北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
      都筑大介 「一言居士のつぶやき」

     第12回 試練の時 (2010年6月16日掲載)



 6月2日、与党民主党の両院議員総会で鳩山由紀夫首相が自身の辞任と小沢一郎幹事長の同時辞任を発表し、梅雨空の日本列島に激震が走った。
 辞任理由のひとつは普天間基地移設問題。「国外、最低でも県外」に移す努力をしてきたがその思いは達成できず、連立を組む社民党に政権離脱という厳しい選択をさせてしまったこと。
 そしてもうひとつは政治とカネの問題。自分にも小沢氏にも政治資金規正法に関わる議論があったため、二人が身を退くことによって「よりクリーンな民主党に戻したい」とのことだった。


 それに対して「鳩山辞めろ」「小沢辞めろ」とネガティヴキャンペーンを繰り返してきた大手メディアは、小躍りして喜ぶと思ったら「途中で投げ出すのは無責任だ」と、まるで続投せよと言わんばかり。「鳩山=無能」「小沢=ダーティ」というマイナスイメージを高めて7月の参院選で民主党政権に大打撃を与える目論見が外れたからだろう。

 日を置かず副首相だった菅直人氏が後継首相の座に就くと、世論調査結果は大きく変わった。
 ともに
20%割れしていた内閣支持率と民主党支持率は、前者が66%に、後者は34%にと、政権交代直後近くまでV字回復。2トップが交代しただけで政策変更も何もないのになぜそうなるのか、ボクは大手メディアによる世論調査そのものに強い疑念を抱いた。

 そして今、沖縄と普天間基地に関する報道はほとんどなくなり、大手メディアは「菅氏による新体制は小沢氏の影響を排除せよ」と連日叫んでいる。どうやら政権交代を実現した小沢一郎という辣腕政治家を抹殺したいらしい。公正公平も疑わしい。

 普天間問題で鳩山首相の迷走を目の当たりにした国民は、日本の安全保障は沖縄の犠牲の上に成り立っていることを再認識し、その沖縄の苦渋を顧みず対米追従一辺倒の外務・防衛官僚に対して不信を募らせ、2006年日米ロードマップ合意の一部変更すら受け付けなかったと伝えられる米政府の姿勢に嫌悪感を抱き、大手メディアの報道を信用しなくなった、とボクは思う。
 事実、ネット世界ではそういう意見が大量に飛び交っている。


 一方、当の沖縄では「県内移設反対」運動がますますうねりを高くしている。その一部には、「沖縄からすべての米軍基地をなくしよう」という声のみならず、「日本から独立して400年前の琉球国に戻ろう」という奇想天外な声まで上がってきている。
 騒音被害に加えて米兵による事故と事件が毎年1000件も発生している沖縄の現実がこうした動きを後押ししている。この状況下で普天間の代替基地を「辺野古埼近辺および隣接する水域」に新設するのは至難の業に相違ない。


 ボクは、「辺野古への移設」に拘っているのは米政府ではなく日本側の旧勢力だと思っている。「脱官僚支配」と「政治主導」を目指す民主党政権を弱体化させたい官僚組織と自民党政権時代からの利権集団、そして彼らと密接なつながりを持つ大手メディアもそのようだ。
 この旧勢力は国の将来や国民生活よりも自分たちの既得権益を守ることを優先し、時計の針を前に戻そうと画策している。沖縄の叫びなど意に介さず、日米関係のあるべき姿をゆがめているとボクは思う。日本人の美徳である「思いやり」を忘れたこのような連中が今もって各界の指導層に居座っているこの国の現状がボクは恥ずかしい。


 辞任表明時に鳩山氏は「米国に依存し続ける安全保障をこれから50年、100年続けていいとは思いません。日本の平和をもっと日本人自身でしっかりと見つめることが出来るような環境をつくること、現在の日米同盟の重要性は言うまでもありませんが、一方でそのことも模索していただきたい」と語った。
 ボクたち日本人は試練の時を迎えている。


 前回このコラムにボクは、「(米政府には)普天間基地の機能は米国内に移転するというぐらいの思いやりを示してもらいたいものだ」と書いた。
「民意に反する無理を日本政府に強いて、もしも沖縄が発火点となって燃え上がってきた嫌米感情が反米感情に転化したらどうするのだろうか、と余計な心配までしている」とも書いた。
 その懸念は幸いにまだ現実にはなっていないし、決して現実にしてはいけない。菅直人氏率いる新生民主党政権が、この試練を克服するための道標を築き、大きな分岐点を迎えている日米関係をよりよく発展させていくことをボクは願っている。


                             (2010年6月)