北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
      都筑大介 「一言居士のつぶやき」

      第22回「花冷え」 
           (2011年4月20日掲載)




 桜の花が咲く頃に寒気が戻ってくることを花冷えというが、震災と原発事故がボクたち日本人の心に暗い影を落とし、春の陽気に包まれても心は花冷え状態だ。

 あれから1か月余り、マグニチュード5以上の余震が400回を超え、原発事故も収束の目途が立っていない。一方、被災者が身を寄せている各地の避難所への支援物資はやっと届き始めたものの行き渡らず、少なくとも6万戸必要な仮設住宅もわずか
36戸が完成したに過ぎない。1400億円を超える全国各地からの義援金もまだその一部すら被災者の手に渡っていない。
 政府はあれもやったこれもやったと言うばかりで実のある対策は何も見えない。

 
 そこに来て4月12日、突然、政府は福島第1原発の事故評価をチェルノブイリ並みの「レベル7」に引き上げた。ところが、「チェルノブイリと比べると放射性物質の放出量は10分の1であり、原子炉の爆発はなく、死者も出ていない」という。
 当然、「じゃあ、なぜレベル7なのだ?」という疑問が生じる。しかも、3月
23日から今の状態が続いているというのだから、事実を隠していた上に政治判断で高めに決めた可能性が高い。

 事故評価変更の前日、政府は事故原発周辺地域の新たな区分を発表している。原発から半径20q内の「立入禁止・避難指示」は変わらないが、「屋内退避」とされていた2030q圏と30q圏外の一部地域を「計画避難区域(1か月内に避難)」と「緊急時避難準備区域」に別けて指定した。風向きと地形によって放射性物質による汚染度が異なるというのが理由である。
 が、事故直後から毎日気象庁が行ってIAEAに報告していた放射性物質の拡散予測の公表を、政府は差し止めていた。国民の命にかかわる重要な情報を
410日の統一地方選が終わるまで隠蔽していたと非難されても仕方あるまい。

その統一地方選挙で民主党は大敗した。平均議席獲得率は15%で自民党の48%を大きく下回り、41道府県議会で第1党になったところは皆無だった。政権公約に反する政策をすすめ、失政をしても選挙で負けても誰も責任をとらない菅政権によって民主党への2年前の熱い支持はすっかり冷めてしまったようである。

 

 風評被害もひどい。
 放射能汚染の基準値を超えた農作物を公表することはいいのだが、「人体に直ちに影響はない」と言いながら出荷制限をするから疑心暗鬼を生む。
 しかも、県単位の大雑把な産地指定をするものだから、原発から遠く離れていて放射能に汚染されていない地域の作物もさっぱり売れなくなっている。

 また、放射能汚染水を海に流したことで漁業にも深刻な影響が出ている。法定排出基準濃度の100倍を超えるのに、政府も東京電力も「低レベル汚染水」と言い、「もっと濃いものとの相対比較」だと説明したのには呆れた。
 このままでは日本の台所を支えてきた東日本の農業と漁業は壊滅状態に陥る。

 

このような時の政権担当者には「身を捨てる覚悟」と「迅速な行動」が必要だとボクは思うのが、現政権の首脳たちは違うようだ。1か月が経つのに緊急事態に対応するための特別法案はまだ1本も国会に提出されていない。被災者救済と被災地復旧を本気で考えているのだろうかと疑いたくなる。
 国際的な信用を著しく損なった放射能汚染水の放出についても「近隣諸国や関係国際機関には事前に通告した」と言っていたが、事後通告だった。すぐにばれるような嘘を吐いてその場凌ぎをする姿はいかにも見苦しい。

震災後菅首相は、自分に近しい学者や専門家を15人も内閣参与として起用し、内閣府に20を超える〇〇本部や△△会議を作って緊急事態対応を諮問機関に丸投げしている。指揮系統は乱れに乱れ、官僚たちも右往左往している。それなのに首相自身は自民党との大連立を画策していた。
 震災と原発事故に遭った人々は必死に立ち上がろうとしており、国民はボランティア活動や義援金などで被災者を支えている。菅首相は、そんな国民や国のことよりも自分の政権の延命が大切なようだ。

 余りに腹が立つからはっきり言う。

「菅直人さん、己の能力の限界を悟って、然るべき人に首相の椅子を譲りなさい!」

 

ところで、ボクは今「地震酔い」状態である。
 座っていると横揺れを感じ、立っている時は足許が揺れているように感じる。四六時中そうなのだから余りいい気分ではない。専門家によると「脳が地震を記憶していて不安感や恐怖感が地震酔い症状を生じさせる」らしいが、「
65年も生きてきたのだからこの先いつ死んでもいいや」と思っているボクには不安も恐怖もない。とはいうものの、もしかするとボクの潜在意識は「嫌われても疎まれてもしぶとく長生きしたい」と思っているのかも知れない。
 いずれにせよ、身体は落ち着かず心が冷える春4月である。


[2010年4月