものだった。 「磔だそうだぜ。おめえは三尺高い台の上で大の字磔にされるのさ、大股開きでな」 一瞬ビクッと身を震わせた衝撃の強さが辰にも分かった。 縄手の辰は追い討ちをかけるようなことはしなかった。たとえ男であってもその場に崩れ落ちるほどの衝撃を受けた女が、まさに死の淵にいる女が、懸命に自分の運命に耐えている様子を感じたからである。 「さあ、行くんだ、とっとと歩け!」 乳房の刺激で現実に引き戻されたお柳は、深い吐息を漏らすと再び足を踏み出した。その歩みは自ら死に場所へ近づいていくという事に他ならなかった。 お柳の仕置き方法だという『大の字磔』は本来極悪人に対してなされる刑であり、それはお柳の予想をこえる惨いやり方だった。しかも成り行きからして、お柳がこのまま全裸で磔台に架けられることは確実である。自害という武家の妻や娘になされてきた穏便で名誉ある死に方を望んでいたお柳にとってはまったく不本意な処刑方法だった。 お柳の胸は激しく高鳴った。全裸のまま両手両足を大きく開いて磔柱に架けられて、多分、左右の斜め下から腹部を槍で突かれるのだろう。斬首などと違ってすぐには死ねない。当然介錯の一太刀などは期待できないから、衆目が注視する中で辛く苦しい時間が長く続く。 ところが、十歩ほどすすんだところで、節くれだった手が伸びてきてお柳の熟れ切った白い臀部を触った。ビクッと立ち止まったお柳はその手の主をキッと睨んだ。その瞬間、奇妙なことに恐怖が急速に薄らいできた。 (磔で死ぬにしても悶え苦しんで取り乱す姿だけは見せたくない。でもどうすれば?) 冷静さを取り戻したお柳は、自分の思いが叶う方法はないものかと考えながら再び足を進め、亀甲縛りの縄に絞り出された豊かな白い胸を揺らした。 お柳を取り囲んでいるヤクザ者の群れの後方に、何とあの三田村平治がいた。 お柳の引き回しはなおも続いた。 「あのお藤はどうしてこんなことになっちまったんだい?」 「それが分からないんだけどさ。昼日中にこの場所で見せしめのように裸で処刑されるんだから、よほど悪いことをしたんだろうなあ」 「それにしてもあんないい女を殺してしまうなんて、勿体なさ過ぎないか?」 「こうなることが分かっていりゃ、おいらもいっぺんお藤を抱いておきたかったなあ」 ひそひそ話が小波のように広がり、彼らの前にいるヤクザ者たちが度々振り返って「静かにしろい!」とたしなめた。 哀れにも処刑される美貌の若い女は、素っ裸の上半身に厳しい亀甲縛りの縄目を打たれ、下半身には失った茂みに代わって禍々しい黒蛇が黄色い目を光らせてのたくる刺青が彫られており、その恥丘も女の源である女陰も股間もすべて剥き出しである。 誰の目にもお柳は噂通りのびっくりするほどの美女に映っていた。 昨日の無礼講で黒川の幹部七人に散々貪られた女だと知ったものも多かったし、景気づけの酒が入っているようで下卑た言葉を投げつけるものもいるにはいたが、大抵は魂消たように声もない。が、喧嘩出入りのために集まった血気盛んな男ばかりだったし、血走った目でお柳を見つめた。 この黒山の人だかりと男の息でむせかえる場所にいる女はお柳だけだった。荒くれ男どもに囲まれた唯一人の女がお柳なのである。しかも、素っ裸の肌身を無残に縛り上げられて曳かれ、時を置かずにここで血祭りにあげられるのである。その内心がどんなものなのかは分からないが、見た目には怯えも震えもなく、後ろから押されるままに人垣の中心をしっかりした歩みを進めている。 やがて左右の人垣が途切れて、お柳が歩みを進める先の正面に床几を据えてどっかと座っている三人の男がいた。 黒川泰三は残酷極まりない横暴な親分として皆に恐れられていた。お柳を仕置きせよと言い出したのもこの男であり、裸に縄目を打ってこの場へ引き出す指示を出したのも彼だった。 お柳はこの黒川泰三を数年前から知っている。しかもお柳は、泰三に煮え湯を飲ませたのみならず死の淵まで追い込んだことがあった。当然、その怨みが泰三にはあるはずだ。しかし、素っ裸にしたお柳に縄目を打って公衆の面前に引きずり出し、子分たちが立ち並ぶ中を引き回して晒し者にし、存分に貶めたことでその怨みは少なからず晴れた模様で、ともかく黒川泰三は上機嫌だった。 気に入らない女はこうして一方的に惨めな姿で晒すのが彼の流儀なのだ。自分の前でその女がどんな振る舞いをするのかという関心に加え、多分羞恥と恐怖にすくんで命乞いをするだろうという期待もあった。どっちみち殺すのだが、それまでの陰惨な筋書きをいろいろ考えてほくそえんでいる黒川だった。 黒川たちが座っているところから二間余り手前で、お柳は両脇に立っていた小者二人に歩みを止められた。が、それを無視してなおも先に進もうとすると、縄手の辰が咄嗟に引いた首縄が締まってお柳は首をぐんと仰け反らせた。 「よい、よい。いかなお柳でも今の姿じゃ怖くとも何ともないわい。お柳、わしのそばへ来たいのだろう? そうだろう? おい、辰、お柳をもっと近くにつれて来い!」 黒川泰三の妙に高い癇性な声が響いた。お柳は自分を恐れておらずむしろ自分の方がお柳を怖れていることを図らずも露呈してしまった泰三の咄嗟の判断だった。が、ついそうせざるを得なかったことは彼の想定外で、内心は不満たらたらだった。 そうと知ってか更に前へ進んだお柳が間合い一間に近寄ると、大親分気取りの黒川泰三は貫禄の差を示そうとしてことさら鷹揚に「そこでよい」と言った。すぐに辰がお柳の縄尻を引いて立ち止まらせたが、無意識に少し上体を後ろに引いた黒川の表情と声音には例のお柳恐怖症が滲み出ていた。 「やい、お柳。親分の前だ、ひざまずいて畏れ入らんかい!」 縄手の辰がお柳の両肩を押し下げて跪かせようとした。が、嫌ったお柳はすっと肩をかわして辰の手を振り切り、姿勢を元に戻すと胸を張ってギロリと黒川を睨んだ。 その気迫に圧された黒川泰三が、なおも余裕を見せようとして先に口を開き、二人の会話の口火を切った。 「よう、お柳。久し振りだなあ」とわざわざゆったりした口調で言う泰三に虚勢を見て、お柳の緊張に白く凍ったようだったお柳の頬がゆるみ薄い笑みが浮かんだ。「おめえ、昨日はうちの幹部連中に……」と続けようとする泰三に最後まで言わせず、お柳は凛と研ぎ澄まされてよく通る落ち着いた声を発した。 「親分さんも、お元気そうで何よりです」 途端に黒川の顔の表情が険しくなった。癇癪持ちで気難しい男である。そもそも自分から話しかけてしまったことを後悔していた。しかもお柳の短い返答がふるっていたものだから、忌々しさが顔に出たのだ。 (元気そう、だと? まだ侠客気取りでいやがる、この生意気なアマが! 裸を晒した卑しい宿場女郎に堕ちた女が、このわしと対等の口を利くつもりか!) 実際にそうしなかったのは矢島が慰みものにしてきたお下がりを抱くのは格上の自分の沽券にかかわるからである。 「おい、お柳。立場というものがあるぜ。真っ裸の身に縄目を打たれた女がこのわしに対等に口を利くたぁ何様のつもりでえ! 身分を考えろ、この恥知らずが!」 泰三の言葉を聞いて黒川衆が「そうだ、そうだ、このスベタ女め!」と追従し、周囲に哄笑が沸き上がった。しかしお柳は冷静に、またも凛とした声で言い返した。 「黒川の親分さん。こんな姿を晒しておりますがあたしは侠客のひとりです。親分はそのお柳をこの場で仕置きなさるのでございましょう? あたしがただの女郎なら、親分さんもこうして男同士の喧嘩の場に引き出すことはないでしょうし、これだけの員数の中で大仰な仕置きはなさらないはずじゃあございませんか」 元々黒川泰三は面倒な議論にはついていけない。ものの道理や理屈を考えるのが苦手なのだ。だから、ただ馬鹿にされたという口惜しさでまたムラッとした。 「ちっ、まったく口数の減らねえ憎たらしいアマだ。おめえが朝方までうちの野郎どもに散々嬲られて何度も気をやったこたぁ先刻承知だぜ。それが恥ずかしげもなくあたしは侠客でございますだと? 夜っぴてヒイヒイよがり狂って汚れ切った裸のままノコノコ現れて、しかもこのわしを虚仮にするつもりか!」 泰三が声を張り上げると、すっと立った矢島辰造がお柳を叱責して黒川に媚びた。 「こら、お柳、理屈を並べるんじゃねえ! 下賎な女郎の分際で大親分の前に立ったまま対等に話をするなんぞ大間違いだ。さあ、突っ立っていねぇで、さっさとその場に膝を突いて詫びるんだ、早く!」 矢島の叱声をお柳は何も聞こえなかったように無視した。毅然として立つ姿勢を保ったままで、前に座っている黒川に向けて目線を下ろして更に言葉を続けた。 「黒川の親分。あたしの死に装束を取り上げるように指示したのは親分さんだと聞いております。何も好きであたしが裸になったわけじゃありませんよ」 それを聞いて黒川泰三は目を吊り上げた。 「な、何だと! か、格好つけるんじゃねえ! このひと月ずっと、おめえは真っ裸のまま寝起きして、そうやって縛られたままで客の男どもに抱かれてよがり声を上げてきた仔細は知っているんだ。これだけの大人数の前で生臭せぇ裸を見せびらかしても平気な女は、お柳、おめえくれえだろうよ。何もかも晒して見せることが仕事の見世物女郎にはその縄付きの裸が似合いの格好だぜ、なあ辰造さんよう」 黒川泰三の言いたい放題の汚い言葉にも矢島辰造は相好を崩して黒川に媚を売った。 「へえ、その通りで。わしらが苦労してこいつを仕付けましたんで」 そう言った辰造の横顔を眺めて、お柳は口惜しげに唇を噛んだが、それも瞬時のことで、それから先はもう何も言い返さなかった。 丸裸でひどい侮辱の言葉を浴びせられながらも平静を保ち、恥じらいの欠片も見せずこれほど自然な対応が出来る女、お柳。 「ともかくこうして矢島と沢村が血の雨を降らすことになったのも、元はと言えばお柳、おめえが口火を切ったようなものじゃねぇか」 確かにそうだった。 お柳は、自分を改めて侠客と認める黒川泰三の言葉にわずかな光明を見て、満足そうにうなずいた。今の惨めさが少し薄れた気がした。だから、続く黒川の言葉もさほど心に食い入らなかった。 「沢村の先陣としてたった一人で敵地に這い入ったのはなかなかだが、おめえもやっぱり女だ。うっかり捕らえられちまった。それからひと月ばかりの間に恥塗れになって折角の鉄火女の看板を目茶目茶にしちまったおめえだが、その様子じゃまだ懲りちゃあいねえようだなあ。おめえのクソ度胸はともかく、若い女をさきがけにした沢村も沢村だぜ。結局わしらには勝てねえことを今日の喧嘩で示してやろう。その前祝いに、まずはおめえを血祭りにあげて、ここにいる一同に威勢をつけるぜ」 これほど大勢の敵対するヤクザたちの中に一人、緊縛された裸身を晒して卑しめられながら、しかも決定的な死の宣言を聞いても、お柳はなお毅然としていた。 残虐かつ淫蕩な黒川は、女が、ことに美しい女が自分の面前で屈辱に打ちのめされ、羞恥と恐怖にすくんで泣き叫ぶのを見るのが好きだった。 黒川泰三は顎で斜め後ろをぞんざいに指し示し、得意げにニタリと笑った。 「どうでえ、お柳、後ろにある結構な白木の磔柱を見たか。あの横杭が上下に二本ある磔柱におめえは真っ裸のままで大の字になって手足を括られるんだ。股座をかっ広げて何もかも曝したままでなあ、いひひ。何とも晴れがましいじゃねぇか、お柳。裸女郎のおめえに相応しいことじゃねぇのかい」 お柳は、黒川たちの背後の矢島組本拠の建物の庇に立てかけてある白木の刑架を表情も変えずにちらと眺めたが、すぐに視線を戻し、冷たく冴えた視線を横へ流した。 「どうしたい、お柳。驚いて声も出ねぇのかい。何とか言ったらどうでえ。殺すのはやめておくれとか、死ぬのは怖いようとか、命だけはお助けをとか。なあ、お柳、おめえの言い方一つで考え直してやってもいいんだぜ」 黒川の甘い誘い言葉に、お柳はちょっと考えてから返答した。 「別に驚いてなんかいませんよ、磔のことは聞いて知っていましたから。あたしも任侠の端くれにいる女。喧嘩で死ぬのは厭いやしません。でも、親分さん、女のあたしをここまで無残なやり口で辱めてから殺すのは、いかに卑劣であくどい黒川の流儀だとはいえ、余りじゃありませんか。もっと名誉ある死に方を選ばせて……」 お柳はそこまで言うとキッと口を結び、黒川を睨み据えたまま押し黙ったが、その切れ長で美しい両眼からはらはらと涙がこぼれ落ちた。 その涙を小気味よさそうに眺めた黒川泰三は声をやわらげ、猫なで声で言った。 「ふふん、黒川は卑劣であくどい、だと? 抜かしやがったが、まあいいか、挽かれ者の小唄と思って勘弁してやろう。それにしても、気の強いおまえの涙を初めて見たわい。その涙に免じて、おめえの最後の願いを聞いてやるとするか。ほれ。これを見な」 黒川が手元から出したものは、先ほどお柳が縄手の辰に縛り直される時に脱がされ奪い取られた薄い麻の肌襦袢だった。 「これをお前に返してやろう。お前が着ていたものだが、これが欲しいんだろう?」 素直にうなずいたお柳の顔にわずかながら赤みが戻り、黒川の顔が卑しげに笑った。 「並の男より遥かに男らしいといわれたおめえも、やっぱり女だなあ。裸で仕置きされるのがよほど辛いと見える。まあ、それはそうだろう。では、返してやろう」 涙に濡れたお柳の双眸が訝しげに光って黒川を見つめた。情けをかけるような心は小指の先ほども持ち合わせていないこの男の言葉が信じられない表情だった。 「だが、お柳。この襦袢を返してやる代わりにおめえの髪を貰うぞ、いいなッ」 「頭の髪を、ですか?」 「そうだ、上の髪だ、下の髪じゃねぇぞ。第一、おめえには下の髪はねえじゃねぇか」 その言葉に周りの男どもがまたどっと笑った。 「あたしの髪をここで切らせたら、それを返してくれるのですか?」 お柳はなおも冷静に聞き返した。長い黒髪は女の命でもある。それを切るのは女を否定することでもあった。しかし、お柳はそれも仕方がないと思った。いずれ、ここまで恥に塗れた身であり、もうすぐ死ぬのだ。髪に未練は無かった。お柳はコクンとうなずいた。 「おい、お柳の髪を切ってやれ」 すぐそばにいた子分二人が小柄を抜いてお柳の後ろに立ち、長い髪を束ねてうなじに刃を当て、下から上へ容赦なくざくざくと切りちぎった。お柳の裸足の足元に無残に切り取られた髪が落ちて散らばり、白く艶やかな女のうなじが露わになって、お柳の頭髪は大童といわれる短い髪形になった。 「ほほう、あっという間に男に早替わりだ」 「こっちの方が鉄火女にはお似合いだぜ」 「しかし何だなあ、男の胸にでっかいおっぱいがあるのはおかしかねえかい」 「皆でグリグリギリギリ揉みしだいてやれば磨り減って平らになるんじゃねぇのか」 「おう、そりゃ名案だ。親分がやれと言ってくれればなあ」 右に左に後ろからも口汚い言葉が浴びせられても、お柳はなお平然として見せた。しかし、その心のうちでは血の涙を流していた。
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