北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
      都筑大介 「一言居士のつぶやき」

     第20回 春一番 
           (2011年2月16日掲載)




 暦の立春を過ぎた頃に南から強く吹く『春一番』は、毎年、冬の終わりが近いことと間もなく訪れる春の温もりを感じさせてくれるが、菅政権にとって今年の春一番は冷たい北風だった。
 2月6日に投開票された名古屋市長選と愛知県知事選において民主党候補者はともに地域政党代表にトリプルスコアの大差で敗れた。先の衆院選ではすべての小選挙区を制した民主党王国でのこの結果は、民意の民主党離れが加速したことを意味しており、4月の全国統一地方選挙で民主党の地方組織が壊滅的打撃を受ける気配が濃厚になった。

 

 今年の年頭会見で菅首相は、「平成の開国」「最小不幸社会の実現」「不条理を正す政治」の三つを国づくりの理念として掲げた。が、その意味するところは、米国の要請に沿ってTTP(環太平洋パートナーシップ)へ参加し、税と社会保障の一体改革で消費税を上げ、小沢氏に離党か議員辞職をさせるというのだから、ボクは呆れた。

 この菅直人という人は実に面白い政治家である。いや、おかしな政治家と言うべきかも知れない。
 去年の今頃、彼は鳩山内閣の財務大臣として「逆立ちして鼻血も出ないほど徹底したムダの削減をして財源を捻出する」と息巻いていた。ところが首相になった途端に「財源不足なのでマニフェスト修正も止むを得ない」と言い出し、その後も衆院選マニフェストに反することばかりしている。官僚依存しかり、天下り容認しかり、特別会計温存しかり、法人税減税しかり、メディア法改正見送りしかり。まるで既得権益を手厚く擁護してきた自民党政権時代に逆戻りである。

 

賢人が過ちを悟って改めることを『君子豹変』というが、それとは異なり、国民が政権交代に期待したことを忘れて権力維持にのみ汲々とする「カン違い政権」の様相を呈していては民意が離れるのも仕方がない。
 ましてや、主要閣僚が「政治主導などと言うべきではなかった」「政策マニフェストを支持して政権交代を選んだ人は少ない」等と暴言を吐くのだから、首相はじめ政権中枢にいる者たちの現状認識のお粗末さが推して知れる。

外交においても暴言のオンパレードだ。
 弱腰外交を批判されると「柳腰外交」なのだと詭弁を弄し、「中国は悪しき隣人」だの「ロシア大統領の北方領土訪問は許しがたい暴挙」だのとわざわざ言う必要のないことを言って関係をこじらせている。また、ねじれ国会対策のために与野党協議を提案しながら「協議に参加しない野党は歴史に対する反逆」と言ってしまっては身も蓋もない。政権担当能力に欠けると評価されても致し方なかろう。

 

その菅首相がガムシャラに参加しようとしているTTP(環太平洋パートナーシップ)協定は、人・モノ・サービスの例外なき関税撤廃が前提であり、2国間のFTAのように例外品目は認められない。
 つまり、TPPに参加することは関税自主権を放棄するのに等しい。
 しかも、農産物や製造品の貿易だけでなく、電気通信・情報・金融・知的所有権・製品標準化も含めて規制改革をしてグローバルスタンダードと称する米国基準に合わせることが求められる。言わば米国との完全な経済統合をするもので、基盤整備もせずに新自由主義経済を導入した小泉政権時以上の格差社会を生み出す可能性がある。

日本が参加した場合の日米両国のGDPと貿易量が参加国全体の90%を超えることを見ても実質的には日米2国間の協定であり、FTAでは埒が明かないと判断した米国が多国間協定を仕掛けてきているものだと思うのはボクの穿ち過ぎだろうか。
 関税自主権回復に60年もの外交努力を必要とした幕末1858年の不平等条約「日米修好通商条約」締結の二の舞になる公算が高い。
 ちなみに関税自主権を重視する韓国と中国は参加しない。

大手メディアは「TPPに参加すれば輸出が増えて日本は良くなる」「参加しないと日本は世界の孤児になる」などと参加を煽るばかりで、TTPの具体的な内容やマイナス要素については一切報道しない。
 そのメディアが血道を上げている小沢排除キャンペーンにしても、ウィキリークスが暴露した米国務省公電が鳩山政権時に鳩山首相ではなく菅財務相や岡田外相との関係強化に言及していたことも考え併せると、対等な日米関係を主唱する政治家ゆえに米国の意に沿う形で画策されたもののような気がする。

 それはともかく、現在、菅政権はセーフティネットなしの構造改革をやった小泉政権と同じ轍を踏もうとしている。国民との約束を反故にするだけでなく、日米関係を不条理な主従隷属関係へと深化させようとしている。
 その一方で現政権の目線が国民の方を向いていないことに気づいた人がネット社会を中心にして急増している。それが愛知名古屋の春一番を巻き起こしたのではないだろうか。政界再編への序章が始まったようだ。


                            (2011年2月)