北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
都筑大介 「一言居士のつぶやき」
第30回「夜明けはまだか」
(2012年1月18日掲載)
正月元旦の午後、東北から関東そして近畿に至る太平洋岸全域が不気味に揺れた。東京から南へ約600kmの鳥島近海が震源で、深さは370km、推定マグニチュード7の大型地震だった。
遠く深い場所での発生だったので最大震度は4にとどまったものの、波乱と激動の年を感じさせるに十分な揺れだった。
日本列島は大陸プレートと海洋プレートの境界に位置しているために、古来、火山噴火や地震と津波が多かった。
それゆえ日本人は自然と対決することを避けて、むしろ自然と絡み合うように生きてきた。繰り返される天災が「忍耐強く、いかなる状況からでも立ち上がる国民性」を形成してきたのである。言わば災害と復興こそがこの国の歴史の主軸なのだ。
ところが今の政府の対応にはそうした認識が欠けているとしかボクには思えない。口では「東日本大震災からの復旧・復興が最優先課題だ」と言うが、行動が伴わない。
今後5年間の復興予算を18兆円としたが、その財源確保のための議論にかまけて、予算の執行は滞っている。だから被災地には震災から10か月が経った今も瓦礫の山がうず高く積まれているし、復興計画策定はおろか復旧作業すら遅々としている。
政権が民主党に移って以降の2年半、ボクは官僚たちのしたたかさを改めて痛感した、とりわけ財務官僚の狡猾さを。
菅前首相が一昨年夏の参院選前に消費増税を口にしたのも野田現首相が「不退転の決意で消費増税法案を成立させる」とのたまっているのも財務省の振り付けであろう。
しかも「法案提出前に選挙で民意を問う」のではなく「法案を成立させた後、増税実施前に選挙で民意を問う」というのだから、政権が潰れても増税法案は生き残る。民主党政権は財務省の手のひらで踊っているようなものだとボクは思う。
時代が大きく変わっても官僚たちは従来からのやり方を変えようとはせず、一度得た利権は決して手放そうとはしない。だから「特別会計を廃し、国の予算全体の枠組みを変える」ことに頑強に抵抗した。
政権交代後3か月で翌年度予算を組まなければならなかった鳩山政権は、麻生自民党政権の予算に上乗せして民主党の政策実現の予算を組んだ。財務省の巧みな誘導である。
結果、予算規模は10兆円も増えた。
しかも、野党自民党や大手メディアのバラマキ批判によってマニフェスト実現にほとんど使えず、その大半は「一度予算を組んだら年度内に使い切る」官の掟に従って官僚に食いつぶされている。
つまり官僚たちは、毎年10兆円の利権予算を新たに手にした訳である。それでいて財務省は二言目には「カネがない、増税しかない」と言う。
ならば聞いてみたい、「日本人が汗水流して稼いだカネはどこに消えて行ったのだ」、「1千兆円もの国の借金は誰が作ったのだ」と。
哀しいことだが、ボクが見るに、与野党を問わず今の政治家の中で国の将来ビジョンを語る者と本気で震災復興をやり遂げようとしている者はごく少数である。官僚も同様だ。自分たちの既得権益を守ろうとしてばかりいる。
自分の身を削るつもりがないから、議員定数削減も公務員給与の引き下げも特別会計の見直しもすべて先送り。
にもかかわらず、国民に痛みを強いるスケジュールだけは次々と決める。
今年は子ども手当の半減、住民税の扶養控除廃止、厚生年金保険料アップ、公的年金支給額の減額が行われる。来年になると所得税の増額、再来年は住民税の増額が始まる。加えて、現行5%の消費税を3年後に10%に上げるという。
ところが、野田内閣肝いりの「税と社会保障の一体改革」の素案を見ると、消費増税による約13兆円の増収のうち社会保障に当てられるのは3兆円弱にすぎず、あとの10兆円余りは赤字財政の穴埋めに使うのだそうだから、ボクは呆れ返っている。
菅政権以降、民主党は政権交代の原点を忘れ変質してしまった。政権交代時に国民と約束したマニフェストをことごとく反故にし、マニフェストになかった消費増税に邁進している。
それを大手メディアが「増税やむなし」と煽るのだから始末が悪い。この国の政治は狂ってきているようだ。遠からず政変の予感がするのはボクだけではあるまい。
原発についても触れておかなければなるまい。
野田首相は、昨年12月16日、事故原発は「冷温停止状態」になったと発表し、「オンサイトでの事故は収束した」と宣言した。原子炉はメルトダウンしており、放射性セシウムの拡散も続いているのに、である。
原発事故が福島の人たちの絆を分断して流浪の民を生み、放射能の恐怖が国民の間に新たな差別感情を生んでいることなど意に介していない。なるほど、復旧・復興が進まない訳である。
今、日本人は完全に自信を失っている。明日への不安が満ち溢れ、将来の夢も希望も持てない社会、それが今の日本だ。
なぜそうなってしまったのか?
官僚に迎合して一億総思考停止状態に誘導してきた大手メディアの責任は重い。
皆が目覚めて、心の地表に明るい陽射しが降り注ぐ日が来ることを祈る日々である。
2012年1月
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