人は己を守るために嘘をつく
人は他人を守るため嘘をつく
人は他人を欺く
人は己を欺く
嘘は必要悪だ
だが、嘘をつくことが常態化した世界は
ひどく、病んでいる
嘘に取り付かれたこの世界に、幸あらんことを…
序章 崩壊
意識を集中して彼女の周りを見れば、わずかながらも赤い光が見えた。
彼女は苦悶の表情を浮かべながら、光をたぐり寄せようとしている。
だがそれも一瞬のことで、彼女はへたりと座り込んだ。
小さなはじけるような音とともに、赤い光は拡散し消え去っていく。
「クシィ…」
彼女が、疲れきった顔で私を見た。
そのあとに続く言葉はいつも同じことだから、想像がつくし、聞きたくもない。
「やっぱり、私には無理だよ…もう、いいよ、稽古してくれなくても」
「そういうわけにはいかないわ」
できるだけ冷たくならないように言って、私は彼女を立ち上がらせた。
「あなたはいずれ、この城を守っていかなくてはいけないでしょう?
王家の血を引いているのだから、輝術は必ず使えるようになる。だから、さあ…」
そう促せば、彼女はいつも稽古を再開していた。
しかし、今日は立ち上がっただけで再び挑戦しようとはしなかった。
「ルファ…?」
「いや」
短く拒否の意思を示したルファは、また座り込んでしまった。
落ち込んでいるのか。それならば、下手にあれこれ言うのは良くないだろう。
私はそう判断して、気が向いたら練習を再開するようにとだけ言って「修練の間」から立ち去った。
私たちの国シャイナは、小さな島に存在する小国だ。
遠く離れた地には大陸があり、他の国が栄えているという話も聞くが、交流は完全に無い。
人々はほとんどが城に住み、王族の生み出している結界の恩恵を受けている。
シャイナ国の姫君ルファも、ゆくゆくは結界を守る輝術士にならなくてはならない。
しかし、14になった今でも、初歩の術すら使えないのだ。
そこで、城の親衛隊のなかから、教育係が選ばれた。
「今日もダメだったのね」
親衛隊の控え室に戻ってきた私を見るなり、先輩のエルが苦笑した。
「かなり、追い込まれているみたいで、やりたくないって…」
「クシィも追い込まれているみたいだけど?」
「え?」
先輩の言葉が私の表層を通り過ぎた。実感が無くて、一瞬では理解できなかったのだ。
「そう、顔に書いてある。教育係だけじゃなくて、他の仕事もしてみない?
私たち、これから近くの洞窟に探索に行くよう命令が出たところなの」
確かに追い込まれているのかもしれない。
私に、先輩の誘いを断る理由は無かった。
国の人々は城から出ることも少ない。出たとしても、遠くへは行かない。
だから、島全体を知っているものはおそらくないだろう。
それは良くないと判断した現王ベルは、時折調査隊を出していた。
それに私は参加させてもらうことになった。
城から北へ進むと深い森になっている。
「で、どこが近くの洞窟なのか…半日かかる場所が王にとって近くなのかい?」
親衛隊の中で、黒騎士と呼ばれるエッドが吐き捨てた。
黒騎士とは、言葉に礼がないと隊長がつけた呼び名である。
エル先輩が眉をひそめた。
「この程度で弱音を吐くわけ?任務が簡単なもののはず無いでしょう」
「ふん、俺は、王の言い回しを指摘しただけさ」
エッドはそういいながら、剣を抜き軽く振って見せた。
いつの間にか近づいていた大きな昆虫が悲鳴のようなものをあげて絶命した。
その亡骸を見つめ、たしなめるようにアール先輩が言う。
「エッド。もうすこし様子を見るべきではありませんでしたか?」
「いつも思うんだが、馬鹿かあんたは。怪物の命を尊重する必要がどこにあんだよ」
「こちらに敵意が無ければ動物と変わりないでしょう」
私はその口論をぼんやりと見ていた。
「先に攻撃されたらどうするんだ、後手に回ったほうが不利なんだよ。
そんくらい、あんただってわかってるだろうに。今日は戦いなれしていないヤツだっているんだしさ」
それが、自分のことだと気がついて、私は我にかえった。顔がこわばったのがわかる。
「ま、誰だって、はじめてなことはあるんだからな」
「エッド…」
別に責められたわけではなかったのか。安心して私がつぶやくとエッドが無表情で近づいてきた。
なんだろう、と思ったら、頭をぐいと押さえつけられた。
「『先輩』をどうして俺にだけつけない?つーか、地位は俺がこの中で一番上なんだが!?」
「一番年下だから」
「年齢で決めてるのか。ちっ」
私が間髪いれずに答えると、おもしろくなさそうに彼は先頭へ戻っていった。
洞窟に着いた頃には、日が傾き始めていた。
「困りましたね。どこかで休みたいのですが、どうしたものか…」
アール先輩は洞窟の入り口付近をうろうろした。
「まあ、ここまできて、特に襲われもしなかったし、野宿でも大丈夫そうだけど?」
エル先輩は言いながら、すでに壁にかこまれた場所で休むと決めたらしく、準備を始めた。
エッドは休憩場(仮)の出入り口付近に腰を下ろした。
「…仕方ありませんね。私とエッドで見張りをしますか」
アール先輩が言うと、
「エルにもクシィにも見張りには入ってもらう」
エッドが不機嫌そうに言った。
前半の見張りはエル先輩とエッドに任せて私は休むことにした。
「短時間しか休めませんからね、早めに寝るんですよ」
と、アール先輩は言ってすぐに目を閉じてしまった。
少し、話がしたかったので寂しかったが時間がないのは確かなので私も目を閉じることにした。
けれど、隣で先輩が寝ているのかと思うと、緊張してなかなか寝付くことが出来なかった。
夢を見た。
城に置いてきたルファ王女が図書室にいる。
懐から古ぼけた鍵を取り出して、図書室の奥の戸をあけた。
その奥にも書物が大量にある。ルファは何かを必死に探している。
彼女が手にした書物には、輝術の近道と書かれている。
それを手にして安堵した彼女の表情は、書物を開いたとたん、恐怖の色に染まる。
書物からは黒い、なんとも表現しがたいものがあふれだして…
私は飛び起きた。
汗をぐっしょりかいているのがわかる。
表に出ると、エル先輩が心配そうに私のほうを見た。
それに答えることも出来ないまま、私は汗を拭き、顔を洗った。
それでも、気持ち悪い感じは取れず、小さく震えた。
エッドが、また眠れ、と言った。
私はそれが何を意味するかも考えられぬまま、言葉に従い、また眠りについた。
私が目を覚ますと、夜が明けていた。
私の横ではエル先輩が寝息を立てている。
はっと、見張りのことを思い出した。
外に出るとアール先輩が立っているのが目に付いた。
「おはようございます…」
見張りを忘れていたことがあって、申し訳なくて声が小さくなる。
アール先輩はにこりと微笑んだ。そして、近くで座り込んでいるエッドの方を見た。
「あとで、エッドにお礼を言っておくのですよ」
エッドは、ずっと見張りをしてくれていたからであろう、座ったまま眠っていた。
私は、申し訳なさと、感謝の気持ちと、お礼を言ったときの彼の反応への不安で頭がいっぱいになった。
朝の支度を私がしていると、エル先輩が起きてきた。
「お、いいにおいじゃない」
「それくらいはやってもらわないとな」
先輩の言葉とともにきつい言葉が降ってきた。いつのまにか、エッドも起きていたようだ。
しかも、いつのまにか私の後ろに立っている。
私は一瞬あっけにとられたが、タイミングを逃さないうちに言っておいた。
「昨日は、ごめんなさい。ありがとう」
「ふん」
何を言われるだろうと、自然と身構えていたのにエッドは背を向けて去っていった。
「なんか…拍子抜け」
思わず、口に出してしまうぐらい拍子抜けしてしまった。
朝食の後、私たちは洞窟へ足を踏み入れた。
「かなりの湿度ですね」
アール先輩の言うとおり、かなりじめじめしていた。
気温は暑いわけでも寒いわけでもなかったが、かなり不快である。
「苔で壁面が緑色になっている。さわるとぬるぬるして気持ち悪いわ」
「触らないほうがいいでしょう。どんなものかわからないのですから」
先輩たちの話を聞きながら、私は疑問を口にした。
「王は、なぜここの調査を命令したのでしょうか?調査するところなんてたくさんありそうなのに…」
「ん、エル。クシィに経過を説明していなかったのですか?」
アール先輩に言われ、エル先輩は少しあわてたようだった。
先輩は少し考えていたようだったが、ひとりで頷いたあと、私のほうを見た。
「エータさんがね、この地域一体を調査してくださっていたの、知ってる?」
「え、師匠が?」
師匠は、私に戦闘技術を叩き込み、城の親衛隊に入る手はずも整えてくれた、いわば私の父親代わりである。
城には住まず、西の森で研究をしていると私は思っていた。
「エータ様は、お一人で島の調査をされているのですが…」
「ここはスライムが出るから調査できなかったんだと」
「は?」
私は絶句した。そういえば師匠は、食事のときゼリー状のものを子供のように嫌がった記憶がある。
先輩方がいいづらそうだったのはそのためだと納得した。
なんと返事をしたらいいか、困る。
「だから、言わなかったのよ…」
エル先輩がつぶやくと、アール先輩はすみませんと謝っていた。
急にあたりが殺気に満ちる。私たちは身構えて辺りを見回した。
すぐにその正体がわかる。
頭上から大量のスライムが降ってきたのだ。
「噂をすれば何とやらですね」
「やっぱりさっきの会話は失敗だったのよ」
「ふん、所詮はスライムだろうが」
みなで輝術を唱える。
人によって扱える属性が違っており、エル先輩と私は黄色の光から派生する雷の術を放った。
エッドは赤い光を収束させ、炎を剣に宿してスライムをなぎ払う。
アール先輩の術は厳密には輝術とは違う、人の気を使う技と言われているものだ。
彼の周りに大きな白い光のうねりが見える。
「エネラメ!」
「おいおい!あんた、最強の…」
エッドの罵声は爆発音で最後までは聞き取れなかった。
「げほっ、げほっ…やっぱ、あんたは馬鹿だろう!洞窟が崩れたらどうするんだ!」
怒り心頭のエッドにアール先輩はひたすらに頭を下げていた。
「すみません、あの数だったので一気に殲滅しなくてはと思い…光を高めすぎました」
「あーあ、ヴィーさんを連れてくるべきだったわね。彼なら、いくら数が多くても凍らせてしまえるもの」
「あいつが半日も歩くのは無理だ」
親衛隊で一番の輝術士の話をしながら、私たちは洞窟が崩れていないか確認をした。
「これをどう思う?」
進行先を見るようにエル先輩が促した。
「行き止まりですね」
「アールが壊して塞がったか、本当に行き止まりか…」
「クシィ、なにか感じます?」
アール先輩がなぜ私に尋ねるのか不思議に思いながらも、私は意識を集中させた。
何も見えなかった。
けれど、突然圧迫感を感じた。まるで、目の前になにか大きなものが出現した感じだ。
「きゃっ」
集中が解かれて、しりもちをついてしまった。
「ちょっと、大丈夫?」
「ええ…」
エル先輩が私を立たせてくれている間に他の二人は身構えていた。
行き止まりをにらみつけているのが感じられる。
「よくも、ボクの子供たちをー!」
そして、巨大な緑色の物体が姿を現した。
「スライムか」
「スライムですね」
「スライムだわ」
目の前に現れたそれが、まさに先ほど感じ取ったものだと私が納得している間に、
他の3人は同じ感想を持ったらしい。
緑色の物体は、巨大なスライムだった。
「先に仕掛けてきたのはそちらでしょう」
アール先輩は冷たく言う。エッドがあきれたようにつぶやく。
「敵意を持っていたら、ホントに容赦ないなあんた。極端すぎ」
「お前なんか嫌いだー」
スライムがアール先輩を襲う。先輩は避けようとはしなかった。
突如白い光が立ち上がる。とても冷たい印象を覚えた。
「エナルス」
気輝術最強の攻撃力をもつ術の名を先輩が口にしたとたん、スライムは砕け散った。
私は突然めまいに襲われた。
遠くで、エッドがアール先輩を皮肉っているのが聞こえる。
立っていることもできずにひざを突いても頭の中がぐらぐらして気分が悪い。
どの体勢になれば自分が楽かわからない。
3人が私の様子に気付いてくれたのか、駆け寄ってくるのが見える。
意識が遠くなっていく中で、私はルファの泣き声を聞いた気がした…
ぼんやりと意識が戻ってくる。
目に映るものはぼやけていたが、徐々にはっきりしてくる。
…石の天井だ。
私が起き上がると、エル先輩が駆け寄ってきた。
「よかった。気がついたのね」
「…私、どのくらいの間、横になっていたんですか」
見張りをしていてくれていたのだろう、少し離れたところにいたアール先輩とエッドもこちらへやってきた。
「一晩ですね」
「…お前、外回りに向いてないな」
優しいアール先輩の声とは対照的な、責めるようなエッドの言葉に私は返す言葉がない。
「エッド!…とにかく、戻りましょう、城へ。王へ報告しなくては」
エル先輩の言葉に、私を含む三人はほぼ同時にうなずいた。
城までの道は、行きよりも長く感じた。
疲れているせいよとエル先輩は言ったが、それだけではない気がしてならない。
二晩連続で、気分の悪い夢を見た。そのせいで胸騒ぎがするのだと感じた。
城が望める場所まで進んできたとき、私は足がすくんでしまった。
どす黒い、また血なまぐささを感じる気で満ちているのが見えたから。
「クシィ…大丈夫ですか」
アール先輩が言った。他の二人も口々に続ける。
「俺にはなにも見えないが…ヤバイ気がしてならないな」
「私も」
アール先輩は私を支えてくれた。また、倒れそうになっていたのだろうか。
「クシィ、どんな感じがするか…言い難いとは思いますが、教えてくださいませんか」
私は今どんな表情をしているだろう。頭の隅でそんなことを心配しながら出来る限り今の感覚を伝えた。
アール先輩の表情が曇る。
「まさか!?」
エル先輩は声をあげた。いったい、どうしたというのだろう。
エッドにいたっては、目をぎらつかせこちらを睨みつけた。
「話しこんでる場合じゃねえだろう!戻るぞ!」
「待ってよ、いったい何が起こっているの!?」
いらだっているのは様子でわかっていた。それでも私には心当たりが無かったのだ。
しかしエッドは舌打ちをするだけ。代わりにアール先輩が問いに答えてくれた。
「偽りを司る邪獣、ヴァイザが蘇った可能性が高いですね」
「え? それって物語ではなかったのですか!」
ヴァイザ。 偽りの魂と物質を支配する力を持つもの。
己の分身を際限なく生み出すもの。
触れた物質を思いのままに変貌させるもの。
血液を媒体として生物をも意のままに操るもの。
五つの人の力によって、遠い地に封印された…
…シャイナ国に伝わる伝説、そう私は教わっていた。
「あまりに人に恐怖を与える存在だからね。実話だって知っているのは親衛隊くらいなのよ」
「クシィにも、ゆくゆくは教えるつもりだったんですけどね」
走り出しながら先輩たちは続けた。
「そんな…」
私も続いて走りだした。不安で胸が押しつぶれそうだ。
「最悪の事態、覚悟しておけ。それだけの相手だ」
エッドはいつになく低い声でつぶやき、先を走っていった。
どす黒い気で行く先が見えないと思った。
城の正面まで来ると、はっきりと血の臭いがした。
城まで戻ってきたのに、皆、足を止めて、何も言わなかった。…言えなかったというべきだろうか。
「どうする?」
沈黙を破ったのはやはりエッドだった。
にもかかわらず、再び流れる沈黙。
「手を考えるだけ無駄。このまま突入して王のご無事を確認しよう」
ようやくのアール先輩の言葉は普段の口調では無くなっていた。
「失礼、確認しましょう」
「先輩、どうしたんですか?」
すぐに訂正する先輩。私は聞いてはまずいかともしれないと思ったが、気になってわけを尋ねた。
けれど、先輩はなんでもないですと言うだけだった。
「だとさ。ここで止まっていてもいい方向にはならないぜ。行くぞ」
急かされて、エッド、エル先輩、私、アール先輩の順で城内へ向かう。
城内へ入るとそこは大ホールである。ホール中央へ到達すると360度、全方向から殺気が浴びせられた。
広いホールが憎らしく感じる。
「早く行きましょう」
殺気に物怖じして立ち止まりそうになるが、先輩の声でなんとか先へ足を進めた。
やがて、無事にホール奥の階段を上りきり、急いでそのまま王座へ向かおうとした。
なのに、先ほどまで聞こえていた息づかいが聞こえない。
「先輩?」
後ろを振り返ればアール先輩は、階段のちょうど中間地点にいた。それを見て、頭の中が真っ白になる。
「なにしているんですか!早く来てください!」
アール先輩は振り向く。なぜか、微笑んでいた。思考が停止し叫ぶ私とは対照的に、静かに微笑んでいた。
「私に構わず行きなさい。殺気の主たちは最後まで私が食い止めます」
「なに言っているんですか!あの数なら、いくら先輩でも…!」
「4人共倒れよりはいいでしょう。王を守るのが私たち臣下の役目。
貴方たちは王を守りなさい。私は喜んでその手助けをしますよ」
「でも!」
納得がいかない、するわけにはいかないと意思が頭の中をめぐる。そこへ冷たい声が割り込んだ。
「見ろよ」
ホールの周りから殺気をまとった者たちが姿を現した。
それは、良く知っている城に勤める人々であった。
「なんてこと…親衛隊まで、いるなんて」
エル先輩の声は恐怖からなのか、感情がこもっていないようであった。
エッドの冷たい声は続く。
「最悪、城の連中は全滅。みんなヴァイザの操り人形になっている。
一刻も早く王と姫の無事を確認しないといけない」
「全滅かもしれない!?それだったら…」
いまさら行っても手遅れでしょう。だったら、先輩が犠牲になる必要余計に無いじゃない! …そう思った。
けれど、最後まで言わせてもらえなかった。エル先輩に叩かれて。
「今、なんて言おうとしたの?」
エル先輩の瞳の色がいつもと違う。そう、明らかに怒っている。
「アールの言うとおりなんだよ。王を守ること。それが、俺たちが最優先にすべきこと。
親衛隊になったときに、誓っただろう?」
エッドが、言った。
アール先輩は戦い始めた。私はむなしさで涙があふれてきた。
エル先輩がそっと私の手を取って歩き始める。もはや、私は抵抗も出来ず先に進むしかなかった。
王座に、王の姿があった。普段と変わらないように見えた。
「王、ご無事でしたか」
エル先輩が声をかける。
「戻ったか。だが、今は報告を聞いている場合ではなくなってしまったな」
「ええ、残念ながら。護衛いたします、脱出いたしましょう」
エル先輩は隠し通路を開き、王の円滑な脱出の準備を始めた。
「今朝、ルファがな…はじめて私に手料理を振るってくれたのだよ」
そんな何気ない話をしながら王が腕を上に掲げる。
次の瞬間、巨大な火の玉が天井を焦がした。
「!?」
エル先輩が血相を変えて振り向く。
王の腕から血が滴っていた。エッドが剣を抜き放ち、王へ剣先を向けていた。その剣も血に濡れている。
「お前の相手は、俺だ」
「エッド!」
エル先輩が悲鳴に近い声をあげる。私は、もう、動けなくなっていた。おそらく絶望感のために。
「エル、わかっていただろうが。お前はそこで腰抜かしているクシィ連れて、姫を探せ。ここは俺がやる」
エル先輩は首を振った。
「どうしてよ。最後まで残るべきなのは親衛隊一のあなたでしょう!?」
エッドは不敵な笑みを浮かべて見せた。
「そう、俺は親衛隊一の力を持っているといわれていた。前から試してみたかったのさ。
最強の輝術士と俺、どちらが上なのか」
エル先輩はもう一度力なく首を振った。
そして私の元へ歩み寄り無理やり立たせると、また腕を引いて歩き出した。
ルファの部屋に着くと、泣き声が聞こえた。
部屋の隅でルファがうずくまり泣いていた。
「ルファ」
呼びかけるとルファはびくりと動いた。ゆっくりと顔を上げる。
「クシィ…エルさん…?」
エル先輩と私は顔を見合わせる。果たしてこのルファは本当のルファなのか。
「本当に…?」
ルファも同じ考えなのか、そうつぶやいた。
エル先輩が言う。
「本物よ。といっても、私たちも貴方も、証拠がないけどね」
「本物さ。私が証明しよう」
先輩の声に若い男の声が重なった。とたんに部屋に満ち溢れる黒い気配。
ルファが奇声に近い悲鳴をあげた。
「私の攻撃で絶命することができる…それが本物である証明になるはずだ」
「だめ、やらせないっ!」
エル先輩が叫ぶとともに先輩から黄色の光があふれ出した。
何が起きたのか、と思ったとたんめまいのような感覚を覚えて、その次の瞬間あたりは闇に包まれていた。
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