北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
都筑大介 「一言居士のつぶやき」
第25回「怒りと祈り」
(2011年7月20日掲載)
今月初め、ボクは東京から新幹線で約70分の避暑地・軽井沢へ行ってきた。避暑目的ではなく、友人が経営するレストラン&ライブハウスで開催された「中本マリコンサート」が目的である。
日本ジャズ界のトップシンガーである彼女は、大震災の被災地である宮城県仙台市で生まれ育ち、中学生の頃に東京に移って歌手の道に入っている。それだけに被災者への思いは深く、仕事の合間を縫って避難所慰問とチャリティ活動を続けている。
コンサートが終わって1時間余り、ボクはマリさんと歓談した。40年前にボクの結婚披露宴で彼女がゲストシンガーを務めてくれた縁があったからだが、話が震災のことに移ると彼女の顔が曇った。避難所を訪れた際の記憶が笑みを奪ったのだ。
避難所の人たちは彼女の来訪に感謝し大勢が熱心に歌を聴いてくれたが、その瞳には言い知れぬ悲しみと苦しみの色が滲んでいたという。不幸な境遇にじっと耐えながら勉めて明るく振舞っている人たちにマリさんは、「頑張ってください」というありきたりな励ましの言葉はかけられず、ただただ(この人たちが一日も早く平穏な暮らしを取り戻せますように)と心に念じて歌うことしか出来なかったという。その彼女がボクの目をじっと見つめて言った。
「遅いんですよ、遅すぎるんですよ、何もかも、政府のやっていることは……」
マリさんの言葉はボクが一瞬身じろいだほどの怒気を含んでいた。
本当に遅い、何もかも遅すぎる。
復興基本法は成立まで102日を要し、その細目はまだ決まっていない。復興構想会議の答申内容は具体性に欠け、復興税新設案だけが突出。震災直後に作られた20もの諮問機関は何をしているのか、その影すら見えない。
4か月が経過しても被災地の瓦礫はまだ70%以上が放置され、いまだ約10万人が避難所生活を強いられている。義援金も約2000億円がいまだに日本赤十字の口座に眠っている。
また、福島第1原発の事故処理にも目立った進展はない。
放射能汚染水の浄化循環装置が取り付けられたが、トラブル続きでまともに稼動していない。
原発周辺だけでなく50km以上離れた地域でも放射能汚染がすすんでいるのに除染に関する国の方針が示されないため、学校や個人が自分たちなりの除染作業を開始した。
出荷停止措置を受けた野菜農家の60代男性は「福島の野菜はもうダメだ」と呟いた翌日に首吊り自殺をし、酪農業の50代男性も「原発さえ無ければ」と壁に書いて首をくくった。そして原発事故で避難を強いられていた93歳の女性は「私はお墓に避難します」と置き手紙をしてこの世を去った。
「政府と東京電力よ、お前達の至らなさが悲劇を招いているのを認識しているのか!」
怒りに震えるボクだが、亡くなった方の冥福を祈ることしか出来ない自分が哀しい。
一方菅首相はといえば、与党幹部からも退陣を迫られて四面楚歌状態なのになぜか意気軒昂である。
自然エネルギー発電の買取りを電力会社に義務付ける「再生エネルギー促進法案」の成立を辞任条件だと匂わせ、
原発運転再開の要件として「ストレステスト導入」を打ち出し、
7月13日には唐突に「脱原発宣言」をした。
国のエネルギー政策の大転換を閣内や与党内での議論もせずに独断で発表するものだから翌日官房長官が「首相の希望を述べたもので政府の決定ではない」と打ち消す始末だ。
ボクが見るにどうやら菅首相は、国民受けする政策課題を次々と花火のように打ち上げて解散総選挙の機会を窺っている様子だ。自身の延命に腐心するばかりで震災と原発事故の被災者を顧みないその姿勢にボクは憤りを感じる。
俳人の長谷川櫂さんが短歌形式で「かかるとき かかる首相を戴きて かかる目に遭う 日本の不幸」と世相を詠んでいるが、まさに当を得た表現だ。
とはいえ「脱原発」は、それが本当に実現に向かうのならば大歓迎である。が、決して容易なことではない。
原発産業の裾野は実に広大である。用地選定から運転まで20年、運転は最長60年、そして廃炉に20年を要する。
その間膨大な数の人と企業にカネが絡み、官僚は天下り先を確保し、自治体は特別交付金で潤う。国民が払う電気料金という安定した収入を100年の長きに亘って関係各所で分け合う「政官業の共存共栄システム」が原発産業なのである。
原発のみならず至るところに利権複合体が存在しているのが現在の日本の状況であり、利権集団が既得権益を守ろうとする執念は凄まじい。
その状況を変革しようとしたのが、「国民の生活が第一」という民主党の政策理念だった。しかし、官僚組織に取り込まれた菅政権がぶちこわしてしまった。国民の期待を裏切った彼らの罪は重い。
ことほど左様に立腹ばかりしているボクだが、今はもう、震災被災地の速やかな復旧復興と早期の原発事故収束に加えて民主党が政権交代の原点に戻ることを祈るのみである。
[2010年7月]
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