鬼庭秀珍 『贋作・お柳情炎』 |
最終章 お柳炎上 前方で大勢の男がお柳を嘲り罵っているような声が上がっているが、何が行われているのか、三田村平治がいる場所から確認することは難しかった。 処刑執行まではまだかなり間がありそうだと判断した平治は、脳を全速回転させてお柳を無傷でこの場から助け出して逃げる方策を考えた。 そう結論して胴震いした平治は、静かに少しずつ、目立たないよう細心の注意を払いながら、喧嘩前の景気づけに浮かれているヤクザ連中の死角になりそうな場所へとその身を移していった。 「では、親分さん、お約束の着物をいただけますか」 長い黒髪をばっさり切られてしまったお柳は、落胆に蒼ざめた顔ながらもしっかりした口調で約束の肌襦袢を要求した。 「まだだ。まだこの襦袢は着せてやれん。おめえの傲慢な態度がいつまで経っても直らんのが気にくわんわい。おめえの裸も見飽きてきたし、括られたままでいいからそこに土下座してしおらしく謝れ」 「謝れと言われましても、何を、謝るのでしょうか?」 「こいつ、この期に及んでまだ逆らう気か。そこに座れ、座って土下座するんだ! おめえがわしの頭の上から権高な声を出すのが気にくわんのだ!」 怒鳴る黒川泰三の言葉を聞いて意外にもすっと腰を落としたお柳は、一度片膝になってからその場に正座した。小石まじりの街道の地面は冷たく脚も痛いはずだけれども、お柳に躊躇はなかった。 冷たい地面に正座したお柳はなおも毅然とした態度を崩さなかった。背筋をピンと伸ばして胸を張ったその姿には、いかにも関東一円にその名を売った女侠客らしい潔さに加えて男の目を釘付けにする艶麗さがあった。 黒川泰三は、そんなお柳を満足そうにやや下目線に見て言った。 「それじゃ、そのまま額を地面につけろ。そして詫びの言葉を大声で言え。はっきりきっちりと、『よくご覧ください、これがツバメ返しのお柳の成れの果てでございます。髪を切られた裸女郎ですが、縁あってここで仕置きされて果てます。どうか血まみれ糞まみれの見苦しい死に様を晒す事をお許しください』ってなッ」 これを前後左右に向きを変えて座り直して四度繰り返せと黒川泰三は言った。余りに酷い詫び口上を示唆され、お柳の顔色が変わった。 「黒川の親分。親分さんが本当に着物を返して下さるなら、あたし、何でもします。でも、ただからかっているだけなら、もう止めてください。着物はいりませんから」 「何だと、襦袢はいらねぇだと? 何を言い出すかと思えばこの黒川泰三を疑っておるのか? わしはな、お柳。おめえに謝罪の限りを尽くせと言っておるだけだ。言われた通りにしたなら襦袢は返してやる。さあやれ、きっちり謝って見せろ!」 ここが忍耐のしどころだった。お柳は、縄手の辰が後ろから頭を押さえてきたのに逆らわずに背中を丸く曲げて首を垂れ、額を地面に一度つけてから起き直って、指示された詫び口上を言いはじめた。 「待てっ、お柳! 顔を上げたままじゃ謝罪の心が伝わらねえやな。ぴたっと地面に這いつくばったまま詫びるんだ、やり直せ。頭を垂れるだけじゃダメだ。体全体を前に傾けろ。もっと、もっとだ。つむじの後ろが見えるまで下げろ!」 言い嬲られながら様々な注文を突きつけられたお柳は、両手を後ろ手高手小手に厳しく縛り上げられ上半身を亀甲縛りの縄で緊め上げられている。ただでさえ辛い状態で乳房を膝に押し付け、背中をほとんど水平に保った態勢で口上を言わされたのだった。 しかし、このひと月の見世物女郎として肉の地獄で身を揉んだことを思えば、お柳にとってこの程度の恥辱と屈辱は何ほどのこともなかった。それよりも、こうして侮蔑され虐げられることで女の花芯が疼きはじめたことの方がお柳を狼狽させるのだった。 四方に向かって最後まで詫び口上を述べ終わって再び正面を向いたお柳は、屈辱の限りを舐めた顔とも思えない平然とした表情で黒川を見上げた。 「どうでえ、お柳。謝りついでに股の割れ目や尻の穴を披露して見せた気分は? 淫乱女が男を欲しがる二つの孔を四方八方に見せたんだから、気分もすっきりしただろう、わはは」 「…………」 お柳は口を紡いで返事をするまでもないといった醒めた顔をしている。 「まあ、返事をしたくなけりゃ、せんでもええ。約束だから襦袢は返してやる。だがな、お柳。おめえはこのわしを疑った。だからこの襦袢も全部は返してはやれん」 正座をしているお柳から一間ほど離れた床几に座って肌襦袢を様々に手なぐさんでいた黒川泰三は、一度はらりと全体を広げ、右の袖をつかむと、荒々しくその肌襦袢をビリビリッと引き千切ってしまった。 「おめえに返してやるのは、これで十分だ。さあ、しっかり身に着けろ」 袖がひとつ、投げられて目の前の地面にはらりと落ちるのをちらと見て、お柳は無感情な表情で静かに言った。 「これだけでは何も隠せませんねえ」 「いや、そうでもねぇぜ」と黒川の傍らに立っていた縄手の辰がそれを拾った。 辰は、筒状の袖を縫い目で裂き開いて一枚の薄布にし、それをお柳の目の前でひらひらと靡かせた。もともと肘に届かない長さの袖である。辰は、薄布が手拭いに比べても縦横ともによほど小さいことを示して見せた。腰に巻くにも、丈も裄も到底足りない。 「見ていろよ」と、辰は薄布の端を細く縦に裂きちぎって二本の紐を造り、正方形に近くなった布を三角折ってその端に結びつけるとお柳を促した。 「おい、膝立ちしろい。いま着けてやるから」 致し方なさそうな顔をして腰を上げたお柳の腹部の下の方に三角に折った布をあてた縄手の辰は、紐にした細布を腰骨から後ろへ回して巻き締めてくびり留めた。 じっと眺めていた周囲の連中がまたざわめいた。 「辰、おめえ、なかなかやるじゃねえか。恥ずかしいところすっぽり覆い隠すにゃぁ役に立ちそうもねえが、いい眺めだぜ」と、好色な黒川泰三が相好を崩して続けた 「ちいせえ腰巻というより前かけ褌だな。どうれ、お柳。立ってよく見せてみろ」 すると、意外なほどあっさりとお柳は立ち上がった。愚弄されているのは分かっていたけれども、もう何も言うつもりはなかった。意地を示したかったのである。 その小さな褌というより単なる前あての三角巾は、溶けるような柔らか味を感じさせる白い腹部も金環が嵌められたヘソも隠せなかったけれど、確かに一応は、女の秘裂の周辺を男の視線からきわどく隠していた。もっとも正面以外の眺めは全裸と変わらない。 「よし、体裁が整ったからいよいよ仕置きだ。お柳の死出の儀式だ!」 そう言って処刑開始を宣言した黒川泰三は、いかにも底意地の悪い男らしく、改めてお柳に恐怖感と絶望感を与えようとした。 「いいな、お柳、よく聞けよ。これからおめえをあの磔柱にかける。思い切り広げたおめえの両手両足をあの横杭に大の字に括りつける。下の杭でも台板から三尺高いし、気の毒だがその結構な褌も余り役には立つめえな。それに得物は刃のある槍じゃなく、竹槍を使うぜ。竹槍をおめえの股座の汚ねえ二つの穴にグサグサ突っ込んでやる。だが、竹槍は切れ味が悪い。うまく命中したところで、しばらくは死ねねえ。それを覚悟しておきな!」 死にゆく人間に対して憐憫の欠片もない真底むごい宣告だった。 「ええ、ええ、どうぞ、お好きなように」 これには黒川泰三はじめ矢島辰造も周りの誰もが唖然とした。 (恐怖に震えて泣き叫ぶか、倒れ込んで失禁するに違いない)と思っていた泰三は、そうではなかったことが不思議でならなかった。お柳は変わらず毅然としている。その眼差しが自分を蔑んでいるように感じられて、憤りが湧いてきた。 (このアマ、この期に及んでもわしを虚仮にしやがる!) とうとう黒川泰三の癇癪玉が破裂した。 「えい、このクソ生意気なアマが! いよいよイケ好かねえや。ただぶっ殺すだけじゃ物足りねえ! その高慢ちきな鼻柱をここでへし折ってやる!」 怒りをぶつけたものの、死ぬことに、しかも尋常ではないやり方で殺されることに何の恐怖も感じていない女をどうやってへこませてやることが出来るだろうかと考えた。 (そうだ、血祭りにする前に黒川衆全員で陵辱してやろう。公衆の面前での輪姦だ) あくどいことを思いついた泰三は、ニタリと笑って子分たちを見回した。 「おい、野郎ども。ひと月前に矢島の連中もやったらしいが、今から黒川の男五十人が精力を集めての念仏講だ。この女をよがり責めにしてわめかせ、とことん泣かせてやれ。前も後ろも遠慮なく突き破ってやれ。いいか、血祭り前の色責め祭りだ!」 思いがけない展開に呆然とたたずむお柳は、泰三たちが座る床几の後方に置かれている腰高の処刑台に否応なく押し上げられ、お柳を大の字に括りつけた磔柱を差し込むために空けられた四角い穴のそばに引き据えられた。 お柳を二間四方の台上に引き据えた大柄な若い男が二人は、下半身を剥き出しにするや否や、緊縛裸身を縮めて座っているお柳に襲いかかった。 「ああっ、やめてっ!」と、お柳が色を失って声をあげたのも当然だった。ヤクザものだけでなく、宿場の男たちが黒山になって見ているのだ。そんな羞恥の極みに追い詰められているのに、両手の自由を麻縄に奪われているお柳に抗う手立てはない。 突き転がされて横向きにされたお柳に、二人の若いヤクザ者が前後から抱きついた。重なり合うように抱きこめられたお柳の伸びやかで華奢な白い下肢は、二人の手で簡単にさばかれて無残に割り拡げかれ、片足がびんと真上に持ち上げられて股間の二つの穴がそれぞれの男の格好の標的になった。 「ああ、やめてっ。許して、お願いだから、やめてっ。こんなところで見世物にされるくらいだったら、いっそひとおもいに殺しておくれ。竹槍でも何でもいい。どんな苦しみもこの恥に比べれば……。ああ、イヤっ。な、なんてむごい仕打ちを……」 お柳は、激しい羞恥と苦痛に首を仰け反らせ懸命に顔を左右に振って、唇を震わせながら悲鳴に近い声を洩らし続けた。ここに至ってお柳は初めて狂わんばかりの心の乱れを露わにしたのだった。 「よくしゃべるうるせぇ女だ。おい、もう一人行け。行ってあの達者な口をおめえの魔羅で塞いじまえ!」 黒川泰三の命令で台に上がった三人目の男はお柳の頭がある方へ回った。お柳の白い顔は強引に真横によじって、花びらのような口へ反り返った男根を押し込んだ。 声も出せず喉の奥まで塞がれたお柳は窒息の苦悶と恐怖に目を剥いて身も世もなく悶え苦しみ、泰三はそれを見て大喜びした。 「わっはっは、おい、お柳、思い知ったか! なあに、そう嫌がることもねぇだろうよ。このイキのいい男たちの真ん中でおめえがどれほど淫らなことを思ったか、わしにはちゃんと分かっているわい。その赤い目とひくひくする裸のからだが証拠だ。さあ、最低の見世物女郎らしく、おめえの淫乱極まりない恥ずかしい姿をここで存分に披露して見せろ。おめえの身と心に残るありったけの色気と精気を搾り出して、わしの可愛い手下ども全員に存分にふるまってやれ。そう、そうだ。おめえも今生最後のめくるめく快楽をたっぷり味わえばいい。思えばおめえも幸せな女だなあ、殺される前に何度も昇天して戻って来られるんだから、わははは。それ、四人一緒に狂いまくれ!」 興奮した泰三の長台詞が終わるのとほぼ同時に最初に前から入った男が咆哮して頂点に達し、男の精をどくどくと存分に注ぎ込んだ。 最も激しく動かされる顔と首根は勿論のこと、全身が押しひしがれ、曲げられ引っ張られ、ねじくられ揉みしだかれて、それこそお柳には生きた心地もない。嬲られ弄ばれることには慣れているお柳だったが、そして昨夜も同様の責めでずいぶん苦しめられたけれども、今日の悲惨さはその比ではなかった。 激しく荒々しい肉と肉との絡み合いが次から次へと続き、お柳の緊縛裸身が精液塗れになっていく。 「何とまあ、黒川衆はよくもあそこまでやるものよ。お藤といったか、あの女郎? いくら男と交わるのが商売でも、あれではたまらないだろうに」 「女郎だって生身の女だ。同時に三人もかかられては息も継げず、逝きたくても逝かれめぇよ。辛いばかりだろうよ、可哀想に……」 「本当は女郎じゃないそうだぜ」 「何? それじゃあ一体あの女は……」 「お藤というのは紅屋での名前で、何でも元はお柳とかいう女侠客だったらしいや」 「そうか。道理で堂々としていたはずだ。しかし、女侠客だったとしても、あの勢いで前に後ろに勝手に突きまくられたら、オソソも菊座もすぐ滅茶苦茶になっちまうだろうな」 「これが終われば竹槍で突かれるようだから、今のうちに感覚がなくなるぐらいにやられた方が、かえってあの女のためかもなあ」 「何にしても沢村一家が仕掛けてくる前に黒川衆五十人のひとり一人が、思う様ひと通りの埒を明けるようだから、忙しいわけだ」 「女一人に男五十人があの勢いじゃあ、最後まではとても保つめえな」 堅気の衆がそれぞれの思いを交換している中を、猫背になって杖を突いた男が擦り抜けて行った。三田村平治だった。頭の鉢巻も斜め襷も外し、尻にからげていた着物の裾も元にもどして着流し姿になっていた。一見すると堅気の衆と見分けがつかないが、右手に持った杖は仕込み刀である ヤクザ集団の人垣の後ろについて歯軋りしながら事の成り行きをじっと見つめていた平治だったが、ヤクザたちの関心はもっぱら台座の上に注がれており、後方への注意はほとんどなされていないことに気づいた。 ならば案外簡単にお柳がいる台座の近くまで寄れる、と平治は思った。幸いに台座から五六間離れた位置に連中の死角になる場所が見つかった。磔柱が立て掛けてある矢島組の本拠建物と隣家の隙間がそれだった。 (あそこからなら、ひと呼吸の間にお柳に手を差し伸べることができる) そう確信した平治は、ヤクザ風の喧嘩衣装よりは堅気の格好の方がその死角に近寄り易いと判断して、一旦堅気の衆の後ろまで出て身なりを整えてから改めて群集に紛れながらその場所へ飛び込むことにしたのだった。 もはや逃れられない運命と悟ったお柳の覚悟を誰が知り得ただろうか。 「大した女だよ、あの女は。実によくやっている。綺麗な顔を色っぽくゆがめて懸命によく動くし、あれならどの男もやり甲斐があるだろう。あれはやられているんじゃなくて自分から求めている姿だ。声が出せないのが辛かろうが、ぶるぶると足先をふるわせてのけぞったがこれで何度目だい? いやはや、畏れいった」 「あの様子じゃあ、刑架にかけられる前に力尽きて死んじまいそうだな。まあ、あの女にとっちゃその方がいいかもしんねえなあ」 「せめて亀甲縛りだけでもほどいてやればよう、女も少しは楽になるのに……。おっ、これで何人目だ? 離れた男の精をゴクンと呑んでうっとりとしたぞ。そらそら、新手のチンポを待ちかねたようにひと息に根元まで呑み込んだ。あれは天性の女郎だなあ」 真っ昼間の性宴を遠巻きにして静まっていた矢島衆から同情の声が上がった。 「あれじゃ惨すぎる、可哀相だ。もう止めさせて早く仕置きしてやれよ」 身内の数の上ではさほど変らないながら、相手が悪すぎた。黒川の幹部のひと睨みに親分の辰造はじめ皆が黙り込まざるを得なかった。 もっともこのひと月、矢島衆もお柳にあくどいことをやり続けてきた。事ここに至って黒川のやり口を非難するのは身勝手過ぎるというものだろう。 「それにしても、お柳も哀れな女だ」 彼女と最後の言葉を交わした耕平と三郎がボソッと呟いた。 一刻(二時間)を過ぎ、さすがにお柳の気力も尽き果てて、死姦に近い地獄の様相を呈した黒川衆の性宴が終わった。終わったというよりも、反応の少なくなったお柳のいかにも辛そうな様子に興を失った黒川泰三が打ち切りを決めたのだった。 途切れぬ喘ぎと身震いからして異妖な興奮はまだ続いている様子だったが、力を尽くした感の深いお柳の目も開けられず身動きもままならない様子である。その衰弱ぶりを見て黒川泰三は、すぐにお柳を刑架にかけることを命じた。 刑架が台座に運び上げられている間に裸身を縛める縄をほどかれたお柳は、衆目の注視する中で、横たえられた刑架に素っ裸の姿で乗せられた。両手を真横に引き広げられ、両肢を左右に大きく割り広げられて、四方にピンと伸びた手首と足首をそれぞれ縄で刑架に括りつけられていった。 お柳は、逆らうことはもとより嫌がる風も見せずに、されるままになっていた。一度うっすらと目を開けたがその目もすぐに閉ざした。 黒川泰三はじめ黒川衆全員が、気息奄々として目を閉ざしているお柳のそばに寄りたかってその様を眺め、嘲りの笑いを投げた。 「それにしても、何ともすげえ格好だ。うちの野郎どもの精を吸い込んだ股座がすっかり捲くれ上がって汁を垂らしていやがる。何だか獣じみた臭いがするなあ。おい、誰か水を汲んで来い。この生臭せぇ体にたっぷりぶっかけて汚れを流せ! 清めてやれ!」 泰三の指示で、紅屋の裏の深井戸から汲まれた水が運ばれてきた。その水が磔柱に大の字になって仰臥しているお柳のからだに勢いよく浴びせかけられた。 「ひいーっ!」 思わずお柳は悲鳴を上げた。冷たい水をかけられたのに、感覚的には熱湯を浴びせかけられたように感じたのだ。その熱湯と思ったものが冷水であったことを改めて知覚したお柳の裸身がブルブルと震えはじめた。 昼間とはいえ日差しの弱々しい寒い日だったし、何よりも全裸のお柳は身動きもままならない身である。 お柳は、水を浴びせられるたびに胸と腰を飛び跳ねるように上下させた。ブルッと大きくする痙攣にも似た身震いを押さえられなかったし、三度目の一斉水かけの時には小水をピュピュピュっと漏らしてしまい、遠巻きに眺める連中の好奇心に興を添えたのだった。 それを黒川衆は、「このアマ、また自分で汚しちまいやがった」と罵声を浴びせながら、更に数杯の水を追加して浴びせかけた。 濡れそぼったお柳のからだの水滴を拭ってやる者は誰もおらず、無情にも風が吹いていた。お柳は、大の字に縛り拡げられたからだをひたすらワナワナ震わせ、骨にまで染み入る寒さに身を悶えさせ続けている。 震えるお柳の引き広げられた裸身を、黒川泰三は台座のそばでさも愉快げに眺め降ろしていた。この冷酷非情な男の特徴は、人の生き死によりむしろ人が苦しみ悶える姿に価値を見つける残忍さに象徴される。 その黒川の残虐な視線に気がついたのか、お柳がうっすらと目を開いた。 「黒川の親分。約束の腰のものを、死出の旅に出るあたしの連れの小さな布切れを奪い取らせるなんて、大親分にしては物惜しみが過ぎてケチ臭くはありませんかい」 「な、何を言いやがる。もうとっくに正気をなくしているかと思ったが、こんなザマになってもまだわしに文句をつけるたぁしぶとい女だ。なに? 腰のもの? おめえ、今に至っても裸は嫌か? 前を隠したいのか?」 そこで黒川も初めて気がついた。先ほどまで激しく大勢の男と肌身を打ちあわせ、揉みにもみ抜かれたからだであれば当然のことだったろうが、陵辱の宴直前はわずかながらも腰を覆っていた小さな三角巾はどこかへ失せてなくなっていた。 「なるほど、あの腰布が確かに失せておるが、なあに、あんなものは風ですぐ外れるわい。おい、皆、台座近くに落ちていないか、探せ」 三角巾は失せていても、お柳の生身のからだに嵌め込まれた金色の飾り環は、乳首のそれにせよヘソのそれにせよ、今はひときわ目立つ陰唇のものも含めてそっくり無事に残っていて鈍い光を放っているのが何とも玄妙だった。 「なあ、お柳。約束通りに着けてやったじゃねぇか。それが外れたのはおめえの不注意だろうが。腰覆いのことはもう忘れろ。おめえには素っ裸が一番似合っていらぁな」 黒川泰三はお柳を全裸のまま処刑することに拘ったが、お柳は美しい目から涙を流しながら「イヤです」と首を横に振った。「交わした約束を守ってください」と言われればその通りでもある。(さてどうしたものか)と、泰三は首を捻った。 ところが、ここでも縄手の辰が妙案を出した。お柳を縛っていた麻縄をひと巻き彼女の細腰の低い位置にゆるく巻き、前の結び目からその余りを一尺足らず垂らしたのである。何をするのかと見つめていた皆は、そのあざとくも際どい飾り縄を見て喜んだ。竹槍で突き上げる際の障害としては最前の小さな三角巾と余り変わらないから処刑に支障はない。 お柳は垂らされた縄の見かけを我が目で見ることは出来なかったが、その縄が裂き開かれている彼女の真っ白い太もものつけ根の上の恥丘で今なお熱を帯びて疼いている秘裂に置かれたことは感じられた。お柳はもう何も口に出さなかった。 女のからだを乗せて重くなった磔柱が、数人がかりで引き起こされて台座の上へ立てられた。素っ裸の肌身に水を浴びせられて寒風に晒されたお柳は、いよいよ最後のときが来たことも、身に沁みる寒さも、自分の体重で抜けそうになっている両肩のひどい苦痛に耐えることで忘れようとしていた。 それを横目に、大親分を気取る黒川泰三のおごそかな宣言がはじまった。 「思い知ったか、お柳。色狂い男狂いの女として獣みてぇな恥知らずの快楽に溺れ切った末に仕置きされるんだ。さあ、赤貝も菊の蕾もそっくり見せびらかして、あの世行きだ!」 黒川泰三のダミ声が終わらないうちに、街道の東から誰かがあわただしく走り込んできた。物見に立っていた矢島組で一番若い幹部の片桐晋太郎と辰造の腰巾着の松吉だった。 「出入りだ、出入りだ! 沢村がやってきたぜ、もうすぐそこだ。早く準備しろい!」 そのあわただしい叫び声を聞いて、喧嘩好きで腕に自信のある上杉善太郎はじめ黒川の幹部たちが一斉に街道を東に向かって駆け出し、残りの黒川衆が続いた。喧嘩が苦手な矢島衆もそのままそこに留まっているわけにはいかず、黒川衆の後を追った。 たちまちあたりが蜘蛛の子を散らしたように閑散となった。矢島辰造はいつの間にか組の本拠の建物の中へ逃げ込んでいた。しかし、黒川泰三ひとりは慌てなかった。 「残念だぜ、お柳。おめえの最後の晴れ姿をゆっくり見たかったのになあ」 そう嘯いた泰三は、ギラリと、腰の脇差しを抜いて遥か上のお柳に突きつけた。が、精一杯腕を伸ばしても膝あたりにしか届かない。内心苛ついたところに遠くから切り合いがはじまったような喚声が聞こえてきた。 「どうでえ、お柳。そこからなら見えるだろう、喧嘩の様子が。沢村一家の連中を目前にしてさぞかし無念だろうが、おめえを生かしておくことはできん」 凄みを利かせて泰三はそう言ったが、お柳は落ち着いていた。静かに笑って黒川泰三を見下ろした。なお覚めやらぬ官能に濡れた赤い目が凄艶なほど美しかった。 「本望でござんす。さあ、泰三親分。あたしがうまく死ねるように、どこなりと、突くなり、切るなり、存分にしておくんなさい」 「ちっ、最後の最後まで嫌味な女だぜ」 足の腱を切ってやろうかとも思案した黒川は、暫時考えて、竹槍を取りに行った。先を磨いて尖らせた竹槍はすぐ後ろの矢島組本拠の軒に立てかけてあった。 「ぐえーっ!」と叫んで振り返った泰三の目に精悍な顔をした大柄な男の姿が映った。 「黒川泰三! 今日がおめえの命日だ、悪人らしく地獄へ行きな!」 よろめく黒川泰三の首を刎ねたのは、お柳が死んだと思っていた三田村平治だった。 喧嘩に勝った沢村一家が親分の銀次郎を先頭に矢島組の本拠前に到着した時には、その前に組まれた白木の磔柱が立つ処刑台の上にお柳の姿はなかった。が、台座のそばの地面に倒れ込んで目を剥いたまま絶息している者がいた。黒川組親分の泰三だった。 沢村一家の幹部数人が矢島の本拠に飛び込んで、奥まった部屋の押入れの中に隠れていた辰造を引っ張り出してきて訊いた。 「おい、矢島辰造。うちのお柳さんを、おめえ、どこに隠した? さっさと吐け!」 「そ、それがよく分からねえんだ……」 「どほけるな! お柳さんを監禁していたおめえが知らねえで誰が知っているんでえ!」 「辰造、おめえ、まさかお柳に手をかけたんじゃねぇだろうな!」 親分の銀次郎が鬼の形相になって問い質した。 「沢村の。お柳は、いや、お柳さんは生きているはずだ。黒川にここで磔刑にされることになっちゃいたが、その前に出入りがはじまったし、黒川はああして死んでいることだし、どこにも姿がないお柳さんはきっと無事だと……」 「何だと! きっと、だと? 大事なお柳の生死を他人事のように言いやがって。よしっ、もういい。誰か、こいつの首を刎ねろ!」 「ま、待ってくれ、沢村の。い、命だけは助けてもらえねえかい?」 「世迷い言をほざくんじゃねえ! あの黒川泰三と並んであの世へ逝け!」 怒り狂った沢村銀次郎は、自らの長脇差を抜き放つと、寒風をスパっと断ち切ると同時に矢島辰造の首を冷たい地面の上に転がした。 何はともあれ、お柳の安否の確認が最優先である。銀次郎はじめ、死んだり傷を負ったりした十数名を除く沢村衆六十人余りが紅屋の内部はもとより宿場中をお柳探索に走った。しかし、翌一日をかけてもお柳の消息をつかむことが出来ず、やむを得ずに沢村一家は連絡係だけを大胡宿に残して東京浅草へ引き揚げたのだった。 それから一年が経ったが、沢村一家の懸命な捜索にもかかわらず、若親分銀次郎の想い人である「ツバメ返しのお柳」こと藤巻柳子の行方は沓としてつかめなかった。 さらに半年が過ぎた頃、気になる話が銀次郎の耳に届いた。薬の行商人がお国自慢のように話していたのだがこういう内容だった。 《富山の繁華な町筋に半年前から急に評判が高まった蕎麦屋がある。三十半ばの亭主が自らの手で打つ蕎麦の味も格別だが、三十路前の女将が類い稀な美貌をしているだけでなく愛嬌もよく客あしらいも卒がないものだから、いつも客でごった返している》 沢村銀次郎は早速、お柳の顔を知っている者を派遣したが、あいにく人違いだった。 更にまた半年が経ち、同じく北陸の片山津温泉の傾きかけた老舗旅館で色好みの客を集めて夜な夜な卑猥で扇情的な男女の床芸が披露されているという噂が広まっていた。 それを演じる男女のうち、男は苦みばしった顔をした三十半ばの大男、女の方は三十前ですこぶるつきの美人だという。しかも二人が演じる床芸は、男が真っ裸にした女を麻縄でギリギリ縛り上げてから交合に及ぶという生唾もので、被虐官能が昂ぶっていくにつれて恍惚として陶酔感に溺れていく女の顔の凄まじい表情の変化に客席は忘我に包まれるのだという噂だった。 この話も浅草まで伝わってきたが、お柳が上州大胡の紅屋で常に裸を麻縄で縛られたまま客をとらされていたことを知らない銀次郎も一家の者も聞き過ごした。 噂の夫婦者がお柳と三田村平治の二人であったかかどうかは定かではないが、結局、美貌の女侠客「ツバメ返しのお柳」が愛しい銀次郎の元へ戻ってくることはなかった。 『贋作・お柳情炎』 完結 |