北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
      都筑大介 「一言居士のつぶやき」


      第21回 「悪夢の春3月」
                 (2011年3月30日掲載)



 巨大地震と大津波は広範な地域に未曾有の被害を与え、福島第1原子力発電所の事故が大きな社会不安を巻き起こしている。3月27日現在、確認された死者と行方不明者は2万7千人を超え、その他に未確認の安否不明者が1万人以上、約25万人が避難生活を送っている。しかも原発の事故処理は一進一退を繰り返しており、2号機原子炉からの放射能洩れが明らかになってきて予断を許さない状態。まさに悪夢の春3月である。

政府の対応もひどい。2週間が経過した今も支援物資が被災地に行き届いておらず、避難所の高齢者に凍死者が出た。過度な交通制限がその一因である。また、福島県産と茨城県産の野菜と牛乳の摂取自粛通知が風評被害を生み、農家や酪農家が悲鳴を上げるだけでなく物資輸送の妨げにもなっている。関東地方でも東京電力の計画停電によって庶民生活が混乱し、飛来した放射性物質が水道水に混入するなど不安が募る日々が続いている。

 

この非常時になんと菅首相は野党自民党との大連立工作をしていた。全力で被災者支援と原発事故処理に当るべき時に自分の権力維持に走るとは情けない。おかしいのは官僚組織が機能していないこともそうだ。首相官邸から的確な指示が出ていないらしい。国民はこぞって助け合い運動をしているのに、司令塔である政府がこれではいかにも心許ない。

 震災と原発事故で息を吹き返したように見えた菅政権だが、命脈は明らかに尽きかけている。新年度予算はその執行を可能とする「予算関連法案」の成立に目途が立っていないから国民生活に直結する様々な問題が4月から噴出することは必定だし、首相自身も外相辞任の原因となった違法献金問題を抱えている。国会は一時休戦の震災政局だが、現実は「内閣総辞職か、解散総選挙か」と大きく揺れている。長引く不況にあえぎつつ言い知れぬ不安に襲われている国民にとって、政治と行政のこの体たらくは悪夢である。

 

話は逸れるが、米国務省のケビン・メア日本部長が昨年12月に沖縄研修旅行を控えた学生にした講義の内容も多くの日本人に、特に沖縄の人たちに過去の悪夢を思い起こさせた。沖縄の新聞社が2月末に報じた学生が作成した講義メモの問題部分はこうだ。

「日本文化は合意に基づく和の文化だ。合意形成は日本文化において重要だ。しかし、日本人は合意文化をゆすりの手段に使う。合意を追い求める振りをし、出来るだけ多くの金を得ようとする。沖縄の人は日本政府に対する誤魔化しとゆすりの名人だ」

更に「沖縄の人は怠け者でゴーヤも作れない」とまで言われては沖縄県民ならずとも怒り心頭に達する。結局、メア氏は更迭されたが、ボクは彼を(意外に正直じゃないか)と思った。彼は「日本人には本音と建前があり、言葉と本当の考えは違う」とも語っているが、確かに日本人にはそうした一面がある。しかし、それは日本人に限らず、米国政府要人も同じだとボクは思う。最近で言えば「TPP(環太平洋パートナーシップ)協定」への参加要請が良い例だろう。嘘はついていないがデメリットの説明は省いている。

また、メア氏は「日本は米国の犠牲によって利益を得ている」のだから米軍基地の存在と米軍駐留経費の一部を日本側が負担することは当然だとも語っている。これも一理あるとボクは思うが、日本の思いやり予算(米軍駐留経費の75%)が米国に多大な利益をもたらしていることは誰の目にも明らかである。その上に海兵隊のグァム移転費用の負担まで押し付けているのだから「米国は日本で非常に得な取引をしている」のは間違いない。

メア発言によって戦後のGHQによる占領時代の悪夢が今も続いているように感じ、日米関係は本当に今のままでいいのだろうかと考えてしまうのはボクだけではあるまい。

 

 話を本筋に戻して、日本の現状と将来を考えるとボクは暗澹たる思いに襲われる。

政治は混迷し、官僚たちは旧弊を省みず自己保身に懸命だし、大手メディアは自分たちに都合のいい印象操作報道を続けている。印象操作は物語作りであり、幾つもの事実の選び方と組み合わせ方で物語は変わる。情報の点と線の間を読者や視聴者に想像させて狙った認識を構成させる。情報の受け手は自分自身が見つけた新しい認識だと錯覚し、やがてその人の信念になる。メディアが結託して印象操作を続けると多くの国民は洗脳されてしまう。その結果、ある日突然に悪夢を見るような事態が引き起こされるのだ。

震災と原発事故に関する大手メディアの報道ぶりはまるで戦前の大本営発表垂れ流し同然で、とても事実を伝えているとは思えない。この国で起きる混乱の多くは大手メディアが原因であるような気がしているボクだが、それはともあれ、被災した方々の一日も早い生活再建と原発事故現場で命がけの努力を続けている人たちの無事を願っている。


[2011年3月]