北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
      
都筑大介 「一言居士のつぶやき」

    第8回 曲り角 (2010年2月17日掲載



 大山鳴動して鼠一匹、とはこのことか……。

 小沢民主党幹事長の政治資金に関する東京地検特捜部の捜査は、収支報告書の不実記載容疑で元秘書の石川衆議院議員と現在の秘書2人の計3人を同容疑では前代未聞の逮捕までしたが、小沢氏は不起訴にして幕を引いた。
 この一連の経緯を眺めていて、ボクが奇異に感じたことが二つある。


 一つは、表向きの容疑とは違い、裏献金事件として小沢氏逮捕を目論んでいたと思しき検察の捜査姿勢である。先入観や根拠の薄い予断に基づく捜査なら、人権無視の拷問によって冤罪を作った戦前の特高警察と変わらない。取調べ可視化も近い今、検察も旧い殻を脱ぎ捨てる曲り角にいる。

 もう一つは、検察に任せておけばいいことを大仰に取り上げている大手メディアの論調だ。彼らは「推定無罪、公正、人権、真実、客観的」という報道5原則を熟知しているはずなのに、小沢氏が不起訴になっても、黒に近いグレイだという感情的な論を張り続けている。記者クラブ制度廃止を唱える小沢氏と民主党に恨みがあるんだ、と思ってしまう。

 野党自民党も予算審議はそっちのけで政治資金問題追及一本やり。その進歩のなさにボクは呆れ、落胆している。
 今は決して平時ではない。不況脱出とセーフティネット再構築が急がれている時なのである。しかも、日本の人口は2005年の約1億2800万人をピークに減少に転じた。2050年に8000万人台、2100年には4000万人台に落ち込むと推測されている。その近未来への対処策も今から講じていかなければならない。


 ちなみに日本では、古代から明治維新までの間に3度、人口減少期があった。
 最初は紀元前3000年頃の縄文晩期で推計26万人が8万人に減少。狩猟採取文化は廃れ、稲作農耕の弥生期に移行した。
 次が政治の実権が平安貴族から武家に移る
12世紀で、700万人から600万人へ減少している。
 3度目は江戸時代中期から後期にかけて3200万人が2900万人に減少。士農工商制度は有名無実となり、商人の経済力が諸大名のそれを凌いだ。


 歴史人口学者によると、国や地域の人口は、
 社会システムの成長につれて増加し、
 成熟期を迎えるとその伸びは停滞し、
 その後減少に転じて新たな社会システムが生まれる
「波動」を繰り返し、減少期に新しい社会システムの種が出来るという。

 人口減少の直接的な要因は気候寒冷化・疫病の蔓延・政情不安など様々だが、その社会システムが持つ人口扶養力が限界に達したことが真因なのである。だから新しいシステムが必要になる。


 3300万人で迎えた明治維新以降、近代化と富国強兵策が爆発的な人口増加を招き、昭和初頭には7000万人を超えた。
 その勢いを駆って無謀な戦争に突入するのだが、当時の社会情勢を表すものに大政翼賛会が提唱した『新・女性健康美
10則』がある。

1、顔と姿の美しさ、それは飾らぬ自然から。
2、清く明るくほがらかに。心の動きは生き生きと。
3、言葉は優しくうるわしく。
4、食べよ、たっぷり。ふとれよ、伸びよ。
5、顔色つやつや、日焼けを自慢。
6、からだはがっちり、豊かな胸元。
7、からだの重みを支えて受ける大きな腰骨たのもしい。
8、働け、いそいそ、疲れを知らず。
9、眠れ、ぐっすり、夢見ずに。
10、姿勢正しく、さっさと歩け。

 今読めば、何とも滑稽で前近代的な標語だが、事実と異なる大本営発表とともに「産めよ、増やせよ」の世論操作が行われた訳である。そして戦争に敗れ、お仕着せの民主主義をまとって目覚しい復興を遂げ、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられた日本もバブルが弾けると経済力は弱まる一方。そこにいよいよ人口減少期が訪れたのが日本の現状だ。
 この国は今まさに曲り角に来ている。今こそ知恵を絞って未来設計をしなければならない、誰であっても興味本位に戯れている場合ではない、とボクは思うのだが……。


                           [2010年2月]