01.風の少年の日常が終わるとき
聖なるもの・ホリレスと呼ばれる者達が住む地、ドミネート。清き風が吹き、光溢れる土地。
平穏な日々が続いていたこの場所に異変が起きたのは、つい最近のことである。
「オルドビスー!!」
ここに住む者達の一派・アーティの隊長、ブリアの声が今日も響きわたった。
「また、今日の訓練をさぼったでしょ!なにしてたの!」
「別に。出ても無駄だから行かなかっただけ」
水色の髪の少年に無表情で返された言葉を侮辱と受け取ったブリアの顔はみるみるうちに赤くなった。
そして長い金髪を乱しまくりながら言葉を巻き散らす。
「ムダですってぇ!
私たちは力をつけて、邪霊を滅ぼすのが仕事なのよ!訓練がムダなわけないでしょ!!」
彼女の言うとおり、アーティとは、人々に害を与える存在と戦うのがその存在意義である。
邪霊、そしてそれを束ねる邪心―それは、なぜ存在しているのか明らかではないが、
ホリレスたちは自分たちの使命としてそれと対峙していた。
だが、オルドビスというアーティは、能力はあるのだが、気まぐれで、戦うことをほとんどしなかった。
ブリアが毎日行っている訓練など、出たことがない。その理由は…
「訓練?ただ、棒を馬鹿のひとつ覚えのように振っているだけでなにになる?」
オルドビスはやはり表情を変えぬまま冷たく言い放った。
ブリアの訓練は単調だった。オルドビスはそれに意味を見出せず、いつもさぼっているのである。
すっかり頭に血がのぼったブリアは、指摘されたことを考える余裕などなくなり、
愛用の武器である槍を取り出して、オルドビスに向けながら叫び続けた。
「バカとはなによ、バカとは!だいたい私はあんたの上司なのよ!言うことききなさいよ!」
「好きでお前の部下になったわけじゃない」
ふたりの口論は、最終的にはいつも同じところにたどり着く。
ブリアが怒り、自分が隊長だということを強調して、圧力をかけようとする。
しかしオルドビスは、一番長生きだという理由だけでブリアが長だということ自体認めていないので、
言うことをきかない。
「あー、またやってる。飽きないなぁ、毎日毎日…」
アーティの副隊長であるトランドが、
青いローブを風に揺らしながら二人を観察して、呆れた声を出した。
オルドビスはパンパンと水色の鎧をはたくしぐさをすると、立ち上がった。
「好きでやっているわけじゃない」
「あんたが言うこときけばいいだけのことでしょうが!」
ブリアは全身で怒りを表しながら叫んだ。
黙っていれば聖なるものの威厳がありそうな、端正な顔も台無しである。
「俺は…弱い奴の言うことなど聞きたくない」
オルドビスは、ついにそう言った。
静寂が流れた。
ブリアの動きが止まった。
そして、しばらくして、下を向いたブリアがふるふると白いローブを揺らした。
「ふ…ふふふふ…」
そして、低い声で不気味な笑い声をあげる。
きっ、と顔を上げ、びしっと槍を改めてオルドビスに向けると、ブリアは叫んだ。
「なら、証明してみせなさい!私より強いってことを!」
「…」
オルドビスはふう、とため息のようなものをつくと、長刀を召還した。
ブリアは不敵な笑みを浮かべながら、言った。
「やる気ね。あんたのそのいい加減な心、浄化してあげるわ!!」
ローブをばさっと翻すと、ブリアはざっと、オルドビスと間合いを取った。
「あーあ。ついにはじまっちゃったか」
トランドは止めるつもりはないらしく、そう言うだけである。
他のホリレスたちも騒ぎに気がついてわらわらとやってきた。
「これでブリアが負けたら、ブリアのプライドずたずただな。
ま、そう助言したところで止まりそうもないけど」
そう言って、くいっとトランドはメガネをかけなおした。
「サンダーボルト!」
ブリアは雷の力を収束させると、オルドビスに向けて発射した。
しかしオルドビスはあっさりとそれを避けた。
そして、発射と同時に槍を持って突っ込んできたブリアの突きもひょいひょいと回避している。
ただ、回避している。
やがて、ブリアの息があがってきた。
「ちょっと、あんたやる気あるの!?」
戦闘の意思を見せたはずの相手がなにもしてこないで、
ただ自分が消耗しているだけなので、ブリアは怒鳴った。
「…」
オルドビスの表情は変わらない。
「キーッ!!」
ブリアは顔を赤くした。息を切らしながらも、攻撃のスピードがぐんと上がる。
それでもオルドビスは回避している―が、次の瞬間。
ガッ!
ブリアが体勢を低くしていてため無防備になっていた背中をオルドビスの長刀の柄が突いた。
「…くぁっ……」
けほっ、とブリアはなにかを吐き出すと、そのまま地面に倒れた。
「…」
見物していたホリレスたちは、その様子をあっけに取られたまま見守った。
しかし、ぱちぱちぱち、とトランドが手を叩いたため、はっと我に返ったようだった。
「はい、オルドビスの勝ち。みんな、ちゃんと見てたね?」
その声に、一同はこくこくと頷く。
トランドはメガネをくいっとあげると、呆れた声で続けた。
「ちゃんと証人がいないと、ブリアは無かったことにするかもしれないからなぁ」
その言葉に、ブリアをよく知らない他の部隊のホリレスたちが顔を見合わせたりしていた。
しかし同じ部隊の者たちは、みな一様に苦笑を浮かべた。心当たりは充分にあるようだった。
「わかったわよ」
やがて、目を覚ましたブリアは言った。苦虫を噛み潰したような顔で。
ブリアの部屋。
オルドビスと、看病係りのデボンを前にしてブリアはベッドから起き上がりながら続けた。
「あんたが何をしようと自由。強制はしないわ。でも、邪霊の浄化は手伝ってほしいわね」
ブリアからすると、激しい譲歩だった。
だが、その言葉に対しても特に感動する様子もなく、オルドビスはその言葉を聴くのみだった。
しかし、その表情が崩れた。驚きの表情に。
ブリアも、彼の身に起きた異変に気がついて、立ち上がって、オルドビスに手を差し伸べようとした。
「オルドビス―…」
だが、その手が届く前に、オルドビスの周りの空間が歪み、彼の姿は掻き消えた。
そして残されたのは、邪悪な気の残り香だけ。
「そんな、ドミネートに干渉してくるなんて…いったい、誰が、どうやって、なんで…?」
呆然とブリアは声を出した。