北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
都筑大介 「一言居士のつぶやき」
第31回「官僚の壁」
(2012年2月15日掲載)
<はたらけど なほはたらけど わがくらし 楽にならざり ぢっと手を見る>
明治後期の歌人・石川啄木が当時の世相を憂えた歌だが、それから100年余り経った今の日本を啄木が眺めれば同じ歌を詠むに違いない。ワーキングプアーと呼ばれる若い世代、労働者の3分の1にまで増えた非正規社員、定年を前にリストラされた中高年。彼らの大半は「じっと我が手を見て」先の見えない不安に苛まれている。
消費税が3%から5%に引き上げられて長期不況に突入した1997年以降、民間サラリーマンの平均年収は下がり続けている。その一方で民間より5割高かった役人たちの平均年収に変動はなく、官民格差は年々拡がる一方である。
にもかかわらず震災復興財源の捻出を理由に、所得税は向こう25年間、住民税は向こう10年間、上乗せ増税される。加えて年金の保険料は年々上がるのに支給額はカット、支給開始年齢も引き上げられそうだ。
その上「社会保障と税の一体改革」と称して消費税を現行の5%から10%に引き上げるというのだからまさに庶民は踏んだり蹴ったりである。
その消費増税5%による増収分約13兆円のうち社会保障費に充てられるのは3兆円弱であとの10兆円は財政赤字の穴埋めに使うのだから、増税される国民は政府のムダ遣いの尻拭いをさせられるようなものだ。これが本当にあの民主党なのか、とため息がこぼれるのは決してボクだけではない。
2009年総選挙で民主党は、政治主導による「国の統治機構を大転換する改革」を訴えて政権の座に着いた。特別会計の廃止、国家予算の大幅な組み替え、官僚の天下り根絶、公務員人件費削減、地域主権を実現する地方交付金の一括支給、歳入庁創設などによって行政の無駄を徹底的に省き、それでも足りず消費増税が必要な場合は選挙で民意を問う、というものであった。
ところが、官僚の術中に嵌った菅政権以降はマニフェストをことごとく反故にし、デフレ脱却と景気浮揚の政策はそっちのけで、マニフェストになかった「消費税の増税」と「TPP参加」に向かって邁進している。
げに恐ろしきは「官僚の壁」である。彼らは自分たちの権益を侵害する改革を何としても阻もうとしている。
財務省は事あるごとに「日本の借金が1000兆円を超える」と財政危機を訴え、それを大手メディアがオウムのように繰り返し喧伝している。が、借金の内訳を調べてみると増税するための方便であることがよく判る。
元財務官僚の経済学者によると、財務省が言う「日本の借金」には地方自治体が発行した公債が含まれており、企業でいえば運転資金にあたる短期借入金などを除く本当の「国の借金」は国債発行残高691兆円。そのうちの建設国債は明確な返済計画が立っており、財政破綻の要因となる借金は返済目途のない赤字国債391兆円(2012年3月末)のみだそうだ。一方、政府保有資産は647兆円。そのうち換金可能なものが324兆円あるという。
勿論、どんな形であれ借金が多いのは好ましいことではない。しかし、その詳細を知れば財政危機の深刻度は薄れる。だからこそ円は信頼され、円高が続いていると解釈することもできる。が、財務省に加担する大手メディアがこうしたことを懇切丁寧に報じることはない。
ボクに言わせれば、そもそも借金を増やしてきたのは官僚たちなのである。
この国を企業にたとえてみれば、年間の業務計画は経理部が作成し、それをチェックする経営陣は社内事情にうとい社外取締役。各部門は経営陣の目の届かない特別金庫を持ち、それぞれに子会社や系列会社を作って自分たちはそこに天下りしていく。こんな会社が健全経営できるはずがない。
国の予算はおおよそ一般会計92兆円と特別会計210兆円で成り立っているが、一般会計のうち直接支出は41兆円、残り51兆円は特別会計に繰り入れられる。その特別会計に剰余金が発生しても一般会計への繰り戻しはしない。
国債の利払いなどがあってそう簡単にはいかないが、この特別会計繰り入れがなければ落ち込んだ税収40兆円でもほぼ賄えるという計算になるし、特別会計にメスを入れて事業の改廃をすれば財源が出てくるという理屈が成り立つ。
無尽蔵とは言わないが、埋蔵金は豊富にあるはずだ。
要するに官僚たちには予算や事業を「削る」「やめる」という勇気がないのだ。過去の過ちを認めたくない意識が強く、天下っている先輩官僚や自分たちが先行き得る権益を確保することにのみ腐心している。国や国民のことは眼中にないと言っても過言ではない。だから、カネが足りなくなれば増税に走るのである。
今の民主党野田政権は官僚主導で国に金を集め、官僚の権限をさらに強化しようとしている。この現状は官僚機構が硬直化・身分化していた旧ソ連と酷似してきており、このままでは遠からず日本は衰退するに違いない。この国にとって急務なのは「官僚の壁」を打ち壊すことだと痛感する今日この頃である。
[2012年2月]
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